2022年06月02日
没後50年 鏑木清方展 その2
前回に紹介した「庶民の生活をわりとリアルなタッチで描いた風俗画」に対して、次は同じ風俗画であっても、もっと日本画的というか、リアルさよりも絵としての完成度や美しさに重きを置いた作品。
「露の干ぬ間」 大正5年(1916年) ※干ぬ=ひぬ=乾かぬ


「晩涼」 大正9年(1920年)
「泉」 大正11年(1922年)
「鎧河岸」 大正12年(1923年) ※鎧=よろい 関東大震災まで日本橋にあった河岸
「木場の春雨」 大正15年(1926年)
「木母寺夜雨」 昭和11年(1936年) ※木母寺=もくぼじ 墨田区にある寺の名前
前回のリアル版風俗画が、まるで明治時代にタイムスリップしたような感覚を味わえたのと較べると、こちらはやや「古典的」なものを鑑賞した気分かな。場面が町中でもないから明治時代を感じることもできない。リアル版風俗画のほうが断然おもしろかったのだが、それは絵としてというより、今まであまり目にする機会のなかった明治庶民の生活風景に興味をかきたてられたからだと思う。
ところで「晩涼」や「泉」では背景に山や木々が描かれている。しかしどうも鏑木清方はそれらを描くのがあまり得意でないように感じる。
こちらはあまり多くない彼の風景画。
「金沢三題・大磯の風景 大磯千畳敷」 大正8年(1919年)
もちろん絵としてのジャンルが異なれば描き方も異なるのだしても、リアル版風俗画で見せたあの描写力はどこにいったと思ってしまう。私に上手・下手は分からないが実に平凡。まあすべてにおいてパーフェクトな画家なんて存在しないもの。
さてもっと明治時代の風俗画を見たいとの気持ちが時空を遡って届いていたのか、鏑木清方はタイトルもそのものズバリの「明治風俗十二ヶ月」で1ヶ月ごと12連作の作品を残している。制作は昭和10年(1935年)。
それぞれのタイトルは
かるた (一月)
梅やしき (二月)
稽古 (三月)
花見 (四月)
菖蒲湯 (五月)
金魚屋 (六月)
盆燈籠 (七月)
氷店 (八月) ※読みは「こおりや」または「こおりだな」だと思う
二百十日 (九月) ※立春から210日目の9月1日頃で台風の多い日とされた
長夜 (十月)
平土間 (十一月)
夜の雪 (十二月)
1月〜4月 ※1月が一番左、以下同様
5月〜8月
9月〜12月
ブログの画像だと小さいが、目の前に12ヶ月分の絵が並んでいた様子はなかなかの迫力。この写真はhttps://bunshun.jp/articles/-/15178?page=2から引用。
時代設定は明治30年から33年あたりで、そこそこ裕福な商家の生活がモデルとのこと。縦長サイズだからかリアル版風俗画のように細かく描き込まれてはいないものの、季節を感じながら明治の生活を眺められたのは楽しかった。
2つだけコメントしておくと、まず5月の菖蒲湯。描かれている女性は菖蒲湯から出てきたところだろうか。しかし銭湯の脱衣場にしてはやたら広いし豪華でナゾ。菖蒲は風呂桶のようなものの横に小さく3片ほど描かれているのがそれらしく、ほとんど目に入らない。だったらタイトルは「風呂上がり」でもいいんじゃない(^^ゞ
ところで現在の菖蒲湯には菖蒲を丸ごと使うが、この時代は小さく刻んでいたのだろうか?
そして8月の氷店。この時代の夏に氷があるとは思っていなかった。もちろん平安時代から氷室(ひむろ)に貯蔵した氷を食べたりする習慣はあったとしても、それが可能だったのはごく一部の特権階級だけ。調べてみると明治20年頃から製氷機で作った氷が一般にも出回り始めたらしい。アンモニアの気化熱を利用して製氷していたようで、詳しい仕組みまでは調べていない。
描かれているのは夏になると墨田川沿いに出る屋台で、女性はかき氷を作っている店員。この絵の舞台となった頃には、まだ夏の新しい風物詩だったのかも知れない。
次に紹介するのはもう美人画と呼んでもいいのだろうが、
何気ない仕草や動作が描かれている作品。
「西鶴 五人女のおまん」 明治44年(1911年)
これを仕草や動作といえるかは微妙だがーーー
井原西鶴の好色五人女をテーマにしているから描かれているのは江戸時代。女性なのに刀を差しているのが奇妙。これはゲイの男性に恋をしたおまんという娘が、男装してその男性のもとを訪ねるシーンを描いている。よく見れば帯は男性用を締めているものの、髪の毛は女性のままなので中途半端な印象はぬぐえない。しかし他の画家もこの題材では同じような姿で描いているので、これが日本画としてのお約束スタイルなのだろう。
「秋の夜」 大正4年頃(1915年)
「雪つむ宵」 大正9年(1920年)
どちらの女性も窓に顔を向けていて「秋の夜」は手紙を読んでいるようだし、「雪つむ宵」も冊子のようなものが手元に置かれている。なんとなくフェルメールを思い出す構図。日本画は陰影をつけないものだが、もし光りを描いていたら鏑木清方は日本のフェルメールと呼ばれていたりして。
「初冬の花」 昭和10年(1935年)
着物は少し暖かそうな生地のようにも思える。しかし背景に何も描かれていないから「初冬」かどうかわからないし、だいいち「花」はどこに? よく見れば帯は花柄だけれども、まさかそれ? 落ち着いたいい雰囲気を醸し出しているのに、タイトルに釈然としないものを感じてしまった作品。
「口紅」 昭和14年(1939年)
当時の口紅は器に入れたものを手ぬぐいのようなもので塗っていたのか。あるいはこれは塗りすぎたものを拭き取っているのか。どうにも知識がないのでよく分からない。それはともかく美しい絵であるのは確か。ただし女性が化粧をしているときに、こんなしおらしい表情をしている思うのはオッサンの妄想(^^ゞ もっとも美人画というもの自体が妄想の産物の最たるもの。
ーーー続く
「露の干ぬ間」 大正5年(1916年) ※干ぬ=ひぬ=乾かぬ


「晩涼」 大正9年(1920年)
「泉」 大正11年(1922年)
「鎧河岸」 大正12年(1923年) ※鎧=よろい 関東大震災まで日本橋にあった河岸
「木場の春雨」 大正15年(1926年)
「木母寺夜雨」 昭和11年(1936年) ※木母寺=もくぼじ 墨田区にある寺の名前
前回のリアル版風俗画が、まるで明治時代にタイムスリップしたような感覚を味わえたのと較べると、こちらはやや「古典的」なものを鑑賞した気分かな。場面が町中でもないから明治時代を感じることもできない。リアル版風俗画のほうが断然おもしろかったのだが、それは絵としてというより、今まであまり目にする機会のなかった明治庶民の生活風景に興味をかきたてられたからだと思う。
ところで「晩涼」や「泉」では背景に山や木々が描かれている。しかしどうも鏑木清方はそれらを描くのがあまり得意でないように感じる。
こちらはあまり多くない彼の風景画。
「金沢三題・大磯の風景 大磯千畳敷」 大正8年(1919年)
もちろん絵としてのジャンルが異なれば描き方も異なるのだしても、リアル版風俗画で見せたあの描写力はどこにいったと思ってしまう。私に上手・下手は分からないが実に平凡。まあすべてにおいてパーフェクトな画家なんて存在しないもの。
さてもっと明治時代の風俗画を見たいとの気持ちが時空を遡って届いていたのか、鏑木清方はタイトルもそのものズバリの「明治風俗十二ヶ月」で1ヶ月ごと12連作の作品を残している。制作は昭和10年(1935年)。
それぞれのタイトルは
かるた (一月)
梅やしき (二月)
稽古 (三月)
花見 (四月)
菖蒲湯 (五月)
金魚屋 (六月)
盆燈籠 (七月)
氷店 (八月) ※読みは「こおりや」または「こおりだな」だと思う
二百十日 (九月) ※立春から210日目の9月1日頃で台風の多い日とされた
長夜 (十月)
平土間 (十一月)
夜の雪 (十二月)
1月〜4月 ※1月が一番左、以下同様
5月〜8月
9月〜12月
ブログの画像だと小さいが、目の前に12ヶ月分の絵が並んでいた様子はなかなかの迫力。この写真はhttps://bunshun.jp/articles/-/15178?page=2から引用。
時代設定は明治30年から33年あたりで、そこそこ裕福な商家の生活がモデルとのこと。縦長サイズだからかリアル版風俗画のように細かく描き込まれてはいないものの、季節を感じながら明治の生活を眺められたのは楽しかった。
2つだけコメントしておくと、まず5月の菖蒲湯。描かれている女性は菖蒲湯から出てきたところだろうか。しかし銭湯の脱衣場にしてはやたら広いし豪華でナゾ。菖蒲は風呂桶のようなものの横に小さく3片ほど描かれているのがそれらしく、ほとんど目に入らない。だったらタイトルは「風呂上がり」でもいいんじゃない(^^ゞ
ところで現在の菖蒲湯には菖蒲を丸ごと使うが、この時代は小さく刻んでいたのだろうか?
そして8月の氷店。この時代の夏に氷があるとは思っていなかった。もちろん平安時代から氷室(ひむろ)に貯蔵した氷を食べたりする習慣はあったとしても、それが可能だったのはごく一部の特権階級だけ。調べてみると明治20年頃から製氷機で作った氷が一般にも出回り始めたらしい。アンモニアの気化熱を利用して製氷していたようで、詳しい仕組みまでは調べていない。
描かれているのは夏になると墨田川沿いに出る屋台で、女性はかき氷を作っている店員。この絵の舞台となった頃には、まだ夏の新しい風物詩だったのかも知れない。
次に紹介するのはもう美人画と呼んでもいいのだろうが、
何気ない仕草や動作が描かれている作品。
「西鶴 五人女のおまん」 明治44年(1911年)
これを仕草や動作といえるかは微妙だがーーー
井原西鶴の好色五人女をテーマにしているから描かれているのは江戸時代。女性なのに刀を差しているのが奇妙。これはゲイの男性に恋をしたおまんという娘が、男装してその男性のもとを訪ねるシーンを描いている。よく見れば帯は男性用を締めているものの、髪の毛は女性のままなので中途半端な印象はぬぐえない。しかし他の画家もこの題材では同じような姿で描いているので、これが日本画としてのお約束スタイルなのだろう。
「秋の夜」 大正4年頃(1915年)
「雪つむ宵」 大正9年(1920年)
どちらの女性も窓に顔を向けていて「秋の夜」は手紙を読んでいるようだし、「雪つむ宵」も冊子のようなものが手元に置かれている。なんとなくフェルメールを思い出す構図。日本画は陰影をつけないものだが、もし光りを描いていたら鏑木清方は日本のフェルメールと呼ばれていたりして。
「初冬の花」 昭和10年(1935年)
着物は少し暖かそうな生地のようにも思える。しかし背景に何も描かれていないから「初冬」かどうかわからないし、だいいち「花」はどこに? よく見れば帯は花柄だけれども、まさかそれ? 落ち着いたいい雰囲気を醸し出しているのに、タイトルに釈然としないものを感じてしまった作品。
「口紅」 昭和14年(1939年)
当時の口紅は器に入れたものを手ぬぐいのようなもので塗っていたのか。あるいはこれは塗りすぎたものを拭き取っているのか。どうにも知識がないのでよく分からない。それはともかく美しい絵であるのは確か。ただし女性が化粧をしているときに、こんなしおらしい表情をしている思うのはオッサンの妄想(^^ゞ もっとも美人画というもの自体が妄想の産物の最たるもの。
ーーー続く
wassho at 22:19│Comments(0)│
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