本多錦吉郎

2017年07月27日

リアル(写実)のゆくえ その2

入口手前にあった高橋由一と磯江毅のサーモン対決を別として、展示は全部で5つに分かれていた。二番目の展示は明治中期と後期。最初の明治初期と較べると色彩がだんだんと豊かになって、描かれている内容は和風なんだけれど西洋画のテクニックも板についてきたように思える。


本多錦吉郎(きんきちろう) 「羽衣天女」 1890年
天女は羽衣をまとえば空を飛べるのに、なぜか天使のように羽根まで生えている。
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渡辺幽香(ゆうこう) 「幼児図」 1893年
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貼り付けた画像より実物の方が赤ちゃんは可愛いしリアルさも感じられる。描かれているのは、この子がトンボを捕まえたシーン。なぜか目線は合ってないが。ところで、よく見ると赤ちゃんは重い石臼のようなものに紐で結びつけられている。明治時代は赤ちゃんが動き回らないようにこういう育て方をしたのか? 今なら虐待で非難されるだろう。

渡辺幽香は前回に書いた五姓田義松(ごせだ・よしまつ)の妹。本名は勇子で漢字を変えて幽香。渡辺姓なのは結婚したから。渡辺幽香と五姓田義松の父親は五姓田芳柳(ほうりゅう)という人物。

五姓田芳柳は歌川国芳の流れを汲む浮世絵師で、後に西洋画を始め、また横浜で外国人相手に肖像画を描いたり錦絵(浮世絵の明治時代版)を売ったりしていた。つまり五姓田一家は画家ファミリー。また親子だけじゃなく五姓田芳柳は弟子をたくさん取っていたので五姓田派といえる存在。渡辺幽香の夫の渡辺文三郎もその一人。他に有名どころでは黒田清輝とつながりが深かった山本芳翠(ほうすい)など。また次女の夫を婿養子として二世五姓田芳柳を襲名させている。

なお五姓田という名前は芳柳が幼い頃には両親が亡くなって、その後はいろんな事情で4回の養子縁組を繰り返して5回も姓を変えたことから、最後に五姓田を名乗ったとされる。画名ではないようなので明治時代は自由に姓を変更できたんだろうか?



櫻井忠剛(さくらい ただたか) 「銅器の花と布袋の置物」 明治中期
この人は初代尼崎市長でもある。
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原田直次郎 「神父」 1885年
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満谷国四郎(みつたに くにしろう) 「戦の話」 1906年
もうこんな光線の描き分けをしていたとは。やるね明治の西洋画!
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寺松国太郎 「サロメ」 1918年
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寺松国太郎 「化粧部屋」 1918年 1911年
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三番目の展示は大正時代が中心。この時代のスターといえば岸田劉生(りゅうせい)。そして岸田劉生といえば愛娘を描き続けた「麗子」。この展覧会の出品作品ではないけれど、誰しも子供の頃に教科書で、この重要文化財に指定されている「麗子微笑」を見て、夜はトイレに行くのが怖くなったはず(^^ゞ
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岸田劉生なんて知らなくても、この絵に見覚えのない人は少ないんじゃないかな。今見ると、どこか愛くるしいし日本のモナリザと呼ばれるのがわからなくもない。でも数ある麗子(デッサンまで含めると50点以上あるらしい)の中で、これはもっとも不気味ではない部類に入る。この展覧会では2点の麗子が展示されていた。



「麗子肖像(麗子五歳之像)」 1918年
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麗子のほとんどが赤い着物でオカッパ頭だから、この作品は異色。描かれている表情は硬いが、これなら笑えば可愛い女の子と想像できなくもない。

なおタイトルにあるように、これは麗子が5歳の時のもの。岸田劉生は麗子が生まれた直後からから描いているはずだが、これより幼い麗子は調べても見あたらなかった。ちなみに上の「麗子微笑」は1921年作。


「野童女」 1922年
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出た! !!!!おそらく麗子シリーズの中でもっとも不気味な作品。こんなバケモノが突然に現れたら、死んだふりをして心の中で南無阿弥陀仏を唱える(^^ゞ

子供の頃に教科書で麗子を見て、しばらく後に、それは画家の父親が娘への愛情表現として描いたものだということを知った。だから「どんなにブサイクな娘でも、父親にとっては可愛いものなんだろうな」というような解釈をしてきた。


でも調べてみると麗子は、こんな妖怪のような容姿じゃなかったのである!

子供の頃の写真。メッチャ可愛いということはないが、まあ普通の女の子である。オカッパ頭というのは当時は最先端のヘアスタイルだったらしい。
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17歳から18歳頃とされる写真。麗子も画家になったが48歳で亡くなっている。ちなみに岸田劉生も38歳と若死にした。
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それにしても岸田劉生はなぜ麗子をあんなに不細工・不気味に描いたんだろう。画家の目や感じ方って、やはり少し違うのか。麗子は父親が描いた自分を見てなんと思ったのかなあ。いろいろと不思議。


麗子以外の岸田劉生の作品。さすがに確かな腕前。だからますます麗子作品がナゾ

「壺」 1916年
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「静物(赤き林檎二個とビンと茶碗と湯呑)」 1917年
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「冬枯れの道路(原宿附近の写生)」 1916年
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四番目の展示は戦前・戦後の昭和というタイトル。明治の頃から順番に作品を眺めてくると、やっぱり現代という感じがする。また牧野邦夫という画家はほとんど知らなかったが、調べてみるとなかなか面白そうだった。今後に展覧会があったら是非行きたい。


高島野十郎 「壺とりんご」 1923年
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高島野十郎 「蝋燭」 大正期
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長谷川潾二郎 「猫」 1966年
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牧野邦夫 「食卓にいる姉の肖像」 1964年
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そしていよいよスーパーリアリズムへ。


ーーー続く

wassho at 22:47|PermalinkComments(0)