2017年01月31日
城ヶ島でスイセン その2
城ヶ島のことを少し調べてみると、
弥生時代の遺跡もあって古くから人が住んでいた。
昔は砂浜の広がる風光明媚なところで、鎌倉時代には源頼朝もこの地を好んでよく
遊びに来ていた。当時は尉ヶ嶋という名前だったのを城ヶ島に改めたのも彼である。
それ以降もいわば関東のリゾートだったが、大正12年(1923年)の関東大震災で
地中の岩盤が隆起して砂浜がなくなったらしい。
また幕末からは東京湾防衛の砲台などが整備され、徐々に観光地から軍事エリアに
なっていく。
第2次大戦後に観光地として復活し、1970年頃には年間200万人が訪れる人気となる。
しかし1973年のオイルショックで観光客が急減し、また近隣の観光スポットとの競争も
激しくなる。現在、三浦半島には年間約1500万人の観光客が訪れているが、城ヶ島まで
足を伸ばすのは93万人といわれている。ちなみに湘南エリアは年間5300万人。
フ〜ン、なるほど。砂浜がなくなったのは痛手かも。数字はわからないが、今は対岸の三崎漁港にマグロを食べに来る人のほうが圧倒的に多いと思われる。とりあえず橋と駐車場が無料なら私はもっと頻繁に来るけど。
昨日のエントリーで展望台から眺めたこの芝生エリアはピクニック広場という名前。写真中央右寄りの電灯の立っている所から海岸に降りていく。
ピクニック広場の下、城ヶ島の東端にあるのが安房埼(あわざき)灯台。反対の西端にも城ヶ島灯台があるが今回は訪れず。
けっこう下っていく。往きはよいよい帰りは怖い(^^ゞ
階段を下りきったところからの風景。
なぜ房総半島の地名である安房という名前がついているかの説明。
岩の景色を楽しみながらブラブラ。城ヶ島というとこういうゴツゴツした岩のイメージがまず浮かび、関東大震災までは砂浜が広がっているとは思いもよらなかった。
ところどころ貝殻浜になっている。ピンク色の貝殻が多くなかなかキレイ。
水の透明度も高し。
安房埼灯台。巨大なローソクのようにも見える。もう1つの城ヶ島灯台は明治時代に日本で5番目に設置されたものだが、こちらは1962年にできた比較的新しいもの。高さ11.5メートルと小型。中は開放されておらず登ることはできなかった。
灯台の扉の反対側に回り込む。ここが正真正銘の城ヶ島東端。
漁師さんが通りかかる。
穏やかな天候だったが灯台周辺は波が荒い。
灯台から少し離れたところでコーヒーブレーク。
iPhoneのマップに表示された気温は12度。
バイクジャケットは駐車場で脱いだが、革パンの下はタイツをはいてきたので歩き回っているとかなり暑かった。アイスコーヒーのほうがよかったかも。冬でも夏でもバイクの場合は服装に苦労する。
駐車場に引き返す。
この枯れたところが白くなっていることも含めて、地味にカラフルな花がところどころに咲いていた。
帰りは公園中央の松&スイセンの歩道で。
広場を挟んで最初に登った展望台。
ところどころで密集しているスイセンを楽しみながら。城ヶ島のスイセンは八重咲きなのでちょっとゴージャス。
公園入口近くの松はワラで「こも巻き」されていた。
暖かいワラに害虫を集めて、害虫が松皮の中に入り込むのを防ぎ、春先にワラごと害虫を燃やしてしまうという仕掛け。別に松が寒さをしのいでいるわけじゃないよ。昔からある冬の風物詩だけれど、最近はこの「こも巻き」には害虫対策の効果がないと廃止するところも多いと聞く。上の写真の歩道の松には巻かれていないから比較実験をしているのかな?
だからこんなツーショットはしばらくしたら見られなくなるかもしれない。
島の西側にもバイクで回るつもりだったが、道を間違えたというか駐車場を出て橋まで一本道で曲がるところがなかったので、そのまま渡ってしまった。城ヶ島を出た後のプランもいくつか頭にあったが、充分楽しめたので往きとまったく同じルートでそのままブォーンと。午後5時45分帰宅で走行140キロ。
実はもっと広〜いスイセン畑を想像していた。歩道沿いにもずっとスイセンが植えられているから総数ではすごいのかも知れないが、見た目の規模インパクトではちょっと肩すかし。でも城ヶ島のスイセンは八重咲きで見応えがあるし、香りも濃厚なので訪れてよかったと思っている。
おしまい
弥生時代の遺跡もあって古くから人が住んでいた。
昔は砂浜の広がる風光明媚なところで、鎌倉時代には源頼朝もこの地を好んでよく
遊びに来ていた。当時は尉ヶ嶋という名前だったのを城ヶ島に改めたのも彼である。
それ以降もいわば関東のリゾートだったが、大正12年(1923年)の関東大震災で
地中の岩盤が隆起して砂浜がなくなったらしい。
また幕末からは東京湾防衛の砲台などが整備され、徐々に観光地から軍事エリアに
なっていく。
第2次大戦後に観光地として復活し、1970年頃には年間200万人が訪れる人気となる。
しかし1973年のオイルショックで観光客が急減し、また近隣の観光スポットとの競争も
激しくなる。現在、三浦半島には年間約1500万人の観光客が訪れているが、城ヶ島まで
足を伸ばすのは93万人といわれている。ちなみに湘南エリアは年間5300万人。
フ〜ン、なるほど。砂浜がなくなったのは痛手かも。数字はわからないが、今は対岸の三崎漁港にマグロを食べに来る人のほうが圧倒的に多いと思われる。とりあえず橋と駐車場が無料なら私はもっと頻繁に来るけど。
昨日のエントリーで展望台から眺めたこの芝生エリアはピクニック広場という名前。写真中央右寄りの電灯の立っている所から海岸に降りていく。
ピクニック広場の下、城ヶ島の東端にあるのが安房埼(あわざき)灯台。反対の西端にも城ヶ島灯台があるが今回は訪れず。
けっこう下っていく。往きはよいよい帰りは怖い(^^ゞ
階段を下りきったところからの風景。
なぜ房総半島の地名である安房という名前がついているかの説明。
岩の景色を楽しみながらブラブラ。城ヶ島というとこういうゴツゴツした岩のイメージがまず浮かび、関東大震災までは砂浜が広がっているとは思いもよらなかった。
ところどころ貝殻浜になっている。ピンク色の貝殻が多くなかなかキレイ。
水の透明度も高し。
安房埼灯台。巨大なローソクのようにも見える。もう1つの城ヶ島灯台は明治時代に日本で5番目に設置されたものだが、こちらは1962年にできた比較的新しいもの。高さ11.5メートルと小型。中は開放されておらず登ることはできなかった。
灯台の扉の反対側に回り込む。ここが正真正銘の城ヶ島東端。
漁師さんが通りかかる。
穏やかな天候だったが灯台周辺は波が荒い。
灯台から少し離れたところでコーヒーブレーク。
iPhoneのマップに表示された気温は12度。
バイクジャケットは駐車場で脱いだが、革パンの下はタイツをはいてきたので歩き回っているとかなり暑かった。アイスコーヒーのほうがよかったかも。冬でも夏でもバイクの場合は服装に苦労する。
駐車場に引き返す。
この枯れたところが白くなっていることも含めて、地味にカラフルな花がところどころに咲いていた。
帰りは公園中央の松&スイセンの歩道で。
広場を挟んで最初に登った展望台。
ところどころで密集しているスイセンを楽しみながら。城ヶ島のスイセンは八重咲きなのでちょっとゴージャス。
公園入口近くの松はワラで「こも巻き」されていた。
暖かいワラに害虫を集めて、害虫が松皮の中に入り込むのを防ぎ、春先にワラごと害虫を燃やしてしまうという仕掛け。別に松が寒さをしのいでいるわけじゃないよ。昔からある冬の風物詩だけれど、最近はこの「こも巻き」には害虫対策の効果がないと廃止するところも多いと聞く。上の写真の歩道の松には巻かれていないから比較実験をしているのかな?
だからこんなツーショットはしばらくしたら見られなくなるかもしれない。
島の西側にもバイクで回るつもりだったが、道を間違えたというか駐車場を出て橋まで一本道で曲がるところがなかったので、そのまま渡ってしまった。城ヶ島を出た後のプランもいくつか頭にあったが、充分楽しめたので往きとまったく同じルートでそのままブォーンと。午後5時45分帰宅で走行140キロ。
実はもっと広〜いスイセン畑を想像していた。歩道沿いにもずっとスイセンが植えられているから総数ではすごいのかも知れないが、見た目の規模インパクトではちょっと肩すかし。でも城ヶ島のスイセンは八重咲きで見応えがあるし、香りも濃厚なので訪れてよかったと思っている。
おしまい





















