2008年06月16日

メキシコ・オリンピックの思ひ出

東京オリンピックの次がメキシコ・オリンピック。


この思い出は私にとっては強烈なのであるが文章にするのは難しい。
それを承知で読んでね。


東京オリンピックの時に幼稚園だった私は、メキシコオリンピックの時には小学生。小学校になると運動会がある(幼稚園の時にもあったはずだが、あまり覚えていない)。

運動会は10月だったと思う。それで二学期になってしばらくすると、朝礼の時に入場行進の練習をさせられる。私の記憶はたぶん拡張されているかも知れないが、1ヶ月くらい毎日毎日、行進の練習をしていたような気がする。手足が揃う、隊列の間隔が揃う、号令に応じて進んだり曲がったり止まったりするための訓練。その時にそんな言葉は知らなかったけれど、いわゆる軍隊式の行進練習。そして入場行進というのは、そういうものだと疑いもしていなかった。


疑いもしていなかったのは東京オリンピックの時の入場行進が各国とも一糸乱れぬ軍隊式の入場行進だったから。ちなみに閉会式ではもっと気楽にバラバラと入場することも幼稚園の頃から理解していた気がする。


さてメキシコ・オリンピックの開会式。
各国選手団はなんと気楽に観客に手など振りつつ入場して来るではないか!まるで閉会式のような雰囲気。もっとも国によって入場の仕方は差があり、私の記憶では日本選手団は軍隊行進だった。アジア各国もだいたい同じだったが、欧米の選手はリラックスムード、南米の選手は飛び跳ねてはしゃいでいたような気がする。


入場行進とは一糸乱れぬ軍隊式と疑いもしていなかった私は、目の前で繰り広げられている運動会の最高峰?であるオリンピックの光景に、得も言われぬ衝撃を受けた。


エッ? ナンノコッチャわからないって?
だから文章にするのは難しいんだってばぁ(^^ゞ


軍隊式で行進入場するか、自由な歩き方で入場するかは開会式の単なるルールの違いではなくて、そのルールを支えている価値観の違いだということを、たぶん子供心に感じていたのだと思う。来る日も来る日もの入場行進練習にうんざりしていた私にとっては「型に押しつけられない自由」や「自分の周りとは異なる価値観も世の中には存在する」ということの発見だったのかも知れない。


文章でいくら説明しても、私の受けた衝撃を表現するのは無理だからやめておく。とにかく私は物心が付いたときから、そしてメキシコ・オリンピックの時からは明確な意識として「団体行動は苦手で大嫌い」なのである。

wassho at 19:38│Comments(0) ノンジャンル 

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