2016年04月15日

杉山美術館  J.トレンツ・リャド その3

前回のエントリーを読んで、私が25年前に感じたような印象を持ってくれる人が何人かでもいたらうれしい。実はトレンツ・リャドはマイナーな画家だし、美術界からはあまり高く評価されていない。

どれくらいマイナーかというと、グーグルでモネを検索すると741万件ヒットするのに、トレンツ・リャドだと3万3400件。その比率はわずか0.5%である。ウィキペディアにトレンツ・リャドのページはない。悲しいことにスペインの画家カテゴリーのページにすら載っていない(/o\)


ところで現代の画家には(といってもかなり以前から)、絵だけを描いて売る人と、その(複製)版画も作って売る人がいる。この版画とは絵を写真に撮って、それをリトグラフやシルクスクリーンといった印刷方法で刷ったものである。それは複製であり印刷物には違いないのだが、印刷の仕方が凝っていてインクの発色や紙へののり方に味わいがあるし、限定枚数しか刷らないので、普通の印刷で大量に制作するポスターとは区別して版画と美術業界では呼んでいる。

ここでいう版画の印刷方法やその位置づけはとても複雑で簡単には説明できないので、とりあえずイモ版や浮世絵などの彫って刷る版画と違って、高級印刷のポスターというような理解をして欲しい。


トレンツ・リャドが日本に紹介されたのはバブル経済まっただ中の頃。当時はリトグラフやシルクスクリーンの版画ブームだった。イルカ絵のラッセンや、ヒロ・ヤマガタなんかの名前が記憶にある人も多いと思う。そのブームに乗ってトレンツ・リャドの版画も大量に刷って売られた。一説によるとバブル期だけで5万枚ほどが日本だけで売れたらしい。当時の価格は覚えていないし調べてもわからなかったものの、仮に100万円で5万枚としたら500億円のビックビジネスである。単価はもっと高かったかもしれない。

やがてバブルがはじけると爆発的に売れていた画家には「インテリアアート」の烙印が押されるようになる。これには美術館に展示するような作品ではなく、せいぜい家の中でインテリアとして飾る程度の絵との軽蔑の意味が込められている。またインテリアアートの版画はキャッチセールスで、強引にローンを組ませて購入させるなどの悪徳手法も多かった。トレンツ・リャドの総代理店はまともな会社のようだが、2次画商〜3次画商と販路が広がっていくうちに、まともじゃないところも扱っていた可能性はある。

そんなこんなでトレンツ・リャドは正当に評価されていないのである。実際、今でもトレンツ・リャドをネットで調べると、版画を扱うお店が検索ページにズラーッと並ぶ。現在の版画価格は20〜30万円あたり。まあラッセンやヒロ・ヤマガタと較べればトレンツ・リャドはマイナーだったから値下がり率は少ないほうだろうが。ところで彼の版画がたくさん売れたのに知名度が低いのは矛盾する。たぶんバブル当時に買った人は、絵を気に入っていたとしても、基本的に「資産価値」に期待していたのだから、その夢がしぼんだと同時に画家のことも忘れてしまったのだろう。


というわけでトレンツ・リャドの評価が低いのは、デビューとバブルが重なり作品の売られ方に問題があったからと推察している。しかし2つ前のエントリーに書いたように私が彼を知ったのは、その版画を売るための新聞チラシだったのである。あのチラシを見なかったら彼を知らなかった可能性もある。そう考えると心境は複雑。私自身は世間の評価を気にしたり影響されたりはしないつもり。美術史に残る巨匠達と同じレベルの才能があると思うし、最も好きな画家の1人であることに変わりはない。ただファンとして残念だし、多くの人が知らないのはもったいないと思うのである。


日本で知名度があるとはいえないトレンツ・リャドは、国際的には本国スペインを除くともっと知られていないようである。なぜかというと日本以外のネット検索をしても、ほとんどがスペイン語のページだからである。スペインで頭角を現した頃に日本の画商に出会った〜日本で成功したので海外活動は日本が中心になった〜その後すぐに亡くなり、版画じゃないオリジナルの作品の多くも日本で売ってしまっていたので、他の国で紹介される機会を失ってしまったーーーんじゃないかなと思っている。深く調べたわけではないし、あくまで想像だが。ちなみにウィキペディアにトレンツ・リャドのページがあるのはスペイン語版だけである。

いずれトレンツ・リャドが再評価される時代が来ると信じている。しかし多くの人が見られる作品そのものががないんじゃ、その日は遠いかも(/o\) 彼が住んでいたスペインのマヨルカ島にある邸宅は素敵な雰囲気のトレンツ・リャド美術館になっていたのに、5年ほど前に財政難で閉鎖されたらしい(/o\)(/o\)



なんか暗い話題ばかりになってしまった。
1つ前のエントリーに戻って彼の絵を見て元気になってちょうだい。



話を杉山美術館に戻すと2階の展示室は40畳くらいの広さだったと思う。私が訪れた時に他の客はいなくて受付の女性が1人いただけ。最初は絵を見ている私を見られている気がして緊張したが、しばらくしたら自然と彼女とトレンツ・リャドについての話をするようになった。

そのうちオーナーの杉山氏も展示室にやってきた。自分のコレクションを公開するために美術館を建てるなんて、どんなにセレブでアーティスティックな人かと思っていたら、とても温厚で気さくな普通のオッサンだった(^^ゞ そんなに長く話したわけではないものの、言葉の端々からトレンツ・リャド愛がひしひしと伝わってくる。もちろんそうでなければ美術館を建てるなんて酔狂な芸当はできないが。日本での売られ方が作品評価の足を引っ張っている点については私と同じ意見だったよう。それでも熱烈なファンが全国各地から美術館を訪れているそうだ。

ところでバブル期に日本で売られたトレンツ・リャドの原画は500枚近くだと聞いたことがある。(原画:普通に表現すれば絵であるが、それを版画でたくさん複製したのでオリジナルの絵を原画と呼ぶ)杉山氏がどれだけリッチなのかはわからないが、是非それらを買い占めて美術館の規模を2倍3倍いや10倍と大きくしていただきたい。

杉山美術館にはトレンツ・リャドだけじゃなくベルナール・ガントナー(あまりよく知らない)や私の好きな藤田嗣治の作品も展示されている。でもこの日は目にトレンツ・リャドを焼き付けたかったので一通り眺めた程度。彼の絵はチラシで見た(当時は3ヶ月に1回位の割合で新聞に折り込まれていた)以外は、デパートの展覧会か即売会のようなところで版画を見たことがあった程度。最初のエントリーにも書いたように名前すら忘れていたのに、25年経ってオリジナルの作品を見られて幸せだった。

少しでも絵に関心のある人にはぜひ杉山美術館を訪れることをお勧めする。休館日がやたら多いのが不便だけれど、ひょっとしたらトレンツ・リャドの絵を見られるのは世界でここだけかもしれないので、見せて貰えるだけで感謝すべき。とりあえずゴールデンウイークはずっとお休みです!



帰りは若洲海浜公園で久し振りにゲートブリッジを眺める。
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毎度おなじみの光景だけれど、
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貸し釣り竿店ができていた。
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デイキャンプ場はかなりの賑わい。
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そろそろ終わりのサクラと
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まだ咲き始めのツツジを見て帰宅。
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走行70キロと江戸川区まで行っただけなのに、前回ツーリングの中川やしおフラワーパークより距離が伸びていてビックリ。ゲートブリッジで東京湾を渡っていくとかなり遠回りになると改めて実感。


おしまい

wassho at 23:10│Comments(0) 美術展 

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