セルヴェ・デティユ

2016年09月17日

女性を描く クールベ、ルノワールからマティスまで その2

続いてほとんど知らない画家の作品。

ブログで展覧会のことを書く時は、展示されていた多くの作品の中から、気に入ったものや何か感じるところがあったものを紹介している。でもマイナーな画家の場合は、それがなかなか難しい。なぜならネットで探しても、その作品の画像が見つからないから。まずは日本語で画家の名前や作品のタイトル名で検索し、それで見つからなければオリジナルの言語でも検索をする。今回はそれでも見つからない作品が多かった。なんとか見つけたとしても画像の状態がよくなくて、私のテクニックでは修正不可能な場合もよくある。ネットでは何でも調べられるようなイメージがあるが、意外とそうではないのだ。

ちなみに1番目のセルヴェ・デティユをグーグルで検索した結果がこれ(/o\)
kensaku



セルヴェ・デティユ 「赤い服の女性」1911年

いかにもブルジョアなマダムといった感じ。壁紙の模様をみても高級そう。
キャンバスは楕円形で、私はこういう変形タイプが好きみたい。
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ジョルジュ・デスパーニャ 「書き取り」1907年

えっ書き取り?フランス語に漢字ないのに? 
実は日本語で書き取りは、書かれている平仮名を漢字に書き換えることだが、欧米での書き取りはまさに聞いた文章を文字に書き取ること。この絵のタイトルはdictee、英語でならdictation。私もディクテーションの勉強をしたら英語が上達するかな。
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アンリ・マンギャン 「バルコニーのジャンヌ」1905年

フォーヴィスム(野獣派)の作品。フォーヴィスムの代表画家はマティス。マティスやこのノンビリした絵を見て「どこが野獣?」と思うはず。しかし野獣とされるのは派手な色使いのこと。その色彩表現をどこかの評論家が「野獣の檻の中にいるようだ」といったことが由来とされている。印象派も「上っ面の印象しか描いていなくて中身がない」と評論家が批判した言葉から始まったけれど、野獣が派手な色をしているわけではないから、フォーヴィスムはネーミングとしてはいただけない。
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ヴァンサン・ヴィダル 「ブルターニュの農婦」

農婦と呼ぶには若すぎる気もするが、彼女は羊飼いで休憩中の姿を描いたものらしい。ずいぶんと姿勢正しく休憩するものだね。
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ジュール・ボケ 「青い茶碗」1913年

茶碗は白地で青いラインが1本だけなのに、なぜかタイトルは青い茶碗である。そして茶碗のサイズはかなり大きくて、女性がかき混ぜているシーンが絵になっている。何が入っているんだろう?見れば見るほどラーメンに思えてくるから困る。
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エドモン・ピカール 「甘い待ち時間」1894年
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マリー・ブラックモン 「セーヴルのテラスにて」1880年
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シャルル・オフボーエ 「海岸にて」1907年

この時代には着飾って人々が海岸に出かけていたらしく、そういう絵をよく見る。風俗史的に興味があるのだが、未だ調べるにいたらず。
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アンリ・マルタン 「調和」1894年

彼の絵は4点ほど展示されていてどれもよかった。新印象派というグループに分類されるらしい。そういわれてみればスーラあたりを少し思い出したりもする。日本語でネットの情報は少なくて、同じ名前のバラの品種にばかりヒットするのが困りもの。
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アントワーヌ・カルベ 「オンディーヌ」1909年
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最後の2つが特に気に入ったかな。キュビスム(ピカソっぽい画法)でいいのもあったが、ネットで画像が見つからず。


ほとんど知らない画家の絵をたくさん見ることができて、期待以上にいい時間を過ごせた。私は絵に特定の好みがあるわけではなく、単純に絵を見るという行為自体が好きなタイプ。どうも絵を眺めると脳内に「心地よい物質」が分泌されるようで、そのせいで病みつきになっているみたい。

先に書いたように本国語でネット検索しても、絵が見つからない作品が多い展覧会である。そんなマイナーな画家の展覧会が、この横須賀だけでなく、いわき市〜佐世保〜浜松と巡回しているのが何となくおもしろい。たぶん画家達も自分の描いた絵が、100年経って、東洋の一番隅っこの国の、しかも地方都市で展示されるなんて夢にも思っていなかったんじゃないかな。

ちなみに私は30世紀の歴史家の参考になるようにとブログを書いている(^^ゞ


おしまい

wassho at 12:22|PermalinkComments(0)