2020年11月

2020年11月29日

神宮外苑でイエローオータム&散策 その2

ほとんど新築未入居状態の国立競技場をフェンス越しに少し見た後は、そのまま引き返して外苑の周回道路まで戻る。信号を戻った先は聖徳記念絵画館の西出入り口。
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地図で黄色く塗ったイチョウ並木を眺めて、神宮球場を横目で見ながら国立競技場まで歩いたのが前回のエントリー。現在位置は地図に「明治神宮外苑」と書かれている「神」の文字の上にある交差点。
地図


1926年(大正15年)に建設されたクラシックな建物。理由は知らないが、なぜか窓がないので異様な外観である。
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正面から。
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絵画館の前の池から全景を。実は絵画館の前庭は観光バスの駐車場になっており、こんなふうにバスに邪魔されずに全体を見渡せる機会はあまりない。それでも左側に黄色いはとバスが写っているが。コロナでたまにはいいこともあるもんだ。
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絵画館の東出入り口を抜けて、周回道路でイチョウ並木に戻る。
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再びイエローオータム。
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今度は右側の並木を歩いて青山通りに戻る。
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上を見て、下も見て、
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向かいの並木を横から見たり、
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葉のないイチョウを見上げたり。
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SHAKE SHACK (シェイク シャック)は、ちょっと高級なハンバーガーショップ。
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メインの並木から横にそれる通路は人が少なくて、ゆっくりイチョウを眺められる。正面に見えているのは秩父宮ラグビー場のスタンド。
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並木に戻り、そして青山通りに出て神宮外苑のイエローオータム見物は終了。
ここに着いてから、だいたい1時間くらいの散策。
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信号待ちを利用して道路の真ん中から。
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青山通りを渋谷方向に歩く。
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神宮球場に続くスタジアム通り。
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次の交差点が、かつてはキラー通りと呼ばれていた外苑西通り。
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キラー通りと青山通りとの角にあったベルコモンズは、今年の夏にこんなホテルに建て変わった。ベルコモンズは青山遺産として残って欲しかった気もするが。
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その次が表参道。
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ここから電車で帰宅。
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次はレッドオータムを見に行きましょう。


おしまい

wassho at 23:55|PermalinkComments(0) お花畑探訪 

2020年11月28日

神宮外苑でイエローオータム&散策

本日は家の中にいてはもったいないような快晴。それで普段の生活行動範囲の中にあるレッドオータムは、ネットで確認するとまだ充分に色づいていないようなので、神宮外苑のイチョウ並木でイエローオータムを楽しんできた。

青山通り越しにイチョウ並木を眺める。15年ほど前まではオフィスがここから徒歩2分のところにあった。このあたりは私にとってはホームグラウンド感覚なエリア。
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並木の中も光がたっぷりで美しい。
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落ち葉の絨毯はアップで撮ると、まだそれほどの密度ではない。やがてもっと葉が落ちて、その形がバラバラに崩れると少し弾力を感じられる厚みの絨毯になる。もっともその頃は木には葉がなくて寒々しい風景だが(^^ゞ 元住民みたいなものだから知っている外苑前情報。
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何はともあれブルースカイ&イエローオータム!
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グリーンなイチョウも一緒に。
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本日は広角ズームなのでアップでは撮れない。
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イチョウ並木の中間地点あたり。ちなみに全長は380メートル。
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まあとにかく上を向いてお散歩。
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終点から入り口の方を向いて。
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外苑の中をぐるっと回っている道路を渡り、
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イチョウ並木の全景。突き当たりが青山通り。
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そこから振り返って、
正面にあるのが国会議事堂みたいな聖徳(せいとく)記念絵画館。
手前は軟式野球のグラウンド。
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聖徳記念絵画館は明治天皇関連の絵が収められている。普段はあまり意識しないが神宮外苑とは明治神宮が所有する外苑で、明治神宮は明治天皇を祀っているのだから、そういうつながりになっている。

なおネーミングが聖徳太子と紛らわしく思うけれど、聖徳とはもともと

   世のすみずみにまで及ぶすぐれた智徳

という意味。それで厩戸皇子(うまやどのおうじ)が、後世に尊敬を込めて聖徳太子と呼ばれるようになった。彼が断トツに有名ではあるが本来は一般名詞。なお聖徳と書いて「しょうとく」と読むのは聖徳太子だけみたい。



ここからは国立競技場も近い。
まだ見たことがないので見に行くことに。
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外苑の中を周回している道路沿いに歩いて行く。ちなみに時計回りの一方通行。かつてホンダがF1で活躍していた頃(いわゆるアイルトン・セナの時代)、この周回道路と青山通りを組み合わせてモナコのように市街地でF1グランプリを開催する構想があった(ホンダ本社は青山通り沿いにある)。あえなく頓挫したが、いつかそういう風景を見たいもの。
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神宮球場のバックスクリーンを裏側から眺める。
正式名称は明治神宮野球場であり、もちろん所有者は明治神宮。
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隣にある第二球場。ゴルフ練習場も兼ねている。
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国立競技場が見えてきた。
思っていたより背が低い。
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少し近寄ってみたが、写真でもわかるように白い囲いが周りに張られていたし、その内側には人の気配がない=敷地の中には入れないようだったので、これ以上は先に進まなかった。デザイン的にはどこから見ても同じ形だし。

それにしてもコロナがなければ、この夏はここで連日の大歓声だったのにね。
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ところで、もう忘れた人も多いかも知れないが、この新しい国立競技場はスッタモンダあって、ザハ・ハディドのデザインから隈研吾(くま・けんご)のものに変更された。

  ザハ・ハディド案
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  隈研吾案
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変更は建設費用のことが理由だったと思うが、デザインだけで見るならザハ・ハディド案が圧倒的に素晴らしい。実現していたら東京が世界にアピールできるランドマークになったと思われるのに残念である。

もちろん少し派手すぎるように思う人もいるだろう。しかしエッフェル塔だって最初はパリの景観を台無しにするといわれていたのだ。こういう次の時代を見据えたものを建てようとするある種の「気概」が都市開発には必要だと思っている。

対して隈研吾のデザインはまるで無印良品のように無個性である。住宅ならそれもありだが、こんな大施設がそれじゃツマラナイというのが私の感覚。ディティールはきれいだし、木材を多く使っているから今風にエコな雰囲気はあるとしてもだ。



ーーー続く

wassho at 23:33|PermalinkComments(0) お花畑探訪 

2020年11月26日

柿食えば種を植えるか法隆寺

今年の2月に植えて、
5月に発芽して、
でも8月に枯れてしまった柿。

そして再び秋になれば、また柿を食べるわけで、そうすればまた種も出てくる。
柿食えば種を植えるか法隆寺


ところで前回は「種あり柿」と「種なし柿」の種を分けて植えた。種なし柿の種なんておかしいはずだが食べたら出てきてた。でも種なし柿なんだから種としての機能を持っていないかもと思ったから。

あまり記憶が定かではないが、そういうふうに分けて種を残していたということは、柿を買った時に種ありか種なしかがわかっていたから。でも今年は店頭で種の有無を表示していなかったような。今まで10個くらい同じ売り場で買って食べて、種があったのは1つだけ。しかも種は2粒だから、これは種なし柿なんだろうな。

ちなみに「種あり柿」は発芽したが「種なし柿」はしなかった。ただし掘り起こしてみると虫に食われていたので、種なし柿の種だったからかどうかは判断できず。

もう少し数が増えたらまた植えてみよう。だから「種あり柿」を買いたいな。どうせ大して育たないだろうが、発芽したらそれなりにうれしいもの。

ところで柿には渋柿というものがある。その存在は子供の頃から知っているのに、一度も口にしたことがない。おそらくほとんどの人がそうだろう。もちろん食べるものではないし、だから売ってもいないけれど、ものは試しにひとかじりくらいはしてみたいと思っている。

wassho at 20:53|PermalinkComments(0)   *チューリップ以外 

2020年11月25日

夢の続き

希望とか目標の夢じゃなくて、寝ている時に見る夢の話。


いい夢、悪い夢にかかわらず相当にインパクトの強かった夢でも、夢の記憶って長続きしない。ありきたりの夢なら、ほとんど起きて数分すれば忘れているような気がする。

しかし目覚めた瞬間、まだ半分寝ているような状態の時に意識を集中すると、過去に見た夢を思い出すことができるのをご存じか。寝ぼけているのにどうやって集中するのだと言われるかも知れないが、そのようにしか表現のしようがないのでご勘弁を。

だからなんだという話だし、誰かとそんな話をしたこともないから、私以外の人も同じかどうかはわからない。だけれどもハッカーがネットワークの脆弱なポイントを突いて侵入するように、寝ぼけている時には脳回路にそういう入り口が出現するのだと何となく想像している。

意識を集中して感知できるのは、こんな夢を見たな、あんな夢もあったなという、まるで映画のタイトルを見た時のような凝縮した記憶である。今後はこの技を精進して、いい夢の続きを見られるようにしたい(^^ゞ

夢


wassho at 23:08|PermalinkComments(0) 生活、日常 

2020年11月22日

25年間も不便なインターネット

1960年代から研究され、1982年にTCP/IPというコンピューター同士の通信規格が確立されたのが、今日につながるインターネットの始まりである。徐々に普及して日本でインターネット元年とされるのが1995年(平成7年)。

1995年はあの阪神・淡路大震災やオウム真理教によるサリン事件が起きた年である。世相的には安室奈美恵ファンがアムラー、女子高生がコギャルと呼ばれだし、野茂英雄がメジャーリーグに挑戦して大旋風を巻き起こした。また元祖デジカメのカシオQV-10が発売され、ピッチと愛称がついたPHSのサービスが開始される。さらに青島幸男が都知事に当選して世界都市博を中止し、沖縄では米兵少女暴行事件が起きたりした1995年である。

10年ひと昔というから25年前ならふた昔半かな。
色々となつかしいゼ。


話がそれた。

当時、インターネットの三大機能はWWW(ワールド・ワイド・ウェブ:ネットでファイルを読むこと)、FTP(ファイル・トランスファー・プロトコル:ファイルの送受信)、電子メールといわれていた。

そのWWWを一気に身近にしたのが、米国立スーパーコンピュータ応用研究所 (NCSA) からリリースされたMozaic(モザイク)というブラウザ。それが1993年のことで、私がインターネットに初めて触れたのもその頃。

MozaicをMacのResEdit(レズエディット)というプログラムツールを使って改良し、インターネット解説書籍の付録についていたプロバイダー無料アクセス権を使って接続した。もちろんピーピーガーガーと音がするアナログのモデム。日本語で書かれたホームページはまだ100件もなかったように思う。Yahoo!の検索も存在せず、どんなホームページがあるかの情報は書籍や雑誌頼りという今では考えられない状況。(知らない人も多くなったので書いておくと、検索の元祖はGoogleじゃなくてYahoo!ね)

当時、インターネット初体験の儀式として流行っていたのは、ルーブル美術館のサイトで絵を見るのと、ホワイトハウスのサイトにアクセスして、そこの記帳ページにメッセージを残すこと。後で大統領から返信があるといわれていた。もちろん両方とも訪れたけれど、インターネットのメールアドレスをまだ持っていなかったので返信は受け取れず。残念!

その後、しばらくしてからプロバイダーと契約。最初に選んだのは何とブリティッシュ・テレコム。その頃はATTなどの海外電話会社も国内でサービスを提供しており、日本企業のプロバイダーより内容が優れていたように記憶している。


懐かしさのあまり、また話がそれた(^^ゞ
まあ、そういうブログです。


さてブラウザである。ご承知のように一番の特徴はリンクが張ってあれば、そこをクリックして違うページやファイルに移動できること。

しかしである。
ブラウザはリンク先にジャンプする時に

   新しく別のページが開くのか
   今のページが新しいページに置き換えるのか

が事前にわからないという致命的な欠陥を持っている。

もちろん右クリックして「新しいタブまたはウインドウで開く」を選んだり、Macの場合はコマンドキーを押してクリックすることで、いわば手動で「新しいタブ」にジャンプさせることはできる(Windowsのことはよく知らない)。

しかし、もともと別のページが開く設定になっているのなら、右クリックやコマンドキーを使うのは無駄な作業である。だからクリックする前に、どのようにリンク先にジャンプするのかを示すべきなのである。

どうジャンプさせるかはページを作るときに指定する。例えば次のリンクは2020年11月19日の投稿にジャンプするがページの開き方を変えてある。

    別のページで2020年11月19日にジャンプす
    今のページで2020年11月19日にジャンプする


MacもWindowsもリンクが張ってある箇所にマウスを持ってくると、マウスのポインターの形が矢印から指の形に変わるようになっている。
マウスポインター

つまり、そこにリンクがあることを読み込んでいるからこういうことができる。だからそれをもうひと工夫して、ジャンプするのが別のページなのか今のページなのかで、ポインターの形を変えてくれというのが25年間続けている私の主張。ジャンプ前のページを残しておきたいこともあるのだから。

プログラム的には極めて簡単なことと思うし、それによって不便を被ることもないはずだが、なぜか25年経っても実現されない。私にとってインターネット最大のナゾである。もっともスマホやタブレットの時代になってパソコンを使う人が少なくなってきたが。


ついでにささやかな抵抗手段のご紹介(ただしパソコンの場合)。

Googleの検索では、検索結果の一覧表示でページ右上にある「設定」から「検索設定」を選ぶと「結果ウインドウ」という項目がある。そこで検索結果のリンクをクリックした時に別ページで開くかどうかを設定できる。ついでに「ページあたりの表示件数」も100件にしておくと検索がはかどる。表示件数を多くすると遅くなるような表記があるが、それは回線速度が遅かった時代の話で今は関係ない。Yahoo!も検索結果の一覧表示でページ右上にある「検索設定」から同じように設定できる。

ただしGoogleニュースは、Google検索での設定にかかわらず見出しをリンクすると別ページが開いてジャンプするが、逆にYahoo!ニュースはYahoo!検索での設定にかかわらず、別ページにジャンプしないで書き換わる仕様なのが不便。


まあとにかく、もしブラウザの開発者に知り合いがいたら、どうして別ページか今のページかを事前に知らせないのかを問い詰めて叱責をお願いします(^^ゞ それとYahoo!ニュースは別ページが開く仕様に変更して欲しいな。

wassho at 23:49|PermalinkComments(0) 生活、日常 

2020年11月19日

視覚の錯覚

数日前にネットで少し話題になっていた写真。
後ろのクルマは合成だけれど、その画像サイズは前のクルマと同じだという。
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どう見ても倍くらいは大きいように思えたがーーー


わかりやすいように後ろのクルマに赤い印をつけて、
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それをコピペして、サイズは変えずに前のクルマと並べるとアレ?
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念のため前のクルマをコピペして後ろに並べてもーーー疑り深い(^^ゞ
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周りを塗りつぶしたのと、
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もう一度見較べましょう。
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おそらくこれは、脳が経験によって

    「遠くのものは小さく見える」

という判断基準を持っているのに、遠くに同じ大きさのクルマを置いたので

    「遠くで同じ大きさに見えるなら、実際にはとても大きい」

と逆算して解釈しているからだと思う。平たくいえば錯覚、ややこしくいえば認知の歪みということだろうか。あるいは単に遠近法で小さくなった風景との対比でそう感じるのか。いずれにせよ前と後ろのクルマの画像サイズは同じだと、コピペや塗りつぶしで確かめた後でも、やはり後ろのクルマが化け猫的に大きく見えるから、人間の感覚って大して当てにならないなあと思ったり。


こういう錯覚を利用して部屋が広くなるインテリアとか誰か考えて(^^ゞ

wassho at 23:00|PermalinkComments(0) ノンジャンル 

2020年11月17日

「美人コンテストをマークせよ」を自宅で

中学生の頃に放送していたルパン三世で、今でも覚えているのはウクライナの銀狐が登場する「ニセ札つくりを狙え!」の他に、もう1つあることを以前に書いた。

それが「美人コンテストをマークせよ」という作品。窃盗団が美人コンテストを隠れみのにして、どこかの島で名画の闇オークションを開催。そこにルパンが潜入してその名画をごっそりいただくというような内容。

細かなストーリーは忘れてしまったが、強烈な印象として残っているのがラストシーン。まんまと名画を手に入れたルパン達は船で島から脱出する。そして名画を貼り合わせて帆のように風にはらませて、こう叫ぶ。

    絵ってのは、こうやって楽しむものだぜ、とっつぁん!

美人コンテストをマークせよ

今でも目に焼き付いているそのシーンになぜかシビれた。当時は絵画に「高尚なもの」という既成概念を持っていて、それを打ち破ってくれたことが痛快だったのかも知れない。そろそろ社会への反発心も芽生える年頃である。

そんな心理分析はともかく、その時は単純に「ボクも大人になったら、こんなコトしよう」と憧れた。しかし、それから半世紀が経ったけれど名画を盗む度胸はなく(^^ゞ さりとて買い集める財力も持ち合わせず(/o\)


さてウチのマンションはいわゆるデザイナーズマンションで、内装にコンクリート打ちっぱなしの壁がある。そして展覧会に行くと展示作品のポスターが売られている。ある時、展覧会には年に何度も行くのだから、その度にポスターを買って壁に貼れば、ルパンと同じようなことができるのではと思いついた。(コンクリートだからスプレー糊で貼れる)


では世界初公開! 私の寝室の壁。
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下から煽ったアングルで。
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ポスターを貼っていない部分もある。実はこの壁の前にはハンガーラックとか色々と置いてあって、そこの壁は普段は見えない。これはいつかの大掃除で壁の前のものをどけたので、その時に撮影したもの。この状態になったのは3年くらい前で、だから今はもうポスターを貼るスペースが無くなってしまったのが残念。


さっき数えたら42枚あった。
これだけの名画に囲まれて寝ているヤツはいないだろうと無駄な自己満足(^^ゞ

wassho at 19:57|PermalinkComments(0) 生活、日常 | 美術展

2020年11月15日

バスルームでランタン

以前にバスルームの照明はつけない話を書いた。明るすぎるので代わりに洗面所の照明をつけぱなしにして、半透明のドア越しに間接照明的に使っている。暗いバスルームでリラックスするという目的で始めたのだが、最近もう少しだけ明るくしたいという気持ちになってきた。

まず考えたのはバスルームの電球を暗いものに取り替えること。しかしお風呂掃除をするときには明るさが必要。そのたびに取り替えるのも面倒である。

それで思いついたのがランタン。
もっともガソリンを燃やす昔ながらのこんなタイプではなく、
no title


小型で充電式のLED電球を使ったランタン。
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大きさのイメージ。
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ポイントは電球色になることと明るさの調整ができること。それと防水性。
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Amazonなどで探せばたくさんの種類がある。価格は2000円ちょっとのものが多い。これを選んだのは白一色のデザインなので室内で使うにはよかろうと。
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白一色のものを選んだおかげで、
最初からバスルームに備わっていたかのように違和感がない。
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電球の反対側が磁石になっていてバスルームの壁に固定できる。ユニットバスは表面はプラスチックでも、実はポリエステル樹脂金属積層鋼板という磁石が使える素材でできている。


オリジナルの照明器具と並べたところ。
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結果は大満足。明るすぎず暗すぎず、いい感じでバスルームに光が回っている。明るさはランタンの光量調節の半分程度のところで。体感的には白熱灯換算20ワット位で照らしているかな。

たった2000円の投資だからコストパフォーマンスは最強。照明はとにかく明るくなきゃイヤという人以外なら万人にお勧めする。

wassho at 19:58|PermalinkComments(0) 生活、日常 

2020年11月12日

伊奈町で秋バラ その4

幼い頃にデパートに行くといえば、我が家では高島屋に行くことだった。そして私は高島屋が大好き。なんたって屋上に遊園地はあるし、お子様ランチも食べられたから(^^ゞ おもちゃ売り場に足を踏み入れたときのワクワク感は今でも覚えている。

だからなのかも知れない。バラにいろいろな花の形があっても、当時の高島屋の包装紙に描かれていた形が一番好きだし、もっともバラらしく感じる。

これね。
1957年から1979年まで使われていた包装紙。
1957-1979

昔の包装紙に描かれていたバラは剣弁高芯咲きという花型。
バラの花型について知りたければこのリンク先をご参考に。
           https://item.rakuten.co.jp/baranoie/c/0000003900/
           https://ivy-rose-love.com/bunruihanagata/

こちらは2007年から使われている現行バージョン。
2007


このロゴは今でも使われているのかな?
日本のグラフィックデザインにおける傑作のひとつだと思う。
1960

このロゴは1960年から、つまり上の包装紙と同じ頃から使われ出した。しかし花の真ん中が高くなる高芯咲きなのは共通しているが、花びらの形は丸みを帯びている。だからこれは丸弁・高芯咲きで、花びらが尖っている剣弁・高芯咲きの包装紙とは品種が異なる。それぞれ違うデザイナーの作品なのかもしれない。


高芯咲きは最近あまり見ないから人気がないのかな。ここのバラ園でも、もっと花びらの枚数の多い品種がたくさん植えられていた。
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ところで伊奈町は、今年が町になって50周年のめでたい年。でもコロナだから、あまり盛大にお祝いできなかったんじゃないかな。お気の毒さま m(_ _)m
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そしてこれが町制施行50周年を記念したロゴマーク。3つ前に最初の投稿で紹介した町のシンボルマーク(町章)より親しみを持ててイイ感じだと思う。
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噴水広場があった。
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カバ?
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そしてなぜか、噴水があればシャッタースピードを早くして、水しぶきが止まっている写真を撮らずにはいられない性分(^^ゞ
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そろそろ紅葉のシーズン。
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手前のレッドはわからないが、後ろのイエローはイチョウ。
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この木(品種不明)は色が移り変わるさまが美しい。
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これはサクラかな。
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現地滞在は1時間半くらい。
まとまった数のバラを見られたのは1年ぶりだから満足。
もうワンチャンどこかに出かけられるといいなあ。



おしまい

wassho at 20:26|PermalinkComments(0) お花畑探訪 

2020年11月11日

伊奈町で秋バラ その3

今年はコロナのせいで春バラを見に行けなかった。この伊奈町のバラ園も春シーズンは閉鎖していたそうである。本日は3ヶ月ぶりに東京で317名、全国では1547人と大台超えの感染者数が発表された。来年の春バラの頃はどうなっているのだろうか。

ところでバラは姿も美しいが香りも魅力である。バラ園はまったく「密」ではなかったのでマスクを取って香りも楽しんだ。あいにく少し風が強くて、漂う香りではなくて花に鼻を近づけてクンクンする必要はあったけれど。


とりあえずアップの写真を。
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お約束の青空背景。
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アップばかりじゃツマラナイので。
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この2枚は背景が青空じゃなければボツにするレベルの写真。
やっぱり青空は偉大なり。
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これも青空のおかげで芸術点が高めに撮れたかも。
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ーーー続く


wassho at 23:20|PermalinkComments(0) お花畑探訪 

2020年11月10日

伊奈町で秋バラ その2

バラ園の一番隅にわずかに地面が高くなっているところがあったので、そこから見下ろして撮影した写真。全体の広さはこの写真の4倍くらいのイメージ。狭からず広すぎずといったところ。だいたい1ヘクタールくらいかな。
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見てわかるように花の密集度合いは少し物足りなかった。2週間ほど前くらいがピークだったのかもしれない。

ところでバラ園に来ればもちろんバラの写真は撮るのだけれど、花自体はどこのバラ園でも同じようなものだから、本当は「そのバラ園の風景」を撮りたい。しかし花数が少ないと「絵になる写真」は難しい。もっともそれは写真の腕前というか風景を切り取る感性のなさでもあるが。

ただしバラ園にはたいていアーチとかオベリスク(タワーみたいなもの)があって、それを撮っておけば、そこそこ雰囲気がでるもの。それなのに伊奈町のバラ園は、アーチなどの飾り付けにほとんど花が咲いていないんだわ(涙)
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まあ無理やり撮るけど(^^ゞ
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多少は花の咲いていたのをいくつか。
雰囲気がでるの意味がわかってもらえると思う。
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数少ない密集エリアの写真。
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ーーー続く


wassho at 23:37|PermalinkComments(0) お花畑探訪 

2020年11月09日

伊奈町で秋バラ

日帰りで行けるバラ園の有名どころはほとんど訪れたし、それにバイクも降りてしまってバラ園選びがなかなか難しい。今回は埼玉県伊奈町のバラ園へ出かけてきた。伊奈町(いなまち)といわれてもピンとこない人のほうが多いと思うが、大宮から10キロほど北側にある。人口は約4万5000人。ちなみに埼玉県には40の市、22の町と1つの村がある。

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自宅からまず渋谷まで出て、渋谷から湘南新宿ラインという、およそ埼玉に向かうとは思えない名前(^^ゞ のJR線で大宮まで。そこから埼玉新都市交通伊奈線、通称ニューシャトルに乗り換えて12駅先にある終点の内宿(うちじゅく)へ。

内宿駅から徒歩10分ほどのところに町制施行記念公園という名前の公園があり、その一角がバラ園となっている。首都圏ではそこそこ有名なバラ園。というか伊奈町で世間に知られているものといえば、このバラ園くらいしかない。貴重な観光資源でもあり町は「バラのまち伊奈町」を標榜している。しかし町のシンボルマークは別の花のような?

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ニューシャトルに乗るのは初めて。だいたい大宮来ること自体が滅多にない。大宮の次が鉄道オタクの聖地ともいわれる鉄道博物館。その駅を過ぎてしばらくすると窓から見える景色はのどかになってくる。高架路線なので見晴らしもいい。ただし乗り心地は不快というほどではないがけっこう揺れる。

乗客は少なく、内宿まであと3〜4駅となったところで、私の乗っている車両に人がいなくなった! こんな経験は生まれて初めてなので思わず記念撮影(^^ゞ
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内宿駅に到着。降りたのは5〜6人程度。ということは6両編成なので各車両に1人という計算。わかっていたけれど伊奈町はなかなかのイナカである。
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ところで乗り心地がよくなかった書いたが、それはこのニューシャトルがモノレールだからだと思っていた。それでどんな構造になっているのだろうと線路を見てビックリ。モノレールじゃないし線路もない!
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自宅に帰ってから調べてみると、この電車は車輪がタイヤだった。側方案内軌条方式というらしいが詳しい仕組みまでは調べず。
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ローカル感あふれる階段を降りて改札口へ。
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駅を外から眺めたところ。売店と改札の窓口に注目。同じ建物というか同じ部屋である。ニューシャトルは売店の販売員が改札業務も兼務するという珍しい運営方法をとっている。
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駅前ロータリー。タクシーが停まってはいるものの駅前には何もなし。さびれているというより、駅に電車に乗る機能以外を求めていない感じ。
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ロータリーの少し先に大きな道路(記念公園通り)があり、ここをまっすぐ進むと町制施行記念公園。平日の昼過ぎではあるけれど人通りはなくクルマもほとんど走っていない。ただし街並みは整然としているし、建っている家も新しいものが多いように思えた。それにしても住宅地でこんな大きな歩道は初めて見た。しかも白線が引いてあって右側が自転車、左側が人と区分されている。無駄に広い気もするが(^^ゞ
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記念公園通りから公園へは右折するのだが、その場所の表示が小さく、また曲がり角にないのでわかりにくかった。ちょっと回り道してたどり着いたのがバラ園の裏口のようなところ。ここまで自宅からドア to ドアで2時間10分。
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ここは第3バラ園らしい。
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バラの品種は豊富みたいだ。
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バラの紹介は次回から。
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ーーー続く

wassho at 23:37|PermalinkComments(0) お花畑探訪 

2020年11月04日

あの世の年長者

実にバカバカしい疑問がフツフツとーーー

  1)年長者は歳の若い者より序列が上だとする。
  2)あの世というものがあって死んだら先に逝った人と再会できるとする。

年長の人が若死にして、自分はもうとっくにその人の年齢を超えた場合、あの世で会ったときに序列が上なのはどちらなんだろう?

年長とは先に生まれた者という観点に立てば何歳で死のうが関係ない。しかし年長者の序列が高いのは、年少者より「長く生きて」経験が豊富なことによる実力差の推定によるものとすれば、死んだときの年齢が考慮されるべきである。例えば、5歳年上だったけれど中学生で亡くなった近所の兄ちゃんがいたとする。ジジイになって死んだ私が、中学生に敬語で話しかけるのもおかしな話。

しかし、あの世でも歳を取るとすれば話は変わってくる。ではあるがホモ・サピエンスが出現したのは20万年前。ということは最年長者は20万歳になる。いくらあの世でも、もう身体が溶けているやろ(^^ゞ


インターネットの時代になって調べれば何でもわかるようになった。それはとても便利ではあるものの、すぐに答えが見つかるから、なぜ?どうして?と考える機会が減り脳力が衰えだしている気がしなくもない。だからこういうバカバカしい疑問で脳細胞をかき回すのは案外と大事かも。


あっ! あの世は平等だから序列とかなかったけ?
でも後輩にタメ口きかれてもムカつくから、そんなあの世はイヤだ(^^ゞ

僧侶神父


wassho at 18:47|PermalinkComments(0) ノンジャンル 

2020年11月02日

大阪都構想 3つの雑感

昨日に行われた住民投票で、大阪都構想が否決されたことはご承知の通り。

大阪市民でも府民ですらないので都構想への関心は持っていなかった。だからその中身についてはニュースの見出し程度にしか把握していない。もちろん賛成か反対かを考えたこともない。ブッチャケ政治ネタなら、いよいよ明日に迫ったトランプ vs バイデンのアメリカ大統領選のほうに興味があるくらい。

しかし昨日は投票結果が目あるいは耳にイヤでも飛び込んできたわけで。せっかくだから、それで感じたことをブログに書いてみるかと。


1)
住民投票で否決された結果を受けて、松井市長は政界引退を発表した。ずいぶんとイサギのいいことと思ったが、それは2023年4月に市長の任期が終わってからだという。つまり2年と7ヶ月ほど先の話である。

ニュースの見出しでは次のようなものが多く、彼の発言に好意的だった。

   松井市長、任期全うし政界引退へ
   松井市長、2023年の任期満了で政界引退へ
   松井市長、任期満了をもって政界引退を表明

これを見て以前に、同じ内容でも言い方で印象が変わる話を書いたことを思い出した。その時に例として挙げたのが

    女子大生が風俗でアルバイトをしている
    風俗嬢だけれど昼間は大学に通っている

これに当てはめると、

   松井市長、2023年の任期満了で政界引退へ
   松井市長、政界引退は2023年の任期満了後

になる。

都構想反対派あるいはアンチ維新なら後者の表現だろう。私の感覚でも信を問うて負けた責任を取るのに2年7ヶ月後なんてあり得ないから、マスコミには松井シンパが多いのかと思った。しかしこのブログを書くために少し調べたら、彼は元々、否決されたら任期満了後に引退と宣言していたことを知る。

    ほな、しゃあないか (^^ゞ

松井市長

2)
しかしなぜ市長の辞職ではなく政界引退なのだ? 大差で否決されたのなら理解できる。それは負けた責任を取るのではなく世間から拒絶された、つまり自分の信念の実現性が不可能であることを理由に政治から身を引くことだからだ。しかし今回の結果は賛成67万5829票(49.37%)、反対69万2996票(50.63%)と、その差は1.26ポイントの超僅差なのである。前回も0.8ポイント差で同様。

つまり半分の人は賛成しているし、統計的に考えれば(計算はしていない)明日に同じ投票をまたやれば結果が逆転する程度の否定なのだ。それなのに、こんな大課題を道半ばで投げ出す政治的信条というのがどうにも理解できない。

政治なんて意見と利害の対立の中で、キツネとタヌキのばかし合いで進めていくもの。味方が半分もいるのに、どうしてあきらめるのだろう。スポーツなら爽やかな負けもあるが、それと勘違いしているのかな。それと今回、有権者の意見が二分されたわけだが、住民投票が終わったのだからと、ラグビーに例えてノーサイドの精神(試合が終わったら敵味方ではなく仲間)を訴える論調もいくつか目にした。言っておくけれど政治にノーサイドはないよ。

    まあ知らんけど (^^ゞ


3)
そもそも論として都構想=維新はなぜ負けたのだ。選挙なら決められたスケジュールがあるから、負ける戦いを強いられることはある。しかし今回は住民投票である。自分たちでいつ戦うかを決められる。勝てるようになってから戦(いくさ)を仕掛ければいいものを。それが最大の判断ミスだと思う。しかも今回は蓋を開けてみなければわからないという状況ではなかった。5年前に同じテーマでやっているから、その知見を生かして勝つ・負けるの判断となるデータ分析は充分にできたはず。

駆け出しのコンサルタントだった頃「冷たい状況認識・熱い対応」ということを叩き込まれた。現実はこの逆になることが多いもの。ある種の興奮状態すなわち熱い状況認識の元で意思決定をしてしまい、そのくせ後は努力をしない冷たい対応になって失敗する。都構想も理念先行で熱い状況認識、そして冷たい対応だったんじゃないかな。熱い対応をしていたら、私が東京都民で関心がなくても、もう少し何かと伝わってきたはず。

都構想が正解なのかどうかは別として、大阪には(大阪に限らないが)大胆な構造改革が必要なことは確かだと思う。それを知事・市長とも維新が占め、そして議会でも過半数あるいは第1党という有利な状況でありながら、戦術のまずさで自滅してしまったように思える。当面は揺り戻しが続く。改革を志す人にとっては痛恨の機会ロスであろう。

    ほんまアホちゃうか (^^ゞ



とりあえずは大阪の皆様、お疲れ様でした。

wassho at 20:04|PermalinkComments(0) 社会、政治、経済 

2020年11月01日

九品仏に紅葉前の偵察

昨年、いくつか名所を巡った紅葉シーズンの最後に、
ほとんど「ついでに」という気持ちで訪れたら、
過去には、あちこちにバイクツーリングして探し求めた
茶色の混ざっていない赤いモミジが、
まさかの自宅から徒歩&電車で30分ほどのところにあってビックリした
九品仏(くほんぶつ)浄真寺

なんといっても自宅から近いので、紅葉シーズンになったら何回か訪れる予定。それで昨日は、まだ紅葉でないのはわかっていたが、天気がよかったのでついフラフラと。太陽の光が透ける緑モミジもけっこう好きなのである。


午後2時頃に東門到着。最寄りの自由が丘駅からは10分ほど。
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周りはごく普通の住宅地。しかし境内に一歩足を踏み入れると景色が変わる。
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真すっぐ進むと仁王門。
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ところで昨年、九品仏浄真寺はホームページで敷地面積3万6000坪(12ヘクタール)と称しているけれど、そんなに広いとは思えなかったので、Googleマップで測ってみたら6.2ヘクタールしかなかったことを書いた。測定精度は高くないとしても3万6000坪もないのは確実。

でもまあ堂々(ヌケヌケ?)と境内の説明パネルにも書いてある。
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こちらの説明を読むと、「弥陀三六の願いに即して、境内3万6千坪、三仏堂各堂丸柱三十六本柱〜さらに三仏堂と本堂殿のあいだが三十六間」と、どうも36という数字にこだわっているようだ。だからといって面積を倍近く盛っていいことにはならないが。なお「弥陀三六の願い」をネットで調べたが意味はわからなかった。
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それはともかく、緑のモミジ日の光透けを楽しむ。
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ごくわずかに紅葉も。
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枯山水の前のイチョウはモミジよりは色づきが早いみたい。ちなみに黄色になるのは黄葉で、発音は紅葉と同じ「こうよう」。
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境内ブラブラ。昨年にひと通り見ているので写真は少なめ。

アショカ王の塔。世界史でそんな名前を聞いたような。
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近づいてみると塔のあちこちにクモの巣が張っていたりして、アショカ王はあまり大事にされていないみたい(^^ゞ だから写真は少し離れた位置から。
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阿弥陀如来像が9つあるから九品仏。3体を収めたお堂が3つある。
デジカメだから明るく映っているものの、実際はかなり暗くてシャッタースピードが長くなるので、ちょっとブレた。
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少し小ぶりのお堂。三十三観音と書いてあった。
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帰りは総門から。これが参道。
総門の写真を撮り忘れた(^^ゞ
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wassho at 15:17|PermalinkComments(0) イベント、旅行