2021年07月10日
チューリップ総集編 2021 その4
総集編「その3」を書いたのが6月1日。その時はあと3回は書く予定で(ネタを考え済みで)、だから文末に「ーーー不定期に続く」と記した。それなのに1ヶ月が経った今、何を書くつもりだったのかまったく思い出せない(/o\)
まあ、どうせたいしたことを書くわけじゃないからと気を取り直し(^^ゞ 、前回はチューリップが朽ちていく姿の写真だったので、今回はカッコよく撮れた写真にしようかと。
しかし今シーズンに撮った写真を見返して、コレといった写真がないことに気づくーーー
その理由として考えられるのは
(1)私の撮影テクニック不足というか、いい構図を見つられない感性の鈍さ。
(2)今シーズンだと188球を植えていて、それはベランダ・ガーデニングとしては
数が多い部類だとは思うが、所詮は188球に過ぎず開花数は141で、これぞと
いう姿形のチューリップが出現するには数が少なすぎる。
客観的に考えて原因は(2)だと思っているが、じゃあ今まで大規模なチューリップ園に行った時に、どれだけカッコイイ写真を撮れたかと自問すると(1)も相当に占めていると認めざるを得ないのがツラいところ。
さて、
たいした写真はないのだから、もったいを付けずに今シーズンのナンバー1から。題して「あまりチューリップに見えないし、盛りを少し過ぎて花びらも開きすぎているけれど、光の当たり方の偶然で、何となくミステリアスな雰囲気に撮れたで賞」とでもしておこうか。
後はごく平凡な写真。
黄色と赤はよく似合う。
黄色とオレンジもいい感じ。
でも黄色とピンクの組み合わせはイマイチかな。
これは写真的にまったくまとまりがないのであるが、ベランダ・チューリップの雰囲気をよく捉えていると自分では気に入っている1枚。同好の士ならわかってくれるかも知れない。
花を撮る時にいつも悩むのは背景をボカすべきか、そうでないかということ。ブログ本文の画面で小さくなっている写真では差が出ないので、クリックなどで拡大して見較べて欲しい。上が背景のボケが大きい写真で、下が小さい写真。
カメラのレンズには「絞り」という、まさに口径を絞る装置が備わっている。それは光量を調節する機能であると同時に、ピントが合う前後の範囲を操作する役割も果たしている。絞りを開くとピントの合う範囲が狭くなり、被写体前後のボケが大きくなる。反対に絞りを絞るとピントの合う範囲が広くなり、被写体前後のボケは小さくなる。
どうしてそうなるのかの説明は難しいから省略するが、遠くを見る時に目を細めることがあるのは、目というレンズの絞りを絞ってボケを少なくする=よりくっきりと見るため本能的に行っている動作である。
チューリップは逆光が映える花だと思っている。光が花びらから透けていれば、適当に撮った写真でもそこそこサマになる。ただし逆光による効果が強力すぎて、比較すると逆光でない写真がつまらなく見えてしまう嫌いもあるが。
逆光じゃなくても「色の白いは七難隠す」と同じように、
光線が強ければ写真も生き生きしてくるもの。
こんな明と暗の境目も好き。
朽ちていく姿も光があればより美し。
逆光 of the year はこの写真。
今シーズンは珍しく室内から窓ガラス越しにも撮ってみた。1枚目の右下に少し反射が写り込んでいるものの思っていたよりクリアに撮れた。黙っていればわからないだろう。
より広い範囲を、あるいは密集的に撮れるのでうれしい。
改めて写真を眺めてみたが、やはりどこか物足りない。そこで今までに撮ったベランダ・チューリップで私がベストだと思っている1枚を。
これは2014年の撮影。これから咲こうとするチューリップの生命力と、背景の無機質なコンクリート打ちっぱなし壁との対比が気に入っている(知らなきゃそう見えないだろうが)。
もう夏になってチューリップの話をするのもミスマッチだし、6月1日に何を書こうとしていたのかを思い出さない限り、今シーズンの総集編はこれにておしまい。
まあ、どうせたいしたことを書くわけじゃないからと気を取り直し(^^ゞ 、前回はチューリップが朽ちていく姿の写真だったので、今回はカッコよく撮れた写真にしようかと。
しかし今シーズンに撮った写真を見返して、コレといった写真がないことに気づくーーー
その理由として考えられるのは
(1)私の撮影テクニック不足というか、いい構図を見つられない感性の鈍さ。
(2)今シーズンだと188球を植えていて、それはベランダ・ガーデニングとしては
数が多い部類だとは思うが、所詮は188球に過ぎず開花数は141で、これぞと
いう姿形のチューリップが出現するには数が少なすぎる。
客観的に考えて原因は(2)だと思っているが、じゃあ今まで大規模なチューリップ園に行った時に、どれだけカッコイイ写真を撮れたかと自問すると(1)も相当に占めていると認めざるを得ないのがツラいところ。
さて、
たいした写真はないのだから、もったいを付けずに今シーズンのナンバー1から。題して「あまりチューリップに見えないし、盛りを少し過ぎて花びらも開きすぎているけれど、光の当たり方の偶然で、何となくミステリアスな雰囲気に撮れたで賞」とでもしておこうか。
後はごく平凡な写真。
黄色と赤はよく似合う。
黄色とオレンジもいい感じ。
でも黄色とピンクの組み合わせはイマイチかな。
これは写真的にまったくまとまりがないのであるが、ベランダ・チューリップの雰囲気をよく捉えていると自分では気に入っている1枚。同好の士ならわかってくれるかも知れない。
花を撮る時にいつも悩むのは背景をボカすべきか、そうでないかということ。ブログ本文の画面で小さくなっている写真では差が出ないので、クリックなどで拡大して見較べて欲しい。上が背景のボケが大きい写真で、下が小さい写真。
カメラのレンズには「絞り」という、まさに口径を絞る装置が備わっている。それは光量を調節する機能であると同時に、ピントが合う前後の範囲を操作する役割も果たしている。絞りを開くとピントの合う範囲が狭くなり、被写体前後のボケが大きくなる。反対に絞りを絞るとピントの合う範囲が広くなり、被写体前後のボケは小さくなる。
どうしてそうなるのかの説明は難しいから省略するが、遠くを見る時に目を細めることがあるのは、目というレンズの絞りを絞ってボケを少なくする=よりくっきりと見るため本能的に行っている動作である。
チューリップは逆光が映える花だと思っている。光が花びらから透けていれば、適当に撮った写真でもそこそこサマになる。ただし逆光による効果が強力すぎて、比較すると逆光でない写真がつまらなく見えてしまう嫌いもあるが。
逆光じゃなくても「色の白いは七難隠す」と同じように、
光線が強ければ写真も生き生きしてくるもの。
こんな明と暗の境目も好き。
朽ちていく姿も光があればより美し。
逆光 of the year はこの写真。
今シーズンは珍しく室内から窓ガラス越しにも撮ってみた。1枚目の右下に少し反射が写り込んでいるものの思っていたよりクリアに撮れた。黙っていればわからないだろう。
より広い範囲を、あるいは密集的に撮れるのでうれしい。
改めて写真を眺めてみたが、やはりどこか物足りない。そこで今までに撮ったベランダ・チューリップで私がベストだと思っている1枚を。
これは2014年の撮影。これから咲こうとするチューリップの生命力と、背景の無機質なコンクリート打ちっぱなし壁との対比が気に入っている(知らなきゃそう見えないだろうが)。
もう夏になってチューリップの話をするのもミスマッチだし、6月1日に何を書こうとしていたのかを思い出さない限り、今シーズンの総集編はこれにておしまい。
wassho at 10:15│Comments(0)│
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