2014年03月31日

ラファエル前派展 テート美術館の至宝 その2

前書きが長かったが何点か絵の紹介を。



「5月、リージェンツ・パークにて」 
 チャールズ・オールストン・コリンズ  
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ドラマティックなところは何もない風景画。でもこの絵は描き込みがとても細かい。是非クリックして拡大を。写真で例えるなら手前から一番奥まで全部にクッキリとピントが合っているイメージ(写真でそういうことは無理だが)。

この描き込みの緻密さ、繊細さはラファエル前派の特徴のひとつ。彼らのサポーターであったジョン・ラスキンの「芸術は自然をありのままに再現すべきだ」という考えを、こういう形でラファエル前派は自分たちの絵画理念としていった模様。

この絵を見て思い出したのは去年の末に観た、同じくイギリス人画家で風景画を専門とするターナー。彼もキャリア半ばまではとても緻密な風景画を描いている。ターナーは1775〜1851年の人で1848年に結成されたラファエル前派と直接は重ならない。でもスーパースターであるターナーの絵は観ていたはず。そしてラファエル前派のメンバーより10歳ほど年上のジョン・ラスキンはターナーと深い交流があった。ターナーとジョン・ラスキンの年齢差は44歳だから、彼らが知り合った頃にターナーはもう繊細な絵は描いていない。でも何か影響を与え合うことがあったのかな。そんなことまで調べるのは大変だから、美術史のお勉強は老後の楽しみにとっておこう。



「ペグウェル・ベイ、ケント州 1858年10月5日の思い出」
 ウィリアム・ダイス

これも緻密な風景画。遠くから見たら写真と勘違いするかもしれない。でも細かくリアルに描いているが、そのシュールさを売りものにした絵ではないと思う。なんというか全体の佇まいがとてもいい。
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画面中央上部にうっすらと白い線がある。これは1858年に地球に接近して大騒ぎになったドナティ彗星を描いたもの。19世紀でもっとも明るい彗星といわれている。10月5日というのは彗星が一番明るくなった日である。

画面右には断崖絶壁。ペグウェル湾はフランスに面したドーバー海峡にあって、このあたりはこういう地形らしい。そして岩肌が白いが、このあたりの地層を研究して設定されたのが今から6500万年〜1億4000万年にあたる白亜紀。

だからこの絵は、白亜紀の地層を背景に彗星を配置するという実に壮大なスケールの絵なのである。もっともダイスがそこまで意識して描いたという資料はなかったが。


ところで、この絵には大きな謎が。
タイトルに1858年10月5日と日付まで入れたのだから、この絵は明確に彗星を意識している。そのわりに彗星の書き方があっさりしているが、それは「芸術は自然をありのままに再現すべきだ」の理念に基づいて、実際に見えた彗星がこの程度で見えたままに描いたのだろう。まだ日も落ちていないし。

それはいいとして、絵の前面にメインで描かれている4名の女性が解せない。まったく彗星に興味を示していない。世紀の天体ショーだったはずなのにテンション低すぎない?

ちなみに女性達は貝殻を拾っている。部屋の飾りにでもするのだろうか。その部分を拡大したものをネットで見つけたので参考までに。
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絵の横幅は89センチ。A3を横に並べれば88センチだから、そんなに大きな絵ではない。赤いガウン女性の身長は10センチちょっとである。10センチのものに対してこの描写。絵全体が発する緻密力がどれくらいすごいかわかってもらえるだろうか。




「シェイクスピアが生まれた部屋」 
 ヘンリー・ウォリス

実に細かいところまで描写している。でも脇に椅子が何脚か置いてあるだけでなんのための部屋なのか不思議な感じも受ける。ところでシェイクスピア(1564-1616年)の生家は今も残っていて公開されている。しかしネットで写真を見るとこの絵のイメージとはずいぶん違う。シェイクスピアにはまったく無知なので、ウォリスがこの絵で表現しようとしたメッセージは教養不足で読み取れず。ちなみにラファエル前派はシェイクスピアの作品を絵のテーマに用いることが多い。
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「両親の家のキリスト(大工の仕事場)」 
 ジョン・エヴァレット・ミレー‎

こういう絵が前衛的だと良識派に批判されたんだろうなと思う。タイトルがなければ昔の木工所の風景かと思うが、これはキリスト一家を描いている。
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真ん中の白い服を着た子供がイエスで隣が母親のマリア。禿頭がヨセフで、彼はマリアが処女で懐妊したから、マリアの夫だけれどイエスの養父ということになっている。職業は大工だった。後ろにいる赤いガウンの女性がマリアの母親=イエスのおばあさんであるアンナ。水を運んでいるのはイエスの年長の従兄弟である洗礼者ヨハネ。つまりキリストファミリー大挙出演の図。

でも見てわかるように神々しさの演出は一切ない。どちらかといえば貧乏そうな一家の日常として描いている。それがラファエロ以前の素朴さに戻ろうとしたラファエル前派の主張であり、体制側には冒涜に映るゆえん。でもそういう衝突や議論を繰り返して絵というか芸術というか文化というのは進歩してきたんだろうな。そのあたりが西洋文化のすごいところ。釈迦でも菩薩でも高僧でもワンパターンの構図以外のものを見たことある?

ところで緻密に描くというラファエル前派の文法はこの絵でも徹底している。この絵の前に立つと床のかんなくずの匂いがしてきそうなくらいだった。



「見よ、我は主のはしためなり(受胎告知)」 
 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ

遠くから見ている時は、病室でお見舞いでもしている絵かと思った。それくらいごく普通の情景で描かれた受胎告知。
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受胎告知とはマリアがイエスを宿したと天使に告げられるキリスト教では重要なシーン。いろんな画家が描いているがダ・ヴィンチのが一番有名かな。ダ・ヴィンチの豪華な受胎告知と較べれば、ロセッティの絵はなんとも質素。キリスト教にとってめでたいこのモチーフをこんな風に描くから反逆児と呼ばれる。この絵はあっさりしていて視覚的にはあまり楽しめないものの、過剰な演出や高尚さ=権威主義を嫌ったラファエル前派の真骨頂だと思う。

気になったのはタイトルの「はしため」。漢字で書くと端女。下女とか召使いといった意味。どちらかというと蔑むニュアンスがある。原題で端女はancillaとラテン語で書かれており、それには女奴隷という訳語もある。だからかancillaで画像検索するとムフフな美女がたくさん。コラ!そこの君、検索してないで私のブログを読みなさい(^^ゞ それでタイトルの付け方でも反逆したのかと思ったが、これは受胎を告げに来た天使にマリアが自ら返した有名な言葉らしい。西洋絵画はキリスト教文化にも通じていないと充分理解できないのがつらいところ。



「チャタートン」 
 ヘンリー・ウォリス

反逆のイメージでラファエル前派を見ていたせいか、パンクロックのミュージシャンのように見えた作品。マクラの生地の折り目がちょうど頭のところにあって遠目から見ると一角獣の角みたいに見えて、それがまたパンクロックぽくーーー。もちろんこの時代にパンクロックはないけど。
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横たわっているのはトーマス・チャタートンというラファエル前派より100年ほど前に活躍したイギリスの詩人。彼の作品はラファエル前派にも何かと影響を与えたらしい。代表作である「慈善のバラード」という詩は「現在イギリス詩の中でも有数の傑作と評される作品」とウィキペディアにあったが、検索してもまったくヒットせず。やっぱり詩という文芸形式はなかなか日本文化に溶け込めないようだ。

それでチャタートンはわずか17歳で自殺する。この絵はその時の情景を描いたもの。テーマとしては夭折した悲劇のロックスターのような扱い。尾崎豊みたいなものか。枕元にあるボックスからビリビリに破った紙が溢れ出ている。詩が書かれていた紙だろうか。そういう細かいところに手を抜かないのがラファエル前派風。シャツやシーツも窓の外の風景にしても、そこまでやるかというくらい描き込んでいる。


ーーー続く

wassho at 22:47│Comments(0) 美術展 

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