2020年05月27日

清盛と秀吉の17年間

たまには歴史をテーマにの第2弾。
前回の続きで、本能寺の変の11日後に光秀を破ったのが秀吉。


秀吉はその後の数年で天下統一を果たし、権力も富も望むかぎりを手に入れた。大阪城もすごいけれど、極めつけは黄金の茶室。あんなのはドバイの王族だって持っていないゾ(彼らが茶室を欲しがるのか?というツッコミはナシで)。他に聚楽第や伏見城、京都の大仏なども。箱物以外では北野大茶会、醍醐の花見など湯水のごとくお金を使っている。

それが天下人として栄華を極めるということなのかも知れない。しかし本能寺の変が起きたのは1582年で、秀吉が亡くなったのが1598年。つまり彼が権力の座にあったのはわずか17年なのである。歴史では信長〜秀吉〜家康を一連の流れで捉えることが多いし、この期間は日本史のハイライトで出来事も多いから、秀吉の時代はもっと長いと感じてしまいがち。

ちなみに17年間だった「秀吉時代」前後の政権存続期間を記すと

   鎌倉時代 1192年〜1333年 142年間
   室町時代 1336年〜1573年 238年間
   江戸時代 1603年〜1868年 266年間


歴史上の短期政権はもうひとつあって、それは平家。平家が政権を掌握していたのは1167年から壇ノ浦で滅亡する1185年までとされる。ただし実質的には京都を脱出した1183年までとも考えられ、それなら秀吉と同じ17年間となる。その17年で「平家にあらずんば人にあらず」の権勢を誇ったのだから、これまたスゴイ。

もちろん秀吉は本能寺の変の時点で、信長の後継を狙えるポジションにまで迫っており、1582年にゼロからスタートしたわけじゃない。平家といえば下層とはいえ貴族出身で、清盛の祖父の代にはかなりの勢力だった。それでも日本の歴史に燦然と残る時代を、たった17年間で築いたことは特筆に値すると思うのだ。なぜかこのことは歴史でほとんど話題にならないが。



ところで、
けっこう歳食っちゃったわけだが、
まだ17年残っているかな?

なお17年しか維持できなかったのだという皮肉な見方はやめて、
素直に人生の励みにしましょう(^^ゞ

wassho at 08:08│Comments(0) ノンジャンル 

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