2026年03月04日

とっくに終了していた聖蹟蒲田梅屋敷公園のウメ

3月1日の日曜日は自宅でゴロゴロしている予定だったのに、
それじゃもったいないといわんばかりのポカポカ陽気。
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今年の観梅は先日の小石川後楽園で最後のつもりだったけれど、どこか近くに見に行こうかと。それで今までずっと行きそびれていた大田区の聖蹟蒲田梅屋敷公園へ。

「梅屋敷公園」とはさぞ名所のように思えてしまうが、実にマイナーなところでSNSでも開花情報はあまりヒットしない。今年のウメ開花は早くもうほとんど咲いていないだろうと思いつつ、まあ半分は散歩目的なので。

そしてその公園から歩いて帰ってくるにはどのルートがいいか地図を眺めていると、帰り道方向にある池上梅園が目に入り、それならばと大田区でウメをハシゴする散歩に決定。


地図で白く抜けているのが大田区。
梅屋敷公園は蒲田近くの国道15号線沿いにある。
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国道15号線は日本橋から横浜駅の少し手前までを結んでおり、旧東海道のルートをそのままたどっている。また箱根駅伝のコースとしても有名。別名が第1京浜。並行して走る国道1号線が第2京浜で国道の番号と順番が一致しないのがややこしい。


公園の最寄りは京急(京浜急行)の梅屋敷駅。でもそれだと品川経由になって遠回りなので、東急多摩線の蒲田駅から歩くことにした。15分ほどの距離。

1時過ぎに公園到着。
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実に立派な名前の公園である。
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聖蹟(せいせき・聖跡とも書く)とは辞書によると

  神聖な出来事のあった場所。聖なる遺跡・史跡。
  天子がが行幸した場所。

の意味があり、日本では天子=天皇だけれど、実際には明治天皇限定でしかこの言葉は使われていないように思う。大正天皇以降の聖蹟は聞いたことがない。というか「聖蹟と名のつく」ところはとても少なく、この公園以外では

  多摩市の旧多摩聖蹟記念館
  京王線の聖蹟桜ヶ丘駅
  北品川の聖蹟公園

くらいで合計4つ。
それぞれを簡単に紹介すると、

明治天皇は現在の多摩市連光寺付近で兎狩りや鮎漁を合計4回行い(自ら行ったのではなく、その様子を観覧していたようだ)、同地に御狩場も設けたので、それを記念して1930年(昭和5年)に建てられたのが多摩聖蹟記念館。1986年(昭和61年)に所有財団から多摩市に寄贈され、翌年に多摩市立の旧多摩聖蹟記念館としてリニューアルオープン。どうして「旧」とわざわざ付け足したのだろう?

記念館近くの京王線の関戸駅が1937年(昭和12年)に聖蹟桜ヶ丘駅に改称。周辺が桜名所であったのと「聖蹟」の文字によるイメージアップ戦略。多摩聖蹟記念館も「聖蹟」による地域起こしのために地元企業や政治家がその指定を政府に求めたもの。


聖蹟公園は江戸時代に東海道品川宿の本陣があった場所。明治になって新政府は首都を京都から東京に移す際に、京都の人々の不安や公卿ら保守勢力の反対を和らげるために天皇の移動は行幸(ぎょうこう)扱いにした。行幸とは天皇が御所の外に出かけるのを意味し、帰るのが還幸(かんこう)。

品川宿は天皇行幸途中の行在所(あんざいしょ:一時的に滞在・宿泊する仮の御所)となり、それを記念して1938年(昭和13年)に聖蹟公園となる。


さて聖蹟蒲田梅屋敷公園の歴史は

江戸時代後期に蒲田周辺では農家の副業として梅の栽培が盛んになる。
農家としては梅干しを作るためであったが、やがて観梅に来る人が増える。
農村に過ぎなかった蒲田が行楽地となる。
  ↓
それを目当てに有力な薬問屋が所有する約3000坪の敷地に梅園や茶店を造った。これが梅屋敷で歌川広重の浮世絵にも「蒲田の梅園」として描かれる。
11-2蒲田の梅園

明治天皇もこの梅屋敷を気に入りよく訪れる。
なぜかその回数は5回説と9回説がある。
天皇の行幸なんて正確に記録が残っているはずなのに。
  ↓
しかし明治時代後期になると衰退を見せるようになる。そして1920年(大正9年)に京急が買い上げて鉄道用地となり、また京浜国道(現国道15号)の整備で敷地が削られるものの、保存会が結成され1933年(昭和8年)に文部大臣による明治天皇御聖蹟地として保存指定を受ける。1938年(昭和13年)に京急から東京市へ寄贈され、翌年に聖蹟蒲田梅屋敷公園として開園。1953年(昭和28年)に大田区へ移管され区立公園に。

明治の頃の梅園の写真は→ここをクリック
しかし同じ写真を亀戸の梅園と紹介しているものもあり信憑性は不明
→亀戸版はここをクリック
でも時代の雰囲気は感じられるから見ておいて。


現在の面積は4365平米。江戸時代の梅屋敷が3000坪なら10,000平米=1ヘクタールなので、当時と較べれば約4割の規模。

ちなみに江戸時代の梅名所は

 亀戸天神近くの亀戸梅屋舗 (屋舗は屋敷と同じ)
 湯島天神
 向島百花園
 小石川後楽園
 蒲田の梅園

がトップ5。蒲田以外は現在もメジャーな名所として残っている(亀戸梅屋舗は現存しないが亀戸天神が)。それにしても江戸時代には蒲田が梅で有名だったとは。少し前までの蒲田のイメージを考えると(^^ゞ どうにも想像がつかないね。




ーーー続く

<補足>
岡山県には地名や施設名ではないが、明治天皇が行幸した場所の近くに「聖蹟◯◯◯」の名を付けたマンションがあるらしい。

wassho at 21:53│Comments(0) お花畑探訪 

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