2013年12月13日

アホお辞儀

おじぎ

オフィスが銀座なので周りに一流ブランドの店や高級アパレルの店がたくさんある。

いきなり脱線だが、ブティックという言葉が死語になって久しい。そういえば30年前も、当時はやっていたデザイナーズブランドの店をブティックとは呼ばなかったか。しかし今でいうセレクトショップのような店はブティックだったし、また衣料品販売店を総称してブティックというジャンル名が使われていた。「ブティックやレストランが集まったおしゃれなエリア」のように。今はあえていうなら「ショップ」という表現。これだと何のショップか特定できないからときどき不便。

ついでに、たまに職業欄にショップ店員と書いてあるのを見かける。ショップ店員って、ショップを日本語にすれば店の店員。店員が店の店員なのは当たり前なので、ショップ店員は言葉の使い方がおかしいと思うぞ。


さて話を戻すと、一流ブランドの店や高級アパレルの店などの一部で、この2年くらいで増えてきた光景。

客が店から出てくる。
店員も一緒に出てくる。
買ってくれた品物は店員が持っており、そこで客に渡す。

ここまではある程度高級な店なら昔から珍しくない。
最近増えたのは次のような光景。

客が店から遠ざかっていく。
その後ろ姿を、ずっと店員が見ている。
だいたい1ブロック離れたくらいのところで深々とお辞儀をする。
もちろん客が店員のほうを振り返るわけではない。
さらに1ブロック離れるまで、ずっと深々とお辞儀し続ける店もある。
お辞儀をしていない場合、店員の顔を観察できる。普通の顔をしている店もあれば、満面の作り笑顔でずっと客の背中を見ている店もある。


アホクサッと思いながらいつも眺めている。

客の姿が見えなくなるまで見送り続ける店主とか旅館の女将のエピソードというのは、大昔からたまにあった。おそらく、あるとき人事教育や研修系の会社のどこかが「これぞ接客業の鑑」としてマニュアルに取り入れ、それが流行りだしたんだろう。


客を見送るのもお辞儀をするのも悪いことではない。心がともなっていない形だけの見送りやお辞儀なんて意味がないと精神論を垂れるつもりもない。
アホクサッな理由の1つは、何事も限度あるいは適度な分量があるということ。ただ買い物をしてくれただけで客が1ブロック離れるまで、ずっと突っ立っていたりお辞儀し続けているのは明らかにやりすぎである。

その2は、頭を下げときゃ感謝の気持ちが伝わるだろうという自己満足な発想。ある意味、人を馬鹿にした態度でもある。店内での接客が素晴らしければ、客は充分に満足するはず。客に感謝するのではなく、客に感謝されるために切磋琢磨するのがビジネスである。

他にも理由は色々あるけれど、本日はこの辺で。


違和感を感じるアホお辞儀はテレビでも見られる。
ニュース番組の最後に全員が揃っての「では、また明日」というシーン。女子アナによっては前にあるテーブルに頭がくっつかんばかりに極端に深くお辞儀している人がいる。いつもキモッと思って見ている。もっとも、あそこまで頭を下げないと「あの女子アナは態度が生意気」とか言い出すアホも多いらしいから、そういう意味では防衛的行為かもしれない。そうなら気の毒ともいえるが、頭を下げてやり過ごすという、まさに下向きの発想はやっぱり気に入らない。


実はお辞儀でもっと違和感を感じて、これこそ問題だと思うことは別にある。なかなか表現が難しいので、それはまた別の機会に。

wassho at 22:48│Comments(0) 社会、政治、経済 

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔