2025年01月
2025年01月31日
新宿御苑で白いサザンカと真っ白なスイセン
先日、町田市の忠生公園へロウバイを見に行ったら、
ロウバイの根元にスイセンが植えられていた。
ごく普通の取り合わせだけれど、スイセンを見るのは久しぶりのような気がして「もっとスイセンを見たい見たいクンクンしたい病」を発症(^^ゞ
あまり遠くないエリアで今までに訪れていない場所を探して、候補に上がったのは江戸川区葛西の新長島川親水公園。川岸の斜面に2万株以上が植えられているみたい。しかしネットで探してもこの新長島川親水公園の開花情報がまったく見当たらない。葛西まで出かけて空振りだったら凹むので安全策をとって新宿御苑へ。ただし公式エックスによると1月11日頃に咲き始めたとあり、まだ花数は少なさそう。それにここのスイセンは以前にも見ている。でも新宿御苑は散歩するにも楽しいと自己説得して1月26日に訪問。
新宿御苑の新宿口は地下鉄の新宿三丁目駅で降りて5分ほどの位置にある。新宿駅からでも10分ちょっと。ウメとかサクラとかメジャーな花が咲いている季節ではないのに、そこそこの人出。
ここはPASMOやSuicaなどの交通系ICカードを持っていれば、
チケットを買わずに駅の改札を通るように利用できる。
ゲートをくぐってすぐのところに少しだけスイセンがあった。
ヤバっ、あまり咲いていない。とりあえずまだ気付かなかったことにしよう(^^ゞ
その近くにロウバイの木もある。しかし写真でわかるようにとても花が少ない。よく見ると地面に花は落ちていないし、またツボミもあまりない。これで満開なのか? もしロウバイを目当てに来ていたら凹むどころか半泣きになる(/o\)
5年ほど前に見に来たときはもっとたくさんの花が咲いていた。
ひょっとして弱っている?
とりあえずアップで。
ソシンロウバイは花のすべてのパーツが黄色。
今まで意識していなかったものの、ロウバイは花柄(かへい:枝や茎と花を結んでいる部分、実になったときに軸となるところ)がなくて、枝から直接花が出ている。
多くの人は新宿門を入ったら真っ直ぐに進んで芝生広場のほうに向かう。でも今回はUターンして反対方向に進む。それはこの奥にサザンカが咲いているから。
こんな通路を進む。
これはヤツデの花。白い花というより色が抜けているように思える。花の部分だけ枝も同じ色になっているのが不思議。形はまったく違うけれどホワイトアスパラガスを連想した。
そして咲いていましたサザンカ。
公式エックスでは「今年はサザンカの当たり年」とあったのに、ごく普通の咲きっぷりにしか思えない。これで当たり年なら普通の年はかなり寂しいのだろうか。以前に浜離宮庭園で見たまさに花だらけのサザンカは圧巻だった。そういうのを期待していたのに。(その写真はここをクリック)
キレイなところを狙って。
🎶サザンカ、サザンカ咲いた道、たき火だ、たき火だ落ち葉焚き〜と唄われるようにサザンカは冬の花。でもよく陽に当たっているサザンカを見ると南国の花のようにも思えてくる。輝いて見える濃いピンクと黄色のコントラストがハイビスカスなんかを連想させるせいだ。
白いサザンカが咲いていた。ひょっとしたら今までにも目にしていたかも知れないが、白いサザンカだと認識して見るのは初めて。
でも赤いサザンカと較べて、特徴がないというかインパクトは弱いかな。それで見た記憶がないのだと思う。
ピンクのサザンカもあった。
これも白と同様に今まで見た記憶はない。
赤や白より先に咲いたのか、状態のいい花が残っておらずアップはなし。
隣の木の花芽。
このフワフワ感は、たぶんモクレンかハクモクレンかコブシ。どれもモクレン科モクレン属ハクモクレン節に属する。花が咲くと色や形が違うものの、私の知識レベルでツボミの状態では見分けられない。
白と赤のサザンカのツーショット。
逆光で一枚。
サザンカの葉は厚いのに意外と光を通す。
ところでサザンカとツバキはよく似ている。「サザンカ ツバキ」と検索すればその見分け方がたくさんヒットするくらい。なのになぜかサザンカはツバキより格下に見られている。ツバキは観賞する花、サザンカは生け垣で咲いている花と思われているようなーーー
Googleは検索ヒット数を表示しなくなったのでヤフーでカウントすると、
まず、
ツバキ 1230万ページ
サザンカ 204万ページ
で大差がつく。つぎに名所と付け加えると
ツバキ名所 193万ページ
サザンカ名所 28万4000ページ
ちなみにサクラ名所だと2220万ページである。
またツバキ園とサザンカ園で検索すると
ツバキ園 202万ページ
サザンカ園 186万ページ
であまり差がないように見えるが、実はサザンカ園でヒットするのはサザンカが咲いている場所ではなく老人ホームの名称ばかり(^^ゞ
こうなると判官贔屓でサザンカを推したくなってしまう。東京農工大には研究者が国内外で集めた300品種ものサザンカがあるらしい。そのうち見に行きたいもの。(自由に入れるのかな?)
サザンカが咲いていたのは「母と子の森」と名付けられたエリアの外周路。
そこを進むとこんな光景が現れ、
この植物の名前は何だろうと思っていたら、
次に謎の地球外生命体と遭遇!
ナンジャコレは?
後で調べたら3つ前の写真に写っている巨木がラクウショウ(落羽松:ただしマツではなくスギの仲間)で、このニョキニョキ生えているのはそれの呼吸根(膝根、気根とも呼ばれる)。
しっかりと樹皮に覆われていて、根というよりどう見ても木そのもの。とにかくこれで呼吸しているらしい。ラクウショウは湿潤地に自生することが多く、水が多い土壌だと呼吸がしにくいため地上に根を突き出すようになったとされる。
ただしこの呼吸根を切断しても木の成長に影響ないのが確認されており、実際の機能や役割はよくわかっていない。
だから、やはりこれは人類が誕生する以前の遠い昔に、宇宙人が地球にやって来てラクウショウをガーデニングしており〜でも何らかの理由で彼らは地球を離れて〜残されたラクウショウが「僕はここにいるよ」と合図を送っている姿に違いない(^^ゞ
外周路はずっと続いているが、
途中で左折してスイセンが咲いている御苑の中心部へ向かう。
ところで原生林なんてところに足を踏み入れた経験はない。しかしこのあたりは巨木の森で上を向いて歩いているとちょっとそんな雰囲気も味わえる。何となく眠っていた野生を少し取り戻せたような気がして元気が出てきた。
もう一度書いておくと、
ここは新宿駅から徒歩10分ほどの場所ね。
現在までのルート。
ーーー続く
ロウバイの根元にスイセンが植えられていた。
ごく普通の取り合わせだけれど、スイセンを見るのは久しぶりのような気がして「もっとスイセンを見たい見たいクンクンしたい病」を発症(^^ゞ
あまり遠くないエリアで今までに訪れていない場所を探して、候補に上がったのは江戸川区葛西の新長島川親水公園。川岸の斜面に2万株以上が植えられているみたい。しかしネットで探してもこの新長島川親水公園の開花情報がまったく見当たらない。葛西まで出かけて空振りだったら凹むので安全策をとって新宿御苑へ。ただし公式エックスによると1月11日頃に咲き始めたとあり、まだ花数は少なさそう。それにここのスイセンは以前にも見ている。でも新宿御苑は散歩するにも楽しいと自己説得して1月26日に訪問。
新宿御苑の新宿口は地下鉄の新宿三丁目駅で降りて5分ほどの位置にある。新宿駅からでも10分ちょっと。ウメとかサクラとかメジャーな花が咲いている季節ではないのに、そこそこの人出。
ここはPASMOやSuicaなどの交通系ICカードを持っていれば、
チケットを買わずに駅の改札を通るように利用できる。
ゲートをくぐってすぐのところに少しだけスイセンがあった。
ヤバっ、あまり咲いていない。とりあえずまだ気付かなかったことにしよう(^^ゞ
その近くにロウバイの木もある。しかし写真でわかるようにとても花が少ない。よく見ると地面に花は落ちていないし、またツボミもあまりない。これで満開なのか? もしロウバイを目当てに来ていたら凹むどころか半泣きになる(/o\)
5年ほど前に見に来たときはもっとたくさんの花が咲いていた。
ひょっとして弱っている?
とりあえずアップで。
ソシンロウバイは花のすべてのパーツが黄色。
今まで意識していなかったものの、ロウバイは花柄(かへい:枝や茎と花を結んでいる部分、実になったときに軸となるところ)がなくて、枝から直接花が出ている。
多くの人は新宿門を入ったら真っ直ぐに進んで芝生広場のほうに向かう。でも今回はUターンして反対方向に進む。それはこの奥にサザンカが咲いているから。
こんな通路を進む。
これはヤツデの花。白い花というより色が抜けているように思える。花の部分だけ枝も同じ色になっているのが不思議。形はまったく違うけれどホワイトアスパラガスを連想した。
そして咲いていましたサザンカ。
公式エックスでは「今年はサザンカの当たり年」とあったのに、ごく普通の咲きっぷりにしか思えない。これで当たり年なら普通の年はかなり寂しいのだろうか。以前に浜離宮庭園で見たまさに花だらけのサザンカは圧巻だった。そういうのを期待していたのに。(その写真はここをクリック)
キレイなところを狙って。
🎶サザンカ、サザンカ咲いた道、たき火だ、たき火だ落ち葉焚き〜と唄われるようにサザンカは冬の花。でもよく陽に当たっているサザンカを見ると南国の花のようにも思えてくる。輝いて見える濃いピンクと黄色のコントラストがハイビスカスなんかを連想させるせいだ。
白いサザンカが咲いていた。ひょっとしたら今までにも目にしていたかも知れないが、白いサザンカだと認識して見るのは初めて。
でも赤いサザンカと較べて、特徴がないというかインパクトは弱いかな。それで見た記憶がないのだと思う。
ピンクのサザンカもあった。
これも白と同様に今まで見た記憶はない。
赤や白より先に咲いたのか、状態のいい花が残っておらずアップはなし。
隣の木の花芽。
このフワフワ感は、たぶんモクレンかハクモクレンかコブシ。どれもモクレン科モクレン属ハクモクレン節に属する。花が咲くと色や形が違うものの、私の知識レベルでツボミの状態では見分けられない。
白と赤のサザンカのツーショット。
逆光で一枚。
サザンカの葉は厚いのに意外と光を通す。
ところでサザンカとツバキはよく似ている。「サザンカ ツバキ」と検索すればその見分け方がたくさんヒットするくらい。なのになぜかサザンカはツバキより格下に見られている。ツバキは観賞する花、サザンカは生け垣で咲いている花と思われているようなーーー
Googleは検索ヒット数を表示しなくなったのでヤフーでカウントすると、
まず、
ツバキ 1230万ページ
サザンカ 204万ページ
で大差がつく。つぎに名所と付け加えると
ツバキ名所 193万ページ
サザンカ名所 28万4000ページ
ちなみにサクラ名所だと2220万ページである。
またツバキ園とサザンカ園で検索すると
ツバキ園 202万ページ
サザンカ園 186万ページ
であまり差がないように見えるが、実はサザンカ園でヒットするのはサザンカが咲いている場所ではなく老人ホームの名称ばかり(^^ゞ
こうなると判官贔屓でサザンカを推したくなってしまう。東京農工大には研究者が国内外で集めた300品種ものサザンカがあるらしい。そのうち見に行きたいもの。(自由に入れるのかな?)
サザンカが咲いていたのは「母と子の森」と名付けられたエリアの外周路。
そこを進むとこんな光景が現れ、
この植物の名前は何だろうと思っていたら、
次に謎の地球外生命体と遭遇!
ナンジャコレは?
後で調べたら3つ前の写真に写っている巨木がラクウショウ(落羽松:ただしマツではなくスギの仲間)で、このニョキニョキ生えているのはそれの呼吸根(膝根、気根とも呼ばれる)。
しっかりと樹皮に覆われていて、根というよりどう見ても木そのもの。とにかくこれで呼吸しているらしい。ラクウショウは湿潤地に自生することが多く、水が多い土壌だと呼吸がしにくいため地上に根を突き出すようになったとされる。
ただしこの呼吸根を切断しても木の成長に影響ないのが確認されており、実際の機能や役割はよくわかっていない。
だから、やはりこれは人類が誕生する以前の遠い昔に、宇宙人が地球にやって来てラクウショウをガーデニングしており〜でも何らかの理由で彼らは地球を離れて〜残されたラクウショウが「僕はここにいるよ」と合図を送っている姿に違いない(^^ゞ
外周路はずっと続いているが、
途中で左折してスイセンが咲いている御苑の中心部へ向かう。
ところで原生林なんてところに足を踏み入れた経験はない。しかしこのあたりは巨木の森で上を向いて歩いているとちょっとそんな雰囲気も味わえる。何となく眠っていた野生を少し取り戻せたような気がして元気が出てきた。
もう一度書いておくと、
ここは新宿駅から徒歩10分ほどの場所ね。
現在までのルート。
ーーー続く
2025年01月28日
今シーズンは不作なクリスマス・カクタス
この写真は2008年の11月に買ってきて、クリスマス頃にはきれいに咲いたクリスマス・カクタス。カクタスはサボテンの意味で、クリスマス頃に咲くからこの名前がついている。デンマーク・カクタスやシャコバ・サボテンとの呼び名もある。
春になったら伸びてきた葉(正確には葉ではなくて茎)を、ちぎって土に挿せば成長して新たな株となる。そうやって挿し芽で増やした2代目、3代目、4代目の株から状態のいいものを選んで植え替えしたのが2021年の5月。
2代目〜4代目のミックスは平均したら3代目になるが、
それを4代目と呼ぶことにしてふたつの鉢を作った。
植え替えるとその年はほとんど花を咲かせない。
これは2021年の12月の様子。
翌2022年の夏には40年近い私のクリスマス・カクタス歴でも、
見たことがないレベルに葉が勢いよく育った。
そして2022年の12月。
たくさんの葉先にたくさんの花が咲く。
ただし花の絶対数は多いものの、花数÷葉数の花つき度合いで考えるとそれほどでもない。でも花がたくさん咲いてくれるとテンションが上がる。
さらに昨シーズン2023年。
前年より勢いはないとはいえ、それでも満足できる花数。
しかしーーー
真ん中が今シーズンの4代目(/o\)
指折り数えられるほどしか咲いていない。
撮影は1月27日。(クリスマスで数えるので2024年シーズン)
なおこの季節は基本的に部屋の中で育てている。
ベランダの手すりに乗せても寂しい感じ。
5代目と一緒に。
こちらはさらに花数が少なく寂しい二乗の状態(>_<)
実は開花シーズン前からイヤな予感はしていた。クリスマスカクタスは秋の終わり頃に、こんな小さなツボミの赤ちゃんを付ける。今シーズンはそれがとても少なかった。赤ちゃんのすべてが大きなツボミまで生長して花を咲かせるわけではないものの、この赤ちゃんの数以上の花が咲かないのは当然の道理。
でもどうしてなんだろう。2021年に植え替えたから土はそんなに弱っていないはず。だいたいこれはサボテンなのであまり養分も必要としない。それにもし土に問題があるなら葉がこんなに元気なはずがない。なにかとナゾ
4代目から挿し芽して増やしたのが5代目。
挿し芽したのが多くの花を咲かせるまで3年は掛かる。
これは2022年春に作った5代目その1。
3年目だからもう少し咲いてもいいのに。
こちらは2023年春に挿し芽をした5代目その2。
これはまだこんなものか。
いくつかつぼみは付けてもツボミのまま落ちてしまうはず。
先ほど書いたように2021年に4代目として2鉢を作った。
しかし1つが弱ってしまう。
これは2024年5月の撮影。
萎びている部分はもちろん、すべて引き抜いて2024年版の5代目挿し芽をするつもりだったけれど、引き抜いた中には状態のいいのもあったので捨てるに忍びなく、4代目と新たな挿し芽の5代目をミックスした4代目半を作ってしまった。
でもそれがいけなかったのか挿し芽は夏頃までに全滅(>_<) 挿し芽の全滅は今までに経験がない。さらに鉢に戻した4代目も元気がなくほとんど花を付けていない。
というわけで現在4つあるクリスマス・カクタスの咲き具合を、
A 〜 E の5段階で評価すると
4代目 C
4代目半 E
5代目2022年版 D
5代目2023年版 E
と誠に惨憺たる状況。
春になって剪定&挿し芽をするときに対策を考えないと。
とりあえずアップの写真なら花数の少なさはバレない(^^ゞ
まだツボミも多いから2月中頃までは楽しめるはず。
春になったら伸びてきた葉(正確には葉ではなくて茎)を、ちぎって土に挿せば成長して新たな株となる。そうやって挿し芽で増やした2代目、3代目、4代目の株から状態のいいものを選んで植え替えしたのが2021年の5月。
2代目〜4代目のミックスは平均したら3代目になるが、
それを4代目と呼ぶことにしてふたつの鉢を作った。
植え替えるとその年はほとんど花を咲かせない。
これは2021年の12月の様子。
翌2022年の夏には40年近い私のクリスマス・カクタス歴でも、
見たことがないレベルに葉が勢いよく育った。
そして2022年の12月。
たくさんの葉先にたくさんの花が咲く。
ただし花の絶対数は多いものの、花数÷葉数の花つき度合いで考えるとそれほどでもない。でも花がたくさん咲いてくれるとテンションが上がる。
さらに昨シーズン2023年。
前年より勢いはないとはいえ、それでも満足できる花数。
しかしーーー
真ん中が今シーズンの4代目(/o\)
指折り数えられるほどしか咲いていない。
撮影は1月27日。(クリスマスで数えるので2024年シーズン)
なおこの季節は基本的に部屋の中で育てている。
ベランダの手すりに乗せても寂しい感じ。
5代目と一緒に。
こちらはさらに花数が少なく寂しい二乗の状態(>_<)
実は開花シーズン前からイヤな予感はしていた。クリスマスカクタスは秋の終わり頃に、こんな小さなツボミの赤ちゃんを付ける。今シーズンはそれがとても少なかった。赤ちゃんのすべてが大きなツボミまで生長して花を咲かせるわけではないものの、この赤ちゃんの数以上の花が咲かないのは当然の道理。
でもどうしてなんだろう。2021年に植え替えたから土はそんなに弱っていないはず。だいたいこれはサボテンなのであまり養分も必要としない。それにもし土に問題があるなら葉がこんなに元気なはずがない。なにかとナゾ
4代目から挿し芽して増やしたのが5代目。
挿し芽したのが多くの花を咲かせるまで3年は掛かる。
これは2022年春に作った5代目その1。
3年目だからもう少し咲いてもいいのに。
こちらは2023年春に挿し芽をした5代目その2。
これはまだこんなものか。
いくつかつぼみは付けてもツボミのまま落ちてしまうはず。
先ほど書いたように2021年に4代目として2鉢を作った。
しかし1つが弱ってしまう。
これは2024年5月の撮影。
萎びている部分はもちろん、すべて引き抜いて2024年版の5代目挿し芽をするつもりだったけれど、引き抜いた中には状態のいいのもあったので捨てるに忍びなく、4代目と新たな挿し芽の5代目をミックスした4代目半を作ってしまった。
でもそれがいけなかったのか挿し芽は夏頃までに全滅(>_<) 挿し芽の全滅は今までに経験がない。さらに鉢に戻した4代目も元気がなくほとんど花を付けていない。
というわけで現在4つあるクリスマス・カクタスの咲き具合を、
A 〜 E の5段階で評価すると
4代目 C
4代目半 E
5代目2022年版 D
5代目2023年版 E
と誠に惨憺たる状況。
春になって剪定&挿し芽をするときに対策を考えないと。
とりあえずアップの写真なら花数の少なさはバレない(^^ゞ
まだツボミも多いから2月中頃までは楽しめるはず。
2025年01月27日
元旦チューリップが初発芽
今シーズンも見送る予定が、
いろいろあって元旦に3品種12球だけ植えたチューリップ。
本日の朝、ベランダに出てみたら初発芽していた。
一昨日の25日に発芽していなかったのは確認している。
でもこれは少し芽が大きいから昨日の発芽かも知れない。
こちらは本日の発芽で間違いない。
今までだと
初発芽した\(^o^)/ \(^o^)/\(^o^)/
なんて喜んでいたが今回は植え付けが遅く、
その時点でもう芽が少し出ている球根が多かったからあまり感動もなし。
過去の記録をあたってみると初発芽日は
2022年 1月27日
2021年 2月2日
2020年 2019年の12月25日
2019年 1月20日
2018年 1月14日
2017年 1月30日
2020年が異常値で、今回はまあ例年通りといったところ。植えるのが遅くて発芽も遅れると思っていたのに、植えてなくても芽はパッケージの中で伸びるのであまり変わりないようだ。チューリップの球根は年内に植えるのが何となくセオリーだけれど、もう少し遅くても大丈夫なのかも知れない。
さてこれからいくつ発芽してくれるかな。
いろいろあって元旦に3品種12球だけ植えたチューリップ。
本日の朝、ベランダに出てみたら初発芽していた。
一昨日の25日に発芽していなかったのは確認している。
でもこれは少し芽が大きいから昨日の発芽かも知れない。
こちらは本日の発芽で間違いない。
今までだと
初発芽した\(^o^)/ \(^o^)/\(^o^)/
なんて喜んでいたが今回は植え付けが遅く、
その時点でもう芽が少し出ている球根が多かったからあまり感動もなし。
過去の記録をあたってみると初発芽日は
2022年 1月27日
2021年 2月2日
2020年 2019年の12月25日
2019年 1月20日
2018年 1月14日
2017年 1月30日
2020年が異常値で、今回はまあ例年通りといったところ。植えるのが遅くて発芽も遅れると思っていたのに、植えてなくても芽はパッケージの中で伸びるのであまり変わりないようだ。チューリップの球根は年内に植えるのが何となくセオリーだけれど、もう少し遅くても大丈夫なのかも知れない。
さてこれからいくつ発芽してくれるかな。
2025年01月22日
忠生公園でロウバイ その2
ロウバイが植えられているのはピンクの円で囲った蝋梅苑と、
その手前にピンクの線を引いた場所。
こちらが並木ゾーン。写真を撮ったこの位置でも、かすかにロウバイの甘い香りが漂ってきてテンションが上がる。
ここはソシンロウバイが植えられてる。
ソシンロウバイの特徴は
花のパーツのすべてが黄色一色
花びらに透明感がある
やや波打ってフリフリした花びらの形
あたりが私の認識しているところ。
ソシンは漢字で書くと素心。辞書で調べると
普段から心にいだいている考え
純粋で汚れていない人間本来の心、飾らぬ心
とある。また素心深考の四文字熟語をたまに目にして、それは素直な心でしっかり考えよとの教え。しかしロウバイがピュアなイメージなのは確かだが、いまいち素心とのつながりがピンとこない。さらに調べてみると中国語では花弁や花芯まで同じ色の花を素心と呼ぶらしい。チャンチャン(^^ゞ
ロウバイは黄色で小さな花なので、青空を背景にしないと写真ではバエない。最初に並木ゾーンを撮った写真では風景と同化してしまっているでしょ。
まだツボミのロウバイも多数。
左右の木で微妙に花の色の濃さが違う。ロウバイを見に行くとたいていこの光景を見かけるので、こういう個体差もロウバイの特徴のひとつなのだと思っている。
駐車場に隣接して設けられている蝋梅苑。
ここはマンゲツロウバイが中心。
マンゲツロウバイは丸い形の花なのが特徴。
ーーーなんだけど
マンゲツロウバイの満月とは形の丸さでそう呼ばれているわけじゃない。
これは以前に別の場所で撮った写真。内側の花びらに赤紫の色が入っており、そのラインが輪のように丸く見えるから満月の名前がついている。
でも忠生公園のマンゲツロウバイはどれもラインが入っていなかった。もう少し時間が経てば色づいてくるのかな。あるいは丸い形でラインの入らない福寿ロウバイの間違いか?市営の公園でそれも考えづらいが。もっともロウバイは香りが大事でラインはどうでもいいけど。
グングンと空に伸びていきそうなマンゲツロウバイ。
ソシンロウバイよりツボミの状態のものが多かった。
それでも黄色だらけな光景。
サザンカとロウバイ。
こちらではスイセンとロウバイ。
逆光で見るロウバイもキレイなのだけれど、
それを上手く撮影できないのが残念。
最後にアップのソシンロウバイとマンゲツロウバイ。
忠生公園のロウバイはそこそこのボリューム。ただ造園的にはちょっと雑というか、ただ植えただけな印象なのが残念。またこの広さならソシンとマンゲツ以外のロウバイも植えて欲しいもの。
ロウバイほどいい香りのする花はない(と私は思っている)。強烈に甘いのにくどくないその香りは一度嗅ぐと忘れられない。それなのにロウバイが植えられているところはとても少ないし、名所と呼ばれるところでもその規模は、あまたある梅園と較べるべくもないほど小規模。秋に住宅街を歩くとどこからともなくキンモクセイの香りが漂ってくる。ロウバイもそうなって欲しいなあと、この季節になるといつも思う。
おしまい
その手前にピンクの線を引いた場所。
こちらが並木ゾーン。写真を撮ったこの位置でも、かすかにロウバイの甘い香りが漂ってきてテンションが上がる。
ここはソシンロウバイが植えられてる。
ソシンロウバイの特徴は
花のパーツのすべてが黄色一色
花びらに透明感がある
やや波打ってフリフリした花びらの形
あたりが私の認識しているところ。
ソシンは漢字で書くと素心。辞書で調べると
普段から心にいだいている考え
純粋で汚れていない人間本来の心、飾らぬ心
とある。また素心深考の四文字熟語をたまに目にして、それは素直な心でしっかり考えよとの教え。しかしロウバイがピュアなイメージなのは確かだが、いまいち素心とのつながりがピンとこない。さらに調べてみると中国語では花弁や花芯まで同じ色の花を素心と呼ぶらしい。チャンチャン(^^ゞ
ロウバイは黄色で小さな花なので、青空を背景にしないと写真ではバエない。最初に並木ゾーンを撮った写真では風景と同化してしまっているでしょ。
まだツボミのロウバイも多数。
左右の木で微妙に花の色の濃さが違う。ロウバイを見に行くとたいていこの光景を見かけるので、こういう個体差もロウバイの特徴のひとつなのだと思っている。
駐車場に隣接して設けられている蝋梅苑。
ここはマンゲツロウバイが中心。
マンゲツロウバイは丸い形の花なのが特徴。
ーーーなんだけど
マンゲツロウバイの満月とは形の丸さでそう呼ばれているわけじゃない。
これは以前に別の場所で撮った写真。内側の花びらに赤紫の色が入っており、そのラインが輪のように丸く見えるから満月の名前がついている。
でも忠生公園のマンゲツロウバイはどれもラインが入っていなかった。もう少し時間が経てば色づいてくるのかな。あるいは丸い形でラインの入らない福寿ロウバイの間違いか?市営の公園でそれも考えづらいが。もっともロウバイは香りが大事でラインはどうでもいいけど。
グングンと空に伸びていきそうなマンゲツロウバイ。
ソシンロウバイよりツボミの状態のものが多かった。
それでも黄色だらけな光景。
サザンカとロウバイ。
こちらではスイセンとロウバイ。
逆光で見るロウバイもキレイなのだけれど、
それを上手く撮影できないのが残念。
最後にアップのソシンロウバイとマンゲツロウバイ。
忠生公園のロウバイはそこそこのボリューム。ただ造園的にはちょっと雑というか、ただ植えただけな印象なのが残念。またこの広さならソシンとマンゲツ以外のロウバイも植えて欲しいもの。
ロウバイほどいい香りのする花はない(と私は思っている)。強烈に甘いのにくどくないその香りは一度嗅ぐと忘れられない。それなのにロウバイが植えられているところはとても少ないし、名所と呼ばれるところでもその規模は、あまたある梅園と較べるべくもないほど小規模。秋に住宅街を歩くとどこからともなくキンモクセイの香りが漂ってくる。ロウバイもそうなって欲しいなあと、この季節になるといつも思う。
おしまい
2025年01月21日
忠生公園でロウバイ
1月の半ばを過ぎるとそろそろ咲いていないかと、ネットで開花情報を漁ってしまうのがロウバイ。その甘い匂いをクンクンしたくて、まるでパブロフの犬状態に陥る(^^ゞ 今シーズンに見て回るつもりは3箇所で、まずは18日に東京都町田市にある忠生(ただお)公園を訪れた。ここのロウバイは開花が早くて、1月8日前後にはもう咲いていた模様。
地図で少し色が白く抜けているのが町田市。
東京都の行政区分図がこちら。
オレンジの線を引いた東側がいわゆる東京23区。それに対して西側は多摩地域と呼ばれている。ただし東京23区の名称は全国的に知られているものの、東京で暮らしていても多摩地域とはあまり耳にしない。多摩と聞いて連想するのは多摩川、多摩ニュータウン、バイクでよくツーリングした奥多摩周辺くらい。あえて分けるなら23区とそれ以外というのが一般的な感覚かと思う。
人口は23区が988万人、多摩地域(26市・3町・1村)が437万人で、東京人口の約1/3がこのエリアで暮らしている。面積は23区が628平方キロで多摩地域が1942平方キロだから23区の3倍。
ついでに書くと、
多摩地域も北・南・西に分かれ、それを称して三多摩(さんたま)ともいう。もっとも三多摩が使われるのは行政の場と選挙の情勢分析くらい。また杉並区や中野区あたりが東多摩郡、その後に豊多摩郡だった時代もある。画像はhttps://x.gd/6bzaYから引用(短縮URL使用)
もうひとつついでに、
多摩地域は以前は神奈川県に属していた。ちなみに廃藩置県があったのが1871年(明治4年)。画像はhttps://www.tokyo-np.co.jp/article/291129から引用
多摩地域が東京と神奈川のどちらに属するかの変遷は、明治時代における居留外国人が自由に出歩けるエリアの設定、コレラの流行と玉川上水や神田上水の管理、自由民権運動による政治的対立などが絡まって歴史的には面白いテーマ。
なおその経緯とは関係なく、
町田市は神奈川県に食い込む形になっているし、JR町田駅の南側は場所によって駅を出たら神奈川県だったりして「町田は東京、神奈川のどっち?」なんて話題がたまに聞かれる。町中を走っているバスも神奈川中央交通。
東急東横線を菊名でJR横浜線に乗り換え、自宅を出て約1時間で町田に到着。
電車で町田に来たのは初めて。
ところで横浜線は横浜の隣駅である東神奈川と八王子を南北に結ぶ路線。横浜線なのに横浜駅とは関係ないのがちょっとモヤッとするネーミング。(京浜東北線や根岸線直通の列車だと乗り換えずに横浜駅まで行けるが)
さて町田駅から忠生公園までは直線距離で約4キロ、バスで15分ほど。でもGoogleマップで徒歩1時間と出たので往復を歩くことにした。3年前より日常生活以外に週に3回、合計3万歩を歩くのをノルマにしている。しかし年末年始はサボり気味だったので少しでも取り戻そうと考えて。郊外に出かけたとき目的地まで散歩するこのパターンはけっこう好き。
町田街道をひたすら直進。
普段の生活圏と違って空の広い道を歩くのは気持ちよし。
町田街道を忠生公園通りに右折して、
100メートルほど進むと公園が見えてきた。
ここからも入れたが、
公園沿いを少し戻って、
木曽口で中に入る。
木曽は町田市の町名。
忠生(ただお)も人の名前みたいだが同じく町名。
話はそれるが木曽と聞けば「🎶木曽のナ〜ナカノリさん、木曽の御嶽山はナンジャラホイ」の木曽節が有名。また御嶽山(おんたけさん)は2014年の噴火で58名の登山者が死亡したのもまだ記憶に新しい。そんな名の知れた御嶽山だけれど、何と東京大田区にも東急池上線に御嶽山駅がある。
「どのあたりにお住まい、最寄り駅は?」と尋ねて「御嶽山」なんて返事されたらビックリするね(^^ゞ どうやら近くに御嶽神社があるのでその駅名になったらしい。大田区の地名に御嶽山はない。ただし御嶽山あるいは御岳山と名のつく山は全国に30近くある。奥多摩の青梅市にも御岳山(読みは「みたけさん」)があり、御岳渓谷に紅葉ツーリングに出かけたことも。
こんな光景を横目で見て、
がにやら自然館を目指す。
その近くにロウバイが植えられているのは確認済み。
行く手を阻む階段(^^ゞ
写真じゃわかりづらいが奥の方に黄色いロウバイが見えてきた。
その手前にあるのが花見の広場。
でも桜の木はそれほど多くなかった。
ーーー続く
地図で少し色が白く抜けているのが町田市。
東京都の行政区分図がこちら。
オレンジの線を引いた東側がいわゆる東京23区。それに対して西側は多摩地域と呼ばれている。ただし東京23区の名称は全国的に知られているものの、東京で暮らしていても多摩地域とはあまり耳にしない。多摩と聞いて連想するのは多摩川、多摩ニュータウン、バイクでよくツーリングした奥多摩周辺くらい。あえて分けるなら23区とそれ以外というのが一般的な感覚かと思う。
人口は23区が988万人、多摩地域(26市・3町・1村)が437万人で、東京人口の約1/3がこのエリアで暮らしている。面積は23区が628平方キロで多摩地域が1942平方キロだから23区の3倍。
ついでに書くと、
多摩地域も北・南・西に分かれ、それを称して三多摩(さんたま)ともいう。もっとも三多摩が使われるのは行政の場と選挙の情勢分析くらい。また杉並区や中野区あたりが東多摩郡、その後に豊多摩郡だった時代もある。画像はhttps://x.gd/6bzaYから引用(短縮URL使用)
もうひとつついでに、
多摩地域は以前は神奈川県に属していた。ちなみに廃藩置県があったのが1871年(明治4年)。画像はhttps://www.tokyo-np.co.jp/article/291129から引用
多摩地域が東京と神奈川のどちらに属するかの変遷は、明治時代における居留外国人が自由に出歩けるエリアの設定、コレラの流行と玉川上水や神田上水の管理、自由民権運動による政治的対立などが絡まって歴史的には面白いテーマ。
なおその経緯とは関係なく、
町田市は神奈川県に食い込む形になっているし、JR町田駅の南側は場所によって駅を出たら神奈川県だったりして「町田は東京、神奈川のどっち?」なんて話題がたまに聞かれる。町中を走っているバスも神奈川中央交通。
東急東横線を菊名でJR横浜線に乗り換え、自宅を出て約1時間で町田に到着。
電車で町田に来たのは初めて。
ところで横浜線は横浜の隣駅である東神奈川と八王子を南北に結ぶ路線。横浜線なのに横浜駅とは関係ないのがちょっとモヤッとするネーミング。(京浜東北線や根岸線直通の列車だと乗り換えずに横浜駅まで行けるが)
さて町田駅から忠生公園までは直線距離で約4キロ、バスで15分ほど。でもGoogleマップで徒歩1時間と出たので往復を歩くことにした。3年前より日常生活以外に週に3回、合計3万歩を歩くのをノルマにしている。しかし年末年始はサボり気味だったので少しでも取り戻そうと考えて。郊外に出かけたとき目的地まで散歩するこのパターンはけっこう好き。
町田街道をひたすら直進。
普段の生活圏と違って空の広い道を歩くのは気持ちよし。
町田街道を忠生公園通りに右折して、
100メートルほど進むと公園が見えてきた。
ここからも入れたが、
公園沿いを少し戻って、
木曽口で中に入る。
木曽は町田市の町名。
忠生(ただお)も人の名前みたいだが同じく町名。
話はそれるが木曽と聞けば「🎶木曽のナ〜ナカノリさん、木曽の御嶽山はナンジャラホイ」の木曽節が有名。また御嶽山(おんたけさん)は2014年の噴火で58名の登山者が死亡したのもまだ記憶に新しい。そんな名の知れた御嶽山だけれど、何と東京大田区にも東急池上線に御嶽山駅がある。
「どのあたりにお住まい、最寄り駅は?」と尋ねて「御嶽山」なんて返事されたらビックリするね(^^ゞ どうやら近くに御嶽神社があるのでその駅名になったらしい。大田区の地名に御嶽山はない。ただし御嶽山あるいは御岳山と名のつく山は全国に30近くある。奥多摩の青梅市にも御岳山(読みは「みたけさん」)があり、御岳渓谷に紅葉ツーリングに出かけたことも。
こんな光景を横目で見て、
がにやら自然館を目指す。
その近くにロウバイが植えられているのは確認済み。
行く手を阻む階段(^^ゞ
写真じゃわかりづらいが奥の方に黄色いロウバイが見えてきた。
その手前にあるのが花見の広場。
でも桜の木はそれほど多くなかった。
ーーー続く
2025年01月08日
元旦にチューリップ植え付け
昨年12月26日のブログに、
150日間咲き続けた百日草を
12月22日にようやくベランダから片付け、
年内が植え付けのタイムリミットのチューリップ球根を買いに行ったら
もうまともなものが残っておらず
2023、2024年シーズンと休んでいたチューリップを再開するつもりだったのに、2025年シーズンも三度目のお休みと書いた。
そのつもりではいたがーーー
近くのスーパーは1階入り口の脇に園芸売り場がある。12月31日に正月食料の買い出しに行くと、そこで正月飾りがたくさん売られていた。冷やかしでそれをのぞいていたら、正月飾りに押しやられた隅のほうにチューリップの球根を発見。
12月22日に見たときは原種系の赤チューリップだけだったのに少し種類が増えていた。売れ残り在庫を足したのか、あるいはそのとき見落としていたのかも知れない。ただ今回は植え付けるとしてもごく少数。だから赤白黄色ピンクのベーシックな品種が欲しかったのに、そういうのはなかった。
でも、つい魔が差して(^^ゞ
ひとつ398円。消費税を加えると1313円と年の最後に語呂のいい数字になった。でももう植え付けシーズンを過ぎているのだし投げ売り価格にして欲しかったゾ。
植え付けたのは1月1日の元旦。
チューリップの植え付けは年内がタイムリミトットと一般に言われる。でもまあ年内と元旦ならたった1日しか違わないし、それに植え付けたのは年内を過ぎて10時間後ほどだからなんとかなるでしょう。
2022年シーズンにチューリップを育てていたプランターの土をそのまま使い、ベランダにあった腐葉土と油かすを混ぜ込んで養分補給。そして球根に土を被せた後に上から化成肥料をパラパラと少し多めに撒いた。成分を吸収するのは根だけれど、育ち始めた頃に成分が届く目論見で。そんなやり方が正しいかどうかは知らないが。
10分も掛からず土いじりと植え付けが終了。
球根は既に芽を出しかけているのもあった。
でも1週間後の現在、まだ土の上には発芽していない。
例年なら1つのプランターに8列・7列・8列の23球 × 8プランターの184球。
それが2025年シーズンはたったの12球。
さていくつ咲いてくれるでしょうか。
150日間咲き続けた百日草を
12月22日にようやくベランダから片付け、
年内が植え付けのタイムリミットのチューリップ球根を買いに行ったら
もうまともなものが残っておらず
2023、2024年シーズンと休んでいたチューリップを再開するつもりだったのに、2025年シーズンも三度目のお休みと書いた。
そのつもりではいたがーーー
近くのスーパーは1階入り口の脇に園芸売り場がある。12月31日に正月食料の買い出しに行くと、そこで正月飾りがたくさん売られていた。冷やかしでそれをのぞいていたら、正月飾りに押しやられた隅のほうにチューリップの球根を発見。
12月22日に見たときは原種系の赤チューリップだけだったのに少し種類が増えていた。売れ残り在庫を足したのか、あるいはそのとき見落としていたのかも知れない。ただ今回は植え付けるとしてもごく少数。だから赤白黄色ピンクのベーシックな品種が欲しかったのに、そういうのはなかった。
でも、つい魔が差して(^^ゞ
ひとつ398円。消費税を加えると1313円と年の最後に語呂のいい数字になった。でももう植え付けシーズンを過ぎているのだし投げ売り価格にして欲しかったゾ。
植え付けたのは1月1日の元旦。
チューリップの植え付けは年内がタイムリミトットと一般に言われる。でもまあ年内と元旦ならたった1日しか違わないし、それに植え付けたのは年内を過ぎて10時間後ほどだからなんとかなるでしょう。
2022年シーズンにチューリップを育てていたプランターの土をそのまま使い、ベランダにあった腐葉土と油かすを混ぜ込んで養分補給。そして球根に土を被せた後に上から化成肥料をパラパラと少し多めに撒いた。成分を吸収するのは根だけれど、育ち始めた頃に成分が届く目論見で。そんなやり方が正しいかどうかは知らないが。
10分も掛からず土いじりと植え付けが終了。
球根は既に芽を出しかけているのもあった。
でも1週間後の現在、まだ土の上には発芽していない。
例年なら1つのプランターに8列・7列・8列の23球 × 8プランターの184球。
それが2025年シーズンはたったの12球。
さていくつ咲いてくれるでしょうか。
2025年01月06日
お正月に紅葉狩りはまだ早かった
正月らしいことは特に何もせずテレビの正月特番も見ない。だから海上自衛隊が景色に変化のない航海中は、曜日の感覚を失わないよう金曜日にカレーを食べるのと同じ理由で、正月だと感じるために初詣くらいは行くようにしていた。
もちろん激混みの有名どころではなく、お参りするのは近所の神社やお寺。それもほとんど行き尽くしたので、一昨年と昨年に出かけたのは除夜の鐘。鐘を聞いているうちに新年になって初詣も兼ねられる。テレビで放送されるような有名寺院と近くのお寺では、鐘のサイズが違いゴーンというよりカーンに近い音。やや荘厳さには欠けるとはいえ、それでもいくらかは煩悩が減った気になれる(^^ゞ
それで2024年の大晦日にも出かけようとしたのだけれどーーー
近所で除夜の鐘を突いているのが、一昨年と昨年に出かけたお寺以外になかった(/o\) 正確には散歩圏内にまだいくつか除夜の鐘を突いているところはある。しかし昼間なら1時間以上歩くのは平気でも、真冬の深夜、しかもまさに正月早々にそれはちょっとツライ。電車はもう走っていないし、タクシーも拾えないだろう。
そんなわけで
あえなく除夜の鐘は断念。
明けてお正月昼間に普通に初詣に出かければよかったのだが、ここも行ったしあそこも行ったと、どうにも同じところへ出かけるのを好まない性格なのである。かといって三が日のうちに有名どころへ行く気もしない。昨年は1月8日に、もう混雑していないかと神田明神を訪れたら、この人だかりだった(>_<)
でもやはり初詣くらいは気分改めに行っておくかと。
そこで思いついたのが昨年12月21日に紅葉を見に訪ればかりの九品仏。
なぜかというと
紅葉は秋の風物詩だったのに地球温暖化やヒートアイランド現象の影響で、近年の東京都心部で見頃を迎えるのは12月に入ってから。そのうち紅葉が正月の風物詩になる〜と今まで何度か書いてきた。
しかし考えてみると、お正月に紅葉の状態をチェックしたことがない。
ならば初詣を兼ねて確かめてみようとの考え。
訪れたのは紅葉狩りから15日後の昨日。
目的があれば同じ場所でもOK。
それに紅葉で何度も訪れていても、今までこの寺で初詣はしていない。
(同じ風景が2枚連続している写真はどれも昨日→昨年12月21日の順)
東門を入ってすぐの場所。
まだ色は残っているものの紅葉としては終了状態。
いつも九品仏に来る度、自由が丘の駅から歩いて10分ほどなのに、まるで京都や奈良の寺に来たみたいだと感じたし、そうブログにも書いてきた。それは確かなのだけれど、でも紅葉がその雰囲気をより演出していたのだと気付く。誤解なきように書いておくと、紅葉がなくともいい佇まいのお寺ではある。
南側の総門に続く参道もすっかり色彩の魔法が解けた感じ。
赤の純度では都内有数だと思っている、
お気に入りのモミジ(写真上は奥の木)も、すっかりワイン色に。
色も変わったし葉は乾燥して丸まっている。
紅葉と黄葉のミックスを楽しんだ場所は、
まだ色は残っていても、まるでモノクロ写真のように感じる。
15日間の変化は思っていたより大きかった。ところで15日間なんて日常生活ではあっという間で、そして別に生活は何も変わりはしない。やはりしっかり外に出て自然の移ろいを目で肌で感じることは大切だなと改めて思ったしだい。
さて紅葉は残っていたものの、それを楽しむ時期は終了していたと確認できた。いずれ「紅葉が正月の風物詩になる」予感は変わらないとしても、まだ今はそこまで至っていない。タイトルの「お正月に紅葉狩りはまだ早かった」とはそういう意味である。
紅葉チェックが済んだら初詣をしましょう。
浄真寺は境内の奥に3つのお堂が並び、それぞれに3体ずつ合計9体の阿弥陀如来像が祀られている。それで通称が九品仏(くほんぶつ)。お堂が3つあるならお賽銭も3回で、ここの初詣は高くつく(^^ゞ
黄金色が眩しい阿弥陀如来。
ご利益ありそう!
現在、9体の仏像は20年掛けて1体ずつ修復作業が実施されており、
それで上の写真の修復済み仏像は真新しい輝きを放っている。
本堂は3つのお堂とは別にある。つまりここは4回もお賽銭をふんだくられる、もとい、1度の参拝で4回もお参りできるありがたいお寺なのである。
本堂は靴を脱いで上がらなければならないので、
この日はお参りなしで外からご挨拶のみ。
こちらに安置されているのは釈迦如来。
阿弥陀如来さん、私のお賽銭をいくらか釈迦如来さんにも回しておいてね(^^ゞ
前回のブログで門松についていろいろと書き、
竹の切り方には「そぎ」と「寸胴」があると紹介した。
ここ九品仏の仁王門にあるのは寸胴の門松。
でも別の場所には「そぎ」の門松が。
どういう使い分けをしているのだろう。
最後に一番色の残っているモミジを眺めて初詣終了。
もしこの品種だけだったら、正月に紅葉狩りといえたかも知れない。
昔ながらの季節感はあまり変わって欲しくないな。
もちろん激混みの有名どころではなく、お参りするのは近所の神社やお寺。それもほとんど行き尽くしたので、一昨年と昨年に出かけたのは除夜の鐘。鐘を聞いているうちに新年になって初詣も兼ねられる。テレビで放送されるような有名寺院と近くのお寺では、鐘のサイズが違いゴーンというよりカーンに近い音。やや荘厳さには欠けるとはいえ、それでもいくらかは煩悩が減った気になれる(^^ゞ
それで2024年の大晦日にも出かけようとしたのだけれどーーー
近所で除夜の鐘を突いているのが、一昨年と昨年に出かけたお寺以外になかった(/o\) 正確には散歩圏内にまだいくつか除夜の鐘を突いているところはある。しかし昼間なら1時間以上歩くのは平気でも、真冬の深夜、しかもまさに正月早々にそれはちょっとツライ。電車はもう走っていないし、タクシーも拾えないだろう。
そんなわけで
あえなく除夜の鐘は断念。
明けてお正月昼間に普通に初詣に出かければよかったのだが、ここも行ったしあそこも行ったと、どうにも同じところへ出かけるのを好まない性格なのである。かといって三が日のうちに有名どころへ行く気もしない。昨年は1月8日に、もう混雑していないかと神田明神を訪れたら、この人だかりだった(>_<)
でもやはり初詣くらいは気分改めに行っておくかと。
そこで思いついたのが昨年12月21日に紅葉を見に訪ればかりの九品仏。
なぜかというと
紅葉は秋の風物詩だったのに地球温暖化やヒートアイランド現象の影響で、近年の東京都心部で見頃を迎えるのは12月に入ってから。そのうち紅葉が正月の風物詩になる〜と今まで何度か書いてきた。
しかし考えてみると、お正月に紅葉の状態をチェックしたことがない。
ならば初詣を兼ねて確かめてみようとの考え。
訪れたのは紅葉狩りから15日後の昨日。
目的があれば同じ場所でもOK。
それに紅葉で何度も訪れていても、今までこの寺で初詣はしていない。
(同じ風景が2枚連続している写真はどれも昨日→昨年12月21日の順)
東門を入ってすぐの場所。
まだ色は残っているものの紅葉としては終了状態。
いつも九品仏に来る度、自由が丘の駅から歩いて10分ほどなのに、まるで京都や奈良の寺に来たみたいだと感じたし、そうブログにも書いてきた。それは確かなのだけれど、でも紅葉がその雰囲気をより演出していたのだと気付く。誤解なきように書いておくと、紅葉がなくともいい佇まいのお寺ではある。
南側の総門に続く参道もすっかり色彩の魔法が解けた感じ。
赤の純度では都内有数だと思っている、
お気に入りのモミジ(写真上は奥の木)も、すっかりワイン色に。
色も変わったし葉は乾燥して丸まっている。
紅葉と黄葉のミックスを楽しんだ場所は、
まだ色は残っていても、まるでモノクロ写真のように感じる。
15日間の変化は思っていたより大きかった。ところで15日間なんて日常生活ではあっという間で、そして別に生活は何も変わりはしない。やはりしっかり外に出て自然の移ろいを目で肌で感じることは大切だなと改めて思ったしだい。
さて紅葉は残っていたものの、それを楽しむ時期は終了していたと確認できた。いずれ「紅葉が正月の風物詩になる」予感は変わらないとしても、まだ今はそこまで至っていない。タイトルの「お正月に紅葉狩りはまだ早かった」とはそういう意味である。
紅葉チェックが済んだら初詣をしましょう。
浄真寺は境内の奥に3つのお堂が並び、それぞれに3体ずつ合計9体の阿弥陀如来像が祀られている。それで通称が九品仏(くほんぶつ)。お堂が3つあるならお賽銭も3回で、ここの初詣は高くつく(^^ゞ
黄金色が眩しい阿弥陀如来。
ご利益ありそう!
現在、9体の仏像は20年掛けて1体ずつ修復作業が実施されており、
それで上の写真の修復済み仏像は真新しい輝きを放っている。
本堂は3つのお堂とは別にある。つまりここは4回もお賽銭をふんだくられる、もとい、1度の参拝で4回もお参りできるありがたいお寺なのである。
本堂は靴を脱いで上がらなければならないので、
この日はお参りなしで外からご挨拶のみ。
こちらに安置されているのは釈迦如来。
阿弥陀如来さん、私のお賽銭をいくらか釈迦如来さんにも回しておいてね(^^ゞ
前回のブログで門松についていろいろと書き、
竹の切り方には「そぎ」と「寸胴」があると紹介した。
ここ九品仏の仁王門にあるのは寸胴の門松。
でも別の場所には「そぎ」の門松が。
どういう使い分けをしているのだろう。
最後に一番色の残っているモミジを眺めて初詣終了。
もしこの品種だけだったら、正月に紅葉狩りといえたかも知れない。
昔ながらの季節感はあまり変わって欲しくないな。
2025年01月03日
松ぼっくりでHappy New Year
あけましておめでとうございます。
私は極めて平穏に、と言えば聞こえがいいものの、
いつも以上になんの代わり映えのない新年を迎えました。
まあそういうのも大事だと思うお年頃ではあります(^^ゞ
それで新年早々、
松ぼっくりの写真を載せて何をしているのかとお思いでしょうが、
まずは今年最初のブログを読んでちょうだい。
さて正月飾りといえば門松。
物心ついた頃から馴染んでいるのに、
門松は「松を飾っている」と、つい先日に知って衝撃を受けたというお話。
名前からして「門松」なのだから当然とはいえ、
ほとんど竹の飾り物のイメージしかなかった(>_<)
皆さんは松だと意識してたあ?
一般的なイラストはこんな感じ。
よく見れば真ん中には伝統的な模様で松が描かれている。
でもほとんどそこには目が向いてなかった気がする。
こちらはもう少し豪華なイメージ。
しっかりと松の針のような葉が描かれているとはいえ、
カドマツという名前の竹の置物としか脳が認識しない。
ところで「松竹梅」のおめでたいイメージから、イラストの門松には松や竹と共に、梅もよく描かれる。ただ正月前にまだ梅はほとんど咲いていないので、実際は、松と竹の緑に対する彩りとしてナンテンや葉ボタンが組み合わされる場合が多い。
こちらはかなり立派な門松の写真。
しっかりと松が添えられている。
しかしである。
試しに竹がないと想像する、あるいは竹を指で隠して眺めて欲しい。
それで門松と思える?
逆に松がなくても門松でしょ。
だからたとえ名前が門松であっても、
主役が竹だと思っていたのは、ごく自然であると自分の無知を正当化(^^ゞ
話はそれるけれど、「門」の漢字は音読みがモンで訓読みがカド。ただしカドと読むのは門松以外に門出(かどで)くらいしか思い浮かばない。辞書には門口(かどくち)が載っていたが初めて聞く言葉。あと今はパナソニックの旧松下電器創業の地は大阪府の門真(かどま)市。
そしてこの「門」は出入り口のゲートと、人の集団というまったく違う意味を持つ。後者の例としては門人、一門、名門、それともう古語の部類になるが門地や門閥(家柄のような意味)など。また「笑う門には福来たる」は、門(ゲート)で笑うと福の神が何やら楽しそうと寄って来るのではなく、笑いの絶えない家庭すなわち門には幸福が訪れるとの意味。たぶん多くの人が勘違いをしている、あるいは笑うのはいいことだ止まりで深く意味を考えていない。
門松の「門」ははもちろんゲートとしての門である。音読みで揃えてモンショウとするより発音しやすいカドマツになったのだろうか。ただし門松の風習が始まったのは平安時代とされ、またその時代には門をカドとも言っていたようだ。そういえば♪年の始めの 例(ためし)とて〜で始まる小学唱歌「一月一日」では、♪松竹(まつたけ)たてて 門(かど)ごとに〜だった。
松を飾るのは冬でも色あせない常緑樹で、それが生命力を感じさせ不老長寿や繁栄の象徴と見なされたから。中国の一部の地域での風習が平安時代に日本にもたらされた模様。竹や笹を一緒にするのも同じ発想で、こちらは室町時代以降に広まった。
ところで門松の竹を斜めに切り落とした形を「そぎ」、節の位置で真横に切ったのを「寸胴(ずんどう)」という。昔は関東は寸胴、関西が「そぎ」と別れていたらしいが、今は全国的に「そぎ」が主流。これはあまり見かけない寸胴の門松で六義園のもの。画像はhttps://x.gd/52kiZより引用(短縮URL使用)
ただし「そぎ」を始めたのは徳川家康だとの伝承がある。きっかけは家康31歳の時に武田信玄と対峙した三方ヶ原(みかたがはら)の戦い。舞台は現在の浜松市。ホームでの戦いにもかかわらず、まだ経験不足がたたって、攻め入ってきた信玄の陽動作戦にまんまと引っ掛かりコテンパンにボロ負けした。
前線から逃げ帰った家康は武田を竹に見立てて、次は信玄の首を取る意味を込めて斜めに切り落としたのが「そぎ」の始まりだとか。怒りにまかせて竹にそんな八つ当たりをしたかも知れないとしても、それが門松の竹と結びつくかどうかは疑問。
また資料によっては「そぎ」切りにした門松を家康が信玄に送りつけたとする説もある。う〜ん、戦争継続中ともいえる相手に門松を送るか? ゼレンスキーはプーチンにクリスマスカードを送らんやろ(^^ゞ また三方ヶ原の戦いは元亀3年(1572年)12月22日に起きている。まだところどころで戦火がくすぶっていただろうし、門松を正月までに届けられそうにない。信玄は翌年4月になくなっているから次の正月でもない。
まあ伝承とはその程度のものでーーー しかし嘘も100回言えば真実となるじゃないけれど、嘘も歴史に紛れ込ませればみたいなところがあって、全国的に「そぎ」が主流になった現在でも、武田家の本拠地だった山梨県では寸胴の門松が飾られる。
写真は山梨県庁の正面玄関に置かれた門松。竹が「寸胴」なだけではなく、松が低い位置にあるのにも注目。これは徳川の旧姓が松平なのに由来。つまり竹=武田が、松=徳川より上を意味している。ここまで来ると笑えるね。画像はhttps://x.gd/RDWTaより引用(短縮URL使用)
またひとつ前の写真で六義園の門松が寸胴なのは、元の所有者だった三菱の岩崎家が武田家の末裔を称していたから。都立9庭園のうち4庭園は岩崎家由来なので、そこでは寸胴門松を飾っている。
不思議なのは家康によって「そぎ」が始められたとしたら、どうして昔(いつ頃の昔かはよくわからない)は関東が寸胴、関西が「そぎ」だったのか。どうにも反対のように思えるものの、ざっと調べた程度では情報を見つけられず。
また戦前から戦後しばらくまで東京で「そぎ」は格式が低いとみられていたようだ。「そぎ」の門松を飾るのは花柳界や水商売、それとお妾さんの家などであったそうだ。しかし、わざわざ「私は妾です」と正月飾りでアピールするかな。
逆に寸胴はなぜか水平に切ったところにお金が貯まると解釈され、商家、銀行などはそちらの門松だった。時代が下り銀行も「そぎ」を飾るようになると「銀行も最近は水商売になっちまったのかい」と江戸っ子気質の東京人がぼやいたとかぼやかなかったとか。
格式と関係するのかどうかは不明だが、なぜか銀座にある歌舞伎座の門松は寸胴である。画像はhttps://www.kabuki-za.co.jp/sya/vol22.htmlより引用
でも大阪の松竹座は「そぎ」。京都の南座は写真が見つからず。また歌舞伎ではないが大阪にある国立文楽劇場の門松は「そぎ」3本と、寸胴2本のミックス。どうしてそうなった?
竹に話の重心が移ってしまったが、
門松の主役は松である。
中国からどのような形で伝わったかははっきりしないものの、平安貴族には年が明けて最初の「子の日」(ねのひ:十二支のネ、ウシ、トラ〜のネ)に、小さな松の木を引き抜き、それを持ち帰る「小松引き」との行事があった。松の生命力にあやかって長寿を祈願したようだ。画像はhttps://www.ensenji.or.jp/blog/25822/より引用
それが変化したのが「根引きの松」で、これが松を門に備える門松のルーツ。
今でも京都などでは飾られているらしい。画像はhttps://x.gd/4SZiyとhttps://x.gd/0rLLdより引用(短縮URL使用)
門松は松の枝を切って添える。しかし根引きの松はその名前の通り、また小さな松を根ごと引き抜いて飾りとして使う。けっこう残酷で植物虐待(>_<)
もちろん現在は「小松引き」をするのではなく、根引きの松専用に幼木が栽培されている。画像はhttps://x.gd/fy26Yより引用(短縮URL使用)
なお東京でも松の枝を門や玄関に飾っているのはよく見かける。(画像はここをクリック)門松では大げさだし、また大きな家でないと似合わないから選ばれるのだと思う。しかしあくまで枝をカットしたもので、根引きで根がついているのは今まで見たことがない。
ーーーさてさて、そんなわけで松ぼっくりも門松のかわりでした(^^ゞ
ミニ鏡餅を一緒にしてお正月気分を出しましょう。
何かを書こうと思いついて、関連する事柄を少し調べて、そこで面白い発見があるとそちらに話が脱線するのがこのブログ。ブログは公開日記のようなメディアで、何かを伝えるためにあるのが本来だろうけれど、私の場合は調べる、まとめる、書くをできるだけ短時間でこなすのを目的とした脳活ツールのような存在。たまに何を書くつもりだったのか忘れることもある(^^ゞ
そんな内容の駄文でよろしければ今年もお付き合いのほどを。
何かを調べようと検索でたまたまここに来た人は我慢してね。
さて新年から無駄に長い話になってしまったm(_ _)m
でも最後まで読んでくれた人はきっとよい年になります!
私は極めて平穏に、と言えば聞こえがいいものの、
いつも以上になんの代わり映えのない新年を迎えました。
まあそういうのも大事だと思うお年頃ではあります(^^ゞ
それで新年早々、
松ぼっくりの写真を載せて何をしているのかとお思いでしょうが、
まずは今年最初のブログを読んでちょうだい。
さて正月飾りといえば門松。
物心ついた頃から馴染んでいるのに、
門松は「松を飾っている」と、つい先日に知って衝撃を受けたというお話。
名前からして「門松」なのだから当然とはいえ、
ほとんど竹の飾り物のイメージしかなかった(>_<)
皆さんは松だと意識してたあ?
一般的なイラストはこんな感じ。
よく見れば真ん中には伝統的な模様で松が描かれている。
でもほとんどそこには目が向いてなかった気がする。
こちらはもう少し豪華なイメージ。
しっかりと松の針のような葉が描かれているとはいえ、
カドマツという名前の竹の置物としか脳が認識しない。
ところで「松竹梅」のおめでたいイメージから、イラストの門松には松や竹と共に、梅もよく描かれる。ただ正月前にまだ梅はほとんど咲いていないので、実際は、松と竹の緑に対する彩りとしてナンテンや葉ボタンが組み合わされる場合が多い。
こちらはかなり立派な門松の写真。
しっかりと松が添えられている。
しかしである。
試しに竹がないと想像する、あるいは竹を指で隠して眺めて欲しい。
それで門松と思える?
逆に松がなくても門松でしょ。
だからたとえ名前が門松であっても、
主役が竹だと思っていたのは、ごく自然であると自分の無知を正当化(^^ゞ
話はそれるけれど、「門」の漢字は音読みがモンで訓読みがカド。ただしカドと読むのは門松以外に門出(かどで)くらいしか思い浮かばない。辞書には門口(かどくち)が載っていたが初めて聞く言葉。あと今はパナソニックの旧松下電器創業の地は大阪府の門真(かどま)市。
そしてこの「門」は出入り口のゲートと、人の集団というまったく違う意味を持つ。後者の例としては門人、一門、名門、それともう古語の部類になるが門地や門閥(家柄のような意味)など。また「笑う門には福来たる」は、門(ゲート)で笑うと福の神が何やら楽しそうと寄って来るのではなく、笑いの絶えない家庭すなわち門には幸福が訪れるとの意味。たぶん多くの人が勘違いをしている、あるいは笑うのはいいことだ止まりで深く意味を考えていない。
門松の「門」ははもちろんゲートとしての門である。音読みで揃えてモンショウとするより発音しやすいカドマツになったのだろうか。ただし門松の風習が始まったのは平安時代とされ、またその時代には門をカドとも言っていたようだ。そういえば♪年の始めの 例(ためし)とて〜で始まる小学唱歌「一月一日」では、♪松竹(まつたけ)たてて 門(かど)ごとに〜だった。
松を飾るのは冬でも色あせない常緑樹で、それが生命力を感じさせ不老長寿や繁栄の象徴と見なされたから。中国の一部の地域での風習が平安時代に日本にもたらされた模様。竹や笹を一緒にするのも同じ発想で、こちらは室町時代以降に広まった。
ところで門松の竹を斜めに切り落とした形を「そぎ」、節の位置で真横に切ったのを「寸胴(ずんどう)」という。昔は関東は寸胴、関西が「そぎ」と別れていたらしいが、今は全国的に「そぎ」が主流。これはあまり見かけない寸胴の門松で六義園のもの。画像はhttps://x.gd/52kiZより引用(短縮URL使用)
ただし「そぎ」を始めたのは徳川家康だとの伝承がある。きっかけは家康31歳の時に武田信玄と対峙した三方ヶ原(みかたがはら)の戦い。舞台は現在の浜松市。ホームでの戦いにもかかわらず、まだ経験不足がたたって、攻め入ってきた信玄の陽動作戦にまんまと引っ掛かりコテンパンにボロ負けした。
前線から逃げ帰った家康は武田を竹に見立てて、次は信玄の首を取る意味を込めて斜めに切り落としたのが「そぎ」の始まりだとか。怒りにまかせて竹にそんな八つ当たりをしたかも知れないとしても、それが門松の竹と結びつくかどうかは疑問。
また資料によっては「そぎ」切りにした門松を家康が信玄に送りつけたとする説もある。う〜ん、戦争継続中ともいえる相手に門松を送るか? ゼレンスキーはプーチンにクリスマスカードを送らんやろ(^^ゞ また三方ヶ原の戦いは元亀3年(1572年)12月22日に起きている。まだところどころで戦火がくすぶっていただろうし、門松を正月までに届けられそうにない。信玄は翌年4月になくなっているから次の正月でもない。
まあ伝承とはその程度のものでーーー しかし嘘も100回言えば真実となるじゃないけれど、嘘も歴史に紛れ込ませればみたいなところがあって、全国的に「そぎ」が主流になった現在でも、武田家の本拠地だった山梨県では寸胴の門松が飾られる。
写真は山梨県庁の正面玄関に置かれた門松。竹が「寸胴」なだけではなく、松が低い位置にあるのにも注目。これは徳川の旧姓が松平なのに由来。つまり竹=武田が、松=徳川より上を意味している。ここまで来ると笑えるね。画像はhttps://x.gd/RDWTaより引用(短縮URL使用)
またひとつ前の写真で六義園の門松が寸胴なのは、元の所有者だった三菱の岩崎家が武田家の末裔を称していたから。都立9庭園のうち4庭園は岩崎家由来なので、そこでは寸胴門松を飾っている。
不思議なのは家康によって「そぎ」が始められたとしたら、どうして昔(いつ頃の昔かはよくわからない)は関東が寸胴、関西が「そぎ」だったのか。どうにも反対のように思えるものの、ざっと調べた程度では情報を見つけられず。
また戦前から戦後しばらくまで東京で「そぎ」は格式が低いとみられていたようだ。「そぎ」の門松を飾るのは花柳界や水商売、それとお妾さんの家などであったそうだ。しかし、わざわざ「私は妾です」と正月飾りでアピールするかな。
逆に寸胴はなぜか水平に切ったところにお金が貯まると解釈され、商家、銀行などはそちらの門松だった。時代が下り銀行も「そぎ」を飾るようになると「銀行も最近は水商売になっちまったのかい」と江戸っ子気質の東京人がぼやいたとかぼやかなかったとか。
格式と関係するのかどうかは不明だが、なぜか銀座にある歌舞伎座の門松は寸胴である。画像はhttps://www.kabuki-za.co.jp/sya/vol22.htmlより引用
でも大阪の松竹座は「そぎ」。京都の南座は写真が見つからず。また歌舞伎ではないが大阪にある国立文楽劇場の門松は「そぎ」3本と、寸胴2本のミックス。どうしてそうなった?
竹に話の重心が移ってしまったが、
門松の主役は松である。
中国からどのような形で伝わったかははっきりしないものの、平安貴族には年が明けて最初の「子の日」(ねのひ:十二支のネ、ウシ、トラ〜のネ)に、小さな松の木を引き抜き、それを持ち帰る「小松引き」との行事があった。松の生命力にあやかって長寿を祈願したようだ。画像はhttps://www.ensenji.or.jp/blog/25822/より引用
それが変化したのが「根引きの松」で、これが松を門に備える門松のルーツ。
今でも京都などでは飾られているらしい。画像はhttps://x.gd/4SZiyとhttps://x.gd/0rLLdより引用(短縮URL使用)
門松は松の枝を切って添える。しかし根引きの松はその名前の通り、また小さな松を根ごと引き抜いて飾りとして使う。けっこう残酷で植物虐待(>_<)
もちろん現在は「小松引き」をするのではなく、根引きの松専用に幼木が栽培されている。画像はhttps://x.gd/fy26Yより引用(短縮URL使用)
なお東京でも松の枝を門や玄関に飾っているのはよく見かける。(画像はここをクリック)門松では大げさだし、また大きな家でないと似合わないから選ばれるのだと思う。しかしあくまで枝をカットしたもので、根引きで根がついているのは今まで見たことがない。
ーーーさてさて、そんなわけで松ぼっくりも門松のかわりでした(^^ゞ
ミニ鏡餅を一緒にしてお正月気分を出しましょう。
何かを書こうと思いついて、関連する事柄を少し調べて、そこで面白い発見があるとそちらに話が脱線するのがこのブログ。ブログは公開日記のようなメディアで、何かを伝えるためにあるのが本来だろうけれど、私の場合は調べる、まとめる、書くをできるだけ短時間でこなすのを目的とした脳活ツールのような存在。たまに何を書くつもりだったのか忘れることもある(^^ゞ
そんな内容の駄文でよろしければ今年もお付き合いのほどを。
何かを調べようと検索でたまたまここに来た人は我慢してね。
さて新年から無駄に長い話になってしまったm(_ _)m
でも最後まで読んでくれた人はきっとよい年になります!