2019年01月

2019年01月28日

どん兵衛をほうじ茶で

カップ麺のどん兵衛をお湯ではなくほうじ茶で作るとおいしいという話を聞いたので試してみた。少し前にネットで話題になったらしい。

どん兵衛とほうじ茶


スーパーでどん兵衛を買う。そしてほうじ茶を買おうと思ったら、ペットボトルも紙パックも売っていなかった。夏しか売っていないのかなあ。ティーバッグのはあったが、とりあえず試しに作るには数が多すぎる。

それでコンビニに寄る。ここでもなかったら諦めて普通にお湯で作るかと。セブンイレブンではプライベートブランドのほうじ茶があった。買ったことがないので記憶が定かじゃないが、夏にはもっといろんな商品があったような。ほうじ茶は麦茶のように夏の商品なのか。今では麦茶は年中売られているけれど。


さて実験。
ペットボトルのほうじ茶を鍋に入れて沸かす。なんかおかしな光景。その後はお湯の代わりにほうじ茶をカップに入れるだけで特別な手順はなし。

食べてみる。
スッゴクほうじ茶の味がすると予想していたが、まったくそうではなかった。圧倒的に醤油出汁(ダシ)の味が勝っている。

何が変わったかというとーーー
インスタントの出汁は、きちんと取った出汁と較べて、味のレベルそのものは別として、味が「死んでいる」ような印象がある。それがほうじ茶で作ることによって少しフレッシュさを取り戻した感じ。だから出汁が特別に旨くなったとか味わいが増したとは思わないまでも、ほうじ茶によるプラス効果は確かにある。一言でいうなら後味スッキリな味わいになる。インスタント味噌汁とかにも効果あるかも。

もっともどん兵衛を食べるのは実に久し振りで、お湯で作ったのと食べ較べないと正確な評価にはならないかもしれない。ちなみに全部をほうじ茶で作ると、ほうじ茶の香りが立ちすぎるので、お湯に対して半分か2/3くらいをほうじ茶にするのがいいような気がする。


ところで、これでほうじ茶に目覚めた?私はティーバッグを買ってきて、最近よく飲んでいる。コーヒーじゃちょっと重いかなというような気分の時にピッタリ。

wassho at 21:22|PermalinkComments(0) 生活、日常 

2019年01月26日

Momentum ON-EAR G

お散歩用にと買ったソニーのMDR-ZX660というヘッドホンの音質があまりに低レベルだった話は昨年に書いた。エージングといって、しばらく音を鳴らしてスピーカーの振動板をほぐす作業をしてみたが、72時間経っても改善は見られず。あきらめて73時間後にポチったのがこのヘッドホン。

モメンタム1


メーカーはドイツのゼンハイザーという会社。イヤホンやヘッドホンでは有名な会社といえるが、世間一般の認知度はどの程度なんだろう。私も初めてここのイヤホンを買った時はまったく知らなかった。

商品名がMomentumでモメンタムと読む。勢いとか推進力というような意味。ON-EARはソニーの時に説明した、耳当て部分が少し小振りで屋外使用を想定した商品。Gはよくわからないが、このモメンタムは第2世代なので、その区別のためについているのかもしれない。

もっともこの商品は既に旧商品。現行ラインアップはワイヤレスタイプになっている。というわけで在庫処分価格で1万3000円ほどだった。発売当初は2万3000円くらいのモデル。ちなみに現在、イヤホンやヘッドホンはワイヤレスタイプへの移行期なので、ケーブルタイプは格安で売られているものが多いから狙い目。ただし携帯音楽プレーヤーじゃなくスマホで聴くなら、値段にもよるがワイヤレスのほうが音はいいかもしれない。その理由はDACという部品にあるのだけれど、書くと長くなるので省略。



この商品のことは以前から知っていた。ゼンハイザーは元々プロ用機器のメーカーで武骨な商品が多い。それが突然シャレたデザインのものを出してきて話題になったから。何とカラーバリエーションはビックリの7色展開。私が買った昨年の11月には黒、茶色、アイボリーしか残っていなかったのが残念。
モメンタム2

またオンイヤーじゃなくてアラウンドイヤーの普通サイズの耳当てのタイプではあるが、以前にヘッドホンの聴き較べをした時に試聴したこともある。ただし、その時はモメンタムは購入候補ではなく、お店まで来たからちょっとついでにといったレベル。だから、どんな音がしたかはまったく覚えていない。

それでも今回モメンタムを買ったのは、そういうことで馴染みがあったから。逆にいえばいろいろ検討するのが面倒だったから。認知はマーケティングの基礎であるが、改めてその大切さを実感。


音質の評価を書くのは難しいが普通に満足している。スピーカーで音楽を聴いていて、出かける時にイヤホンにすると、当然ながら音のクオリティは下がる。でもモメンタムを使うと、その落差がかなり少なくなる。外出用のものとして今のところはこれ以上は望んでいない。オンイヤータイプということで音漏れが心配だったが、散歩やスーパーへの買い物専用で電車に乗ったりしないから、どうなっているのかよくわからず。役に立たないレポートでゴメンm(_ _)m


モメンタムのケーブルは着脱式。屋外での使用を想定した商品なので、純正のケーブルにはスマホの音楽アプリを操作するリモコンボタンがついている。私はその機能を使わないし、そのリモコン部分が邪魔だったので、ケーブルも別のものを一緒に買った。パイオニアのイヤホンを買った時に説明したバランス接続の4極プラグタイプ
モメンタムケーブル

バランスとアンバランスでそんなに差がないのはわかっていても(少なくとも私の耳では)、せっかく携帯音楽プレーヤーがバランス対応しているからという理由での選択。一応オリジナルのケーブルとも聴き較べたが、やっぱり気のせいレベルの違い(^^ゞ

なお私の使っている携帯音楽プレーヤーのDP-X1AはDAC(デジタル信号をアナログ信号に変換する回路)が2つ搭載されていて、バランス接続では2つ、アンバランスでは1つだけを使う仕組みになっている。だからバランス接続にするとバッテリーの消耗が早いのが難点。もっとも携帯音楽プレーヤーをそんなに長時間は使わないので、バッテリー切れになったことはないが。


ソニーのヘッドホンは「安物買いの銭失い」になってしまったが、とりあえず楽しく散歩できるようになったからヨシとしている。問題はイヤホンとヘッドホンの差が大きいこと。イヤホンはイヤーピースをコンプライのものに換えてから音質が格段にレベルアップした。しかし、それでもモメンタムとはかなり差がある。そしてやっぱりヘッドホンをつけて電車に乗るのは気が引ける。

高級なイヤホンならモメンタムくらいの音になるのか。そのためにはいくら投資しなければならないのか。まっ、いろいろ悩むことがあるから人生は楽しいね。

wassho at 19:40|PermalinkComments(0) 音楽、オーディオ 

2019年01月24日

そうですね そうですね いうな

ずいぶんと前から気になっていて、
特にスポーツ選手に多い気もするのだが、
インタビューを受けて答える時、
必ず最初に「そうですね」と言ってから話し始める人がやたら増えた。

私が覚えている範囲で、最初に「そうですね」を連発しだしたのは水泳の北島康介。「チョー気持ちいい」の頃だから2004年。そのあたりから、だんだんと蔓延してきたような気がする。今年も正月は箱根駅伝を見たら、ほとんどの選手が「そうですね」と言ってから話し始めた。

インタビュー



それほど詳しい分野ではないが、コミュニケーションのテクニックにおいて、会話の切り返しを「そうですね」で始めるのは

  「そうですねと」といったん間を取ることによって、考えをまとめる時間を稼ぐ。

   相手に同調して好感を得る。あるいは、あなたの話の内容を理解したという
   サインでもある。

   また例え反論する場合でも、相手を拒絶したのではなく、受け入れた上で自分の
   意見を述べている印象を与える。

などの効果があるとされる。

その効果は否定しないけれど、それは繰り返される会話のやりとりを毎回毎回「そうですね」で話し始めろということではない。逆に毎回「そうですね」で話を返されると相手をバカにしている印象も与えかねない。とりあえず私は「そうですね」だらけのインタビューだと、それが耳障りでイライラしてくる。

もっとも「そうですね」を連発する人は、もう口癖になって無意識に発しているのだろう。「あー」とか「えっとー」みたいなものである。でも身に覚えのある人は、相槌のバリエーションを増やして欲しいな。


それにしても、どうして「そうですね」が蔓延したのだろう。ある時期にそういうコミュニケーション・トレーニングが流行ったのだろうか。スポーツ選手に多いのは、インタビューを聞く機会が多いせいもあるだろうが、その同調性が体育会系のノリにあっているからかもしれない。また何となく就活のセミナーなんかでもテクニックとして教えているような気もする。

誰か北島康介に尋ねてきてくれないかな。
きっと「そうですね」といいながら答えてくれるはず(^^ゞ

wassho at 07:17|PermalinkComments(0) ノンジャンル 

2019年01月21日

国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア展 その2

この作品はオーソドックスな絵が多かったこの展覧会では異色。ナチュラルで素朴なクリムトといった趣き。こういうのをもっと見たかったが、これだけだったのが残念。

イワン・シルイチ・ゴリュシュキン=ソロコプドフ
「落葉」 1900年代
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「月明かりの夜」はロマンティックというより幻想的。シチュエーションと着ているものが釣り合っていないが、だからこそ非現実的な雰囲気が醸し出されているのだろう。またスポットライト的に女性が照らされているので舞台のようにも見え、この後に彼女が立ち上がってセリフを言ったり歌ったりするような連想をしてしまう。

イワン・ニコラエヴィチ・クラムスコイ
「月明かりの夜」 1880年
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そして目玉作品の「忘れえぬ女」。
タイトルの「女」は「ひと」と読む。演歌か! また原題のロシア語の英訳はUnkown Ladyで「見知らぬ婦人」だから、誰かが思い入れたっぷりな日本語タイトルをつけたらしい。そういうのは映画ではよくある話。有名なところでは「愛と青春の旅立ち」の原題はAn Officer and a Gentleman。直訳すれば「士官と紳士」。そんな味気ないタイトルじゃ映画はあれほどヒットしなかったかもしれない。絵にもネーミングで点数を稼いでいる例が他にあるのかな?

イワン・ニコラエヴィチ・クラムスコイ
「忘れえぬ女」 1883年
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一度見たら忘れえぬ作品なことは間違いない。表情に喜怒哀楽はなく完全に無表情。しかし、しっかりと見つめているから、そこにミステリアスな緊張感が生まれる。そして罪深き美しさ。彼女に頼まれたら人の2〜3人は殺してしまいそうである(^^ゞ

どうしても顔ばかり見てしまうが、服装のセンスもいいし、その描写もお見事。またモデルは馬車に坐っている。雪の積もったモスクワで馬車が幌を降ろすことはないだろうから、これは制作における演出。高貴な感じと、少し高い位置から見おろすという構図が欲しかったのかもしれない。

よく見れば背景の描き方がユニークである。単にぼかすのではなく、極端に色の彩度(濃さ)を落として描かれている。こういうテクニックって今まで他の絵で見たことがあったかな? もっとも試しに指で建物を隠しても、作品の魅力はまったく変わらない。ただし背景の空がクリーム色で塗られているのは重要だと思う。この作品では青空でも曇り空の灰色でもいけない。冷静に観察すれば怖い印象もあるこの女性の姿を、クリーム色が優しく中和しているような気がする。

ちなみにこの作品は「モスクワのモナリザ」と呼ばれている。「オランダのモナリザ」は、あのフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」である。古今東西、女性を描いた名画はモナリザに例えられるみたいだ。さて日本のモナリザは?



上で紹介した3作品と較べると、次の2つはごく普通の描き方。モデルも特に美人じゃない。でもいい味が出ている作品だった。

フィリップ・アンドレーエヴィチ・マリャーヴィン
「本を手に」 1895年
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ニコライ・アレクセーエヴィチ・カサートキン
「柵によりかかる少女」 1893年
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子供を描いた作品を2つ。
ロシア絵画には子供の絵が多いらしい。

セルゲイ・アルセーニエヴィチ・ヴィノグラードフ
「家で」 1913年
53


ワシーリ・イワノーヴィチ・コマロフ
「ワーリャ・ホダセーヴィチの肖像」 1900年
55



その他のあれこれ。

コンスタンチン・アレクセーエヴィチ・コローヴィン
「小舟にて」 1888年
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ワシーリ・マクシーモヴィチ・マクシーモフ
「嫁入り道具の仕立て」 1866年
65


ウラジミール・エゴローヴィチ・マコフスキー
「ジャム作り」 1876年
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ニコライ・ドミートリエヴィチ・クズネツォフ
「祝日」 1879年
71


ロシア絵画の特徴ってなんだろうと思いながら、あるいはラフマニノフのようなロシア的情感を感じたくて作品を見て回った。しかし見慣れているヨーロッパ絵画との明確な違いはなかったと思う。クラシック音楽ではロシアらしさを感じるのに絵画はそうでないのは、おそらく音楽、小説、絵画の順番で内面から外面の表現になるからだろう。外面ならロシアとヨーロッパはそんなに変わらない。また「広大なロシアの大地がーーー」などのお約束の表現がよく使われるが、目で見えている範囲=絵で描く範囲なんて日本もロシアも広さに変わりはない。民衆が描かれた絵は素朴な印象を受けるものが多かったけれど、日本だって明治時代の民衆を描けば素朴になる。

だからといって、それはこの展覧会の否定じゃない。全体のクォリティはとても高く、もし目玉作品の「忘れえぬ女」が展示されていなくても満足したと思う。それに「明確な違いはなかった」と書いたが、うまく表現できないだけでやはりどこか雰囲気は違うわけで、それを感じながら作品を眺めるのは楽しかった。

これだけのまとまった数のロシア絵画を見たのは今回が初めて。ロシアあるいは東欧も含めたエリアの展覧会が、これからも開かれることを期待したい。


おしまい

wassho at 21:29|PermalinkComments(0) 美術展 

2019年01月20日

2019シーズンのチューリップ初発芽

球根を植えてから茎がある程度大きくなるまで、水やりの間隔は2週間に1度。
本日、水やりのためにベランダに出てみると5つの発芽を確認\(^o^)/

先日のロウバイ撮影の失敗を教訓に、iPhoneのカメラをマクロモードにして撮ったが微妙にピントがあっていない。
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少しわかりづらいが2つ発芽している。左側はおそらく今朝の発芽だろう。
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最後の1つはキッチリとピントがあった。最初のと同じように撮っているのだが。
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まずはメデタシ。
さてチューリップの観察記録だけならiPhoneでも足りるが、
壊れたデジカメどうしようかなあ。

wassho at 15:20|PermalinkComments(0)   *チューリップ 

2019年01月17日

国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア展

渋谷にあるBunkamuraの30周年記念として開催されている、
モスクワにあるトレチャコフ美術館のコレクションを紹介する展覧会で、
サブタイトルがロマンティック・ロシア。

Bunkamuraは東急グループが運営する複合文化施設。渋谷の東急百貨店の隣にあり、コンサートホール、劇場、映画館、美術館などが入っている。首都圏以外ではあまり知名度はないかもしれない。出来た当時は東急文化村と呼んでいたように思うが、いつのまにか東急をネーミングにつけなくなり、またBunkamuraとアルファベットで表記するようになった。それで世間に通用するので、パソコンで「ぶんかむら」と打ち込むとBunkamuraと変換される。

さて、この展覧会は1850年(明治維新が1868年)から1917年(大正6年。日露戦争が1904〜1905年、ロシア革命が起きたのが1917年)までのロシア人画家の作品を展示している。概ね印象派の時期と重なるが、時代にかかわらず「ロシアの画家って誰か知っていたっけ?」というのがこの展覧会に興味を持ったきっかけ。シャガールとカンディンスキーが思い浮かんだが、彼らはロシア生まれであっても画家として活動したのはフランスだし。

結論からいうと、この展覧会で見た画家は初めて聞く名前ばかりだった。ポスターにも使われている「忘れえぬ女」に何となく見覚えはあってもロシアの画家の作品だとは思っていなかった。ところでロシア人の名前は長くてややこしいものが多く、作品紹介でブログに書く時に苦労した。


訪れたのは1月5日だからBunkamura入口には門松。
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館内にあったポスター。これが「忘れえぬ女」。
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ロシア文学には詳しくない。ドストエフスキー、トルストイ、チェーホフなどは大昔に読んだはずだが、内容はまったく覚えていない(/o\) だから「ロシア文学ってどんな感じ?」と尋ねられても答えられない。しかしクラシック音楽ならチャイコフスキーやラフマニノフ、ショスタコーヴィチなどにロシアっぽいというかスラブ調のようなものを感じる作品はある。じゃあそれは具体的にどんな音楽なんだと問われても表現できないけれど。まあとにかく、そんなロシアらしさが絵にもあるのかという興味で作品を見て回る。


展覧会全体として風景画が多かったように思う。どれも細密な描写。人物と共に描かれたものもあり、それらには詩情のような雰囲気が感じられる。

アレクセイ・コンドラーチエヴィチ・サヴラーソフ
「田園風景」 1867年
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イサーク・イリイチ・レヴィタン
「春、大水」 1897年
02


イサーク・イリイチ・レヴィタン
「樫の木」 1880年
06


イワン・イワノーヴィチ・シーシキン
「森の散歩」 1869年
14


イワン・イワノーヴィチ・シーシキン
「雨の樫林」 1891年
15


イワン・イワノーヴィチ・シーシキン
「正午、モスクワ郊外」 1869年
18


エフィーム・エフィーモヴィチ・ヴォルコフ
「10月」 1883年
24


グリゴーリー・グリゴーリエヴィチ・ミャソエードフ
「秋の朝」 1893年
27


ミハイル・マルキアーノヴィチ・ゲルマーシェフ
「雪が降った」 1897年
29


ワシーリー・ニコラエヴィチ・バクシェーエフ
「樹氷」 1900年
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ロシア絵画の特徴を発見した。画家の名前は長いがタイトルは短い(^^ゞ それは冗談として人物の服装にロシアあるいは東欧的なものは見られても、作風そのものは極めてオーソドックス。それによく考えたらロシアの風景を知っているわけでもなし、絵を見てロシアを感じられるはずもなかった。一番気に入ったのはシーシキンの「雨の樫林」。なんともいえず引き込まれる。傘を差している二人の姿が見えなくなるまで見守りたい気分になる。


海景画を何点か。

イワン・コンスタンチーノヴィチ・アイヴァゾフスキー
「嵐の海」 1868年
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イワン・コンスタンチーノヴィチ・アイヴァゾフスキー
「海岸、別れ」 1868年
09


ニコライ・ニカローノヴィチ・ドゥボフスコイ
「静寂」 1890年
10

アイヴァゾフスキーの「嵐の海」は、そのコバルトブルー系の海の色に目が引き寄せられた。私が好きな海の色である。でもよく考えると、海は日差しが強くないとこういう色にはならない。でも描かれているのは嵐の海である。そこだけ雲が切れているとの説明も成り立つが、よく見ると後ろの山の日の当たり方もわざとらしい。嵐と快晴で何か比喩してるのかもしれないが、やはり光を描き分けたがるのは画家の習性なんだろう。でも好きな色だからイイヤ。


静物画は少なかったし、画像を見つけられたのはこれのみ。描かれているのはフロックスという花。静物画なのに台に置かれておらず、また花瓶の底周辺に擦れたような線が描かれている。浮いている想定? ナゾ

イワン・ニコラエヴィチ・クラムスコイ
「花瓶のフロックス」 1884年
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男性の肖像画。作風は様々。

イリア・エフィーモヴィチ・レーピン
「ピアニスト・指揮者・作曲家アントン・ルビンシュテインの肖像」 1881年
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ウラジミール・エゴローヴィチ・マコフスキー
「自画像」 1905年
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コンスタンチン・アレクセーエヴィチ・コローヴィン
「フョードル・シャリャーピンの肖像」 1905年
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このシャリャーピンはオペラ歌手。日本ではシャリアピンと発音されることが多く、来日した時に帝国ホテルでシャリアピン・ステーキを作らせた、あのシャリアピンである。それにしてもスーツなのに靴下が派手だな。


ーーー続く

wassho at 22:34|PermalinkComments(0) 美術展 

2019年01月15日

新宿御苑でロウバイ その2

台湾風の建物を後にして、またブラブラと散策。
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ツバキはきれいな花がほとんど残っていなかったので全体写真はなし。
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これは寒桜のはずだが、まだ芽吹いていなかった。
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しばらく歩くとクマザサが広がっていたのでデジカメを構えたのだが、ここでトラブル発生。オートフォーカスがまったく機能しない。実は最初にロウバイを撮った時から、どうもカメラの調子が悪いと感じていた。アップでロウバイの花を狙ってもなかなかフォーカスしない。小さなもの、あるいは白いものを撮ろうとするとピントが合わないことはよくある。でもロウバイは今までも撮っていて特に問題はなかったのに。

その時は少し離れて撮るなどしてしのいだ。今回はまったくダメ。フォーカスをしようとレンズが動く気配すらなし。液晶画面をみるとレンズの絞り値が表示されていない。カメラがレンズを認識していないのか?

とりあえず私の知識でできることはすべてやった。レンズを取り外しカメラとの電気接点部分を拭く、電源のオンオフ、電池の入れ替え、カメラの設定の初期化などなど。カメラを振ったり、軽く叩いたりもしてみた(^^ゞ

どうもご臨終の雰囲気。壊れたのがカメラ本体なのか、レンズなのかは現時点でもはっきりしていない。とにかく意気消沈(/o\)



というわけでここからはiPhoneでの撮影。
ミラーレスのデジカメで撮ったのと差がないのがツライ(^^ゞ

それでクマザサ。ところで竹の葉のことを笹(ささ)ともいう。しかし最近知ったのだが、竹と笹はまったく別の植物らしい。
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もう1箇所のロウバイが植えられているところへ。
こちらの品種はその名もズバリのロウバイ。
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まだツボミのものが多かった。
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iPhoneだと近づけてこれくらい。画面上ではピントが合っていたのに実際は合っていなかった。家に帰る途中でiPhoneのカメラにはマクロ(接写)モードがあったことを思い出す。ミラーレスのデジカメではマクロを使うことがないのですっかり忘れていた。
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ロウバイの向かいにあった梅は早咲き品種なのか、そこそこの咲きっぷり。
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散策続行。見えてきたのは温室。何となく入りそびれる。
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池を見たり、松を見たり、灯ろうを見たりーーー
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案内図にバラ園とあったので向かう。まあバラシーズンに向けての事前調査のようなもの。
バラ園周辺はシンメトリー(対称性)な造園がコンセプトみたい。
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植えられていたゴツゴツした樹木はプラタナス。プラタナスって名前はよく知っているけれど、どんな木なのかあまり認識していなかった。
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なんとプラタナスの表皮は迷彩柄である!
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バラ園の規模は小さかったというか、敷地外周にバラが植えられているだけ。でも今は色が抜けている敷地の芝生がグリーンになって、その周りにバラが咲いていたらきれいだとは思う。
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この日はバラ園よりプラタナスの姿のほうに目がいった。
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芝生広場に戻り、そこを突っ切って、たまに池に近づいたりしながら新宿門へ戻る。
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だいたい新宿御苑の半分くらいのエリアを歩いたかな。
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ちなみに私は芝生広場と書いたが、その広い空間に樹木が点在するのがイギリス流の風景式庭園で、バラ園のように幾何学的に設計されているのがフランス流の整形式庭園とのこと。新宿御苑はその2つのヨーロッパスタイルと日本庭園の組み合わせ。たぶん3つ一緒に楽しめるのはここしかないと思う。


これからも四季折々に来てみようかと思う。
それにしてもデジカメがーーー(涙)


おしまい

wassho at 23:01|PermalinkComments(0) お花畑探訪 

2019年01月14日

新宿御苑でロウバイ

1月6日に明治神宮へ行った時「東京は私鉄と地下鉄の乗り入れが進んだので、自宅からは乗り換えなしで明治神宮まで行けるようになった」と書いた。それは新宿御苑も同じ事。「明治神宮前」の2つ先の「新宿3丁目」が新宿御苑の最寄り駅である。

というわけで快晴の本日、新宿御苑へロウバイを見に行ってきた。ロウバイの場合、快晴すなわち青空であるというのが鑑賞の絶対条件である。それは後ほど。

新宿御苑は新宿駅から歩いても10分程度のところにある。改めて地図で見ると(クリックで拡大)明治神宮からも近いし、神宮外苑とはほとんどつながっているように見える。でも原宿と青山は隣同士でも、新宿はいわば文化圏が違うから何となくもっと離れた場所にあるイメージ。
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概略を書いておくと、外周3.5キロで面積が58.3ヘクタール。
歴史的には、

   江戸時代は大名屋敷
   明治になって農業試験場
   庭園に改造されて明治39年(1906年)に皇室専用の新宿御苑に
   戦後の一時期は農業試験場的に使われていたが
   昭和24年(1949年)に国民公園としての新宿御苑になる

国民公園は皇居外苑と京都御苑(一般にいう京都御所の敷地全体)とこの新宿御苑の3つだけ。皇室の園地に由来する公園である。他に名前に国とつく公園は国立公園、国定公園、国営公園がある。興味があったらお調べを。ちなみに昭和天皇の大喪の礼は新宿御苑で執り行われた。


新宿御苑の新宿門到着。他に2つの入口がある。
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チケット売り場。料金は200円とリーズナブル。
もっとも皇居外苑と京都御苑は無料だけれど。
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無人改札機のようなゲートになっている。
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新宿門から入ってすぐのところにあるロウバイ。右側の木。
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ここの品種はソシンロウバイ。
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青空に黄色の花がキレイ。ロウバイの花は小さいし形も地味だから、背景が青空じゃないとつまらない。2つ前の写真をもう一度見て、この写真が曇り空の灰色だったらと想像してみて。
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写真じゃよくわからないが、花びらがロウソクのロウのような質感に見えるのでロウバイという名前。触ってみると普通の花びらなのにロウのように見えるから不思議。漢字では蝋梅と書く。でもウメとは関係なくクスノキの仲間。
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ロウバイのツボミは豆みたいだ。
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植えられていたロウバイは4〜5本。以前に1500本といわれる「寄のロウバイ園」を見ているから、それと較べると(>_<) もちろんそれは承知の上で新宿御苑に来ている。でも5分咲きくらいだったから、もう1週間ほど後でもよかったかな。



芝生広場を横目に見ながら園内を歩く。
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スイセンが植えられている場所に来た。
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写生している人。ほかにも園内にはあちこちにいた。
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全部真っ白なペーパーホワイトというスイセン。初めて見たような気がする。
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こちらは一般的なニホンズイセン。なぜか「ズ」と濁る。
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スイセンはかなりボリュームがあって、たっぷり楽しめた。
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園内マップにウメとあったので芝生広場を歩く。ムラサキの上着を着ている人の後ろにあるのがウメ。
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枝がカオスに絡まっている。
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もちろんまだツボミ始めたばかり。
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園内の脇道をブラブラ。
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茶室のようなところに出た。奥に見えるのはNTTドコモの代々木ビル。通称ドコモタワー。上層部のだんだんと尖っていく部分は内部にアンテナ設備が入っており、たくさんのアンテナを設置するために階段状になっているらしい。しかし、なんとなくニューヨークのどこかのビルのデザインをパクった感あり。
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和の雰囲気とのツーショットで。このドコモタワーはスカイツリー、東京タワーに続く都内で3番目の高さなので、どこからでも目立つ。新宿御苑の雰囲気からいうと、とても目障りでもある。
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茶室前の芝生広場に変わった形の木を見つけた。
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なんと松だった。夏目漱石が小説の中でも書いた、いわゆる「ローマの松」の背が低いバージョンのような樹形。こっそり松好きなのでとても興味深かった。
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またブラブラ歩いて池の畔。正面は見慣れた形の松。
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なぜか池の水に凍った形跡。
この時は気温8.5度。本日の最低気温は4.2度。どうして?
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ツノのあるナゾの建物を発見!
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近づいてみると中国風。
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台湾の建築様式らしい。
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内部はガランドウの展望台。
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ここからの眺めがいちばん良かったかな。
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ーーー続く
     実はこの後に事件が起きる(>_<)

wassho at 21:59|PermalinkComments(0) お花畑探訪 

2019年01月09日

渋谷で感じる高齢化社会

1月5日にロマンティック・ロシアという絵の展覧会を見てきた。
その話はいずれまた。

展覧会は渋谷の東急Bunkamuraで開催されている。
だから渋谷に出かけたわけで、それで渋谷について前々から感じていたことを。

交差点

                             写真はwikipediaから

1970年代の後半、友人を訪ねて東京へ遊びに来たのが初めての渋谷である。センター街のどこかで待ち合わせた。当然あのスクランブル交差点を渡る。真夏の土曜日か日曜日だったと思う。

渋谷は若者の街と話には聞いていたけれど、目の前にいたのはまさに道路からあふれんばかりの高校生と大学生とせいぜい20代後半くらいまでの若者の群れだった。正確に観察すればもっといろんな年代の人がいただろうが、私の目には平均年齢20歳そこそこの大集団に映った。

渋谷以上に大勢の人が集まっている街はあっても、渋谷ほど若者が集中している街は世界のどこにもないと確信した。それはかなり強烈な印象だった。後年、東京に移り住んだのも、その時に感じたパワーに引き寄せられた面が多少はあったのかもしれない。

さてあれから40年ほど経った今、渋谷の交差点に立つと「平均年齢が20歳くらい上がったかなあ」とか「他の街とそんなに変わらないなあ」と感じる。あの若さでムンムンしていた渋谷の光景は見られない。今でも渋谷は「若者の街」なんていわれ方をする。相対的にはそうだろう。しかし渋谷ほど日本の高齢化社会を実感する場所はないと私は思っている。

人口に占める年代の割合を記すと

   1980年 20歳代14.4% 65歳以上9.1%
   2015年 20歳代 9.7% 65歳以上26.3%

う〜ナンテコッタイ。もうヨボヨボ社会だぜ(/o\)

残念ながら渋谷にあの雰囲気が戻ることはもうない。私自身が交差点の平均年齢を思いっきり高めていることは棚に上げて、超高齢化社会に突入したこの国の行く末を案じる年の始めであった。

wassho at 20:13|PermalinkComments(0) 社会、政治、経済 

2019年01月08日

明治神宮御苑

社殿を後にして向かったのは明治神宮御苑。
明治神宮には何度も来ているが、ここに入るのは初めて。
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前回のエントリーで書いたように明治神宮は青山に外苑がある。そこで一番有名なのは神宮球場。表参道と同じで、神宮球場と聞いて明治神宮を思い浮かべることはないだろうが、正式名称は明治神宮野球場である。いっぽう外苑に対して神社のある敷地のほうを内苑と呼ぶ。そして内苑の中にある御苑(ぎょえん)。ややこしいなあ。

看板にあるように入場には御苑維持協力金として500円が必要。こういう協力金という名目の入場料を取るところはあちこちにあるが、売り上げじゃないから課税されないのかな。逆にこちらとしては寄付していることになるから、所得税の控除対象になるのだろうか。気が向いたら調べてみよう。


御苑は航空写真で赤く色づけしたあたり。
御苑

明治神宮(内苑)は大名屋敷だったこの土地を明治政府が買い上げ、皇室の御料地としたのが始まり。当時はほとんど荒れ地のような状態だったらしい。それでまず大名屋敷の庭だった御苑のあたりに手を入れて、明治天皇が別邸というか別庭として利用。当時は代々木御苑と称された。そして明治天皇が亡くなった後に明治神宮が建設される。だから歴史の順番でいえば御苑が先だし、明治天皇と直接ゆかりのあった場所といえる。


こんな小径を進んでいく。
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最初にあらわれるのは隔雲亭という建物。ただし内部の見学はできない。
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英語の説明ではTea Houseと書かれているから茶室ということになる。それにしても明治天皇は愛妻家だったんだね。
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隔雲亭の横を抜けると広い空間に出る。
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振り返って隔雲亭。芝生が緑の季節だったらキレイだったかもしれない。
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盆栽が並んでいた。台にくくりつけられているのは倒れないためだろうか。
まさか盗難対策じゃないよね?
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広場を下ると池がある。名前は南池と書いてナンチ。
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日本庭園的な計算された美しさはない。けっこう大雑把な造園。野趣あふれる空間と言い換えておこうか(^^ゞ


池を東へ進んでいくと茅葺きの東屋。ここが東京のど真ん中、渋谷まで歩いて行ける場所だなんて信じられる?
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隔雲亭前の広場に戻り、さらに先に行くと池への水路が菖蒲(しょうぶ)田になっている。花が咲く頃にまた来てみようかな。
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また茅葺きの東屋。ちなみに明治神宮ではアズマヤを四阿と表記する。
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さらに進むと清正井(きよまさのいど)があるのだが、途中からこの行列。
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井戸といってもくみ上げる井戸ではなく、湧き水のようなもので菖蒲田や南池の源流となっている。戦国武将の加藤清正が掘ったという伝説から、その名前がつけられたようだ。

並ぶのが面倒なので、この日はパス。
ちなみにこんな井戸。パワースポットとして人気があるらしい。


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入場したのは北門で、帰りは東門へ抜けたかったのに、適当に歩いているうちに北門に戻ってしまった。というわけで再び青文字提灯のある場所へ。
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しばらく参道を歩き、前回も書いたフォレストテラス明治神宮に「原宿駅へ抜けられる」というような看板があったので、ここを通ることにした。
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土産物屋に入ってみる。和風なグッズがメイン。
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これには少し気が引かれたが買わずーーー
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建物の隣りはフードコートになっていた。明治神宮の参道に露店は出ていないから、その代わりなんだろう。常設ではないと思う。
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よく見かけるメニューだが、お雑煮があるのが正月らしい。
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このフォレストテラス明治神宮はレストラン、土産物店、宴会場で構成されている施設。宴会場は結婚披露宴需要がメインなんだろうが、会議や一般のパーティーでも利用できる。外人が参加するなら、境内に連れて行けるこのロケーションはインパクトあるかも。


「原宿駅へ抜けられる」と書いてあるから、すぐ外に出られるのかと思ったら、来た時に歩いた参道と平行している道があるだけだった。だから出口は参道と同じ。まんまと「近道できるよマーケティング」に引っかかってしまう(/o\)
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久しぶりに訪れた明治神宮、そして初めての御苑だったけれど、やっぱりここは都心屈指のネイチャースポットだと改めて認識。わずかな時間しかいなくても体と心のバランスをリセットできたと思う。明治神宮=初詣=人混みしか知らないならもったいないよ。


おしまい

wassho at 18:40|PermalinkComments(0) イベント、旅行 

2019年01月06日

明治神宮まで

「2時間でまわる伊勢神宮」という番組を見てインスパイアされ、散歩がてら訪れた神社だったが大混雑でーーーという話は元旦に書いた。その後、熊野古道と熊野大社に関する番組も見て、だからというわけでもないのだが、初詣の混雑もそろそろ収まった明治神宮にでも行ってみるかと。

もっとも神話の世界と重なっているかのような伊勢神宮や熊野大社と違って、明治神宮はその名の通り明治天皇を祀って建てられた、歴史はまだ100年程の新しい神社。ところでいわゆる神様だけじゃなくて、人間も神として扱うことができるのが神社。靖国神社は特殊だから別として、一番新しい神様って誰なんだろう?あるいは次の神様候補は?

神話の雰囲気は味わえないとしても、明治神宮の魅力は「神宮の森」と称される木々に囲まれた広大な敷地。原宿駅から徒歩数分で別世界にワープできる。広さは約73ヘクタール(22万坪)。比較のためにディズニーランドとディズニーシーが合わせて100ヘクタール。

航空写真を見ると広さがよくわかる。なお明治神宮で矢印してある緑地エリアの上半分が明治神宮で、下半分は代々木公園。
航空写真

明治神宮は少し離れたところに神宮外苑も持っている。その面積は外苑に隣接する明治記念館の敷地も含めて30ヘクタール。だから神社境内と合わせて103ヘクタール。明治神宮は都心の大地主でもある。



東京は私鉄と地下鉄の乗り入れが進んだので、自宅からは乗り換えなしで明治神宮まで行けるようになった。ドア to ドアならぬドア to 鳥居で30分少々。
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地上に出てJR原宿駅。
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山手線の線路をまたぐ神宮橋。
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神宮橋から表参道を見る。まっすぐ行くと青山に出る。普段は意識していないが明治神宮の「表参道」が地名の由来。
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神宮橋を渡ると明治神宮の南側入口。たぶんここが正面口だと思う。
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最初の鳥居。
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鳥居をくぐったらもう異空間。5分ほど前には原宿駅にいたのに。
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足元に注意するようなものはないのだけれど?
橋になっているからか?
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橋の下には伊勢神宮のような清流はなかった(^^ゞ
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さらに歩く。
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フォレストテラス明治神宮というレストランや土産物屋の入った建物。いきなり出現する近代建築である。周りの景観と整合性を図るという発想はないみたい。
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大量の酒樽。写真は全部の酒樽をカバーしたはず。奥の方が見えにくいが35列くらい。縦は6段だから35x6=210樽ほど。
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酒造メーカーがお酒を奉納すると、こういう場所に樽を置くことができると聞いたことがある。ただし奉納するのは一升瓶で、これはディスプレー用の樽だとか。よく見ると複数の樽を並べているブランドと一樽だけのがある。奉納本数によって違うのか、あるいは設置広告料があって、その違いか?


酒樽の向かいにはなんとワインの樽!
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明治天皇はワイン好きだったんだ。
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参道は左に曲がって、また鳥居をくぐる。
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なぜか提灯が青い文字。
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そして次は右に曲がると社殿が見えてくる。
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現在位置は3つ目の矢印の根本。
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突然の行列。
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前方に行ってみると臨時の手洗い設備。
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本来の手水舎はその先にある。それにしても初詣の混雑を考えれば、臨時のを含めてもまったくキャパ不足だと思う。
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ところで手水舎は「ちょうずしゃ」と変わった読み方をするものと思っていたが、前述の伊勢神宮の番組では「てみずしゃ」と普通の音読みだった。どっちでもいいらしい。


3つ目、最後の鳥居。これは色が白木だから、まだ新しいもののようだ。
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鳥居の先の南神門より社殿エリアに入る。
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元旦は身動きできないほどの混雑だが、もう6日なので、ほどよい賑わいといったところ。
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「お宮参り専用申込用紙」。こんなテーブルが5つくらいあった。
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おみくじの英訳が POEM DRAWING?直訳すれば「詩を引く」となる。おみくじに書かれていることなんてポエムだといえば、それはそれで正しい気もするが。 
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調べてみると明治神宮のおみくじは、他の神社と違い吉凶を占うものではなく、明治天皇または昭憲皇太后の詠んだ詩や和歌から、人倫道徳の指針となる教訓的なものが集められ、それを引くスタイルになっている。だからPOEM DRAWING。でも知らないで、おみくじを引いたらビックリするね。


書道の展示。最近は用紙一杯にデカい字を書くのがヨシとされているのか? 字は上手でもバランスがおかしいと思う。「子供は元気よく」ハラスメントじゃない?
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売り場のお姉さんたち。赤い袴が見えないと巫女さんという雰囲気が出ないなあ。
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お値段はそこそこ。写真をクリックすれば大きくなって文字が読めるはず。それにしても病気平癒と安産のお守りが、他のお守りより値段が高いのはWATCHING FOOT:足元を見ている気がする。 (なおそんな英語はありません)
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参拝に並ぶ列。列の長さはそれほどでもないのに、皆さんのお祈りが長いのか全然進まない。というわけで、この位置から心の中で参拝ということで(^^ゞ
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見えているのは、いってみれば神社で働く人なんだけれど、白装束でネット越しにうっすらと見えると神様っぽい。なおネットは遠くから投げた賽銭が、社殿の中に飛び込むのを防ぐためのもの。
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とりあえず社殿エリアから退出。
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ーーー続く

wassho at 23:29|PermalinkComments(0) イベント、旅行 

2019年01月03日

ヒノキ風呂気分

元旦の初風呂は世田谷ボロ市で買ったヒノキの輪切りを試してみた。実は買ったことをすっかり忘れていて、この日が初めてになっただけだが。

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湯船に置いてからお湯を張る。「お風呂が沸きました」の知らせで浴室に入ってみると、かすかにヒノキの香りがする。本当にかすかで、掛かり湯をして湯船に浸かる頃には、鼻も慣れてくるので香りはほとんど感じられなくなる。でもこれは想定内。直径7センチ厚さ3センチ程度の木片なのだから。

湯船に浮かぶヒノキをたまに手に取り、鼻に近づけて香りを楽しむ。とりあえず目を閉じればヒノキ風呂気分である(^^ゞ

ところで、何であれいい香りを嗅げばいい気分になるものだが、ヒノキの香りは特別で、脳にダイレクトに作用するような効能があると思っている。落ち着きもするし元気にもなってくる。もちろん「あくまで個人の感想です」ではあるが。

存分に香りを楽しみたければ、この木片が10個は必要かな。すると1万6000円ということになる。だったら露店でこんな「グッズ」を買うより材木としてヒノキの板でも買うほうがいいかもしれない。どうすればコスパよくヒノキ風呂気分を楽しめるかは今後の課題にしよう。

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wassho at 23:41|PermalinkComments(0) 生活、日常 

2019年01月01日

元旦から中途半端

年が明けるのはめでたくても
明けた年がめでたくなるとは限らない

なんてことは正月早々から言わずに(^^ゞ
まずは新年おめでとうございます。


お餅とおせち料理風の総菜でとりあえず正月気分を演出。いわゆるテレビの新春番組は見ないので、そうでもしないと年が明けた気にならない。

今年は「築地の卵焼き」も買っておいた。パッケージは小振りの弁当箱くらいのサイズで(卵焼きフライパンの大きさかな)ずっしりと重たい。東京の卵焼きは甘いものが多いが、今回のは甘さ控えめでダシが利いておいしかった。ブランドは松露。近くのスーパーでは年末にしか売っていないのが残念。
たまご

なお、冷蔵庫から出したばかりの卵焼きはとても冷たいことを知る(>_<)
軽くチンしたほうがよかったかも。


NHKの「2時間でまわる伊勢神宮」という番組を録画で見た。これは昨年の元旦番組の再放送。暖かい季節に撮影されていて新年らしさはなかったが、伊勢神宮に行ったような気分は味わえた。
2時間

伊勢神宮は小学校の修学旅行で訪れたことがある。五十鈴川(いすずがわ)というのが境内に流れていて、その水の透明さにビックリしたことを今でも鮮明に覚えている。他はあまり覚えていないというか、その後に知ったことと記憶がごちゃ混ぜになっているというか。考えてみれば、あれから50年近くたっているわけで。新年早々、歳を感じたゼ。

番組はタイトル通り伊勢神宮の観光ガイドのような内容。見ているうちに行きたくなってきた。お伊勢参りというより神話ゾーンを散策したいという気持ち。実現するかな?


初詣の風習はないのだが番組に影響されて、散歩がてら目黒駅近くの大鳥神社まで行くことにする。

元旦の東京は快晴。もっともデジカメ(iPhone)だから、こんな青空に写っているのであって、実際にはこの半分くらいの青色の濃さ。でも雲はまったくなかった。
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大鳥神社に着いてみると、お参りの順番待ちの行列が道路にまで伸びている。ここからまず手水舎(手を洗うところ)まで行列で、
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そこからお参りをする場所までずっと行列。
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というわけで、境内をチラ見しただけで退出。創建は806年とされる由緒ある神社なのだが境内はかなり狭い。それに先ほどまで伊勢神宮を見ていたのでーーー視覚的ありがたみ度合いの差が。比較しちゃいけないんだろうが。


というわけでそのまま中目黒まで歩き、電車に乗って帰ってきた。
新年早々から中途半端な1日である(^^ゞ

wassho at 23:45|PermalinkComments(0) 生活、日常