2025年07月27日
烏帽子のあれこれ 番外編その3
もう「烏帽子のあれこれ」は番外編を含めてこれで9回目なので(^^ゞ
結論を急ぎましょう。
発端は昔の肖像画でよく見る、
どう見ても被っている帽子の位置がおかしいとの疑問。
彼らが被っているのは烏帽子(えぼし)で、古来より正装用の冠(かんむり)と普段着用の烏帽子の2種類を日本男性は使い分けてきた。
これは↑どちらも平安後期の強装束(こわしょうぞく)スタイルで、烏帽子はその後に形が変化していく。最初の肖像画に描かれていたのは折烏帽子や侍烏帽子。冠は現在もほぼ同じ形。
冠に筒のようなパーツがあるのは、モトドリと呼ばれる束ねた髪の毛を納めるためのスペース。烏帽子にも膨らみや厚みがあるのも同じ理由。
そして肖像画で烏帽子の被る位置がおかしく見えるのは、折り曲げたモトドリを覆うように烏帽子が後ろに伸びているためであり、
それを正面からあまり角度を付けないで描くとおかしな被り方に見える。
ここまでが本編の超サマリー。
言い換えれば髪の毛を束ねたモトドリがあってこそ冠や烏帽子の形が生まれた。古来よりの服飾史を冠や烏帽子の存在を抜きにして語れないとすれば、ヘアスタイルのモトドリも同様。それが番外編につながる。
写真はポーラ文化研究所によるヘアスタイルの変遷。画像はhttps://x.gd/MtWadzから引用(短縮URL使用)
左はおそらく古墳時代からあった両サイドで髪の毛を束ねた美豆良(ミズラ)と呼ばれる形。聖徳太子が冠位十二階を定めて冠で身分を表す=常に冠を着用するようになったのが603年で、冠に納まるように束ねた髪を頭の上で団子状にしたのが写真中央。右は平安時代で団子状から直線的な形になっている。この部分がモトドリ。
戦(いくさ)で鉄製の兜(かぶと)を使うようになると、暑さや蒸れ対策で頭頂部を剃り落とし始める(写真右)。そこから発展して時代劇などでよく見るチョンマゲに。
現在もモトドリのある髪型をしているのは相撲の力士。これは「烏帽子のあれこれ その2」でも紹介した髪型を整えてもらっている力士と、モトドリがほどけた若き日の貴乃花。画像はhttps://www.sumo.or.jp/Entertainment/quiz/344とNHKの放送100年スポーツ名場面より引用
力士が結う大銀杏(おおいちょう)は襟足を膨らませた形だから、普通にモトドリを束ねるよりは髪の長さが必要かも知れないが、それでもけっこうロングヘアでないとモトドリは作れない。
さて前回に書いた、こうした昔の髪型の変遷を知って「あっ、そうだったんだ」と大事なことのような、どうでもいいことのような気づきとはーーー
何となく「男性の髪は短い、女性のは長い」という固定観念がある。もちろん男女ともに人によるとはいえ、たとえばこんな後ろ姿を見かけたら女性だと思うはず。
さらに中高年以上なら昔の男性は一律に短髪で、髪を伸ばし始めたのは1960年代後半に活躍したビートルズの影響だとも知っている。
しかし、それはきわめて短期間の歴史だけによって形成された思い込み。
ミズラを両サイドにぶら下げていた古墳時代から明治維新でチョンマゲが禁止となるまでの約1600年間、男性の髪の毛は ミズラやモトドリを束ねるために今の女性ならかなりのロングヘアに相当するほどに長かったのだ。古墳時代の前は弥生・縄文時代なので、この地に国らしき形ができて以来男性はずっとロングヘアだったともいえる。そんな風に考えたことあった?(おそらく弥生・縄文、その前の旧石器時代も長かっただろう)
昔の日本人男性の髪型といってまず思い浮かべるのは江戸時代のチョンマゲのはず。よく見れば実に変なヘアスタイルではあるけれど、時代劇などで見慣れていて特に疑問を持たないし、あれをどうやって結っているかを想像したりもしない。それに頭頂部は剃っているし、全体的には髪をなでつけて固めているのでロングヘアのイメージもない。
さらに何度も書いたように室町中期=戦国時代の始まりあたりまで、冠あるいは烏帽子を脱いでモトドリを他人に見せるのは恥ずかしいとの文化があった。だからそれ以前の髪型が描かれた絵などはきわめて少なく目にする機会がない。それが結果的に昔の日本人男性の髪型=チョンマゲ=長髪ではないとのイメージを生んでいるようにも思う。
それでチョットお遊び。
これは「烏帽子のあれこれ その4」で紹介した石山寺縁起絵巻。
庶民は平たい烏帽子、貴族は冠、僧侶は無帽。
僧侶以外は、烏帽子や冠を取るとモトドリを束ねた髪型をしていて、
そのモトドリをほどくと皆ロングヘア!
AIがチョット髪を長く描きすぎているけれど、まっそういうこと。
「古来より明治維新までずっと男性はロングヘアであった」。それを知ったとして歴史が変わるわけでもないが、そんなことはまったく考えてもみなかったので、それが何となく思考のツボにはまって面白かったしだい。
ところでどうして長かったのか、モトドリを束ねていたのか?
それを解説している資料は見当たらなかったが想像するとーーー
ーーー結論を書いたのにまだ続いてしまう
結論を急ぎましょう。
発端は昔の肖像画でよく見る、
どう見ても被っている帽子の位置がおかしいとの疑問。
彼らが被っているのは烏帽子(えぼし)で、古来より正装用の冠(かんむり)と普段着用の烏帽子の2種類を日本男性は使い分けてきた。
これは↑どちらも平安後期の強装束(こわしょうぞく)スタイルで、烏帽子はその後に形が変化していく。最初の肖像画に描かれていたのは折烏帽子や侍烏帽子。冠は現在もほぼ同じ形。
冠に筒のようなパーツがあるのは、モトドリと呼ばれる束ねた髪の毛を納めるためのスペース。烏帽子にも膨らみや厚みがあるのも同じ理由。
そして肖像画で烏帽子の被る位置がおかしく見えるのは、折り曲げたモトドリを覆うように烏帽子が後ろに伸びているためであり、
それを正面からあまり角度を付けないで描くとおかしな被り方に見える。
ここまでが本編の超サマリー。
言い換えれば髪の毛を束ねたモトドリがあってこそ冠や烏帽子の形が生まれた。古来よりの服飾史を冠や烏帽子の存在を抜きにして語れないとすれば、ヘアスタイルのモトドリも同様。それが番外編につながる。
写真はポーラ文化研究所によるヘアスタイルの変遷。画像はhttps://x.gd/MtWadzから引用(短縮URL使用)
左はおそらく古墳時代からあった両サイドで髪の毛を束ねた美豆良(ミズラ)と呼ばれる形。聖徳太子が冠位十二階を定めて冠で身分を表す=常に冠を着用するようになったのが603年で、冠に納まるように束ねた髪を頭の上で団子状にしたのが写真中央。右は平安時代で団子状から直線的な形になっている。この部分がモトドリ。
戦(いくさ)で鉄製の兜(かぶと)を使うようになると、暑さや蒸れ対策で頭頂部を剃り落とし始める(写真右)。そこから発展して時代劇などでよく見るチョンマゲに。
現在もモトドリのある髪型をしているのは相撲の力士。これは「烏帽子のあれこれ その2」でも紹介した髪型を整えてもらっている力士と、モトドリがほどけた若き日の貴乃花。画像はhttps://www.sumo.or.jp/Entertainment/quiz/344とNHKの放送100年スポーツ名場面より引用
力士が結う大銀杏(おおいちょう)は襟足を膨らませた形だから、普通にモトドリを束ねるよりは髪の長さが必要かも知れないが、それでもけっこうロングヘアでないとモトドリは作れない。
さて前回に書いた、こうした昔の髪型の変遷を知って「あっ、そうだったんだ」と大事なことのような、どうでもいいことのような気づきとはーーー
何となく「男性の髪は短い、女性のは長い」という固定観念がある。もちろん男女ともに人によるとはいえ、たとえばこんな後ろ姿を見かけたら女性だと思うはず。
さらに中高年以上なら昔の男性は一律に短髪で、髪を伸ばし始めたのは1960年代後半に活躍したビートルズの影響だとも知っている。
しかし、それはきわめて短期間の歴史だけによって形成された思い込み。
ミズラを両サイドにぶら下げていた古墳時代から明治維新でチョンマゲが禁止となるまでの約1600年間、男性の髪の毛は ミズラやモトドリを束ねるために今の女性ならかなりのロングヘアに相当するほどに長かったのだ。古墳時代の前は弥生・縄文時代なので、この地に国らしき形ができて以来男性はずっとロングヘアだったともいえる。そんな風に考えたことあった?(おそらく弥生・縄文、その前の旧石器時代も長かっただろう)
昔の日本人男性の髪型といってまず思い浮かべるのは江戸時代のチョンマゲのはず。よく見れば実に変なヘアスタイルではあるけれど、時代劇などで見慣れていて特に疑問を持たないし、あれをどうやって結っているかを想像したりもしない。それに頭頂部は剃っているし、全体的には髪をなでつけて固めているのでロングヘアのイメージもない。
さらに何度も書いたように室町中期=戦国時代の始まりあたりまで、冠あるいは烏帽子を脱いでモトドリを他人に見せるのは恥ずかしいとの文化があった。だからそれ以前の髪型が描かれた絵などはきわめて少なく目にする機会がない。それが結果的に昔の日本人男性の髪型=チョンマゲ=長髪ではないとのイメージを生んでいるようにも思う。
それでチョットお遊び。
これは「烏帽子のあれこれ その4」で紹介した石山寺縁起絵巻。
庶民は平たい烏帽子、貴族は冠、僧侶は無帽。
僧侶以外は、烏帽子や冠を取るとモトドリを束ねた髪型をしていて、
そのモトドリをほどくと皆ロングヘア!
AIがチョット髪を長く描きすぎているけれど、まっそういうこと。
「古来より明治維新までずっと男性はロングヘアであった」。それを知ったとして歴史が変わるわけでもないが、そんなことはまったく考えてもみなかったので、それが何となく思考のツボにはまって面白かったしだい。
ところでどうして長かったのか、モトドリを束ねていたのか?
それを解説している資料は見当たらなかったが想像するとーーー
ーーー結論を書いたのにまだ続いてしまう
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