2021年11月24日

アラン・ドロンのサムライ その2

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特に選んでたくさん観ているわけではないものの古い映画を観るのは好きである。それは当時の街並み、インテリア、ファッション、生活の様子などを眺められるから。昔はこうだったんだと思ったり、こういうのもあったなと懐かしかったり。それには舞台設定として古い時代を再現した映画ではダメで、古い時代に当時を撮ったものでないとこの楽しみは味わえない。本物と撮影のために組まれたセットの違いはもちろんあるけれど、その時代の空気や人間の感性が画面に現れているような気もする。


アラン・ドロンのサムライが公開されたのは1967年、和暦でなら昭和42年となる51年前。残念ながらパリの街並みはそれほど多く登場しないが、走っているのは今ではヴィンテージカー扱いのシトロエンをはじめとする古いフランス車。ゴルディーニやシムカといった既に消滅してしまったメーカーのクルマも多数で、それぞれの個性的なデザインは見ていて楽しい。なお夜のシーンではクルマのヘッドライトがとても暗いのも時代を感じさせる。
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電話は当然ながら携帯ではなく固定式で、しかもダイヤルを回すタイプ。最後にダイヤルを回して電話をかけたのはいつだったかなと思いながら眺めていた。写真でアラン・ドロンがかけているのは日本とはかなり違うデザインの公衆電話。
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そして警察がアパートの一室を盗聴するシーンがあるのだが、受信機から流れてきた音声を録音するテープレコーダーはオープンリール! レコードをかけたことのない世代でも、レコード自体のことは知っているが(DJの影響?)オープンリールのテープは見たことがない人が多いんじゃないかな。ちなみにカセットテープは1965年頃の誕生で広く普及したのは1970年代になってから。

映画からの画像ではないがオープンリールはこんなテープレコーダーね。
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次から書くのは当時はそうだったんだとあれこれ気がついたこと。この映画を観ていない人に文章だけで伝わるとは思っていないが、私の備忘録メモとして。


アラン・ドロンが演じる殺し屋は、殺しの現場にはクルマで向かう。ただし彼はクルマを持っておらず路上駐車しているものを盗む(^^ゞ 今はクルマの防犯装置が高度化して次の手は使えないが、少し前までクルマ泥棒というのは

  窓ガラスとドアの隙間に薄い定規のような板を差し込んでドアロックを外す。
  キーシリンダーの下の配線を直結させてセルを回してエンジンをかける。

というやり方だった。ドラマなどで見たことがあると思う。しかしこの映画ではクルマにドアロックはかかっていなかった。彼がクルマから降りる時もロックする様子はなかったから、この頃のフランスではロックしなかったのかな。縦列駐車するスペースが足りなかったら、以前はバンパー同士をぶつけて先に停まっているクルマを押し出してスペースを広げることをやっていた国だから、日本とは風習が違ったのかも知れない。あくまで想像だけれど。

そして決定的に違うのがエンジンのかけ方。配線をイジるのではなく合鍵を使う。写真のように100本ほどの合鍵を用意しておいて、順番に差し込んで合うものを探す。その時に怪しまれないように、顔や上半身は正面を向いたままで、手探りで作業するのがちょっとおかしい。
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先ほど書いた盗聴シーンはアラン・ドロンの部屋に、警察が不法侵入して盗聴器を仕掛けたもの。当然ながら彼は留守の設定で玄関には鍵が掛かっている。その鍵を開けるのもクルマ泥棒と同じように合鍵方式だった。この頃のフランスではピッキングという技術はなかったみたい。


殺害が通報されて警察が動き出す。怪しい奴は全員しょっ引けというかなり強引な捜査方法が取られる。怪しいかどうかの基準は身分証を持っているかどうか。アメリカ映画ではよく「IDを見せろ」というシーンがあるが、フランスでも身分証を持ち歩いているとは知らなかった。フランス映画はけっこう観たはずなのにーーー

アラン・ドロンは身分証は持っていたのに怪しまれて連行される。ビックリしたのは面通し(めんとおし)のやり方。面通しというのは目撃者に容疑者を見せて、犯人かどうかを確認してもらう作業。その際に容疑者に目撃者の素性を知られないように、面通しは隣の部屋からマジックミラー越しに行う。

でも映画では容疑者と目撃者が対面している。
写真で後ろ姿が見えているのが目撃者の皆さん。
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この時代はマジックミラーがなかったのかなあ(ネットでざっと調べても、マジックミラーが登場した時期は分からなかった)。そういえば昔の映画で暗くした隣室から細長いスリットから覗いて面通しをしているシーンがあった。マジックミラーがなくても目撃者の保護対策は取られていたということ。それと較べると何ともおおらかなフランスの捜査手法。

もっとも目撃者の1人に映画のストーリーでキーとなる女性がおり、彼女とアラン・ドロンとの表情のやりとりを効果的に撮るためにこのような演出をした可能性もある。そんなことを想像しながら観るのも古い映画の楽しみ方。



アラン・ドロンがアリバイ偽装を依頼した女性の自宅を訪ねるシーンが何回かある。ところで日本でオートロックが普及しだしたのは30年ほど前からだが、欧米ではかなり昔からあった。かなり古そうな建物なのに、部屋から操作すると建物の入口でビーッとブザーが鳴ってロックが外れるシーンは映画でもよくある。

彼女のアパート(日本語でいうならマンション)にはそれが備わっているようなのだが、どうにも解せないのが、

   アラン・ドロンが建物の入口に来る。
   ドアの横のボタンを押す。
   ビーッと音が鳴って、アラン・ドロンが自分でドアを開いて建物の中に入る。

という流れなのだ。つまりロックを解除しているのは彼自身=居住者じゃない人間である。これじゃオートロックの役割を果たせない。それなのに一応は鍵は掛かっていて、でもボタンを押せば外から解錠できるナゾのシステム。この映画で一番不思議だった。


ドアつながりになるが、当時のパリの地下鉄は車両のドアを自分で開いて乗り込む仕組みのようだ。ただし閉まる時は自動で閉まる。昔、どこだったか雪深い地方で同じような仕組みの電車に乗ったことがある。無駄に寒気を車内に入れないための工夫。今でもそうしているのかな。現在のパリの地下鉄は自動で開くと思う。以前に開かなかったのは単にメカニズムの簡略化のためだろう。


アラン・ドロンは容疑者として警察に連行されたけれど、なぜか目撃者が嘘の証言をしたので釈放される。でも疑いを捨てきれない警察は彼を尾行する。地下鉄を乗り継いで尾行をまくシーンはこの映画の見所のひとつ。そこで最新機材の登場。彼を見つけた尾行要員(一般市民に変装している)は手に持った発信器のようなものを作動させる。すると捜査本部の地図の上の豆電球が光って、その位置情報を元に捜査員をその場所に急行させるというシステム。

これは携帯電話などない時代に情報のやりとりをする手法として考えられたのだろう。もちろん位置情報を送信できる発信器など、あの時代にあるはずもなく映画における空想の産物。捜査本部にある地図パネルも、今見れば笑っちゃうくらいにチャチ。でも当時の観客は、現在なら人工衛星や無人偵察機から送られてくる地上のライブ映像で犯人を追い詰めるシーンが映画であるように、それで未来的なハイテク気分を味わえたのだと思う。


もうひとつだけ書くと、市内各所に配置された捜査車両には無線機が積んであって捜査本部とやりとりしている。警察無線がこの時代にあるのは不思議じゃない。しかし一般に無線機の場合、受信した音声はスピーカーから流れてきて、送信はマイクに向かって話す。でもパリ警察の無線機には電話と同じような受話器がつながっていた。なんかヘンな感じ。そういう無線機もあったのかと思ったが、ひょっとしたらあれは携帯電話の前に登場した自動車電話を想像して作ったのだろうか。



サムライは感動したり何か唸るようなところがある映画じゃない。別に武士の「サムライ」を連想するようなところもない。あくまでアラン・ドロンの美貌とスタイリッシュさを満喫するためのもの。これを観れば彼が「目から何か光線を出している」と子供の私が思ったことも分かると思うよ(前回を参照してね)。


おしまい

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wassho at 23:16│Comments(0) 映画、ドラマ、文学 

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