2026年02月16日

塩谷亮 刻を描くリアリズム その2

まるで写真のように精細に描かれた絵画は写実絵画あるいは超写実絵画、スーパーリアリズムなどのジャンル名がある。この展覧会では写実絵画と呼んでいるのでそれに倣う。その手の展覧会を見るのはこれで3回目。写実絵画のあれこれについてはそのときのブログに書いたので、よろしければ下記のリンクからどうぞ。

2020年
  超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵
  超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵 その2
  超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵 その3
  超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵 その4

2017年
  リアル(写実)のゆくえ その3

私が美術作品を評価する一番の基準は「酔える」かどうか。酔えるって何?を書き出すと超絶に長くなりそうなので割愛するが、要はほろ酔い気分のように気持ちよくさせてくれるのが大事。考察が必要だったり共感を強いられるような現代アートが好みじゃないのは今まで何度も書いてきた。

実は写実絵画の作品のほとんどは絵としては酔えない。
じゃあなぜそんな展覧会を見に行くのかといえば、それは

  本物以上に本物そっくりなのに、
  本物じゃないと知っていることから来る混乱で
  頭がクラッとして、そこに不思議な快感を覚える

から。

クラッとするのもある種の酔えている状態。絵そのものには酔えなくても、これは人が「絵の具」を「筆」につけて「塗って」描き上げたという感嘆に酔えるのである。ちょっとヘンタイな楽しみ方かも知れない。

さて作者の塩谷亮(しおたに りょう)。Wikipediaには載っておらず展覧会公式ホームページの文章を引用すると、

  1975年、東京都生まれ。1998 年、武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。
  2008 〜 2009年には文化庁新進芸術家海外派遣研修員としてイタリアに留学し、
  古典絵画の模写や技法研究に取り組む。これまでに九州産業大学客員教授をはじめ、
  武蔵野美術大学、日本大学、長岡造形大学、広島市立大学で講師を歴任。

とあった。
アカデミズム肌の画家なのかな。


前書きはこのくらいにして作品の紹介。
まずは展示の最初のほうにあった作品。

「ウクライナの少女」 2023年

100-3ウクライナの少女

ウクライナといえばロシアとの戦争である。現時点でほとんどの日本人にとって、それ以外にウクライナについて思い浮かぶものはない。でもこの少女からは悲しみや憤りなど戦争の「せ」の字も感じられない。まるでたまたまモデルがウクライナ人なだけで戦争とは関係ない作品のようである。「赤いノースリーブを着た少女」がタイトルでも違和感はない。(参考までにロシアの侵略は2022年)

それでもタイトルにウクライナと書いてあれば現在も進行中の戦争を想起せざるを得ないわけで、それなのにそれとは無関係な、あえて言えば人畜無害な絵があってーーー最初から悪酔いした(^^ゞ


次の2作品は一目見れば何を表現しているのか理解できる。「いや〜あの頃は大変でしたよね」と隣にいる人に声をかけたくなる気分。でも100年後の鑑賞者は風邪か花粉症としか思わないはず。そう考えると「ウクライナの少女」も戦争が終わった後を見越してのタイトル? そんなわけで絵のタイトルや小道具についてボンヤリと考えながらの鑑賞スタート。

「KAON -15 years old」 2022年

101-15KAON -15 years old

「2020春日」 2021年

102-2020春日

ところで写実絵画は写真のように精緻に描く。なのでまるでエアブラシで吹いたように筆跡なんてないと思ってしまうが(エアブラシを使う画家もいる)、意外とそれなりに筆跡は残っている。それは画像を拡大してもなかなかわからず実物を見るまで気付かない。

はい、撮っておきましたマクロ撮影で。
この画像なら拡大すれば筆跡も見られるはず。
それに意味があるかどうかは別として。

103IMG_8505


ここから先は展示順とは無関係に作品を並べている。
まずは女性をモデルにした作品。

「明日」 2008年

105-31明日

鏡に映っている姿を描いているのかと思いきや鏡の中に風景がある。背景が鏡に映り込んでいるとも考えられるが状況的に少しヘン。この絵には背景が必要と考えたからこう描いたのだろう。先ほどのマスクの絵もそうだが塩谷亮の人物画は背景に外の景色を描いている作品が多い。これは写実絵画では珍しいと思う。ただでさえ手間の掛かる写実絵画なのに背景も細かく描くのは大変そう。


「漂」 2007年

106-32漂


「凪」 2024年

107-46凪


「煌」 2012年

108-36煌

塩谷亮はタイトルの付け方が凝っているというか癖が強いね。それが「ウクライナの少女」とも関連している気もするが、彼については画家である以外はほとんど知らないのでよくわからない。

2020年の展覧会で見た石黒賢一郎や三重野慶がカリカリにピントを合わせたような描写だったのと較べると、塩谷亮はソフトフォーカスとはいわないまでも普通のフォーカス。ゾクッとするようなリアルさには欠ける。でも特にそれに不満は感じなかった。テクニックを誇示せずに芸で上手くまとめている印象。


ボーイズも紹介しておきましょう。
これも人物&外の風景の組み合わせ。タイトルにあるようにいかにもトスカーナ的な風景が広がっている。でもトスカーナ地方の風景って絵でしか知らないんだよな(^^ゞ

「Toscana」 2009年

109-38Toscana


写実絵画でヌードを見たのは初めてかも知れない。意外にも生々しさはまったく感じない。やはり写実絵画ならリアルを超えたリアルさでエロスを表現したものも見てみたい。

「颯」 2015年

120-34颯


「月華」 2014年

121-39月華


男性のヌードは見慣れていないせいで妙に落ち着かない。モデルは「Toscana」で描いた少年の5年後のような気がする。

「17歳のシモーネ」 2014年

122-37 17歳のシモーネ



これは何と塩谷画伯が5歳の幼少のみぎりでの作品。

「海」 1980年

160-21海(5歳)

161

回顧展は画家の作品を年代を追って展示する構成とはいえ、
5歳のお絵かきが出てくるのは珍しい。

ところで「昔、神童、今はただの人」な私である。小学校の頃は授業で描かされた・書かされた絵や作文や詩を先生がどこかの展覧会に(勝手に)応募するシステムがあり、いろいろ表彰された。絵では文部大臣賞をもらったりもした。また小学1年の時に図工の授業で「ザルにのせた三匹の大きな海老」を皆で描いた。描き終えた絵がしばらく教室の後ろに貼られるのは今もある光景。あるとき父兄懇親会のような会合があって、父兄の中に美大の教授がいて教室で私の絵を指して「この子は天才だ!」といったらしく、母親が有頂天になって帰ってきたのを覚えている。

  母上、ただの人になってしまい申し訳ございませんm(_ _)m

5歳といえば幼稚園児。大学1年のとき、実家の建て替えでしばらく引っ越すことになり、部屋を整理していたら幼稚園で使っていたスケッチブックが出てきた。半分は鉄人28号が描かれていて(^^ゞ それが我ながら実に上手な絵でビックリした。そのスケッチブックは永久保存するつもりだったのに引っ越しのどさくさでなくしてしまったのが残念。

でもそのスケッチブックの記憶をたどれば、幼稚園児だからクレヨンだけれど、鉄人以外は塩谷亮が5歳で描いた作品といい勝負していたと思う。


彼が11歳のときに描いた「屋上風景」 1987年

162-22屋上風景11歳

ちょっと引き離された気がする。
でもまだまだ射程範囲。
私は図工の時間しか絵を描いていないのだから練習量の違いさ。


17歳のときの「静物習作」 1992年

163-23静物習作17歳

あっ、100万光年先に行かれた!(>_<)

17歳なら高校2年。美術の授業は2年までで最後はちょっと大きなサイズの油を描く。私は当時の国際社会で話題になっていた問題をテーマに選んだ。そのアイデアはよかったものの、まったく頭の中のイメージ通りに描けず最後に全部塗りつぶして、新幹線を背景に「修学旅行楽しもうぜ」みたいな当たり障りのない絵に描き変えた。それは軽い挫折。その頃は既に「ただの人」だったから仕方がないけど。考えてみればそれ以来絵筆を握ったことがないな。


まさか展覧会に来て、
幼稚園から高校生までをあれこれと思い出すと考えてもみなかったゼ。




ーーー続く

wassho at 21:46│Comments(0)

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