2010年04月
2010年04月29日
赤ちゃんの頃の話
私は農家の納屋で生まれた。
何となく聖人生誕の伝記みたいで、このエピソードは気に入っている。
なぜ納屋で生まれたかというと、当時の結婚まもない若き私の両親が農家の納屋を借りて、そこで暮らしていたから。もっとも納屋といっても「イナバの物置」のような納屋ではなく、改造すれば住居になるくらいの広さはあった。
ちなみに当時は8割程度が自宅出産だったらしい。私が生まれて数年してから病院出産が普及し始め、現在自宅出産の割合は0.2%程度。ほとんどないといってもいい数字であるが、10年前と較べると0.1%から0.2%へと倍増している。自然志向なのか不景気の影響なのか、はたまた時々ニュースになる産院施設の不足が原因なのか、そこまでは知らない。
3歳の時には、今の実家がある場所へ引っ越したから、その納屋に住んでいた頃の記憶はほとんどない。自分自身への防備録として書いておくと
(1)
床にお座りしてクルマのおもちゃか積み木で遊んでいた。
でもこれは正確な記憶じゃないかもしれない。なぜなら、その納屋のことを思い浮かべると真っ先にこの光景が思い浮かぶのだけれど、なぜかその光景にはおもちゃで遊んでいる私自身が映っているから(^^ゞ
(2)
何かをひっくり返して、それが原因で母親が怪我をして、それがとても怖くて、また大変悪いことをしたという気持ちになったこと。人生最初の反省かな。その気持ちはよく覚えているのに、それがどんな出来事だったかは記憶にない。少し前に母親にそのことを尋ねたはずだが、また忘れてしまった。反省が足りなかったのかも(^^ゞ
(3)
その農家は、いわゆる旧家のお屋敷である。敷地も広く大きな門があった。話は変わるが、その家が金持ちがどうかは門を見ればわかる。門に屋根がついていたら金持ちというのが私の持論。
その屋根付きの大きな門を、よちよち歩きの私が渡ったときのこと。大きな門だかから敷居もまたデカイ。その敷居をヨッコラショとまたいで足が着地したところに大きな蛇が!
私の記憶では胴回り50センチくらいの大蛇! まあちょっと大きめの青大将だったらしいが。私に踏みつけられて驚いた蛇は逃げていき、その時の靴の下を蛇が滑っていく感覚は今でも覚えている。
(4)
その家で飼っていた犬か野良犬(今は見ないが私が子供の頃には一杯いた)だったか、とにかく犬に追いかけられて、逃げたけれど転んで、先ほどの門から少し離れた場所でお尻を噛まれた。私のお尻を食いちぎらんばかりの勢いで、お尻を噛んだ犬の頭が左右に振れたことを背中で感じた。
噛まれた傷跡は小学生の終わりくらいまでお尻に残っていた。それがトラウマとなって、実は今でも犬が怖い。犬を飼っている知り合いも多いが「噛まないか?噛まないか?」と何度も私が尋ねるので笑われる。犬もご主人様の知り合いとわかると抱きついてきたりするのだが、その時私の口の中はカラカラである(^^ゞ
あれっ、たった4つしかない。
そのお宅はまだあるから、そこへ行けば思い出すかなあ?もっとも建て替えられているし、納屋はないだろうが。
正確に言えば赤ちゃんの頃ではないが、人生最初の記憶。昭和のまん中頃の話。そして時代はいっぱい流れて、昨日は私の誕生日。Happy Birthday to Me。
ところで二十歳を超えたら誕生日というのは祝ってもらう日ではなく、親に感謝する日だという説がある。そりゃそうかもしれない。しかし感謝=親孝行につながらねばならない。世の中に「私は親孝行をとってもしている」と胸を張って自慢できる人はおそらく少数派だ。私はもちろん心苦しい多数派の一人。
話は少しそれるが、先日赤ちゃんの話を書いた。赤ちゃんが笑うと、そりゃ可愛い。赤ちゃんを取り囲んでいる数名のスタッフも全員笑顔になるくらいの笑顔力がある。子供店長もAKB48も可愛いけれど、赤ちゃんの笑顔にはかなわない。
さて親は大変な思いをして子供を産み、苦労して育てる。だからその恩返しに親孝行しなければならないーーーと世間では思われている。しかし誰が言ったか知らないけど、次のような言葉もある。
「赤ちゃん、そして幼い子供の笑顔ほど素晴らしいものはない。
子供が3歳までにその笑顔で親に与える幸せは、出産や子育ての
苦労を上回るだけの価値がある」
つまり子供が3歳以上生きれば、親はもう元を取ったという話。ずいぶん強引な理屈のような気もするが、赤ちゃんや子供の笑顔がそれだけ素晴らしいという点においては説得力がある。
私は3歳以上長生きした。
覚えていないけれど、たぶんいっぱい笑ったはずだ。
もっとも母親がこの説に賛同するとは思えないが。
何となく聖人生誕の伝記みたいで、このエピソードは気に入っている。
なぜ納屋で生まれたかというと、当時の結婚まもない若き私の両親が農家の納屋を借りて、そこで暮らしていたから。もっとも納屋といっても「イナバの物置」のような納屋ではなく、改造すれば住居になるくらいの広さはあった。
ちなみに当時は8割程度が自宅出産だったらしい。私が生まれて数年してから病院出産が普及し始め、現在自宅出産の割合は0.2%程度。ほとんどないといってもいい数字であるが、10年前と較べると0.1%から0.2%へと倍増している。自然志向なのか不景気の影響なのか、はたまた時々ニュースになる産院施設の不足が原因なのか、そこまでは知らない。
3歳の時には、今の実家がある場所へ引っ越したから、その納屋に住んでいた頃の記憶はほとんどない。自分自身への防備録として書いておくと
(1)
床にお座りしてクルマのおもちゃか積み木で遊んでいた。
でもこれは正確な記憶じゃないかもしれない。なぜなら、その納屋のことを思い浮かべると真っ先にこの光景が思い浮かぶのだけれど、なぜかその光景にはおもちゃで遊んでいる私自身が映っているから(^^ゞ
(2)
何かをひっくり返して、それが原因で母親が怪我をして、それがとても怖くて、また大変悪いことをしたという気持ちになったこと。人生最初の反省かな。その気持ちはよく覚えているのに、それがどんな出来事だったかは記憶にない。少し前に母親にそのことを尋ねたはずだが、また忘れてしまった。反省が足りなかったのかも(^^ゞ
(3)
その農家は、いわゆる旧家のお屋敷である。敷地も広く大きな門があった。話は変わるが、その家が金持ちがどうかは門を見ればわかる。門に屋根がついていたら金持ちというのが私の持論。
その屋根付きの大きな門を、よちよち歩きの私が渡ったときのこと。大きな門だかから敷居もまたデカイ。その敷居をヨッコラショとまたいで足が着地したところに大きな蛇が!
私の記憶では胴回り50センチくらいの大蛇! まあちょっと大きめの青大将だったらしいが。私に踏みつけられて驚いた蛇は逃げていき、その時の靴の下を蛇が滑っていく感覚は今でも覚えている。
(4)
その家で飼っていた犬か野良犬(今は見ないが私が子供の頃には一杯いた)だったか、とにかく犬に追いかけられて、逃げたけれど転んで、先ほどの門から少し離れた場所でお尻を噛まれた。私のお尻を食いちぎらんばかりの勢いで、お尻を噛んだ犬の頭が左右に振れたことを背中で感じた。
噛まれた傷跡は小学生の終わりくらいまでお尻に残っていた。それがトラウマとなって、実は今でも犬が怖い。犬を飼っている知り合いも多いが「噛まないか?噛まないか?」と何度も私が尋ねるので笑われる。犬もご主人様の知り合いとわかると抱きついてきたりするのだが、その時私の口の中はカラカラである(^^ゞ
あれっ、たった4つしかない。
そのお宅はまだあるから、そこへ行けば思い出すかなあ?もっとも建て替えられているし、納屋はないだろうが。
正確に言えば赤ちゃんの頃ではないが、人生最初の記憶。昭和のまん中頃の話。そして時代はいっぱい流れて、昨日は私の誕生日。Happy Birthday to Me。
ところで二十歳を超えたら誕生日というのは祝ってもらう日ではなく、親に感謝する日だという説がある。そりゃそうかもしれない。しかし感謝=親孝行につながらねばならない。世の中に「私は親孝行をとってもしている」と胸を張って自慢できる人はおそらく少数派だ。私はもちろん心苦しい多数派の一人。
話は少しそれるが、先日赤ちゃんの話を書いた。赤ちゃんが笑うと、そりゃ可愛い。赤ちゃんを取り囲んでいる数名のスタッフも全員笑顔になるくらいの笑顔力がある。子供店長もAKB48も可愛いけれど、赤ちゃんの笑顔にはかなわない。
さて親は大変な思いをして子供を産み、苦労して育てる。だからその恩返しに親孝行しなければならないーーーと世間では思われている。しかし誰が言ったか知らないけど、次のような言葉もある。
「赤ちゃん、そして幼い子供の笑顔ほど素晴らしいものはない。
子供が3歳までにその笑顔で親に与える幸せは、出産や子育ての
苦労を上回るだけの価値がある」
つまり子供が3歳以上生きれば、親はもう元を取ったという話。ずいぶん強引な理屈のような気もするが、赤ちゃんや子供の笑顔がそれだけ素晴らしいという点においては説得力がある。
私は3歳以上長生きした。
覚えていないけれど、たぶんいっぱい笑ったはずだ。
もっとも母親がこの説に賛同するとは思えないが。
2010年04月27日
赤ちゃんの話
先日、産休を取っている女性スタッフが赤ちゃんを連れてオフィスにやってきた。生後2ヶ月、体重6キログラムの女の赤ちゃん。ほっぺはプリプリ、小さな小さな手はグーのままで、見ているだけで幸せになる。2ヶ月だから盛んに手足を動かしたりバブバブいったりはしないけれど、時々小さくほほえむ。癒されます(^^ゞ
お母さんによると夜泣きもせず、おとなしい赤ちゃんだそうで、オフィスで見知らぬ大人に囲まれても悠然としている。将来はきっと大物になる? なぜか私のことを気に入ったのか、気に入らなかったのか、ずっと「ガン見」される。大人同士の睨み合いなら負けないけれど、つぶらな瞳で、そして無表情でずっと見つめられると何となくドキドキしてくる。やっぱりこの子は大物になる(^^ゞ
ところで赤ちゃんについて昔から疑問に思っていることがある。
赤ちゃんはおむつをする。
連れて歩くときは「だっこひも」を使う。
ベビーカーに乗る。
これらの共通点は股の間に太いものを通すことである。
それぞれの写真を見ると、脚の付け根から膝までの長さの1/3から半分くらいある。大人だったら、そんな太いものを股にはさんで生活することはできない。赤ちゃんは身体が柔らかくて平気なのかな?
私もあなたも昔ははさんでいたはずなのに、その頃のことはきっと思い出せない。もちろん赤ちゃんに尋ねても喋ってもらえない。というわけで、この疑問はたぶん解けない。
お母さんによると夜泣きもせず、おとなしい赤ちゃんだそうで、オフィスで見知らぬ大人に囲まれても悠然としている。将来はきっと大物になる? なぜか私のことを気に入ったのか、気に入らなかったのか、ずっと「ガン見」される。大人同士の睨み合いなら負けないけれど、つぶらな瞳で、そして無表情でずっと見つめられると何となくドキドキしてくる。やっぱりこの子は大物になる(^^ゞ
ところで赤ちゃんについて昔から疑問に思っていることがある。
赤ちゃんはおむつをする。
連れて歩くときは「だっこひも」を使う。
ベビーカーに乗る。
これらの共通点は股の間に太いものを通すことである。
それぞれの写真を見ると、脚の付け根から膝までの長さの1/3から半分くらいある。大人だったら、そんな太いものを股にはさんで生活することはできない。赤ちゃんは身体が柔らかくて平気なのかな?
私もあなたも昔ははさんでいたはずなのに、その頃のことはきっと思い出せない。もちろん赤ちゃんに尋ねても喋ってもらえない。というわけで、この疑問はたぶん解けない。
2010年04月26日
革シートの話3
今日は革シートとは何の関係もない話であるが、革の匂いのことを前回書いたついでに。
新車には新車独特の匂いがある。
新車らしい新しい感じがして好きという人もいれば、あの匂いを嗅ぐと酔うとか頭が痛くなるという人もいる。
あの匂いの主役は内装に使われている接着剤の匂い。また車内のシートやダッシュボードその他のプラスティックあるいはビニール類からでている匂いである。化学的には揮発性有機化合物といわれるホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、トルエンなどで、まあ簡単にいえば有害物質の匂いである。だから、あの匂いを嗅ぐと酔うとか頭が痛くなるという人の方が正しい。
建材の揮発性有機化合物が原因のシックハウスというのが問題になっているが、新車車内の揮発性有機化合物濃度は住宅より高いという話も聞く。また揮発性の物質だから、炎天下に駐車して車内の温度が高温になると濃度は一層高くなる。もっともクルマの場合は住宅と違って、走っているときに少し窓を開ければ充分に換気されるから、それを心がけていれば大きな問題になることは少ない。
ところで、クルマを製造するときにどんな接着剤を使うかの技術は日本が一番進んでいる(と思う)。接着剤が変われば同じ揮発性有機化合物でも多少は匂いが変わる。それで外車の新車に乗ると、ちょっと懐かしい新車の匂いがする(ような気がする)。古いタイプの接着剤を使っているんだと密かに思っているけれど、あまり確信はない。
ちなみに新車の香りがする香料スプレーというものはカー用品店に行けば売られている。業務用の商品もあって、それを使っているのは中古車屋。目隠しテストをして、あの匂いを嗅がせればいい匂いだという人はあまりいないはずだが、新車という記憶と結びついているから、いい匂いに感じるのだろう。人間の感覚は不思議である。
新車には新車独特の匂いがある。
新車らしい新しい感じがして好きという人もいれば、あの匂いを嗅ぐと酔うとか頭が痛くなるという人もいる。
あの匂いの主役は内装に使われている接着剤の匂い。また車内のシートやダッシュボードその他のプラスティックあるいはビニール類からでている匂いである。化学的には揮発性有機化合物といわれるホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、トルエンなどで、まあ簡単にいえば有害物質の匂いである。だから、あの匂いを嗅ぐと酔うとか頭が痛くなるという人の方が正しい。
建材の揮発性有機化合物が原因のシックハウスというのが問題になっているが、新車車内の揮発性有機化合物濃度は住宅より高いという話も聞く。また揮発性の物質だから、炎天下に駐車して車内の温度が高温になると濃度は一層高くなる。もっともクルマの場合は住宅と違って、走っているときに少し窓を開ければ充分に換気されるから、それを心がけていれば大きな問題になることは少ない。
ところで、クルマを製造するときにどんな接着剤を使うかの技術は日本が一番進んでいる(と思う)。接着剤が変われば同じ揮発性有機化合物でも多少は匂いが変わる。それで外車の新車に乗ると、ちょっと懐かしい新車の匂いがする(ような気がする)。古いタイプの接着剤を使っているんだと密かに思っているけれど、あまり確信はない。
ちなみに新車の香りがする香料スプレーというものはカー用品店に行けば売られている。業務用の商品もあって、それを使っているのは中古車屋。目隠しテストをして、あの匂いを嗅がせればいい匂いだという人はあまりいないはずだが、新車という記憶と結びついているから、いい匂いに感じるのだろう。人間の感覚は不思議である。
2010年04月23日
革シートの話2
クルマの革シートに限らず革には独特の匂いがある。
好きな人もいるし、あの匂いがダメで革ジャンを着られない人もいる。
本革なのかビニール製の合成皮革なのかを確かめるためにクンクンしたりもする。
ところであの匂いは革に染みこんだ匂いではあっても、革そのものの匂いではない。正確に言うならば革の匂いといってもいいかもしれないが、革の原料である動物の皮の匂いではない。牛や馬に鼻を押しつけてクンクンしたとしてもあんな匂いはしない。
皮から革になる加工には、いくつかの段階ある。
洗う:皮に着いている毛や血や肉を落とす作業
鞣す(なめす):草や樹木の液に浸す。柔らかくするためかな?
オイルに浸す、あるいは塗る:何という呼び名かは知らない。
もちろん実際の行程はもっと複雑に分かれている。乾燥させたり揉み込んだりもするし、色もつける。草や樹木の液に浸すと書いたけれど、それは古典的な手法で今はいろいろな薬品を使う。
それでオイルの行程。昔は魚から採ったオイルを使っていて、革のあの独特の匂いは、実は魚オイル(が中心成分の)匂いらしい。動物の皮の匂いだと思っていたものが、魚の匂いだと知ったときはちょっとびっくりした。そして現在、魚のオイルはほとんど使われなくなったが、あの革の匂いを出すために成分を調節しているらしい。香料でも入れているのかな?
きわめて現代的な製法で革を加工すると、あの匂いはほとんどしなくなる。某有名ブランドは伝統的な製法から現代的な製法に変えたとき、店頭でお客がクンクンしてこれは本当の革かと怪しんだので、伝統的な製法の革に戻したという話もある。革製品を扱うお店では革の匂いの香料が入ったスプレーを撒いているところもある。ウナギの匂いで客を誘い込むのと一緒ね。
日本とヨーロッパを較べれば、革についての歴史や経験はやはり差がある。
そういうのは言葉にも表れていて、日本語なら革と一言だけれど、英語ならレザー以外にカーフとかコードバンとか牛の年齢や部位によって10種類以上の単語がある。日本語だとハマチとかマグロとか魚には当然それぞれの名前がついている。どこか内陸部の国では魚は魚という単語だけで、固有種の名前はない言語もあると聞いた。ハマチもマグロも魚としか呼ばない。食べるわけじゃないから別に困らないのだ。逆に昔は遊牧民だった民族のどこかの言語では、停まっている馬、走っている馬、死んでいる馬とかですべて呼び名が違うらしい。日本人なら馬という言葉だけで用が足りるが彼らには不足なんだろう。
いつものことであるが脱線した。
国産車でも革シートだったり、革シートをオプションで装着できるクルマは増えてきた。すべてのクルマを知っているわけではないが、同クラスの欧州車と比べると国産の革シートは明らかに劣る。特に、そこそこの高級車で標準じゃなくてオプションの革シートの場合、これは革だといわれなければビニールだと信じて疑わないようなものも多い。私の文章で想像するのは難しいかも知れないが、見較べれば誰でもイッパツでわかる。コストの問題というより、文化に根ざした感性の問題のように思う。
脱亜入欧して100ウン十年。
たいていのことは追いついたけれど、
文化は時間がかかるね。
好きな人もいるし、あの匂いがダメで革ジャンを着られない人もいる。
本革なのかビニール製の合成皮革なのかを確かめるためにクンクンしたりもする。
ところであの匂いは革に染みこんだ匂いではあっても、革そのものの匂いではない。正確に言うならば革の匂いといってもいいかもしれないが、革の原料である動物の皮の匂いではない。牛や馬に鼻を押しつけてクンクンしたとしてもあんな匂いはしない。
皮から革になる加工には、いくつかの段階ある。
洗う:皮に着いている毛や血や肉を落とす作業
鞣す(なめす):草や樹木の液に浸す。柔らかくするためかな?
オイルに浸す、あるいは塗る:何という呼び名かは知らない。
もちろん実際の行程はもっと複雑に分かれている。乾燥させたり揉み込んだりもするし、色もつける。草や樹木の液に浸すと書いたけれど、それは古典的な手法で今はいろいろな薬品を使う。
それでオイルの行程。昔は魚から採ったオイルを使っていて、革のあの独特の匂いは、実は魚オイル(が中心成分の)匂いらしい。動物の皮の匂いだと思っていたものが、魚の匂いだと知ったときはちょっとびっくりした。そして現在、魚のオイルはほとんど使われなくなったが、あの革の匂いを出すために成分を調節しているらしい。香料でも入れているのかな?
きわめて現代的な製法で革を加工すると、あの匂いはほとんどしなくなる。某有名ブランドは伝統的な製法から現代的な製法に変えたとき、店頭でお客がクンクンしてこれは本当の革かと怪しんだので、伝統的な製法の革に戻したという話もある。革製品を扱うお店では革の匂いの香料が入ったスプレーを撒いているところもある。ウナギの匂いで客を誘い込むのと一緒ね。
日本とヨーロッパを較べれば、革についての歴史や経験はやはり差がある。
そういうのは言葉にも表れていて、日本語なら革と一言だけれど、英語ならレザー以外にカーフとかコードバンとか牛の年齢や部位によって10種類以上の単語がある。日本語だとハマチとかマグロとか魚には当然それぞれの名前がついている。どこか内陸部の国では魚は魚という単語だけで、固有種の名前はない言語もあると聞いた。ハマチもマグロも魚としか呼ばない。食べるわけじゃないから別に困らないのだ。逆に昔は遊牧民だった民族のどこかの言語では、停まっている馬、走っている馬、死んでいる馬とかですべて呼び名が違うらしい。日本人なら馬という言葉だけで用が足りるが彼らには不足なんだろう。
いつものことであるが脱線した。
国産車でも革シートだったり、革シートをオプションで装着できるクルマは増えてきた。すべてのクルマを知っているわけではないが、同クラスの欧州車と比べると国産の革シートは明らかに劣る。特に、そこそこの高級車で標準じゃなくてオプションの革シートの場合、これは革だといわれなければビニールだと信じて疑わないようなものも多い。私の文章で想像するのは難しいかも知れないが、見較べれば誰でもイッパツでわかる。コストの問題というより、文化に根ざした感性の問題のように思う。
脱亜入欧して100ウン十年。
たいていのことは追いついたけれど、
文化は時間がかかるね。
2010年04月22日
革シートの話
先日、友人の車に乗って出かけた。
最近買った新車である。
革のシートが自慢らしい。
布のシートと革のシート。高級車なら標準で革のシートだし、あまりそうでないクルマならオプションで注文することになる。安いクルマなら革シートのオプションはない。つまりどちらが高級かといえば、もちろん革のシートである。私の意見は少数意見の場合が多いけれど、これには賛同いただけるはず。
しかし昔は革シートの方が安物だったというと驚くかもしれない。昔といっても、いつ頃の頃か定かではないが、自動車の歴史は100年ちょっとだから、そんなに大昔ではない。馬車から自動車の時代になってしばらくの間までと思う。
当時クルマはもちろん上流階級のもの。運転手が運転し、金持ちが後ろに座る。そして運転席は革シートで、後ろの座席は布のシートであった。座り心地を重視する後ろの座席は布製で、運転手が座る運転席は耐久性さえあればいいので革シートというのが当時の考え方。
たぶん、当時の革は今より固く厚くゴワゴワしていたのだと思う。ひょっとしたら乗馬のサドルのような代物だったかもしれない。そして布は、今のような耐久性がなく、また当時のクルマは今ならリアカー程度の乗り心地だからとっても揺れた=服と擦れてシートが破れてすぐ張り替えなければならなかったーーーのだと想像する。
さて、久しぶりのフレーズ。
本日は “今の常識も、昔は逆だったこともある。未来にはまた入れ替わるかも” の下書きでした。
もちろんこの話は、革シートが自慢の友人にはしなかった(^^ゞ
追伸
4月も22日だというのに、本日はまたまたコートを着て出勤。
現在気温8度。冷春という言葉が必要かな。
最近買った新車である。
革のシートが自慢らしい。
布のシートと革のシート。高級車なら標準で革のシートだし、あまりそうでないクルマならオプションで注文することになる。安いクルマなら革シートのオプションはない。つまりどちらが高級かといえば、もちろん革のシートである。私の意見は少数意見の場合が多いけれど、これには賛同いただけるはず。
しかし昔は革シートの方が安物だったというと驚くかもしれない。昔といっても、いつ頃の頃か定かではないが、自動車の歴史は100年ちょっとだから、そんなに大昔ではない。馬車から自動車の時代になってしばらくの間までと思う。
当時クルマはもちろん上流階級のもの。運転手が運転し、金持ちが後ろに座る。そして運転席は革シートで、後ろの座席は布のシートであった。座り心地を重視する後ろの座席は布製で、運転手が座る運転席は耐久性さえあればいいので革シートというのが当時の考え方。
たぶん、当時の革は今より固く厚くゴワゴワしていたのだと思う。ひょっとしたら乗馬のサドルのような代物だったかもしれない。そして布は、今のような耐久性がなく、また当時のクルマは今ならリアカー程度の乗り心地だからとっても揺れた=服と擦れてシートが破れてすぐ張り替えなければならなかったーーーのだと想像する。
さて、久しぶりのフレーズ。
本日は “今の常識も、昔は逆だったこともある。未来にはまた入れ替わるかも” の下書きでした。
もちろんこの話は、革シートが自慢の友人にはしなかった(^^ゞ
追伸
4月も22日だというのに、本日はまたまたコートを着て出勤。
現在気温8度。冷春という言葉が必要かな。
2010年04月20日
エントリーシートとお祈りメール
エントリーシートとは就活用語である。
就活(しゅうかつ)というのは、もうかなり一般的になってきているが就職活動の略。まあ何でも省略して短くするのが日本語の習わし。単語を短くして省略するようになった最初は、パンティーストッキングのパンストからという説があるけれど、本当かどうかはよくわからない。最近流行の婚活なんて言葉は、もともと結婚活動という言葉がないから、就活をもじった派生語?である。日本語は自由自在なり。
いきなり話がそれた。
昔の就職活動では履歴書からスタートしたが、今の就活はエントリーシートの提出が最初のステップとなる。氏名や住所、学歴などの履歴書的な項目と、いくつかの自由筆記項目がある。その文章の出来不出来で、次のステップに進めるかが決まる。ついでにいうと今はウエッブでエントリーシートを提出する。
自由筆記項目のテーマは
●あなたの学業への取り組みと成果について記入してください。
●学業以外の学生生活で成し遂げた実績や経験を教えてください。
●10年後に弊社でどのように活躍していたいですか。
●人から信頼されるには何が必要ですか、
あなたはそのためにどのようにしていますか。
●物事にチャレンジするには何が必要ですか。
なぜそう思うのかご自身の経験を踏まえて説明してください。
みたいな感じ。
昔から志望動機を書けというのはあったが、それをもうちょっとひねったようなもの。もっとも私が知っているエントリーシートは、ごく限られた企業のものだけだから、他にもっとユニークなものがあるかもしれない。
アルバイトに来ている大学生の就活がどうもうまくいっていないようなので、先日相談に乗る。実は私、今まで就職試験で落ちまくっている学生にアドバイスして、二桁に上る人数を一流企業に合格させた実績を持つ隠れた就活キングでもある。日頃こき使っているので、多少は恩返しをしないと。
特に必殺のアドバイスがあるわけじゃない。しかし面接する側は大量のエントリーシートを見て「落とす作業」をするわけだから、どちらかといえば内容の濃さ・立派さよりインパクト重視で、この人に会ってみたいと思わせるように書くことを教える。ぶっちゃけていえば、人が書かないようなことを書いて目立ったら勝ち。でも学生はこれが苦手なのである。受験勉強は詰め込みだし、大学でも「お勉強」はしていたとしても、自分の頭で考える訓練は絶対的に不足している。
●あなたの学業への取り組みと成果について記入してください。
たいていの学生は、いかに自分がまじめに勉強してきたかをここで書く。はっきり言って読み始めて3行目から眠たくなる文章がほとんど。だからたとえば金融志望の経済学部の学生には「我が国は5年以内に国債入札未達の状態に陥る。これが私がゼミの研究で立てた仮説です」などという書き出しで始めさせる。※国債入札未達といわれてもピンとこないかもしれないけれど、これは政府が発行する国債が売れ残って借金ができなる超一大事で、金融関係者ならギョッとするテーマである。
その仮説については上に書いた文章だけで、他には一切説明しない。エントリーシートの問いはそれを求めていないし、へたに書いたらでっち上げだということがばれる。後はもともと学生が書いた自分がいかにまじめに勉強してきたかの文章をアレンジしてはめ込む。まじめに勉強した結論がこれだと訴えることで文章にリアリティが出る。
もちろん面接に呼ばれたら仮説について質問される可能性は高い。だからインパクトはあっても、本人にとってすれば突拍子もない仮説を書くことを学生はためらう。しかしエントリーシートで落ちたら1センチも前に進めない。だから「大丈夫。人間三日間必死で考えれば、どんなこともそれらしい理論にまとめられる。私は25年間それでメシを食ってる」といって励ます(^^ゞ
●人から信頼されるには何が必要ですか、あなたはそのためにどのようにしていますか。
ここでも学生の書く文章は似たり寄ったりで、誠実さのアピール合戦になる。それはしかたない面もあるが、こういう時は人生の経験がものをいう。まず「通常の状況で人から信頼を得るのは難しいことではありません」などと一発かまさせる。信頼が問題となるのは何か困ったことが発生した場合だからである。そちらに話を絞り込むだけでひと味違ってくる。先日のアドバイスでは何が起ころうとも絶対に逃げないことを結論とした。実際、私はそれだけで世間様からかろうじて信頼を得ている。
ところでエントリーシートやその後の筆記試験、面接の結果は、今はメールでその知らせがくる。落ちた場合
この度は、弊社求人にご応募いただき誠にありがとうございました。
慎重に検討いたしました結果、誠に残念ながら貴殿のご希望に添いかねる
結果となりました。
何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。
貴殿の今後のご活躍をお祈り申し上げます。
などと最後に「お祈り申し上げます」という文面になる。
それで不合格通知のことをお祈りメールという。
「あの会社どうだった?」
「祈られた(涙)」
などと学生は会話しているらしい。
就活(しゅうかつ)というのは、もうかなり一般的になってきているが就職活動の略。まあ何でも省略して短くするのが日本語の習わし。単語を短くして省略するようになった最初は、パンティーストッキングのパンストからという説があるけれど、本当かどうかはよくわからない。最近流行の婚活なんて言葉は、もともと結婚活動という言葉がないから、就活をもじった派生語?である。日本語は自由自在なり。
いきなり話がそれた。
昔の就職活動では履歴書からスタートしたが、今の就活はエントリーシートの提出が最初のステップとなる。氏名や住所、学歴などの履歴書的な項目と、いくつかの自由筆記項目がある。その文章の出来不出来で、次のステップに進めるかが決まる。ついでにいうと今はウエッブでエントリーシートを提出する。
自由筆記項目のテーマは
●あなたの学業への取り組みと成果について記入してください。
●学業以外の学生生活で成し遂げた実績や経験を教えてください。
●10年後に弊社でどのように活躍していたいですか。
●人から信頼されるには何が必要ですか、
あなたはそのためにどのようにしていますか。
●物事にチャレンジするには何が必要ですか。
なぜそう思うのかご自身の経験を踏まえて説明してください。
みたいな感じ。
昔から志望動機を書けというのはあったが、それをもうちょっとひねったようなもの。もっとも私が知っているエントリーシートは、ごく限られた企業のものだけだから、他にもっとユニークなものがあるかもしれない。
アルバイトに来ている大学生の就活がどうもうまくいっていないようなので、先日相談に乗る。実は私、今まで就職試験で落ちまくっている学生にアドバイスして、二桁に上る人数を一流企業に合格させた実績を持つ隠れた就活キングでもある。日頃こき使っているので、多少は恩返しをしないと。
特に必殺のアドバイスがあるわけじゃない。しかし面接する側は大量のエントリーシートを見て「落とす作業」をするわけだから、どちらかといえば内容の濃さ・立派さよりインパクト重視で、この人に会ってみたいと思わせるように書くことを教える。ぶっちゃけていえば、人が書かないようなことを書いて目立ったら勝ち。でも学生はこれが苦手なのである。受験勉強は詰め込みだし、大学でも「お勉強」はしていたとしても、自分の頭で考える訓練は絶対的に不足している。
●あなたの学業への取り組みと成果について記入してください。
たいていの学生は、いかに自分がまじめに勉強してきたかをここで書く。はっきり言って読み始めて3行目から眠たくなる文章がほとんど。だからたとえば金融志望の経済学部の学生には「我が国は5年以内に国債入札未達の状態に陥る。これが私がゼミの研究で立てた仮説です」などという書き出しで始めさせる。※国債入札未達といわれてもピンとこないかもしれないけれど、これは政府が発行する国債が売れ残って借金ができなる超一大事で、金融関係者ならギョッとするテーマである。
その仮説については上に書いた文章だけで、他には一切説明しない。エントリーシートの問いはそれを求めていないし、へたに書いたらでっち上げだということがばれる。後はもともと学生が書いた自分がいかにまじめに勉強してきたかの文章をアレンジしてはめ込む。まじめに勉強した結論がこれだと訴えることで文章にリアリティが出る。
もちろん面接に呼ばれたら仮説について質問される可能性は高い。だからインパクトはあっても、本人にとってすれば突拍子もない仮説を書くことを学生はためらう。しかしエントリーシートで落ちたら1センチも前に進めない。だから「大丈夫。人間三日間必死で考えれば、どんなこともそれらしい理論にまとめられる。私は25年間それでメシを食ってる」といって励ます(^^ゞ
●人から信頼されるには何が必要ですか、あなたはそのためにどのようにしていますか。
ここでも学生の書く文章は似たり寄ったりで、誠実さのアピール合戦になる。それはしかたない面もあるが、こういう時は人生の経験がものをいう。まず「通常の状況で人から信頼を得るのは難しいことではありません」などと一発かまさせる。信頼が問題となるのは何か困ったことが発生した場合だからである。そちらに話を絞り込むだけでひと味違ってくる。先日のアドバイスでは何が起ころうとも絶対に逃げないことを結論とした。実際、私はそれだけで世間様からかろうじて信頼を得ている。
ところでエントリーシートやその後の筆記試験、面接の結果は、今はメールでその知らせがくる。落ちた場合
この度は、弊社求人にご応募いただき誠にありがとうございました。
慎重に検討いたしました結果、誠に残念ながら貴殿のご希望に添いかねる
結果となりました。
何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。
貴殿の今後のご活躍をお祈り申し上げます。
などと最後に「お祈り申し上げます」という文面になる。
それで不合格通知のことをお祈りメールという。
「あの会社どうだった?」
「祈られた(涙)」
などと学生は会話しているらしい。
2010年04月18日
インスタント味噌汁をおいしく飲む方法
昨日、味噌の話を書いたのでついでに。
【ステップ1】
できるだけおいしいインスタント味噌汁を買ってくる(^^ゞ
まあ元がダメだと効果は薄い。袋タイプでもカップタイプでもいいけれど、できるだけいいモノを。味噌はだいたい価格に正直な商品である。私は具だくさんのものが好み。さらに乾燥わかめを足して超具だくさんにする。
【ステップ2】
(インスタントではない)味噌をごく少量加えて、インスタント味噌汁を作る。
これだけ。
香りとコクが増すというか、ぼやけていた味がシャキッとするというかワンランク向上する。加える分量はパチンコ玉2つくらい。多少お湯を増やして濃さを調節する。もちろん加える味噌は、それなりのグレードでなければならない。インスタント味噌汁の味噌と違ってお箸でかき混ぜただけじゃスッと溶けないが、あまり気にしなくても味はよくなる。
もう一つ、ついでに思い出した話。
グダグダと長い時間お酒を飲み続ける人向け。
〆として、すまし汁(どうやって作るのか知らないのだが)を飲むと、なぜかもうお酒を飲む気がしなくなる。昔、飲み屋のママさんに教えてもらった、というか、いつもすまし汁を飲まされて店を追い出された(^^ゞ
【ステップ1】
できるだけおいしいインスタント味噌汁を買ってくる(^^ゞ
まあ元がダメだと効果は薄い。袋タイプでもカップタイプでもいいけれど、できるだけいいモノを。味噌はだいたい価格に正直な商品である。私は具だくさんのものが好み。さらに乾燥わかめを足して超具だくさんにする。
【ステップ2】
(インスタントではない)味噌をごく少量加えて、インスタント味噌汁を作る。
これだけ。
香りとコクが増すというか、ぼやけていた味がシャキッとするというかワンランク向上する。加える分量はパチンコ玉2つくらい。多少お湯を増やして濃さを調節する。もちろん加える味噌は、それなりのグレードでなければならない。インスタント味噌汁の味噌と違ってお箸でかき混ぜただけじゃスッと溶けないが、あまり気にしなくても味はよくなる。
もう一つ、ついでに思い出した話。
グダグダと長い時間お酒を飲み続ける人向け。
〆として、すまし汁(どうやって作るのか知らないのだが)を飲むと、なぜかもうお酒を飲む気がしなくなる。昔、飲み屋のママさんに教えてもらった、というか、いつもすまし汁を飲まされて店を追い出された(^^ゞ
2010年04月17日
トマトキムチ鍋 Ver.2
ウ〜寒っ!
4月も半ばを過ぎたというのに、まさか革のコート(インナーにはキルティング入り)を来て出かけるとは思わなかった。東京でも一部の地域は雪が舞ったらしい。昨日の箱根は10センチの積雪だとテレビで見た。温暖化はどこへ行った?
ちなみに
先週の土曜日:厚手のシャツ1枚で外出
先週の日曜日:半袖ポロで外出
と暖かかった。
ところが、
月曜日:コートで出勤
火曜日:厚手のジャケットで出勤
水曜日:普通のジャケットで出勤
木曜日:コートにマフラー着用
金曜日:コートで出勤
とジェットコースターのような気温の変化である。
明日からは暖かくなるらしいが、本日はせっかく寒いのだからと鍋を作ることにした。もちろんあの鍋である。
今年はあのトマトキムチ鍋をよく作った。
はっきりいって、もうちょっと飽きた(^^ゞ
しかし10月10日に書いたときよりちょっとレシピが進歩したので報告しておく。
一番の違いは味噌を入れることである。
これで味にぐっとコクと奥行きが出た。
締めのラーメンもそのままでイケル。
味噌を入れることに伴い、醤油と赤ワインはカット。
日本酒を入れてみたこともあるが味にそれほど変化はない。普通の和風の鍋に較べれば、もともと味が濃いからかもしれない。
味噌の分量はけっこう難しい。入れすぎると味が濃く辛くなってしまう。家にあるのが、わりと濃いめの色の味噌だからかもしれない。まあ、お湯を足せば大丈夫だけれど。ついでに書くと味噌は鍋が煮てから最後に入れる。
野菜の具はキムチをのぞくと、キノコ類とゴボウとインゲンが定番になった。ゴボウはささがきにしたものがスーパーで売っている。鍋とゴボウは意外にあう。インゲンは彩り。ただしゴボウとインゲンを入れると食感がしゃっきとするのもいい。ちなみに、この具のセットだと包丁とまな板は不要でキッチンばさみで済むのも便利。
冬の間は牡蛎も入れていた。今日もまだスーパーで売っていたので買った。でも4月だともう牡蛎の味が薄くておいしくないね。
ラーメンはつけ麺用が、麺が太くて鍋にあうことを発見。ちなみに私はつけ麺というものをまだ食べたことがない。
明日からもう作る機会はないかもしれない。
次に寒いシーズンが来たら思い出してください。
2010年04月07日
新入社員の不思議
4月である。
何かと新しいことがスタートする月である。
私は3月に積み残した仕事に追われているけれど……。
4月になると新入社員の姿を街で見かける。
別に新入社員と札をぶら下げているわけではないのに、
何となくわかる。
どこか初々しく爽やかである。
私もあんな時代があったはずだが、記憶がないし誰も覚えていない(^^ゞ
ところで、なぜ新入社員とわかるのかはちょっと不思議である。
この時期に新入社員を多く見かける気がするのは、まず新入社員は新入社員同士で固まって行動していることが多いからである。この時期だと新入社員研修の会場へ一緒に移動することも多いだろうし、入社してしばらくはまだ残業もないから同期でつれだって帰る機会も多い。つまり団体でいれば目立つ。
しかし新入社員としての特徴がなければ、
いくら団体でいようとも新入社員とはわからないはず。
さっき「どこか初々しく爽やかである」と書いたが、実はこれがけっこうナゾである。♪ピッカピカの1年生〜の小学1年生なら、ほとんどまだ幼児だから、はしゃぎ具合が違う気がする。しかし街で見かけるスーツを着た新入社員は大学や短大を卒業した大人である。酸いも甘いもかみ分けたとはいわないけれど、多少は味わったはずの年齢である。だいたい大学4年生を見て「どこか初々しく爽やかである」と感じることはない。ひねたりくたびれたりしている奴も多い。
仮説その1
新生活のスタートというのは人間に心理的な影響を与え、それが外面にも現れる。学生から社会人になるというのは大きな変化である。だからちょっと違って見える。初めて学校に行く♪ピッカピカの1年生も同じ。中学・高校・大学に入学するというのは同じ学生の延長だからそれほど大きな変化ではない。だからそんなに特徴が現れない。もちろん30歳で転職したって変化は何もない。
仮説その2
スーツ、靴、鞄が新品あるいは比較的新しい。1人だけが新品ならわからないが、集団だと新品オーラが増幅されて目立つ。
う〜ん、いまいちな仮説である。
とにかく最上級生としての貫禄があったはずの同じ人間が、新入社員としての初々しさ爽やかさに変化するのが何ともナゾである。
ところで、夏頃になると「こいつらは新入社員だな」とわかることはほとんどなくなる。新入社員の賞味期限は3ヶ月くらいかな。
何かと新しいことがスタートする月である。
私は3月に積み残した仕事に追われているけれど……。
4月になると新入社員の姿を街で見かける。
別に新入社員と札をぶら下げているわけではないのに、
何となくわかる。
どこか初々しく爽やかである。
私もあんな時代があったはずだが、記憶がないし誰も覚えていない(^^ゞ
ところで、なぜ新入社員とわかるのかはちょっと不思議である。
この時期に新入社員を多く見かける気がするのは、まず新入社員は新入社員同士で固まって行動していることが多いからである。この時期だと新入社員研修の会場へ一緒に移動することも多いだろうし、入社してしばらくはまだ残業もないから同期でつれだって帰る機会も多い。つまり団体でいれば目立つ。
しかし新入社員としての特徴がなければ、
いくら団体でいようとも新入社員とはわからないはず。
さっき「どこか初々しく爽やかである」と書いたが、実はこれがけっこうナゾである。♪ピッカピカの1年生〜の小学1年生なら、ほとんどまだ幼児だから、はしゃぎ具合が違う気がする。しかし街で見かけるスーツを着た新入社員は大学や短大を卒業した大人である。酸いも甘いもかみ分けたとはいわないけれど、多少は味わったはずの年齢である。だいたい大学4年生を見て「どこか初々しく爽やかである」と感じることはない。ひねたりくたびれたりしている奴も多い。
仮説その1
新生活のスタートというのは人間に心理的な影響を与え、それが外面にも現れる。学生から社会人になるというのは大きな変化である。だからちょっと違って見える。初めて学校に行く♪ピッカピカの1年生も同じ。中学・高校・大学に入学するというのは同じ学生の延長だからそれほど大きな変化ではない。だからそんなに特徴が現れない。もちろん30歳で転職したって変化は何もない。
仮説その2
スーツ、靴、鞄が新品あるいは比較的新しい。1人だけが新品ならわからないが、集団だと新品オーラが増幅されて目立つ。
う〜ん、いまいちな仮説である。
とにかく最上級生としての貫禄があったはずの同じ人間が、新入社員としての初々しさ爽やかさに変化するのが何ともナゾである。
ところで、夏頃になると「こいつらは新入社員だな」とわかることはほとんどなくなる。新入社員の賞味期限は3ヶ月くらいかな。
2010年04月04日
スパム SPAM spam
インターネットでスパムといえば迷惑メールのことである。
商品広告や入会案内のメールを勝手に送りつけてくるメールのことを指す。
オフィスで私が管理している、仕事用のいろいろな目的別のメールアドレスが5つある。それらはホームページにも載せている。それでこの5つのメールアドレス合計に対して月間で1万2000通の迷惑メールが来る。1メールアドレス1日あたり80通である。
グーグルやヤフーでいろいろ検索できるのは、グーグルやヤフーが世の中のあらゆるホームページを巡回して、そこに書かれている情報を彼らのサーバーに取り込んでいるから。そのシステムは「検索ロボット」と呼ばれて、その同じ仕組みでホームページに書かれているメールアドレスを取得することができる。迷惑メールを送る連中は、そうして集めたメールアドレスを使って迷惑メールを送信する。
私のブログをずーっと下の方までスクロールすると、若かりし頃の私の写真(^^ゞの下に
mailはwassho[AT]livedoor.com
注)[AT]を@に変更してください(迷惑メール対策です)
と書いてある。メールアドレスというのは@を境に英文字と数字といくつかの記号(ドットとかハイフンとか)で構成されるというルールがある。つまり、そのルールに適合している一連の文字を検索ロボットはメールアドレスと見なす。それでこのブログでは@を使わないで[AT]と書いて検索ロボットがメールアドレスと判断しないようにしているわけである。
しかしこういう書き方をしたのはブログを初めてかなりたってからだし(以前は普通にメールアドレスを書いていた)、迷惑メール用にメールアドレスを取得する検索ロボットも、この程度の工夫は見破るという説もある。というわけで、このメールアドレス宛にも月間2000通以上の迷惑メールが来る。どうやらホームページやブログで、つまりネットでメールアドレスを公開すると2〜3000通の迷惑メールが届くというのが現状の相場のようである。
迷惑メールを送る側がメールアドレスを取得する方法は、検索ロボット以外にもある。それと私も月に1万5000通の迷惑メールにつきあっている暇はないから、届いた迷惑メールをできるだけ読まないで済む工夫はあれこれしている。それらの話はいずれまた。
話はそれるけれど、迷惑メールは日本語以外に、海外から来る英語やその他の国の言葉のメールもある。日本語の迷惑メールのほとんどはエロの出会い系である。一方で海外のものはエロと、いかがわしい儲け話やインチキ商品の割合が半々くらい。それで、その海外エロ迷惑メールにはオチンチンを大きくする商品の宣伝も多い。日本人は外人のオチンチンはデッカイと何となく思っているが、それはどうも偏見のようである(^^ゞ 迷惑メールは迷惑だけれど、たまにはこんな見聞を広げる発見もある。
長い前振りでした。
迷惑メールは英語でスパムという。
しかしスパムというのは、もともとアメリカの缶詰入りソーセージのこと。ホーメルフード社の製品で、ネットやメールとは何の関係もない。迷惑メールがなぜスパムと、その商品名で呼ばれるようになったのかは諸説あって、どこの店でも見かけるとか、アチコチに看板があるとかそのあたりらしい。日本的に言えば永谷園のお茶漬けみたいなものか。
迷惑メールをスパムというのは誰かが決めたのではなく、自然発生的にそう呼ぶようになった。迷惑メールのことを味の素とかプリウスとかと呼ぶようになったら、その企業にとっては迷惑この上ないないだろうが、ホーメルフード社はもうあきらめているらしい。一応ホーメルフード社の製品は大文字でSPAM、迷惑メールは小文字でspamと区別することを呼びかけている程度。
SPAMは日本でいうならソーセージに対する魚肉ソーセージのような存在で、どちらかといいえばB級食品である。だからだろうか日本ではほとんど売られていなかった。しかしなぜか最近テレビCMを見るようになり、近くのダイエーでも売るようになった。1ヶ月に1万5000通もspamを受け取っている身であるーーーという理由は全然関係ないが、ものは試しと買ってみた。
しかしなぜ缶詰なんだろう?
中身がスッと出てこない。
缶の縁に包丁を入れ、振ったり叩いたりしてようやく取り出す。
確かなことはわからないけれど、ソーセージとはたぶん作り方が違う。スーパーで売っているネギトロのトロは、本物の脂ののっている中落ちのトロではなく、マグロの赤身にマグロの脂身または他の脂身や油を混ぜて作ったもの。SPAMもそんな「別物の」感じがする。とても柔らかく、生のハンバーグをもう少し圧縮した程度の固さである。
とりあえず1センチくらいの厚さに切ってフライパンで焼いてみる。焼くと固くなるのかと思ったが、フニャッとしたままで歯ごたえはほとんどない。味はソーセージに近いといえば近いが、なんか頼りない味である。
結論としては私の口には合わない。本日の昼ご飯として食べたが、なぜソーセージにしなかったのか後悔したし、夕方くらいまで不愉快でもあった。ここまで頭にくるマズい食べ物も珍しい。アメリカ人はこんなものが好物なんだろうか?
今年から、月にひとつは今までに経験したことのないことに挑戦することにしている。
もう4月であるがスパムを買ったのは先月だから「スパムを食べてみる」を3月分としておく(ズル)。 お奨めはしないけれど、好奇心旺盛なら話のネタにどうぞ。
商品広告や入会案内のメールを勝手に送りつけてくるメールのことを指す。
オフィスで私が管理している、仕事用のいろいろな目的別のメールアドレスが5つある。それらはホームページにも載せている。それでこの5つのメールアドレス合計に対して月間で1万2000通の迷惑メールが来る。1メールアドレス1日あたり80通である。
グーグルやヤフーでいろいろ検索できるのは、グーグルやヤフーが世の中のあらゆるホームページを巡回して、そこに書かれている情報を彼らのサーバーに取り込んでいるから。そのシステムは「検索ロボット」と呼ばれて、その同じ仕組みでホームページに書かれているメールアドレスを取得することができる。迷惑メールを送る連中は、そうして集めたメールアドレスを使って迷惑メールを送信する。
私のブログをずーっと下の方までスクロールすると、若かりし頃の私の写真(^^ゞの下に
mailはwassho[AT]livedoor.com
注)[AT]を@に変更してください(迷惑メール対策です)
と書いてある。メールアドレスというのは@を境に英文字と数字といくつかの記号(ドットとかハイフンとか)で構成されるというルールがある。つまり、そのルールに適合している一連の文字を検索ロボットはメールアドレスと見なす。それでこのブログでは@を使わないで[AT]と書いて検索ロボットがメールアドレスと判断しないようにしているわけである。
しかしこういう書き方をしたのはブログを初めてかなりたってからだし(以前は普通にメールアドレスを書いていた)、迷惑メール用にメールアドレスを取得する検索ロボットも、この程度の工夫は見破るという説もある。というわけで、このメールアドレス宛にも月間2000通以上の迷惑メールが来る。どうやらホームページやブログで、つまりネットでメールアドレスを公開すると2〜3000通の迷惑メールが届くというのが現状の相場のようである。
迷惑メールを送る側がメールアドレスを取得する方法は、検索ロボット以外にもある。それと私も月に1万5000通の迷惑メールにつきあっている暇はないから、届いた迷惑メールをできるだけ読まないで済む工夫はあれこれしている。それらの話はいずれまた。
話はそれるけれど、迷惑メールは日本語以外に、海外から来る英語やその他の国の言葉のメールもある。日本語の迷惑メールのほとんどはエロの出会い系である。一方で海外のものはエロと、いかがわしい儲け話やインチキ商品の割合が半々くらい。それで、その海外エロ迷惑メールにはオチンチンを大きくする商品の宣伝も多い。日本人は外人のオチンチンはデッカイと何となく思っているが、それはどうも偏見のようである(^^ゞ 迷惑メールは迷惑だけれど、たまにはこんな見聞を広げる発見もある。
長い前振りでした。
迷惑メールは英語でスパムという。
しかしスパムというのは、もともとアメリカの缶詰入りソーセージのこと。ホーメルフード社の製品で、ネットやメールとは何の関係もない。迷惑メールがなぜスパムと、その商品名で呼ばれるようになったのかは諸説あって、どこの店でも見かけるとか、アチコチに看板があるとかそのあたりらしい。日本的に言えば永谷園のお茶漬けみたいなものか。
迷惑メールをスパムというのは誰かが決めたのではなく、自然発生的にそう呼ぶようになった。迷惑メールのことを味の素とかプリウスとかと呼ぶようになったら、その企業にとっては迷惑この上ないないだろうが、ホーメルフード社はもうあきらめているらしい。一応ホーメルフード社の製品は大文字でSPAM、迷惑メールは小文字でspamと区別することを呼びかけている程度。
SPAMは日本でいうならソーセージに対する魚肉ソーセージのような存在で、どちらかといいえばB級食品である。だからだろうか日本ではほとんど売られていなかった。しかしなぜか最近テレビCMを見るようになり、近くのダイエーでも売るようになった。1ヶ月に1万5000通もspamを受け取っている身であるーーーという理由は全然関係ないが、ものは試しと買ってみた。
しかしなぜ缶詰なんだろう?
中身がスッと出てこない。
缶の縁に包丁を入れ、振ったり叩いたりしてようやく取り出す。
確かなことはわからないけれど、ソーセージとはたぶん作り方が違う。スーパーで売っているネギトロのトロは、本物の脂ののっている中落ちのトロではなく、マグロの赤身にマグロの脂身または他の脂身や油を混ぜて作ったもの。SPAMもそんな「別物の」感じがする。とても柔らかく、生のハンバーグをもう少し圧縮した程度の固さである。
とりあえず1センチくらいの厚さに切ってフライパンで焼いてみる。焼くと固くなるのかと思ったが、フニャッとしたままで歯ごたえはほとんどない。味はソーセージに近いといえば近いが、なんか頼りない味である。
結論としては私の口には合わない。本日の昼ご飯として食べたが、なぜソーセージにしなかったのか後悔したし、夕方くらいまで不愉快でもあった。ここまで頭にくるマズい食べ物も珍しい。アメリカ人はこんなものが好物なんだろうか?
今年から、月にひとつは今までに経験したことのないことに挑戦することにしている。
もう4月であるがスパムを買ったのは先月だから「スパムを食べてみる」を3月分としておく(ズル)。 お奨めはしないけれど、好奇心旺盛なら話のネタにどうぞ。