ヒカンザクラ
2016年04月03日
サクラ散歩
東京ではこの週末がサクラ満開なのに天気が今ひとつ。昨日はずっと曇りで、本日は朝にパラッときて午後からも曇り。バイクでツーリングに出かけようという気にはならない空模様。もっともバイクでソメイヨシノを見に出かけたことはない。理由は2つ。まずバイクだとお酒が飲めないから(^^ゞ それと他の花と違ってソメイヨシノは東京中に、つまりは自宅の周りにもたくさん咲いているから。という訳で本日は近所をぶらぶらと散歩。
マンションの宣伝みたいな写真になってしまったが、
自宅近くにはけっこう長いサクラ並木がある。
坂を下ったところにあるのは松田聖子や三浦カズの結婚式でも有名なサレジオ教会。
道路の名前にもなっている。
ここはサレジオ会が建てたからサレジオ教会。日本ではフランシスコ・ザビエルのイエズス会が有名だが、サレジオ会はイエズス会に次ぐ規模を持つカトリックの団体だそうだ。
サレジオ教会の前の交差点で。
本日わかったのは、
白に近いソメイヨシノは青空じゃないと写真がきれいじゃない(>_<)
街中で写真を撮ると電線だらけになる(>_<)
ずいぶん昔のことだが、私はこの交差点で信号待ちをしている時にオカマを掘られたことがある。何事もなかったのは、きっとイエス・キリストのご加護に違いない。
そのまま進むと環七と交差し、そこまでは登り坂。振り返って坂の上からの風景。クルマが途切れた時を狙って、道路の真ん中で写真を撮るのは結構スリリング。
サレジオ教会のすぐ近くにある「すずめのお宿緑地公園」
要約すると、昔このあたりは竹林で雀が多かった。
死後に自宅を寄付した人がいて、そこが公園になったという由来。
敷地の一角に古民家。
屋根が銅葺きに改修されているので遠目にはあまり古いものに見えないが、近づくとなかなかいい雰囲気。江戸時代中頃のものらしい。
公園の半分くらいを占める竹林。
タケノコはなさそう。
同じことを考える人が多いらしく(^^ゞ
ちなみに昭和初期まで、この付近はタケノコの特産地だったそうだ。
芸が細かいのが、竹を模した鉄製のフェンス。
公園と道路を挟んだところに空き地があって、そこにピンクの桜が咲いていた。
この空き地は何の表示もなく、今のところ正体不明。
名札はヒザクラ・ヨコハマと読めるが、正しくは横浜緋桜と語順が逆。
横浜の園芸家が作った品種とのこと。
緋寒桜のように濃いピンク色だが、花の開き方は普通のサクラに近い。
緋寒桜(ヒカンザクラ)は寒緋桜や緋桜ともいう。
ーーー続く
マンションの宣伝みたいな写真になってしまったが、
自宅近くにはけっこう長いサクラ並木がある。
坂を下ったところにあるのは松田聖子や三浦カズの結婚式でも有名なサレジオ教会。
道路の名前にもなっている。
ここはサレジオ会が建てたからサレジオ教会。日本ではフランシスコ・ザビエルのイエズス会が有名だが、サレジオ会はイエズス会に次ぐ規模を持つカトリックの団体だそうだ。
サレジオ教会の前の交差点で。
本日わかったのは、
白に近いソメイヨシノは青空じゃないと写真がきれいじゃない(>_<)
街中で写真を撮ると電線だらけになる(>_<)
ずいぶん昔のことだが、私はこの交差点で信号待ちをしている時にオカマを掘られたことがある。何事もなかったのは、きっとイエス・キリストのご加護に違いない。
そのまま進むと環七と交差し、そこまでは登り坂。振り返って坂の上からの風景。クルマが途切れた時を狙って、道路の真ん中で写真を撮るのは結構スリリング。
サレジオ教会のすぐ近くにある「すずめのお宿緑地公園」
要約すると、昔このあたりは竹林で雀が多かった。
死後に自宅を寄付した人がいて、そこが公園になったという由来。
敷地の一角に古民家。
屋根が銅葺きに改修されているので遠目にはあまり古いものに見えないが、近づくとなかなかいい雰囲気。江戸時代中頃のものらしい。
公園の半分くらいを占める竹林。
タケノコはなさそう。
同じことを考える人が多いらしく(^^ゞ
ちなみに昭和初期まで、この付近はタケノコの特産地だったそうだ。
芸が細かいのが、竹を模した鉄製のフェンス。
公園と道路を挟んだところに空き地があって、そこにピンクの桜が咲いていた。
この空き地は何の表示もなく、今のところ正体不明。
名札はヒザクラ・ヨコハマと読めるが、正しくは横浜緋桜と語順が逆。
横浜の園芸家が作った品種とのこと。
緋寒桜のように濃いピンク色だが、花の開き方は普通のサクラに近い。
緋寒桜(ヒカンザクラ)は寒緋桜や緋桜ともいう。
ーーー続く
wassho at 22:52|Permalink│Comments(0)│