彼岸花
2016年10月05日
権現堂堤で彼岸花 その2
再び堤の上を歩く。
見おろす彼岸花もなかなかよし。
現在位置はバイクを駐めた場所からまっすぐ堤に上がった辺り。
これは川と逆の方向を向いているので右側が上流。明治天応が訪れた記念碑とある。どうも上流の彼岸花の終端のまだ先にあったみたい。記念碑の近くにも案内看板を出しておいてくれたらいいのに。
こちらの看板は右側が下流。引き続き歩いて行く。
下流側の堤の下を歩く。先ほどの看板だと150メートル先に彼岸花が咲いているような書き方だが、実際にはずっと彼岸花が続いている。下流のほうが花の状態は少しよかった。
ここが下流の終点かと思ったが、
堤の上へ登ってみると、
まだ先があった。
でも彼岸花も少なくなってきたので、ここでUターン。
斜面を見おろしながら元の方向へ戻る。
中川の向こう岸に渡っても何もなさそうだったので素通り。
順礼の碑というものがあった。聖地を回るのは巡礼だと思っていたが順礼とも書くらしい。石碑には文字ではなく絵が描かれているようだが風化してよく見えなかった。
そんなに古いものじゃないんだけれどーーー。
それにしても、まったく正反対の由来が2つ伝わっているというのは珍しいと思う。(写真をクリックすると拡大されるので読んでみて)
スタート地点だった売店の所まで戻ってくる。
この時の気温は30度には届いていなかったと思うが、日差しが夏並でかなり暑かった。それで何か飲もうと思ったのだが、売店のドリンク&ソフトクリーム売り場には7〜8人の列が途切れない。自販機のようなものは駐車場も含めて一切ない。花見のシーズンならもっと混雑するだろうから、ここ権現堂堤に来る時は飲み物持参をお勧めする。
結局並ぶのもかったるく、売店の先の喫煙コーナーで一服休憩。そしたらそのさらに先に順礼の碑の大型版の順礼供養塔があった。こちらは礼が古い漢字で順禮となっている。先端が尖った変わった形。文字は文部大臣当時の鳩山一郎(後の首相、鳩山由紀夫や邦夫のおじいさん)。彼が文部大臣だったのは昭和6〜9年だから、順礼の碑よりこちらのほうが古い。
その隣にあったのが「矢嶋健八郎君碑」。文字は文部大臣の田中隆三とある。調べてみると鳩山一郎の前任者で昭和4年から6年に文部大臣を務めた政治家。
時の文部大臣が文字を書いているのだから、何か謂われのある碑だとは思うが、周りに解説のようなものはなし。幸手市や公園のホームページにもこの碑のことは載っていない。それで矢嶋健八郎で検索してみると、
なんとヒットせず(/o\)
矢嶋健八郎君、あなたは一体どなた?
ちなみに順礼供養塔と矢嶋健八郎君碑をかなり下からアオって撮っているのは、石版の前に木の枝がぶら下がっていて、普通の角度で撮影したら字が読めないから。公園管理者はもう少し手入れに気を配ったほうがいい。
権現堂堤にいたのは1時間半くらい。川の堤沿いだから風景的に単調なのは仕方ないが、ほどよい広さで彼岸花を楽しめた。最盛期は過ぎていた彼岸花も、遠目に見る分には充分に赤い空間を堪能できた。天候不順に感謝?
残念だったのは赤い彼岸花しかなかったこと。白は数株みつけたが、もう枯れていた。ピンクはあったとしても枯れていたら赤と見分けがつかないし。彼岸花は赤のイメージでそれは大切にしたいが、白やピンクが半分くらいを占めていてもいいような気もするけれど。見たことはないが黄色や紫もあるらしい。全国の彼岸花栽培者の皆さん、ひとつご検討をよろしく。
往きとまったく同じルートで午後4時過ぎに帰宅。走行160キロ。また台風が来ていて、それは明日には通り過ぎるのに、今週末もまた雨の予報。やれやれ。
おしまい
見おろす彼岸花もなかなかよし。
現在位置はバイクを駐めた場所からまっすぐ堤に上がった辺り。
これは川と逆の方向を向いているので右側が上流。明治天応が訪れた記念碑とある。どうも上流の彼岸花の終端のまだ先にあったみたい。記念碑の近くにも案内看板を出しておいてくれたらいいのに。
こちらの看板は右側が下流。引き続き歩いて行く。
下流側の堤の下を歩く。先ほどの看板だと150メートル先に彼岸花が咲いているような書き方だが、実際にはずっと彼岸花が続いている。下流のほうが花の状態は少しよかった。
ここが下流の終点かと思ったが、
堤の上へ登ってみると、
まだ先があった。
でも彼岸花も少なくなってきたので、ここでUターン。
斜面を見おろしながら元の方向へ戻る。
中川の向こう岸に渡っても何もなさそうだったので素通り。
順礼の碑というものがあった。聖地を回るのは巡礼だと思っていたが順礼とも書くらしい。石碑には文字ではなく絵が描かれているようだが風化してよく見えなかった。
そんなに古いものじゃないんだけれどーーー。
それにしても、まったく正反対の由来が2つ伝わっているというのは珍しいと思う。(写真をクリックすると拡大されるので読んでみて)
スタート地点だった売店の所まで戻ってくる。
この時の気温は30度には届いていなかったと思うが、日差しが夏並でかなり暑かった。それで何か飲もうと思ったのだが、売店のドリンク&ソフトクリーム売り場には7〜8人の列が途切れない。自販機のようなものは駐車場も含めて一切ない。花見のシーズンならもっと混雑するだろうから、ここ権現堂堤に来る時は飲み物持参をお勧めする。
結局並ぶのもかったるく、売店の先の喫煙コーナーで一服休憩。そしたらそのさらに先に順礼の碑の大型版の順礼供養塔があった。こちらは礼が古い漢字で順禮となっている。先端が尖った変わった形。文字は文部大臣当時の鳩山一郎(後の首相、鳩山由紀夫や邦夫のおじいさん)。彼が文部大臣だったのは昭和6〜9年だから、順礼の碑よりこちらのほうが古い。
その隣にあったのが「矢嶋健八郎君碑」。文字は文部大臣の田中隆三とある。調べてみると鳩山一郎の前任者で昭和4年から6年に文部大臣を務めた政治家。
時の文部大臣が文字を書いているのだから、何か謂われのある碑だとは思うが、周りに解説のようなものはなし。幸手市や公園のホームページにもこの碑のことは載っていない。それで矢嶋健八郎で検索してみると、
なんとヒットせず(/o\)
矢嶋健八郎君、あなたは一体どなた?
ちなみに順礼供養塔と矢嶋健八郎君碑をかなり下からアオって撮っているのは、石版の前に木の枝がぶら下がっていて、普通の角度で撮影したら字が読めないから。公園管理者はもう少し手入れに気を配ったほうがいい。
権現堂堤にいたのは1時間半くらい。川の堤沿いだから風景的に単調なのは仕方ないが、ほどよい広さで彼岸花を楽しめた。最盛期は過ぎていた彼岸花も、遠目に見る分には充分に赤い空間を堪能できた。天候不順に感謝?
残念だったのは赤い彼岸花しかなかったこと。白は数株みつけたが、もう枯れていた。ピンクはあったとしても枯れていたら赤と見分けがつかないし。彼岸花は赤のイメージでそれは大切にしたいが、白やピンクが半分くらいを占めていてもいいような気もするけれど。見たことはないが黄色や紫もあるらしい。全国の彼岸花栽培者の皆さん、ひとつご検討をよろしく。
往きとまったく同じルートで午後4時過ぎに帰宅。走行160キロ。また台風が来ていて、それは明日には通り過ぎるのに、今週末もまた雨の予報。やれやれ。
おしまい
wassho at 08:38|Permalink│Comments(0)│
2016年10月02日
権現堂堤で彼岸花
久し振りのツーリングーーーーと、このところバイクに乗る度に、その枕詞を書いている気がする。週末に用事があったり、バイクへのモチベーションが下がり気味なこともあるけれど、なんといっても今年は夏から雨の日が多すぎる。温暖化で台風がたくさん発生して、夏から秋にかけて日本は雨期ということに今後なりませんように。
この日曜日は何とか晴れとなったので、埼玉県の幸手市(さってし)にある権現堂堤(ごんげんどうつつみ)という所に彼岸花を見に出かけてきた。中川という利根川の支流沿いに桜名所の堤があって、その斜面に秋になると彼岸花が咲くことでも有名なところ。中川沿いには春に八潮へ桃を見に行ったし、初めて訪れた時はその雄大な光景に「ここは本当に葛飾区か?」と驚いた水元公園も中川から引き込んだ水路だし、普段は名前を聞くこともないのに何かと縁のある川である。
ルート的には90%以上高速道路で味気ないのは仕方ないところ。首都高で都心を抜けて東北自動車道に入り、久喜白岡ジャンクションで圏央道に乗り換えて1つ目の幸手インターで降りる。インターからは10分くらい。

出発は午前11時半頃。最高気温の予想は28度だったので少し迷ったが、自宅を出ると夏のような日差しだったのでメッシュの革ジャン着用。ところでこのルートだと首都高6号線で隅田川沿いを走ることになる。2020年の東京オリンピックのボート会場が揉めているらしいが、どうして隅田川でやらないのかと思う。まあ単に隅田川とボートはイメージ的に似合うというだけの思いつきでしかないが。
渋滞はほとんどなく、途中のサービスエリアで昼ご飯を食べて午後1時前には到着した。
ガランとした駐輪場にバイクを止める。駐車場も公園も無料。
休憩用のテント。ちなみにこの日が9月10日から開かれていた曼珠沙華(まんじゅしゃげ)祭りの最終日。彼岸花を見るには遅すぎる時期であるが、今年の天候不順が幸いして、まだ見られるというのが事前に得た情報。
まずは堤の下を上流方向に向かって歩くことにした。写真で彼岸花の上に重なって見えるのは桜の木で、春にはさぞ見事だろうと思わせる。
萎れている花も多かったが、充分に赤いカーペットを楽しめた。
最終日は大変混雑すると幸手市のホームページに書かれていたが、人出は少なかった。
しばらく歩くと一番端まで来た。
振り返って。
背の高い脚立でもないと、長く伸びる彼岸花の帯を写せないのが残念。
現在位置は看板の左端。ここから下流側へ850メートル桜並木が続いているとの案内。彼岸花の情報はないが、同じエリアに植えられているのだと思う。
堤の上に出る。
権現堂堤の一部が桜堤と呼ばれているようだ。
堤の上から中川はあまり見えない。
彼岸花も少し植えられている程度。
ということで、川のほうへ降りることにした。
川側斜面の彼岸花は完全に見頃過ぎ。堤の左右でずいぶん違うものだ。
川側は北東で反対側が南西の斜面になる。
川べりまで広場のようになっている。
川に面した小道。
たいした景色じゃなかった。
でも久し振りの青空がまぶしかった。
写真で左右に流れているのが中川。
その中川に直角に接しているのが権現堂川で堰が設けられている。
権現堂川をまっすぐ進むと利根川だが、現在は利根川と中川を結ぶ水路というより水害防止等の調整池となっているようだ。グーグルマップでは権現堂川と表示されるが、幸手市のホームページでは行幸湖(みゆきこ)という扱い。このあたりは川の氾濫が多かった地域で(だから大きな堤があるのだろう)江戸時代から河川の付け替えとかを多くやっていた模様。ただし少し調べた程度では変遷の全容をつかめず。権現堂川は昭和3年に廃河川となっているが、46年に一級河川に指定されている。よくわかんない。
少し下流に洒落たデザインの吊り橋。
川沿いの一画にヤギが飼育されていた。
日向ぼっこも好きみたい。
まったく愛想がないというか人間に興味を示さないのでシャッターチャンスに恵まれず。エサと勘違いしないかと、ハンカチなどをそれっぽく取り出して見るも効果なし。
屋久島ヤギという種類らしい。
動物園でも同じだが、展示という表現には少し引っかかりを感じる。
少し公園的に整備されたところもあった。
でも特に見るべきようなところもなかったので堤に戻る。
ーーー続く
この日曜日は何とか晴れとなったので、埼玉県の幸手市(さってし)にある権現堂堤(ごんげんどうつつみ)という所に彼岸花を見に出かけてきた。中川という利根川の支流沿いに桜名所の堤があって、その斜面に秋になると彼岸花が咲くことでも有名なところ。中川沿いには春に八潮へ桃を見に行ったし、初めて訪れた時はその雄大な光景に「ここは本当に葛飾区か?」と驚いた水元公園も中川から引き込んだ水路だし、普段は名前を聞くこともないのに何かと縁のある川である。
ルート的には90%以上高速道路で味気ないのは仕方ないところ。首都高で都心を抜けて東北自動車道に入り、久喜白岡ジャンクションで圏央道に乗り換えて1つ目の幸手インターで降りる。インターからは10分くらい。

出発は午前11時半頃。最高気温の予想は28度だったので少し迷ったが、自宅を出ると夏のような日差しだったのでメッシュの革ジャン着用。ところでこのルートだと首都高6号線で隅田川沿いを走ることになる。2020年の東京オリンピックのボート会場が揉めているらしいが、どうして隅田川でやらないのかと思う。まあ単に隅田川とボートはイメージ的に似合うというだけの思いつきでしかないが。
渋滞はほとんどなく、途中のサービスエリアで昼ご飯を食べて午後1時前には到着した。
ガランとした駐輪場にバイクを止める。駐車場も公園も無料。
休憩用のテント。ちなみにこの日が9月10日から開かれていた曼珠沙華(まんじゅしゃげ)祭りの最終日。彼岸花を見るには遅すぎる時期であるが、今年の天候不順が幸いして、まだ見られるというのが事前に得た情報。
まずは堤の下を上流方向に向かって歩くことにした。写真で彼岸花の上に重なって見えるのは桜の木で、春にはさぞ見事だろうと思わせる。
萎れている花も多かったが、充分に赤いカーペットを楽しめた。
最終日は大変混雑すると幸手市のホームページに書かれていたが、人出は少なかった。
しばらく歩くと一番端まで来た。
振り返って。
背の高い脚立でもないと、長く伸びる彼岸花の帯を写せないのが残念。
現在位置は看板の左端。ここから下流側へ850メートル桜並木が続いているとの案内。彼岸花の情報はないが、同じエリアに植えられているのだと思う。
堤の上に出る。
権現堂堤の一部が桜堤と呼ばれているようだ。
堤の上から中川はあまり見えない。
彼岸花も少し植えられている程度。
ということで、川のほうへ降りることにした。
川側斜面の彼岸花は完全に見頃過ぎ。堤の左右でずいぶん違うものだ。
川側は北東で反対側が南西の斜面になる。
川べりまで広場のようになっている。
川に面した小道。
たいした景色じゃなかった。
でも久し振りの青空がまぶしかった。
写真で左右に流れているのが中川。
その中川に直角に接しているのが権現堂川で堰が設けられている。
権現堂川をまっすぐ進むと利根川だが、現在は利根川と中川を結ぶ水路というより水害防止等の調整池となっているようだ。グーグルマップでは権現堂川と表示されるが、幸手市のホームページでは行幸湖(みゆきこ)という扱い。このあたりは川の氾濫が多かった地域で(だから大きな堤があるのだろう)江戸時代から河川の付け替えとかを多くやっていた模様。ただし少し調べた程度では変遷の全容をつかめず。権現堂川は昭和3年に廃河川となっているが、46年に一級河川に指定されている。よくわかんない。
少し下流に洒落たデザインの吊り橋。
川沿いの一画にヤギが飼育されていた。
日向ぼっこも好きみたい。
まったく愛想がないというか人間に興味を示さないのでシャッターチャンスに恵まれず。エサと勘違いしないかと、ハンカチなどをそれっぽく取り出して見るも効果なし。
屋久島ヤギという種類らしい。
動物園でも同じだが、展示という表現には少し引っかかりを感じる。
少し公園的に整備されたところもあった。
でも特に見るべきようなところもなかったので堤に戻る。
ーーー続く
wassho at 22:03|Permalink│Comments(0)│
2015年09月19日
かにが沢公園で曼珠沙華(彼岸花)
2年前に見た埼玉県日高市にある巾着田の曼珠沙華(まんじゅしゃげ=彼岸花)の記憶は今でも鮮明である。それくらい圧倒された。シルバーウイーク初日の今回は、小規模ながら珍しい曼珠沙華があるところを訪れてみた。場所は神奈川県座間市にある「かにが公園」。
正午に出発。気温30度前後。少し迷ったがメッシュではない普通の革ジャンを着用。結果的にはこれが裏目に出る。地図で濃いピンク色に塗られているのは国道246号。それをまっすぐ進んで目的地近くで右折すれば公園に着く予定だった。しかし246号は多摩川を渡って神奈川県に入ったあたりから激しく渋滞。まともなスピードなら普通の革ジャンでOKでも30度で渋滞は結構きつい。日差しも強く汗びっしょりになる。
そろそろ渋滞も解消するだろうと期待しつつ進んだが、いっこうにその気配なし。ガマンできなくなって、適当に右折して走ったのが水色のルート。しかしこれも246号と似たり寄ったりの渋滞。渋滞がなくなったのは、ほとんど公園の近くになってから。自宅から35キロの程の距離を2時間かけてようやくたどり着いた(/o\)

公園の駐車場はそれほど大きくない。ここに写っている2倍程度の広さ。この連休中は曼珠沙華イベントもあるので近くに臨時駐車場も用意されているみたいだ。市民ボランティアと思われる人が案内係をしており、隅っこのほうにバイクを停めさせてくれた。料金は無料。
公園に入ってすぐのところ。
曼珠沙華は側道のようなところに植えられている。
これが普通の曼珠沙華の光景。
そして、かにが沢公園にはピンクの曼珠沙華がある。
白い曼珠沙華の比率も高い。
ピンクの曼珠沙華を見たのは初めて。たぶん見たことがある人は少ないんじゃないかな。優しくて上品な印象。花の姿形は赤い曼珠沙華と同じに思える。
園芸種としては黄色やオレンジもあるらしいが、日本では曼珠沙華の人気がないのでほとんど植えられていないらしい。求む!色とりどりの曼珠沙華を栽培してくれる公園。
赤とピンク。
白とピンク。
赤・白・ピンク。
かなり大きな木の下に曼珠沙華が植えられているので、ところどころで木漏れ日がスポットライト的に曼珠沙華を照らしていい感じ。
これは失敗。
花火みたいに写ってしまった。
ピンクの曼珠沙華が植えられているのは公園の入り口近くだけで、奥にあるメインの場所は赤い曼珠沙華がほとんど。かにが沢公園の曼珠沙華は10万本。500万本の巾着田とは規模では較べものにならないが、あちらが別格というべきだろう。ここは3分もあれば曼珠沙華エリアを通り過ぎてしまう面積とはいえ、充分に楽しめるボリュームはある。
せっかく来たので公園を探検。かにが沢公園は面積約4.3ヘクタール。南北に延びた細長い公園で、東西の横幅は70〜80メートルくらいだと思う。
子供広場。
地形の段差を利用した巨大な滑り台あったが、なぜか使用禁止になっていた。
是非一度、滑ってみたい。
公園は窪地のような地形で、両サイドにはマンションや住宅が並んでいる。
一番奥にあった広場。
黙々と壁キャッチボールをやっていたジイさん。どっしりした下半身は、この鍛錬のたまものかな。それにしてももうずいぶんと野球の道具に触れていないなあ。
引き返して入り口へ戻る。
とてもシンプルというか特に何もない公園だった。
でも桜の木は多かったから花見は見応えがあるかも。
ところで厚木基地が近いので上空には自衛隊の飛行機が頻繁に飛んでいる。四発のプロペラ機だからたぶん対戦哨戒機P3C。イメージしていたよりズングリした機体だった。海側から飛んできて座間市上空でUターンして厚木基地に降りているようだ。公園あたりではかなり高度は低い。15分おきくらいに飛んでくるので、その数の多さに驚いた。ちなみに公園から小田急線の線路を挟んだ向かい側は米軍のキャンプ座間。このあたりはけっこうミリタリーなエリアでもある。
公園を出たのは3時半頃。日差しも弱くなって気温は27.5度まで下がり、帰りの246号は空いていたとはいえないものの激しい渋滞はなし。走行75キロで約1ヶ月ぶりのバイク。
正午に出発。気温30度前後。少し迷ったがメッシュではない普通の革ジャンを着用。結果的にはこれが裏目に出る。地図で濃いピンク色に塗られているのは国道246号。それをまっすぐ進んで目的地近くで右折すれば公園に着く予定だった。しかし246号は多摩川を渡って神奈川県に入ったあたりから激しく渋滞。まともなスピードなら普通の革ジャンでOKでも30度で渋滞は結構きつい。日差しも強く汗びっしょりになる。
そろそろ渋滞も解消するだろうと期待しつつ進んだが、いっこうにその気配なし。ガマンできなくなって、適当に右折して走ったのが水色のルート。しかしこれも246号と似たり寄ったりの渋滞。渋滞がなくなったのは、ほとんど公園の近くになってから。自宅から35キロの程の距離を2時間かけてようやくたどり着いた(/o\)

公園の駐車場はそれほど大きくない。ここに写っている2倍程度の広さ。この連休中は曼珠沙華イベントもあるので近くに臨時駐車場も用意されているみたいだ。市民ボランティアと思われる人が案内係をしており、隅っこのほうにバイクを停めさせてくれた。料金は無料。
公園に入ってすぐのところ。
曼珠沙華は側道のようなところに植えられている。
これが普通の曼珠沙華の光景。
そして、かにが沢公園にはピンクの曼珠沙華がある。
白い曼珠沙華の比率も高い。
ピンクの曼珠沙華を見たのは初めて。たぶん見たことがある人は少ないんじゃないかな。優しくて上品な印象。花の姿形は赤い曼珠沙華と同じに思える。
園芸種としては黄色やオレンジもあるらしいが、日本では曼珠沙華の人気がないのでほとんど植えられていないらしい。求む!色とりどりの曼珠沙華を栽培してくれる公園。
赤とピンク。
白とピンク。
赤・白・ピンク。
かなり大きな木の下に曼珠沙華が植えられているので、ところどころで木漏れ日がスポットライト的に曼珠沙華を照らしていい感じ。
これは失敗。
花火みたいに写ってしまった。
ピンクの曼珠沙華が植えられているのは公園の入り口近くだけで、奥にあるメインの場所は赤い曼珠沙華がほとんど。かにが沢公園の曼珠沙華は10万本。500万本の巾着田とは規模では較べものにならないが、あちらが別格というべきだろう。ここは3分もあれば曼珠沙華エリアを通り過ぎてしまう面積とはいえ、充分に楽しめるボリュームはある。
せっかく来たので公園を探検。かにが沢公園は面積約4.3ヘクタール。南北に延びた細長い公園で、東西の横幅は70〜80メートルくらいだと思う。
子供広場。
地形の段差を利用した巨大な滑り台あったが、なぜか使用禁止になっていた。
是非一度、滑ってみたい。
公園は窪地のような地形で、両サイドにはマンションや住宅が並んでいる。
一番奥にあった広場。
黙々と壁キャッチボールをやっていたジイさん。どっしりした下半身は、この鍛錬のたまものかな。それにしてももうずいぶんと野球の道具に触れていないなあ。
引き返して入り口へ戻る。
とてもシンプルというか特に何もない公園だった。
でも桜の木は多かったから花見は見応えがあるかも。
ところで厚木基地が近いので上空には自衛隊の飛行機が頻繁に飛んでいる。四発のプロペラ機だからたぶん対戦哨戒機P3C。イメージしていたよりズングリした機体だった。海側から飛んできて座間市上空でUターンして厚木基地に降りているようだ。公園あたりではかなり高度は低い。15分おきくらいに飛んでくるので、その数の多さに驚いた。ちなみに公園から小田急線の線路を挟んだ向かい側は米軍のキャンプ座間。このあたりはけっこうミリタリーなエリアでもある。
公園を出たのは3時半頃。日差しも弱くなって気温は27.5度まで下がり、帰りの246号は空いていたとはいえないものの激しい渋滞はなし。走行75キロで約1ヶ月ぶりのバイク。
wassho at 20:58|Permalink│Comments(0)│
2014年10月07日
両神山麓花の郷 ダリア園 その2
はるばる秩父までやってきたダリア園はたいへん見応えがあった。
小学校の夏休みに朝顔を育てるのは宿題みたいなもの。ダリアもそれに近い身近な存在だったような気がする。校庭にも咲いていたはず。でも大人になるにつれてなぜかダリアを見かけなくなり、いつの間にか名前だけは知っている存在に。去年、神代植物園でダリアを見たのは本当に久しぶりの体験。いろいろな種類のダリアがあって楽しかった。しかし、そのほとんどは初めて見る花の形だった。
子供の頃に見ていたダリアはこんな花だったかなあ?あまりよく覚えていない。何となく黄色やオレンジ色で少し派手な花だったイメージが記憶に残っている。
この両神山麓花の郷のダリア園にも、神代植物園以上にたくさんの種類のダリアが咲いている。私が子供の頃にも,こんなにたくさんの種類があったのだろうか。
後でアップの写真もいろいろ載せるが、とてもバリエーションに富んでいるので、ダリアの花というのはこういう形と一言で説明することは難しい。でも私にとって去年からダリアのイメージは「カッコいい花」。普通は花を表現するのはキレイとかカワイイという言葉だが、とにかくダリアはカッコいいのである。
なぜかアンデスとかマヤ文明という言葉を思い出すのは、
何に似ているのだろう?
岡本太郎を連想させる。
これはピンぼけだけれど写真がカッコ良く撮れた。
つぼみが開ききっていない花もカッコいい。
裏から見てもカッコいいのがダリア。
またダリアは眺めていると何となく元気が出てくる花である。元気な花の代表はもちろんヒマワリ。しかし真夏にヒマワリ畑に行くと直射日光を遮るものが何もないので、30分もいると暑さに元気を吸い取られてしまうのが難点。
ダリア園の一番上から。
頂上部分は、何とお墓!
眼下にたくさんのダリアが咲いていて、さぞ眠り心地がいいに違いない。
しかし、ここはもともと何に使われていた土地なのだろう?
お墓にはつきものの彼岸花も少しだがまだ咲いていた。
道路を挟んで下側のダリア園。広さは下の方が広い。係員の人と少し話をしたら、最初に上のダリア園をつくって評判がよかったので下にも拡張したそうだ。
ダリアが植えられているそれぞれの畝(うね)には品種の表示があってわかりやすい。
ところどころにこんな注意書き。
これと勘違いしている人がいたが、
こちらは成長の途中でダリアが倒れないためのネット。
電気柵は敷地を取り囲むように張られている。(写真の中央奥) 勘違いする人が多いのは注意書きが電気柵とは関係なくダリアのそばにあるから。ちょっと不親切かな。
ダリアのアップあれこれ。
写真に撮ったのはごく一部。なんてったって300種類もあるのだから全部を撮りきれない。実を言うと途中から撮り飽きてきて写真はやめてしまった。
というわけでお腹満腹。2〜3年はダリアを見に行かなくてもいい気がする(^^ゞ
3時間ほどダリア園にいたが、すべてをじっくり見るならもう3時間は必要と思う。
ダリア園出発は午後4時前。到着した時は25度くらいだったが、山あいなので日が傾くと気温は19.5度まで下がっていた。来た道を秩父市の中心部まで引き返す。帰りの方向だと武甲山がよく見える。秩父を代表する山のひとつらしいが、石灰石(セメントの材料)の産地でもあり削られた山肌が異様な光景。
国道299号で飯能市まで降りて,そこから圏央道〜関越が帰りのルート。299号も緩やかなカーブが続くいい道だが、交通量が多いのでまったりペース。平地に降りてからインターまではひどい渋滞で閉口。午後7時半ガレージ着。
走行は265キロで、ダリア園に3時間もいたせいもあるが距離の割に時間のかかったツーリングだった。また次の台風19号が接近しているらしいが、今度の三連休もツーリングに行けるといいな。
おしまい
小学校の夏休みに朝顔を育てるのは宿題みたいなもの。ダリアもそれに近い身近な存在だったような気がする。校庭にも咲いていたはず。でも大人になるにつれてなぜかダリアを見かけなくなり、いつの間にか名前だけは知っている存在に。去年、神代植物園でダリアを見たのは本当に久しぶりの体験。いろいろな種類のダリアがあって楽しかった。しかし、そのほとんどは初めて見る花の形だった。
子供の頃に見ていたダリアはこんな花だったかなあ?あまりよく覚えていない。何となく黄色やオレンジ色で少し派手な花だったイメージが記憶に残っている。
この両神山麓花の郷のダリア園にも、神代植物園以上にたくさんの種類のダリアが咲いている。私が子供の頃にも,こんなにたくさんの種類があったのだろうか。
後でアップの写真もいろいろ載せるが、とてもバリエーションに富んでいるので、ダリアの花というのはこういう形と一言で説明することは難しい。でも私にとって去年からダリアのイメージは「カッコいい花」。普通は花を表現するのはキレイとかカワイイという言葉だが、とにかくダリアはカッコいいのである。
なぜかアンデスとかマヤ文明という言葉を思い出すのは、
何に似ているのだろう?
岡本太郎を連想させる。
これはピンぼけだけれど写真がカッコ良く撮れた。
つぼみが開ききっていない花もカッコいい。
裏から見てもカッコいいのがダリア。
またダリアは眺めていると何となく元気が出てくる花である。元気な花の代表はもちろんヒマワリ。しかし真夏にヒマワリ畑に行くと直射日光を遮るものが何もないので、30分もいると暑さに元気を吸い取られてしまうのが難点。
ダリア園の一番上から。
頂上部分は、何とお墓!
眼下にたくさんのダリアが咲いていて、さぞ眠り心地がいいに違いない。
しかし、ここはもともと何に使われていた土地なのだろう?
お墓にはつきものの彼岸花も少しだがまだ咲いていた。
道路を挟んで下側のダリア園。広さは下の方が広い。係員の人と少し話をしたら、最初に上のダリア園をつくって評判がよかったので下にも拡張したそうだ。
ダリアが植えられているそれぞれの畝(うね)には品種の表示があってわかりやすい。
ところどころにこんな注意書き。
これと勘違いしている人がいたが、
こちらは成長の途中でダリアが倒れないためのネット。
電気柵は敷地を取り囲むように張られている。(写真の中央奥) 勘違いする人が多いのは注意書きが電気柵とは関係なくダリアのそばにあるから。ちょっと不親切かな。
ダリアのアップあれこれ。
写真に撮ったのはごく一部。なんてったって300種類もあるのだから全部を撮りきれない。実を言うと途中から撮り飽きてきて写真はやめてしまった。
というわけでお腹満腹。2〜3年はダリアを見に行かなくてもいい気がする(^^ゞ
3時間ほどダリア園にいたが、すべてをじっくり見るならもう3時間は必要と思う。
ダリア園出発は午後4時前。到着した時は25度くらいだったが、山あいなので日が傾くと気温は19.5度まで下がっていた。来た道を秩父市の中心部まで引き返す。帰りの方向だと武甲山がよく見える。秩父を代表する山のひとつらしいが、石灰石(セメントの材料)の産地でもあり削られた山肌が異様な光景。
国道299号で飯能市まで降りて,そこから圏央道〜関越が帰りのルート。299号も緩やかなカーブが続くいい道だが、交通量が多いのでまったりペース。平地に降りてからインターまではひどい渋滞で閉口。午後7時半ガレージ着。
走行は265キロで、ダリア園に3時間もいたせいもあるが距離の割に時間のかかったツーリングだった。また次の台風19号が接近しているらしいが、今度の三連休もツーリングに行けるといいな。
おしまい
wassho at 23:27|Permalink│Comments(0)│
2013年09月28日
巾着田の曼珠沙華(彼岸花)
今週はツーリングのつもりではなかった。しかし金曜日の帰宅途中、電車の吊り広告で巾着田のことを知る。まったく知らなかったし、彼岸花のこともあまり意識になかった。でも自宅に戻ってからネットで調べると、なかなかよさそうである。ただしものすごく渋滞するという情報も多かった。また来週になると花の最盛期から下り坂になりそうとも。ならば善は急げというわけで急遽、午前6時半出発の早朝ツーリング。ネットで調べだしたのが午前1時を回っていたので、あまり寝ていない。
ところでBMW F800Rのエンジンを掛けると警告灯が点灯。以前にも点灯したことがあって、その時はエンジンを切ってかけ直すと点灯しなくなったが今回は消えなかった。走り出してみて特におかしな感じはしなかったので「たぶん誤作動」と決めつけ(^^ゞ、そのままツーリング続行。そしたら途中でヘッドライトの電球も切れた。このあたりのいきさつはまた別の機会に。
日本で最大、500万本の曼珠沙華(まんじゅしゃげ)が群生しているという巾着田(きんちゃくだ:地名)というのは埼玉県の日高市にある。日高といえば北海道を連想するくらいで、この日高市という自治体のことも知らなかった。地図で見るとお茶で有名な狭山市の隣にある。

往きのルートは関越自動車で城ヶ島ジャンクションまで行き、そこで圏央道に乗り換えて狭山日高インターまで。そこからは県道347号と国道299号。その国道299号が10キロ近く渋滞するらしいが、早起きしたかいあってスムーズに走れた。ちなみに一般道で渋滞10キロというのは高速道路だったら渋滞30キロくらいのイメージになる。参考までに現地到着は午前8時過ぎ。
バイクの駐車場。
この写真に写っている平地面積の5〜6倍の広さのクルマの駐車場がある。バイクの駐車料金は100円。
なぜか水車小屋があった。
5分ほど歩いて入り口に到着。入場料は300円。巾着田の係員は地元のオッチャン・オバチャン達だと思うが、親切でフレンドリーでとても感じがよい。
入り口をくぐってすぐ、あたり一面の彼岸花に圧倒される。
いちおう書いておくと曼珠沙華(まんじゅしゃげ)=彼岸花(ひがんばな)である。ここ巾着田では曼珠沙華と呼ばれているが、私は彼岸花という呼び名に馴染みがあるのでブログでは彼岸花と書く。
秋に咲くきれいな花であるが、花にも茎にも根にも毒がある。土葬の時代には、その毒で死体を掘り起こす動物が寄ってこないからと墓に植えられ、その名残で今でも墓地に多いといわれる。また秋の彼岸の頃に咲くから彼岸花だが、彼岸は弔いの儀式でもあるので、彼岸花は何となく不吉なイメージもついて回る。でもここへ来ると、そんな印象は吹き飛ぶ。
見渡す限りのレッドカーペット!
手を上に伸ばしてハイアングルで。
ややローアングル。茎の緑と赤い花のコントラストが美しい。
地形に沿って彼岸花も盛り上がっている。
木がたくさん生えていて、木漏れ日が当たる部分と影になっているところの対比が鮮やかだった。ただ写真に撮ると、あまりそのあたりが再現されないのが残念。
長さ600メートル、幅50メートルらしい。
ちょっと寄っての撮影。
先々週の台風の影響か、倒れている彼岸花。
これを見てわかるように彼岸花には葉がない。茎だけが伸びて花を付ける。そして花が枯れた後に地面から葉だけがでてくる。春になるとその葉も枯れて何もなくなる。そして秋になると芽が出て、また茎が伸びて花を付けるという変わった植物。ついでに書くと球根植物である。
こっちは木が倒れていた。
切り株と一緒に。
これは珍しい白い彼岸花。
巾着田の中でもほんの少ししか生えていなかった。
地図中央の川が丸く曲がっているエリアが巾着田。キンチャク袋のような形だからその名前。昔は水田だったという。川の名前は高麗(こま)川。最寄り駅は西武池袋線の高麗駅。私が東横線で見た吊り広告は西武鉄道が出していたもの。

川原に降りてみる。
水がとてもキレイだった。
清流がありそうな、そんなド田舎でもないので驚く。
川原に何輪か彼岸花が植えられていて、それを熱心に撮影する人々。
舐めるように写真を撮っている。
私はこんなものを見つけて喜んでいた。
出入り口は何カ所かあって、ここで入場券を見せて川原に降りる。
この看板の現在地が川原に出たあたりの場所。
赤く塗られているのが彼岸花が咲いているエリアである。
上の看板で途中で彼岸花が切れいている場所は屋台村になっていた。地元のハムメーカーの屋台で、ソーセージの厚切りを焼いたものを食べたがイマイチだった。
しばらく川原沿いを歩くと橋があった。
ドレミファ橋というらしい。
名前の由来の説明はなかった。
そのそばに、こんな看板が。
カワセミは見かけなかった。まあ飛んでいたとしても小さな鳥だから双眼鏡かカメラの大きな望遠レンズがなければ見えなかっただろう。ちなみに私はカワセミを一度も見たことがない。
巾着田の一番奥にある「あいあい橋」。
木製でなかなか美しい構造。
少しスロープを昇って、
橋を渡る。
橋の上から見た彼岸花。
大きな岩。
水の透明度がよくわかる。
キンチャクのように丸く流れる高麗(こま)川と巾着田。
空の色と雲の形はすっかり秋。つい先日まであんなに暑かったのに。
この日の最高気温予想は25度。しかし早朝に出発して巾着田につくまでは16〜17.5度くらいでバイクで走っていると寒かった。服装はTシャツ+ウインドブレーカー+メッシュジャケット&メッシュパンツの組み合わせ。現地でジャケットは脱いで、ウインドブレーカーは気温が上がる午前10時頃までは着ていた。帰りの高速道路上は26〜27度でウインドブレーカーなしでちょうどよかった。
巾着田は花の名所だから一眼レフなどを持ったカメラマニアが多いのは当然。しかし、あちこちの花の名所に行ったが、この巾着田のカメラマニア比率は圧倒的に高い。それとそのマニアの多くが三脚を使って撮影しているのにも驚いた。今までの一生で見た三脚の数より、この日に見た三脚の数のほうが多かったかもしれない。
彼岸花をアップで撮るのは難しい。私のNEX-5Nというカメラはオートフォーカスがコントラスト方式という機構だが(長くなるので説明は省略)、赤一色の彼岸花ではコントラストが低いのでピントが合いにくい。巾着田では密集して生えているのでなおさらである。また彼岸花は花びらが細いのでオートフォーカスが、どこを基準にコントラストを測ればいいのか判断できないようである。
結果、アップで撮ろうとするとオートフォーカスは全然ピントが合わない。しかたないからマニュアルでピントを合わせることにする。でも日差しがきつかったので、液晶画面が反射してよく見えない。結局ピントが合っているのかどうかよくわからないまま写真を撮ることに。そんないい加減なことで成功するはずもなく。ここに貼り付けたのは、小さなサイズならピントが合っているように見えるものを選んだつもり。求む、もっと高性能なオートフォーカス。
なぜか赤くモヤがかかったような写真に。
幻想的だと解釈されたし。
花びらより外側に雄しべが伸びる構造。
実は雌しべもこの中にあって、先端に花粉がないのが雌しべ(らしい)。
よく見ると彼岸花の花びらはウェーヴがかかっている。
茎が先端で6つに別れ、それぞれに花がつく。
つまり彼岸花の花とは6つの花の集合体。
つぼみが開き始めた段階の彼岸花。
茎が6つに別れていること、花粉のない雌しべの様子がわかりやすい。
恒例の下からアオリ撮り。
空を入れてのアップ。
こっちはミドリを背景に。
白い彼岸花もローアングルで。
ツボミも忘れずに。
彼岸花自体は見慣れているが、こんなにたくさんあると彼岸花が咲いているというより、まったく別の光景に見える。とてもとても新鮮。また赤い彼岸花をずっと見ていると、気のせいかテンションも上がってくるように感じる。普通は花を眺めているとリラックスしてくるものだが、色が与える心理効果というのは確かにあるものだと実感。ひょっとしたら前世はウシだった?
同じルートじゃつまらないので、帰りは圏央道から八王子経由で中央自動車にのって帰った。巾着田を後にしたのは午前11過ぎ。国道299号は数キロの渋滞になっていた。渋滞の後ろのほうの人たちが彼岸花を見られるのは2時間後くらいかな。高麗駅から歩いてやってくる人もかなりの数。やっぱり早朝に来て正解。
走行150キロくらい。午後1時頃にいったん帰宅して、その後ディーラーへバイクの修理に。
ところでBMW F800Rのエンジンを掛けると警告灯が点灯。以前にも点灯したことがあって、その時はエンジンを切ってかけ直すと点灯しなくなったが今回は消えなかった。走り出してみて特におかしな感じはしなかったので「たぶん誤作動」と決めつけ(^^ゞ、そのままツーリング続行。そしたら途中でヘッドライトの電球も切れた。このあたりのいきさつはまた別の機会に。
日本で最大、500万本の曼珠沙華(まんじゅしゃげ)が群生しているという巾着田(きんちゃくだ:地名)というのは埼玉県の日高市にある。日高といえば北海道を連想するくらいで、この日高市という自治体のことも知らなかった。地図で見るとお茶で有名な狭山市の隣にある。

往きのルートは関越自動車で城ヶ島ジャンクションまで行き、そこで圏央道に乗り換えて狭山日高インターまで。そこからは県道347号と国道299号。その国道299号が10キロ近く渋滞するらしいが、早起きしたかいあってスムーズに走れた。ちなみに一般道で渋滞10キロというのは高速道路だったら渋滞30キロくらいのイメージになる。参考までに現地到着は午前8時過ぎ。
バイクの駐車場。
この写真に写っている平地面積の5〜6倍の広さのクルマの駐車場がある。バイクの駐車料金は100円。
なぜか水車小屋があった。
5分ほど歩いて入り口に到着。入場料は300円。巾着田の係員は地元のオッチャン・オバチャン達だと思うが、親切でフレンドリーでとても感じがよい。
入り口をくぐってすぐ、あたり一面の彼岸花に圧倒される。
いちおう書いておくと曼珠沙華(まんじゅしゃげ)=彼岸花(ひがんばな)である。ここ巾着田では曼珠沙華と呼ばれているが、私は彼岸花という呼び名に馴染みがあるのでブログでは彼岸花と書く。
秋に咲くきれいな花であるが、花にも茎にも根にも毒がある。土葬の時代には、その毒で死体を掘り起こす動物が寄ってこないからと墓に植えられ、その名残で今でも墓地に多いといわれる。また秋の彼岸の頃に咲くから彼岸花だが、彼岸は弔いの儀式でもあるので、彼岸花は何となく不吉なイメージもついて回る。でもここへ来ると、そんな印象は吹き飛ぶ。
見渡す限りのレッドカーペット!
手を上に伸ばしてハイアングルで。
ややローアングル。茎の緑と赤い花のコントラストが美しい。
地形に沿って彼岸花も盛り上がっている。
木がたくさん生えていて、木漏れ日が当たる部分と影になっているところの対比が鮮やかだった。ただ写真に撮ると、あまりそのあたりが再現されないのが残念。
長さ600メートル、幅50メートルらしい。
ちょっと寄っての撮影。
先々週の台風の影響か、倒れている彼岸花。
これを見てわかるように彼岸花には葉がない。茎だけが伸びて花を付ける。そして花が枯れた後に地面から葉だけがでてくる。春になるとその葉も枯れて何もなくなる。そして秋になると芽が出て、また茎が伸びて花を付けるという変わった植物。ついでに書くと球根植物である。
こっちは木が倒れていた。
切り株と一緒に。
これは珍しい白い彼岸花。
巾着田の中でもほんの少ししか生えていなかった。
地図中央の川が丸く曲がっているエリアが巾着田。キンチャク袋のような形だからその名前。昔は水田だったという。川の名前は高麗(こま)川。最寄り駅は西武池袋線の高麗駅。私が東横線で見た吊り広告は西武鉄道が出していたもの。

川原に降りてみる。
水がとてもキレイだった。
清流がありそうな、そんなド田舎でもないので驚く。
川原に何輪か彼岸花が植えられていて、それを熱心に撮影する人々。
舐めるように写真を撮っている。
私はこんなものを見つけて喜んでいた。
出入り口は何カ所かあって、ここで入場券を見せて川原に降りる。
この看板の現在地が川原に出たあたりの場所。
赤く塗られているのが彼岸花が咲いているエリアである。
上の看板で途中で彼岸花が切れいている場所は屋台村になっていた。地元のハムメーカーの屋台で、ソーセージの厚切りを焼いたものを食べたがイマイチだった。
しばらく川原沿いを歩くと橋があった。
ドレミファ橋というらしい。
名前の由来の説明はなかった。
そのそばに、こんな看板が。
カワセミは見かけなかった。まあ飛んでいたとしても小さな鳥だから双眼鏡かカメラの大きな望遠レンズがなければ見えなかっただろう。ちなみに私はカワセミを一度も見たことがない。
巾着田の一番奥にある「あいあい橋」。
木製でなかなか美しい構造。
少しスロープを昇って、
橋を渡る。
橋の上から見た彼岸花。
大きな岩。
水の透明度がよくわかる。
キンチャクのように丸く流れる高麗(こま)川と巾着田。
空の色と雲の形はすっかり秋。つい先日まであんなに暑かったのに。
この日の最高気温予想は25度。しかし早朝に出発して巾着田につくまでは16〜17.5度くらいでバイクで走っていると寒かった。服装はTシャツ+ウインドブレーカー+メッシュジャケット&メッシュパンツの組み合わせ。現地でジャケットは脱いで、ウインドブレーカーは気温が上がる午前10時頃までは着ていた。帰りの高速道路上は26〜27度でウインドブレーカーなしでちょうどよかった。
巾着田は花の名所だから一眼レフなどを持ったカメラマニアが多いのは当然。しかし、あちこちの花の名所に行ったが、この巾着田のカメラマニア比率は圧倒的に高い。それとそのマニアの多くが三脚を使って撮影しているのにも驚いた。今までの一生で見た三脚の数より、この日に見た三脚の数のほうが多かったかもしれない。
彼岸花をアップで撮るのは難しい。私のNEX-5Nというカメラはオートフォーカスがコントラスト方式という機構だが(長くなるので説明は省略)、赤一色の彼岸花ではコントラストが低いのでピントが合いにくい。巾着田では密集して生えているのでなおさらである。また彼岸花は花びらが細いのでオートフォーカスが、どこを基準にコントラストを測ればいいのか判断できないようである。
結果、アップで撮ろうとするとオートフォーカスは全然ピントが合わない。しかたないからマニュアルでピントを合わせることにする。でも日差しがきつかったので、液晶画面が反射してよく見えない。結局ピントが合っているのかどうかよくわからないまま写真を撮ることに。そんないい加減なことで成功するはずもなく。ここに貼り付けたのは、小さなサイズならピントが合っているように見えるものを選んだつもり。求む、もっと高性能なオートフォーカス。
なぜか赤くモヤがかかったような写真に。
幻想的だと解釈されたし。
花びらより外側に雄しべが伸びる構造。
実は雌しべもこの中にあって、先端に花粉がないのが雌しべ(らしい)。
よく見ると彼岸花の花びらはウェーヴがかかっている。
茎が先端で6つに別れ、それぞれに花がつく。
つまり彼岸花の花とは6つの花の集合体。
つぼみが開き始めた段階の彼岸花。
茎が6つに別れていること、花粉のない雌しべの様子がわかりやすい。
恒例の下からアオリ撮り。
空を入れてのアップ。
こっちはミドリを背景に。
白い彼岸花もローアングルで。
ツボミも忘れずに。
彼岸花自体は見慣れているが、こんなにたくさんあると彼岸花が咲いているというより、まったく別の光景に見える。とてもとても新鮮。また赤い彼岸花をずっと見ていると、気のせいかテンションも上がってくるように感じる。普通は花を眺めているとリラックスしてくるものだが、色が与える心理効果というのは確かにあるものだと実感。ひょっとしたら前世はウシだった?
同じルートじゃつまらないので、帰りは圏央道から八王子経由で中央自動車にのって帰った。巾着田を後にしたのは午前11過ぎ。国道299号は数キロの渋滞になっていた。渋滞の後ろのほうの人たちが彼岸花を見られるのは2時間後くらいかな。高麗駅から歩いてやってくる人もかなりの数。やっぱり早朝に来て正解。
走行150キロくらい。午後1時頃にいったん帰宅して、その後ディーラーへバイクの修理に。
wassho at 23:32|Permalink│Comments(0)│