2014年03月08日
ウクライナあれこれ その3
ソ連は崩壊して、今はロシアになった。
ウクライナは旧ソ連の一部だった。
ソ連がロシアになったことを知らない人はいないと思う
ーーーと書こうと思ったが。
崩壊は1991年(平成3年)だから、早いもので今から23年も前。その頃に子供だった人は、後からソ連のことを知識として知ったとしてもあまりピンと来ないかもしれない。今生きている日本人にとって、中国は以前「清」という国だったことが歴史としてしか感じられないことと同じ。ソ連崩壊時に10歳だった人は今33歳。そんな立派な大人が知らないことを、自分は肌で感じて知ってるなんて歴史の生き証人の古老になった気分。
それはさておき、
ウクライナのことをブログに書こうとした時、ソ連あるいはロシアについて実はあまり知識がないということに今さらながら気がついた。それでいろいろ調べて興味深かった点をいくつか紹介。ザッと調べただけだから間違っている点もあるかもしれないので、そのつもりで読まれたし。それとひんぱんに横道にそれるのが私のブログだが、たぶん今回はいつも以上になる予感。
さてソ連はソビエト連邦の略であり、正式にはソビエト社会主義共和国連邦である。それくらいはわかっているが、知っているようで知らないのが連邦という言葉。
辞書には「2つ以上の国または州が1つの主権の下に結合して形成する国家」とある。ソ連とかアラブ首長国連邦などは名前がわかりやすいけれど、意外だったのはドイツも正式名はドイツ連邦共和国であり、スイスはスイス連邦だったこと。次のワールドカップのあるブラジルもブラジル連邦共和国だった。知ってたあ?
これらの国は州=地方政府の集合体として国家を形成していると考えていいと思う。日本の都道府県は国の行政代行機関に過ぎず地方政府ではないから日本は連邦国家ではない。江戸時代の幕藩体制は徳川家が中央政府で各藩が地方政府の連邦制とみなせなくもない。アメリカは合衆国と呼び名は違うがもちろん連邦国家。アメリカの各州は独自の州憲法を持ち州兵もいる。ところで、すっかり下火になっている日本の道州制議論。本来は現在の中央集権じゃなく中央政府・地方政府の連邦制を導入するかどうかが本質。でもほとんどの議論が都道府県の合併程度しかイメージしていないから、仮に導入されても何も変わらないというのが私の推測。大蔵省が財務省になった省庁再編で日本の行政が変わらなかったのと同じ。
話をソ連やウクライナに戻す。アメリカなどは州が集まって連邦国家になっている。それに対してソ連は国が集まって連邦国家になっている。州でも国でも集まれば同じく連邦というのは言葉的にアバウトだと思うが、そういう定義だから仕方がない。でも州の集まりと国の集まりはかなり違うと思う。
州連邦というのは、各地域をまとめて1つの国にしたもの。無理やり例えれば家康の天下統一のイメージ。一方で国家連邦は、というよりソ連邦はこんな成り立ちじゃないかと想像する。
(ソ連成立前の)ロシアは周りの国を平定してもっと大きな国になりたかった。
でも、そこまでの力はなかった。
それで周りの国に「ソビエト連邦という連邦国家を一緒に作ろう。別に君たちの国がなくなるわけじゃない」と持ちかけた。
ロシアの周りの国は、ロシアと戦って勝ち目はなかった。だから実を捨てて名を取ってソビエト連邦に加盟した。
※最初はロシア、ウクライナほか4カ国から始まり、最終的には15カ国になった。
家康に統一された側の地方は、悔しさはともかく戦で負けたり、あるいは自ら進んで配下に入ったわけだから諦めもつく。1つの国にまとまったという連帯感もやがて生まれる。でもソ連式はそれぞれの国というアイデンティティは残るわけである。統一ではなく連合のイメージ。だからソ連の周りではいろいろゴタゴタが多かったんじゃないかな。
そしてソ連崩壊というのはソ連の中央政府の崩壊である。だからそれを立て直す選択肢もあったはずだが、ソ連邦を構成していたロシア以外の14の国はソ連の再建ではなく連邦からの独立を選んでいる。幕末に薩長は幕府を倒そうとする。言い換えれば日本という国を再構築しようとしたのであって、徳川幕藩体制から抜けて独立するなどという考えは持たなかったはずだ。
※ロシアもソ連から独立したことになっているが、話がややこしくなるのでカウントしなかった。
ーーーとりとめもなく続く。
ウクライナは旧ソ連の一部だった。
ソ連がロシアになったことを知らない人はいないと思う
ーーーと書こうと思ったが。
崩壊は1991年(平成3年)だから、早いもので今から23年も前。その頃に子供だった人は、後からソ連のことを知識として知ったとしてもあまりピンと来ないかもしれない。今生きている日本人にとって、中国は以前「清」という国だったことが歴史としてしか感じられないことと同じ。ソ連崩壊時に10歳だった人は今33歳。そんな立派な大人が知らないことを、自分は肌で感じて知ってるなんて歴史の生き証人の古老になった気分。
それはさておき、
ウクライナのことをブログに書こうとした時、ソ連あるいはロシアについて実はあまり知識がないということに今さらながら気がついた。それでいろいろ調べて興味深かった点をいくつか紹介。ザッと調べただけだから間違っている点もあるかもしれないので、そのつもりで読まれたし。それとひんぱんに横道にそれるのが私のブログだが、たぶん今回はいつも以上になる予感。
さてソ連はソビエト連邦の略であり、正式にはソビエト社会主義共和国連邦である。それくらいはわかっているが、知っているようで知らないのが連邦という言葉。
辞書には「2つ以上の国または州が1つの主権の下に結合して形成する国家」とある。ソ連とかアラブ首長国連邦などは名前がわかりやすいけれど、意外だったのはドイツも正式名はドイツ連邦共和国であり、スイスはスイス連邦だったこと。次のワールドカップのあるブラジルもブラジル連邦共和国だった。知ってたあ?
これらの国は州=地方政府の集合体として国家を形成していると考えていいと思う。日本の都道府県は国の行政代行機関に過ぎず地方政府ではないから日本は連邦国家ではない。江戸時代の幕藩体制は徳川家が中央政府で各藩が地方政府の連邦制とみなせなくもない。アメリカは合衆国と呼び名は違うがもちろん連邦国家。アメリカの各州は独自の州憲法を持ち州兵もいる。ところで、すっかり下火になっている日本の道州制議論。本来は現在の中央集権じゃなく中央政府・地方政府の連邦制を導入するかどうかが本質。でもほとんどの議論が都道府県の合併程度しかイメージしていないから、仮に導入されても何も変わらないというのが私の推測。大蔵省が財務省になった省庁再編で日本の行政が変わらなかったのと同じ。
話をソ連やウクライナに戻す。アメリカなどは州が集まって連邦国家になっている。それに対してソ連は国が集まって連邦国家になっている。州でも国でも集まれば同じく連邦というのは言葉的にアバウトだと思うが、そういう定義だから仕方がない。でも州の集まりと国の集まりはかなり違うと思う。
州連邦というのは、各地域をまとめて1つの国にしたもの。無理やり例えれば家康の天下統一のイメージ。一方で国家連邦は、というよりソ連邦はこんな成り立ちじゃないかと想像する。
(ソ連成立前の)ロシアは周りの国を平定してもっと大きな国になりたかった。
でも、そこまでの力はなかった。
それで周りの国に「ソビエト連邦という連邦国家を一緒に作ろう。別に君たちの国がなくなるわけじゃない」と持ちかけた。
ロシアの周りの国は、ロシアと戦って勝ち目はなかった。だから実を捨てて名を取ってソビエト連邦に加盟した。
※最初はロシア、ウクライナほか4カ国から始まり、最終的には15カ国になった。
家康に統一された側の地方は、悔しさはともかく戦で負けたり、あるいは自ら進んで配下に入ったわけだから諦めもつく。1つの国にまとまったという連帯感もやがて生まれる。でもソ連式はそれぞれの国というアイデンティティは残るわけである。統一ではなく連合のイメージ。だからソ連の周りではいろいろゴタゴタが多かったんじゃないかな。
そしてソ連崩壊というのはソ連の中央政府の崩壊である。だからそれを立て直す選択肢もあったはずだが、ソ連邦を構成していたロシア以外の14の国はソ連の再建ではなく連邦からの独立を選んでいる。幕末に薩長は幕府を倒そうとする。言い換えれば日本という国を再構築しようとしたのであって、徳川幕藩体制から抜けて独立するなどという考えは持たなかったはずだ。
※ロシアもソ連から独立したことになっているが、話がややこしくなるのでカウントしなかった。
ーーーとりとめもなく続く。
wassho at 17:52│Comments(0)│
│社会、政治、経済