2014年04月28日
日本再活性化計画
タイトルは大げさだけれど27日遅れのエイプリルフールのつもりで。
日本という国がこれからどうなるのか?
いろんな要因があって視点も様々。だからあまり単純に論ずべきでないことは承知している。しかし、この先の見通しドウヨ?と問われたらあまり楽観的にはなれない。
おおざっぱに書けば一番の要因は高齢化である。統計的に高齢化社会というのは人口に占める65歳以上の割合で示す場合が多い。
現在:約25% つまり4人に1人
今から21年後の2035年の推定:約33% つまり3人に1人
ついでに書くと現在は75歳以上が約18%である。もうひとつオマケで私が生まれた頃に65歳以上は約5%だった。つまり20人に1人、わかりやすく?いえばクラスの男子で1人だけという割合だから、年寄りという存在はごく少数派だったのである。高齢化の状況が世界各国と較べてどうだとか、それが社会あるいは財政的にどれくらいの負担になるかなどは、いろいろな発表があるから関心があれば検索して調べてほしい。
高齢化社会は子供を産む数が少なくなるから起こる(ゴッチャになっている人も多いが高齢化社会と長寿化とは視点が違う)。合計特殊出生率と難しそうな名前で呼ばれるのは1人の女性が何人の子供を産むかを表す数字。子供を作るには男女の2名が必要で、子供を産まない人もたくさん生む人もいて平均して2名出産なら人口は維持される。実際には乳幼児の死亡率はその後と較べて高いので、戦争などがなければ先進国で2.08が人口維持に必要とされている。
団塊世代が生まれた終戦後の第1次ベビーブームの頃:4.5
2.08を上回っていたのは41年前の1973年まで
2005年には1.26を記録
少し持ちなおして2012年の統計では1.41
男女2名のペアで1.41名の子供ができるということは7掛けということ。それが二世代続けば7掛けの7掛けで4.9掛けとなる。三世代続けば3.4掛け。その先はもう計算するのもおそろしい(^^ゞ 親と子供が同時に生きている期間があるから7掛けといっても人口はカクンと減らずになだらかに減少する。だから実感しづらいが人口減は41年前からセットされていたことなのである。昨年は一昨年より21万7000人の人口減となった。1億2800万人といわれる日本の人口と較べるとわずかのように感じるかもしれないが、これは東京の調布市とか兵庫県の宝塚市などの人口規模と同じである。統計では34年後に日本の人口は1億人を割り込み、46年後には9000万人を割り込むと推計されている。それは12年で1000万人減だから1年に今の3.8倍である83万人というハイペース。ちなみに都道府県別人口で第42位の佐賀県がそのくらいの規模である。
さて高齢化社会といったって、昔と違って70歳80歳くらいじゃピンピンしているし、高齢者向けのマーケットを開発することで経済、ひいては日本も活性化するという論調は多い。そもそも65歳から高齢者と決めつける定義が時代に合っていないという意見もある。それは間違っていないし、私もときどきアクティブ・シニアマーケットなどのテーマで稼がせてもらっている。
でも、次のこともまた事実である。
人間は歳を取ると、
いわゆる頭が固くなる
新しいことにチャレンジしなくなる
世の中の動きに疎くなる、ついていけない
好奇心、向上心がなくなる
行動力が落ちる
自分の価値観に凝り固まる
変化を嫌うようになる
自分を守りたがる
ーーーなどなど
あくまで一般論だから例外はあるだろうし、それぞれに反論もあると思う。でもこれは私自身が我が身に感じていることであり、日々抵抗を試みていることでもある。
さて私が懸念する高齢化社会とは21年後とか34年後の話ではなく、今もう始まっている危機のことである。
人口ピラミッドというのは男女別の年齢別人口を左右の棒グラフにしたもの。
下は2011年のピラミッド。
もともとピラミッドというのは三角形から名付けられた。しかし年齢別の人口構成比によって形は変わってくる。下のグラフは国道交通省のホームページのもの。三角形から真ん中が膨らんだ壺のような形になり、さらに高齢化が進めば逆三角形に。
さて話はいきなり変わって明治維新。
その立役者達が大政奉還のあった1867年11月9日に何歳だったかを計算すると
坂本 龍馬: 31歳
木戸 孝允: 34歳
大久保 利通:37歳
西郷 隆盛: 39歳
岩倉 具視: 42歳
勝 海舟: 44歳
と、ものの見事に30〜40歳代。
時代が違うし平均寿命が今より短かったとはいえ、明治維新という大事業を始めて成し遂げられたのは、この年代が中心になって動いたからこそと思う。
もちろん当時の人口ピラミッドはまさにピラミッドの三角形。だから彼らが存分に活躍できた。そして現在、30〜40歳代の上にはその世代より人口の多い高齢者がドーンとのしかかっている。頭が固くなり、自分の価値観に凝り固まり、変化を嫌うのが高齢者である。いるだけならいいが彼らは30〜40歳代の新しいチャレンジを批判し反対し潰しにかかる。ロジックが乱暴なのは承知しているが、これが私の認識している今もう始まっている高齢化社会の危機=日本の停滞の正体である。
残念ながら、これから訪れる超高齢化社会を止めることはできない。5人6人兄弟が当たり前だった時代には戻れないし、海外から若い移民だけをドッと入れるのも無理な話である。だからこそピチピチの30〜40歳代が充分に活躍できるシステムを作る必要があると考えるこの頃なのである。
その1
まずは政治。以前にこんなことも書いたが、もっと過激に国会も地方議会も含めてすべての議員は59歳までとする。40歳代ではなく50歳代まで含めたことに根拠はない、単なる直感。現在、60歳以上の国会議員は3割くらいだが、もちろんその(悪)影響力は比率以上に大きい。そして議員に年齢制限をしても人口が多く得票率も高い高齢者層に媚びを売る議員がいたら意味がない。だから選挙権も59歳までに制限。これは高齢者を切り捨てているのではなく、高齢者も含めた日本全体のことを考えて行動できる政治家が選ばれると信じている。
その2
次は行政と経済。官公庁、大企業の定年を50歳とする。アホな(正確に言うなら歳を取ってワカラズ屋なってしまった)上司や役員が新しい企画やプロジェクトを潰してきた、あるいは決断ができず結果としてタイミングを逃してしまった例はイヤというほど見てきた。最近の日本企業の停滞はそのせいだと確信に近いものを持っている。
ところで50歳で定年だと、ほとんどの人はまだ稼がなければやっていけない。だから中小企業に人材が回るし、あるいは起業も増える。これは大企業も中小企業も活性化させる企みでもある。もちろん天下り的な行為は官も民も厳しく規制する。転職してきた50歳以上の人が大活躍して大企業になったらーーーそれは、また今度考えよう。
もうすぐ憲法記念日なのに、思い切り基本的人権を無視することを書いてしまった。
それはめでたく本日のハッピーバースデイ TO MEを記念して。
まだしばらく選挙権はあるぜ!
できるだけいつまでも頭は柔軟でありたいと願う。そして頭皮も!
日本という国がこれからどうなるのか?
いろんな要因があって視点も様々。だからあまり単純に論ずべきでないことは承知している。しかし、この先の見通しドウヨ?と問われたらあまり楽観的にはなれない。
おおざっぱに書けば一番の要因は高齢化である。統計的に高齢化社会というのは人口に占める65歳以上の割合で示す場合が多い。
現在:約25% つまり4人に1人
今から21年後の2035年の推定:約33% つまり3人に1人
ついでに書くと現在は75歳以上が約18%である。もうひとつオマケで私が生まれた頃に65歳以上は約5%だった。つまり20人に1人、わかりやすく?いえばクラスの男子で1人だけという割合だから、年寄りという存在はごく少数派だったのである。高齢化の状況が世界各国と較べてどうだとか、それが社会あるいは財政的にどれくらいの負担になるかなどは、いろいろな発表があるから関心があれば検索して調べてほしい。
高齢化社会は子供を産む数が少なくなるから起こる(ゴッチャになっている人も多いが高齢化社会と長寿化とは視点が違う)。合計特殊出生率と難しそうな名前で呼ばれるのは1人の女性が何人の子供を産むかを表す数字。子供を作るには男女の2名が必要で、子供を産まない人もたくさん生む人もいて平均して2名出産なら人口は維持される。実際には乳幼児の死亡率はその後と較べて高いので、戦争などがなければ先進国で2.08が人口維持に必要とされている。
団塊世代が生まれた終戦後の第1次ベビーブームの頃:4.5
2.08を上回っていたのは41年前の1973年まで
2005年には1.26を記録
少し持ちなおして2012年の統計では1.41
男女2名のペアで1.41名の子供ができるということは7掛けということ。それが二世代続けば7掛けの7掛けで4.9掛けとなる。三世代続けば3.4掛け。その先はもう計算するのもおそろしい(^^ゞ 親と子供が同時に生きている期間があるから7掛けといっても人口はカクンと減らずになだらかに減少する。だから実感しづらいが人口減は41年前からセットされていたことなのである。昨年は一昨年より21万7000人の人口減となった。1億2800万人といわれる日本の人口と較べるとわずかのように感じるかもしれないが、これは東京の調布市とか兵庫県の宝塚市などの人口規模と同じである。統計では34年後に日本の人口は1億人を割り込み、46年後には9000万人を割り込むと推計されている。それは12年で1000万人減だから1年に今の3.8倍である83万人というハイペース。ちなみに都道府県別人口で第42位の佐賀県がそのくらいの規模である。
さて高齢化社会といったって、昔と違って70歳80歳くらいじゃピンピンしているし、高齢者向けのマーケットを開発することで経済、ひいては日本も活性化するという論調は多い。そもそも65歳から高齢者と決めつける定義が時代に合っていないという意見もある。それは間違っていないし、私もときどきアクティブ・シニアマーケットなどのテーマで稼がせてもらっている。
でも、次のこともまた事実である。
人間は歳を取ると、
いわゆる頭が固くなる
新しいことにチャレンジしなくなる
世の中の動きに疎くなる、ついていけない
好奇心、向上心がなくなる
行動力が落ちる
自分の価値観に凝り固まる
変化を嫌うようになる
自分を守りたがる
ーーーなどなど
あくまで一般論だから例外はあるだろうし、それぞれに反論もあると思う。でもこれは私自身が我が身に感じていることであり、日々抵抗を試みていることでもある。
さて私が懸念する高齢化社会とは21年後とか34年後の話ではなく、今もう始まっている危機のことである。
人口ピラミッドというのは男女別の年齢別人口を左右の棒グラフにしたもの。
下は2011年のピラミッド。
もともとピラミッドというのは三角形から名付けられた。しかし年齢別の人口構成比によって形は変わってくる。下のグラフは国道交通省のホームページのもの。三角形から真ん中が膨らんだ壺のような形になり、さらに高齢化が進めば逆三角形に。
さて話はいきなり変わって明治維新。
その立役者達が大政奉還のあった1867年11月9日に何歳だったかを計算すると
坂本 龍馬: 31歳
木戸 孝允: 34歳
大久保 利通:37歳
西郷 隆盛: 39歳
岩倉 具視: 42歳
勝 海舟: 44歳
と、ものの見事に30〜40歳代。
時代が違うし平均寿命が今より短かったとはいえ、明治維新という大事業を始めて成し遂げられたのは、この年代が中心になって動いたからこそと思う。
もちろん当時の人口ピラミッドはまさにピラミッドの三角形。だから彼らが存分に活躍できた。そして現在、30〜40歳代の上にはその世代より人口の多い高齢者がドーンとのしかかっている。頭が固くなり、自分の価値観に凝り固まり、変化を嫌うのが高齢者である。いるだけならいいが彼らは30〜40歳代の新しいチャレンジを批判し反対し潰しにかかる。ロジックが乱暴なのは承知しているが、これが私の認識している今もう始まっている高齢化社会の危機=日本の停滞の正体である。
残念ながら、これから訪れる超高齢化社会を止めることはできない。5人6人兄弟が当たり前だった時代には戻れないし、海外から若い移民だけをドッと入れるのも無理な話である。だからこそピチピチの30〜40歳代が充分に活躍できるシステムを作る必要があると考えるこの頃なのである。
その1
まずは政治。以前にこんなことも書いたが、もっと過激に国会も地方議会も含めてすべての議員は59歳までとする。40歳代ではなく50歳代まで含めたことに根拠はない、単なる直感。現在、60歳以上の国会議員は3割くらいだが、もちろんその(悪)影響力は比率以上に大きい。そして議員に年齢制限をしても人口が多く得票率も高い高齢者層に媚びを売る議員がいたら意味がない。だから選挙権も59歳までに制限。これは高齢者を切り捨てているのではなく、高齢者も含めた日本全体のことを考えて行動できる政治家が選ばれると信じている。
その2
次は行政と経済。官公庁、大企業の定年を50歳とする。アホな(正確に言うなら歳を取ってワカラズ屋なってしまった)上司や役員が新しい企画やプロジェクトを潰してきた、あるいは決断ができず結果としてタイミングを逃してしまった例はイヤというほど見てきた。最近の日本企業の停滞はそのせいだと確信に近いものを持っている。
ところで50歳で定年だと、ほとんどの人はまだ稼がなければやっていけない。だから中小企業に人材が回るし、あるいは起業も増える。これは大企業も中小企業も活性化させる企みでもある。もちろん天下り的な行為は官も民も厳しく規制する。転職してきた50歳以上の人が大活躍して大企業になったらーーーそれは、また今度考えよう。
もうすぐ憲法記念日なのに、思い切り基本的人権を無視することを書いてしまった。
それはめでたく本日のハッピーバースデイ TO MEを記念して。
まだしばらく選挙権はあるぜ!
できるだけいつまでも頭は柔軟でありたいと願う。そして頭皮も!
wassho at 19:25│Comments(0)│
│社会、政治、経済