2026年02月21日
塩谷亮 刻を描くリアリズム その4
展示室は3〜5階で、
5階に作品はほとんどなくこんなセットが設けられていた。
これはよくあるアトリエ風景の再現ではなくライブペインティングと銘打って、上の写真の椅子に座らせた女性をここで描いていたようだ。つまり塩谷亮による写実絵画の製作実演。なんともサービス精神にあふれた画家。
実演を見られなかった来場者のために、それを録画したビデオまで用意されている。
今回は時間がなくビデオはあまり見なかった。どうしたらあんなに本物ソックリに描けるのか、そのテクニックを見たいような、手品の種明かしと同じで知ってしまえばなーんだと興味をなくしそうで見たくないようなーーー
こんな解説パネルもあった。
こういうデッサンはまあ当然として、
ここまでするのかと驚く。
3階・4階とはまったく違う画風のこれは、2009年に彼がヴェロッキオの「キリストの洗礼」を模写した作品。オリジナルは1475年頃に描かれている。
左側に小さく写っているのが作品全体で模写したのはその一部。(模写右側の天使の鼻のあたりがめくれているように見えるのは照明の反射)
ルネサンス期の画家であるヴェロッキオはレオナルド・ダ・ヴィンチやボッティチェリの師匠でもあった。ルネサンス期の絵画制作は師匠と弟子による工房制作方式で、この作品ではキリストと洗礼者ヨハネをヴェロッキオが描き、天使部分をダ・ヴィンチが受け持ったとされる。だからこれはヴェロッキオではなくダ・ヴィンチの模写と表現するのが正確。
なおダ・ヴィンチによる天使があまりに素晴らしかったために、これ以降ヴェロッキオは絵を描かなくなったとの逸話があるが、それは後世に盛られたストーリーみたい。
おそらくこの模写も写実絵画として「本物以上に本物っぽく」描かれているのだろうけれど、展示されていた作品の全体写真が小さくてよくわからなかったのが残念。じっくり見較べてして間違い探しをしたかった(^^ゞ
こちらにある中央の絵は何かの模写でテンペラで描かれている。
その周りに画材や道具が並べてある。
テンペラ画とわかったのは卵の殻があったから。
絵の具の色の元になっているのは、顔料と呼ばれる鉱物やその他の原料を砕いた色付きの粉末。サラサラの粉末では塗れないので、そこに接着剤の役割を果たす粘度のある材料を加える。それをメディウムや展色材などと呼ぶ。
メディウムとして乾性油(空気に触れると固まる植物油)を加えて顔料を練ったのが油絵の具。広く使われ出したのは1400年代中頃以降でルネサンス期の中期。それ以前は卵、膠(にかわ)、蜜蝋などがメディウムとして用いられており、ラテン語で混ぜ合わせるを意味するテンペラで総称される。
ヨーロッパでポピュラーだったのが卵テンペラ。日本画は岩絵の具=顔料を膠(にかわ)で溶いて塗るので膠テンペラではあるものの、あまりそういう表現はしない。また油絵の具で描けば油絵で、テンペラ絵の具だとテンペラ画になるのも美術用語の不思議なところ。
テンペラ画の前は漆喰(しっくい)が生乾きのうちに水で溶いた顔料で描くフレスコ画。漆喰がメディウムの役割を果たす。フレスコはイタリア語でフレッシュ。漆喰が塗り立ての生乾きのうちに描くのがネーミングの由来。でもフレスコ画は古い時代の技法なので、もし翻訳がフレッシュ画だったらヘンな感じになる。なお英語でもfrescoあるいはfresco paintingとイタリア語をそのまま使う。またイタリア語ではフレースコに近い短く伸ばす発音。
フレスコ画の前は色のある鉱物などを粉末の顔料ではなく、細かな破片にした状態で生乾きの漆喰に埋め込んだモザイク画。フレスコ画もモザイク画も建材に描く壁画であり、建物と絵が分離したのはテンペラ画からになる。
ここまででひとつ抜けているのが水彩絵の具。これはアカシアの樹液を固めた樹脂であるアラビアガム(ゴムともいう)を水で溶いたメディウムを使っている。アラビア糊(のり)も以前はアラビアガムを原料にしていてその名前がついた。
これが発明されたのは油絵の具よりはるかに古く、紀元前450年頃のギリシャで既に顔料とアラビアゴムの組み合わせが使われている(古代ギリシャ時代は紀元前3000年〜紀元前146年)。ただし絵画というより植物や動物の姿を記録する「図解」用途が多かったようで、絵画に使われるのは油絵の具と同じくルネサンスの頃。
ちなみに原始人が洞窟に描いた壁画は赤土や木炭を顔料とし、メディウムは獣脂・血・樹液など。そして洞窟土壌より炭酸カルシウムが浸みだして天然のフレスコ画となった。またピラミッドの内部や高松塚古墳の壁画も漆喰に描かれたフレスコ画の一種。
ついでに水墨画や書道は墨を水でするだけでも、墨は植物油や木を燃やした煤(すす)を膠(にかわ)で固めて作るので、墨にメディウムが含まれている仕組み。
絵の具に話が脱線してしまったが、ここに置かれていたテンペラ画も有名な作品の模写なのだろうか。説明を読まなかったのでわからずじまい。
ところで画家が名作の模写をしても、それが展覧会に出ることはあまりない。やはり模写は基本的に練習や訓練で人に見せる作品ではないのが理由だと思う。ゴッホの浮世絵やドラクロアの模写なら見たものの、あれは模写というよりモチーフを借りてきたゴッホのオリジナル作品。
でも考えてみれば写実絵画とは対象を本物ソックリに写し取る技法あるいは流儀。それが他人の描いた絵か、画家が選んだ人物や風景かの違いだけで本質は変わらないのかも知れない。言い換えれば写実絵画にとってすべてが模写。
さらに考えると写実絵画は「まるで写真のような絵画」ともいわれる。じゃ写真を模写したらどうなるのだーーー頭が混乱するね(^^ゞ
何はともあれ久しぶりの写実絵画、おまけにルネサンス期の模写まで見られて満足度の高い展覧会だった。本当は写実絵画の聖地であるホキ美術館も行きたいと思いつつ、電車とバスで片道2時間以上掛かるのでいつも腰が上がらない。
さてブログの最初の回に受け付け(チケット購入)は2階だと書いた。また1階エントランスから2階へ上がるときにエレベーターがなかなか来ずにイライラしたことも。
それで3・4・5階の展示室へは外階段(非常階段)で移動した。
2階の受付でチケットを買って3階の展示室に入るとき、当然チケットを見せるのだと思っていたのにそれはなし。他の階でも同じく。
ということはーーー
帰り際に撮った1階エントランスの写真。
右側に外階段が写っている。
非常階段を兼ねているので出入り自由。
あまり大きな声では言えないけれど、
外階段を使えばチケットがなくても展示室に入れてしまう。
それより心配なのはセキュリティ。展示室内では監視役の学芸員も見かけなかった。防犯カメラはついているとしても、ガードマンの制服でも着て「ちょっとすみませんねえ」とか言いつつ、作品を外して外階段を使って逃走するのはそう難しくないように思える。
とりあえず古今東西の名品を集めた、
私のコレクション展を佐藤美術館で開くのはやめておこう(^^ゞ
美術館を出て青山に向かう。
しばらく歩いていると見えてくるのは国立競技場。
現在は三菱UFJフィナンシャル・グループが命名権を取得してMUFGスタジアム。
ここまで佐藤美術館から6〜7分。
2019年に完成してもう7年も経つのにまだ中に入ったことがない(/o\)
2枚目の写真にある茶色い壁は神宮球場のスコアボード裏側。国立競技場と神宮球場に挟まれたこのエリアは新秩父宮ラグビー場を建設中で、以前は第二球場(野球場&ゴルフ練習場)があった。ここを何百回と通っているのにもう第二球場の姿を思い出せない。人間の記憶なんてそんな程度。
そういえば神宮外苑再開発・樹木伐採の反対運動の声を最近は聞かない。
もう押し切られたのかな?
2023年に少し調べたときのブログはこちら↓
https://wassho.livedoor.blog/archives/53467493.html
有名な神宮外苑前イチョウ並木の現在の姿。
葉を落とした姿なんてあまり見る機会はないでしょ。
おしまい
5階に作品はほとんどなくこんなセットが設けられていた。
これはよくあるアトリエ風景の再現ではなくライブペインティングと銘打って、上の写真の椅子に座らせた女性をここで描いていたようだ。つまり塩谷亮による写実絵画の製作実演。なんともサービス精神にあふれた画家。
実演を見られなかった来場者のために、それを録画したビデオまで用意されている。
今回は時間がなくビデオはあまり見なかった。どうしたらあんなに本物ソックリに描けるのか、そのテクニックを見たいような、手品の種明かしと同じで知ってしまえばなーんだと興味をなくしそうで見たくないようなーーー
こんな解説パネルもあった。
こういうデッサンはまあ当然として、
ここまでするのかと驚く。
3階・4階とはまったく違う画風のこれは、2009年に彼がヴェロッキオの「キリストの洗礼」を模写した作品。オリジナルは1475年頃に描かれている。
左側に小さく写っているのが作品全体で模写したのはその一部。(模写右側の天使の鼻のあたりがめくれているように見えるのは照明の反射)
ルネサンス期の画家であるヴェロッキオはレオナルド・ダ・ヴィンチやボッティチェリの師匠でもあった。ルネサンス期の絵画制作は師匠と弟子による工房制作方式で、この作品ではキリストと洗礼者ヨハネをヴェロッキオが描き、天使部分をダ・ヴィンチが受け持ったとされる。だからこれはヴェロッキオではなくダ・ヴィンチの模写と表現するのが正確。
なおダ・ヴィンチによる天使があまりに素晴らしかったために、これ以降ヴェロッキオは絵を描かなくなったとの逸話があるが、それは後世に盛られたストーリーみたい。
おそらくこの模写も写実絵画として「本物以上に本物っぽく」描かれているのだろうけれど、展示されていた作品の全体写真が小さくてよくわからなかったのが残念。じっくり見較べてして間違い探しをしたかった(^^ゞ
こちらにある中央の絵は何かの模写でテンペラで描かれている。
その周りに画材や道具が並べてある。
テンペラ画とわかったのは卵の殻があったから。
絵の具の色の元になっているのは、顔料と呼ばれる鉱物やその他の原料を砕いた色付きの粉末。サラサラの粉末では塗れないので、そこに接着剤の役割を果たす粘度のある材料を加える。それをメディウムや展色材などと呼ぶ。
メディウムとして乾性油(空気に触れると固まる植物油)を加えて顔料を練ったのが油絵の具。広く使われ出したのは1400年代中頃以降でルネサンス期の中期。それ以前は卵、膠(にかわ)、蜜蝋などがメディウムとして用いられており、ラテン語で混ぜ合わせるを意味するテンペラで総称される。
ヨーロッパでポピュラーだったのが卵テンペラ。日本画は岩絵の具=顔料を膠(にかわ)で溶いて塗るので膠テンペラではあるものの、あまりそういう表現はしない。また油絵の具で描けば油絵で、テンペラ絵の具だとテンペラ画になるのも美術用語の不思議なところ。
テンペラ画の前は漆喰(しっくい)が生乾きのうちに水で溶いた顔料で描くフレスコ画。漆喰がメディウムの役割を果たす。フレスコはイタリア語でフレッシュ。漆喰が塗り立ての生乾きのうちに描くのがネーミングの由来。でもフレスコ画は古い時代の技法なので、もし翻訳がフレッシュ画だったらヘンな感じになる。なお英語でもfrescoあるいはfresco paintingとイタリア語をそのまま使う。またイタリア語ではフレースコに近い短く伸ばす発音。
フレスコ画の前は色のある鉱物などを粉末の顔料ではなく、細かな破片にした状態で生乾きの漆喰に埋め込んだモザイク画。フレスコ画もモザイク画も建材に描く壁画であり、建物と絵が分離したのはテンペラ画からになる。
ここまででひとつ抜けているのが水彩絵の具。これはアカシアの樹液を固めた樹脂であるアラビアガム(ゴムともいう)を水で溶いたメディウムを使っている。アラビア糊(のり)も以前はアラビアガムを原料にしていてその名前がついた。
これが発明されたのは油絵の具よりはるかに古く、紀元前450年頃のギリシャで既に顔料とアラビアゴムの組み合わせが使われている(古代ギリシャ時代は紀元前3000年〜紀元前146年)。ただし絵画というより植物や動物の姿を記録する「図解」用途が多かったようで、絵画に使われるのは油絵の具と同じくルネサンスの頃。
ちなみに原始人が洞窟に描いた壁画は赤土や木炭を顔料とし、メディウムは獣脂・血・樹液など。そして洞窟土壌より炭酸カルシウムが浸みだして天然のフレスコ画となった。またピラミッドの内部や高松塚古墳の壁画も漆喰に描かれたフレスコ画の一種。
ついでに水墨画や書道は墨を水でするだけでも、墨は植物油や木を燃やした煤(すす)を膠(にかわ)で固めて作るので、墨にメディウムが含まれている仕組み。
絵の具に話が脱線してしまったが、ここに置かれていたテンペラ画も有名な作品の模写なのだろうか。説明を読まなかったのでわからずじまい。
ところで画家が名作の模写をしても、それが展覧会に出ることはあまりない。やはり模写は基本的に練習や訓練で人に見せる作品ではないのが理由だと思う。ゴッホの浮世絵やドラクロアの模写なら見たものの、あれは模写というよりモチーフを借りてきたゴッホのオリジナル作品。
でも考えてみれば写実絵画とは対象を本物ソックリに写し取る技法あるいは流儀。それが他人の描いた絵か、画家が選んだ人物や風景かの違いだけで本質は変わらないのかも知れない。言い換えれば写実絵画にとってすべてが模写。
さらに考えると写実絵画は「まるで写真のような絵画」ともいわれる。じゃ写真を模写したらどうなるのだーーー頭が混乱するね(^^ゞ
何はともあれ久しぶりの写実絵画、おまけにルネサンス期の模写まで見られて満足度の高い展覧会だった。本当は写実絵画の聖地であるホキ美術館も行きたいと思いつつ、電車とバスで片道2時間以上掛かるのでいつも腰が上がらない。
さてブログの最初の回に受け付け(チケット購入)は2階だと書いた。また1階エントランスから2階へ上がるときにエレベーターがなかなか来ずにイライラしたことも。
それで3・4・5階の展示室へは外階段(非常階段)で移動した。
2階の受付でチケットを買って3階の展示室に入るとき、当然チケットを見せるのだと思っていたのにそれはなし。他の階でも同じく。
ということはーーー
帰り際に撮った1階エントランスの写真。
右側に外階段が写っている。
非常階段を兼ねているので出入り自由。
あまり大きな声では言えないけれど、
外階段を使えばチケットがなくても展示室に入れてしまう。
それより心配なのはセキュリティ。展示室内では監視役の学芸員も見かけなかった。防犯カメラはついているとしても、ガードマンの制服でも着て「ちょっとすみませんねえ」とか言いつつ、作品を外して外階段を使って逃走するのはそう難しくないように思える。
とりあえず古今東西の名品を集めた、
私のコレクション展を佐藤美術館で開くのはやめておこう(^^ゞ
美術館を出て青山に向かう。
しばらく歩いていると見えてくるのは国立競技場。
現在は三菱UFJフィナンシャル・グループが命名権を取得してMUFGスタジアム。
ここまで佐藤美術館から6〜7分。
2019年に完成してもう7年も経つのにまだ中に入ったことがない(/o\)
2枚目の写真にある茶色い壁は神宮球場のスコアボード裏側。国立競技場と神宮球場に挟まれたこのエリアは新秩父宮ラグビー場を建設中で、以前は第二球場(野球場&ゴルフ練習場)があった。ここを何百回と通っているのにもう第二球場の姿を思い出せない。人間の記憶なんてそんな程度。
そういえば神宮外苑再開発・樹木伐採の反対運動の声を最近は聞かない。
もう押し切られたのかな?
2023年に少し調べたときのブログはこちら↓
https://wassho.livedoor.blog/archives/53467493.html
有名な神宮外苑前イチョウ並木の現在の姿。
葉を落とした姿なんてあまり見る機会はないでしょ。
おしまい
















