2026年06月07日
馬事公苑まで
5月11日に砧公園〜瀬田農業公園でバラを見た後に向かったのは馬事公苑。
馬事公苑とは日本中央競馬会(JRA)が運営する施設で、ホームページによれば「日本の馬事文化・馬術競技の中心地」と記されている。
ところで馬術は知っているけれど馬事(ばじ)とは何ぞや?
日本中央競馬会(JRA)のホームページで馬事を検索すると「馬事振興への取組み」「馬事イベント(社会とともに)」「にっぽんの在来馬、伝統馬事芸能」など馬事の単語がいくつも使われているし、また日本馬事協会や馬事文化財団なる別の団体も存在する。しかしいくつか調べたが、驚いたことに馬事は国語辞書には載っていない。またパソコンの日本語変換に「ばじ→馬事」は登録されていなかった。
補足
※スマホは短い単語なら適当に漢字を組み合わせるので表示される
※馬事公苑は固有名詞として登録されているので「ばじこうえん」で変換される
※国語辞書で馬事を「うまごと」と読み「馬に乗るまねをする遊び」との記載はある
馬事公苑は昔から馴染みのある場所なので、馬事が国語辞書にないなんてビックリ。
それでとりあえず最近は検索すると勝手に出てくるAIの解説によれば
馬の飼育、乗馬、競馬、馬術競技から、馬に関わる歴史や伝統文化、学術的な
研究に至るまで、馬に関わるあらゆる活動や事象を総称する際に用いられます
だそうだ。読んで字のごとく「馬の事(こと)」ね。
ついでに先ほどの「伝統馬事芸能」とは、馬も登場するお祭りや、流鏑馬(やぶさめ)など馬を使った行事を指す。
馬事公苑を簡単に説明しようと思ったのに、
いきなり最初から話がそれた(^^ゞ
平たくいえば馬事公苑は馬術競技場があり、それに芝生広場などの公園が併設されている場所。運がよければトレーニングしている馬にも会える。
話は5月11日に砧公園に戻って。
砧公園のバラ園にいる間は花の色がキレイに見えるようにサングラスを外していた。外したサングラスはポロシャツのボタンのところへ引っかけて。そして砧公園から瀬田農業公園に向かう途中でサングラスが胸元にないと気付く。どうやら青空を背景にバラを撮ろうとしゃがんだりした際に落としたらしい。もう瀬田農業公園のすぐ近くだったので、それを見てから探しに戻ることにした。
再び東名高速の高架の下を通り抜け、
バラ園に戻りくまなく探すも見つからず(/o\)
ショボーンである。
アンティークぽいフレームのサングラスで気に入っていたのに。レンズは黄色。黄色のサングラスはこれが初めてだったけれど、まぶしさを抑えて、でもあまり景色が暗くならないのがよかった。サングラスをかけた見た目がちょっとヤバそうな奴になるのもヨシ(^^ゞ
ちなみに落としたときに気付かなかったのは、バラ園の地面は当然ながら舗装ではなく土なのでサングラスが落ちた音が小さかったのと、さらに外出の際は基本的にずっとイヤホンで音楽を聴いているせいだと考えている。これは今後の反省点。
さて気を取り直し、
馬事公苑へ向かう。
砧公園のバラ園は環八沿いにありパークブリッジという出入り口がある。案内図にはなぜか正確に記されていないが環八をまたぐ歩道橋である。
パークブリッジから見たバラ園。
回れ右をして橋の下は環八の道路。
パークブリッジの先は用賀の住宅街。
15分弱歩いて左のフェンスは馬事公苑。
でも馬事公苑は18ヘクタールと広くフェンスが続く。サングラスを無くしたので足取りも重いーーー。こんな標識があったものの意味がわからず。出入り口までの距離を記してくれ。
300メートルほど先に用賀門の出入り口があった。
この日は勝手口のようなところが開いていただけ。
東京ドーム4個分の18ヘクタールあるのに馬事公苑の出入り口は三箇所のみ。
入ったところにあるのは厩舎。
もちろん立ち入り禁止。でも以前は厩舎の周りも歩けて馬もチラッと見えたのに、今は厩舎に近づくことさえできずに残念。あっ、以前とは30〜40年前の大昔の話ね。
これは障害馬術で使う器具だろうか。
なぜか巨大なこけしもあった。
Bスクエアと呼ばれるエリアには障害馬術のハードルが置かれている。
馬術ではハードルとは呼ばず単に障害物と呼ぶようだ。英語ならフェンス。
地面はとても白い砂。よく見ると砂だけではなく繊維状のものが混じっている。ここだけではなく他の場所でも同じだったから馬のためにクッション性をよくする措置か。中に入って感触を確かめたかった。
右側がBスクエアとそれに続くAスクエアで、左側のダート部分が馬の周回走路。
周回走路の向こう側も公園だがこの日は立ち寄らず。
Aスクエアの先にあるのが芝生のはらっぱ広場。
はらっぱ広場とAスクエアBスクエアを隔ている小高い場所があって、そこに上れば見通しがいいのにと思ったら立ち入り禁止だった。
でも横から上れるのを発見。
入り口にこんな注意書き。
Aスクエア〜Bスクエアをやや見下ろして。
ここには観客席がないから練習場なのだろう。
右側に見えるのが世田谷ビジネススクエアのタワー棟。田園都市線の用賀駅が地下にある。ここから直線距離で1キロほど。
振り返ってはらっぱ広場。
広場の中程からAスクエアBスクエア方向。
事務所棟。
1〜2階には飲食店や展示コーナーがある。
苑内には競馬をイメージさせるものがないので、このロゴを見て、ここはJRA:日本中央競馬会の施設だったと思い起こさせられる。
この日は馬に巡り会えず。
色鮮やかな新緑でも眺めましょう。
はらっぱ広場の最も端から。
実に気持ちのいい空間である。
馬事公苑は1940年の開設。目的は1940年(昭和15年)の東京オリンピックの馬術競技会場として。ただしこのオリンピックは日中戦争などの要因により1938年に開催権を返上。オリンピック招致レースで次点だったフィンランドのヘルシンキに開催権が移ったものの、1939年に第二次世界大戦が勃発し、この1940年大会と次の1944年大会(ロンドン)はオリンピックが中止になっている。
1964年と2020年(コロナで開催は2021年)の東京オリンピックでは馬術競技の会場となっている。その2020年東京オリンピックでは会場の改修のため2016年12月末で馬事公苑は閉鎖された。
2016年の秋頃に休園するのを知ったとき、オリンピックに向けての改修は必要だとしても、ずいぶんと前から工事を始めるものだと思った。それよりビックリしたのは再び一般公開されるのがオリンピックの2年後の2022年秋との発表。そして実際にはオリンピックが2021年に延期されたので、馬事公苑のリニューアルオープンは2023年11月3日。なんと6年と11ヶ月の長期改修。そんなに長い工事って聞いたことある?
参考までに国立競技場は2015年1月に解体が始まり、新しい競技場が完成したのが2019年11月で工事期間は4年と10ヶ月。
6年と11ヶ月も必要だったかどうかは別として、
馬事公苑は大きく変わった。図面はhttps://www.2020games.metro.tokyo.lg.jp/hyoukashoan_bajikouen2_all.pdfより引用
<改修前>
<改修後>
改修後の馬事公苑を一言で表現するなら、スッキリと見通しのいい公園になった。それは改修後に植えられた木々がまだそれほど大きくないのも影響しているかも知れない。以前は広く開けた馬場以外は、ややうっそうとした印象の園内だったと記憶している。
それと改修前の図面を見ていて、お花畑と記されたところにバラ園があったのを思いだした。今はないみたい。望む復活!
正門近くにある馬のモニュメント。
作品名などは表示されていなかった。
正門を外から。
正門を出ると世田谷通りまでケヤキ並木が続く。
以前は年に数回は訪れていた馬事公苑。改修後も2〜3回は来ているものの、いつも苑内を通り過ぎるだけ。そのうちじっくりと歩き回りましょう。それと馬術大会も1度は見てみたい。オリンピックの時に申し込んだのに抽選が外れた。まあ当選してもコロナで無観客試合になったけれど。
馬事公苑とは日本中央競馬会(JRA)が運営する施設で、ホームページによれば「日本の馬事文化・馬術競技の中心地」と記されている。
ところで馬術は知っているけれど馬事(ばじ)とは何ぞや?
日本中央競馬会(JRA)のホームページで馬事を検索すると「馬事振興への取組み」「馬事イベント(社会とともに)」「にっぽんの在来馬、伝統馬事芸能」など馬事の単語がいくつも使われているし、また日本馬事協会や馬事文化財団なる別の団体も存在する。しかしいくつか調べたが、驚いたことに馬事は国語辞書には載っていない。またパソコンの日本語変換に「ばじ→馬事」は登録されていなかった。
補足
※スマホは短い単語なら適当に漢字を組み合わせるので表示される
※馬事公苑は固有名詞として登録されているので「ばじこうえん」で変換される
※国語辞書で馬事を「うまごと」と読み「馬に乗るまねをする遊び」との記載はある
馬事公苑は昔から馴染みのある場所なので、馬事が国語辞書にないなんてビックリ。
それでとりあえず最近は検索すると勝手に出てくるAIの解説によれば
馬の飼育、乗馬、競馬、馬術競技から、馬に関わる歴史や伝統文化、学術的な
研究に至るまで、馬に関わるあらゆる活動や事象を総称する際に用いられます
だそうだ。読んで字のごとく「馬の事(こと)」ね。
ついでに先ほどの「伝統馬事芸能」とは、馬も登場するお祭りや、流鏑馬(やぶさめ)など馬を使った行事を指す。
馬事公苑を簡単に説明しようと思ったのに、
いきなり最初から話がそれた(^^ゞ
平たくいえば馬事公苑は馬術競技場があり、それに芝生広場などの公園が併設されている場所。運がよければトレーニングしている馬にも会える。
話は5月11日に砧公園に戻って。
砧公園のバラ園にいる間は花の色がキレイに見えるようにサングラスを外していた。外したサングラスはポロシャツのボタンのところへ引っかけて。そして砧公園から瀬田農業公園に向かう途中でサングラスが胸元にないと気付く。どうやら青空を背景にバラを撮ろうとしゃがんだりした際に落としたらしい。もう瀬田農業公園のすぐ近くだったので、それを見てから探しに戻ることにした。
再び東名高速の高架の下を通り抜け、
バラ園に戻りくまなく探すも見つからず(/o\)
ショボーンである。
アンティークぽいフレームのサングラスで気に入っていたのに。レンズは黄色。黄色のサングラスはこれが初めてだったけれど、まぶしさを抑えて、でもあまり景色が暗くならないのがよかった。サングラスをかけた見た目がちょっとヤバそうな奴になるのもヨシ(^^ゞ
ちなみに落としたときに気付かなかったのは、バラ園の地面は当然ながら舗装ではなく土なのでサングラスが落ちた音が小さかったのと、さらに外出の際は基本的にずっとイヤホンで音楽を聴いているせいだと考えている。これは今後の反省点。
さて気を取り直し、
馬事公苑へ向かう。
砧公園のバラ園は環八沿いにありパークブリッジという出入り口がある。案内図にはなぜか正確に記されていないが環八をまたぐ歩道橋である。
パークブリッジから見たバラ園。
回れ右をして橋の下は環八の道路。
パークブリッジの先は用賀の住宅街。
15分弱歩いて左のフェンスは馬事公苑。
でも馬事公苑は18ヘクタールと広くフェンスが続く。サングラスを無くしたので足取りも重いーーー。こんな標識があったものの意味がわからず。出入り口までの距離を記してくれ。
300メートルほど先に用賀門の出入り口があった。
この日は勝手口のようなところが開いていただけ。
東京ドーム4個分の18ヘクタールあるのに馬事公苑の出入り口は三箇所のみ。
入ったところにあるのは厩舎。
もちろん立ち入り禁止。でも以前は厩舎の周りも歩けて馬もチラッと見えたのに、今は厩舎に近づくことさえできずに残念。あっ、以前とは30〜40年前の大昔の話ね。
これは障害馬術で使う器具だろうか。
なぜか巨大なこけしもあった。
Bスクエアと呼ばれるエリアには障害馬術のハードルが置かれている。
馬術ではハードルとは呼ばず単に障害物と呼ぶようだ。英語ならフェンス。
地面はとても白い砂。よく見ると砂だけではなく繊維状のものが混じっている。ここだけではなく他の場所でも同じだったから馬のためにクッション性をよくする措置か。中に入って感触を確かめたかった。
右側がBスクエアとそれに続くAスクエアで、左側のダート部分が馬の周回走路。
周回走路の向こう側も公園だがこの日は立ち寄らず。
Aスクエアの先にあるのが芝生のはらっぱ広場。
はらっぱ広場とAスクエアBスクエアを隔ている小高い場所があって、そこに上れば見通しがいいのにと思ったら立ち入り禁止だった。
でも横から上れるのを発見。
入り口にこんな注意書き。
Aスクエア〜Bスクエアをやや見下ろして。
ここには観客席がないから練習場なのだろう。
右側に見えるのが世田谷ビジネススクエアのタワー棟。田園都市線の用賀駅が地下にある。ここから直線距離で1キロほど。
振り返ってはらっぱ広場。
広場の中程からAスクエアBスクエア方向。
事務所棟。
1〜2階には飲食店や展示コーナーがある。
苑内には競馬をイメージさせるものがないので、このロゴを見て、ここはJRA:日本中央競馬会の施設だったと思い起こさせられる。
この日は馬に巡り会えず。
色鮮やかな新緑でも眺めましょう。
はらっぱ広場の最も端から。
実に気持ちのいい空間である。
馬事公苑は1940年の開設。目的は1940年(昭和15年)の東京オリンピックの馬術競技会場として。ただしこのオリンピックは日中戦争などの要因により1938年に開催権を返上。オリンピック招致レースで次点だったフィンランドのヘルシンキに開催権が移ったものの、1939年に第二次世界大戦が勃発し、この1940年大会と次の1944年大会(ロンドン)はオリンピックが中止になっている。
1964年と2020年(コロナで開催は2021年)の東京オリンピックでは馬術競技の会場となっている。その2020年東京オリンピックでは会場の改修のため2016年12月末で馬事公苑は閉鎖された。
2016年の秋頃に休園するのを知ったとき、オリンピックに向けての改修は必要だとしても、ずいぶんと前から工事を始めるものだと思った。それよりビックリしたのは再び一般公開されるのがオリンピックの2年後の2022年秋との発表。そして実際にはオリンピックが2021年に延期されたので、馬事公苑のリニューアルオープンは2023年11月3日。なんと6年と11ヶ月の長期改修。そんなに長い工事って聞いたことある?
参考までに国立競技場は2015年1月に解体が始まり、新しい競技場が完成したのが2019年11月で工事期間は4年と10ヶ月。
6年と11ヶ月も必要だったかどうかは別として、
馬事公苑は大きく変わった。図面はhttps://www.2020games.metro.tokyo.lg.jp/hyoukashoan_bajikouen2_all.pdfより引用
<改修前>
<改修後>
改修後の馬事公苑を一言で表現するなら、スッキリと見通しのいい公園になった。それは改修後に植えられた木々がまだそれほど大きくないのも影響しているかも知れない。以前は広く開けた馬場以外は、ややうっそうとした印象の園内だったと記憶している。
それと改修前の図面を見ていて、お花畑と記されたところにバラ園があったのを思いだした。今はないみたい。望む復活!
正門近くにある馬のモニュメント。
作品名などは表示されていなかった。
正門を外から。
正門を出ると世田谷通りまでケヤキ並木が続く。
以前は年に数回は訪れていた馬事公苑。改修後も2〜3回は来ているものの、いつも苑内を通り過ぎるだけ。そのうちじっくりと歩き回りましょう。それと馬術大会も1度は見てみたい。オリンピックの時に申し込んだのに抽選が外れた。まあ当選してもコロナで無観客試合になったけれど。
wassho at 23:43│Comments(0)│
│イベント、旅行






































