2024年04月18日
板橋と練馬の南蔵院でしだれ桜のハシゴ 練馬編
4月10日、板橋区の南蔵院でしだれ桜を見た後は、
ハシゴ先である練馬区の南蔵院へ。
練馬区の南蔵院を最初に知り、福岡にある有名な南蔵院を避けるために「東京 南蔵院 サクラ」であれこれ検索していて、たまたまこちらも見つけたのは最初に書いた通り。しかしここはネットにほとんど情報がない。板橋の南蔵院の開花状況はSNSでそれなりに確認できたものの、練馬の南蔵院をX(Twitter)で探すと、本日4月18日の段階でも最新投稿が3月23日(/o\)
でもハシゴは今年の花見の隠れテーマだし、板橋まで行けばどうせ帰り道なのだからと訪れることにした。しかし実は帰り道じゃなかった。
東京の電車は山手線の主要駅をターミナルとして放射状に延びている。近年、私鉄と地下鉄が相互乗り入れするようになって利便性がとても増したとはいえ、ある程度都心から離れて南北に移動しようとすると、いったん都心まで戻らなければならないのだ。
それぞれの南蔵院最寄り駅である本蓮沼から練馬まで、乗り換え案内アプリで検索すると何種類ものルート候補が提示される。それだけ一筋縄ではたどり着けない証し。途中でバスを使うルートもあったが、乗り間違えしそうなので最もベーシックなルートを選んだ。
それは本蓮沼駅から都営三田線で巣鴨まで戻り、山手線に乗り換えて池袋、そして西武池袋線で練馬まで。直線距離の2倍半ほどの移動になる。
練馬駅に到着。
ここまで本蓮沼駅から約45分掛かった。
桜並木もあった練馬駅前の雰囲。
ここで痛恨のミス(というほどでもないが)。南蔵院までは地図アプリの経路案内を頼りに歩いたのだが、それがバスを使う設定になっていた(>_<) 実際にスマホに表示されていた地図はもっと狭い範囲だったので遠回りしているのに気付かず。
でも普段の生活圏内にはない東武ストアの前を通りかかり、徳川家光が手植えした1枚の写真に収まりきらない大きな木も見られたからいいかーーーと自分の失敗を正当化。
3本の電車を乗り継いで練馬に着き、そこから遠回りな道順を進んで、ようやく南蔵院に到着。これでもししだれ桜が散っていたらキリスト万歳と境内で叫んでやる(^^ゞ
最初にあったのは大きなソメイヨシノ。
葉ザクラ進行中。
咲いているソメイヨシノは白いのに、散った花びらがピンクなのが不思議。
隣にしだれ桜。
それほど大きくないサイズ。
花付き度合いは普通かな。
キリスト万歳ではなくお釈迦様ありがとうでよかった。
しだれ桜は枝が目立つのが写真的には手強(ごわ)い。
本日2箇所目のしだれ桜でほんわか気分に浸りましょう。
本堂のほうにもしだれ桜があった。
こちらは2本でサイズは板橋の南蔵院より大きい。
でも花数が少ない。
奥の方は葉ザクラが進んでいる。
手前はそうでもないから品種が違うのか? そうは見えなかったが。
手前のしだれ桜を角度を変えて。
ツボミはあまりなかったから満開の時期が過ぎていたのだろうか。でも地面に花びらはあまり落ちていない。ひょっとしたら今年は花付きが悪かったのかも知れない。板橋の南蔵院もネットで見た過去の写真と較べて花数が少なかった。ソメイヨシノは毎年同じように花を咲かせても、しだれ桜は年によって差があるというのが経験則。
本堂と隣にある薬師堂。
扉が閉まっていて本日休業的な感じ。
境内ブラブラ。
戦没者慰霊碑とサクラの花びらに埋もれたタンポポ。
これはおそらくしだれ桜の花びら。
空海像。
これがあるなら真言宗のお寺。そういえば板橋の南蔵院、福岡の南蔵院も真言宗だった。宗派によってお寺の名前が決まっているのか?
入ってきた門と反対方向から出ると、
墓地が広がっていて、
さらにその半分ほどの広さがある墓地予定地。
境内に戻って、
濃いピンクの花びら絨毯の上に立つ観音像。
しかし観音像に覆い被さっているのは、
山桜系の白いサクラなのが解せない。
観音像の隣に仁王門。
この仁王門は変わっていて、
上部に鐘がつるされており鐘楼(しょうろう)門となっている。
さらに変わっているのはその位置。
仁王門は小さなお寺ならメインの出入り口の門として、大きなお寺ならメインの出入り口から続く境内参道の途中に、ここから先は聖域と示すために造られる。でもここの仁王門は境内の片隅にポツンと立っている。かつてはもっと敷地が広く、ここを本堂につながる参道が通っていたのだろうか。
なおこの南蔵院も正確な建立時期はわかっていないものの、室町時代初期の1357年に中興(復活)されたとの記録があるから、板橋の南蔵院と較べると相当に古い。この仁王門自体は江戸中期の建築。
「あ」と口を開いている阿形(あぎょう)と「ん」と口を閉じた吽形(うんぎょう)が対となる金剛力士像。阿吽(あうん)の呼吸との表現はこれがルーツ。また金剛力士は仁王とも呼ばれ、仁王立ちの語源でもある。
金剛力士は金剛杵(こんごうしょ)と呼ばれる、あらゆる物を打ち砕ける武器を持っているから金剛力士と呼ばれる。でも南蔵院の金剛力士はエアー金剛杵だった。どちらも持っていなかったり、吽形(うんぎょう)だけが持っていないのはたまにある。
参考までに金剛杵(こんごうしょ)を持つ東大寺の金剛力士像。
なお東大寺では向かって左に阿形、右に吽形の配置だが、これは例外的で通常は逆。
像の設置位置の左右に何か意味があるかは知らない。
さて金剛力士像といえば恒例のビーチクチェック! 仏像で乳首があるのは金剛力士像だけで、なぜかやたら目立っているものが多い。ここ南蔵院のは珍しくごく控えめだった。
小さい方のしだれ桜を再度眺めて、本日のしだれ桜ハシゴは終了。
板橋の南蔵院が箱庭的とすれば、こちらの南蔵院はガラーンと何の造作も施していない印象でまさに対照的なお寺。しだれ桜は特に見応えはなかったものの、いろいろな所で様々なサクラを眺めるのを趣味にしているので、サクラ蓄積知の幅が広がってそれなりに満足。その知識が何の役に立つのかはわからないけれど(^^ゞ
おしまい
ハシゴ先である練馬区の南蔵院へ。
練馬区の南蔵院を最初に知り、福岡にある有名な南蔵院を避けるために「東京 南蔵院 サクラ」であれこれ検索していて、たまたまこちらも見つけたのは最初に書いた通り。しかしここはネットにほとんど情報がない。板橋の南蔵院の開花状況はSNSでそれなりに確認できたものの、練馬の南蔵院をX(Twitter)で探すと、本日4月18日の段階でも最新投稿が3月23日(/o\)
でもハシゴは今年の花見の隠れテーマだし、板橋まで行けばどうせ帰り道なのだからと訪れることにした。しかし実は帰り道じゃなかった。
東京の電車は山手線の主要駅をターミナルとして放射状に延びている。近年、私鉄と地下鉄が相互乗り入れするようになって利便性がとても増したとはいえ、ある程度都心から離れて南北に移動しようとすると、いったん都心まで戻らなければならないのだ。
それぞれの南蔵院最寄り駅である本蓮沼から練馬まで、乗り換え案内アプリで検索すると何種類ものルート候補が提示される。それだけ一筋縄ではたどり着けない証し。途中でバスを使うルートもあったが、乗り間違えしそうなので最もベーシックなルートを選んだ。
それは本蓮沼駅から都営三田線で巣鴨まで戻り、山手線に乗り換えて池袋、そして西武池袋線で練馬まで。直線距離の2倍半ほどの移動になる。
練馬駅に到着。
ここまで本蓮沼駅から約45分掛かった。
桜並木もあった練馬駅前の雰囲。
ここで痛恨のミス(というほどでもないが)。南蔵院までは地図アプリの経路案内を頼りに歩いたのだが、それがバスを使う設定になっていた(>_<) 実際にスマホに表示されていた地図はもっと狭い範囲だったので遠回りしているのに気付かず。
でも普段の生活圏内にはない東武ストアの前を通りかかり、徳川家光が手植えした1枚の写真に収まりきらない大きな木も見られたからいいかーーーと自分の失敗を正当化。
3本の電車を乗り継いで練馬に着き、そこから遠回りな道順を進んで、ようやく南蔵院に到着。これでもししだれ桜が散っていたらキリスト万歳と境内で叫んでやる(^^ゞ
最初にあったのは大きなソメイヨシノ。
葉ザクラ進行中。
咲いているソメイヨシノは白いのに、散った花びらがピンクなのが不思議。
隣にしだれ桜。
それほど大きくないサイズ。
花付き度合いは普通かな。
キリスト万歳ではなくお釈迦様ありがとうでよかった。
しだれ桜は枝が目立つのが写真的には手強(ごわ)い。
本日2箇所目のしだれ桜でほんわか気分に浸りましょう。
本堂のほうにもしだれ桜があった。
こちらは2本でサイズは板橋の南蔵院より大きい。
でも花数が少ない。
奥の方は葉ザクラが進んでいる。
手前はそうでもないから品種が違うのか? そうは見えなかったが。
手前のしだれ桜を角度を変えて。
ツボミはあまりなかったから満開の時期が過ぎていたのだろうか。でも地面に花びらはあまり落ちていない。ひょっとしたら今年は花付きが悪かったのかも知れない。板橋の南蔵院もネットで見た過去の写真と較べて花数が少なかった。ソメイヨシノは毎年同じように花を咲かせても、しだれ桜は年によって差があるというのが経験則。
本堂と隣にある薬師堂。
扉が閉まっていて本日休業的な感じ。
境内ブラブラ。
戦没者慰霊碑とサクラの花びらに埋もれたタンポポ。
これはおそらくしだれ桜の花びら。
空海像。
これがあるなら真言宗のお寺。そういえば板橋の南蔵院、福岡の南蔵院も真言宗だった。宗派によってお寺の名前が決まっているのか?
入ってきた門と反対方向から出ると、
墓地が広がっていて、
さらにその半分ほどの広さがある墓地予定地。
境内に戻って、
濃いピンクの花びら絨毯の上に立つ観音像。
しかし観音像に覆い被さっているのは、
山桜系の白いサクラなのが解せない。
観音像の隣に仁王門。
この仁王門は変わっていて、
上部に鐘がつるされており鐘楼(しょうろう)門となっている。
さらに変わっているのはその位置。
仁王門は小さなお寺ならメインの出入り口の門として、大きなお寺ならメインの出入り口から続く境内参道の途中に、ここから先は聖域と示すために造られる。でもここの仁王門は境内の片隅にポツンと立っている。かつてはもっと敷地が広く、ここを本堂につながる参道が通っていたのだろうか。
なおこの南蔵院も正確な建立時期はわかっていないものの、室町時代初期の1357年に中興(復活)されたとの記録があるから、板橋の南蔵院と較べると相当に古い。この仁王門自体は江戸中期の建築。
「あ」と口を開いている阿形(あぎょう)と「ん」と口を閉じた吽形(うんぎょう)が対となる金剛力士像。阿吽(あうん)の呼吸との表現はこれがルーツ。また金剛力士は仁王とも呼ばれ、仁王立ちの語源でもある。
金剛力士は金剛杵(こんごうしょ)と呼ばれる、あらゆる物を打ち砕ける武器を持っているから金剛力士と呼ばれる。でも南蔵院の金剛力士はエアー金剛杵だった。どちらも持っていなかったり、吽形(うんぎょう)だけが持っていないのはたまにある。
参考までに金剛杵(こんごうしょ)を持つ東大寺の金剛力士像。
なお東大寺では向かって左に阿形、右に吽形の配置だが、これは例外的で通常は逆。
像の設置位置の左右に何か意味があるかは知らない。
さて金剛力士像といえば恒例のビーチクチェック! 仏像で乳首があるのは金剛力士像だけで、なぜかやたら目立っているものが多い。ここ南蔵院のは珍しくごく控えめだった。
小さい方のしだれ桜を再度眺めて、本日のしだれ桜ハシゴは終了。
板橋の南蔵院が箱庭的とすれば、こちらの南蔵院はガラーンと何の造作も施していない印象でまさに対照的なお寺。しだれ桜は特に見応えはなかったものの、いろいろな所で様々なサクラを眺めるのを趣味にしているので、サクラ蓄積知の幅が広がってそれなりに満足。その知識が何の役に立つのかはわからないけれど(^^ゞ
おしまい
wassho at 21:06│Comments(0)│
│お花畑探訪











































