2026年04月29日

皇居東御苑でツツジと新緑 その3

天守台の前は芝生広場。
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かつてはここに本丸御殿と呼ばれた江戸城の中枢をなす約130棟の建物が建ち並んでいた。ここを歩くとき自分が家康や家光と同じ場所にいると思うとテンションが上がるね。


皇居東御苑のパンフレットによると正式名称は本丸大芝生。
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それには

  本丸大芝生の面積は13万平米(13ヘクタール)で、
  ここに建っていた本丸御殿の面積が3万3000平米と書かれている。

建ぺい率を計算すれば 3.3万 ÷ 13万=25%。


しかしこれが本丸御殿の図面。制作は家光天守も焼け落ちた明暦の大火(1657年)の後、1659年に本丸御殿を再建した当時。
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どう見ても建ぺい率は25%ではなく70%以上はある。
どうしてこんな矛盾が生じるのか?


結論を書くと間違っているのはパンフレットに書かれた本丸大芝生の面積。
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皇居東御苑は江戸城の本丸と二の丸と三の丸だったところで総面積は21ヘクタール。そしてこの図を見てわかるように本丸地区がその半分以上を占めている。つまり13ヘクタールというのは本丸大芝生ではなく本丸全体の面積。考えてみれば13ヘクタールは東京ドームの2つ半以上。この芝生がそんなに広いはずもない。画像はhttps://x.gd/Tqz09(短縮URL使用)から引用

しかしパンフレットの表現では芝生面積=13万平米としか読めない。どうしてこんなミスをするかな。こういうところにこの国のレベル低下がにじみ出ているようにも思う。とりあえず誰か宮内庁に説教してきて。


結局のところ本丸大芝生の正確な面積はわからなかった。ネットの情報はいつも指摘するようにコピペのループなので13ヘクタールとしているのものも多い。

Googleマップで計測すると2ヘクタールほど。でもそれだと本丸御殿の建築面積3万3000平米(3.3ヘクタール)より小さくなってしまう。しかし松の大廊下跡も芝生広場の外にあるので、本丸御殿の敷地は芝生広場よりもっと広い範囲だったのだろう。だとすればパンフレットの本丸大芝生に本丸御殿が建っていたとの記述も間違っていることになる。
223-5-2松の廊下



さて芝生広場をローアングルで。
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でもでもやはり今の季節は新緑に目が行く。
この新緑の密集感にクラクラするゼ。
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芝生広場中程から天守台を振り返って。
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2ヘクタールとはいえ芝生広場は充分に広く、天守台のそばにいてもあまり大きいと感じない。しかしもし江戸城の天守が現存していれば国内最大。図は姫路城との比較。
231-2天守比較


もっとも姫路城は大天守と小さな天守3つが連なる建物なので、見た目の体積感では江戸城の天守より存在感はあるかも知れない。画像はhttps://travel.rakuten.co.jp/mytrip/howto/worldheritage-kinkiより引用
231-3姫路城


これはAIが描いた江戸城天守の想像図。
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芝生広場の脇に出て、
まだ残っていた八重系のサクラ。(この日は4月19日)
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これはヤマブキ(たぶん)。
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芝生広場を南に下がったところで天守台方向。本丸御殿で幕府の政治が、その大奥では権謀術数が繰り広げられ、背後に巨大な天守が睨みをきかしていた時期もあった。江戸時代が終わって159年。今は実にピースフルな光景が広がりツワモノどもが夢の跡。
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ーーー続く

wassho at 18:29│Comments(0) お花畑探訪 | イベント、旅行

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