2025年06月29日

烏帽子のあれこれ その2

20冠と烏帽子

画像はhttps://shouzokuten.izutsu.co.jp/catalog/5/105/とhttps://musashino-gakki.com/product/?p=100088から引用

話を冠(かんむり)と烏帽子(えぼし)に戻すと、先にできたのは正装用の冠。
これはご存じ聖徳太子の肖像画。
25聖徳太子


肖像画では冠なのか単にヘアスタイルが複雑なのかよく判別できないものの、それを模した1万円札だと頭に何か被っているのがわかる。
26聖徳太子1万円札

冠を着用するようになったのは、聖徳太子が603年に冠位十二階を制定して以降と考えられている。そして飛鳥・奈良時代を経て平安の中期頃まではこの頭巾(読みは「ずきん」ではなく「ときん」)と呼ぶ柔らかな布製の冠だったようだ。その後に最初に載せた写真のような布を漆で固めたハードタイプに変わっていく。


宮中は正装して参内する場所なので冠着用は義務だった。現在の皇室で冠を着用するのは即位や立太子の礼、結婚の儀などごく限られた重要儀式のみ。これは令和の即位の礼。
27-1即位の礼


昭和天皇の大喪の礼で、棺を担ぐ係員は平安風の服装&冠姿でも、天皇は洋装(コートの下はモーニングのはず)でシルクハットを手に持っている。シルクハットと冠は位置づけが似ているところも多い。画像はhttps://x.gd/7FH4qとhttps://x.gd/KNNb0から引用(短縮URL使用)
27-2大喪の礼

27-3


あと身近なところで冠を目にするのは雛人形の男雛。画像はhttps://www.mistore.jp/shopping/feature/living_art_f2/hina3_l.htmlから引用
27-4雛人形



さて冠の各部には細かな名称が付いているが、
主要パーツは次の4つ。

甲(こう)は頭を覆う基本パーツで纓(えい)は飾りだとして、注目は巾子(こじ)と簪(かんざし)。巾子(こじ)がこんな形をしていて、そこに簪(かんざし)が備わっているのには合理的な理由がある。
28冠パーツ


これは昔の日本人男子の髪型変遷。
画像はコトバンクhttps://kotobank.jp/の「髪型」より引用
28髪型


束ねた髪の毛を頭の上に載せるチョンマゲは江戸時代中期からで、平安時代には上に高く伸ばしている。そんな髪型で思い浮かぶのは若い頃の織田信長(あくまで映画やドラマで描かれた姿)。しかし適当な画像がなかったので、ユースケ・サンタマリアが同時代の朝倉義景を演じている写真で。志村けんのバカ殿を思い出してもらってもいい(^^ゞ 画像はhttps://news.mynavi.jp/article/20200517-1037500/から引用
29朝倉義景


この高く束ねた部分が髻(もとどり)。
チョンマゲの髷(まげ)と漢字がややこしいので拡大しておきましょう。
30髻と髷

上に伸ばしたモトドリを前に曲げたからチョンマゲなのかと思ったら、

  モトドリ:髪を束ねた部分
  マゲ:モトドリのある髪型

を意味しているそう。そういえばチョンマゲ(丁髷)もたくさんあるマゲのバリエーションのひとつだし、女性の日本髪もマゲだった。

もうおわかりと思うが、冠の巾子(こじ)は、束ねた髻(もとどり)を入れるためのパーツ。そしてそこに簪(かんざし)を挿して頭から落ちないように固定する仕組み。冠の帽子にしては複雑な形にも意味があったのだ。



ところで力士は現在もモトドリを作ったマゲの髪型をしている。明治政府は断髪令を出してチョンマゲを禁止したが相撲界は例外として認められた。どうやら政府上層部に相撲ファンが多くいたらしい。

ただしその断髪令、正確には散髪脱刀令で内容は

  髪型は自由でチョンマゲにしなくてよい
  華族・士族が刀を差さなくてもよい

だったのに、明治天皇がモトドリを落とした影響もあり、いつのまにかチョンマゲ禁止令に実質を変えていく。またこれは男性を対象にした法律。しかし誤解していわゆる日本髪から短髪にする女性が多くいたため、改めて「女子断髪禁止令」が出されるなど、明治維新の混乱を何かと象徴するような法令。


さて力士の姿を見たことがない人はいないと思うけれど、彼らの髪型には2種類あるのを知ってた?それは大銀杏(おおいちょう)と丁髷(チョンマゲ)。
40-1大銀杏丁髷

40-2大銀杏

大銀杏はモトドリの先端がイチョウの葉のように広がっているのでその名前。また襟足のところを膨らませたデザインなのも特徴。対して丁髷は髪を引き上げてモトドリでまとめただけのスタイル。画像はコトバンクhttps://kotobank.jp/の「相撲髷」とhttps://www.yamano.ac.jp/news/detail.php?p=247より引用編集

ただしこの大銀杏と丁髷の定義は相撲界だけの話。一般に丁髷とは頭頂部を剃ってモトドリをそこに置く形をいう。また丁髷の一種に銀杏髷(いちょうまげ)というのがあり、さらにそのバリエーションとして大銀杏と小銀杏が存在した。それらは全体的な髪の整え方の違いであり、またどちらもモトドリをイチョウの葉のように広げたりはしない。


(/_')/ソレハコッチニオイトイテ
力士が大銀杏を結うのは本場所や巡業で土俵に上がるときと、公的な行事に正装して参加する場合だけ。稽古時や普段の生活では丁髷。それだけ大銀杏を仕上げるのには手間がかかるのだろう。

正面から見た違いをつい先日話題になった白鳳で。画像はhttps://www.bbc.com/japanese/58715123とhttps://x.gd/5Xhk1から引用(短縮URL使用)
40-3白鳳


なお大銀杏を結えるのは番付で十両以上の力士(いくつか例外はある)。また十両以上が関取と呼ばれ一人前の相撲取り。もっともよほどの相撲ファン以外は十両未満=幕下以下の相撲を見る機会はないので、力士は大銀杏と丁髷の髪型を使い分けていると考えても差し支えない。画像はhttps://x.gd/XnOJ0から引用(短縮URL使用)
40-4番付


番付について調べていたら給料の資料を見つけたのでついでに。データは2023年。画像はhttps://diamond.jp/zai/articles/-/1025502から引用
40-5給料

相撲を見る習慣はない。そして現在の番付を確認したら横綱・大関ともに知らない力士だった(/o\) そんな私にとって十両なんて「その他大勢のお相撲さん」のレベル。それでも年収1320万円とそれなりの給料。それと較べると横綱の3600万円はずいぶんと安いような。もちろん他に優勝賞金や懸賞金があるとしても。

それよりも幕内の前頭から十両に落ちた場合、1680万円→1320万円だから金額よりプライドのダメージのほうが大きいかも知れないが、十両から幕下に陥落すると1320万円→99万円となってキビシイね。♪まっさかさまに堕ちてdesire(>_<) 逆に幕下から十両に昇進すれば給料13倍アップ。まあそれが勝負の世界というもの。



(/_')/ソレモコッチニオイトイテ
ニュースか何かで力士が髪を結ってもらっているこんな姿を目にした経験があると思う。画像はhttps://www.sumo.or.jp/Entertainment/quiz/344から引用
41力士


これだけでも相当髪の毛が長いとわかる。
そしてさらにビックリする画像がこちら。NHKの放送100年スポーツ名場面より

なぜか用水路に飛び込んで泳ぐ力士。
42-1


飛び込んだ衝撃でモトドリがほどけて、
42-2


泳いでいたのは若き日の貴乃花。
背中の中程まである超ロングヘア!まるでジャングルの野生児。
42-3

とりあえずモトドリを結うにはこの程度の長さが必要みたい。


そして平安貴族といえばこんなイメージだけれど、彼らもまたそんなロングヘアだったとはなかなか想像が追いつかない。シャンプーやコンディショナーはもちろん、石けんすらなかった時代に長い髪を洗うのは大変だっただろうな。画像はhttps://costume.iz2.or.jp/period/heian.htmlから引用編集
43平安貴族



次回こそは烏帽子のかぶり方がヘンな話に進もう。





ーーー続く

wassho at 23:05│Comments(0) ノンジャンル 

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