2026年02月
2026年02月28日
小石川後楽園で観梅 その2
さて6年ぶりの小石川後楽園。西門を入ってすぐ、東京ドームがまるで雪山のように思える印象はそのときと変わらず。
2020年はしだれ桜を見に来た。
これは小石川後楽園のしだれ桜のアイコンである馬場桜。
6年前の咲いている姿は→こちら
上の馬場桜はけっこうスカスカで樹勢が衰えている。
別のしだれ桜と較べれば一目瞭然。
6年前の咲いている姿は→こちら
あまり大きな声では言えないが?しだれ桜を見るなら同じ都立庭園でも六義園が断然お勧め。その姿形、大きさ共に小石川後楽園を圧倒している。ただし六義園のは色が薄いのが難点。六義園のしだれ桜は→こちら
雪吊り、藁ボッチと庭園の冬演出はもう見納め。
池の風景を撮ろうとしたら東京ドームがジャマ(/o\)
ではカメラを下に向けましょう。
しかし水面に白い屋根が映り込むので、
それならいっそ東京ドームをメインに(^^ゞ
池の横に回り込む。
この池に名前はなく単に大泉水と呼ばれる。泉水とは庭園用語で池または池のある庭を指す。別に池の底から水が湧き出しているわけじゃない。
少し高台になり、
見通しも悪くなる。これは回遊式(歩いて見て回る)庭園の風景をドラマチックに切り替えるための演出。
その通路を下って現れたのが2つ目の池。
そこにあるのが唐門(からもん)。
逆光に透ける葉を楽しみながら池と唐門。
この2つ目の池があるエリアは内庭と呼ばれる。この先にはかつて水戸徳川家の藩邸があり、今の言い方なら藩邸の裏庭にあたる。そして江戸時代には最初の大きな池のあるエリアが後楽園。唐門は裏庭と後楽園を仕切る門。
江戸時代に藩邸を訪れた客は内庭を通り、唐門をくぐって後楽園に入る。つまり私が歩いてきたのとは逆の道順。それで先ほどの見通しの悪いところを通った後に、大泉水が現れてワォー!となる仕掛け。
この唐門は空襲で焼け落ち2020年11月に復元された。それにしてもずいぶんと長く放置されたものだ。前回にしだれ桜を見に来たのは2020年3月なので、工事風景を見たような気もするが明確な記憶はなし。写真も撮っていなかった。
なぜ唐門の名前かはっきりとしないが、後楽園の造成当時(江戸時代初期)の水戸藩は明の儒学者であり日本に亡命中の朱舜水(しゅ・しゅんすい)を顧問にしており、その関係ではと推測している。後楽園と命名したのも朱舜水。
内庭を離れて梅林に向かう。
途中にある藤棚。
小石川後楽園の藤棚は低い。中に人が立てるか立てないかくらいの高さ。でも数はそこそこある。今回はウメを見るついでに、春にフジを見に来るべきか=藤棚に近づいてクンクンできるかを確認するつもりだった。なのに遠くから写真を撮っただけでそれをコロッと忘れてしまう(/o\)
これは田んぼ。稻田あるいは田端の名称がついている。
二代藩主の水戸光圀が息子の嫁が公家出身なので、農民の苦労を教えるために作ったとされる。光圀をたたえている言い伝えだが、こんなわずかな面積で「苦労」をわかった気になってもらっては困るな。
庭園の案内マップにはこの田んぼの前も梅林と書かれている。
しかし数本のウメがあるだけで梅林とは誇大表記。
その先にあるのがこれ。
不老水とは飲んだら不老不死になる水かと思えば、涸れない井戸の名前だった。
しかも上に柵があって井戸に水があるかわからない。それと例え涸れなくても藩邸の広さを考えれば、このサイズの井戸だけでは足らないね。
梅林が見えてきた!
梅林の隣にある藤棚は極端に背が低い。
満開のウメが光をたっぷりと浴びて美しい。
ということは梅林の中に入れば逆光。
しばらくここから眺めるとした。
ここまで歩いてきたルート。
ーーー続く
2020年はしだれ桜を見に来た。
これは小石川後楽園のしだれ桜のアイコンである馬場桜。
6年前の咲いている姿は→こちら
上の馬場桜はけっこうスカスカで樹勢が衰えている。
別のしだれ桜と較べれば一目瞭然。
6年前の咲いている姿は→こちら
あまり大きな声では言えないが?しだれ桜を見るなら同じ都立庭園でも六義園が断然お勧め。その姿形、大きさ共に小石川後楽園を圧倒している。ただし六義園のは色が薄いのが難点。六義園のしだれ桜は→こちら
雪吊り、藁ボッチと庭園の冬演出はもう見納め。
池の風景を撮ろうとしたら東京ドームがジャマ(/o\)
ではカメラを下に向けましょう。
しかし水面に白い屋根が映り込むので、
それならいっそ東京ドームをメインに(^^ゞ
池の横に回り込む。
この池に名前はなく単に大泉水と呼ばれる。泉水とは庭園用語で池または池のある庭を指す。別に池の底から水が湧き出しているわけじゃない。
少し高台になり、
見通しも悪くなる。これは回遊式(歩いて見て回る)庭園の風景をドラマチックに切り替えるための演出。
その通路を下って現れたのが2つ目の池。
そこにあるのが唐門(からもん)。
逆光に透ける葉を楽しみながら池と唐門。
この2つ目の池があるエリアは内庭と呼ばれる。この先にはかつて水戸徳川家の藩邸があり、今の言い方なら藩邸の裏庭にあたる。そして江戸時代には最初の大きな池のあるエリアが後楽園。唐門は裏庭と後楽園を仕切る門。
江戸時代に藩邸を訪れた客は内庭を通り、唐門をくぐって後楽園に入る。つまり私が歩いてきたのとは逆の道順。それで先ほどの見通しの悪いところを通った後に、大泉水が現れてワォー!となる仕掛け。
この唐門は空襲で焼け落ち2020年11月に復元された。それにしてもずいぶんと長く放置されたものだ。前回にしだれ桜を見に来たのは2020年3月なので、工事風景を見たような気もするが明確な記憶はなし。写真も撮っていなかった。
なぜ唐門の名前かはっきりとしないが、後楽園の造成当時(江戸時代初期)の水戸藩は明の儒学者であり日本に亡命中の朱舜水(しゅ・しゅんすい)を顧問にしており、その関係ではと推測している。後楽園と命名したのも朱舜水。
内庭を離れて梅林に向かう。
途中にある藤棚。
小石川後楽園の藤棚は低い。中に人が立てるか立てないかくらいの高さ。でも数はそこそこある。今回はウメを見るついでに、春にフジを見に来るべきか=藤棚に近づいてクンクンできるかを確認するつもりだった。なのに遠くから写真を撮っただけでそれをコロッと忘れてしまう(/o\)
これは田んぼ。稻田あるいは田端の名称がついている。
二代藩主の水戸光圀が息子の嫁が公家出身なので、農民の苦労を教えるために作ったとされる。光圀をたたえている言い伝えだが、こんなわずかな面積で「苦労」をわかった気になってもらっては困るな。
庭園の案内マップにはこの田んぼの前も梅林と書かれている。
しかし数本のウメがあるだけで梅林とは誇大表記。
その先にあるのがこれ。
不老水とは飲んだら不老不死になる水かと思えば、涸れない井戸の名前だった。
しかも上に柵があって井戸に水があるかわからない。それと例え涸れなくても藩邸の広さを考えれば、このサイズの井戸だけでは足らないね。
梅林が見えてきた!
梅林の隣にある藤棚は極端に背が低い。
満開のウメが光をたっぷりと浴びて美しい。
ということは梅林の中に入れば逆光。
しばらくここから眺めるとした。
ここまで歩いてきたルート。
ーーー続く
2026年02月27日
小石川後楽園で観梅
そろそろウメのシーズンも残りわずか。何となく庭園らしい風景でウメを眺めたくなって2月21日に訪れたのが小石川後楽園。ここへは2020年にしだれ桜を見に来た。
場所は東京ドームの隣。
ところで東京ドームは後楽園球場を建て替えたものと思っている人が多い。実はそれだと半分しか正解にならない。
大まかに歴史を紹介するとこの一帯は
江戸時代には水戸徳川家の上屋敷。
敷地の半分に藩邸などが並び、残り半分が後楽園と名付けられた庭園だった。
↓
明治になって藩邸部分にに東京砲兵工廠(こうしょう)という軍需工場が建てられる。
↓
1923年(大正12年)の関東大震災で被災して工廠は九州へ移転し、
1935年(昭和10年)に閉鎖。
その跡地に
1937年(昭和12年)に後楽園球場
1949年(昭和24年)に後楽園競輪場
が造られた。
これが1974年(昭和59年)の航空写真。
ただし1967年(昭和42年)〜1979年(昭和54年)に都知事を務めた美濃部亮吉の公営ギャンブル廃止の方針を受けて競輪が開催されていたのは1972年(昭和47年)まで。その後の競輪場はプールやゴルフ練習場に改装される。
後楽園ジャンボプールの名前に聞き覚えない?画像はhttps://wasser-urlaub.net/wellenbad-in-japan/から引用
そして
1986年(昭和61年)に競輪場が解体され、
その跡地に東京ドームを建設。開業は1988年(昭和63年)。
後楽園球場はプロ野球の1987年シーズンまで使用され、同年の11月に解体開始。現在はプリズムホールや東京ドームホテルなどになっている。
今となっては貴重な東京ドームと後楽園球場のツーショット。
だから正確に言うなら東京ドームは後楽園球場ではなくて、後楽園競輪場を建て替えた施設となる。まあもう38年も前の出来事なので認識が大雑把になるのも仕方がないけれど。そういえば開業当時は東京ドームをビッグエッグの愛称で呼んでいたのに、それもすっかり死語になった。また世間でそういう評価はないものの、この真っ白な風船建造物はバブル経済のイケイケムードの象徴だったようにも思える。
なお庭園の後楽園は東京砲兵工廠時代も維持され、昭和11年(1936年)に東京市に移管。昭和13年(1938年)に小石川後楽園として開園された。
さて東京ドームは誰でも知っているものの、その場所は東京に住んでいる人でも意外とあやふや。地図で示したように皇居のほぼ真北の位置。皇居の北側、武道館の辺りからだと1キロちょっとの距離。
小石川後楽園の最寄り駅は地下鉄大江戸線の飯田橋駅。この日は先に立ち寄った場所の関係で地下鉄南北線の後楽園駅で下車。
南北線の開業は1991年(平成3年)で、ここまで延びてきたのは1996年(平成8年)。つまり東京ドームができた後。でも地下鉄丸ノ内線の後楽園駅は1954年(昭和29年)からあるので「後楽園」の駅名。
地上に出ると目の前に東京ドーム。
隣の遊園地は東京ドームシティ。
ドームの周りはかなり混雑。
RIIZE(ライズ)という韓国のボーイズアイドルのライブがあるみたい。
ドーム横の通路で道路に降りて、
小石川後楽園の塀沿いに進む。
中央大学の理系が入っている後楽園キャンパス。
道路をこの公園のところで左折して、
そろそろ入り口かと思ったら、
違う道路に出ただけだった。
駅を出て8分ほど歩いて到着。
ここは西門。
後で地図を見たら東京ドームを突っ切って東門に向かった方が近かった。
「見ごろ」の文字で気を取り直し。
門をくぐって、
入場券売り場。
もっと混雑しているかと思って事前にオンラインのチケットを購入しておいた。スマホでバーコードを見せるタイプ。
上の写真で券売機の横に「入園券を買ったら左側から入れ」と書いてある。それで左側に進んで、そこでチケットをチェックされると思いきや係員は誰もいない。オンラインだろうがここでチケットを買おうが素通り状態。つまりタダで入園可能。別にチケットを買って損したとは思っていないが、なんともユルい運営体制。
ーーー続く
まだウメのウの字も書いてなくてゴメンm(_ _)m
場所は東京ドームの隣。
ところで東京ドームは後楽園球場を建て替えたものと思っている人が多い。実はそれだと半分しか正解にならない。
大まかに歴史を紹介するとこの一帯は
江戸時代には水戸徳川家の上屋敷。
敷地の半分に藩邸などが並び、残り半分が後楽園と名付けられた庭園だった。
↓
明治になって藩邸部分にに東京砲兵工廠(こうしょう)という軍需工場が建てられる。
↓
1923年(大正12年)の関東大震災で被災して工廠は九州へ移転し、
1935年(昭和10年)に閉鎖。
その跡地に
1937年(昭和12年)に後楽園球場
1949年(昭和24年)に後楽園競輪場
が造られた。
これが1974年(昭和59年)の航空写真。
ただし1967年(昭和42年)〜1979年(昭和54年)に都知事を務めた美濃部亮吉の公営ギャンブル廃止の方針を受けて競輪が開催されていたのは1972年(昭和47年)まで。その後の競輪場はプールやゴルフ練習場に改装される。
後楽園ジャンボプールの名前に聞き覚えない?画像はhttps://wasser-urlaub.net/wellenbad-in-japan/から引用
そして
1986年(昭和61年)に競輪場が解体され、
その跡地に東京ドームを建設。開業は1988年(昭和63年)。
後楽園球場はプロ野球の1987年シーズンまで使用され、同年の11月に解体開始。現在はプリズムホールや東京ドームホテルなどになっている。
今となっては貴重な東京ドームと後楽園球場のツーショット。
だから正確に言うなら東京ドームは後楽園球場ではなくて、後楽園競輪場を建て替えた施設となる。まあもう38年も前の出来事なので認識が大雑把になるのも仕方がないけれど。そういえば開業当時は東京ドームをビッグエッグの愛称で呼んでいたのに、それもすっかり死語になった。また世間でそういう評価はないものの、この真っ白な風船建造物はバブル経済のイケイケムードの象徴だったようにも思える。
なお庭園の後楽園は東京砲兵工廠時代も維持され、昭和11年(1936年)に東京市に移管。昭和13年(1938年)に小石川後楽園として開園された。
さて東京ドームは誰でも知っているものの、その場所は東京に住んでいる人でも意外とあやふや。地図で示したように皇居のほぼ真北の位置。皇居の北側、武道館の辺りからだと1キロちょっとの距離。
小石川後楽園の最寄り駅は地下鉄大江戸線の飯田橋駅。この日は先に立ち寄った場所の関係で地下鉄南北線の後楽園駅で下車。
南北線の開業は1991年(平成3年)で、ここまで延びてきたのは1996年(平成8年)。つまり東京ドームができた後。でも地下鉄丸ノ内線の後楽園駅は1954年(昭和29年)からあるので「後楽園」の駅名。
地上に出ると目の前に東京ドーム。
隣の遊園地は東京ドームシティ。
ドームの周りはかなり混雑。
RIIZE(ライズ)という韓国のボーイズアイドルのライブがあるみたい。
ドーム横の通路で道路に降りて、
小石川後楽園の塀沿いに進む。
中央大学の理系が入っている後楽園キャンパス。
道路をこの公園のところで左折して、
そろそろ入り口かと思ったら、
違う道路に出ただけだった。
駅を出て8分ほど歩いて到着。
ここは西門。
後で地図を見たら東京ドームを突っ切って東門に向かった方が近かった。
「見ごろ」の文字で気を取り直し。
門をくぐって、
入場券売り場。
もっと混雑しているかと思って事前にオンラインのチケットを購入しておいた。スマホでバーコードを見せるタイプ。
上の写真で券売機の横に「入園券を買ったら左側から入れ」と書いてある。それで左側に進んで、そこでチケットをチェックされると思いきや係員は誰もいない。オンラインだろうがここでチケットを買おうが素通り状態。つまりタダで入園可能。別にチケットを買って損したとは思っていないが、なんともユルい運営体制。
ーーー続く
まだウメのウの字も書いてなくてゴメンm(_ _)m
2026年02月24日
雪から15日で満開になった林試の森の河津桜
2月8日は東京で2年ぶりの積雪となり林試の森公園も雪景色。
もっとも上の写真は人が立ち入らずに雪が残っていたエリアで、
それ以外で地面の雪はほとんど午後には溶けてなくなっていた。
河津桜の開花状況を偵察すると1分咲き程度。
平均気温の推移は雪の降った2月8日がマイナス0.7度。最低気温はマイナス2.5度だった。15〜16日の平均気温は10度を超え、いったん下がったものの2月21日から急上昇。一昨日と昨日には最高気温が15.7度、17.6度と続いた。
そして本日23日は20度越えのポカポカ陽気。
ひょっとしたらもう満開になっているかもと訪れてみると、
雪から15日で満開!
上の写真は左が北、右が南である。
その撮影位置から回れ右をした西側の3カ所に河津桜が植えられている。
メインの北側。北側とは日当たりが悪そうに聞こえるが、南に面しているので最も日当たり良好。ここには3本ずつ2列の6本が植えられている。南側と西側は3本ずつで合計12本が林試の森の河津桜。
もうちょっと近づきましょう。
この日は祝日だったけれど、
公園に着いたのは午後5時前でもう花見客は少なかった。
今年もこのピンクの季節がやって来て祝着至極。
自宅そばのこの公園に河津桜があると知ったのは2019年で、翌2020年は失念してしまったが、それ以降は毎年見に来ている。過去のブログをたどってみると、
2021年2月14日:3分咲き
2021年2月22日:満開
2022年2月24日:1/50咲き
2022年3月3日:北側満開、南側7分先、西側5分咲き
2023年3月4日:満開
2024年2月23日:満開 前日は5分咲き。
2025年2月24日:3分咲き
2025年3月2日:満開
2026年2月23日:満開
河津桜は開花期間が長いので私が見た満開は満開となった日ではない。それでも満開の見頃が2月の最終週と3月の第1週に年に分かれているのがわかる。逆に考えるなら「今年は早い、遅い」といってもたった1週間の違いでしかないのだ。
毎年同じ場所で同じ花なのに撮ってしまうのが写真というもの。今回も気がつけば100枚ほど。考えてみればフィルムカメラの時代は2泊3日の旅行でもそんなに撮らなかった。ここへは何度も来ているのでデジカメは持ってこないが、iPhoneのカメラはマクロ(接写)モードにすると何となく精気のない写りになるのが難点。
だったら離れましょう(^^ゞ
これは西側の木。
ここだけ少し葉桜になっていた。
葉桜になると残念がる人が多いが私は嫌いじゃない。
寄って引いて、寄って引いて。
最後に思い切り引いて全体像。
最初の写真とは逆方向で左が南で右が北、正面が西。
この広場の面積は0.4ヘクタールほど。
ところで2月8日にこの公園に雪景色&雪だるまを見に来た後、おお寒ッと思ってスマホアプリで気温を見たら0.3度だった。本日は暑いなあと思ったら5時10分の時点で19.3度。まだ2月なのに服装はTシャツとパーカーだけ。
予報によれば向こう2週間で最高気温が20度を超える日はないものの10度を下回る日もない。ウメが咲くと「春遠からじ」で河津桜が咲くと「春が半分来た」だね。
もっとも上の写真は人が立ち入らずに雪が残っていたエリアで、
それ以外で地面の雪はほとんど午後には溶けてなくなっていた。
河津桜の開花状況を偵察すると1分咲き程度。
平均気温の推移は雪の降った2月8日がマイナス0.7度。最低気温はマイナス2.5度だった。15〜16日の平均気温は10度を超え、いったん下がったものの2月21日から急上昇。一昨日と昨日には最高気温が15.7度、17.6度と続いた。
そして本日23日は20度越えのポカポカ陽気。
ひょっとしたらもう満開になっているかもと訪れてみると、
雪から15日で満開!
上の写真は左が北、右が南である。
その撮影位置から回れ右をした西側の3カ所に河津桜が植えられている。
メインの北側。北側とは日当たりが悪そうに聞こえるが、南に面しているので最も日当たり良好。ここには3本ずつ2列の6本が植えられている。南側と西側は3本ずつで合計12本が林試の森の河津桜。
もうちょっと近づきましょう。
この日は祝日だったけれど、
公園に着いたのは午後5時前でもう花見客は少なかった。
今年もこのピンクの季節がやって来て祝着至極。
自宅そばのこの公園に河津桜があると知ったのは2019年で、翌2020年は失念してしまったが、それ以降は毎年見に来ている。過去のブログをたどってみると、
2021年2月14日:3分咲き
2021年2月22日:満開
2022年2月24日:1/50咲き
2022年3月3日:北側満開、南側7分先、西側5分咲き
2023年3月4日:満開
2024年2月23日:満開 前日は5分咲き。
2025年2月24日:3分咲き
2025年3月2日:満開
2026年2月23日:満開
河津桜は開花期間が長いので私が見た満開は満開となった日ではない。それでも満開の見頃が2月の最終週と3月の第1週に年に分かれているのがわかる。逆に考えるなら「今年は早い、遅い」といってもたった1週間の違いでしかないのだ。
毎年同じ場所で同じ花なのに撮ってしまうのが写真というもの。今回も気がつけば100枚ほど。考えてみればフィルムカメラの時代は2泊3日の旅行でもそんなに撮らなかった。ここへは何度も来ているのでデジカメは持ってこないが、iPhoneのカメラはマクロ(接写)モードにすると何となく精気のない写りになるのが難点。
だったら離れましょう(^^ゞ
これは西側の木。
ここだけ少し葉桜になっていた。
葉桜になると残念がる人が多いが私は嫌いじゃない。
寄って引いて、寄って引いて。
最後に思い切り引いて全体像。
最初の写真とは逆方向で左が南で右が北、正面が西。
この広場の面積は0.4ヘクタールほど。
ところで2月8日にこの公園に雪景色&雪だるまを見に来た後、おお寒ッと思ってスマホアプリで気温を見たら0.3度だった。本日は暑いなあと思ったら5時10分の時点で19.3度。まだ2月なのに服装はTシャツとパーカーだけ。
予報によれば向こう2週間で最高気温が20度を超える日はないものの10度を下回る日もない。ウメが咲くと「春遠からじ」で河津桜が咲くと「春が半分来た」だね。
2026年02月21日
塩谷亮 刻を描くリアリズム その4
展示室は3〜5階で、
5階に作品はほとんどなくこんなセットが設けられていた。
これはよくあるアトリエ風景の再現ではなくライブペインティングと銘打って、上の写真の椅子に座らせた女性をここで描いていたようだ。つまり塩谷亮による写実絵画の製作実演。なんともサービス精神にあふれた画家。
実演を見られなかった来場者のために、それを録画したビデオまで用意されている。
今回は時間がなくビデオはあまり見なかった。どうしたらあんなに本物ソックリに描けるのか、そのテクニックを見たいような、手品の種明かしと同じで知ってしまえばなーんだと興味をなくしそうで見たくないようなーーー
こんな解説パネルもあった。
こういうデッサンはまあ当然として、
ここまでするのかと驚く。
3階・4階とはまったく違う画風のこれは、2009年に彼がヴェロッキオの「キリストの洗礼」を模写した作品。オリジナルは1475年頃に描かれている。
左側に小さく写っているのが作品全体で模写したのはその一部。(模写右側の天使の鼻のあたりがめくれているように見えるのは照明の反射)
ルネサンス期の画家であるヴェロッキオはレオナルド・ダ・ヴィンチやボッティチェリの師匠でもあった。ルネサンス期の絵画制作は師匠と弟子による工房制作方式で、この作品ではキリストと洗礼者ヨハネをヴェロッキオが描き、天使部分をダ・ヴィンチが受け持ったとされる。だからこれはヴェロッキオではなくダ・ヴィンチの模写と表現するのが正確。
なおダ・ヴィンチによる天使があまりに素晴らしかったために、これ以降ヴェロッキオは絵を描かなくなったとの逸話があるが、それは後世に盛られたストーリーみたい。
おそらくこの模写も写実絵画として「本物以上に本物っぽく」描かれているのだろうけれど、展示されていた作品の全体写真が小さくてよくわからなかったのが残念。じっくり見較べてして間違い探しをしたかった(^^ゞ
こちらにある中央の絵は何かの模写でテンペラで描かれている。
その周りに画材や道具が並べてある。
テンペラ画とわかったのは卵の殻があったから。
絵の具の色の元になっているのは、顔料と呼ばれる鉱物やその他の原料を砕いた色付きの粉末。サラサラの粉末では塗れないので、そこに接着剤の役割を果たす粘度のある材料を加える。それをメディウムや展色材などと呼ぶ。
メディウムとして乾性油(空気に触れると固まる植物油)を加えて顔料を練ったのが油絵の具。広く使われ出したのは1400年代中頃以降でルネサンス期の中期。それ以前は卵、膠(にかわ)、蜜蝋などがメディウムとして用いられており、ラテン語で混ぜ合わせるを意味するテンペラで総称される。
ヨーロッパでポピュラーだったのが卵テンペラ。日本画は岩絵の具=顔料を膠(にかわ)で溶いて塗るので膠テンペラではあるものの、あまりそういう表現はしない。また油絵の具で描けば油絵で、テンペラ絵の具だとテンペラ画になるのも美術用語の不思議なところ。
テンペラ画の前は漆喰(しっくい)が生乾きのうちに水で溶いた顔料で描くフレスコ画。漆喰がメディウムの役割を果たす。フレスコはイタリア語でフレッシュ。漆喰が塗り立ての生乾きのうちに描くのがネーミングの由来。でもフレスコ画は古い時代の技法なので、もし翻訳がフレッシュ画だったらヘンな感じになる。なお英語でもfrescoあるいはfresco paintingとイタリア語をそのまま使う。またイタリア語ではフレースコに近い短く伸ばす発音。
フレスコ画の前は色のある鉱物などを粉末の顔料ではなく、細かな破片にした状態で生乾きの漆喰に埋め込んだモザイク画。フレスコ画もモザイク画も建材に描く壁画であり、建物と絵が分離したのはテンペラ画からになる。
ここまででひとつ抜けているのが水彩絵の具。これはアカシアの樹液を固めた樹脂であるアラビアガム(ゴムともいう)を水で溶いたメディウムを使っている。アラビア糊(のり)も以前はアラビアガムを原料にしていてその名前がついた。
これが発明されたのは油絵の具よりはるかに古く、紀元前450年頃のギリシャで既に顔料とアラビアゴムの組み合わせが使われている(古代ギリシャ時代は紀元前3000年〜紀元前146年)。ただし絵画というより植物や動物の姿を記録する「図解」用途が多かったようで、絵画に使われるのは油絵の具と同じくルネサンスの頃。
ちなみに原始人が洞窟に描いた壁画は赤土や木炭を顔料とし、メディウムは獣脂・血・樹液など。そして洞窟土壌より炭酸カルシウムが浸みだして天然のフレスコ画となった。またピラミッドの内部や高松塚古墳の壁画も漆喰に描かれたフレスコ画の一種。
ついでに水墨画や書道は墨を水でするだけでも、墨は植物油や木を燃やした煤(すす)を膠(にかわ)で固めて作るので、墨にメディウムが含まれている仕組み。
絵の具に話が脱線してしまったが、ここに置かれていたテンペラ画も有名な作品の模写なのだろうか。説明を読まなかったのでわからずじまい。
ところで画家が名作の模写をしても、それが展覧会に出ることはあまりない。やはり模写は基本的に練習や訓練で人に見せる作品ではないのが理由だと思う。ゴッホの浮世絵やドラクロアの模写なら見たものの、あれは模写というよりモチーフを借りてきたゴッホのオリジナル作品。
でも考えてみれば写実絵画とは対象を本物ソックリに写し取る技法あるいは流儀。それが他人の描いた絵か、画家が選んだ人物や風景かの違いだけで本質は変わらないのかも知れない。言い換えれば写実絵画にとってすべてが模写。
さらに考えると写実絵画は「まるで写真のような絵画」ともいわれる。じゃ写真を模写したらどうなるのだーーー頭が混乱するね(^^ゞ
何はともあれ久しぶりの写実絵画、おまけにルネサンス期の模写まで見られて満足度の高い展覧会だった。本当は写実絵画の聖地であるホキ美術館も行きたいと思いつつ、電車とバスで片道2時間以上掛かるのでいつも腰が上がらない。
さてブログの最初の回に受け付け(チケット購入)は2階だと書いた。また1階エントランスから2階へ上がるときにエレベーターがなかなか来ずにイライラしたことも。
それで3・4・5階の展示室へは外階段(非常階段)で移動した。
2階の受付でチケットを買って3階の展示室に入るとき、当然チケットを見せるのだと思っていたのにそれはなし。他の階でも同じく。
ということはーーー
帰り際に撮った1階エントランスの写真。
右側に外階段が写っている。
非常階段を兼ねているので出入り自由。
あまり大きな声では言えないけれど、
外階段を使えばチケットがなくても展示室に入れてしまう。
それより心配なのはセキュリティ。展示室内では監視役の学芸員も見かけなかった。防犯カメラはついているとしても、ガードマンの制服でも着て「ちょっとすみませんねえ」とか言いつつ、作品を外して外階段を使って逃走するのはそう難しくないように思える。
とりあえず古今東西の名品を集めた、
私のコレクション展を佐藤美術館で開くのはやめておこう(^^ゞ
美術館を出て青山に向かう。
しばらく歩いていると見えてくるのは国立競技場。
現在は三菱UFJフィナンシャル・グループが命名権を取得してMUFGスタジアム。
ここまで佐藤美術館から6〜7分。
2019年に完成してもう7年も経つのにまだ中に入ったことがない(/o\)
2枚目の写真にある茶色い壁は神宮球場のスコアボード裏側。国立競技場と神宮球場に挟まれたこのエリアは新秩父宮ラグビー場を建設中で、以前は第二球場(野球場&ゴルフ練習場)があった。ここを何百回と通っているのにもう第二球場の姿を思い出せない。人間の記憶なんてそんな程度。
そういえば神宮外苑再開発・樹木伐採の反対運動の声を最近は聞かない。
もう押し切られたのかな?
2023年に少し調べたときのブログはこちら↓
https://wassho.livedoor.blog/archives/53467493.html
有名な神宮外苑前イチョウ並木の現在の姿。
葉を落とした姿なんてあまり見る機会はないでしょ。
おしまい
5階に作品はほとんどなくこんなセットが設けられていた。
これはよくあるアトリエ風景の再現ではなくライブペインティングと銘打って、上の写真の椅子に座らせた女性をここで描いていたようだ。つまり塩谷亮による写実絵画の製作実演。なんともサービス精神にあふれた画家。
実演を見られなかった来場者のために、それを録画したビデオまで用意されている。
今回は時間がなくビデオはあまり見なかった。どうしたらあんなに本物ソックリに描けるのか、そのテクニックを見たいような、手品の種明かしと同じで知ってしまえばなーんだと興味をなくしそうで見たくないようなーーー
こんな解説パネルもあった。
こういうデッサンはまあ当然として、
ここまでするのかと驚く。
3階・4階とはまったく違う画風のこれは、2009年に彼がヴェロッキオの「キリストの洗礼」を模写した作品。オリジナルは1475年頃に描かれている。
左側に小さく写っているのが作品全体で模写したのはその一部。(模写右側の天使の鼻のあたりがめくれているように見えるのは照明の反射)
ルネサンス期の画家であるヴェロッキオはレオナルド・ダ・ヴィンチやボッティチェリの師匠でもあった。ルネサンス期の絵画制作は師匠と弟子による工房制作方式で、この作品ではキリストと洗礼者ヨハネをヴェロッキオが描き、天使部分をダ・ヴィンチが受け持ったとされる。だからこれはヴェロッキオではなくダ・ヴィンチの模写と表現するのが正確。
なおダ・ヴィンチによる天使があまりに素晴らしかったために、これ以降ヴェロッキオは絵を描かなくなったとの逸話があるが、それは後世に盛られたストーリーみたい。
おそらくこの模写も写実絵画として「本物以上に本物っぽく」描かれているのだろうけれど、展示されていた作品の全体写真が小さくてよくわからなかったのが残念。じっくり見較べてして間違い探しをしたかった(^^ゞ
こちらにある中央の絵は何かの模写でテンペラで描かれている。
その周りに画材や道具が並べてある。
テンペラ画とわかったのは卵の殻があったから。
絵の具の色の元になっているのは、顔料と呼ばれる鉱物やその他の原料を砕いた色付きの粉末。サラサラの粉末では塗れないので、そこに接着剤の役割を果たす粘度のある材料を加える。それをメディウムや展色材などと呼ぶ。
メディウムとして乾性油(空気に触れると固まる植物油)を加えて顔料を練ったのが油絵の具。広く使われ出したのは1400年代中頃以降でルネサンス期の中期。それ以前は卵、膠(にかわ)、蜜蝋などがメディウムとして用いられており、ラテン語で混ぜ合わせるを意味するテンペラで総称される。
ヨーロッパでポピュラーだったのが卵テンペラ。日本画は岩絵の具=顔料を膠(にかわ)で溶いて塗るので膠テンペラではあるものの、あまりそういう表現はしない。また油絵の具で描けば油絵で、テンペラ絵の具だとテンペラ画になるのも美術用語の不思議なところ。
テンペラ画の前は漆喰(しっくい)が生乾きのうちに水で溶いた顔料で描くフレスコ画。漆喰がメディウムの役割を果たす。フレスコはイタリア語でフレッシュ。漆喰が塗り立ての生乾きのうちに描くのがネーミングの由来。でもフレスコ画は古い時代の技法なので、もし翻訳がフレッシュ画だったらヘンな感じになる。なお英語でもfrescoあるいはfresco paintingとイタリア語をそのまま使う。またイタリア語ではフレースコに近い短く伸ばす発音。
フレスコ画の前は色のある鉱物などを粉末の顔料ではなく、細かな破片にした状態で生乾きの漆喰に埋め込んだモザイク画。フレスコ画もモザイク画も建材に描く壁画であり、建物と絵が分離したのはテンペラ画からになる。
ここまででひとつ抜けているのが水彩絵の具。これはアカシアの樹液を固めた樹脂であるアラビアガム(ゴムともいう)を水で溶いたメディウムを使っている。アラビア糊(のり)も以前はアラビアガムを原料にしていてその名前がついた。
これが発明されたのは油絵の具よりはるかに古く、紀元前450年頃のギリシャで既に顔料とアラビアゴムの組み合わせが使われている(古代ギリシャ時代は紀元前3000年〜紀元前146年)。ただし絵画というより植物や動物の姿を記録する「図解」用途が多かったようで、絵画に使われるのは油絵の具と同じくルネサンスの頃。
ちなみに原始人が洞窟に描いた壁画は赤土や木炭を顔料とし、メディウムは獣脂・血・樹液など。そして洞窟土壌より炭酸カルシウムが浸みだして天然のフレスコ画となった。またピラミッドの内部や高松塚古墳の壁画も漆喰に描かれたフレスコ画の一種。
ついでに水墨画や書道は墨を水でするだけでも、墨は植物油や木を燃やした煤(すす)を膠(にかわ)で固めて作るので、墨にメディウムが含まれている仕組み。
絵の具に話が脱線してしまったが、ここに置かれていたテンペラ画も有名な作品の模写なのだろうか。説明を読まなかったのでわからずじまい。
ところで画家が名作の模写をしても、それが展覧会に出ることはあまりない。やはり模写は基本的に練習や訓練で人に見せる作品ではないのが理由だと思う。ゴッホの浮世絵やドラクロアの模写なら見たものの、あれは模写というよりモチーフを借りてきたゴッホのオリジナル作品。
でも考えてみれば写実絵画とは対象を本物ソックリに写し取る技法あるいは流儀。それが他人の描いた絵か、画家が選んだ人物や風景かの違いだけで本質は変わらないのかも知れない。言い換えれば写実絵画にとってすべてが模写。
さらに考えると写実絵画は「まるで写真のような絵画」ともいわれる。じゃ写真を模写したらどうなるのだーーー頭が混乱するね(^^ゞ
何はともあれ久しぶりの写実絵画、おまけにルネサンス期の模写まで見られて満足度の高い展覧会だった。本当は写実絵画の聖地であるホキ美術館も行きたいと思いつつ、電車とバスで片道2時間以上掛かるのでいつも腰が上がらない。
さてブログの最初の回に受け付け(チケット購入)は2階だと書いた。また1階エントランスから2階へ上がるときにエレベーターがなかなか来ずにイライラしたことも。
それで3・4・5階の展示室へは外階段(非常階段)で移動した。
2階の受付でチケットを買って3階の展示室に入るとき、当然チケットを見せるのだと思っていたのにそれはなし。他の階でも同じく。
ということはーーー
帰り際に撮った1階エントランスの写真。
右側に外階段が写っている。
非常階段を兼ねているので出入り自由。
あまり大きな声では言えないけれど、
外階段を使えばチケットがなくても展示室に入れてしまう。
それより心配なのはセキュリティ。展示室内では監視役の学芸員も見かけなかった。防犯カメラはついているとしても、ガードマンの制服でも着て「ちょっとすみませんねえ」とか言いつつ、作品を外して外階段を使って逃走するのはそう難しくないように思える。
とりあえず古今東西の名品を集めた、
私のコレクション展を佐藤美術館で開くのはやめておこう(^^ゞ
美術館を出て青山に向かう。
しばらく歩いていると見えてくるのは国立競技場。
現在は三菱UFJフィナンシャル・グループが命名権を取得してMUFGスタジアム。
ここまで佐藤美術館から6〜7分。
2019年に完成してもう7年も経つのにまだ中に入ったことがない(/o\)
2枚目の写真にある茶色い壁は神宮球場のスコアボード裏側。国立競技場と神宮球場に挟まれたこのエリアは新秩父宮ラグビー場を建設中で、以前は第二球場(野球場&ゴルフ練習場)があった。ここを何百回と通っているのにもう第二球場の姿を思い出せない。人間の記憶なんてそんな程度。
そういえば神宮外苑再開発・樹木伐採の反対運動の声を最近は聞かない。
もう押し切られたのかな?
2023年に少し調べたときのブログはこちら↓
https://wassho.livedoor.blog/archives/53467493.html
有名な神宮外苑前イチョウ並木の現在の姿。
葉を落とした姿なんてあまり見る機会はないでしょ。
おしまい
2026年02月19日
塩谷亮 刻を描くリアリズム その3
風景画と静物画。
「午後の陽」 2000年
描かれている黄色い花はセイタカアワダチソウ(背高泡立草)に見える。幼い頃は家の周りにいくつもあった空き地でたくさん生えていた。その黄色い花よりも印象に残っているのは、まず茎を折ると茎の中身が白いスポンジ状だったこと。スポンジがつまっている茎なんてセイタカアワダチソウしか知らない。もっともある程度の年齢になればむやみに草の茎を折ったりしないから他にもたくさんあるのかも知れない。
それとコイツは冬になると綿毛に包まれた種を付ける。それがセーターに大量にくっつく。家に帰ると「あそこの空き地で遊んではいけなと言ったでしょ」とすぐにバレて叱られたものだ。
もっとも当時は子供たちも親たちも、これをキリンソウの名前で呼んでいた。黄色い花が咲いて背丈が高い草だからキリンとあだ名のように。それがセイタカアワダチソウだと知った頃には家の周りの空き地も少なくなり、また空き地で遊ぶ年齢も過ぎていた。へえ〜、あれはセイタカアワダチソウだったんだ、長い名前だなあと思ったのを覚えている。
そしてこの作品を見てセイタカアワダチソウが懐かしくなり、
ちょっと調べてみたら大発見!
それはセイタカアワダチソウの名前の由来。
まず昔から日本で自生しているキリンソウ(麒麟草)という植物がある。
分類的にはベンケイソウ科キリンソウ属に属する。
さらにキリンソウとは系統が異なるキク科アキノキリンソウ属なのに、キリンソウに花の形がよく似ていて秋に咲くのでアキノキリンソウ(秋の麒麟草)と呼ばれる植物もある。
このアキノキリンソウの別名がアワダチソウ(泡立草)。
セイタカアワダチソウは北米原産のアワダチソウで日本のものより大きい(花の形も違うが)。それで区別するためにセイタカアワダチソウ(背高泡立草)の名前がついた。つまり言い換えればセイタカ・アキノキリンソウでもあるわけで、子供の頃にキリンソウと呼んでいたのもあながち間違ってはいなかったのだ。
ちなみにアワダチの名前は先ほどの綿毛に包まれた種が、まるで泡立っているよう見えるとの説が有力。ついでにセイタカアワダチソウの新芽は天ぷらやおひたしとして食べられ、ツボミはハーブティーや入浴剤になるらしい。あの空き地に生えていた雑草がね〜とビックリ。
展覧会とは話がそれてしまった。
これはそんなブログなのでご容赦をm(_ _)m
「晩春近江」 2016年
「一の滝」 2017年
「奥会津霧景」 2025年
「一の滝」と「奥会津霧景」は長辺2m以上、「晩春近江」も1.5mの大きさで見応えがあった。
人物画とは距離感が違うからハッとするようなリアルさはないものの、もちろん普通の風景画と較べれば驚くほど細密。「奥会津霧景」は特に遠景だし、さらに靄(もや)まで掛かっているのに、船頭がいかにも写実絵画的に描かれていたのにニンマリ。
それでこの作品を眺めていてなぜか東山魁夷を思い出した。
もちろん絵が似ているわけではない。
彼の風景画には東山ブルーと呼ばれる独特の色彩で描いた作品が多くある。ブルーとはいえ日本は緑の信号を青信号というように緑がかった色調も含まれる。これは東山魁夷の「夕涼」。
細部までを本物ソックリに正確に描くのが写実絵画。そこは譲れないとしても、色彩はもっと遊んでもいのになあと思ったのが東山魁夷が頭に浮かんだ理由。東山ブルーは彼には自然の景色がそう感じられた=印象派的な色彩の再構成。そんな感性でもいいし、まったくあり得ない色で木々を緻密に描いても面白い。後者ならスーパーレアリスムかつシュルレアリスム。
もちろん単なる思いつきに過ぎない。写実絵画の画家の皆さん、色を変えて描いたらまったく売れなかったとの苦情はご遠慮ください(^^ゞ
「碧音」 2015年
「地の脈動」 2022年
「蒼」 2004年
「独活図」 2004年 ※独活は「うど」
以前にも書いたように人物の写実絵画はそのリアリティを超えた「特別な何か」を感じるのに、風景画ではそれが減り静物画になるとまったく感じなくなる。何が違うのか自分でもはっきりしないが冷めた目でテクニックだけを鑑賞している気分。
でも次の作品だけは別格だった。
花があって斜め上から光が差している定番の構図。しかしその光線が本当にそこにあるかのように思えた。これは会場のライト?と上を見て確認したくらい。
「花韻」 2025年
前回に書いた
本物以上に本物そっくりなのに、
本物じゃないと知っていることから来る混乱で
頭がクラッとして、そこに不思議な快感を覚える
がまさにこれ。
写実絵画の静物画でその感覚を味わえたのは初めて。
が、しか〜し
画像だとまったくそれが感じらず、
ありきたりな光の描き分けにしか見えない(/o\)
残念である。
またどこかの展覧会でこの絵が出展されたら見てきてちょうだい。
その代わりに画家のテクニックのすごさがわかる画像を見つけたので紹介。まるで神が筆を握っているとしか思えないね。画像はhttps://ryoshio.exblog.jp/32047414/から引用
再び人物画で似たような構図の2枚。
「晩夏」 2000年
「朝の情景」 2001年
実はこの2枚には気になる共通点があって、どちらも右手の指先が土いじりをして爪の隙間が黒くなってしまったように汚く見えた。特に「晩夏」のほう。しかし絵の内容やタイトルからその必然性はない。
でもそう見えたのだから仕方がないし、
それが気になって気になって。
撮ってしまいました接写で。
隣にいた人にこいつは指フェチ?と思われたかも(^^ゞ
もちろん爪の隙間が黒く汚れていたりはしていない。指のところが少し影になっているのでそう見えてしまったのかな。あるいはリアルな写実絵画ゆえに目が敏感になっていた気もする。
ところでこの作品が描かれたのはどちらも約25年前。当時の少女の爪はこんなに切りそろえられていたのか、若いほうの女性は今ならネイルしているよねと、これまたどうでもいい思いが頭に浮かぶ。
またよく似た構図の2枚。
「相韻」 2018年
「Daria」 2022年
先ほどの2枚は白い布で、こちらは赤い布。その色の違いのせいかずいぶんと妖しく見える。そして人物の存在感、画面から受ける「圧」が強かった。ただ「Daria」の顔はちょっと怖い。ついでに正直に書くと「朝の情景」の女性は顔に表情がなく、飛び降り自殺の現場のようにも思え少し気味悪かった。タイトルは爽やかなのに。
さて、こういう俯瞰した2次元的な絵でよくやる遊びがこれ。「Daria」はこちらのほうが私にはしっくりくる。また目の錯覚で左上から右下に向けて赤い布幅を絞っていったように見えるが面白い。こんなことをして画家に見つかったらシバかれる?
「Lineage」 2024年
タイトルはLINE世代ではなく Lineage とは血統、系統、家柄などの意味(英語)。カタカナではリネージと表記するが、ネイティブの発音はリニエッジに近い。この男性はドイツ人と中国人のハーフだそうでそれにちなんだタイトル。後ろの壁がボロボロなのは何かを表しているのだろうか。
この絵は凄く印象に残ったというか目についた。それはまたまた絵そのものとは関係なくてモデルがはいているスカート。男性がスカートをはいているのはたまに見かけても、今までサマになっている姿を見たことがない。スタイリング云々より「僕はこんなファッションも着こなせます」オーラが出過ぎていて痛い人が多い。しかしこのモデルのスカート姿はとてもナチュラル。風呂上がりに腰に巻いたバスタオルくらいに違和感がない。
これだったら私でもありかな、やっぱり指さして笑われる?ーーーと空想しながら絵を眺めていた。たぶんそれは画家の意図した狙いとはまったく違うのだろうけれど、絵の楽しみ方は自由でいいはずだよね。
ーーー続く
「午後の陽」 2000年
描かれている黄色い花はセイタカアワダチソウ(背高泡立草)に見える。幼い頃は家の周りにいくつもあった空き地でたくさん生えていた。その黄色い花よりも印象に残っているのは、まず茎を折ると茎の中身が白いスポンジ状だったこと。スポンジがつまっている茎なんてセイタカアワダチソウしか知らない。もっともある程度の年齢になればむやみに草の茎を折ったりしないから他にもたくさんあるのかも知れない。
それとコイツは冬になると綿毛に包まれた種を付ける。それがセーターに大量にくっつく。家に帰ると「あそこの空き地で遊んではいけなと言ったでしょ」とすぐにバレて叱られたものだ。
もっとも当時は子供たちも親たちも、これをキリンソウの名前で呼んでいた。黄色い花が咲いて背丈が高い草だからキリンとあだ名のように。それがセイタカアワダチソウだと知った頃には家の周りの空き地も少なくなり、また空き地で遊ぶ年齢も過ぎていた。へえ〜、あれはセイタカアワダチソウだったんだ、長い名前だなあと思ったのを覚えている。
そしてこの作品を見てセイタカアワダチソウが懐かしくなり、
ちょっと調べてみたら大発見!
それはセイタカアワダチソウの名前の由来。
まず昔から日本で自生しているキリンソウ(麒麟草)という植物がある。
分類的にはベンケイソウ科キリンソウ属に属する。
さらにキリンソウとは系統が異なるキク科アキノキリンソウ属なのに、キリンソウに花の形がよく似ていて秋に咲くのでアキノキリンソウ(秋の麒麟草)と呼ばれる植物もある。
このアキノキリンソウの別名がアワダチソウ(泡立草)。
セイタカアワダチソウは北米原産のアワダチソウで日本のものより大きい(花の形も違うが)。それで区別するためにセイタカアワダチソウ(背高泡立草)の名前がついた。つまり言い換えればセイタカ・アキノキリンソウでもあるわけで、子供の頃にキリンソウと呼んでいたのもあながち間違ってはいなかったのだ。
ちなみにアワダチの名前は先ほどの綿毛に包まれた種が、まるで泡立っているよう見えるとの説が有力。ついでにセイタカアワダチソウの新芽は天ぷらやおひたしとして食べられ、ツボミはハーブティーや入浴剤になるらしい。あの空き地に生えていた雑草がね〜とビックリ。
展覧会とは話がそれてしまった。
これはそんなブログなのでご容赦をm(_ _)m
「晩春近江」 2016年
「一の滝」 2017年
「奥会津霧景」 2025年
「一の滝」と「奥会津霧景」は長辺2m以上、「晩春近江」も1.5mの大きさで見応えがあった。
人物画とは距離感が違うからハッとするようなリアルさはないものの、もちろん普通の風景画と較べれば驚くほど細密。「奥会津霧景」は特に遠景だし、さらに靄(もや)まで掛かっているのに、船頭がいかにも写実絵画的に描かれていたのにニンマリ。
それでこの作品を眺めていてなぜか東山魁夷を思い出した。
もちろん絵が似ているわけではない。
彼の風景画には東山ブルーと呼ばれる独特の色彩で描いた作品が多くある。ブルーとはいえ日本は緑の信号を青信号というように緑がかった色調も含まれる。これは東山魁夷の「夕涼」。
細部までを本物ソックリに正確に描くのが写実絵画。そこは譲れないとしても、色彩はもっと遊んでもいのになあと思ったのが東山魁夷が頭に浮かんだ理由。東山ブルーは彼には自然の景色がそう感じられた=印象派的な色彩の再構成。そんな感性でもいいし、まったくあり得ない色で木々を緻密に描いても面白い。後者ならスーパーレアリスムかつシュルレアリスム。
もちろん単なる思いつきに過ぎない。写実絵画の画家の皆さん、色を変えて描いたらまったく売れなかったとの苦情はご遠慮ください(^^ゞ
「碧音」 2015年
「地の脈動」 2022年
「蒼」 2004年
「独活図」 2004年 ※独活は「うど」
以前にも書いたように人物の写実絵画はそのリアリティを超えた「特別な何か」を感じるのに、風景画ではそれが減り静物画になるとまったく感じなくなる。何が違うのか自分でもはっきりしないが冷めた目でテクニックだけを鑑賞している気分。
でも次の作品だけは別格だった。
花があって斜め上から光が差している定番の構図。しかしその光線が本当にそこにあるかのように思えた。これは会場のライト?と上を見て確認したくらい。
「花韻」 2025年
前回に書いた
本物以上に本物そっくりなのに、
本物じゃないと知っていることから来る混乱で
頭がクラッとして、そこに不思議な快感を覚える
がまさにこれ。
写実絵画の静物画でその感覚を味わえたのは初めて。
が、しか〜し
画像だとまったくそれが感じらず、
ありきたりな光の描き分けにしか見えない(/o\)
残念である。
またどこかの展覧会でこの絵が出展されたら見てきてちょうだい。
その代わりに画家のテクニックのすごさがわかる画像を見つけたので紹介。まるで神が筆を握っているとしか思えないね。画像はhttps://ryoshio.exblog.jp/32047414/から引用
再び人物画で似たような構図の2枚。
「晩夏」 2000年
「朝の情景」 2001年
実はこの2枚には気になる共通点があって、どちらも右手の指先が土いじりをして爪の隙間が黒くなってしまったように汚く見えた。特に「晩夏」のほう。しかし絵の内容やタイトルからその必然性はない。
でもそう見えたのだから仕方がないし、
それが気になって気になって。
撮ってしまいました接写で。
隣にいた人にこいつは指フェチ?と思われたかも(^^ゞ
もちろん爪の隙間が黒く汚れていたりはしていない。指のところが少し影になっているのでそう見えてしまったのかな。あるいはリアルな写実絵画ゆえに目が敏感になっていた気もする。
ところでこの作品が描かれたのはどちらも約25年前。当時の少女の爪はこんなに切りそろえられていたのか、若いほうの女性は今ならネイルしているよねと、これまたどうでもいい思いが頭に浮かぶ。
またよく似た構図の2枚。
「相韻」 2018年
「Daria」 2022年
先ほどの2枚は白い布で、こちらは赤い布。その色の違いのせいかずいぶんと妖しく見える。そして人物の存在感、画面から受ける「圧」が強かった。ただ「Daria」の顔はちょっと怖い。ついでに正直に書くと「朝の情景」の女性は顔に表情がなく、飛び降り自殺の現場のようにも思え少し気味悪かった。タイトルは爽やかなのに。
さて、こういう俯瞰した2次元的な絵でよくやる遊びがこれ。「Daria」はこちらのほうが私にはしっくりくる。また目の錯覚で左上から右下に向けて赤い布幅を絞っていったように見えるが面白い。こんなことをして画家に見つかったらシバかれる?
「Lineage」 2024年
タイトルはLINE世代ではなく Lineage とは血統、系統、家柄などの意味(英語)。カタカナではリネージと表記するが、ネイティブの発音はリニエッジに近い。この男性はドイツ人と中国人のハーフだそうでそれにちなんだタイトル。後ろの壁がボロボロなのは何かを表しているのだろうか。
この絵は凄く印象に残ったというか目についた。それはまたまた絵そのものとは関係なくてモデルがはいているスカート。男性がスカートをはいているのはたまに見かけても、今までサマになっている姿を見たことがない。スタイリング云々より「僕はこんなファッションも着こなせます」オーラが出過ぎていて痛い人が多い。しかしこのモデルのスカート姿はとてもナチュラル。風呂上がりに腰に巻いたバスタオルくらいに違和感がない。
これだったら私でもありかな、やっぱり指さして笑われる?ーーーと空想しながら絵を眺めていた。たぶんそれは画家の意図した狙いとはまったく違うのだろうけれど、絵の楽しみ方は自由でいいはずだよね。
ーーー続く
2026年02月16日
塩谷亮 刻を描くリアリズム その2
まるで写真のように精細に描かれた絵画は写実絵画あるいは超写実絵画、スーパーリアリズムなどのジャンル名がある。この展覧会では写実絵画と呼んでいるのでそれに倣う。その手の展覧会を見るのはこれで3回目。写実絵画のあれこれについてはそのときのブログに書いたので、よろしければ下記のリンクからどうぞ。
2020年
超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵
超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵 その2
超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵 その3
超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵 その4
2017年
リアル(写実)のゆくえ その3
私が美術作品を評価する一番の基準は「酔える」かどうか。酔えるって何?を書き出すと超絶に長くなりそうなので割愛するが、要はほろ酔い気分のように気持ちよくさせてくれるのが大事。考察が必要だったり共感を強いられるような現代アートが好みじゃないのは今まで何度も書いてきた。
実は写実絵画の作品のほとんどは絵としては酔えない。
じゃあなぜそんな展覧会を見に行くのかといえば、それは
本物以上に本物そっくりなのに、
本物じゃないと知っていることから来る混乱で
頭がクラッとして、そこに不思議な快感を覚える
から。
クラッとするのもある種の酔えている状態。絵そのものには酔えなくても、これは人が「絵の具」を「筆」につけて「塗って」描き上げたという感嘆に酔えるのである。ちょっとヘンタイな楽しみ方かも知れない。
さて作者の塩谷亮(しおたに りょう)。Wikipediaには載っておらず展覧会公式ホームページの文章を引用すると、
1975年、東京都生まれ。1998 年、武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。
2008 〜 2009年には文化庁新進芸術家海外派遣研修員としてイタリアに留学し、
古典絵画の模写や技法研究に取り組む。これまでに九州産業大学客員教授をはじめ、
武蔵野美術大学、日本大学、長岡造形大学、広島市立大学で講師を歴任。
とあった。
アカデミズム肌の画家なのかな。
前書きはこのくらいにして作品の紹介。
まずは展示の最初のほうにあった作品。
「ウクライナの少女」 2023年
ウクライナといえばロシアとの戦争である。現時点でほとんどの日本人にとって、それ以外にウクライナについて思い浮かぶものはない。でもこの少女からは悲しみや憤りなど戦争の「せ」の字も感じられない。まるでたまたまモデルがウクライナ人なだけで戦争とは関係ない作品のようである。「赤いノースリーブを着た少女」がタイトルでも違和感はない。(参考までにロシアの侵略は2022年)
それでもタイトルにウクライナと書いてあれば現在も進行中の戦争を想起せざるを得ないわけで、それなのにそれとは無関係な、あえて言えば人畜無害な絵があってーーー最初から悪酔いした(^^ゞ
次の2作品は一目見れば何を表現しているのか理解できる。「いや〜あの頃は大変でしたよね」と隣にいる人に声をかけたくなる気分。でも100年後の鑑賞者は風邪か花粉症としか思わないはず。そう考えると「ウクライナの少女」も戦争が終わった後を見越してのタイトル? そんなわけで絵のタイトルや小道具についてボンヤリと考えながらの鑑賞スタート。
「KAON -15 years old」 2022年
「2020春日」 2021年
ところで写実絵画は写真のように精緻に描く。なのでまるでエアブラシで吹いたように筆跡なんてないと思ってしまうが(エアブラシを使う画家もいる)、意外とそれなりに筆跡は残っている。それは画像を拡大してもなかなかわからず実物を見るまで気付かない。
はい、撮っておきましたマクロ撮影で。
この画像なら拡大すれば筆跡も見られるはず。
それに意味があるかどうかは別として。
ここから先は展示順とは無関係に作品を並べている。
まずは女性をモデルにした作品。
「明日」 2008年
鏡に映っている姿を描いているのかと思いきや鏡の中に風景がある。背景が鏡に映り込んでいるとも考えられるが状況的に少しヘン。この絵には背景が必要と考えたからこう描いたのだろう。先ほどのマスクの絵もそうだが塩谷亮の人物画は背景に外の景色を描いている作品が多い。これは写実絵画では珍しいと思う。ただでさえ手間の掛かる写実絵画なのに背景も細かく描くのは大変そう。
「漂」 2007年
「凪」 2024年
「煌」 2012年
塩谷亮はタイトルの付け方が凝っているというか癖が強いね。それが「ウクライナの少女」とも関連している気もするが、彼については画家である以外はほとんど知らないのでよくわからない。
2020年の展覧会で見た石黒賢一郎や三重野慶がカリカリにピントを合わせたような描写だったのと較べると、塩谷亮はソフトフォーカスとはいわないまでも普通のフォーカス。ゾクッとするようなリアルさには欠ける。でも特にそれに不満は感じなかった。テクニックを誇示せずに芸で上手くまとめている印象。
ボーイズも紹介しておきましょう。
これも人物&外の風景の組み合わせ。タイトルにあるようにいかにもトスカーナ的な風景が広がっている。でもトスカーナ地方の風景って絵でしか知らないんだよな(^^ゞ
「Toscana」 2009年
写実絵画でヌードを見たのは初めてかも知れない。意外にも生々しさはまったく感じない。やはり写実絵画ならリアルを超えたリアルさでエロスを表現したものも見てみたい。
「颯」 2015年
「月華」 2014年
男性のヌードは見慣れていないせいで妙に落ち着かない。モデルは「Toscana」で描いた少年の5年後のような気がする。
「17歳のシモーネ」 2014年
これは何と塩谷画伯が5歳の幼少のみぎりでの作品。
「海」 1980年
回顧展は画家の作品を年代を追って展示する構成とはいえ、
5歳のお絵かきが出てくるのは珍しい。
ところで「昔、神童、今はただの人」な私である。小学校の頃は授業で描かされた・書かされた絵や作文や詩を先生がどこかの展覧会に(勝手に)応募するシステムがあり、いろいろ表彰された。絵では文部大臣賞をもらったりもした。また小学1年の時に図工の授業で「ザルにのせた三匹の大きな海老」を皆で描いた。描き終えた絵がしばらく教室の後ろに貼られるのは今もある光景。あるとき父兄懇親会のような会合があって、父兄の中に美大の教授がいて教室で私の絵を指して「この子は天才だ!」といったらしく、母親が有頂天になって帰ってきたのを覚えている。
母上、ただの人になってしまい申し訳ございませんm(_ _)m
5歳といえば幼稚園児。大学1年のとき、実家の建て替えでしばらく引っ越すことになり、部屋を整理していたら幼稚園で使っていたスケッチブックが出てきた。半分は鉄人28号が描かれていて(^^ゞ それが我ながら実に上手な絵でビックリした。そのスケッチブックは永久保存するつもりだったのに引っ越しのどさくさでなくしてしまったのが残念。
でもそのスケッチブックの記憶をたどれば、幼稚園児だからクレヨンだけれど、鉄人以外は塩谷亮が5歳で描いた作品といい勝負していたと思う。
彼が11歳のときに描いた「屋上風景」 1987年
ちょっと引き離された気がする。
でもまだまだ射程範囲。
私は図工の時間しか絵を描いていないのだから練習量の違いさ。
17歳のときの「静物習作」 1992年
あっ、100万光年先に行かれた!(>_<)
17歳なら高校2年。美術の授業は2年までで最後はちょっと大きなサイズの油を描く。私は当時の国際社会で話題になっていた問題をテーマに選んだ。そのアイデアはよかったものの、まったく頭の中のイメージ通りに描けず最後に全部塗りつぶして、新幹線を背景に「修学旅行楽しもうぜ」みたいな当たり障りのない絵に描き変えた。それは軽い挫折。その頃は既に「ただの人」だったから仕方がないけど。考えてみればそれ以来絵筆を握ったことがないな。
まさか展覧会に来て、
幼稚園から高校生までをあれこれと思い出すと考えてもみなかったゼ。
ーーー続く
2020年
超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵
超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵 その2
超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵 その3
超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵 その4
2017年
リアル(写実)のゆくえ その3
私が美術作品を評価する一番の基準は「酔える」かどうか。酔えるって何?を書き出すと超絶に長くなりそうなので割愛するが、要はほろ酔い気分のように気持ちよくさせてくれるのが大事。考察が必要だったり共感を強いられるような現代アートが好みじゃないのは今まで何度も書いてきた。
実は写実絵画の作品のほとんどは絵としては酔えない。
じゃあなぜそんな展覧会を見に行くのかといえば、それは
本物以上に本物そっくりなのに、
本物じゃないと知っていることから来る混乱で
頭がクラッとして、そこに不思議な快感を覚える
から。
クラッとするのもある種の酔えている状態。絵そのものには酔えなくても、これは人が「絵の具」を「筆」につけて「塗って」描き上げたという感嘆に酔えるのである。ちょっとヘンタイな楽しみ方かも知れない。
さて作者の塩谷亮(しおたに りょう)。Wikipediaには載っておらず展覧会公式ホームページの文章を引用すると、
1975年、東京都生まれ。1998 年、武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。
2008 〜 2009年には文化庁新進芸術家海外派遣研修員としてイタリアに留学し、
古典絵画の模写や技法研究に取り組む。これまでに九州産業大学客員教授をはじめ、
武蔵野美術大学、日本大学、長岡造形大学、広島市立大学で講師を歴任。
とあった。
アカデミズム肌の画家なのかな。
前書きはこのくらいにして作品の紹介。
まずは展示の最初のほうにあった作品。
「ウクライナの少女」 2023年
ウクライナといえばロシアとの戦争である。現時点でほとんどの日本人にとって、それ以外にウクライナについて思い浮かぶものはない。でもこの少女からは悲しみや憤りなど戦争の「せ」の字も感じられない。まるでたまたまモデルがウクライナ人なだけで戦争とは関係ない作品のようである。「赤いノースリーブを着た少女」がタイトルでも違和感はない。(参考までにロシアの侵略は2022年)
それでもタイトルにウクライナと書いてあれば現在も進行中の戦争を想起せざるを得ないわけで、それなのにそれとは無関係な、あえて言えば人畜無害な絵があってーーー最初から悪酔いした(^^ゞ
次の2作品は一目見れば何を表現しているのか理解できる。「いや〜あの頃は大変でしたよね」と隣にいる人に声をかけたくなる気分。でも100年後の鑑賞者は風邪か花粉症としか思わないはず。そう考えると「ウクライナの少女」も戦争が終わった後を見越してのタイトル? そんなわけで絵のタイトルや小道具についてボンヤリと考えながらの鑑賞スタート。
「KAON -15 years old」 2022年
「2020春日」 2021年
ところで写実絵画は写真のように精緻に描く。なのでまるでエアブラシで吹いたように筆跡なんてないと思ってしまうが(エアブラシを使う画家もいる)、意外とそれなりに筆跡は残っている。それは画像を拡大してもなかなかわからず実物を見るまで気付かない。
はい、撮っておきましたマクロ撮影で。
この画像なら拡大すれば筆跡も見られるはず。
それに意味があるかどうかは別として。
ここから先は展示順とは無関係に作品を並べている。
まずは女性をモデルにした作品。
「明日」 2008年
鏡に映っている姿を描いているのかと思いきや鏡の中に風景がある。背景が鏡に映り込んでいるとも考えられるが状況的に少しヘン。この絵には背景が必要と考えたからこう描いたのだろう。先ほどのマスクの絵もそうだが塩谷亮の人物画は背景に外の景色を描いている作品が多い。これは写実絵画では珍しいと思う。ただでさえ手間の掛かる写実絵画なのに背景も細かく描くのは大変そう。
「漂」 2007年
「凪」 2024年
「煌」 2012年
塩谷亮はタイトルの付け方が凝っているというか癖が強いね。それが「ウクライナの少女」とも関連している気もするが、彼については画家である以外はほとんど知らないのでよくわからない。
2020年の展覧会で見た石黒賢一郎や三重野慶がカリカリにピントを合わせたような描写だったのと較べると、塩谷亮はソフトフォーカスとはいわないまでも普通のフォーカス。ゾクッとするようなリアルさには欠ける。でも特にそれに不満は感じなかった。テクニックを誇示せずに芸で上手くまとめている印象。
ボーイズも紹介しておきましょう。
これも人物&外の風景の組み合わせ。タイトルにあるようにいかにもトスカーナ的な風景が広がっている。でもトスカーナ地方の風景って絵でしか知らないんだよな(^^ゞ
「Toscana」 2009年
写実絵画でヌードを見たのは初めてかも知れない。意外にも生々しさはまったく感じない。やはり写実絵画ならリアルを超えたリアルさでエロスを表現したものも見てみたい。
「颯」 2015年
「月華」 2014年
男性のヌードは見慣れていないせいで妙に落ち着かない。モデルは「Toscana」で描いた少年の5年後のような気がする。
「17歳のシモーネ」 2014年
これは何と塩谷画伯が5歳の幼少のみぎりでの作品。
「海」 1980年
回顧展は画家の作品を年代を追って展示する構成とはいえ、
5歳のお絵かきが出てくるのは珍しい。
ところで「昔、神童、今はただの人」な私である。小学校の頃は授業で描かされた・書かされた絵や作文や詩を先生がどこかの展覧会に(勝手に)応募するシステムがあり、いろいろ表彰された。絵では文部大臣賞をもらったりもした。また小学1年の時に図工の授業で「ザルにのせた三匹の大きな海老」を皆で描いた。描き終えた絵がしばらく教室の後ろに貼られるのは今もある光景。あるとき父兄懇親会のような会合があって、父兄の中に美大の教授がいて教室で私の絵を指して「この子は天才だ!」といったらしく、母親が有頂天になって帰ってきたのを覚えている。
母上、ただの人になってしまい申し訳ございませんm(_ _)m
5歳といえば幼稚園児。大学1年のとき、実家の建て替えでしばらく引っ越すことになり、部屋を整理していたら幼稚園で使っていたスケッチブックが出てきた。半分は鉄人28号が描かれていて(^^ゞ それが我ながら実に上手な絵でビックリした。そのスケッチブックは永久保存するつもりだったのに引っ越しのどさくさでなくしてしまったのが残念。
でもそのスケッチブックの記憶をたどれば、幼稚園児だからクレヨンだけれど、鉄人以外は塩谷亮が5歳で描いた作品といい勝負していたと思う。
彼が11歳のときに描いた「屋上風景」 1987年
ちょっと引き離された気がする。
でもまだまだ射程範囲。
私は図工の時間しか絵を描いていないのだから練習量の違いさ。
17歳のときの「静物習作」 1992年
あっ、100万光年先に行かれた!(>_<)
17歳なら高校2年。美術の授業は2年までで最後はちょっと大きなサイズの油を描く。私は当時の国際社会で話題になっていた問題をテーマに選んだ。そのアイデアはよかったものの、まったく頭の中のイメージ通りに描けず最後に全部塗りつぶして、新幹線を背景に「修学旅行楽しもうぜ」みたいな当たり障りのない絵に描き変えた。それは軽い挫折。その頃は既に「ただの人」だったから仕方がないけど。考えてみればそれ以来絵筆を握ったことがないな。
まさか展覧会に来て、
幼稚園から高校生までをあれこれと思い出すと考えてもみなかったゼ。
ーーー続く
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2026年02月14日
塩谷亮 刻を描くリアリズム
NHKの「アートシーン」という展覧会情報番組でこの個展を知った。
いきなり話が脱線して恐縮だが、NHKは放送で企業名や商品名を使わないのが原則。公共放送として特定の企業や商品の宣伝にならないようするのがその理由。
子供の頃にNHKのドラマでビール瓶が出てくるシーンでは、ブランドがわからないようラベル部分が黒い紙で覆われていたのを覚えている。かぐや姫が1973年に200万枚を売り上げたヒット曲「神田川」には「♪24色のクレパス買って」との歌詞があり、NHKがクレパスは商品名だからクレヨンに変更を求めたところ、かぐや姫がそれを拒否して紅白の出演を辞退するなんて騒動もあった。
なお1978年の山口百恵の代表曲「プレイバックPart2」には「♪緑の中を走り抜けてく真紅なポルシェ」という歌詞があり、それを紅白では「真紅なクルマ」と歌わされたーーーとよく言われるがそれは間違い。NHKの他の番組で「真紅なクルマ」に置き換えられた事実はあるものの、紅白ではポルシェと歌っている。それは当時の一番人気であったピンクレディがその年の紅白を辞退して裏番組に出演する状況となり、山口百恵にまでヘソを曲げられたら(しかも紅組のトリ)ーーーなんて大人の事情があったみたい。
私感を述べれば「真紅なポルシェ」と「真紅なクルマ」では歌詞の持つ意味や世界観が変わるけれど、「クレパス」と「クレヨン」はどちらでも同じに思える。クレパスが商品名との意識もほとんどない。あの頃は紅白に出場する流行歌歌手と、それ以外のフォークシンガーなどの区別があって、後者は紅白に出るなんてダサいなんて風潮もあったから、出場依頼を断る理由にクレパスを利用したのかも知れない。
ビールはその後に架空の商品のラベルが貼られるようになったし、商品名の扱いも緩やかになった。クレパス問題から19年後の1992年紅白に南こうせつはソロで出場し、神田川をクレパスのオリジナル歌詞で歌っている。2020年の紅白では「ドルチェ&ガッバーナのその香水のせい」と、そのものズバリな商品名の歌詞もOKとなっている。
それでも根底にあるのは次のルール。
放送法第83条
1 協会(NHKを意味する)は、他人の営業に関する広告の放送をしてはならない。
2 前項の規定は、放送番組編集上必要であつて、かつ、他人の営業に関する広告のためにするものでないと認められる場合において、著作者又は営業者の氏名又は名称等を放送することを妨げるものではない。
日本放送協会番組基準(国内)第12項
1 営業広告または売名的宣伝を目的とする放送は、いっさい行わない。
2 放送中に、特定の団体名または個人名あるいは職業、商号および商品名が含まれる場合は、それが、その放送の本質的要素であるかどうか、または演出上やむをえないものかどうかを公正に判断して、その取り扱いを決定する。
ちなみに放送法は196条あって、そのうち15条〜87条までの73条分が、つまり条の数でいえば 73 ÷ 196 = 全体の1/3 以上がNHKに対する規定。それだけNHKは法律でがんじがらめに縛れているともいえる。
まあとにかくNHKでは広告宣伝をしないのが基本。
でも「アートシーン」は展覧会の宣伝以外の何物でもない。開催されている美術館名はもちろん、ご丁寧にもその期間まで教えてくれる。これが例えばアイドルやJ-POPのライブの紹介ならNHKはそんな番組は作らないはず。どこが違うのかな?どういう基準なんだろう?
「アートシーン」は展覧会内容の簡単なレポート番組で、それが宣伝目的の放送ではないとの根拠なのかも知れない。ただしそれらのレポートがすべて終わって、エンドの番組タイトルも出した後に、さらに別の展覧会の告知を挿入する放送日もある。これはレポートもなく告知のみで宣伝そのもの。以前に気になってそれらの展覧会をチェックしたらNHKが協賛している展覧会がほとんどだった。放送法が禁じているのは「他人の営業に関する広告の放送」だからこれは許されるのか。でも展覧会の主催者=展覧会の収益を得るのは「他人」な訳で何となく腑に落ちない。
もちろんアートシーンの番組をケシカランといっているわけではない。あの番組で展覧会を知って訪れたことは今まで多くある。今回の展覧会も番組で紹介されなければ見逃していたはず。そんな宣伝効果抜群(^^ゞ の番組がこれからも続きますように。できれば現在15分の枠を拡大して、もっとマイナーな展覧会も紹介して欲しいくらい。
さて今回の展覧会。場所は新宿区大京町の佐藤美術館。今までここで展覧会を見た経験はなく名前を聞くのも初めて。バブルの頃に飛ぶ鳥を落とす勢いで、ニューヨークのティファニー本社ビルを買収して有名になった第一不動産の創業者が1990年に設立した美術館。第一不動は2007年に倒産したとはいえ、こういう遺産を残せてよかったね。
最寄り駅は徒歩5分のJRの千駄ヶ谷駅か地下鉄大江戸線の国立競技場駅。でも乗り換えるのが面倒だったので地下鉄副都心線の北参道駅で下車。そこからでも15分ほどの距離。
千駄ヶ谷駅の先で高架をくぐってしばらく線路と平行に。
電車と国立競技場のツーショットが撮れた。
左側の木々は新宿御苑。
この道路に出て、
信号を渡りFOR RENTと書かれている左側の路地に入る。
児童公園で行き止まりかと一瞬あせったが、
奥の階段で公園を出ると、
この道路に出る。
このちょっと趣のある建物は四谷第六小学校と幼稚園。
公立で幼少一貫校は珍しいのでは。
その四谷第六のほぼ向かいに佐藤美術館のビル。
例によって思いつくままに書いているので、展覧会の内容にまでなかなか話が進まないが、今回は超写実絵画やスーパーリアリズムと呼ばれるジャンルの展覧会。
このエレベータのサイズでわかるように小さなビル。
エレベーターホールの脇に胡蝶蘭。胡蝶蘭は好きなんだけれど、お祝いにはとりあえず白い胡蝶蘭を送っておけな風潮が嫌い。ましてや美術関係者ならもうちょっと気を利かして欲しい。
受付は2階。
でもこの表示はわかりにくい。
そしてこのエレベーターがなかなか来ずにイライラ。
2階が受付とミュージアムショップ。
3〜5階が展示会場でその雰囲気を。
狭いのは仕方ないとして天井が低いのが美術館としては残念。
ここは美術館として建てられたのではなく普通の小規模なオフィスビル。
なお会場では一部の作品を除いて写真撮影可。
ーーー続く
いきなり話が脱線して恐縮だが、NHKは放送で企業名や商品名を使わないのが原則。公共放送として特定の企業や商品の宣伝にならないようするのがその理由。
子供の頃にNHKのドラマでビール瓶が出てくるシーンでは、ブランドがわからないようラベル部分が黒い紙で覆われていたのを覚えている。かぐや姫が1973年に200万枚を売り上げたヒット曲「神田川」には「♪24色のクレパス買って」との歌詞があり、NHKがクレパスは商品名だからクレヨンに変更を求めたところ、かぐや姫がそれを拒否して紅白の出演を辞退するなんて騒動もあった。
なお1978年の山口百恵の代表曲「プレイバックPart2」には「♪緑の中を走り抜けてく真紅なポルシェ」という歌詞があり、それを紅白では「真紅なクルマ」と歌わされたーーーとよく言われるがそれは間違い。NHKの他の番組で「真紅なクルマ」に置き換えられた事実はあるものの、紅白ではポルシェと歌っている。それは当時の一番人気であったピンクレディがその年の紅白を辞退して裏番組に出演する状況となり、山口百恵にまでヘソを曲げられたら(しかも紅組のトリ)ーーーなんて大人の事情があったみたい。
私感を述べれば「真紅なポルシェ」と「真紅なクルマ」では歌詞の持つ意味や世界観が変わるけれど、「クレパス」と「クレヨン」はどちらでも同じに思える。クレパスが商品名との意識もほとんどない。あの頃は紅白に出場する流行歌歌手と、それ以外のフォークシンガーなどの区別があって、後者は紅白に出るなんてダサいなんて風潮もあったから、出場依頼を断る理由にクレパスを利用したのかも知れない。
ビールはその後に架空の商品のラベルが貼られるようになったし、商品名の扱いも緩やかになった。クレパス問題から19年後の1992年紅白に南こうせつはソロで出場し、神田川をクレパスのオリジナル歌詞で歌っている。2020年の紅白では「ドルチェ&ガッバーナのその香水のせい」と、そのものズバリな商品名の歌詞もOKとなっている。
それでも根底にあるのは次のルール。
放送法第83条
1 協会(NHKを意味する)は、他人の営業に関する広告の放送をしてはならない。
2 前項の規定は、放送番組編集上必要であつて、かつ、他人の営業に関する広告のためにするものでないと認められる場合において、著作者又は営業者の氏名又は名称等を放送することを妨げるものではない。
日本放送協会番組基準(国内)第12項
1 営業広告または売名的宣伝を目的とする放送は、いっさい行わない。
2 放送中に、特定の団体名または個人名あるいは職業、商号および商品名が含まれる場合は、それが、その放送の本質的要素であるかどうか、または演出上やむをえないものかどうかを公正に判断して、その取り扱いを決定する。
ちなみに放送法は196条あって、そのうち15条〜87条までの73条分が、つまり条の数でいえば 73 ÷ 196 = 全体の1/3 以上がNHKに対する規定。それだけNHKは法律でがんじがらめに縛れているともいえる。
まあとにかくNHKでは広告宣伝をしないのが基本。
でも「アートシーン」は展覧会の宣伝以外の何物でもない。開催されている美術館名はもちろん、ご丁寧にもその期間まで教えてくれる。これが例えばアイドルやJ-POPのライブの紹介ならNHKはそんな番組は作らないはず。どこが違うのかな?どういう基準なんだろう?
「アートシーン」は展覧会内容の簡単なレポート番組で、それが宣伝目的の放送ではないとの根拠なのかも知れない。ただしそれらのレポートがすべて終わって、エンドの番組タイトルも出した後に、さらに別の展覧会の告知を挿入する放送日もある。これはレポートもなく告知のみで宣伝そのもの。以前に気になってそれらの展覧会をチェックしたらNHKが協賛している展覧会がほとんどだった。放送法が禁じているのは「他人の営業に関する広告の放送」だからこれは許されるのか。でも展覧会の主催者=展覧会の収益を得るのは「他人」な訳で何となく腑に落ちない。
もちろんアートシーンの番組をケシカランといっているわけではない。あの番組で展覧会を知って訪れたことは今まで多くある。今回の展覧会も番組で紹介されなければ見逃していたはず。そんな宣伝効果抜群(^^ゞ の番組がこれからも続きますように。できれば現在15分の枠を拡大して、もっとマイナーな展覧会も紹介して欲しいくらい。
さて今回の展覧会。場所は新宿区大京町の佐藤美術館。今までここで展覧会を見た経験はなく名前を聞くのも初めて。バブルの頃に飛ぶ鳥を落とす勢いで、ニューヨークのティファニー本社ビルを買収して有名になった第一不動産の創業者が1990年に設立した美術館。第一不動は2007年に倒産したとはいえ、こういう遺産を残せてよかったね。
最寄り駅は徒歩5分のJRの千駄ヶ谷駅か地下鉄大江戸線の国立競技場駅。でも乗り換えるのが面倒だったので地下鉄副都心線の北参道駅で下車。そこからでも15分ほどの距離。
千駄ヶ谷駅の先で高架をくぐってしばらく線路と平行に。
電車と国立競技場のツーショットが撮れた。
左側の木々は新宿御苑。
この道路に出て、
信号を渡りFOR RENTと書かれている左側の路地に入る。
児童公園で行き止まりかと一瞬あせったが、
奥の階段で公園を出ると、
この道路に出る。
このちょっと趣のある建物は四谷第六小学校と幼稚園。
公立で幼少一貫校は珍しいのでは。
その四谷第六のほぼ向かいに佐藤美術館のビル。
例によって思いつくままに書いているので、展覧会の内容にまでなかなか話が進まないが、今回は超写実絵画やスーパーリアリズムと呼ばれるジャンルの展覧会。
このエレベータのサイズでわかるように小さなビル。
エレベーターホールの脇に胡蝶蘭。胡蝶蘭は好きなんだけれど、お祝いにはとりあえず白い胡蝶蘭を送っておけな風潮が嫌い。ましてや美術関係者ならもうちょっと気を利かして欲しい。
受付は2階。
でもこの表示はわかりにくい。
そしてこのエレベーターがなかなか来ずにイライラ。
2階が受付とミュージアムショップ。
3〜5階が展示会場でその雰囲気を。
狭いのは仕方ないとして天井が低いのが美術館としては残念。
ここは美術館として建てられたのではなく普通の小規模なオフィスビル。
なお会場では一部の作品を除いて写真撮影可。
ーーー続く
2026年02月08日
雪だるま探し散歩
昨日は昼過ぎに雪が舞いだしたけれど、午後4時くらいにはやんだので「夜にかけて積もるようなことにはならないはず」とブログに書いた。その予測は見事に外れて、
本日の東京は見事に2026年初雪景色!
これは昼前の写真。それにしてもいつ頃から降り始めたのだろう。昨日の午後8時くらいに外を見たときはそんな気配はまったくなかったのに。
しかし2時半頃に外にで見ると道路に雪はなく、積もっているのは生け垣の上だけ。おそらく夜のうちにごく薄く路面を覆った程度で、日が昇ったら溶けてしまったようだ。ちょっと残念。
クルマの上でこれくらい。
風流?
これは冬の寒さ対策で植物を藁(ワラ)で覆った藁ボッチ。庭園でよく見る雪吊りと同じく東京の気候では必要ない。言ってみれば冬らしさを演出するアイテム。でも雪を被ってサマになってよかったね。
林試の森公園に到着。
公園ならもう少し雪が残っているかと思ったのに期待はずれ。
2014年の2月8日から9日にかけて、東京では積雪26センチを記録した40年ぶりという大雪が降った。9日は日曜日だったので雪景色の中をこの公園に来てみると、たくさんの雪だるまが作られていた。その数なんと48個。あんなにたくさんの雪だるまを見たのは今のところあれが最初で最後である。それは雪が降る度に今でも思い出すくらい楽しい体験だった。
そのときのブログ「YKD48」はこちら↓
https://wassho.livedoor.blog/archives/53026443.html
偶然にも本日は同じ2月8日。
それにしてもあれから12年も経つのか。
歳を取るわけだわ(/o\)
なお2014年は再び2月14日に8日を超える27センチの大雪が降った。この場合も40年ぶりなのか、それとも6日ぶりの大雪なのか?ナゾ
さて本日と2014年では積雪量がまったく違い、雪だるまを作る人がいるのかどうかもわからないが、1つでも見られたらと思ってここにやって来たしだい。
ダメダ!
2014年は雪だるま製造工場と化していたこの広場に雪がまったくない。
奥のグラウンドでは子供たちが雪合戦ではなく普通に野球の練習をしている(>_<)
仕方ないので公園内を散歩しながら雪景色ぽい光景を撮る。
これだけを眺めると大雪気分が味わえるでしょ。
池と雪は似合うね。
ついでに河津桜の開花状況を偵察をする。
実は数日前に偵察に来たばかり。
ここは芝生がないのに芝生広場と呼ばれている場所。そして写真右隅に注目!
雪だるま発見!
少ない雪をかき集めたのだろう、かなり落ち葉がついている。
その努力に拍手。
河津桜の様子。
写真は花がたくさん咲いている部分を撮っている。
全体としてはまだ1分咲きといったところ。
雪を被ったサクラなんて滅多に見られないから、
これもいい体験である。
芝生広場を離れてしばらく歩いていたら2つ目の雪だるまがいた。
こちらのほうが雪の状態はいい。
だから鼻高々?
隣にもう一体作りかけて、でも雪が足らなくて断念した形跡が。
公園を出て歩いていると3つ目に出会う。
地面はアスファルトなので泥や葉は混じっていない。
なかなか可愛い。
頭にハンカチを乗せてもらっている。
餌をあげたら喜びそうな雰囲気。
お店の前にも雪だるまがあった。
マンションのエントランスに赤い目のウサギ雪だるま。
というわけで本日の雪だるま遭遇は5体。いつも思うけれど、人は雪が降ると雪だるまを作らずにはいられない生き物なのだ(^^ゞ
山手通りまで出た。幹線道路に雪は痕跡すらなし。
それにしても寒いなとスマホで天気サイトをチェックしたら0.3度。
この数字を見たら余計に寒くなってきた。
でも雪だるまをいくつも見られてよき1日。
本日の東京は見事に2026年初雪景色!
これは昼前の写真。それにしてもいつ頃から降り始めたのだろう。昨日の午後8時くらいに外を見たときはそんな気配はまったくなかったのに。
しかし2時半頃に外にで見ると道路に雪はなく、積もっているのは生け垣の上だけ。おそらく夜のうちにごく薄く路面を覆った程度で、日が昇ったら溶けてしまったようだ。ちょっと残念。
クルマの上でこれくらい。
風流?
これは冬の寒さ対策で植物を藁(ワラ)で覆った藁ボッチ。庭園でよく見る雪吊りと同じく東京の気候では必要ない。言ってみれば冬らしさを演出するアイテム。でも雪を被ってサマになってよかったね。
林試の森公園に到着。
公園ならもう少し雪が残っているかと思ったのに期待はずれ。
2014年の2月8日から9日にかけて、東京では積雪26センチを記録した40年ぶりという大雪が降った。9日は日曜日だったので雪景色の中をこの公園に来てみると、たくさんの雪だるまが作られていた。その数なんと48個。あんなにたくさんの雪だるまを見たのは今のところあれが最初で最後である。それは雪が降る度に今でも思い出すくらい楽しい体験だった。
そのときのブログ「YKD48」はこちら↓
https://wassho.livedoor.blog/archives/53026443.html
偶然にも本日は同じ2月8日。
それにしてもあれから12年も経つのか。
歳を取るわけだわ(/o\)
なお2014年は再び2月14日に8日を超える27センチの大雪が降った。この場合も40年ぶりなのか、それとも6日ぶりの大雪なのか?ナゾ
さて本日と2014年では積雪量がまったく違い、雪だるまを作る人がいるのかどうかもわからないが、1つでも見られたらと思ってここにやって来たしだい。
ダメダ!
2014年は雪だるま製造工場と化していたこの広場に雪がまったくない。
奥のグラウンドでは子供たちが雪合戦ではなく普通に野球の練習をしている(>_<)
仕方ないので公園内を散歩しながら雪景色ぽい光景を撮る。
これだけを眺めると大雪気分が味わえるでしょ。
池と雪は似合うね。
ついでに河津桜の開花状況を偵察をする。
実は数日前に偵察に来たばかり。
ここは芝生がないのに芝生広場と呼ばれている場所。そして写真右隅に注目!
雪だるま発見!
少ない雪をかき集めたのだろう、かなり落ち葉がついている。
その努力に拍手。
河津桜の様子。
写真は花がたくさん咲いている部分を撮っている。
全体としてはまだ1分咲きといったところ。
雪を被ったサクラなんて滅多に見られないから、
これもいい体験である。
芝生広場を離れてしばらく歩いていたら2つ目の雪だるまがいた。
こちらのほうが雪の状態はいい。
だから鼻高々?
隣にもう一体作りかけて、でも雪が足らなくて断念した形跡が。
公園を出て歩いていると3つ目に出会う。
地面はアスファルトなので泥や葉は混じっていない。
なかなか可愛い。
頭にハンカチを乗せてもらっている。
餌をあげたら喜びそうな雰囲気。
お店の前にも雪だるまがあった。
マンションのエントランスに赤い目のウサギ雪だるま。
というわけで本日の雪だるま遭遇は5体。いつも思うけれど、人は雪が降ると雪だるまを作らずにはいられない生き物なのだ(^^ゞ
山手通りまで出た。幹線道路に雪は痕跡すらなし。
それにしても寒いなとスマホで天気サイトをチェックしたら0.3度。
この数字を見たら余計に寒くなってきた。
でも雪だるまをいくつも見られてよき1日。
2026年02月07日
うめ祭り開催前の羽根木公園でウメととロウバイ その2
前回に紹介した階段のある通路が梅林のメインストリート。そこを中心として左右にいくつかの小径が延びている。そこを巡りながら、よく咲いているウメを探しながら観梅を楽しむ。
ぬかるみに備えて傾斜が急なところは地面にゴザが敷かれている。
単色よりも2色のウメが入るように撮ったほうがキレイかな。
ちょっと密集感を狙って。
他の木の緑を背景にするのも悪くない。
この木はケヤキ? ひょっとしてイチョウ?
冬だと手がかりとなる葉がないので見分けが難しい。
まるでその木にウメが咲いているように撮れた(^^ゞ
こちらは背後に迫る感じで。
この木は、
こんなものがついていたからユリノキ。
枯れた花に思えるがこれは種の集合体。花びらのように見える1つ1つが種で風で運ばれていく。写真は一番外側の種だけが残った状態。
ウメに話を戻してお約束の逆光写真。
おぼろげな感じになってよし。
ところでよく撮る青空を背景にしたアングル。
白いウメだと真っ青な空になるのに、
ピンクだと空の色がくすんでしまう。
いつもこうなる。
両者の日差しの当たり方に差はない。
もちろんこれはウメに限った現象ではなく、どんな花でもピンクの色が濃い、あるいは赤や朱色に近くなるほど空がくすむ傾向が強い。
ひょっとしてピンク色が目に影響しての錯覚かと思い、青空の部分を抜き出して並べてみたが、やはり錯覚ではない。明らかに色が違う。考えてみれば肉眼で空の色は同じだから当たり前。
背景にする青空は鮮やかに撮りたいのにどうしてなんだろう。ただし白いウメの青空が鮮やかすぎるともいえる。実際の空はあんな真っ青な色をしていない。こういうのはデジカメの特性なのか?そのうち調べるつもり。
とりあえずそれは忘れて、
可憐なウメの花の微妙な違いを愛でましょう。
羽根木公園名物の「今まで一度も見えたことのない富士見場所」(^^ゞ
でもネットにはここから見えた富士山の写真が多数アップされている。いつか私にも富士山を眺められる日は来るだろうか。
梅林の斜面を西側に降りたところ。
そこにもロウバイが咲いていた。
その隣に5〜6本が育成中。スペースは充分にあるのだから50本くらい植えて、ここをロウバイの森にして欲しい。
梅林中央の階段横にあったロウバイより状態がよく香りも強かった。たぶんこれが今年に見る最後のロウバイだと思ってクンクンしまくる。
ロウバイの代表的品種は和ロウバイ(単にロウバイともいう)、マンゲツ(満月)ロウバイ、ソシン(素心)ロウバイ、フクジュ(福寿)ロウバイの4つ。このうち和ロウバイは花の中心部が赤紫で、満月も赤紫の細い輪のような模様が花びらにあって見分けやすい。
問題は素心と福寿。色はどちらも黄色一色。
その違いは
素心:花びらがやや尖っている、透明感のある黄色
福寿:花びらは丸い、黄色の色がやや濃い、花がやや大きい
とされる。とはいっても「やや尖っている」「やや濃い」「やや大きい」は微妙な違い。並べて見較べないとよくわからないし、今までにそんな機会はなし。
それでこのロウバイは色が濃いともサイズが大きいとも思えないけれど、花びらは丸い形なので暫定的にフクジュロウバイに認定しておきましょう。公園管理者には求む品種表示。
さて羽根木公園を訪れたのはうめ祭り開催の3日前。それでも3割くらいのウメは楽しめた。そして本日からうめ祭りがスタート。しかし昨日の東京は最高気温が16.1度もあったのに、本日朝の予報は雪だるまだらけ!
実際に昼過ぎにはパラパラと雪が舞いだした。現在午後4時過ぎ時点では降っていない。夜にかけて積もるようなことにはならないはず。とはいえただいまの気温は2.8度。ちなみに午前5時の気温は5.4度あって朝より昼のほうが寒い。
でもウメが咲けば春遠からじ!
おしまい
ぬかるみに備えて傾斜が急なところは地面にゴザが敷かれている。
単色よりも2色のウメが入るように撮ったほうがキレイかな。
ちょっと密集感を狙って。
他の木の緑を背景にするのも悪くない。
この木はケヤキ? ひょっとしてイチョウ?
冬だと手がかりとなる葉がないので見分けが難しい。
まるでその木にウメが咲いているように撮れた(^^ゞ
こちらは背後に迫る感じで。
この木は、
こんなものがついていたからユリノキ。
枯れた花に思えるがこれは種の集合体。花びらのように見える1つ1つが種で風で運ばれていく。写真は一番外側の種だけが残った状態。
ウメに話を戻してお約束の逆光写真。
おぼろげな感じになってよし。
ところでよく撮る青空を背景にしたアングル。
白いウメだと真っ青な空になるのに、
ピンクだと空の色がくすんでしまう。
いつもこうなる。
両者の日差しの当たり方に差はない。
もちろんこれはウメに限った現象ではなく、どんな花でもピンクの色が濃い、あるいは赤や朱色に近くなるほど空がくすむ傾向が強い。
ひょっとしてピンク色が目に影響しての錯覚かと思い、青空の部分を抜き出して並べてみたが、やはり錯覚ではない。明らかに色が違う。考えてみれば肉眼で空の色は同じだから当たり前。
背景にする青空は鮮やかに撮りたいのにどうしてなんだろう。ただし白いウメの青空が鮮やかすぎるともいえる。実際の空はあんな真っ青な色をしていない。こういうのはデジカメの特性なのか?そのうち調べるつもり。
とりあえずそれは忘れて、
可憐なウメの花の微妙な違いを愛でましょう。
羽根木公園名物の「今まで一度も見えたことのない富士見場所」(^^ゞ
でもネットにはここから見えた富士山の写真が多数アップされている。いつか私にも富士山を眺められる日は来るだろうか。
梅林の斜面を西側に降りたところ。
そこにもロウバイが咲いていた。
その隣に5〜6本が育成中。スペースは充分にあるのだから50本くらい植えて、ここをロウバイの森にして欲しい。
梅林中央の階段横にあったロウバイより状態がよく香りも強かった。たぶんこれが今年に見る最後のロウバイだと思ってクンクンしまくる。
ロウバイの代表的品種は和ロウバイ(単にロウバイともいう)、マンゲツ(満月)ロウバイ、ソシン(素心)ロウバイ、フクジュ(福寿)ロウバイの4つ。このうち和ロウバイは花の中心部が赤紫で、満月も赤紫の細い輪のような模様が花びらにあって見分けやすい。
問題は素心と福寿。色はどちらも黄色一色。
その違いは
素心:花びらがやや尖っている、透明感のある黄色
福寿:花びらは丸い、黄色の色がやや濃い、花がやや大きい
とされる。とはいっても「やや尖っている」「やや濃い」「やや大きい」は微妙な違い。並べて見較べないとよくわからないし、今までにそんな機会はなし。
それでこのロウバイは色が濃いともサイズが大きいとも思えないけれど、花びらは丸い形なので暫定的にフクジュロウバイに認定しておきましょう。公園管理者には求む品種表示。
さて羽根木公園を訪れたのはうめ祭り開催の3日前。それでも3割くらいのウメは楽しめた。そして本日からうめ祭りがスタート。しかし昨日の東京は最高気温が16.1度もあったのに、本日朝の予報は雪だるまだらけ!
実際に昼過ぎにはパラパラと雪が舞いだした。現在午後4時過ぎ時点では降っていない。夜にかけて積もるようなことにはならないはず。とはいえただいまの気温は2.8度。ちなみに午前5時の気温は5.4度あって朝より昼のほうが寒い。
でもウメが咲けば春遠からじ!
おしまい
2026年02月05日
うめ祭り開催前の羽根木公園でウメととロウバイ
羽根木公園のウメは3〜4回ほど見に来ている。
そのうち2021年と2024年はブログにも書いた。
2021年 羽根木公園でウメを見る
2024年 羽根木公園までウメ散歩
できるだけ同じところに同じものは見に行かないようにしているが、ここは自宅から比較的近いので例外扱いにしている場所。この公園で開かれる「せたがや梅まつり」は2月7日からだけれど、今年はウメの開花が早いようなので、もうそこそこ咲いているでしょうと2月4日に訪れた。
地図で白く抜けているのが世田谷区。
小田急線の梅ヶ丘駅寄りの公園入り口。
公園の由来を書いた看板。
ところでこちらは2021年に撮影した同じ看板。ウメの数が700本と書かれており、でも世田谷区のホームページだと650本となっていると、そのときののブログでも指摘した。
さらにこれは2023年に撮った看板でウメの数は同じく700本。
現在の看板(一番上の写真)は650本に修正されている。ところが文末の日付は2004年2月で2023年の看板も同じ日付が記されている。つまり本数のところだけをコソッと修正したと思われる。 お暇な人がいれば世田谷区に問い合わせを(^^ゞ
3日後のうめ祭り開催の準備。
ピンク部分が梅園。羽根木公園全体が8.1ヘクタールなので梅園部分は1ヘクタール弱くらい。梅園部分とその左右=公園の南側は斜面になっている。
梅園の斜面を上がる最初の階段。
このあたりはまだ咲きそろっていなかったものの、
2つ目の階段ではご覧の通り。
3つ目の階段でヨッシャー!とほくそ笑む。
斜面の下も上も南向きで日当たりは同じように見える。それでも開花状況が異なるのは微妙な日当たりの差なのか、あるいは早咲き遅咲きの品種の違いなのだろうか。
この階段横にはロウバイがあった。今までに羽根木公園に来たのは2月後半なので、ここでロウバイを見るのは初めてでロウバイが植えられているとも知らなかった。
花数はそこそこ。
そして今年ロウバイを見た観泉寺や品川中央公園と違って、鼻を近づけなくてもあたりに濃厚な香りが漂っていた。
ロウバイに限らず花の香り成分は揮発性の有機化合物なので、開花した後は時間と共に香りが薄くなる。ここのは最近に開花したのかな。以前から同じ東京でも場所によってロウバイはかなり開花時期が異なる印象を持っている。
羽根木公園は品種の表示が充実している。でもそのときに名前を確認してもどうせすぐ忘れるので、白・ピンク・濃いピンクと楽しむのが私の流儀。
それとこの写真ではわかりづらいが枝がグリーンのウメがある。ほとんどが白梅で、中には枝の色が反射して花びらが薄く緑がかった白の場合もある。このグリーンウメ(園芸的には青軸と呼ぶ)がフレッシュな感じがして好き。
梅園の斜面を登り切ったところ。
これはうめ祭りのための飲食店屋台のプレハブ小屋。
東に延びる通路。
この方向にウメはないが、ここには鉢植えなど物販の屋台が並ぶ。
このエリアには柵に囲われたウメがある。
珍しい品種などではなく何周年かごとの記念植樹の木らしい。
キレイなら何でもよし。
樹形が素敵なしだれ梅。
ロウバイも1本だけ柵の中にあった。
園内にある梅ヶ丘図書館。
あれっ、こんなところに図書館があったっけ?
調べてみると梅ヶ丘図書館は1968年の竣工で、世田谷区立最古の図書館として羽根木公園の一角を占めてきた(それ以前に世田谷に図書館がなかったとは驚きだが)。ただし老朽化のため2023年に取り壊して、新たに完成したこの図書館がうめ祭り開催翌日の2月8日に稼働を始めるとわかった。
そしてこちらの世田谷区の資料を見ると、以前は羽根木公園の中から図書館の3階にアクセスできる通路はなかったようだ(先ほどの航空写真で梅園の右側で工事中になっている部分が図書館)。それで今回初めて図書館の存在に気がついたというわけ。
ところで旧館を取り壊して新しい図書館に建て替えたのに、世田谷区の関連ホームページではすべて「改築」「リニューアルオープン」の言葉が使われている。またそれを引用したネット情報も多い。どうも違和感があったので確認すると、
建物を取り壊して新しく建てるのは一般的には「建て替え」だが、建築基準法的には「建築物の一部もしくは全部を取り壊し、従来と同様の用途・構造・規模のものに建て替える」のが「改築」と定義されている。なお一般用語としての「改築」は建物の一部の造り替えだと思う。そしてリニューアルに法律の規定はないものの基本的に「改装」であって「建て替え」は含まないのが私の理解。
古い図書館を「改築」によって全面的に建て替え、図書館の中身は新しい建物にあわせて「改装」したと解釈すれば用語定義として間違ってはいない。でもまっさらな図書館ができたのに「改築」「リニューアルオープン」とはやはりしっくりこない。ひょっとしてSDGsに配慮したためらいがそう言わせているのだろうか。それは勘ぐりすぎで単に役所言葉をそのまま使った文章センスのなさなのかも知れないが。これもお暇な人がいれば世田谷区に問い合わせを。
ーーー続く
そのうち2021年と2024年はブログにも書いた。
2021年 羽根木公園でウメを見る
2024年 羽根木公園までウメ散歩
できるだけ同じところに同じものは見に行かないようにしているが、ここは自宅から比較的近いので例外扱いにしている場所。この公園で開かれる「せたがや梅まつり」は2月7日からだけれど、今年はウメの開花が早いようなので、もうそこそこ咲いているでしょうと2月4日に訪れた。
地図で白く抜けているのが世田谷区。
小田急線の梅ヶ丘駅寄りの公園入り口。
公園の由来を書いた看板。
ところでこちらは2021年に撮影した同じ看板。ウメの数が700本と書かれており、でも世田谷区のホームページだと650本となっていると、そのときののブログでも指摘した。
さらにこれは2023年に撮った看板でウメの数は同じく700本。
現在の看板(一番上の写真)は650本に修正されている。ところが文末の日付は2004年2月で2023年の看板も同じ日付が記されている。つまり本数のところだけをコソッと修正したと思われる。 お暇な人がいれば世田谷区に問い合わせを(^^ゞ
3日後のうめ祭り開催の準備。
ピンク部分が梅園。羽根木公園全体が8.1ヘクタールなので梅園部分は1ヘクタール弱くらい。梅園部分とその左右=公園の南側は斜面になっている。
梅園の斜面を上がる最初の階段。
このあたりはまだ咲きそろっていなかったものの、
2つ目の階段ではご覧の通り。
3つ目の階段でヨッシャー!とほくそ笑む。
斜面の下も上も南向きで日当たりは同じように見える。それでも開花状況が異なるのは微妙な日当たりの差なのか、あるいは早咲き遅咲きの品種の違いなのだろうか。
この階段横にはロウバイがあった。今までに羽根木公園に来たのは2月後半なので、ここでロウバイを見るのは初めてでロウバイが植えられているとも知らなかった。
花数はそこそこ。
そして今年ロウバイを見た観泉寺や品川中央公園と違って、鼻を近づけなくてもあたりに濃厚な香りが漂っていた。
ロウバイに限らず花の香り成分は揮発性の有機化合物なので、開花した後は時間と共に香りが薄くなる。ここのは最近に開花したのかな。以前から同じ東京でも場所によってロウバイはかなり開花時期が異なる印象を持っている。
羽根木公園は品種の表示が充実している。でもそのときに名前を確認してもどうせすぐ忘れるので、白・ピンク・濃いピンクと楽しむのが私の流儀。
それとこの写真ではわかりづらいが枝がグリーンのウメがある。ほとんどが白梅で、中には枝の色が反射して花びらが薄く緑がかった白の場合もある。このグリーンウメ(園芸的には青軸と呼ぶ)がフレッシュな感じがして好き。
梅園の斜面を登り切ったところ。
これはうめ祭りのための飲食店屋台のプレハブ小屋。
東に延びる通路。
この方向にウメはないが、ここには鉢植えなど物販の屋台が並ぶ。
このエリアには柵に囲われたウメがある。
珍しい品種などではなく何周年かごとの記念植樹の木らしい。
キレイなら何でもよし。
樹形が素敵なしだれ梅。
ロウバイも1本だけ柵の中にあった。
園内にある梅ヶ丘図書館。
あれっ、こんなところに図書館があったっけ?
調べてみると梅ヶ丘図書館は1968年の竣工で、世田谷区立最古の図書館として羽根木公園の一角を占めてきた(それ以前に世田谷に図書館がなかったとは驚きだが)。ただし老朽化のため2023年に取り壊して、新たに完成したこの図書館がうめ祭り開催翌日の2月8日に稼働を始めるとわかった。
そしてこちらの世田谷区の資料を見ると、以前は羽根木公園の中から図書館の3階にアクセスできる通路はなかったようだ(先ほどの航空写真で梅園の右側で工事中になっている部分が図書館)。それで今回初めて図書館の存在に気がついたというわけ。
ところで旧館を取り壊して新しい図書館に建て替えたのに、世田谷区の関連ホームページではすべて「改築」「リニューアルオープン」の言葉が使われている。またそれを引用したネット情報も多い。どうも違和感があったので確認すると、
建物を取り壊して新しく建てるのは一般的には「建て替え」だが、建築基準法的には「建築物の一部もしくは全部を取り壊し、従来と同様の用途・構造・規模のものに建て替える」のが「改築」と定義されている。なお一般用語としての「改築」は建物の一部の造り替えだと思う。そしてリニューアルに法律の規定はないものの基本的に「改装」であって「建て替え」は含まないのが私の理解。
古い図書館を「改築」によって全面的に建て替え、図書館の中身は新しい建物にあわせて「改装」したと解釈すれば用語定義として間違ってはいない。でもまっさらな図書館ができたのに「改築」「リニューアルオープン」とはやはりしっくりこない。ひょっとしてSDGsに配慮したためらいがそう言わせているのだろうか。それは勘ぐりすぎで単に役所言葉をそのまま使った文章センスのなさなのかも知れないが。これもお暇な人がいれば世田谷区に問い合わせを。
ーーー続く
2026年02月02日
品川中央公園のロウバイ
1月30日に大井町で所用を済ませた後に散歩がてら自宅まで歩いて帰ってきた。どこかへ電車で出かけて帰りを歩きにするのはよくやるパターン。途中に品川中央公園、戸越公園、文庫の森と3つの公園がある。訪れたことがなかった品川中央公園に立ち寄ってみたらロウバイが咲いていた。
地図で色が抜けて白くなっているのが品川区。中央公園は名前の通りまさに品川区のど真ん中にある。大井町駅からは10分くらい。ちなみに品川駅は品川区ではなく隣の港区にある。その代わりに?目黒駅が位置しているのは目黒区ではなく品川区。山手線で駅名に区の名前がついているのに別の区に建っているのはこの2つ以外に、新宿駅も新宿区と渋谷区にまたがっているとどうでもいい知識。
これは公園の航空写真。左から災害用のヘリポートを兼ねた広場、品川区立中小企業センターのビル、グラウンド、前庭部分で構成されており「緑の多い都会のオアシス的」な公園とは趣が異なる。
なお公園の正式名称は平仮名で「しながわ中央公園」。名所に平仮名を使うのは文章の位置によって「 」でくくらないと読みづらくなるので嫌い。
ロウバイが咲いていたのはグラウンド前の道路に沿ったところ。
花数もそこそこ。先日に見に出かけた観泉寺は終了間近の状態で欲求不満がたまったが、その胸のつかえが下りた感じ。
黄色く丸々コロコロとしていて可愛い。
花の中まで黄色く、そして花びらが丸いからフクジュロウバイ(福寿)かも知れない。
これは開花から時期が経って花びらがかなり開いている。
少し先にもう2本あった。
こちらの方が先に咲いていたようだ。
花の中まで黄色く、でも花びらが尖っているからソシンロウバイ(素心)だろうか。
フクジュとソシンの見分け方は自信がない。
ウメも咲いていた。
道路より少し奥まったところにあり、
また花が咲いている位置も高いのでiPhoneのカメラでアップは無理。
ウメの木の下に植えられていたきれいな花も撮っておきましょう。
公園の前庭というか入り口部分。
向かいは品川区役所。
黄色が鮮やかな木があった。
上の写真の木は近くまで寄れなかったので、こちらは別の場所の同じ木。直射日光を浴びていないと黄色の鮮やかさがまったく違う。
画像検索してみるとこれはフィリフェラオーレアと舌をかみそうな名前。和名ではオウゴンヒヨクヒバ(黄金比翼桧葉)。ヒノキ科ヒノキ属サワラの園芸品種。魚のサワラは食べたことがあっても木のサワラは初めて知った。
結局、公園に接している道路からロウバイとウメを眺めた後に、前庭部分を通っただけで公園内部にはほとんど立ち入らず。どちらかというと運動公園的で特に見るものもない気配がしたから。それでもロウバイは予想していなかったのでラッキー!ただし香りがとても薄かったのが残念。
地図で色が抜けて白くなっているのが品川区。中央公園は名前の通りまさに品川区のど真ん中にある。大井町駅からは10分くらい。ちなみに品川駅は品川区ではなく隣の港区にある。その代わりに?目黒駅が位置しているのは目黒区ではなく品川区。山手線で駅名に区の名前がついているのに別の区に建っているのはこの2つ以外に、新宿駅も新宿区と渋谷区にまたがっているとどうでもいい知識。
これは公園の航空写真。左から災害用のヘリポートを兼ねた広場、品川区立中小企業センターのビル、グラウンド、前庭部分で構成されており「緑の多い都会のオアシス的」な公園とは趣が異なる。
なお公園の正式名称は平仮名で「しながわ中央公園」。名所に平仮名を使うのは文章の位置によって「 」でくくらないと読みづらくなるので嫌い。
ロウバイが咲いていたのはグラウンド前の道路に沿ったところ。
花数もそこそこ。先日に見に出かけた観泉寺は終了間近の状態で欲求不満がたまったが、その胸のつかえが下りた感じ。
黄色く丸々コロコロとしていて可愛い。
花の中まで黄色く、そして花びらが丸いからフクジュロウバイ(福寿)かも知れない。
これは開花から時期が経って花びらがかなり開いている。
少し先にもう2本あった。
こちらの方が先に咲いていたようだ。
花の中まで黄色く、でも花びらが尖っているからソシンロウバイ(素心)だろうか。
フクジュとソシンの見分け方は自信がない。
ウメも咲いていた。
道路より少し奥まったところにあり、
また花が咲いている位置も高いのでiPhoneのカメラでアップは無理。
ウメの木の下に植えられていたきれいな花も撮っておきましょう。
公園の前庭というか入り口部分。
向かいは品川区役所。
黄色が鮮やかな木があった。
上の写真の木は近くまで寄れなかったので、こちらは別の場所の同じ木。直射日光を浴びていないと黄色の鮮やかさがまったく違う。
画像検索してみるとこれはフィリフェラオーレアと舌をかみそうな名前。和名ではオウゴンヒヨクヒバ(黄金比翼桧葉)。ヒノキ科ヒノキ属サワラの園芸品種。魚のサワラは食べたことがあっても木のサワラは初めて知った。
結局、公園に接している道路からロウバイとウメを眺めた後に、前庭部分を通っただけで公園内部にはほとんど立ち入らず。どちらかというと運動公園的で特に見るものもない気配がしたから。それでもロウバイは予想していなかったのでラッキー!ただし香りがとても薄かったのが残念。






























































































































































































































































