2017年08月26日
高円寺の阿波おどり
古くからの友人と、ただ集まって飲むだけじゃなく少しイベント性のあることをしようと始めた企画付き飲み会。お台場で実物大のガンダムを見て大江戸温泉に浸かったのが最初で、今までにプロ野球、競馬、マジックバー、浅草の三社祭、横濱ジャズプロムナード、浅草サンバカーニバル、牡蠣小屋などに出かけてきた。そして今回は高円寺の阿波踊り。(高円寺は寺の名前じゃなく地名ね)
阿波踊りは意外と全国に普及しており、特に関東では20数カ所の地域で開催されている。その中で高円寺はもっとも歴史が古く規模も大きい。60年前の1957年(昭和32年)に商店街の催し物として始まり、現在は2日間の開催期間中に100万人が訪れるといわれている。
本場の徳島で阿波踊りが始まったのは江戸時代初期とされる。県内から60万人、県外から60万人の合計120万人規模。元々の人口が違うから観客数では高円寺とそう変わらないが、参加する踊り手の人数は高円寺の1万人に対して徳島は10万人。さすが本場である。
東京での高円寺の位置関係。文字は駅名。
最初に東京メトロ(地下鉄)丸ノ内線の新高円寺駅近くにある友人の店に立ち寄る。お店ができてもう何年も経つが顔を出したのは初めて。だって普段は高円寺に来る用事がないんだもん(^^ゞ ちなみに本日は生まれて初めての高円寺探訪でもある。
JR中央線の高円寺駅と丸ノ内線の新高円寺駅を結ぶ道路が閉鎖されて、阿波踊り会場のメインストリートとなる。
高円寺駅方向へ向かって北上する。時刻は午後4時15分。阿波踊りの開始は5時からで、このあたりは会場の一番端なので、まだそれほど混雑していない。
ところどころで阿波踊りの踊り手の姿を見かけるが数はそれほど多くない。
道幅は片側1車線で、写真で見るより実際はもっと狭く感じる。
4時半を回ると踊り手の人があちこちから現れだした。
今までどこにいたんだろう?
4時45分。踊り手が道路を埋め尽くす。何となくワクワク。
会場図。
阿波踊りでパレードする8つのエリアが演舞場で、阿波踊りのチームが連と呼ばれる。それぞれの連は定められた演舞場からスタートして、順番にすべての演舞場で踊りを披露して終了となる。例えば中央演舞場からスタートした連はルック第2演舞場がフィニッシュ。
案内図ではどれも同じ広さのようだが、右側の「ひがし」「中央」「桃園」「みなみ」の演舞場が先ほど写真で紹介した2車線の道路なのに対して、左側の各演舞場は商店街の通路なのでかなり狭い。その分、カブリツキのド迫力を楽しめるとは事前にネットで調べた情報であったが、車道も浅草のサンバカーニバルと較べたらかなり狭い。いずれにせよ高円寺の阿波踊りは踊り手と観客の距離が近いパレードだといえる。
案内図に記されている連を数えたら85。地元の高円寺阿波おどり連協会に所属する連が31、徳島から参加している連が4、一般参加連と呼ばれる連が50。一般参加の意味がよくわからないが、地元と徳島以外という分類なのかもしれない。そのほとんどが東京または首都圏を拠点とする連だが、東京高円寺阿波おどり振興協会のホームページを見ると山形や福島から来ている連もあった。ところでいろいろ調べていると阿波踊りは「阿波おどり」と書く習わしのようなので、以降は阿波おどりで統一する。
中央演舞場は審査の行われるメインの会場で混雑していたので、桃園演舞場のスタート地点に陣取って見物を開始することにした。シートを敷いている人のすぐ後ろから立ち見。
最初は「ひょっとこ連」。
先頭は子供達。踊り始める前にしゃがんでポーズを決める。
立ち上がって、いよいよ阿波おどりがスタート!
ハッピダンサーズ。
網笠に着物姿のお姉様たち。女踊りと呼ばれる。やっぱり阿波おどりの花形。
男性陣は男踊りと呼ばれる。
阿波おどりは後ろ姿もいい。
踊り手最後尾は締め役の重鎮?
音楽隊は鳴り物と呼ばれる。三味線に笛に大太鼓。
そして阿波おどり独特のリズムをリードするのが鉦(かね)。あまり見かけない漢字。鉦の後ろにいるのが締太鼓と呼ばれる中太鼓。
ーーー続く
阿波踊りは意外と全国に普及しており、特に関東では20数カ所の地域で開催されている。その中で高円寺はもっとも歴史が古く規模も大きい。60年前の1957年(昭和32年)に商店街の催し物として始まり、現在は2日間の開催期間中に100万人が訪れるといわれている。
本場の徳島で阿波踊りが始まったのは江戸時代初期とされる。県内から60万人、県外から60万人の合計120万人規模。元々の人口が違うから観客数では高円寺とそう変わらないが、参加する踊り手の人数は高円寺の1万人に対して徳島は10万人。さすが本場である。
東京での高円寺の位置関係。文字は駅名。
最初に東京メトロ(地下鉄)丸ノ内線の新高円寺駅近くにある友人の店に立ち寄る。お店ができてもう何年も経つが顔を出したのは初めて。だって普段は高円寺に来る用事がないんだもん(^^ゞ ちなみに本日は生まれて初めての高円寺探訪でもある。
JR中央線の高円寺駅と丸ノ内線の新高円寺駅を結ぶ道路が閉鎖されて、阿波踊り会場のメインストリートとなる。
高円寺駅方向へ向かって北上する。時刻は午後4時15分。阿波踊りの開始は5時からで、このあたりは会場の一番端なので、まだそれほど混雑していない。
ところどころで阿波踊りの踊り手の姿を見かけるが数はそれほど多くない。
道幅は片側1車線で、写真で見るより実際はもっと狭く感じる。
4時半を回ると踊り手の人があちこちから現れだした。
今までどこにいたんだろう?
4時45分。踊り手が道路を埋め尽くす。何となくワクワク。
会場図。
阿波踊りでパレードする8つのエリアが演舞場で、阿波踊りのチームが連と呼ばれる。それぞれの連は定められた演舞場からスタートして、順番にすべての演舞場で踊りを披露して終了となる。例えば中央演舞場からスタートした連はルック第2演舞場がフィニッシュ。
案内図ではどれも同じ広さのようだが、右側の「ひがし」「中央」「桃園」「みなみ」の演舞場が先ほど写真で紹介した2車線の道路なのに対して、左側の各演舞場は商店街の通路なのでかなり狭い。その分、カブリツキのド迫力を楽しめるとは事前にネットで調べた情報であったが、車道も浅草のサンバカーニバルと較べたらかなり狭い。いずれにせよ高円寺の阿波踊りは踊り手と観客の距離が近いパレードだといえる。
案内図に記されている連を数えたら85。地元の高円寺阿波おどり連協会に所属する連が31、徳島から参加している連が4、一般参加連と呼ばれる連が50。一般参加の意味がよくわからないが、地元と徳島以外という分類なのかもしれない。そのほとんどが東京または首都圏を拠点とする連だが、東京高円寺阿波おどり振興協会のホームページを見ると山形や福島から来ている連もあった。ところでいろいろ調べていると阿波踊りは「阿波おどり」と書く習わしのようなので、以降は阿波おどりで統一する。
中央演舞場は審査の行われるメインの会場で混雑していたので、桃園演舞場のスタート地点に陣取って見物を開始することにした。シートを敷いている人のすぐ後ろから立ち見。
最初は「ひょっとこ連」。
先頭は子供達。踊り始める前にしゃがんでポーズを決める。
立ち上がって、いよいよ阿波おどりがスタート!
ハッピダンサーズ。
網笠に着物姿のお姉様たち。女踊りと呼ばれる。やっぱり阿波おどりの花形。
男性陣は男踊りと呼ばれる。
阿波おどりは後ろ姿もいい。
踊り手最後尾は締め役の重鎮?
音楽隊は鳴り物と呼ばれる。三味線に笛に大太鼓。
そして阿波おどり独特のリズムをリードするのが鉦(かね)。あまり見かけない漢字。鉦の後ろにいるのが締太鼓と呼ばれる中太鼓。
ーーー続く
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