2025年07月30日
烏帽子のあれこれ 番外編その4
ひょっとしたら縄文や弥生の時代から、少なくとも古墳時代から明治維新でチョンマゲが禁止となるまでの約1600年間、日本の男性はミズラやモトドリを束ねるために今の女性のロングヘア程度に髪が長かった。男性は短髪、女性は長髪なんて概念ができたのはたかだか直近150年ほどの歴史に過ぎない。
ーーーというのが番外編の趣旨。
ついでに、それではどうして男性の髪が長かったのかを想像するのが今回。
ほとんど意識することはないものの、
髪の毛が生えている動物は人だけである。
眉毛、ひげ、脇毛、陰毛などもそう。
子供の頃に習った最古の人類はアウストラロピテクス。舌を噛みそうなくらいに長くてややこしい名前なのに、今でもスラッとその名前を口にできるのが不思議。でも2001年に発見されたサヘラントロプス・チャデンシスが現在は最古の人類となっている。
これが頭蓋骨の化石からの復元図。
ほとんどサルやね(^^ゞ
彼らがいたのは700万年前で猿人と分類される。人類は猿人(700万年前〜120面年前)→原人(240万年前〜11万年前)→旧人(40万年前〜4万年前)→新人(20万年前〜現在)と進化してきた。ちなみに霊長類の始まりは6500万年前で、恐竜がいたのは2億3000万年前〜6600万年前の期間。
新人とはホモ・サピエンス=現在の人類を指す。その誕生よりはるか昔のおよそ200万年前、原人に属するホモ・エレクトスあたりから体毛が大幅に減少して髪の毛などに変わったといわれている。
ところで、このホモ・エレクトス。これも子供の頃はピテカントロプス・エレクトスと習った原人。この名前も口が覚えていた。それにしても鎌倉幕府の始まりがいつの間にかイイクニツクロウの1192年ではなく1185年になっているように、昔の知識のアップデートが必要だね。
その体毛の代わりに発達した髪の毛やひげ。
体毛と違ってなぜかやたら伸びる。
ギネスブックでの最高記録は髪の毛が236.22 cm!(2023年)、ひげは5.5m!(2014年)でもひげは2本合わせた長さのような?画像はhttps://x.gd/6D7mSとhttps://www.afpbb.com/articles/-/3027155から引用(前者は短縮URL使用)
動物の体毛は一定の長さまでしか伸びないし人間の脇毛や陰毛も同じ。髪の毛やひげだけが限度なく長く伸びるのに何か意味はあるのか。でも意味=(ギネス級の長さに)実用性があるとは思えないので人体設計のバグのようにも思える。そのあたりは興味深いところ。
さて体毛がなくなって髪の毛が生えてきた原始人。栄養状態が違うからギネス記録のようにはならないとしても、それなりには長く伸びたはず。でも髪の毛を切らなかったと考えている。
石器時代の始まりは200万年前で髪の毛が生えてきた時代と重なる。でも石器でヘアカットは難しい。石器時代とはネーミングがおかしくて実際には木器時代だった説もあって、それならなおさら。伸びてくれば邪魔なので、たぶん木のツルかなんかで束ねていわゆるポニーテールにしていたんじゃないかな。ひげも剃る道具がなくて伸ばしっぱなしだったのだろうか?
石器時代は打製石器を使っていた旧石器時代から、磨製石器を使うようになった新石器時代 へ進化する。新石器時代の始まりは1万年前と700万年前に生まれた人類の歴史では、つい最近の出来事。その頃なら石のナイフのようなものがあって髪の毛も切れたかも知れない。でもショートカットは無理だろうね。
そして1万年前から始まった新石器時代は5000年前に青銅器時代に移り、さらに3200年前に鉄器時代へと文明進化のピッチが上がる。
日本列島の状況を見ると
4万年前に旧石器時代のホモ・サピエンスがやって来る
↓
1万6000年前に縄文時代へ
1万年以上続き旧石器時代後の中石器時代から新石器時代をカバー
↓
3000年ほど前に弥生時代が始まり
青銅器や鉄器も大陸から伝わる
↓
日本では弥生時代までが原始時代で、
1800年ほど前に古墳時代に移行
古墳時代の髪型はミズラであったとされる。「卑弥呼さま〜っ」のギャグに持って行かれた感はあるが、それ以前にミズラの代表的イメージといえば、因幡の白ウサギを助けた大国主命(おおくにぬし の みこと)。
もちろん彼は神話の世界の人物なので時代は関係ないとしても、古墳から出土した埴輪にもミズラは多く見られる。
なお神話が書かれた古事記は奈良時代初期の編纂。神話はずっと昔から存在しただろうが古事記が現存する日本で最古の書物。
ミズラが絵として残っている最も古い資料は「聖徳太子二王子像」。ただし描かれたのは聖徳太子の死後100年も経った奈良時代の722年〜739年頃らしく(聖徳太子は574〜622年で飛鳥時代)、服装も含めてすべてが想像での創作。
ミズラを結っているのは向かって左が聖徳太子の弟、右が息子との説が有力。なぜミズラがダブルループになっているのかはわからなかった。参考までにこの肖像画は如来(にょらい:仏の最高位)を中央に、菩薩(ぼさつ:如来より下のランク)をその両脇に配する仏教形式を模している。実際に弟や息子の身長が聖徳太子と較べてこれだけの差があったわけではない。
もう少し写実的なミズラのイラストも。
女性っぽく見えるがこれは少年らしい。なおミズラは男性の髪型なので卑弥呼はこのスタイルではなかったはず。彼女に仕えていた男性はミズラだっただろうが。
さてこのミズラ。
古墳時代の髪型とされ、次の飛鳥時代の603年に聖徳太子が冠位十二階を定め冠を被るようになったので、それに併せて髪を頭の上でひとつ束ねたモトドリに変化したと説明する資料が多い。
でもそうかな?
古墳時代にミズラを結っていたのはごく一部の支配階級だけの気がする。そう思う理由はこれがオーバーデコラティブで儀式っぽいヘアスタイルなのがひとつ。それとこの時代は支配階級を除けばほぼ全員が農民。顔の横でミズラがブラブラしていたら農作業の邪魔やろ?
それでは庶民の髪型は?
やはり伸ばしっぱなしを縛ったポニーテールか、クルクルと巻いて木の枝のかんざしでお団子にしていたのではないか。長い髪の毛をまとめたいときに、このふたつの方法で対処するのが最もシンプルで自然だと思う。そのお団子バージョンが、後にモトドリに変化したというのが私のモーソー的仮説。
冒頭に書いた「どうして男性の髪が長かったのか」をまとめると、ミズラやモトドリを結うためにロングヘアにしたのではなく、ロングヘアだったから邪魔にならないようにミズラやモトドリを結う工夫をした。
そしてロングヘアだったのは、人類に髪の毛が生えだした200万年前には髪を切るすべがなかったとの当然すぎる理由。1万年前の新石器時代には石のナイフなどで切れたとしても、199万年間も切らずにいたのだから髪の毛を切って短くしようとの発想は生まれなかった。また短くする理由も見当たらないので、その習慣は金属の刃物が登場した弥生時代や古墳時代になっても続いたはず。
ところでカミソリは仏教を伝えた朝鮮半島の僧によって日本に初めてもたらされたとされる。一般に仏教伝来は538年。一方でハサミに関しては「6世紀頃」と記してある資料ばかりではっきりとした時期は不明。でもカミソリと同じルート・時期だったと思う。とりあえず四捨五入して550年頃としよう。そして新し道具があれば使いたくなるのが人間。
冠位十二階は603年の制定でハサミ伝来の50年後。支配階級にはハサミは普及して、伸ばしっぱなしの髪の長さでは、ミズラやモトドリが大きくなりすぎるから、多少は切り揃えたロングヘアに整えたかも知れない。それでもショートカットにしようとは思わなかったのは先ほど書いた理由と同じ。
ついでに付け加えると、古墳時代(飛鳥時代は592年〜)に伝来したのはU字型の現在は和ばさみと呼ばれているタイプ。X字型の洋ばさみの伝来は奈良時代(710〜794年)になってから。しかし室町時代以降に植木ばさみとして独自の発展を遂げたものの、一般的にはまったく普及せず明治になるまで日本のハサミはU字型が主流。また現在もU字型が使われているのは世界で日本だけらしい。
(/_')/ソレハコッチニオイトイテ
歴史あるいは考古学的に確定できるミズラやモトドリを結って男性が長髪だった期間は、古墳時代の始まりを250年として、明治政府が断髪令を出した1871年までで1871−250=1621年。そこから今年までは154年。比率を計算するなら1621÷154=10.5倍。
圧倒的に長髪の時代のほうが長いのだけれど、よく考えたらそれは200万年前から続いていると推測するのが妥当で、もう割り算する必要もないくらい男性にとって長髪が基本形。それもビートルズが短髪に思えるくらいの超ロングヘア。逆にどうして近代になって(全世界的に)男性の髪が短くなったのかそちらの方が不思議なくらい。
いずれ調べましょう。
おしまい
ーーーというのが番外編の趣旨。
ついでに、それではどうして男性の髪が長かったのかを想像するのが今回。
ほとんど意識することはないものの、
髪の毛が生えている動物は人だけである。
眉毛、ひげ、脇毛、陰毛などもそう。
子供の頃に習った最古の人類はアウストラロピテクス。舌を噛みそうなくらいに長くてややこしい名前なのに、今でもスラッとその名前を口にできるのが不思議。でも2001年に発見されたサヘラントロプス・チャデンシスが現在は最古の人類となっている。
これが頭蓋骨の化石からの復元図。
ほとんどサルやね(^^ゞ
彼らがいたのは700万年前で猿人と分類される。人類は猿人(700万年前〜120面年前)→原人(240万年前〜11万年前)→旧人(40万年前〜4万年前)→新人(20万年前〜現在)と進化してきた。ちなみに霊長類の始まりは6500万年前で、恐竜がいたのは2億3000万年前〜6600万年前の期間。
新人とはホモ・サピエンス=現在の人類を指す。その誕生よりはるか昔のおよそ200万年前、原人に属するホモ・エレクトスあたりから体毛が大幅に減少して髪の毛などに変わったといわれている。
ところで、このホモ・エレクトス。これも子供の頃はピテカントロプス・エレクトスと習った原人。この名前も口が覚えていた。それにしても鎌倉幕府の始まりがいつの間にかイイクニツクロウの1192年ではなく1185年になっているように、昔の知識のアップデートが必要だね。
その体毛の代わりに発達した髪の毛やひげ。
体毛と違ってなぜかやたら伸びる。
ギネスブックでの最高記録は髪の毛が236.22 cm!(2023年)、ひげは5.5m!(2014年)でもひげは2本合わせた長さのような?画像はhttps://x.gd/6D7mSとhttps://www.afpbb.com/articles/-/3027155から引用(前者は短縮URL使用)
動物の体毛は一定の長さまでしか伸びないし人間の脇毛や陰毛も同じ。髪の毛やひげだけが限度なく長く伸びるのに何か意味はあるのか。でも意味=(ギネス級の長さに)実用性があるとは思えないので人体設計のバグのようにも思える。そのあたりは興味深いところ。
さて体毛がなくなって髪の毛が生えてきた原始人。栄養状態が違うからギネス記録のようにはならないとしても、それなりには長く伸びたはず。でも髪の毛を切らなかったと考えている。
石器時代の始まりは200万年前で髪の毛が生えてきた時代と重なる。でも石器でヘアカットは難しい。石器時代とはネーミングがおかしくて実際には木器時代だった説もあって、それならなおさら。伸びてくれば邪魔なので、たぶん木のツルかなんかで束ねていわゆるポニーテールにしていたんじゃないかな。ひげも剃る道具がなくて伸ばしっぱなしだったのだろうか?
石器時代は打製石器を使っていた旧石器時代から、磨製石器を使うようになった新石器時代 へ進化する。新石器時代の始まりは1万年前と700万年前に生まれた人類の歴史では、つい最近の出来事。その頃なら石のナイフのようなものがあって髪の毛も切れたかも知れない。でもショートカットは無理だろうね。
そして1万年前から始まった新石器時代は5000年前に青銅器時代に移り、さらに3200年前に鉄器時代へと文明進化のピッチが上がる。
日本列島の状況を見ると
4万年前に旧石器時代のホモ・サピエンスがやって来る
↓
1万6000年前に縄文時代へ
1万年以上続き旧石器時代後の中石器時代から新石器時代をカバー
↓
3000年ほど前に弥生時代が始まり
青銅器や鉄器も大陸から伝わる
↓
日本では弥生時代までが原始時代で、
1800年ほど前に古墳時代に移行
古墳時代の髪型はミズラであったとされる。「卑弥呼さま〜っ」のギャグに持って行かれた感はあるが、それ以前にミズラの代表的イメージといえば、因幡の白ウサギを助けた大国主命(おおくにぬし の みこと)。
もちろん彼は神話の世界の人物なので時代は関係ないとしても、古墳から出土した埴輪にもミズラは多く見られる。
なお神話が書かれた古事記は奈良時代初期の編纂。神話はずっと昔から存在しただろうが古事記が現存する日本で最古の書物。
ミズラが絵として残っている最も古い資料は「聖徳太子二王子像」。ただし描かれたのは聖徳太子の死後100年も経った奈良時代の722年〜739年頃らしく(聖徳太子は574〜622年で飛鳥時代)、服装も含めてすべてが想像での創作。
ミズラを結っているのは向かって左が聖徳太子の弟、右が息子との説が有力。なぜミズラがダブルループになっているのかはわからなかった。参考までにこの肖像画は如来(にょらい:仏の最高位)を中央に、菩薩(ぼさつ:如来より下のランク)をその両脇に配する仏教形式を模している。実際に弟や息子の身長が聖徳太子と較べてこれだけの差があったわけではない。
もう少し写実的なミズラのイラストも。
女性っぽく見えるがこれは少年らしい。なおミズラは男性の髪型なので卑弥呼はこのスタイルではなかったはず。彼女に仕えていた男性はミズラだっただろうが。
さてこのミズラ。
古墳時代の髪型とされ、次の飛鳥時代の603年に聖徳太子が冠位十二階を定め冠を被るようになったので、それに併せて髪を頭の上でひとつ束ねたモトドリに変化したと説明する資料が多い。
でもそうかな?
古墳時代にミズラを結っていたのはごく一部の支配階級だけの気がする。そう思う理由はこれがオーバーデコラティブで儀式っぽいヘアスタイルなのがひとつ。それとこの時代は支配階級を除けばほぼ全員が農民。顔の横でミズラがブラブラしていたら農作業の邪魔やろ?
それでは庶民の髪型は?
やはり伸ばしっぱなしを縛ったポニーテールか、クルクルと巻いて木の枝のかんざしでお団子にしていたのではないか。長い髪の毛をまとめたいときに、このふたつの方法で対処するのが最もシンプルで自然だと思う。そのお団子バージョンが、後にモトドリに変化したというのが私のモーソー的仮説。
冒頭に書いた「どうして男性の髪が長かったのか」をまとめると、ミズラやモトドリを結うためにロングヘアにしたのではなく、ロングヘアだったから邪魔にならないようにミズラやモトドリを結う工夫をした。
そしてロングヘアだったのは、人類に髪の毛が生えだした200万年前には髪を切るすべがなかったとの当然すぎる理由。1万年前の新石器時代には石のナイフなどで切れたとしても、199万年間も切らずにいたのだから髪の毛を切って短くしようとの発想は生まれなかった。また短くする理由も見当たらないので、その習慣は金属の刃物が登場した弥生時代や古墳時代になっても続いたはず。
ところでカミソリは仏教を伝えた朝鮮半島の僧によって日本に初めてもたらされたとされる。一般に仏教伝来は538年。一方でハサミに関しては「6世紀頃」と記してある資料ばかりではっきりとした時期は不明。でもカミソリと同じルート・時期だったと思う。とりあえず四捨五入して550年頃としよう。そして新し道具があれば使いたくなるのが人間。
冠位十二階は603年の制定でハサミ伝来の50年後。支配階級にはハサミは普及して、伸ばしっぱなしの髪の長さでは、ミズラやモトドリが大きくなりすぎるから、多少は切り揃えたロングヘアに整えたかも知れない。それでもショートカットにしようとは思わなかったのは先ほど書いた理由と同じ。
ついでに付け加えると、古墳時代(飛鳥時代は592年〜)に伝来したのはU字型の現在は和ばさみと呼ばれているタイプ。X字型の洋ばさみの伝来は奈良時代(710〜794年)になってから。しかし室町時代以降に植木ばさみとして独自の発展を遂げたものの、一般的にはまったく普及せず明治になるまで日本のハサミはU字型が主流。また現在もU字型が使われているのは世界で日本だけらしい。
(/_')/ソレハコッチニオイトイテ
歴史あるいは考古学的に確定できるミズラやモトドリを結って男性が長髪だった期間は、古墳時代の始まりを250年として、明治政府が断髪令を出した1871年までで1871−250=1621年。そこから今年までは154年。比率を計算するなら1621÷154=10.5倍。
圧倒的に長髪の時代のほうが長いのだけれど、よく考えたらそれは200万年前から続いていると推測するのが妥当で、もう割り算する必要もないくらい男性にとって長髪が基本形。それもビートルズが短髪に思えるくらいの超ロングヘア。逆にどうして近代になって(全世界的に)男性の髪が短くなったのかそちらの方が不思議なくらい。
いずれ調べましょう。
おしまい
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