2018年04月11日
ラストツーリングは伊豆半島 その10 加山雄三
とうとうブログ連載が10回目となったこのラストツーリング。改めて記しておくと3月23日から一泊二日のツーリングだった。今回はバイクのツーリングにしてはおかしな副題になっている。
青い洞窟を楽しんで遊覧船が桟橋に戻る。出口に向かうと「加山雄三ミュージアム」の文字が目に入る仕掛けになっている。
そういえば遊覧船のチケットを買った時に、ミュージアムの入場券のようなものも一緒に渡された。クルーズというイベントを終えた「目的を果たした感」で、そのことを忘れてしまわないように念押しだろう。案内を掲げるには正しい場所といえる。
それにしても周りにいた多くの人が発していた言葉が「どうしてここに加山雄三?」。私も同じ意見。加山雄三といえば海のイメージがあるが、なんとなく元祖湘南ボーイ的な存在と思っていた。
遊覧船乗り場のある広場。
この敷地から136号線を挟んだ向こう側にミュージアムはある。写真の右奥に写っている、茶色い屋根の建物がそれ。1階がレストラン、2階が土産物店、3階が加山雄三ミュージアムになっている。地下通路で136号線をくぐることもできる。
ミュージアムが入っている建物の外壁にある加山雄三の大きな写真。ここでも「加山雄三? なんで?」というような会話を交わす家族連れが何組かいた。やはり伊豆と彼の組み合わせには違和感がある。
加山雄三は好きだが是非ミュージアムを観たいと思うほどのファンでもなく、時間も押していたので、中には入らず堂ヶ島を後にした。
ーーー本来はそれだけの話のはずだった。訪れなかった加山雄三ミュージアムのことはブログに取り上げなかったかもしれない。状況が変わったのは、このラストツーリングのブログを何本か書いた後の4月1日。
この日の夜に加山雄三の光進丸という大型クルーザーが、火災を起こして大きなニュースとなった。そして場所は西伊豆と報じられていた。「西伊豆? つい先日にツーリングしてきたばかりじゃないか」と思いながら、ネットで調べてみるとそれは安良里(あらり)という所。堂ヶ島から北に5〜6キロほどしか離れていない。
そして光進丸はその安良里の漁港を母港としていたこともわかった。ということは、その絡みで当地に縁ができ、一番の観光スポットである堂ヶ島に加山雄三ミュージアムができたとの推察が成り立つ。オープンしてもう20年ほどになるらしい。とりあえず違和感は解消。
しかしである。なぜ光進丸は首都圏にいくつもあるマリーナじゃなくて、伊豆の中でも田舎の漁港なんぞを母港にしているのだ?
深くは調べていないが、どうも経済的な理由らしい。報道でも「加山雄三の光進丸」→「加山雄三が実質的オーナーの光進丸」と表現が変化してきているが、現在の本当の所有者はこの船のメンテナンスもしていた安良里にある藤高造船という会社。企業でも業績が悪くなると自社ビルを売却して、そのビルに賃貸で入り続けることがあるが、まあ似たようなスキームだろう。
加山雄三といえば誰もが認める大スター。しかし茅ヶ崎にあったパシフィックホテルの倒産や、湯沢のスキー場が資金難で閉鎖されるなど、実業に手を出しては何かと失敗しているという側面もある。それに俳優としても歌手としても第一線で活躍していたのは私が子供の頃の大昔だ。あのクラスともなれば黙っていても仕事は来るんだろうけれど、それなりに苦労はあるのかもしれない。(以上はゲスの勘ぐりなので鵜呑みになさらぬよう)
それはともかく光進丸の火災はお気の毒だし残念というほかない。
全長は報道によって25.59メートルあるいは30.56メートルと違うが、中間を取って28メートルと考え、それをフィートに換算すると約92フィート。一般に40フィート程度で大型クルーザーと呼ばれているので、その2倍以上となる。プライベートで使用されているクルーザーとしては、おそらく日本で最大級じゃないかな。
写真引用 https://4travel.jp/travelogue/11063752
それがこんなことになるなんて(/o\)
写真引用 https://this.kiji.is/353340012198675553?c=62479058578587648
加山雄三と伊豆との関係がわかってスッキリしたが、それを調べるきっかけが光進丸の火災とはイヤな気分だ。
ところであれこれ調べている時に知ったのだが、本日4月11日は加山雄三の誕生日。今年で御年81歳になられる。
ハッピーバースデイいくつになっても若大将!
気を取り直して次の船を手に入れてちょうだい。
あなたほど海と船が似合う男はいませんから。
ーーー続く
青い洞窟を楽しんで遊覧船が桟橋に戻る。出口に向かうと「加山雄三ミュージアム」の文字が目に入る仕掛けになっている。
そういえば遊覧船のチケットを買った時に、ミュージアムの入場券のようなものも一緒に渡された。クルーズというイベントを終えた「目的を果たした感」で、そのことを忘れてしまわないように念押しだろう。案内を掲げるには正しい場所といえる。
それにしても周りにいた多くの人が発していた言葉が「どうしてここに加山雄三?」。私も同じ意見。加山雄三といえば海のイメージがあるが、なんとなく元祖湘南ボーイ的な存在と思っていた。
遊覧船乗り場のある広場。
この敷地から136号線を挟んだ向こう側にミュージアムはある。写真の右奥に写っている、茶色い屋根の建物がそれ。1階がレストラン、2階が土産物店、3階が加山雄三ミュージアムになっている。地下通路で136号線をくぐることもできる。
ミュージアムが入っている建物の外壁にある加山雄三の大きな写真。ここでも「加山雄三? なんで?」というような会話を交わす家族連れが何組かいた。やはり伊豆と彼の組み合わせには違和感がある。
加山雄三は好きだが是非ミュージアムを観たいと思うほどのファンでもなく、時間も押していたので、中には入らず堂ヶ島を後にした。
ーーー本来はそれだけの話のはずだった。訪れなかった加山雄三ミュージアムのことはブログに取り上げなかったかもしれない。状況が変わったのは、このラストツーリングのブログを何本か書いた後の4月1日。
この日の夜に加山雄三の光進丸という大型クルーザーが、火災を起こして大きなニュースとなった。そして場所は西伊豆と報じられていた。「西伊豆? つい先日にツーリングしてきたばかりじゃないか」と思いながら、ネットで調べてみるとそれは安良里(あらり)という所。堂ヶ島から北に5〜6キロほどしか離れていない。
そして光進丸はその安良里の漁港を母港としていたこともわかった。ということは、その絡みで当地に縁ができ、一番の観光スポットである堂ヶ島に加山雄三ミュージアムができたとの推察が成り立つ。オープンしてもう20年ほどになるらしい。とりあえず違和感は解消。
しかしである。なぜ光進丸は首都圏にいくつもあるマリーナじゃなくて、伊豆の中でも田舎の漁港なんぞを母港にしているのだ?
深くは調べていないが、どうも経済的な理由らしい。報道でも「加山雄三の光進丸」→「加山雄三が実質的オーナーの光進丸」と表現が変化してきているが、現在の本当の所有者はこの船のメンテナンスもしていた安良里にある藤高造船という会社。企業でも業績が悪くなると自社ビルを売却して、そのビルに賃貸で入り続けることがあるが、まあ似たようなスキームだろう。
加山雄三といえば誰もが認める大スター。しかし茅ヶ崎にあったパシフィックホテルの倒産や、湯沢のスキー場が資金難で閉鎖されるなど、実業に手を出しては何かと失敗しているという側面もある。それに俳優としても歌手としても第一線で活躍していたのは私が子供の頃の大昔だ。あのクラスともなれば黙っていても仕事は来るんだろうけれど、それなりに苦労はあるのかもしれない。(以上はゲスの勘ぐりなので鵜呑みになさらぬよう)
それはともかく光進丸の火災はお気の毒だし残念というほかない。
全長は報道によって25.59メートルあるいは30.56メートルと違うが、中間を取って28メートルと考え、それをフィートに換算すると約92フィート。一般に40フィート程度で大型クルーザーと呼ばれているので、その2倍以上となる。プライベートで使用されているクルーザーとしては、おそらく日本で最大級じゃないかな。
写真引用 https://4travel.jp/travelogue/11063752
それがこんなことになるなんて(/o\)
写真引用 https://this.kiji.is/353340012198675553?c=62479058578587648
加山雄三と伊豆との関係がわかってスッキリしたが、それを調べるきっかけが光進丸の火災とはイヤな気分だ。
ところであれこれ調べている時に知ったのだが、本日4月11日は加山雄三の誕生日。今年で御年81歳になられる。
ハッピーバースデイいくつになっても若大将!
気を取り直して次の船を手に入れてちょうだい。
あなたほど海と船が似合う男はいませんから。
ーーー続く
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