2025年11月
2025年11月30日
明治神宮 晩秋 その2
前回に紹介した社殿エリア手前の鳥居横にあった2つの野菜の宝船。野菜でなんて珍しいし宝船は縁起ものだし、いいものを見たと喜んでいたら、社殿エリアには他にもたくさんあった。
この農林水産物奉献会の一環として作られた宝船のようだ。
奉献とはいえ何となく八百屋っぽい(^^ゞ
こちらのエリアは新嘗祭(にいなめさい)奉納品と書かれている。
農林水産物奉納会とは別の催しなのだろうか。
ちなみに奉献と奉納の違いは
奉献:捧げる相手は神仏に限らず身分や家柄が高い人物の場合もある
捧げるのは金銭や品物
奉納:捧げる相手は神仏のみ
:捧げるのは金銭や品物以外に芸能、武道などの披露もある
とするのが一般的。
ただ地域によっては多少違うらしい。
明治神宮=神様に対して野菜などを納めるなら奉献と奉納のどちらでもいいと解釈できる。
それはとにかくスーパーにあって、ここにないものはないくらいバラエティに富んだ奉納品。もちろん肉や魚はおいていないが。
秋に明治神宮に来たのは初めて。シンボルツリーのクスノキはこの時期ならもっと色が濃くなっていると思っていたけれど意外と浅い色。秋冬は太陽が低い時刻の日光は暖色系なのでその影響かも知れない。
拝殿に向かって左側のクスノキは2本仕立てで夫婦楠と呼ばれている。
縁結びや夫婦円満に御利益があるのだとか。
11月は七五三シーズン。
それで右側のクスノキの近くでは千歳飴を売っていた。
でもこの「千歳飴いかがですか〜」の口上がずっとスピーカーで流されていてうるさい。彼はそれっぽい服装をしているけれど本物の神職なのかな。
拝殿の様子。
拝殿の反対側。
入ってきたのは南の門で、
退出は西の門から。
門を出るとすぐにうっそうとした雰囲気になる。
赤いラインが往きで青のラインが帰り。
青のほうが混雑していないので帰りはこちらを歩くのがいつものパターン。
こんな雰囲気でも明治神宮ならクマが出てくる心配はない(^^ゞ
それにしても今年はあちこちでクマが出没した。
上の写真でわかるように通路の両脇には枯れ葉が落ちているからイエローオータムはあるはずと探す。でも明治神宮は巨木が多いのでかなり見上げないと眺められない。
ラップでグルグル巻きにされた木。
以前にここではこんなものを見かけた(撮影は2023年5月)。
最初は樹液でも採取しているのかと思ったが、調べてみるとこれはナラ枯れを引き起こす害虫であるカシノナガ・キクイムシを捕獲するためのトラップ装置と判明。ナラとはクヌギ、ミズナラ、コナラなどの総称。
そして今回のグルグル巻きも同じくナラ枯れ対策。
こちらは害虫が木の内部に侵入しないための仕掛けのようだ。
具体的には知らないもののナラ枯れの被害は深刻だとよく聞く。だから対策をするのは当然だとして、トラップもグルグル巻きも見た目が人工的すぎるのが難点。もうすこしナチュラルな見た目の材質で作れないかなと思う。
青のルートの終着点が見えてきた。
原宿口前の広場に出る。
写真の一番左側に見えているのが青のルート。
明治神宮は都心のオアシス的存在。来ると清々しい気持ちになるのは、ここが神社というだけでなく広い森の空間だから。でも照葉樹=常緑広葉樹を中心に植樹されており紅葉や黄葉は期待できないとわかった。紅葉・黄葉するのは落葉広葉樹。
でもいつ来ても明治神宮の散策は楽しいよ。
おしまい
この農林水産物奉献会の一環として作られた宝船のようだ。
奉献とはいえ何となく八百屋っぽい(^^ゞ
こちらのエリアは新嘗祭(にいなめさい)奉納品と書かれている。
農林水産物奉納会とは別の催しなのだろうか。
ちなみに奉献と奉納の違いは
奉献:捧げる相手は神仏に限らず身分や家柄が高い人物の場合もある
捧げるのは金銭や品物
奉納:捧げる相手は神仏のみ
:捧げるのは金銭や品物以外に芸能、武道などの披露もある
とするのが一般的。
ただ地域によっては多少違うらしい。
明治神宮=神様に対して野菜などを納めるなら奉献と奉納のどちらでもいいと解釈できる。
それはとにかくスーパーにあって、ここにないものはないくらいバラエティに富んだ奉納品。もちろん肉や魚はおいていないが。
秋に明治神宮に来たのは初めて。シンボルツリーのクスノキはこの時期ならもっと色が濃くなっていると思っていたけれど意外と浅い色。秋冬は太陽が低い時刻の日光は暖色系なのでその影響かも知れない。
拝殿に向かって左側のクスノキは2本仕立てで夫婦楠と呼ばれている。
縁結びや夫婦円満に御利益があるのだとか。
11月は七五三シーズン。
それで右側のクスノキの近くでは千歳飴を売っていた。
でもこの「千歳飴いかがですか〜」の口上がずっとスピーカーで流されていてうるさい。彼はそれっぽい服装をしているけれど本物の神職なのかな。
拝殿の様子。
拝殿の反対側。
入ってきたのは南の門で、
退出は西の門から。
門を出るとすぐにうっそうとした雰囲気になる。
赤いラインが往きで青のラインが帰り。
青のほうが混雑していないので帰りはこちらを歩くのがいつものパターン。
こんな雰囲気でも明治神宮ならクマが出てくる心配はない(^^ゞ
それにしても今年はあちこちでクマが出没した。
上の写真でわかるように通路の両脇には枯れ葉が落ちているからイエローオータムはあるはずと探す。でも明治神宮は巨木が多いのでかなり見上げないと眺められない。
ラップでグルグル巻きにされた木。
以前にここではこんなものを見かけた(撮影は2023年5月)。
最初は樹液でも採取しているのかと思ったが、調べてみるとこれはナラ枯れを引き起こす害虫であるカシノナガ・キクイムシを捕獲するためのトラップ装置と判明。ナラとはクヌギ、ミズナラ、コナラなどの総称。
そして今回のグルグル巻きも同じくナラ枯れ対策。
こちらは害虫が木の内部に侵入しないための仕掛けのようだ。
具体的には知らないもののナラ枯れの被害は深刻だとよく聞く。だから対策をするのは当然だとして、トラップもグルグル巻きも見た目が人工的すぎるのが難点。もうすこしナチュラルな見た目の材質で作れないかなと思う。
青のルートの終着点が見えてきた。
原宿口前の広場に出る。
写真の一番左側に見えているのが青のルート。
明治神宮は都心のオアシス的存在。来ると清々しい気持ちになるのは、ここが神社というだけでなく広い森の空間だから。でも照葉樹=常緑広葉樹を中心に植樹されており紅葉や黄葉は期待できないとわかった。紅葉・黄葉するのは落葉広葉樹。
でもいつ来ても明治神宮の散策は楽しいよ。
おしまい
2025年11月29日
明治神宮 晩秋
先日、九品仏へ東京都の天然記念物である大イチョウを見に出かけた話はブログにも書いた。ここはモミジの紅葉の時期に毎年訪れているものの、その頃にこのイチョウは落葉しているので、一度くらいはイエローオータムな姿を見ておこうかと考えて。
モミジが紅葉していれば九品仏の東門をくぐると、自由が丘から徒歩10分とは思えないほどの異空間が広がっていて、まるでワープしたみたいな感覚を味わえる。しかしその時はまだ紅葉しておらず普通の光景。それは訪れる前にわかっていたとしても、いつもワープ感覚を楽しんでいたので少し残念だった。
そこで九品仏でワープできなかったら明治神宮があるさホトトギス。原宿の雑踏とまさに杜と呼ぶにふさわしい明治神宮参道の対比は、私の知る限り東京で一番のワープ名所。それと秋に明治神宮に行ったことがなかった。また明治神宮は紅葉・黄葉ともあまり話題に上がらない場所だけれど、あれだけ広く3万6000本ともいわれる樹木があるのだから黄葉も少しは楽しめるかも知れない。ついでに隣の代々木公園で黄葉探しをしてもよし。
訪れたのは今年最後の三連休最終日11月24日。ここは原宿駅に一番近い原宿口=南参道の入り口前の広場。もうすっかり見慣れたとはいえ、この写真に写っている半数は外国人
原宿口に面した最初の鳥居をくぐると、
瞬間ワープですぐに異空間。
振り返った光景。
まだ原宿の雰囲気のある鳥居からこれだけしか離れていないんだよ。
なぜか灯りのついている灯籠と、そうでない灯籠があった。
電球切れてるの?
参道の脇にチラッと見えたレッドオータム。
毎度おなじみの酒樽と、その向かいのワイン樽。酒樽はどこの神社にもあるがワイン樽は珍しい。これは明治天皇がワイン好きだったにの由来しフランスのワインメーカから奉納された。
歩きながら撮ったのでピンボケ。
この日の最高気温は18.8度とそこそこ暖かかったものの季節は11月の終わりである。ちなみに最低気温は7.6度で午前10時は13.7度。それなりに暖かい服装が必要。でも必ずいるんだよね外国人で半袖短パンの人。この日は明治神宮だけで10人ほど見かけた。
基本的に白人でアジア人や黒人にはいない。筋肉量が多く(ムキムキとの意味ではない)基礎代謝が高い、あるいは寒い地域(ヨーロッパのほとんど、またアメリカ北部やカナダは北海道の稚内より高緯度)から来た人なんて説明されるが詳しくはよく知らない。
残念なことにこういった服装をしているのは男性だけ。ぜひ白人女性にもホットパンツにタンクトップで日本を観光してもらいたい(^^ゞ
2番目の鳥居を通過。
撤収中のキクの展示?
上の写真のように展示はスカスカ。
それでもある程度まとまって残っているところを。
キクといっても様々な種類があるけれど、上の写真の1枚目のような大ぶりの和菊は何となく好きになれない。葬式をイメージしてしまうせいかな。
原宿口からはマップに赤いラインで示したように南から北に進んでくる。
最初の鳥居と2番目の鳥居までの距離は約500メートル。
2番目の鳥居をくぐって西に進み、突き当たりをまた北に右折する。
そのコーナーがここ。
何の変哲もない曲がり角に思えるが、
なんとここは直角90度ではなく88度で曲がっている。
末広がりの八と縁起を担いでそうしたらしい。
来る度にまじまじと見ているが2度の違いは感じられない。
信仰心が足らないせいだろうか(^^ゞ
88度コーナーを右折すると3番目の鳥居が見え、
その先が社殿エリア。
鳥居手前にある手や口を清める手水舎。
その奥に見えていたのは、
背景のグリーンとのコントラストが鮮やかなレッドオータム。
チラッとイエローオータムも顔をのぞかせている。
モミジではなくカイノキ。
順光だとくすんだ色なのに、
逆光で日光を透かして撮るとビックリきれいになるのが紅葉マジック。もちろん紅葉名所のパンフレットなどもこのテクニックを使っているのでご用心。
3番目の鳥居をくぐろうとしたら、
その脇に野菜で作った宝船が。
JA八王子と書かれている。
見事というべきか、野菜を突っ込んで並べただけなのかビミョウ。
なぜか椎茸は別の箱で展示。
その向かいにJA町田市青壮年部会の宝船。
こちらのほうが赤キャベツや黄色いカリフラワーが使われていてカラフル。
ところで年代を示す言葉は幼年・少年・青年・壮年・老年など。青年団なるものは昔からあるが「青壮年部会」と青年と壮年をセットにするとは、青年だけでは1つの単位として成り立たなくなっているからだろうか。つまり高齢化社会が組織のあり方にも影響を及ぼしている。調べてみると青壮年の用語は主に農業分野で使われているらしい。これは宝船のような縁起物を見て考えるテーマじゃないな。
(/_')/ソレハコッチニオイトイテ
社殿エリアに入ると花嫁行列!
あと30秒早く入っていたら、もうちょっといい写真が撮れたのに残念。
花嫁行列は神前結婚式で、神職や巫女を先頭に新郎新婦と家族が列になって、神殿まで歩いていく儀式。正式には「参進の儀」。花婿も一緒に歩くのになぜか花嫁行列と呼ばれ女性優位なネーミング。
さて明治神宮といえば拝殿の両脇にある巨大で美しく剪定されたクスノキ。
私にとってここは参道でワープして、そしてこのクスノキを愛でる場所である。
新緑の季節はもちろん真夏でもフレッシュなグリーン。さすがに冬が近いこの時期ではそれなりの色味になってはいるものの見応えは充分。
参考までに2023年の8月に撮ったのがこの写真。
ーーー続く
モミジが紅葉していれば九品仏の東門をくぐると、自由が丘から徒歩10分とは思えないほどの異空間が広がっていて、まるでワープしたみたいな感覚を味わえる。しかしその時はまだ紅葉しておらず普通の光景。それは訪れる前にわかっていたとしても、いつもワープ感覚を楽しんでいたので少し残念だった。
そこで九品仏でワープできなかったら明治神宮があるさホトトギス。原宿の雑踏とまさに杜と呼ぶにふさわしい明治神宮参道の対比は、私の知る限り東京で一番のワープ名所。それと秋に明治神宮に行ったことがなかった。また明治神宮は紅葉・黄葉ともあまり話題に上がらない場所だけれど、あれだけ広く3万6000本ともいわれる樹木があるのだから黄葉も少しは楽しめるかも知れない。ついでに隣の代々木公園で黄葉探しをしてもよし。
訪れたのは今年最後の三連休最終日11月24日。ここは原宿駅に一番近い原宿口=南参道の入り口前の広場。もうすっかり見慣れたとはいえ、この写真に写っている半数は外国人
原宿口に面した最初の鳥居をくぐると、
瞬間ワープですぐに異空間。
振り返った光景。
まだ原宿の雰囲気のある鳥居からこれだけしか離れていないんだよ。
なぜか灯りのついている灯籠と、そうでない灯籠があった。
電球切れてるの?
参道の脇にチラッと見えたレッドオータム。
毎度おなじみの酒樽と、その向かいのワイン樽。酒樽はどこの神社にもあるがワイン樽は珍しい。これは明治天皇がワイン好きだったにの由来しフランスのワインメーカから奉納された。
歩きながら撮ったのでピンボケ。
この日の最高気温は18.8度とそこそこ暖かかったものの季節は11月の終わりである。ちなみに最低気温は7.6度で午前10時は13.7度。それなりに暖かい服装が必要。でも必ずいるんだよね外国人で半袖短パンの人。この日は明治神宮だけで10人ほど見かけた。
基本的に白人でアジア人や黒人にはいない。筋肉量が多く(ムキムキとの意味ではない)基礎代謝が高い、あるいは寒い地域(ヨーロッパのほとんど、またアメリカ北部やカナダは北海道の稚内より高緯度)から来た人なんて説明されるが詳しくはよく知らない。
残念なことにこういった服装をしているのは男性だけ。ぜひ白人女性にもホットパンツにタンクトップで日本を観光してもらいたい(^^ゞ
2番目の鳥居を通過。
撤収中のキクの展示?
上の写真のように展示はスカスカ。
それでもある程度まとまって残っているところを。
キクといっても様々な種類があるけれど、上の写真の1枚目のような大ぶりの和菊は何となく好きになれない。葬式をイメージしてしまうせいかな。
原宿口からはマップに赤いラインで示したように南から北に進んでくる。
最初の鳥居と2番目の鳥居までの距離は約500メートル。
2番目の鳥居をくぐって西に進み、突き当たりをまた北に右折する。
そのコーナーがここ。
何の変哲もない曲がり角に思えるが、
なんとここは直角90度ではなく88度で曲がっている。
末広がりの八と縁起を担いでそうしたらしい。
来る度にまじまじと見ているが2度の違いは感じられない。
信仰心が足らないせいだろうか(^^ゞ
88度コーナーを右折すると3番目の鳥居が見え、
その先が社殿エリア。
鳥居手前にある手や口を清める手水舎。
その奥に見えていたのは、
背景のグリーンとのコントラストが鮮やかなレッドオータム。
チラッとイエローオータムも顔をのぞかせている。
モミジではなくカイノキ。
順光だとくすんだ色なのに、
逆光で日光を透かして撮るとビックリきれいになるのが紅葉マジック。もちろん紅葉名所のパンフレットなどもこのテクニックを使っているのでご用心。
3番目の鳥居をくぐろうとしたら、
その脇に野菜で作った宝船が。
JA八王子と書かれている。
見事というべきか、野菜を突っ込んで並べただけなのかビミョウ。
なぜか椎茸は別の箱で展示。
その向かいにJA町田市青壮年部会の宝船。
こちらのほうが赤キャベツや黄色いカリフラワーが使われていてカラフル。
ところで年代を示す言葉は幼年・少年・青年・壮年・老年など。青年団なるものは昔からあるが「青壮年部会」と青年と壮年をセットにするとは、青年だけでは1つの単位として成り立たなくなっているからだろうか。つまり高齢化社会が組織のあり方にも影響を及ぼしている。調べてみると青壮年の用語は主に農業分野で使われているらしい。これは宝船のような縁起物を見て考えるテーマじゃないな。
(/_')/ソレハコッチニオイトイテ
社殿エリアに入ると花嫁行列!
あと30秒早く入っていたら、もうちょっといい写真が撮れたのに残念。
花嫁行列は神前結婚式で、神職や巫女を先頭に新郎新婦と家族が列になって、神殿まで歩いていく儀式。正式には「参進の儀」。花婿も一緒に歩くのになぜか花嫁行列と呼ばれ女性優位なネーミング。
さて明治神宮といえば拝殿の両脇にある巨大で美しく剪定されたクスノキ。
私にとってここは参道でワープして、そしてこのクスノキを愛でる場所である。
新緑の季節はもちろん真夏でもフレッシュなグリーン。さすがに冬が近いこの時期ではそれなりの色味になってはいるものの見応えは充分。
参考までに2023年の8月に撮ったのがこの写真。
ーーー続く
2025年11月24日
案外と知らない可照時間
前々回にクリスマス・カクタスの短日処理を始めた話を書いた。
それは
クリスマス・カクタスは気温20度以下かつ
日照が12時間以下が1ヶ月続くと花芽分化が始まる
ので照明などが当たらないように周りを囲って暗くする対策。
その際に今の日照時間はどれくらいなのかと頭に浮かぶ。天気予報サイトに日の出・日の入り時刻が載っているからそれで計算すればいいかと考える。ちなみに東京の本日11月24日は日の出6時25分、日の入り16時30分。差し引きすると10時間5分。
しかし「ん、それって日照時間だったけ?」との疑問が。日照不足という言葉があって、それは曇りや雨で日が照らないから。ある日の日の出・日の入り時刻は毎年ほぼ同じで1〜2分の違いだから、それなら「今年の夏は日照不足で農作物に影響がーーー」なんて事態は起こらない。
結論を書くと「照の時間」については2つあって
日の出・日の入り時刻の差分は可照時間
日照時間とは一日のうちで日が射している合計時間
となる。
可照時間とはいわば太陽が地表に出ている計算上の時間。対して日照時間とは実際に太陽が地表を照らした時間を観測で求めた記録。だから天候の影響を受けるし、場所=方位・地形・周りの建物の状況によっても日照時間は変わってくる。厳密にいえばウチと隣の家で日照時間は違う。
それでは「太陽が地表を照らした」とはどれくらいの明るさを指すのか。その定義は「日照計で測定される直達日射量が120W/m2以上」となっている。それじゃ定義はわかっても具体的な明るさがイメージできない。
あれこれ調べたもののよくわからず。
まあ文献から光が出てくるわけでもないし。
とりあえず120W/m2についてわかったことを書いておくと
直射光によって物体の影ができない、あるいは「うっすら」している程度。
明るめの曇りの日。(晴天時は800〜1000W/m2になり、雨天だと20〜50W/m2)
室内で照明を付ける必要がない。
となるらしい。
ちなみに東京の今年10月は記録的な日照不足だった。10月の合計日照時間は例年100〜150時間、年によっては200時間を超えるのに、今年はわずかに74時間。天気がパッとしないせいであまり外へ遊びに出かける気が起きず、秋をあまり楽しめなかったな。
さて日照時間は実際、可照時間は計算上とわかったところで、
問題は可照時間。
結構長く生きているのに可照時間なる言葉は初めて知った。私だけではなく、周りの人5〜6名に尋ねても誰も知らなかったからかなり認知度は低そう。
それで夏は日が長く冬は短いと知っていても、
具体的に何時間なのだろうと好奇心が湧く。
そんなもの調べれば一発でわかると思っていたのに、可照時間を一覧にしたデータはネットでまったく見当たらなかった。「可照時間 ◯◯」と検索してもほとんど日照時間に置き換えて検索されてしまう。日照時間を可照時間で割った値を日照率と呼び、これは重要な気象データなので、そのベースとなる可照時間もすぐ見つかると思っていたのに。
それでもあれこれ手を尽くして作成したのがこのグラフ。
場所は東京、数字は月別の1日の平均時間。
オレンジが可照時間(昼)でブルーが夜間。
単位は10進数表記時間(2月の10.8時間とは10時間48分の意味 0.8 x 60=48)
中央にあるグリーンの破線は1日の半分を示している。
データは2025年。ただし違う年でも数値はほとんど変わらない。
(パソコンで読んでいるならクリックでグラフは大きくなる)
可照時間を言い換えれば日の長さ。6月と7月を中心にしてグラフの形(色分け)は左右対称になっている。それは当たり前とはいえ、こうして具体的な時間を認識したのは初めて。可照時間が最も長いのは6月の14.5時間で、逆に短いのは1月の10時間。その差は4時間半。体感的に朝夕で2時間ちょっとの差はあるので納得のいく数字。
参考までに最も日の長い夏至と短い冬至のデータを記しておくと、
2025年の東京では
夏至:6月21日 日の出4時25分 日の入り19時0分 可照時間14時間35分
冬至:12月22日 日の出6時47分 日の入り16時32分 可照時間9時間45分
その差は4時間50分。
ただこの日の出・日の入り時刻は国立天文台のデータを元にしているが、
6月19日と6月20日も日の出4時25分・日の入り19時0分
と同時刻なのである。あれ、夏至は3日ある? ひょっとして大発見? とヌカ喜びしかけたけれど、おそらくこれは提供されているデータが分までであり、秒まで記されていたら6月21日が最も日が長いのだと思う。
なお可照時間と日照時間は比例しない。
棒グラフは水色が可照時間で、ピンクが日照時間。単位は月間の合計時間。
エリアは東京で日照時間データは2024年を使用。
緑の折れ線グラフは日照率=日照時間 ÷ 可照時間。単位はパーセント。
7月は可照時間が443時間と最大なのに日照時間は200時間で、可照時間が301時間と最小の12月の日照時間である234時間より少ない。これは冬のほうが晴れた日が多いのが理由。つまり可照時間ではなく日照時間を比較すれば夏至のある6月 < 冬至のある12月と逆転している。夏至だから太陽がさんさんと降り注ぎ、冬至なら暗い1日ではないのだ。なんたって夏至は梅雨時。ニュースなどで「本日は夏至です」などと言われても、あまりピンとこないのはこのせいかと思う。
ついでに書いておくと
1)
天文学的には夏至とは太陽黄経が90度、冬至とはそれが270度になった時点を指す。
2025年の東京の場合、それは
夏至:6月21日の午前11時43分31秒
冬至:12月22日の午後0時4分19秒
厳密にいうと夏至と冬至とはそれぞれ上記の時刻であり、6月21日は「夏至の日」、12月22日は「冬至の日」となる
2)
その太陽黄経とは太陽が移動する見かけの経路である「黄道」を春分点を0度として360度に分割した座標。詳しくは文章だけでの説明が難しいので割愛m(_ _)m ただし太陽は真南に来たときに最も高い位置になり、そして
夏至:1年で最も太陽の位置が高い
冬至:1年で最も太陽の位置が低い
と考えて、理屈的には微妙ではあるものの間違いではない。
3)
夏至と冬至は可照時間が最も長い・短いであり、夏至の日の出が最も早く、冬至日の日の入りが最も早いではない。
実際に2025年の東京で6月5日から21日までの17日間は夏至と同じく日の出時刻が4時25分。また冬至の日の入り時刻は16時32分であるが、11月29日から12月13日まではそれより4分早い16時28分。
今まで知らなかった可照時間なんて言葉。
まあこれくらい知っておけばいいだろう。
この知識を生かせる機会はないと思うけれど(^^ゞ
それは
クリスマス・カクタスは気温20度以下かつ
日照が12時間以下が1ヶ月続くと花芽分化が始まる
ので照明などが当たらないように周りを囲って暗くする対策。
その際に今の日照時間はどれくらいなのかと頭に浮かぶ。天気予報サイトに日の出・日の入り時刻が載っているからそれで計算すればいいかと考える。ちなみに東京の本日11月24日は日の出6時25分、日の入り16時30分。差し引きすると10時間5分。
しかし「ん、それって日照時間だったけ?」との疑問が。日照不足という言葉があって、それは曇りや雨で日が照らないから。ある日の日の出・日の入り時刻は毎年ほぼ同じで1〜2分の違いだから、それなら「今年の夏は日照不足で農作物に影響がーーー」なんて事態は起こらない。
結論を書くと「照の時間」については2つあって
日の出・日の入り時刻の差分は可照時間
日照時間とは一日のうちで日が射している合計時間
となる。
可照時間とはいわば太陽が地表に出ている計算上の時間。対して日照時間とは実際に太陽が地表を照らした時間を観測で求めた記録。だから天候の影響を受けるし、場所=方位・地形・周りの建物の状況によっても日照時間は変わってくる。厳密にいえばウチと隣の家で日照時間は違う。
それでは「太陽が地表を照らした」とはどれくらいの明るさを指すのか。その定義は「日照計で測定される直達日射量が120W/m2以上」となっている。それじゃ定義はわかっても具体的な明るさがイメージできない。
あれこれ調べたもののよくわからず。
まあ文献から光が出てくるわけでもないし。
とりあえず120W/m2についてわかったことを書いておくと
直射光によって物体の影ができない、あるいは「うっすら」している程度。
明るめの曇りの日。(晴天時は800〜1000W/m2になり、雨天だと20〜50W/m2)
室内で照明を付ける必要がない。
となるらしい。
ちなみに東京の今年10月は記録的な日照不足だった。10月の合計日照時間は例年100〜150時間、年によっては200時間を超えるのに、今年はわずかに74時間。天気がパッとしないせいであまり外へ遊びに出かける気が起きず、秋をあまり楽しめなかったな。
さて日照時間は実際、可照時間は計算上とわかったところで、
問題は可照時間。
結構長く生きているのに可照時間なる言葉は初めて知った。私だけではなく、周りの人5〜6名に尋ねても誰も知らなかったからかなり認知度は低そう。
それで夏は日が長く冬は短いと知っていても、
具体的に何時間なのだろうと好奇心が湧く。
そんなもの調べれば一発でわかると思っていたのに、可照時間を一覧にしたデータはネットでまったく見当たらなかった。「可照時間 ◯◯」と検索してもほとんど日照時間に置き換えて検索されてしまう。日照時間を可照時間で割った値を日照率と呼び、これは重要な気象データなので、そのベースとなる可照時間もすぐ見つかると思っていたのに。
それでもあれこれ手を尽くして作成したのがこのグラフ。
場所は東京、数字は月別の1日の平均時間。
オレンジが可照時間(昼)でブルーが夜間。
単位は10進数表記時間(2月の10.8時間とは10時間48分の意味 0.8 x 60=48)
中央にあるグリーンの破線は1日の半分を示している。
データは2025年。ただし違う年でも数値はほとんど変わらない。
(パソコンで読んでいるならクリックでグラフは大きくなる)
可照時間を言い換えれば日の長さ。6月と7月を中心にしてグラフの形(色分け)は左右対称になっている。それは当たり前とはいえ、こうして具体的な時間を認識したのは初めて。可照時間が最も長いのは6月の14.5時間で、逆に短いのは1月の10時間。その差は4時間半。体感的に朝夕で2時間ちょっとの差はあるので納得のいく数字。
参考までに最も日の長い夏至と短い冬至のデータを記しておくと、
2025年の東京では
夏至:6月21日 日の出4時25分 日の入り19時0分 可照時間14時間35分
冬至:12月22日 日の出6時47分 日の入り16時32分 可照時間9時間45分
その差は4時間50分。
ただこの日の出・日の入り時刻は国立天文台のデータを元にしているが、
6月19日と6月20日も日の出4時25分・日の入り19時0分
と同時刻なのである。あれ、夏至は3日ある? ひょっとして大発見? とヌカ喜びしかけたけれど、おそらくこれは提供されているデータが分までであり、秒まで記されていたら6月21日が最も日が長いのだと思う。
なお可照時間と日照時間は比例しない。
棒グラフは水色が可照時間で、ピンクが日照時間。単位は月間の合計時間。
エリアは東京で日照時間データは2024年を使用。
緑の折れ線グラフは日照率=日照時間 ÷ 可照時間。単位はパーセント。
7月は可照時間が443時間と最大なのに日照時間は200時間で、可照時間が301時間と最小の12月の日照時間である234時間より少ない。これは冬のほうが晴れた日が多いのが理由。つまり可照時間ではなく日照時間を比較すれば夏至のある6月 < 冬至のある12月と逆転している。夏至だから太陽がさんさんと降り注ぎ、冬至なら暗い1日ではないのだ。なんたって夏至は梅雨時。ニュースなどで「本日は夏至です」などと言われても、あまりピンとこないのはこのせいかと思う。
ついでに書いておくと
1)
天文学的には夏至とは太陽黄経が90度、冬至とはそれが270度になった時点を指す。
2025年の東京の場合、それは
夏至:6月21日の午前11時43分31秒
冬至:12月22日の午後0時4分19秒
厳密にいうと夏至と冬至とはそれぞれ上記の時刻であり、6月21日は「夏至の日」、12月22日は「冬至の日」となる
2)
その太陽黄経とは太陽が移動する見かけの経路である「黄道」を春分点を0度として360度に分割した座標。詳しくは文章だけでの説明が難しいので割愛m(_ _)m ただし太陽は真南に来たときに最も高い位置になり、そして
夏至:1年で最も太陽の位置が高い
冬至:1年で最も太陽の位置が低い
と考えて、理屈的には微妙ではあるものの間違いではない。
3)
夏至と冬至は可照時間が最も長い・短いであり、夏至の日の出が最も早く、冬至日の日の入りが最も早いではない。
実際に2025年の東京で6月5日から21日までの17日間は夏至と同じく日の出時刻が4時25分。また冬至の日の入り時刻は16時32分であるが、11月29日から12月13日まではそれより4分早い16時28分。
今まで知らなかった可照時間なんて言葉。
まあこれくらい知っておけばいいだろう。
この知識を生かせる機会はないと思うけれど(^^ゞ
2025年11月22日
九品仏で天然記念物のイチョウ
2019年、ここには真っ赤なモミジがあると知って以来、毎年欠かさず紅葉を見に来ている自由が丘近くの九品仏。もちろん今年も見に行くつもり。そしてここには東京都の天然記念物に指定されている大きなイチョウがある。しかしそれが黄葉するのはモミジが紅葉する前なので、過去6年間に一度も色づいた姿を見ていない。いつも葉が落ちた状態。
ならば今年こそ見に行ってみるかと、電車の中で突然に思いつき自由が丘駅で下車。
訪れたのは11月19日。
毎度おなじみの東門。
紅葉の時期に東門をくぐると別世界にワープした気持ちになる。
しかし今はまだ緑が多いので。
それでも自由が丘駅から10分ほどでこの景色は充分に異空間感あり。
南側の総門へ続く通路。
総門の近くでは色づき始めたモミジもあった。
私の知る限り東京周辺で河口湖についで真っ赤になるのがこの木。
でも今はまだグリーン一色。
仁王門をくぐって奥に進む。
これが本日のお目当てであるイチョウ。
もっと近寄って。
びくりするような巨木じゃない。
ネットで調べてみると18mや20mなどまちまちな値が載せられている。
東京都天然記念物の表示。
ところで東京都が指定している天然記念物は他にどんなものがあるのかと思ったら、これがなかなか調べられない。まず都庁のホームページでそれらしき項目は見つけられなかった。ホームページ内の検索はGoogleのシステムを利用しており、天然記念物が含まれたニュースや発表がズラーッと並ぶだけ。
そこで都庁ホームページを離れて「東京都 天然記念物」を検索しても個別の案件がヒットするだけ。「東京都 天然記念物 一覧」と付け加えてもそれらしきデータは見つけられず。さらにWikipediaで調べると何と東京の天然記念物は
吉祥寺旧本宿のケヤキ〔武蔵野市〕
旧細川邸のシイ〔港区〕
秋葉のクロマツ〔大田区〕
桜小学校のオオアカガシ〔世田谷区〕
善養寺のカヤ〔世田谷区〕
平久保のシイ〔多摩市〕
地蔵院のカゴノキ〔あきる野市〕
高尾山のスギ並木〔八王子市〕
倉沢のヒノキ〔奥多摩町〕
古里附のイヌグス〔奥多摩町〕
佐須の禅寺丸古木〔調布市〕
神戸岩〔檜原村〕
だけで九品仏のイチョウがない!
目の前にあったイチョウはパチモノなのか?
そんなはずはないだろうとあれこれ調べていたら、東京都文化財情報データベースなるサイトに行き当たり、そこで九品仏のイチョウがヒット。とりあえずパチモノじゃなくてよかった。
なおこのデータベースは「東京都内に所在する国および都が指定する文化財を検索」する仕様なので、単に「天然記念物」で検索すると114件がヒットし、それには国指定のものも含まれる。そこで種別検索のページから「都指定」の「天然記念物」を指定すると61件がヒットした。
もっと簡単にわかると思っていたのに意外である。ついでに書くと天然記念物が文化財に含まれるジャンルの1つだとは今まで認識していなかったな。
話をイチョウに戻すと立派な大木ではあるものの、
葉の数が少なく樹勢が衰えているような印象を受ける。
(先ほどの全体写真のほうがよくわかるかも)
樹齢は九品仏のホームページによれば推定300年。イチョウは長寿で樹齢1000年以上もザラにあるので元気を取り戻してほしいもの。
天然記念物の隣にある紅葉のシーズンが来た頃に色づくイチョウ。
これと較べると元気の違いは一目瞭然。
それはともかくイエローオータムを満喫しましょう。
毎年紅葉を見に来る度に気になっていた、九品仏の大イチョウが色づいた姿を眺められて満足。ただし正直な感想を述べると、ここのモミジの紅葉は東京周辺に住んでいるなら是非とも見に来るべきレベルであるが、イチョウはもし近所に来る機会があるなら程度かな(^^ゞ
こういうのも経験のうち。
ならば今年こそ見に行ってみるかと、電車の中で突然に思いつき自由が丘駅で下車。
訪れたのは11月19日。
毎度おなじみの東門。
紅葉の時期に東門をくぐると別世界にワープした気持ちになる。
しかし今はまだ緑が多いので。
それでも自由が丘駅から10分ほどでこの景色は充分に異空間感あり。
南側の総門へ続く通路。
総門の近くでは色づき始めたモミジもあった。
私の知る限り東京周辺で河口湖についで真っ赤になるのがこの木。
でも今はまだグリーン一色。
仁王門をくぐって奥に進む。
これが本日のお目当てであるイチョウ。
もっと近寄って。
びくりするような巨木じゃない。
ネットで調べてみると18mや20mなどまちまちな値が載せられている。
東京都天然記念物の表示。
ところで東京都が指定している天然記念物は他にどんなものがあるのかと思ったら、これがなかなか調べられない。まず都庁のホームページでそれらしき項目は見つけられなかった。ホームページ内の検索はGoogleのシステムを利用しており、天然記念物が含まれたニュースや発表がズラーッと並ぶだけ。
そこで都庁ホームページを離れて「東京都 天然記念物」を検索しても個別の案件がヒットするだけ。「東京都 天然記念物 一覧」と付け加えてもそれらしきデータは見つけられず。さらにWikipediaで調べると何と東京の天然記念物は
吉祥寺旧本宿のケヤキ〔武蔵野市〕
旧細川邸のシイ〔港区〕
秋葉のクロマツ〔大田区〕
桜小学校のオオアカガシ〔世田谷区〕
善養寺のカヤ〔世田谷区〕
平久保のシイ〔多摩市〕
地蔵院のカゴノキ〔あきる野市〕
高尾山のスギ並木〔八王子市〕
倉沢のヒノキ〔奥多摩町〕
古里附のイヌグス〔奥多摩町〕
佐須の禅寺丸古木〔調布市〕
神戸岩〔檜原村〕
だけで九品仏のイチョウがない!
目の前にあったイチョウはパチモノなのか?
そんなはずはないだろうとあれこれ調べていたら、東京都文化財情報データベースなるサイトに行き当たり、そこで九品仏のイチョウがヒット。とりあえずパチモノじゃなくてよかった。
なおこのデータベースは「東京都内に所在する国および都が指定する文化財を検索」する仕様なので、単に「天然記念物」で検索すると114件がヒットし、それには国指定のものも含まれる。そこで種別検索のページから「都指定」の「天然記念物」を指定すると61件がヒットした。
もっと簡単にわかると思っていたのに意外である。ついでに書くと天然記念物が文化財に含まれるジャンルの1つだとは今まで認識していなかったな。
話をイチョウに戻すと立派な大木ではあるものの、
葉の数が少なく樹勢が衰えているような印象を受ける。
(先ほどの全体写真のほうがよくわかるかも)
樹齢は九品仏のホームページによれば推定300年。イチョウは長寿で樹齢1000年以上もザラにあるので元気を取り戻してほしいもの。
天然記念物の隣にある紅葉のシーズンが来た頃に色づくイチョウ。
これと較べると元気の違いは一目瞭然。
それはともかくイエローオータムを満喫しましょう。
毎年紅葉を見に来る度に気になっていた、九品仏の大イチョウが色づいた姿を眺められて満足。ただし正直な感想を述べると、ここのモミジの紅葉は東京周辺に住んでいるなら是非とも見に来るべきレベルであるが、イチョウはもし近所に来る機会があるなら程度かな(^^ゞ
こういうのも経験のうち。
2025年11月20日
クリスマス・カクタスの短日処理
(日本の「読み」の話はしばらくお休み)
クリスマス・カクタスの花付きがだんだんと悪くなってきた。そこで今シーズンは昔から知っていたものの、そんなことをしなくてもたくさん花が咲いていたので、今までやっていなかった対策を施しているその第1弾が10月10日の摘心=秋になって伸びてきた新芽を摘み取る作業。
そして第2弾が今回の短日処理。
漢字だと大げさな印象になってしまうが、これは
クリスマス・カクタスは気温20度以下かつ
日照が12時間以下が1ヶ月続くと花芽分化が始まる
という性質を踏まえたもの。平たく言えば日照の遮断。
なおこのように日照時間が短くなると花芽を形成する植物を短日植物と呼ぶ。他にはコスモス、キク、アサガオなどが代表的。夏に咲くアサガオが短日植物とは意外だが、6月下旬の夏至が一番日照時間が長く、それを過ぎると徐々に日照時間が短くなるので矛盾していない。逆に日が長くなると花芽を付けるのが長日植物で、日照時間と無関係なのが中性植物。
もちろん秋になれば日照時間は夏より短くなり、ベランダに置いてあれば自然と短日処理される。だからこれは室内でクリスマス・カクタスを育てている=夜にも照明で明るい環境が続く場合に必要な対策。でもベランダには街灯の光も多少は届いているので、とりあえずやってみようかと。
ネットで調べると段ボール箱を被せろとの手法が多い。
しかし適当な大きさのダンボ−ル箱がなく用意したのは黒いゴミ袋。
これを遮光カバーにする。
もはや黒色はスーパーでは売っておらずAmazonで購入した。
ちなみにゴミ袋が半透明になったのは東京では1993年。
見た目は真っ黒でもかなり薄くてやや光も透けるので、ゴミ袋を二重にして、それをガムテープで縦につないで被せた。
ベランダの排水溝には以前にアブラムシ対策でアルミホイルを巻いたペットボトルが並べてある。外側はそれで固定して、内側は今のところ押さえていない。風が強い日が来たら考えましょう。
これはゴミ袋でトンネルを作ったようなもので、サイド部分は充分に覆えていない。そこから多少は街灯の光が入る。まあこれくらいでもやらないよりはマシのはず。
ゴミ袋を取ってベランダのルーバーに押し込んだ様子。
日の入り時刻に自宅にいることはほとんどないので、だいたいは夜の9時にカバーして翌朝9時に外すパターン。作業をしたのは11月15日だが、既に本日までにカバーをかけ忘れたのが1日、外し忘れたのが1日ある(^^ゞ けっこう面倒な作業。(クリスマス・カクタスの短日処理には1ヶ月が必要であり、かけ忘れると、そこからさらに1ヶ月の計算になるらしい)
なおカバーをする前から小さな花芽がいくつかついていた。
それは自然に短日処理されている証拠。
そしてカバーをして5日くらいでは数は変わらず。
また前回のクリスマス・カクタスのブログに
10月10日に摘心
10月19日に新たな新芽を発見
これが摘心した茎から再び出てきたのか、まったく最初の新芽なのかは不明
と書いた。11月15日の作業日にも新たな新芽がいくつかあったものの、全体としてはごくわずかであり、それでこれらは摘心後に再び出てきたのではなく、摘心のときにはなかった新芽だと判断している。
とりあえず秋の摘心をしたし、短日処理のカバーも掛けたのだから、
今シーズンはいつもより多く花を咲かせて欲しい。
クリスマス・カクタスの花付きがだんだんと悪くなってきた。そこで今シーズンは昔から知っていたものの、そんなことをしなくてもたくさん花が咲いていたので、今までやっていなかった対策を施しているその第1弾が10月10日の摘心=秋になって伸びてきた新芽を摘み取る作業。
そして第2弾が今回の短日処理。
漢字だと大げさな印象になってしまうが、これは
クリスマス・カクタスは気温20度以下かつ
日照が12時間以下が1ヶ月続くと花芽分化が始まる
という性質を踏まえたもの。平たく言えば日照の遮断。
なおこのように日照時間が短くなると花芽を形成する植物を短日植物と呼ぶ。他にはコスモス、キク、アサガオなどが代表的。夏に咲くアサガオが短日植物とは意外だが、6月下旬の夏至が一番日照時間が長く、それを過ぎると徐々に日照時間が短くなるので矛盾していない。逆に日が長くなると花芽を付けるのが長日植物で、日照時間と無関係なのが中性植物。
もちろん秋になれば日照時間は夏より短くなり、ベランダに置いてあれば自然と短日処理される。だからこれは室内でクリスマス・カクタスを育てている=夜にも照明で明るい環境が続く場合に必要な対策。でもベランダには街灯の光も多少は届いているので、とりあえずやってみようかと。
ネットで調べると段ボール箱を被せろとの手法が多い。
しかし適当な大きさのダンボ−ル箱がなく用意したのは黒いゴミ袋。
これを遮光カバーにする。
もはや黒色はスーパーでは売っておらずAmazonで購入した。
ちなみにゴミ袋が半透明になったのは東京では1993年。
見た目は真っ黒でもかなり薄くてやや光も透けるので、ゴミ袋を二重にして、それをガムテープで縦につないで被せた。
ベランダの排水溝には以前にアブラムシ対策でアルミホイルを巻いたペットボトルが並べてある。外側はそれで固定して、内側は今のところ押さえていない。風が強い日が来たら考えましょう。
これはゴミ袋でトンネルを作ったようなもので、サイド部分は充分に覆えていない。そこから多少は街灯の光が入る。まあこれくらいでもやらないよりはマシのはず。
ゴミ袋を取ってベランダのルーバーに押し込んだ様子。
日の入り時刻に自宅にいることはほとんどないので、だいたいは夜の9時にカバーして翌朝9時に外すパターン。作業をしたのは11月15日だが、既に本日までにカバーをかけ忘れたのが1日、外し忘れたのが1日ある(^^ゞ けっこう面倒な作業。(クリスマス・カクタスの短日処理には1ヶ月が必要であり、かけ忘れると、そこからさらに1ヶ月の計算になるらしい)
なおカバーをする前から小さな花芽がいくつかついていた。
それは自然に短日処理されている証拠。
そしてカバーをして5日くらいでは数は変わらず。
また前回のクリスマス・カクタスのブログに
10月10日に摘心
10月19日に新たな新芽を発見
これが摘心した茎から再び出てきたのか、まったく最初の新芽なのかは不明
と書いた。11月15日の作業日にも新たな新芽がいくつかあったものの、全体としてはごくわずかであり、それでこれらは摘心後に再び出てきたのではなく、摘心のときにはなかった新芽だと判断している。
とりあえず秋の摘心をしたし、短日処理のカバーも掛けたのだから、
今シーズンはいつもより多く花を咲かせて欲しい。
2025年11月06日
ニッポンとニホンそしてジッポンにニフォン その8
さて「その8」にしてようやく「日本の読み」について。
日本には文字がなかったので、その存在が書き留められ歴史に名前が登場するのは、古代中国の前漢王朝(紀元前206年〜8年)の出来事を記した漢書(かんじょ)が最初。日本の歴史区分では弥生時代(紀元前900年代〜紀元後250年あたりまで)の後期にあたる。
その漢書で日本列島に住む人々が倭人と記された。
どうして「倭」なのかは諸説あって不明。
倭人自らが「倭」と言ったのではなく、地球人が隣の惑星を火星、そこに住んでいる宇宙人を火星人と彼らの言語とは関係なく呼ぶように、中国側が勝手に名付けたと私は推測している。
そしてそれは日本人をバカにした蔑称だった。蔑称かどうかについても諸説あるものの、その後に邪悪の邪のつく邪馬台国、卑しいの卑のつく卑弥呼なんて名前の付け方を見ても「チビでナヨナヨした列島人」の意味を込めたネーミングだと思っている。
しかし悲しきかな文字を知らない弥生人は意味もわからずそれを受け入れる。
日本で文字が使われだしたのは、弥生時代が終わって数百年先の古墳時代(3世紀中頃〜7世紀)中頃の500年あたり。もちろん漢字の輸入。その後に漢字を日本語の音に当て字した万葉仮名が使われ出すのが飛鳥時代中期の650年頃。そこからオリジナル日本文字であるカタカナが生まれたのが平安時代に入った800年頃で平仮名は850年頃とされている。
文字を使いだし漢字の意味がわかると、やがて「倭」が蔑称であったと日本人も気付く。
そして607年に聖徳太子が隋の皇帝に送った有名な国書の一節。
日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙(つつが)なきや
ひいづる ひぼっする
地理的に日本が東、中国が西の位置関係にあるのをもじって「太陽の昇る国の天子(日本の天皇)が太陽の沈む国の天子(隋の皇帝)に書状をお届けします、お変わりありませんか」と言うような意味。
これに対し隋の皇帝は「属国のくせに無礼だ。二度と受け取るな」と命じたという。彼が怒ったのは「日出づる、日没する」の表現ではなく「私も天子、あなたも天子つまり同格対等」と主張していたからと一般に解説されている。
この国書の記録は日本にはない。このエピソードが記録されているのは隋(581〜618年)の歴史書である隋書の倭国伝で、国書の全文は残っていないようだ。だからこの国書で「倭」の記述があったかどうかは不明。
ところでこの聖徳太子が同格対等を主張したとは、大国の隋に対して一歩も引かなかった=ニッポンすごいの国威高揚史観に基づく解釈だとの学説もある。
日出づる処の天子〜と書いたのは単に言葉遣いを知らなかっただけ、あるいは日出づる・日没すると天子も仏教的表現だともされている。(国書の前に「皇帝は仏教を広めていると伺って(私もそうなので)使者を送ります」と奏上している)そして隋の皇帝が怒ったのはその表現や内容ではなく、国書としてはカジュアルな文体だったかららしい。同格対等を主張する意図さえ伝わらなかったとの説もある。
国威高揚史観では聖徳太子が対等を主張できたのは、隋が朝鮮半島の高句麗と緊張状態にあり、それを見通しての外交センスとするが、それは何となく後付けの理屈っぽい。また隋はこの国書に対する返答として使者を日本に送り込み、その使者に対して聖徳太子は「大国の隋と較べれば、なにせ私は田舎者で礼儀も知らず、その節は失礼しました」と述べている。これもヤッテモウタと震え上がって謝罪したのか、ウソぶいて使者をあしらったのか解釈が分かれるところ。
結局のところ、この国書の意図は聖徳太子本人に確かめてみないとわからない。ただし尋ねたところで彼は政治家だから本当のことを喋るとも限らない(^^ゞ 聖徳太子を現代あるいは現職の政治家に置き換えてもそれは同じで、歴史とは事実が半分、推理と妄想が半分でできているのだといつも思う。
あっ、日本の読みに関係のない聖徳太子の国書に話がずれてしまった(^^ゞ
聖徳太子の国書から約100年後、飛鳥時代の末期702年に日本は国名を倭ではなく日本にすると随の後に成立した唐に対して宣言する。唐の歴史書には「倭国自らその名の雅ならざるを悪(にく)み、改めて日本となす」などの記述が見られ、やはり倭の名前を嫌っていたとわかる。松下電器→パナソニックのようなイメージ戦略ではない。
他にも日本と名乗った時期については諸説あるものの、深入りしても本題とはあまり関係ないし、だいたいその頃=ナント大きな平城京710年の奈良時代に入る少し前だとしておく。それもややこしいので日本になったのは奈良時代からとしてもいいだろう。
奈良時代からだと考えると国号としての日本の歴史は意外と浅いと感じるね。日本に対する最初の文献となる漢書は「海の向こうに倭人が住んでいる」程度の内容で時期を示す記述はない。でも漢書が対象としている前漢王朝は紀元前206年〜8年なので、中間を取って紀元前100年とすると、
倭の時代 紀元前100年〜710年=810年
日本の時代 710年〜2025年=1315年
倭だった期間を1とすると日本は1.6。比率にするとさらに短く感じる。記録として残った最初が漢書であるだけで、もっと以前から倭と呼ばれていたはずで、倭と日本の歴史はあまり差がないのかも知れない。
まあとにかく日本となった我が国。
問題は当初それを何と読んでいた発音していたかである。
学説にはこんなのがある。
1)ヤマト
2)ニェットプァン
そして、このどちらも素直にうなずけない。
ーーー続く
日本には文字がなかったので、その存在が書き留められ歴史に名前が登場するのは、古代中国の前漢王朝(紀元前206年〜8年)の出来事を記した漢書(かんじょ)が最初。日本の歴史区分では弥生時代(紀元前900年代〜紀元後250年あたりまで)の後期にあたる。
その漢書で日本列島に住む人々が倭人と記された。
どうして「倭」なのかは諸説あって不明。
倭人自らが「倭」と言ったのではなく、地球人が隣の惑星を火星、そこに住んでいる宇宙人を火星人と彼らの言語とは関係なく呼ぶように、中国側が勝手に名付けたと私は推測している。
そしてそれは日本人をバカにした蔑称だった。蔑称かどうかについても諸説あるものの、その後に邪悪の邪のつく邪馬台国、卑しいの卑のつく卑弥呼なんて名前の付け方を見ても「チビでナヨナヨした列島人」の意味を込めたネーミングだと思っている。
しかし悲しきかな文字を知らない弥生人は意味もわからずそれを受け入れる。
日本で文字が使われだしたのは、弥生時代が終わって数百年先の古墳時代(3世紀中頃〜7世紀)中頃の500年あたり。もちろん漢字の輸入。その後に漢字を日本語の音に当て字した万葉仮名が使われ出すのが飛鳥時代中期の650年頃。そこからオリジナル日本文字であるカタカナが生まれたのが平安時代に入った800年頃で平仮名は850年頃とされている。
文字を使いだし漢字の意味がわかると、やがて「倭」が蔑称であったと日本人も気付く。
そして607年に聖徳太子が隋の皇帝に送った有名な国書の一節。
日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙(つつが)なきや
ひいづる ひぼっする
地理的に日本が東、中国が西の位置関係にあるのをもじって「太陽の昇る国の天子(日本の天皇)が太陽の沈む国の天子(隋の皇帝)に書状をお届けします、お変わりありませんか」と言うような意味。
これに対し隋の皇帝は「属国のくせに無礼だ。二度と受け取るな」と命じたという。彼が怒ったのは「日出づる、日没する」の表現ではなく「私も天子、あなたも天子つまり同格対等」と主張していたからと一般に解説されている。
この国書の記録は日本にはない。このエピソードが記録されているのは隋(581〜618年)の歴史書である隋書の倭国伝で、国書の全文は残っていないようだ。だからこの国書で「倭」の記述があったかどうかは不明。
ところでこの聖徳太子が同格対等を主張したとは、大国の隋に対して一歩も引かなかった=ニッポンすごいの国威高揚史観に基づく解釈だとの学説もある。
日出づる処の天子〜と書いたのは単に言葉遣いを知らなかっただけ、あるいは日出づる・日没すると天子も仏教的表現だともされている。(国書の前に「皇帝は仏教を広めていると伺って(私もそうなので)使者を送ります」と奏上している)そして隋の皇帝が怒ったのはその表現や内容ではなく、国書としてはカジュアルな文体だったかららしい。同格対等を主張する意図さえ伝わらなかったとの説もある。
国威高揚史観では聖徳太子が対等を主張できたのは、隋が朝鮮半島の高句麗と緊張状態にあり、それを見通しての外交センスとするが、それは何となく後付けの理屈っぽい。また隋はこの国書に対する返答として使者を日本に送り込み、その使者に対して聖徳太子は「大国の隋と較べれば、なにせ私は田舎者で礼儀も知らず、その節は失礼しました」と述べている。これもヤッテモウタと震え上がって謝罪したのか、ウソぶいて使者をあしらったのか解釈が分かれるところ。
結局のところ、この国書の意図は聖徳太子本人に確かめてみないとわからない。ただし尋ねたところで彼は政治家だから本当のことを喋るとも限らない(^^ゞ 聖徳太子を現代あるいは現職の政治家に置き換えてもそれは同じで、歴史とは事実が半分、推理と妄想が半分でできているのだといつも思う。
あっ、日本の読みに関係のない聖徳太子の国書に話がずれてしまった(^^ゞ
聖徳太子の国書から約100年後、飛鳥時代の末期702年に日本は国名を倭ではなく日本にすると随の後に成立した唐に対して宣言する。唐の歴史書には「倭国自らその名の雅ならざるを悪(にく)み、改めて日本となす」などの記述が見られ、やはり倭の名前を嫌っていたとわかる。松下電器→パナソニックのようなイメージ戦略ではない。
他にも日本と名乗った時期については諸説あるものの、深入りしても本題とはあまり関係ないし、だいたいその頃=ナント大きな平城京710年の奈良時代に入る少し前だとしておく。それもややこしいので日本になったのは奈良時代からとしてもいいだろう。
奈良時代からだと考えると国号としての日本の歴史は意外と浅いと感じるね。日本に対する最初の文献となる漢書は「海の向こうに倭人が住んでいる」程度の内容で時期を示す記述はない。でも漢書が対象としている前漢王朝は紀元前206年〜8年なので、中間を取って紀元前100年とすると、
倭の時代 紀元前100年〜710年=810年
日本の時代 710年〜2025年=1315年
倭だった期間を1とすると日本は1.6。比率にするとさらに短く感じる。記録として残った最初が漢書であるだけで、もっと以前から倭と呼ばれていたはずで、倭と日本の歴史はあまり差がないのかも知れない。
まあとにかく日本となった我が国。
問題は当初それを何と読んでいた発音していたかである。
学説にはこんなのがある。
1)ヤマト
2)ニェットプァン
そして、このどちらも素直にうなずけない。
ーーー続く
2025年11月04日
コーヒー豆粉を腐葉土にする試み
日本の「読み」の話は1回お休み。
ガラスの器に入っているのはコーヒーを淹れた後の豆の粉。
コーヒー豆の粉は多孔質で消臭効果があるらしい。
自宅では冷蔵庫の中とトイレにこれが置いてある。
その効果はーーー特に感じられない(^^ゞ
というかどちらも何か匂っていたわけでもない。
でも何となく習慣でたまには粉を入れ替えて数年前から置き続けている。
たいして効果はないのでお勧めはしないが、もし試してみるのならひとつだけ注意事項がある。それはコーヒー豆粉が湿っているとカビが生えてくること。豆粉全体を覆うような白いカビ。単に乾かしただけではダメなので、フライパンで煎るように熱処理している。
最初にコーヒー豆粉にカビが生えてきたとき、さして驚かなかった。なぜなら以前に日々捨てているコーヒー豆粉を、ベランダガーデニングで使う腐葉土にできないかと考え、ためしにプランターの一部に少し混ぜてみたら、そこにキノコが生えてきたから。
それはエノキダケを短くしたような白くてヒョロッとしたキノコだった。エノキダケのように密集しているのではなく1本ずつ数本が生えてきた。それだけだとキノコの胞子が風に漂ってプランターのその場所に落ちた可能性もある。しかしその後、別のプランターに培養土とコーヒー豆粉をミックスして、しばらくベランダに放置していたら同じように白いキノコが生えてきたので、原因はやはりコーヒー豆粉だったと思っている。(理屈では熱湯を通したコーヒー豆粉にキノコ胞子が付着していた可能性はなく、キノコ胞子は常に空気中に漂っており、それとコーヒー豆粉との相性がよく発芽したと考えられるが正確なところはわからない)
キノコの胞子とカビの菌とは別物だとしても、
それ以来コーヒー豆粉の再利用は何となく扱い注意な認識があった。
プランターからキノコが生えてきたのは30年以上も昔の話。それからコーヒー豆粉はガーデニングには使えないと思っていたものの、しばらく前に
コーヒー豆粉は腐葉土の材料として使える
ただし腐葉土としてしっかり発酵させないと植物の育成には逆効果
と知る。
土の中にコーヒー豆粉を混ぜると微生物の働きで発酵するのであるが、その時に周りの土から窒素を奪い取るらしい。窒素はリンやカリウムと並ぶ「肥料の三要素」。だからいずれ腐葉土になるだろうと発酵していないコーヒー豆粉を「生のまま」使うのは逆効果。
実は発注を間違えて、ベランダには当面は使い切れないほどの腐葉土がある(^^ゞ でもコーヒー豆粉が本当に腐葉土になるのか、その途中でキノコが生えてこないかの実験をしたくなった。
ヨーグルトの容器に入れたコーヒー豆粉。
左はフライパンで煎ってあり右は乾燥させただけ。
右も充分に乾いているものの、指でつまむとかすかに湿り気を感じる。
腐葉土を加える。
フライパンで煎った豆粉はもちろん、乾燥させただけの豆粉も、元は焙煎したコーヒー豆だし、さらに抽出時に熱湯をくぐらせているから付着している微生物はほぼゼロ。それで腐葉土に住み着いている微生物の力を借りる作戦。
均等になるようにかき混ぜる。
これで春まで放置の予定。
ただし腐葉土なんて作った経験は今までにない。そして落ち葉などは形が崩れ、色が茶色く土色になって腐葉土になったとわかるけれど、これは粉だし最初から茶色だし、何を材料に腐葉土化したと判断するのかわからないと作業を終えて気付く(/o\)
また先ほど、ネットで少し調べてみたら以下のことがわかった。
作業する前に調べるべきだったのだがーーー
1)コーヒー豆粉が3、腐葉土が7位の割合にせよ
→現在は2対1位の割合。腐葉土を足しましょう。
2)発酵するには水分が必要
→せっかく煎ったり乾燥させたりしたのに。
微生物の活動に水分が必要なのは理解できてもキノコが生えてこないか心配。
どの程度の湿り気にするか思案中。
3)毎日かき混ぜて酸素を行き渡らせよ
→容器いっぱいに入れたのでかき混ぜるのにとても時間が掛かる。
それを毎日するのはとても無理。かといって適当な容器もない。
ビニール袋に移し替えて実験を続ける予定。
本音を言うと、腐葉土すなわち肥料として利用するつもりはあまりなく、培養土を作るときに水はけをよくする砂の代わりとして使えたらなと思っている。
さてどうなることやら。
ガラスの器に入っているのはコーヒーを淹れた後の豆の粉。
コーヒー豆の粉は多孔質で消臭効果があるらしい。
自宅では冷蔵庫の中とトイレにこれが置いてある。
その効果はーーー特に感じられない(^^ゞ
というかどちらも何か匂っていたわけでもない。
でも何となく習慣でたまには粉を入れ替えて数年前から置き続けている。
たいして効果はないのでお勧めはしないが、もし試してみるのならひとつだけ注意事項がある。それはコーヒー豆粉が湿っているとカビが生えてくること。豆粉全体を覆うような白いカビ。単に乾かしただけではダメなので、フライパンで煎るように熱処理している。
最初にコーヒー豆粉にカビが生えてきたとき、さして驚かなかった。なぜなら以前に日々捨てているコーヒー豆粉を、ベランダガーデニングで使う腐葉土にできないかと考え、ためしにプランターの一部に少し混ぜてみたら、そこにキノコが生えてきたから。
それはエノキダケを短くしたような白くてヒョロッとしたキノコだった。エノキダケのように密集しているのではなく1本ずつ数本が生えてきた。それだけだとキノコの胞子が風に漂ってプランターのその場所に落ちた可能性もある。しかしその後、別のプランターに培養土とコーヒー豆粉をミックスして、しばらくベランダに放置していたら同じように白いキノコが生えてきたので、原因はやはりコーヒー豆粉だったと思っている。(理屈では熱湯を通したコーヒー豆粉にキノコ胞子が付着していた可能性はなく、キノコ胞子は常に空気中に漂っており、それとコーヒー豆粉との相性がよく発芽したと考えられるが正確なところはわからない)
キノコの胞子とカビの菌とは別物だとしても、
それ以来コーヒー豆粉の再利用は何となく扱い注意な認識があった。
プランターからキノコが生えてきたのは30年以上も昔の話。それからコーヒー豆粉はガーデニングには使えないと思っていたものの、しばらく前に
コーヒー豆粉は腐葉土の材料として使える
ただし腐葉土としてしっかり発酵させないと植物の育成には逆効果
と知る。
土の中にコーヒー豆粉を混ぜると微生物の働きで発酵するのであるが、その時に周りの土から窒素を奪い取るらしい。窒素はリンやカリウムと並ぶ「肥料の三要素」。だからいずれ腐葉土になるだろうと発酵していないコーヒー豆粉を「生のまま」使うのは逆効果。
実は発注を間違えて、ベランダには当面は使い切れないほどの腐葉土がある(^^ゞ でもコーヒー豆粉が本当に腐葉土になるのか、その途中でキノコが生えてこないかの実験をしたくなった。
ヨーグルトの容器に入れたコーヒー豆粉。
左はフライパンで煎ってあり右は乾燥させただけ。
右も充分に乾いているものの、指でつまむとかすかに湿り気を感じる。
腐葉土を加える。
フライパンで煎った豆粉はもちろん、乾燥させただけの豆粉も、元は焙煎したコーヒー豆だし、さらに抽出時に熱湯をくぐらせているから付着している微生物はほぼゼロ。それで腐葉土に住み着いている微生物の力を借りる作戦。
均等になるようにかき混ぜる。
これで春まで放置の予定。
ただし腐葉土なんて作った経験は今までにない。そして落ち葉などは形が崩れ、色が茶色く土色になって腐葉土になったとわかるけれど、これは粉だし最初から茶色だし、何を材料に腐葉土化したと判断するのかわからないと作業を終えて気付く(/o\)
また先ほど、ネットで少し調べてみたら以下のことがわかった。
作業する前に調べるべきだったのだがーーー
1)コーヒー豆粉が3、腐葉土が7位の割合にせよ
→現在は2対1位の割合。腐葉土を足しましょう。
2)発酵するには水分が必要
→せっかく煎ったり乾燥させたりしたのに。
微生物の活動に水分が必要なのは理解できてもキノコが生えてこないか心配。
どの程度の湿り気にするか思案中。
3)毎日かき混ぜて酸素を行き渡らせよ
→容器いっぱいに入れたのでかき混ぜるのにとても時間が掛かる。
それを毎日するのはとても無理。かといって適当な容器もない。
ビニール袋に移し替えて実験を続ける予定。
本音を言うと、腐葉土すなわち肥料として利用するつもりはあまりなく、培養土を作るときに水はけをよくする砂の代わりとして使えたらなと思っている。
さてどうなることやら。














































































