2018年05月09日
ラ・フォル・ジュルネTOKYO 2018 その5 堤剛 クレール・デゼール
今回のランチに選んだ屋台はこちら。
フィッシュ&チップスは30年以上前のロンドンで、それこそ道端の露店で新聞紙にくるまれて売られているものを食べて以来。当時の日本でフィッシュ&チップスは名前が知られていたくらいの存在。それでイギリスの伝統的な食べ物だということでトライしたのだったと思う。どんな味だったかはまったく覚えていない。覚えていないということはたいして美味しくなかったんだろう(^^ゞ
屋台村では「俺のフレンチ」に興味はあったが長蛇の行列だったし、他ではこれが一番物珍しいメニューだったから。もっとも30年以上も食べていないといっても、フィッシュは鱈のフライだからハンバーガーのフィレオフィッシュと同じだし、チップスは普通のフライドポテト。だから想像できない味じゃない。
ハイネケンの屋台でビールを買う時に、ついフランクフルトも注文してしまった(^^ゞ
写真を見てフィッシュはそれほど大きくないと思うんじゃないかな。屋台のメニューも同じような写真で、だからフランクフルトも買った。でもこれは切り身の断面のところが写っており、見えていない切り身の幅はけっこうある。フランクフルトはいらなかったくらいのボリューム。
味付けはほとんどタルタルソースに頼っている感じ。途中でちょっと飽きてくる。それを予想して、写真ではフランクフルトに隠れているがマスタードもたっぷり入れてある。しかし食べているうちにロンドンではビネガー(酢)をかけたことを思いだした。このキッチンカーでは紙箱に入った状態でフィッシュ&チップスを渡されて、テーブルに用意されている調味料を自分で選んでかけて持ち運ぶ方式。そういえばそこに見慣れない調味料があった。あれがたぶんビネガーだったんだろう。キッチンカーまで戻るのも面倒だったのでそのまま完食。ビールも大を頼んだし、ちょっとお腹がキツイ。
キオスクステージでの演奏を少し聴いて、
会場のB5ホールへ向かう。
これは建物の上から広場を眺めたところ。賑わってるね。
午後2時開演なので1時45分ちょっと前に会場に着いたら、まだ開場していなかった。
あれっと思ってチケットを見ると開場が1時45分になっている。開演時刻の30分前が開場とばかり思い込んでいたが、改めて確認すると、
Aホール 開演の45分前
B7ホール 開演の30分前
B5ホール 開演の15分前
Cホール 開演の30分前
D7ホール 開演の20分前
とホールによって異なっている。ホールの大きさ=入場人数が違うんだから、考えてみたら当たり前だが、ラ・フォル・ジュルネ5年目にして初めて知った事実(>_<)
ひとつ前のD7と同じくB5も初めて入るホール。過去4年間はA、B7、Cのホールしか入っていない。もっともホールでプログラムを選んでいるわけじゃないが。ただし巨大なAホールで15列目までに座席が取れない時は、音量的に満足できないのでその公演は諦めている。
披露宴会場みたいな部屋。B5ホールは600平米あるが分割利用が可能で、ラ・フォル・ジュルネで使っているのは半分のスペース。1段高くしつらえられた仮説のステージを取り囲むように座席が並べられている。いわゆる「舞台のソデ」はなく演奏者は普通の出入り口から入ってくる。文化祭を思い出すな(^^ゞ
座席はほとんど最後尾でも、この広さなら問題なし。間仕切りとなっている壁が板張りだし(写真左の壁)、他の壁も上部のウロコみたいな形状が音響に効果があるのか、このホールの音はなかなかよかった。もちろんひとつ前のエントリーに書いたように、たまたま坐った位置がよかっただけの可能性もある。
ちなみにここでも前のプログラムと同じように、会場に入った時にまだピアノの調律をしていた。今までこんなことはなかったから、今年は調律師の手配を間違えたのかな。
【公演番号:M133】
バルトーク:狂詩曲第1番
ショパン:チェロ・ソナタト短調 op.65
マルティヌー:ロッシーニの主題による変奏曲
堤剛 (チェロ)
クレール・デゼール (ピアノ)
※アーティストの写真は公式ページから借用
このプログラムもクレール・デゼールが聴きたくて選んだ。彼女の演奏は初めてラ・フォル・ジュルネを訪れた2014年に聴いてとても気に入った。その後にCDも買った。そのアルバムはAbendmusikというタイトルで、iTunesを開くとアルファベット順に並んでいるリストの先頭にに表示されるから強制的に思い出すことになる(^^ゞ
堤剛(つつみ つよし)は御年75歳の日本クラシック界の重鎮。実はまったく知らなかった。私はクラシックを聴くのが好きなだけで熱心なマニアではないので、CDをたくさんリリースしている(かつレコード会社が宣伝に力を入れている)アーティスト以外は疎い。しかしデゼールのようにここで初めて知ったアーティストのCDを買うのも、ラ・フォル・ジュルネの楽しみ方。
演奏の最初はバルトーク。ちょっと苦手な部類。小難しい曲が多く、少し「前衛はいっている」から。タイトルの狂詩曲はラプソディと記すことのほうが多い。たぶん言葉的にキツイのが理由。その意味はウィキペディアを引用すると
自由奔放な形式で民族的または叙事的な内容を表現した楽曲。異なる曲調を
メドレーのようにつなげたり、既成のメロディを引用したりすることが多い。
要は構成に決まりがない作曲形式。自由というと反射的に価値を認めてしまいがちだが、音楽では「まとまりがない」ということにもつながる。ハチャメチャ、ドタバタなラプソディも多い。そういえばクイーンのボヘミアンラプソディも変わった曲だったと思いだしたあなたは、間違いなくオッサン、オバハン(^^ゞ もちろんあれは名曲。
堤剛のチェロはいい音を奏でていた。そして時々見せる陶酔の表情も含めて実に楽しそうに演奏する。ステージに入ってきた時、ヨボヨボではないが、老人特有の頼りない歩き方だった。しかしチェロを弾き始めるとそんな素振りは微塵もない。それとすごく品のいい笑顔が印象的。私はこんなジジ様になれそうもないなあ。
2曲目はショパンのチェロ・ソナタ。ショパンというとピアノしか思い浮かばない人が多いかもしれないが、このチェロ・ソナタやピアノ協奏曲も人気がある。もっともピアノ協奏曲ではオーケストラ部分の作曲を酷評する人も多い。私はいい曲だと思っているが、いつかレベルアップしたら文句をいうようになるんだろうか。
ところでこのチェロ・ソナタ。第2楽章でチャイコフスキーのバイオリン協奏曲とよく似た旋律がある。というかチャイコフスキーの作曲は30年ほど後なので似ているのはバイオリン協奏曲のほう。世紀のパクリ疑惑だと思っているのだが、誰も話題にしてくれないなあ。
ピアノ・ソナタはピアノの独奏だが、チェロやバイオリンのソナタの場合、ピアノとの二重奏になるものが多い。曲によって、どちらが主役かわからないくらい掛け合いのものもあれば、ピアノは伴奏的なものもある。今回のプログラムはどちらかというとピアノは伴奏的。デゼールのピアノに不満はなかったが、もっと彼女の演奏を堪能したかったというのが本音。
3曲目はマルティヌー。初めて聞く名前。タイトルにロッシーニとあったので、コソッと期待していたが、ロッシーニぽいのは曲の冒頭だけでちょっと肩すかし。アンコールはラベルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。
アンコールなのでタイトルは公演が終わってからロビーに掲示される。よく聴いた曲だとわかりながら、演奏中にタイトルを思い出せなかったのは、これが本来はピアノ曲だから。チェロのために作曲されたものはそう多くないので、他の楽器の曲を演奏することはままあること。
生演奏のチェロ・ソナタは初めて聴いた。チェロ・ソナタつまりチェロとピアノの二重奏は、CDで聴くのと違って楽器の音量コントロールがされていないから、予想していたけれどピアノの音量が圧倒的に大きい。感覚的に表現するならチェロ1に対してピアノ4くらい。最初はそれに少し戸惑った。しかし人間の耳はチェロも聴きたいと思うと脳内でバランスを補正してくれる。実に不思議で便利。
ーーー続く
フィッシュ&チップスは30年以上前のロンドンで、それこそ道端の露店で新聞紙にくるまれて売られているものを食べて以来。当時の日本でフィッシュ&チップスは名前が知られていたくらいの存在。それでイギリスの伝統的な食べ物だということでトライしたのだったと思う。どんな味だったかはまったく覚えていない。覚えていないということはたいして美味しくなかったんだろう(^^ゞ
屋台村では「俺のフレンチ」に興味はあったが長蛇の行列だったし、他ではこれが一番物珍しいメニューだったから。もっとも30年以上も食べていないといっても、フィッシュは鱈のフライだからハンバーガーのフィレオフィッシュと同じだし、チップスは普通のフライドポテト。だから想像できない味じゃない。
ハイネケンの屋台でビールを買う時に、ついフランクフルトも注文してしまった(^^ゞ
写真を見てフィッシュはそれほど大きくないと思うんじゃないかな。屋台のメニューも同じような写真で、だからフランクフルトも買った。でもこれは切り身の断面のところが写っており、見えていない切り身の幅はけっこうある。フランクフルトはいらなかったくらいのボリューム。
味付けはほとんどタルタルソースに頼っている感じ。途中でちょっと飽きてくる。それを予想して、写真ではフランクフルトに隠れているがマスタードもたっぷり入れてある。しかし食べているうちにロンドンではビネガー(酢)をかけたことを思いだした。このキッチンカーでは紙箱に入った状態でフィッシュ&チップスを渡されて、テーブルに用意されている調味料を自分で選んでかけて持ち運ぶ方式。そういえばそこに見慣れない調味料があった。あれがたぶんビネガーだったんだろう。キッチンカーまで戻るのも面倒だったのでそのまま完食。ビールも大を頼んだし、ちょっとお腹がキツイ。
キオスクステージでの演奏を少し聴いて、
会場のB5ホールへ向かう。
これは建物の上から広場を眺めたところ。賑わってるね。
午後2時開演なので1時45分ちょっと前に会場に着いたら、まだ開場していなかった。
あれっと思ってチケットを見ると開場が1時45分になっている。開演時刻の30分前が開場とばかり思い込んでいたが、改めて確認すると、
Aホール 開演の45分前
B7ホール 開演の30分前
B5ホール 開演の15分前
Cホール 開演の30分前
D7ホール 開演の20分前
とホールによって異なっている。ホールの大きさ=入場人数が違うんだから、考えてみたら当たり前だが、ラ・フォル・ジュルネ5年目にして初めて知った事実(>_<)
ひとつ前のD7と同じくB5も初めて入るホール。過去4年間はA、B7、Cのホールしか入っていない。もっともホールでプログラムを選んでいるわけじゃないが。ただし巨大なAホールで15列目までに座席が取れない時は、音量的に満足できないのでその公演は諦めている。
披露宴会場みたいな部屋。B5ホールは600平米あるが分割利用が可能で、ラ・フォル・ジュルネで使っているのは半分のスペース。1段高くしつらえられた仮説のステージを取り囲むように座席が並べられている。いわゆる「舞台のソデ」はなく演奏者は普通の出入り口から入ってくる。文化祭を思い出すな(^^ゞ
座席はほとんど最後尾でも、この広さなら問題なし。間仕切りとなっている壁が板張りだし(写真左の壁)、他の壁も上部のウロコみたいな形状が音響に効果があるのか、このホールの音はなかなかよかった。もちろんひとつ前のエントリーに書いたように、たまたま坐った位置がよかっただけの可能性もある。
ちなみにここでも前のプログラムと同じように、会場に入った時にまだピアノの調律をしていた。今までこんなことはなかったから、今年は調律師の手配を間違えたのかな。
【公演番号:M133】
バルトーク:狂詩曲第1番
ショパン:チェロ・ソナタト短調 op.65
マルティヌー:ロッシーニの主題による変奏曲
堤剛 (チェロ)
クレール・デゼール (ピアノ)
※アーティストの写真は公式ページから借用
このプログラムもクレール・デゼールが聴きたくて選んだ。彼女の演奏は初めてラ・フォル・ジュルネを訪れた2014年に聴いてとても気に入った。その後にCDも買った。そのアルバムはAbendmusikというタイトルで、iTunesを開くとアルファベット順に並んでいるリストの先頭にに表示されるから強制的に思い出すことになる(^^ゞ
堤剛(つつみ つよし)は御年75歳の日本クラシック界の重鎮。実はまったく知らなかった。私はクラシックを聴くのが好きなだけで熱心なマニアではないので、CDをたくさんリリースしている(かつレコード会社が宣伝に力を入れている)アーティスト以外は疎い。しかしデゼールのようにここで初めて知ったアーティストのCDを買うのも、ラ・フォル・ジュルネの楽しみ方。
演奏の最初はバルトーク。ちょっと苦手な部類。小難しい曲が多く、少し「前衛はいっている」から。タイトルの狂詩曲はラプソディと記すことのほうが多い。たぶん言葉的にキツイのが理由。その意味はウィキペディアを引用すると
自由奔放な形式で民族的または叙事的な内容を表現した楽曲。異なる曲調を
メドレーのようにつなげたり、既成のメロディを引用したりすることが多い。
要は構成に決まりがない作曲形式。自由というと反射的に価値を認めてしまいがちだが、音楽では「まとまりがない」ということにもつながる。ハチャメチャ、ドタバタなラプソディも多い。そういえばクイーンのボヘミアンラプソディも変わった曲だったと思いだしたあなたは、間違いなくオッサン、オバハン(^^ゞ もちろんあれは名曲。
堤剛のチェロはいい音を奏でていた。そして時々見せる陶酔の表情も含めて実に楽しそうに演奏する。ステージに入ってきた時、ヨボヨボではないが、老人特有の頼りない歩き方だった。しかしチェロを弾き始めるとそんな素振りは微塵もない。それとすごく品のいい笑顔が印象的。私はこんなジジ様になれそうもないなあ。
2曲目はショパンのチェロ・ソナタ。ショパンというとピアノしか思い浮かばない人が多いかもしれないが、このチェロ・ソナタやピアノ協奏曲も人気がある。もっともピアノ協奏曲ではオーケストラ部分の作曲を酷評する人も多い。私はいい曲だと思っているが、いつかレベルアップしたら文句をいうようになるんだろうか。
ところでこのチェロ・ソナタ。第2楽章でチャイコフスキーのバイオリン協奏曲とよく似た旋律がある。というかチャイコフスキーの作曲は30年ほど後なので似ているのはバイオリン協奏曲のほう。世紀のパクリ疑惑だと思っているのだが、誰も話題にしてくれないなあ。
ピアノ・ソナタはピアノの独奏だが、チェロやバイオリンのソナタの場合、ピアノとの二重奏になるものが多い。曲によって、どちらが主役かわからないくらい掛け合いのものもあれば、ピアノは伴奏的なものもある。今回のプログラムはどちらかというとピアノは伴奏的。デゼールのピアノに不満はなかったが、もっと彼女の演奏を堪能したかったというのが本音。
3曲目はマルティヌー。初めて聞く名前。タイトルにロッシーニとあったので、コソッと期待していたが、ロッシーニぽいのは曲の冒頭だけでちょっと肩すかし。アンコールはラベルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。
アンコールなのでタイトルは公演が終わってからロビーに掲示される。よく聴いた曲だとわかりながら、演奏中にタイトルを思い出せなかったのは、これが本来はピアノ曲だから。チェロのために作曲されたものはそう多くないので、他の楽器の曲を演奏することはままあること。
生演奏のチェロ・ソナタは初めて聴いた。チェロ・ソナタつまりチェロとピアノの二重奏は、CDで聴くのと違って楽器の音量コントロールがされていないから、予想していたけれどピアノの音量が圧倒的に大きい。感覚的に表現するならチェロ1に対してピアノ4くらい。最初はそれに少し戸惑った。しかし人間の耳はチェロも聴きたいと思うと脳内でバランスを補正してくれる。実に不思議で便利。
ーーー続く