2015年11月13日

モネ展 「印象、日の出」から「睡蓮」まで その2

前回のエントリーでモネの2回の引っ越しのことを書いた。その後、彼は43歳の時にパリから西に80キロほど離れたジヴェルニーに移り住む。ここには86歳で亡くなるまで住んだのでモネに関連する地名ではジヴェルニーが一番有名。その自宅に庭や池を造り、絵を描いている時以外は庭仕事に精を出していたらしい。だから有名な睡蓮(すいれん)のシリーズも自宅で描いたもの。モネが亡くなって90年ほど経つが、モネ邸は今も残っており観光名所となっている。敷地面積は2ヘクタール(6050坪)とのことでかなりの広さである。


小舟  1887年
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ポーラ美術館で見た「バラ色のボート」に似た描き方。懐かしいなあと思って眺めているとT君に「赤いのは何ですか?」と尋ねられる。そういわれても困るが、もっともな疑問である。少し茶色っぽい水草を赤く描いたのかなあ。ちなみにT君は色彩に敏感で作品ごとに「これは色がキレイ」「これはそうでもない」というようなことを口にしていた。



睡蓮  1903年
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睡蓮  1916年〜1919年
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モネは睡蓮を200点以上描いている。本物と複製も含めていろんな睡蓮を見てきたけれど、何度見ても毎回いいなあと思う。特に1903年の睡蓮は水面に映り込んだ木々との対比が美しい。


睡蓮、柳の反映  1916年〜1919年
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あまり柳が反映しているようには見えない。
今まで見た睡蓮とは違って、かなりラフというか幼稚なタッチの睡蓮。




キスゲの花  1914年〜17年
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これ描くのに3年掛かる? それはともかく私が抱いていたモネとは少しイメージが違う作風。でもそれは、これから続く衝撃の体験の始まりに過ぎなかった(ちょっと大げさ)。




睡蓮  1917年〜1919年  
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ナンジャコレ!というのが一目見た時の感想。もし周りに人がいなければ大きな声で叫びたかった。モネがこんな画風の絵を描いていたとはまったく想定外。光や空気感や微妙な色彩の変化という捉えどころのないものを追い求めてきたモネ。それは簡単なことではない。その溜まりに溜まったフラストレーションが一気に爆発したのかな。私にはこの絵は評価不能。横幅3メーターとかなり大きな作品。




東京都立美術館のメイン展示室は3階建てになっている。モネの睡蓮は2階の展示室にあった。最後の睡蓮にはビックリしたけれど、3階に行くとさらに腰を抜かすことになる。


ジヴェルニーの庭  1922年〜1926年
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もはや別人である。
すべてこの画風の作品が展示されている。
このフロアに私の知っているモネはいなかった(^^ゞ



しだれ柳  1918年〜1919年
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しだれ柳  1918年〜1919年
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モネは連作の多いが画家だが、この2つは間違い探しレベルに似通っている。それはともかくタッチは荒いとはいえ、しだれ柳に見えるかどうかは別として、それでも木を描いていることはわかる。


しだれ柳  1921年〜1922年
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しかし、ここまで来るとーーー。この絵のタイトルは何だと思いますかというクイズをやったら、いろいろな答えが出て面白そうである。





日本の橋  1918年〜1924年
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日本の橋  1918年〜1919年
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印象派の画家達は浮世絵を気に入って日本びいきの人が多かった。モネもその最右翼で自宅の池に浮世絵で知ったと思われる太鼓橋を架け、それを日本の橋と呼んでいたようである。でもこのフロアの絵は、タイトルがなければ橋が描かれていると想像するのは難しい。ちなみにモネがモネらしい絵で描いた太鼓橋はこんな作品


日本の橋  1918年〜1924年
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これなどはタイトルが間違っているのではという疑問すら湧く(^^ゞ


睡蓮の池  1918年〜1919年
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地獄にある血の池かと思った!



バラの小道  1920年〜1922年  
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わかりやすい遠近法で、このフロアで唯一立体感を感じた絵。そろそろこの画風にも慣れてきて、この絵にはムンクのあの顔を置いたら似合いそうとか想像したりして。




3階のフロアにあったのは1918年〜1924年と最晩年の作品。(亡くなったのは1926年・昭和元年)モネは1912年に白内障と診断され、この頃はかなり視力が衰えていた。派手な色使いやラフなタッチになってくるのは、その影響だと一般にいわれている。

モネは1923年に白内障の手術を受け少し視力が回復する。おもしろいのは、よく見えるようになった眼でモネは改めてこの時期に描いた自分の作品をチェックして、そのいくつかを捨てたらしい。ひょっとしたら「ヤッテモウタ」と後悔したのかも(^^ゞ 

これらの最晩年の作品群は売られることなく遺族に相続される。その遺族が亡くなった1966年に、今回の展覧会の出品元であるマルモッタン・モネ美術館にすべて寄贈される。だから今回のような展覧会があるかマルモッタンに行くかしないとモネの最晩年には出会えない。これからもモネの展覧会は数多く開催されるだろうが、これらの作品をまとめてみる機会はそうないと思う。最初のエントリーで書いたように、だからとってもビックリしたけれど貴重な体験だったというわけである。

東京では12月までやっているし、その後は福岡、京都、新潟にも巡回する。展示数は90作品ほどでやや少なく、モネの優美な世界にどっぷり浸りたいと思って出かけると肩すかしを食らう。しかしモネ最晩年の絵に対する執念を感じてみたいヘンタイな絵画ファンなら見に行く価値はあると思うよ。


おしまい

wassho at 23:16│Comments(0) 美術展 

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