2014年08月09日
モディリアーニ展 その3
「地中海の庭」 ピエール・ボナール
モディリアーニの絵はあまり健康的な印象を受けない。そんな展覧会の中でひときわ明るくキレイだったのがこの作品。横幅約2メートルのかなり大きめの作品。もうちょっと背景を明るく描いてくれたら、もっと際立ったのにと勝手な注文。
黄色いのはミモザの花らしい。でもミモザって、こんなツツジの植え込みみたいに低くまとまって育てられるのかなあ。どちらかというと大きな木のイメージがあるけれど。まあ地中海ではこういうミモザもあるんだと思うことにしよう。
ピエール・ボナールはナビ派の画家。ナビはカーナビのナビではなくヘブライ語で予言者の意味。でも予言者と道案内は似たようなところがあるから、カーナビのナビもそこから派生した言葉かもしれない。
ナビ派は印象派の時代の終わりのほうに誕生したから比較されることが多い。より装飾的、より主観的、よりフィクション的らしいが、それがどういうことなのかは今のところチンプンカンプン。ナビ派展でもあればもう少し理解できるかもしれない。でもまあ好きなように描いたということなんだろう。
じゃ私も好きなように絵を見ようということで。
最初に述べたように遠景が少し暗いのが気になったので、こんな加工をしてみた。
画家に注文して自分好みの絵を描かせる富豪になった気分(^^ゞ
病みつきになるかも。
ところでピエール・ボナールはこんなことを言っている。
「絵画とは小さな嘘をいくつも重ねて大きな真実を作ることである」
なかなか含蓄がある。絵画のところを別の言葉にいろいろと置き換えられそうである。
「果物を持つ少女」 ジュール・パスキン
「少女たち」 ジュール・パスキン
ひょっとしたらモディリアーニよりパスキンの絵を眺めていた時間のほうが長かったかもしれない。微妙な色合いの絵で、本物はブログに貼っているものよりもっと色数が多く感じられる。ポーラ美術館は空いているからじっくり鑑賞できて、見れば見るほどほどいい絵に思えてくる味わい深い作風。
モディリアーニと同じくエコール・ド・パリの画家に数えられる。それでモディリアーニがモンパルナスのプリンスと呼ばれたのに対して、パスキンはモンパルナスの王子と呼ばれていたらしい。プリンスと王子は同じ言葉の英語と日本語だから二人をどう区別していたんだろう?
王子と呼ばれていたのはモディリアーニと同じく放蕩な生活を送っていたから。しかしモディリアーニもそうだけれど、絵を見る限りそんなイメージが皆無なのが不思議なところ。そのあたりが凡人とは違う才能を持った芸術家ということか。私が放蕩生活を送って絵を描いたら、必ずそれは絵に現れると思う(^^ゞ
2つ前のエントリーにエコール・ド・パリと狂騒の時代のパリのことを書いた。その時代は1929年の世界大恐慌で終わりを告げる。恐慌とは関係ない理由でジュール・パスキンも翌1930年に自殺。恐慌の時代には絵も売れないのでエコール・ド・パリも消滅していく。そういう意味じゃエコール・ド・パリ最後のスター画家がパスキン。
紹介する順序が逆になったがポーラ美術館の写真。
毎度おなじみのエントランス。
山の斜面を利用した建物でエントランスからエスカレーターで下に降りる構造。1階下に受付やレストランなどがあって、企画展の展示室は2階下。
モディリアーニ展の入り口。
さらに下の階で常設展も楽しんできた。
通路から上を見上げた写真。
売店の様子。
空いているからゆっくる絵を眺められるし、常設展示も充実していてお勧めの美術館。というか自前の収蔵品にちょっと足すだけで企画展を開けるのが、この美術館のすごいところ。へんぴな場所にあるが美術館の前にはバス停がある。バスに乗ってやってくる人も多い。来年の夏も私好みの企画展を開いて欲しいなあ。
おしまい
モディリアーニの絵はあまり健康的な印象を受けない。そんな展覧会の中でひときわ明るくキレイだったのがこの作品。横幅約2メートルのかなり大きめの作品。もうちょっと背景を明るく描いてくれたら、もっと際立ったのにと勝手な注文。
黄色いのはミモザの花らしい。でもミモザって、こんなツツジの植え込みみたいに低くまとまって育てられるのかなあ。どちらかというと大きな木のイメージがあるけれど。まあ地中海ではこういうミモザもあるんだと思うことにしよう。
ピエール・ボナールはナビ派の画家。ナビはカーナビのナビではなくヘブライ語で予言者の意味。でも予言者と道案内は似たようなところがあるから、カーナビのナビもそこから派生した言葉かもしれない。
ナビ派は印象派の時代の終わりのほうに誕生したから比較されることが多い。より装飾的、より主観的、よりフィクション的らしいが、それがどういうことなのかは今のところチンプンカンプン。ナビ派展でもあればもう少し理解できるかもしれない。でもまあ好きなように描いたということなんだろう。
じゃ私も好きなように絵を見ようということで。
最初に述べたように遠景が少し暗いのが気になったので、こんな加工をしてみた。
画家に注文して自分好みの絵を描かせる富豪になった気分(^^ゞ
病みつきになるかも。
ところでピエール・ボナールはこんなことを言っている。
「絵画とは小さな嘘をいくつも重ねて大きな真実を作ることである」
なかなか含蓄がある。絵画のところを別の言葉にいろいろと置き換えられそうである。
「果物を持つ少女」 ジュール・パスキン
「少女たち」 ジュール・パスキン
ひょっとしたらモディリアーニよりパスキンの絵を眺めていた時間のほうが長かったかもしれない。微妙な色合いの絵で、本物はブログに貼っているものよりもっと色数が多く感じられる。ポーラ美術館は空いているからじっくり鑑賞できて、見れば見るほどほどいい絵に思えてくる味わい深い作風。
モディリアーニと同じくエコール・ド・パリの画家に数えられる。それでモディリアーニがモンパルナスのプリンスと呼ばれたのに対して、パスキンはモンパルナスの王子と呼ばれていたらしい。プリンスと王子は同じ言葉の英語と日本語だから二人をどう区別していたんだろう?
王子と呼ばれていたのはモディリアーニと同じく放蕩な生活を送っていたから。しかしモディリアーニもそうだけれど、絵を見る限りそんなイメージが皆無なのが不思議なところ。そのあたりが凡人とは違う才能を持った芸術家ということか。私が放蕩生活を送って絵を描いたら、必ずそれは絵に現れると思う(^^ゞ
2つ前のエントリーにエコール・ド・パリと狂騒の時代のパリのことを書いた。その時代は1929年の世界大恐慌で終わりを告げる。恐慌とは関係ない理由でジュール・パスキンも翌1930年に自殺。恐慌の時代には絵も売れないのでエコール・ド・パリも消滅していく。そういう意味じゃエコール・ド・パリ最後のスター画家がパスキン。
紹介する順序が逆になったがポーラ美術館の写真。
毎度おなじみのエントランス。
山の斜面を利用した建物でエントランスからエスカレーターで下に降りる構造。1階下に受付やレストランなどがあって、企画展の展示室は2階下。
モディリアーニ展の入り口。
さらに下の階で常設展も楽しんできた。
通路から上を見上げた写真。
売店の様子。
空いているからゆっくる絵を眺められるし、常設展示も充実していてお勧めの美術館。というか自前の収蔵品にちょっと足すだけで企画展を開けるのが、この美術館のすごいところ。へんぴな場所にあるが美術館の前にはバス停がある。バスに乗ってやってくる人も多い。来年の夏も私好みの企画展を開いて欲しいなあ。
おしまい
wassho at 22:22│Comments(0)│
│美術展