2023年12月21日

紅葉は庭園よりよかった清澄公園

清澄庭園に隣接して清澄公園がある。

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面積は庭園が3.7ヘクタール、公園が4.4ヘクタール。「清澄公園」と検索しても「清澄庭園」関連のページしかヒットしないのでよくわからないものの、庭園は9つある都立庭園のひとつで(それは間違いない)、公園はその付属の開放公園との位置づけのようだ。解放とは24時間出入り自由を意味していると思われる。清澄庭園は開園時間があるし150円の入場料が必要。


前回に紀伊国屋文左衛門から始まる清澄庭園の成り立ちを書いた。明治になって三菱財閥創始者の岩崎弥太郎が手に入れたのは庭園と公園両方の土地。現在と関東大震災前の清澄庭園(当時は深川親睦園)を較べると  画像はhttps://www.tokyo-park.or.jp/special/teien/download/pdf/iwasakihontei_bettei.pdfから引用
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地図に洋館と書かれている場所には、関東大震災で焼失したジョサイア・コンドルの設計した建物があった。彼は鹿鳴館の設計でも知られるイギリス人建築家。
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そこで繰り広げられていた光景。
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これが個人の別邸なのだから腹立つくらい金持ち(^^ゞ 写真には音楽隊まで写っている。それにしてもこの時代に招待されているのはオッサンばかりだね。画像はhttps://www.mitsubishi.com/ja/profile/group/mitekita/vol28.htmlから引用


なお前回に書いた関東大震災の翌年大正13年(1924年)に、岩崎家から東京市に寄付されたのは敷地の東半分に当たる現在の清澄庭園部分。公園部分は昭和46〜47年(1971〜72年)にかけて東京都が購入している。そのときの土地所有者が岩崎家だったかはわからなかった。公園の開園は昭和52年(1977年)。



清澄庭園と清澄公園を隔てている道路。
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それを渡れば清澄公園に到着。
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どことなく江戸時代を感じさせるが、もちろん江戸時代に時計はない。
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遊具などはなくガラーンとした広場がほとんどを占める。
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でも右にイエロオータム、左にレッドオータム。
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まずはイエローオータムから。
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かなりの大木で、色づきも今が盛りのタイミング。
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なぜかイチョウの下で寝ているオバチャンが2人いた。
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この日は12月7日。暖冬でこの時の気温は20度近くあったとはいえ、紅葉の木の下で昼寝している人は初めて見た。


イエローオータムとしての見応えは清澄庭園で最初に見たイチョウと変わらない。しかしこちらの素晴らしさは木の真下に入れたこと。見上げながら空からイエローが降ってくるようなその姿を堪能する。オバチャンを踏みつけないように注意しながら(^^ゞ
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次はレッドオータム。
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今年一番のピュアレッド!
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グリーンを背景に眺めるのもまたよし。
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お約束の逆光木漏れ日ファンタジー。
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レッドとオレンジのグラデーションもきれい。
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マツの葉の細さがフワーッとした感じを出して、
背景のレッドオータムの対比がちょっと幻想的に思えた風景だった。
パソコンで読んでいるならクリックで拡大して見て欲しい。
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実はせっかく清澄庭園まで来たのだから、ついでに公園も覗いておこう程度の気持ちだった。でも紅葉は清澄公園のほうが充実している。清澄庭園に来たのなら是非とも公園に立ち寄るべし。というか紅葉だけなら清澄公園だけでもいいかも知れない。意外な穴場でした。

wassho at 22:57│Comments(0) お花畑探訪 

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