2022年05月31日
没後50年 鏑木清方展
鏑木清方(かぶらき きよかた)は1878年(明治11年)東京は神田の生まれで 1972年(昭和47年)に93歳で没した日本画家。美人画においては京都で活躍した上村松園(うえむら しょうえん)と共に「西の松園、東の清方」と並び称された。あるいは彼の弟子でもある伊東深水(しんすい)を含めて近現代美人画の三巨匠とも呼ばれることも。とにかく巨匠中の巨匠である。
これはおそらく70歳代中頃の写真。
こちらは50歳くらいか。もっと若い頃の写真は見当たらなかった。
30歳ならまだ明治時代だから写真はそれほど普及していなかったのかも。
実は当初、この展覧会に行くつもりはなかった。理由は美人画にはあまり興味がないから。浮世絵の美人画は極端にデフォルメ・様式化されてどれも同じ顔に見えるし、明治以降の日本画でも写実性はまったくないから、絵としての美しさは感じても「美人」というリアリティが湧いてこない。美人は大好きなんだけれどね(^^ゞ
しかし5月1日に放送のNHK「日曜美術館」で紹介され少し興味が湧く。おそらく巨匠中の巨匠の画力に惹きつけられたのだろう。そこでもう少し展覧会の内容を知ろうと公式ホームページにアクセスした。そこにあった展覧会概略の最後に書かれていたのが次の一文。
この展覧会を見たら、
もう、上村松園と区別がつかないなんて言わせません
ウ〜ン、痛いところを突かれた(^^ゞ
冒頭に書いたような認識はあったものの特に関心のある分野でもないので、まさに上村松園と鏑木清方の区別がまったくついていなかったから。それにしてもインパクトのある訴えだったな。展覧会の宣伝コピーに乗せられたのは初めての経験。
というわけで急遽、会期終了近くの5月3日に訪れた東京国立近代美術館。
右側に見えている木々は皇居東御苑のもの。
この日は五月晴れの快晴で、この後に皇居東御苑〜皇居外苑〜国会前庭と散歩した。
展覧会は作品の入れ替えを含めて109点が揃えられた大規模な回顧展。回顧展とはその画家の生涯をトレースする内容で、普通は作品が描かれた年代順に並べられる。ところがこの展覧会では
第1章 生活をえがく
特集1 東京
第2章 物語をえがく
特集2 歌舞伎
第3章 小さくえがく
ーーーと、3章仕立ての間に、特集を2つ挟んだ意欲的な構成。さらに変わっているのは東京の後に京都国立近代美術館で開催される展覧会では、通常の年代順の展示になること。いわゆる巡回展で構成がまったく違うのは珍しいのでは? しかし、なぜそんな演出を採用したのだろう。東京と京都の国立近代美術館は仲が悪いのかな(^^ゞ
さてテーマ別の絵でまとめられた構成の東京展であるが、実際はけっこうアバウトな選択で、どうしてこの作品がこの括りに入る?と疑問に思うものも多い。そこでこのブログでは作品の特徴別にテーマを設定し直すことにする。
最初は題するならば「庶民の生活をわりとリアルなタッチで描いた風俗画」とでもいうべき作品。美人画以外の鏑木清方を見るのはおそらくこれが初めて。そしてこれが実によかった。どれくらいよかったかというと、もし貰えるなら美人画よりこちらを貰いたいくらい。
「初冬の雨」 明治29年(1896年)
「佃島の秋」 明治37年(1904年)
「京橋金沢亭」 昭和10年頃(1935年)
「鰯」 昭和12年頃(1937年)
「十一月の雨」 昭和30年(1955年)
鏑木清方は美人画で日本画家としての地位を確立するわけだが、そのキャリアのスタートは新聞や雑誌などの挿絵を描くことだった。それが影響しているのか描写が細かくて情報量の多い風俗画を描く。どの絵を見ても人の喋り声や周りの物音が聞こえてきそうな気がする。本人は美人画より生活風景を描くのを好んだらしい。それでも美人画が多いのは画家ビジネスとしての成り行きだったのだろう。
彼が描く時代設定は明治。江戸の情緒も残るこの時代の情景を愛していたようだ。いわゆる近代化と、関東大震災や東京空襲などで失われていったものを残しておきたい気持ちが強かったに違いない。明治には生まれていない身にとっては、描かれているのが江戸時代なのか明治時代なのか、にわかには判別のつかないものがあるとしても、それも含めてこんな日常があったのだろうなあと想像にふけることができる。
一般に明治時代の風俗画はやたら賑やかだったり誇張されているものが多い(特に詳しくもないから認識が間違っているかも知れない)。しかし鏑木清方の絵はすごくナチュラルなところも気に入った。こんなタッチで描かれた明治時代や江戸時代の、そしてその時代に生きた画家の風俗画があるならもっと見たいものだ。
「雛市」 明治34年(1901年)
これは解説によると
「ひな人形を買いに来た」
「暖かそうなショールを羽織った裕福そうな母娘」と
「ひな祭り飾りのモモの花の配達のお手伝いをしている女の子は」
「裸足で着ているものも薄そう」
という対比で貧富の差を表現してるといわれる。ボーッと眺めているだじゃ気がつかなかったわ。意外と社会派な面もある鏑木清方。
「小説家と挿絵画家」 昭和26年(1951年)
上で紹介したものと内容は異なるものの、同じく水彩画的なタッチの作品。左側が鏑木清方で冒頭に載せた写真とよく似ている。そして右側が泉鏡花。 戦前の昭和な雰囲気もするが、描かれているのは明治34年に泉鏡花が挿絵の依頼に訪ねてきたときの場面。
それはさておき床にはウチワがあるし、鏑木清方は浴衣姿だから季節は夏。なのに泉鏡花は黒の羽織を着ている。羽織って寒いときのものじゃないの? 着物にはまったく詳しくないのでよく分からない。まだ紹介していないが、鏑木清方の美人画は着物のセンスもよくて、着物の知識があれば「おお、これを着せるか」とか楽しめるらしい。それが味わえないのはちょっと残念。
ところで泉鏡花の羽織は黒で家紋も入っている。それがフォーマルな装いであるのは私でも分かる。なのに鏑木清方は浴衣である。この明治34年時点で泉鏡花は既に名のある小説家、対する鏑木清方はまだ駆け出し23歳の無名画家。年齢は泉鏡花が5歳年上。けっこう失礼なヤツの鏑木清方(^^ゞ
ーーー続く
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