2026年03月14日
ジンチョウゲを探して1 中目黒八幡神社
以下は2023年の秋にブログに書いた一節。
日本の四大香木とされるのは
春:ジンチョウゲ(沈丁花)
夏:クチナシ
秋:キンモクセイ
冬:ロウバイ
キンモクセイはそこら中にある。またロウバイはあちこちの名所を訪れた。
しかしジンチョウゲとクチナシはあまり馴染みがないなあ。
来年の春と夏は意識して出かけましょう。
しかし2024年なったらそれをすっかり忘れる(^^ゞ
2025年に今年こそはと思い、まず春にジンチョウゲを探しに近所の公園に出かけた。しかし「春」といえば4〜5月と思うじゃない。それでゴールデンウィーク頃に見に行ったと思う。でも実はジンチョウゲの開花時期は2〜3月だったのでどこにも見当たらず。そのせいで気落ちしたのか夏のクチナシをまたすっかり忘れる(/o\)
さて3度目の正直の今年。
実はまた忘れていたのだがーーー
先日、目黒川沿いを歩いていて携帯が鳴ったので立ち止まった。
するとなんたる偶然かそこにジンチョウゲ!
ジンチョウゲは低木。さらにここのは地面に這うように生えていた。
人通りもあり残念ながらしゃがんでのクンクンは恥ずかしくてできず。
ところでジンチョウゲはウメやサクラと違って名所と呼ばれるところ、あるいは相当の数がまとまって植えられている場所はないみたい。それでも近所で何カ所かを探し出し、外出や散歩のついでに回ってきた。その第1弾が中目黒八幡神社。訪れたのは3月5日。
中目黒八幡神社は名前の通り中目黒にある。でも中目黒駅からは500メートルほど離れていて大きな通りにも面していない。その存在は知っていたけれど訪れたのは初めて。これは参道とは反対側の裏口。
境内の様子。
こぢんまりとした神社。
ひと通り見て回る。
でもジンチョウゲが見当たらない。
もう花が散ってしまったのか?
別にジンチョウゲが名物の神社ではないので案内板にもそんな表示はなし。
ひょっとしてこれ? ジンチョウゲは最初に載せた写真のように赤紫の花だと思い込んで見落としていた。この神社で咲いていたのは白いジンチョウゲ。
SNSではジンチョウゲの周りに来るといい香りがするなんてよく書いてある。でもまったく香りは漂っていない。そこで鼻を近づけてクンクン。
甘さはあってもあまり濃厚ではない。どちらかといえば爽やかに甘く、それほど似ていないのになぜかリンゴの香りや味を思い出した。しかし、いい香りではあるとしてもキンモクセイやロウバイと並べて四大香木とは過大評価とも思う。香りの絶対量も足らないし。ちょっとガッカリ。
本殿のある境内上部から参道を見下ろす。
上の写真では見えないが、
階段を降りて左側、灯籠の手前にあった神泉と書かれた湧き水。
ただし昔は湧き水だったものの、現在は井戸の水をここへ流しているらしい。
ところでよく見ると水盤の上にはワイヤーが張ってあり、
また隣にはこんな注意書き。
赤文字で書かれていたであろう部分が日光で退色して読めない。ネットで得た情報によると「カラスがここの水でエサを洗うことを学習した」のようだ。それでカラス防止用のワイヤー。カラスって頭いいんだね。もっともカラスは雑食性でネズミや小鳥なども食べるから、その残骸がここに残っていたらと思うとゾッとする。
湧き水の向かいにあるのが「さざれ石」。
さざれ石には2つの意味があってまずは小さな石。そしてその小さな石が地中の炭酸カルシウムなどによって結合し大きな塊となった状態。一般的には後者の意味で使われる場合がほとんど。ここにあるのもそんなメカニズムで形成されたさざれ石。また昔の人は炭酸カルシウムによる結合を石が成長して岩になったと見なし、それをめでたいものと考えた。
ところでさざれ石と聞いて思い出すのは「君が代」。
君が代の歌詞の元となったのは平安時代初期に編纂された古今和歌集に載っている和歌。作者は「読み人知らず」となっている。その和歌は冒頭を除けば「君が代」と同一。
我が君は千代に八千代に
さざれ石の巌となりて
苔のむすまで
これは長寿を祝う和歌。
わかりやすい言葉遣いに置き換えると
愛しい(あるいは大切な)あなたが
1000年あるいはもっとずっと長く
→千代が1000年で、八千代の八は「多く」の意味。八百万(やおよろず)や
嘘八百と同じ語法
小さなさざれ石が、巌(いわお:大きな岩)となり
苔に覆われるまで長生きして欲しい
となる。
この和歌は御伽草子、謡曲、小唄、神楽、舟歌などに広く引用されていて、なぜか13世紀以降は「我が君」を「君が代」と変えて詠まれるようになる。理由はよく調べていない。それでも「我が君」と「君が代」の意味は同じ。
しかしその「君が代」が示す内容を、明治政府が天皇の治世、皇室の永続性と限定解釈して生まれたのが、後に国歌となった「君が代」。
それはさておき、
問題はメロディー。
♪千代に八千代にさざれ〜
(息継ぎ)
♪石の巌とな〜りて
と誰もが歌っているはず。まあ君が代は子供の頃に暗記して歌わされたままで、意味まで考えている人はほとんどいないものの、これでは千代に八千代に「さざれる」と意味不明の動詞になってしまう。それに「巌となりて」ではなく「石の岩音鳴りて」と思っている人も多いはず。私も「巌」と知ったのは大人になってずいぶんと経っていた。
どうして「さざれ石」を「さざれ」と「石」に分けるメロディーにしたのか?
実は現在の「君が代」はセカンドバージョン。
ファーストバージョンの作曲は駐日イギリス公使館付の軍楽隊長ジョン・フェントン。イギリス王族の来日に際し、日本に国歌がないのを知り作曲を申し出る。初演は1870年(明治3年)、演奏は薩摩バンド(薩摩藩軍楽隊)。元は和歌である君が代の歌詞が選ばれたのは、薩摩藩で、それが琵琶歌(びわうた)としてポピュラーだったから。
ただしフェントン作曲のメロディーは不人気で5年ほどで廃止された。
セカンドバージョンの作曲は宮内省雅楽師の林廣守(ひろもり)とされるが諸説あり。なお西洋楽器での伴奏を編曲したのは、プロイセンの軍楽家で音楽教師として来日していたフランツ・エッケルト。初演は1880年(明治13年)。
それにしても外国人が作曲したファーストバージョンならまだしも、セカンドバージョンは日本人が作曲しているのに「さざれ石」を分断したのがナゾ そのうち暇があれば調べましょう。
話がそれて、
しかもジンチョウゲよりも長くなったm(_ _)m
さて、さざれ石の隣にもジンチョウゲがあった。
同じく白いジンチョウゲで香りの強さも同じ。
しかし写真をよく見ると、
奥に赤紫のジンチョウゲも咲いているではないか。
この場にいたときはまったく気付かなかった。
ジンチョウゲは赤紫だと思い込んで白いジンチョウゲをすぐに見つけられず、
白いジンチョウゲもあると頭にインプットされたら、
今度は赤紫のジンチョウゲを見落とす。
私の脳認知のポンコツさを思い知らされた!(^^ゞ
神泉&さざれ石のところか見た参道の入り口。
参道を道路側より。
ジンチョウゲはイメージしていた香りとは違ったとはいえ、
生まれて初めてそれをクンクンできて満足。
日本の四大香木とされるのは
春:ジンチョウゲ(沈丁花)
夏:クチナシ
秋:キンモクセイ
冬:ロウバイ
キンモクセイはそこら中にある。またロウバイはあちこちの名所を訪れた。
しかしジンチョウゲとクチナシはあまり馴染みがないなあ。
来年の春と夏は意識して出かけましょう。
しかし2024年なったらそれをすっかり忘れる(^^ゞ
2025年に今年こそはと思い、まず春にジンチョウゲを探しに近所の公園に出かけた。しかし「春」といえば4〜5月と思うじゃない。それでゴールデンウィーク頃に見に行ったと思う。でも実はジンチョウゲの開花時期は2〜3月だったのでどこにも見当たらず。そのせいで気落ちしたのか夏のクチナシをまたすっかり忘れる(/o\)
さて3度目の正直の今年。
実はまた忘れていたのだがーーー
先日、目黒川沿いを歩いていて携帯が鳴ったので立ち止まった。
するとなんたる偶然かそこにジンチョウゲ!
ジンチョウゲは低木。さらにここのは地面に這うように生えていた。
人通りもあり残念ながらしゃがんでのクンクンは恥ずかしくてできず。
ところでジンチョウゲはウメやサクラと違って名所と呼ばれるところ、あるいは相当の数がまとまって植えられている場所はないみたい。それでも近所で何カ所かを探し出し、外出や散歩のついでに回ってきた。その第1弾が中目黒八幡神社。訪れたのは3月5日。
中目黒八幡神社は名前の通り中目黒にある。でも中目黒駅からは500メートルほど離れていて大きな通りにも面していない。その存在は知っていたけれど訪れたのは初めて。これは参道とは反対側の裏口。
境内の様子。
こぢんまりとした神社。
ひと通り見て回る。
でもジンチョウゲが見当たらない。
もう花が散ってしまったのか?
別にジンチョウゲが名物の神社ではないので案内板にもそんな表示はなし。
ひょっとしてこれ? ジンチョウゲは最初に載せた写真のように赤紫の花だと思い込んで見落としていた。この神社で咲いていたのは白いジンチョウゲ。
SNSではジンチョウゲの周りに来るといい香りがするなんてよく書いてある。でもまったく香りは漂っていない。そこで鼻を近づけてクンクン。
甘さはあってもあまり濃厚ではない。どちらかといえば爽やかに甘く、それほど似ていないのになぜかリンゴの香りや味を思い出した。しかし、いい香りではあるとしてもキンモクセイやロウバイと並べて四大香木とは過大評価とも思う。香りの絶対量も足らないし。ちょっとガッカリ。
本殿のある境内上部から参道を見下ろす。
上の写真では見えないが、
階段を降りて左側、灯籠の手前にあった神泉と書かれた湧き水。
ただし昔は湧き水だったものの、現在は井戸の水をここへ流しているらしい。
ところでよく見ると水盤の上にはワイヤーが張ってあり、
また隣にはこんな注意書き。
赤文字で書かれていたであろう部分が日光で退色して読めない。ネットで得た情報によると「カラスがここの水でエサを洗うことを学習した」のようだ。それでカラス防止用のワイヤー。カラスって頭いいんだね。もっともカラスは雑食性でネズミや小鳥なども食べるから、その残骸がここに残っていたらと思うとゾッとする。
湧き水の向かいにあるのが「さざれ石」。
さざれ石には2つの意味があってまずは小さな石。そしてその小さな石が地中の炭酸カルシウムなどによって結合し大きな塊となった状態。一般的には後者の意味で使われる場合がほとんど。ここにあるのもそんなメカニズムで形成されたさざれ石。また昔の人は炭酸カルシウムによる結合を石が成長して岩になったと見なし、それをめでたいものと考えた。
ところでさざれ石と聞いて思い出すのは「君が代」。
君が代の歌詞の元となったのは平安時代初期に編纂された古今和歌集に載っている和歌。作者は「読み人知らず」となっている。その和歌は冒頭を除けば「君が代」と同一。
我が君は千代に八千代に
さざれ石の巌となりて
苔のむすまで
これは長寿を祝う和歌。
わかりやすい言葉遣いに置き換えると
愛しい(あるいは大切な)あなたが
1000年あるいはもっとずっと長く
→千代が1000年で、八千代の八は「多く」の意味。八百万(やおよろず)や
嘘八百と同じ語法
小さなさざれ石が、巌(いわお:大きな岩)となり
苔に覆われるまで長生きして欲しい
となる。
この和歌は御伽草子、謡曲、小唄、神楽、舟歌などに広く引用されていて、なぜか13世紀以降は「我が君」を「君が代」と変えて詠まれるようになる。理由はよく調べていない。それでも「我が君」と「君が代」の意味は同じ。
しかしその「君が代」が示す内容を、明治政府が天皇の治世、皇室の永続性と限定解釈して生まれたのが、後に国歌となった「君が代」。
それはさておき、
問題はメロディー。
♪千代に八千代にさざれ〜
(息継ぎ)
♪石の巌とな〜りて
と誰もが歌っているはず。まあ君が代は子供の頃に暗記して歌わされたままで、意味まで考えている人はほとんどいないものの、これでは千代に八千代に「さざれる」と意味不明の動詞になってしまう。それに「巌となりて」ではなく「石の岩音鳴りて」と思っている人も多いはず。私も「巌」と知ったのは大人になってずいぶんと経っていた。
どうして「さざれ石」を「さざれ」と「石」に分けるメロディーにしたのか?
実は現在の「君が代」はセカンドバージョン。
ファーストバージョンの作曲は駐日イギリス公使館付の軍楽隊長ジョン・フェントン。イギリス王族の来日に際し、日本に国歌がないのを知り作曲を申し出る。初演は1870年(明治3年)、演奏は薩摩バンド(薩摩藩軍楽隊)。元は和歌である君が代の歌詞が選ばれたのは、薩摩藩で、それが琵琶歌(びわうた)としてポピュラーだったから。
ただしフェントン作曲のメロディーは不人気で5年ほどで廃止された。
セカンドバージョンの作曲は宮内省雅楽師の林廣守(ひろもり)とされるが諸説あり。なお西洋楽器での伴奏を編曲したのは、プロイセンの軍楽家で音楽教師として来日していたフランツ・エッケルト。初演は1880年(明治13年)。
それにしても外国人が作曲したファーストバージョンならまだしも、セカンドバージョンは日本人が作曲しているのに「さざれ石」を分断したのがナゾ そのうち暇があれば調べましょう。
話がそれて、
しかもジンチョウゲよりも長くなったm(_ _)m
さて、さざれ石の隣にもジンチョウゲがあった。
同じく白いジンチョウゲで香りの強さも同じ。
しかし写真をよく見ると、
奥に赤紫のジンチョウゲも咲いているではないか。
この場にいたときはまったく気付かなかった。
ジンチョウゲは赤紫だと思い込んで白いジンチョウゲをすぐに見つけられず、
白いジンチョウゲもあると頭にインプットされたら、
今度は赤紫のジンチョウゲを見落とす。
私の脳認知のポンコツさを思い知らされた!(^^ゞ
神泉&さざれ石のところか見た参道の入り口。
参道を道路側より。
ジンチョウゲはイメージしていた香りとは違ったとはいえ、
生まれて初めてそれをクンクンできて満足。
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