湘南
2018年03月21日
稲村ヶ崎へ
タイトルは変えたが先週の土曜日に美術館を2軒ハシゴしたツーリングの続き。
ところで本日は春分の日なのに東京は雪! 自宅近くでは午前中に少し降った程度で、地面では溶けてしまい積もらなかったけれど。しかしニュースを見ると北部や標高の高いところではかなり本格的な雪景色になっている模様。なごり雪というのには遅すぎる。やはり気象が異常になっていくのはもう止まらないようで。
葉山の美術館で展覧会を見た後、バイクで湘南に来ることはしばらくないだろうから、もう少し走ろうかという気になる。湘南のシーサイドラインは国道134号線。葉山だけそれは内陸部を回っていて海沿いは県道207号線。これがいつも激混みなのに、この日はスイスイ走れた。ここで昼間に渋滞しなかったのは初めての経験かもしれない。
逗子で134号線に合流。海を眺めながら少し走ってやってきたのが稲村ヶ崎。
有名な由比ヶ浜と七里ヶ浜に挟まれた小さな海岸。どちらかというとマイナースポットだったはずが、1990年にサザンオールスターズの「稲村ジェーン」という映画で一躍有名になる。ところで稲村ジェーンのタイトル名は知っていても、どんな映画か知らない人のほうが多いと思う。私も見たことがないのでまったく知らない。
公園の入口の隙間から無理やりバイクで中へ入ることもできるが、
面倒なので路肩に駐車。これがバイクの便利なところ。
石碑が何本か。新田義貞の文字が見える。
彼が鎌倉幕府を攻めた時、この稲村ヶ崎を突破したのが戦いの大きな節目とされている。新田義貞は足利尊氏と並んで鎌倉時代後期のキープレーヤー。名前くらいは教科書で見たことがあるはず。でもあまり世間に取り上げられることのない人物。稲村ヶ崎にかかわるとそういうジンクスがあるのかも。
公園は上に続いていたので登る。
さらに上へ。
3段目のここが最上部。標高30メートルくらいか。それほど広くはない。
ローベルト・コッホの記念碑。
初めて聞く名前だが、結核菌やコレラ菌の発見者であり、ツベルクリンのワクチンを開発した医学者だった。来日した時に鎌倉の霊仙山から見た富士山をたいへん気に入ったらしい。そこに記念碑が建てられたが、地盤が弱体化したので稲村ヶ崎に移されたとある。ほらやっぱり、こんなに偉大な医学者なのに稲村ヶ崎とかかわるとメジャーになれない(^^ゞ
ちなみに霊仙(りょうぜん)山も初耳。調べてみると今は地名として残っていない。また山と名前はついているが、稲村ヶ崎から500メートルほど北東にある小高い丘のことだった。地名で言うなら極楽寺あたり。
公園を見おろす。ビーチは短いし砂浜部分も狭い。ところで134号線は走っているとなかなかいい感じなのだが、こうやって写真で見るとただの田舎道路(^^ゞ
「ヶ崎」な風景。
下に降りる。
公園の真下は岩肌。
時々こうなるので先端まで進めず。
♪江ノ島が見えてきた〜 真逆光なのでやたら暗く写っている。
ここからの帰り道の選択肢は2つ。茅ヶ崎まで走って新湘南バイパス〜圏央道〜東名高速か、あるいは逗子方面に戻って横浜横須賀道路〜横浜新道〜第三京浜。もう少し海岸ツーリングを楽しみたい気持ちもあったが、遠回りになるし交通量も増えてきたので後者を選択。
由比ヶ浜の途中でナビが左折と指示したので従うと、そこは鎌倉のメインストリートつまり鶴岡八幡宮への参道。大渋滞ならUターンして逗子インターを目指そうと考えたが、意外とすんなり走れた。この鎌倉駅前エリアに足を踏み入れるのは20年振りくらいかなあ。基本は変わっていないが、ずいぶんときれいにまたモダンになっていた。
鶴岡八幡宮に突き当たって右折。しばらく「山の鎌倉住宅エリア」を走る。ところどころ岩が切り立っているところがあって、これも鎌倉の切り通しの痕跡なのかななどと想像。鎌倉霊園の横を抜けて朝比奈のインターから横浜横須賀道路。
午後6時半帰宅で走行150キロ。
さてラストランはどこへツーリングしようか。
おしまい
ところで本日は春分の日なのに東京は雪! 自宅近くでは午前中に少し降った程度で、地面では溶けてしまい積もらなかったけれど。しかしニュースを見ると北部や標高の高いところではかなり本格的な雪景色になっている模様。なごり雪というのには遅すぎる。やはり気象が異常になっていくのはもう止まらないようで。
葉山の美術館で展覧会を見た後、バイクで湘南に来ることはしばらくないだろうから、もう少し走ろうかという気になる。湘南のシーサイドラインは国道134号線。葉山だけそれは内陸部を回っていて海沿いは県道207号線。これがいつも激混みなのに、この日はスイスイ走れた。ここで昼間に渋滞しなかったのは初めての経験かもしれない。
逗子で134号線に合流。海を眺めながら少し走ってやってきたのが稲村ヶ崎。
有名な由比ヶ浜と七里ヶ浜に挟まれた小さな海岸。どちらかというとマイナースポットだったはずが、1990年にサザンオールスターズの「稲村ジェーン」という映画で一躍有名になる。ところで稲村ジェーンのタイトル名は知っていても、どんな映画か知らない人のほうが多いと思う。私も見たことがないのでまったく知らない。
公園の入口の隙間から無理やりバイクで中へ入ることもできるが、
面倒なので路肩に駐車。これがバイクの便利なところ。
石碑が何本か。新田義貞の文字が見える。
彼が鎌倉幕府を攻めた時、この稲村ヶ崎を突破したのが戦いの大きな節目とされている。新田義貞は足利尊氏と並んで鎌倉時代後期のキープレーヤー。名前くらいは教科書で見たことがあるはず。でもあまり世間に取り上げられることのない人物。稲村ヶ崎にかかわるとそういうジンクスがあるのかも。
公園は上に続いていたので登る。
さらに上へ。
3段目のここが最上部。標高30メートルくらいか。それほど広くはない。
ローベルト・コッホの記念碑。
初めて聞く名前だが、結核菌やコレラ菌の発見者であり、ツベルクリンのワクチンを開発した医学者だった。来日した時に鎌倉の霊仙山から見た富士山をたいへん気に入ったらしい。そこに記念碑が建てられたが、地盤が弱体化したので稲村ヶ崎に移されたとある。ほらやっぱり、こんなに偉大な医学者なのに稲村ヶ崎とかかわるとメジャーになれない(^^ゞ
ちなみに霊仙(りょうぜん)山も初耳。調べてみると今は地名として残っていない。また山と名前はついているが、稲村ヶ崎から500メートルほど北東にある小高い丘のことだった。地名で言うなら極楽寺あたり。
公園を見おろす。ビーチは短いし砂浜部分も狭い。ところで134号線は走っているとなかなかいい感じなのだが、こうやって写真で見るとただの田舎道路(^^ゞ
「ヶ崎」な風景。
下に降りる。
公園の真下は岩肌。
時々こうなるので先端まで進めず。
♪江ノ島が見えてきた〜 真逆光なのでやたら暗く写っている。
ここからの帰り道の選択肢は2つ。茅ヶ崎まで走って新湘南バイパス〜圏央道〜東名高速か、あるいは逗子方面に戻って横浜横須賀道路〜横浜新道〜第三京浜。もう少し海岸ツーリングを楽しみたい気持ちもあったが、遠回りになるし交通量も増えてきたので後者を選択。
由比ヶ浜の途中でナビが左折と指示したので従うと、そこは鎌倉のメインストリートつまり鶴岡八幡宮への参道。大渋滞ならUターンして逗子インターを目指そうと考えたが、意外とすんなり走れた。この鎌倉駅前エリアに足を踏み入れるのは20年振りくらいかなあ。基本は変わっていないが、ずいぶんときれいにまたモダンになっていた。
鶴岡八幡宮に突き当たって右折。しばらく「山の鎌倉住宅エリア」を走る。ところどころ岩が切り立っているところがあって、これも鎌倉の切り通しの痕跡なのかななどと想像。鎌倉霊園の横を抜けて朝比奈のインターから横浜横須賀道路。
午後6時半帰宅で走行150キロ。
さてラストランはどこへツーリングしようか。
おしまい
wassho at 20:18|Permalink│Comments(0)│
2018年03月19日
バイクで美術館をハシゴ 燈明崎〜神奈川県立近代美術館・葉山館編
横須賀美術館を後にして向かったのは、私が東京から一番近い楽園と呼んでいる燈明崎。横須賀市の浦賀にある小さな岬だが、その海岸がとても美しい。何度か来てもう見慣れた感もあるが、最初に訪れた時は「こんなところにこんな場所が」と本当に驚いた。
海を背景に取れる場所にバイクを駐めて。
看板のない場所にすべきだった。
水や砂浜のきれいさがわかるかな?
ここは燈明堂という日本で最初の和式灯台が、江戸時代に設置された場所でもある。
岬の入口。岬を境に左右に砂浜がある。楽園は左側。
50メートルほどの小さな砂浜だが、砂は真っ白。
クラゲが打ち上げられていた。触ってみるとだいたい想像通りのプニョプニョ感。
血管のような筋模様があるクラゲも。
なぜかこのピンク色の海藻が好き。
砂浜と岩肌の両方があるのも燈明崎のいいところ。
右側の海岸は上から眺めるだけのつもりだったが、
大きな流木があったので。流木は大好物なのだ。
ちなみにGoogleで燈明崎と検索すると、本日現在で上から15番目くらいに私のブログが表示される。また同じく燈明崎での画像検索だと2番目がそのブログに載せた写真である。燈明崎の親善大使でもしようかな(^^ゞ
葉山に向けて出発。ペリー公園のある久里浜手前の開門橋を右折し県道212号線。しばらく進むと道路は県道27号線になりJR横須賀線の衣笠駅の前を通る。衣笠は横浜横須賀道路のインターチェンジがあるからよく目にする地名。しかし街中を走ったのは初めて。道路沿いにかなり長い商店街になっている。でも土曜日なのにシャッターが降りているお店も多かったかな。
そのまま進んで葉山町に入る。海岸線に降りてきたところが御用邸。その北隣が葉山しおさい公園で、そのまた隣が神奈川県立近代美術館の葉山館。その神奈川県立近代美術館は本館である1951年に開設された鎌倉館、鎌倉別館、葉山館の3館体制だったが、鎌倉館は建物老朽化で一昨年に閉鎖された。鎌倉別館も現在工事のために休館中。
葉山館は2003年開設だからモダンな建物。磨りガラス多し。
バイク駐車場完備。
エントランスはあっさりした雰囲気。
開催されていたのは堀文子展。
まとまって作品を観るのは初めて。しかし数年前にテレビの美術番組かドキュメンタリー番組で彼女の特集を見たような気がする。展覧会の感想はまた別の機会に。
展覧会を見終わって中庭のオブジェ。
もちろん海も眺められる。
沖合にヨットがいたが遠すぎて縦の線にしか写らない(^^ゞ
ちょっとした散策路があるのでブラブラ。
変わった枝振りの松と松ぼっくり。
やけに丸い石だと思ったら、これも作品らしい。
私のモダンアート嫌いは何度かこのブログでも書いてきたが、これはその中でも最低の部類。こんなものをアートだと思って作っている、思われて展示されていること自体に腹が立ってくる。激オコ(^^ゞ
このあたりは一色海岸という。壁が白い帯になっているのが御用邸。
ベンチでコーヒータイム。
出かける時は美術館を2軒ハシゴして、ここが最終目的地の予定だったが、もう少し先まで足を伸ばすことにした。
ーーー続く
海を背景に取れる場所にバイクを駐めて。
看板のない場所にすべきだった。
水や砂浜のきれいさがわかるかな?
ここは燈明堂という日本で最初の和式灯台が、江戸時代に設置された場所でもある。
岬の入口。岬を境に左右に砂浜がある。楽園は左側。
50メートルほどの小さな砂浜だが、砂は真っ白。
クラゲが打ち上げられていた。触ってみるとだいたい想像通りのプニョプニョ感。
血管のような筋模様があるクラゲも。
なぜかこのピンク色の海藻が好き。
砂浜と岩肌の両方があるのも燈明崎のいいところ。
右側の海岸は上から眺めるだけのつもりだったが、
大きな流木があったので。流木は大好物なのだ。
ちなみにGoogleで燈明崎と検索すると、本日現在で上から15番目くらいに私のブログが表示される。また同じく燈明崎での画像検索だと2番目がそのブログに載せた写真である。燈明崎の親善大使でもしようかな(^^ゞ
葉山に向けて出発。ペリー公園のある久里浜手前の開門橋を右折し県道212号線。しばらく進むと道路は県道27号線になりJR横須賀線の衣笠駅の前を通る。衣笠は横浜横須賀道路のインターチェンジがあるからよく目にする地名。しかし街中を走ったのは初めて。道路沿いにかなり長い商店街になっている。でも土曜日なのにシャッターが降りているお店も多かったかな。
そのまま進んで葉山町に入る。海岸線に降りてきたところが御用邸。その北隣が葉山しおさい公園で、そのまた隣が神奈川県立近代美術館の葉山館。その神奈川県立近代美術館は本館である1951年に開設された鎌倉館、鎌倉別館、葉山館の3館体制だったが、鎌倉館は建物老朽化で一昨年に閉鎖された。鎌倉別館も現在工事のために休館中。
葉山館は2003年開設だからモダンな建物。磨りガラス多し。
バイク駐車場完備。
エントランスはあっさりした雰囲気。
開催されていたのは堀文子展。
まとまって作品を観るのは初めて。しかし数年前にテレビの美術番組かドキュメンタリー番組で彼女の特集を見たような気がする。展覧会の感想はまた別の機会に。
展覧会を見終わって中庭のオブジェ。
もちろん海も眺められる。
沖合にヨットがいたが遠すぎて縦の線にしか写らない(^^ゞ
ちょっとした散策路があるのでブラブラ。
変わった枝振りの松と松ぼっくり。
やけに丸い石だと思ったら、これも作品らしい。
私のモダンアート嫌いは何度かこのブログでも書いてきたが、これはその中でも最低の部類。こんなものをアートだと思って作っている、思われて展示されていること自体に腹が立ってくる。激オコ(^^ゞ
このあたりは一色海岸という。壁が白い帯になっているのが御用邸。
ベンチでコーヒータイム。
出かける時は美術館を2軒ハシゴして、ここが最終目的地の予定だったが、もう少し先まで足を伸ばすことにした。
ーーー続く
wassho at 20:53|Permalink│Comments(0)│
2016年11月11日
大磯漁港・照ヶ崎海岸
小田原フラワーガーデンを後にして県道74号で小田原駅近くを通り、国道1号に入って大磯に向かう。立ち寄る海岸を大磯にしたのは、ひょっとしたら海を挟んで富士山が見えるかなと期待して。
小田原から大磯にかけての1号線は片側1車線で、道路沿いに微妙にひなびた建物があったりしていい雰囲気。なぜかここを走ると季節にかかわらず、子供の頃の夏休みの気分を思い出すのが不思議。しかし常に渋滞している。交通量もそこそこあるのだが、とてもゆっくり走るクルマが多いのも原因だと思う。この辺の人はノンビリしているのかな。超低速車が前にいたらちょっと強引にでも抜かないとペースが上がらないので、ここは瞬時の判断力が必要な道路でもある(^^ゞ
大磯漁港到着。500台規模の駐車場があるが、バイクは入れないみたいなので、車止めの横をすり抜けたりして奥に進み、この岸壁にいつも駐めている。
正面の建物が漁港の事務所かな。
釣りを楽しむ人多数。
漁船を眺めるのが意外と好き。
1隻出港していった。漁って朝早くに出かけるイメージがあるけれど違うのかな。
バイクを駐めた漁港から少し離れたところには、家族連れで釣りをしている人が多かった。漁港奥の防波堤にいるのはもう少しマニア度の高そうな釣り人。でも私がこのあたりをブラブラしている間に、魚を釣り上げたところは一度も見なかったから、腕前は五十歩百歩なのかも。
防波堤の切れ目。ここから漁船が出入りする。奥の突堤の向こう側がサーフィンのできる北浜。ここから見た限りあまり波もなさそうだったので、この日は足を伸ばさず。
大磯には3つの海岸がある。西側の旧吉田茂邸跡辺りが「こゆるぎの浜」。境目がよくわからないが東に進むと、それが照ヶ崎海岸と呼ばれる。そして大磯漁港を挟んでさらに東が北浜。なぜ東じゃなくて北浜なのかはナゾ。
一般に大磯海岸と呼ばれるのは北浜。サーフィンのポイント的には大磯メインとか大磯高校前とか場所によって細かく名前が変わる。また大磯ロングビーチというのは、旧吉田邸跡の近くにある大磯プリンスホテルのプール施設の名前で海岸とは関係ない。
漁港とは反対側の突堤の上を通って照ヶ崎海岸に行く。
写真の右側ギリギリ辺りに富士山があるのだが、この日は見えなかった。往きの東名から富士山がキレイに見えたので期待していたのに残念。逆光なので実際より暗く写っている。
海岸の一番東側は岩ゴツゴツな風景。
海岸に降りてブラブラしたり、海を眺めてボーッとしたり。
上の写真だと砂浜っぽく見えるが、波打ち際に岩があったりする。
海の景色も何となく冬が近いイメージ。
真ん中で折れたサーフボードが捨ててあった。照ヶ崎では普段サーフィンしている人はいないが、大きな波が来た時にトライしたのかな。それにしてもマナーのなっていないサーファーである。
国道1号の江ノ島方向はさらに渋滞がひどくなっていたので、西湘バイパスで二宮まで戻る。ただし西湘バイパスは大磯から二宮までは無料区間なのだが、下り(小田原方向)は二宮インターに出口がないため大磯ロングビーチ出前の分岐で降りることになる。少し1号線を走って、二宮から県道71号線で北上し秦野中井インターから東名。事故渋滞と自然渋滞があったが、なんとか切り抜けて午後5時過ぎに帰宅で走行175キロ。目的地とルート共に新鮮味のないツーリングではあったが、バラと海でそれなりに楽しめた。
おしまい
小田原から大磯にかけての1号線は片側1車線で、道路沿いに微妙にひなびた建物があったりしていい雰囲気。なぜかここを走ると季節にかかわらず、子供の頃の夏休みの気分を思い出すのが不思議。しかし常に渋滞している。交通量もそこそこあるのだが、とてもゆっくり走るクルマが多いのも原因だと思う。この辺の人はノンビリしているのかな。超低速車が前にいたらちょっと強引にでも抜かないとペースが上がらないので、ここは瞬時の判断力が必要な道路でもある(^^ゞ
大磯漁港到着。500台規模の駐車場があるが、バイクは入れないみたいなので、車止めの横をすり抜けたりして奥に進み、この岸壁にいつも駐めている。
正面の建物が漁港の事務所かな。
釣りを楽しむ人多数。
漁船を眺めるのが意外と好き。
1隻出港していった。漁って朝早くに出かけるイメージがあるけれど違うのかな。
バイクを駐めた漁港から少し離れたところには、家族連れで釣りをしている人が多かった。漁港奥の防波堤にいるのはもう少しマニア度の高そうな釣り人。でも私がこのあたりをブラブラしている間に、魚を釣り上げたところは一度も見なかったから、腕前は五十歩百歩なのかも。
防波堤の切れ目。ここから漁船が出入りする。奥の突堤の向こう側がサーフィンのできる北浜。ここから見た限りあまり波もなさそうだったので、この日は足を伸ばさず。
大磯には3つの海岸がある。西側の旧吉田茂邸跡辺りが「こゆるぎの浜」。境目がよくわからないが東に進むと、それが照ヶ崎海岸と呼ばれる。そして大磯漁港を挟んでさらに東が北浜。なぜ東じゃなくて北浜なのかはナゾ。
一般に大磯海岸と呼ばれるのは北浜。サーフィンのポイント的には大磯メインとか大磯高校前とか場所によって細かく名前が変わる。また大磯ロングビーチというのは、旧吉田邸跡の近くにある大磯プリンスホテルのプール施設の名前で海岸とは関係ない。
漁港とは反対側の突堤の上を通って照ヶ崎海岸に行く。
写真の右側ギリギリ辺りに富士山があるのだが、この日は見えなかった。往きの東名から富士山がキレイに見えたので期待していたのに残念。逆光なので実際より暗く写っている。
海岸の一番東側は岩ゴツゴツな風景。
海岸に降りてブラブラしたり、海を眺めてボーッとしたり。
上の写真だと砂浜っぽく見えるが、波打ち際に岩があったりする。
海の景色も何となく冬が近いイメージ。
真ん中で折れたサーフボードが捨ててあった。照ヶ崎では普段サーフィンしている人はいないが、大きな波が来た時にトライしたのかな。それにしてもマナーのなっていないサーファーである。
国道1号の江ノ島方向はさらに渋滞がひどくなっていたので、西湘バイパスで二宮まで戻る。ただし西湘バイパスは大磯から二宮までは無料区間なのだが、下り(小田原方向)は二宮インターに出口がないため大磯ロングビーチ出前の分岐で降りることになる。少し1号線を走って、二宮から県道71号線で北上し秦野中井インターから東名。事故渋滞と自然渋滞があったが、なんとか切り抜けて午後5時過ぎに帰宅で走行175キロ。目的地とルート共に新鮮味のないツーリングではあったが、バラと海でそれなりに楽しめた。
おしまい
wassho at 07:47|Permalink│Comments(0)│
2015年07月20日
西湘〜箱根をブラブラ
海の日だから海を見に行こうと思い立つ。
しかし
対岸の見える東京湾ではなく広い海が見たい。
でも湘南はもう混雑しているシーズン。
また夏はアクアラインのトンネルが40度近くになるので千葉には行きたくない。
そして、あまり遠くまで行くのも暑いので気が進まなかった。
ワガママ爆発(^^ゞ
それで西湘(せいしょう)バイパスのパーキングエリアからなら海が間近に見られることを思い出す。そこまでだけだとあまりに中途半端なので、箱根まで足を伸ばすことに。連休だけれど噴火の影響で人出は少ないかも知れない。
3月に東名と接続している圏央道が茅ヶ崎までつながった。正確には茅ヶ崎ジャンクションより先は、新湘南バイパスという有料道路を走って茅ヶ崎海岸インターまで走ることになる。今まで高速道路で湘南に行くには横浜横須賀道路の逗子インターで降りるルートしかなかった。逗子や葉山に行くなら便利だが、江ノ島やそれより西の鵠沼や茅ヶ崎が目的地なら、かなり離れたところに降りることになる。でも湘南の東と西に高速道路のインターチェンジができたのでアクセスは便利になった。しかしこれで、ますます湘南は混雑するだろう。
新グーグルマップはなぜか海老名ジャンクションと圏央道をつながず、その先の厚木インターを出たことになっている。茅ヶ崎からはしばらく一般道を走り、西湘バイパスから国道1号線で箱根に登った。箱根をグルッと回って芦ノ湖に降り、その後は芦ノ湖スカイライン〜箱根スカイラインを走り、長尾峠を401号線で御殿場に下って東名で帰るというルート。

出発は午前9時過ぎ。気温は30度ちょっと。今回から革パンもメッシュでクールベスト着用。目黒通りを環八に向かって走っていると、普段あまり取り締まりをしていないところでネズミ取り発見。先週は環七でもネズミ取りポイントが増えていたし、取り締まり地点の見直しをしているのかなあ。
東名に乗ると気温は33度くらいに。なぜ高速道路は一般道より気温が高いのか不思議。風通しはいいはずなのに。海老名ジャンクションから圏央道に入る。このルートの圏央道は初めて。まだあまり知られていないのか交通量は少なかった。新湘南バイパスを経由して茅ヶ崎海岸のインターで降りる。ゲートを出て数秒して気温が低いことに気付く。バイクの気温計を見ると28度。海風で涼しいような気がした。もっともバイクで走っているから風のことは余りわからないが。とにかく高速道路上とのあまりの温度差に驚いた。
新湘南バイパスはいずれ西湘バイパスまで延びるらしい。そうなるとほぼ同じルートと用途を担っている小田原厚木道路はどうなるんだろう。2本の高速道路を造るより湘南海岸沿いの134号線の渋滞をどうにかして欲しいね。
134号線を走っていると平塚の海岸がチラチラ見える。というか防風林に遮られてチラチラしか見えない。防風林から海岸へ出る小径に無理をすればバイクを駐められそうだったけれどやめておいた。残念ながら平塚の海岸には未だ出たことがない。
本来は西湘バイパスのパーキングエリアで海を眺めるつもりだったが、せっかく大磯を通るので以前も駐めたサーフショップの前で小休止。
防波堤をくぐると大磯メインと呼ばれるサーフポイント。
夏なので隣は海水浴場になっている。海水浴場としては北浜海岸という名前。
ビーチテニス。初めて見た。
海に浮かぶブイの向こう側がサーフィン禁止=海水浴場エリアだと思うが、
サーファーが数名浮いている。
波は腰くらいの高さ。天気もよくて楽しそう。
大磯漁港の先から国道1号線に入り、そのまま西湘バイパスに。私の知る限り関東エリアでは千葉の九十九里有料道路と並んで海がよく見える景色抜群の高速道路。走っているだけで気分がよくなってくる。
ただし、やたら飛ばすクルマやバイクも多い。この日も推定160キロくらいのスピードのバイクにぶち抜かれた。次のパーキングエリアにそのバイクも入ったのだが、ヘルメットを脱いだライダーを見てびっくり。たぶん75歳くらいの痩せこけたオジイチャン。足下もちょっと頼りなさげ。歳を取るとスピードの感覚がなくなるのか、 あるいはもう死ぬことなんて怖くない?(^^ゞ
西湘パーキングエリアに入る。
影になっているから本来のバイク駐車スペースに駐めたほうがよかったかも。
ご覧の通り、ここは海岸沿いのパーキングエリア。
西湘バイパスが海岸のすぐそばを通っていることがわかる。
先週は台風11号の高波で通行止めになった。
ベンチに座ってボケーッと海を眺めたいが、この季節は日よけがないので無理。
少しエメラルドブルーがかかったきれいな色の海。九十九里有料道路のパーキングエリアは海岸まで降りられるのに、西湘バイパスはフェンス越しなのが残念。でも海の日に海に出かけられてよかった。
ーーー続く
しかし
対岸の見える東京湾ではなく広い海が見たい。
でも湘南はもう混雑しているシーズン。
また夏はアクアラインのトンネルが40度近くになるので千葉には行きたくない。
そして、あまり遠くまで行くのも暑いので気が進まなかった。
ワガママ爆発(^^ゞ
それで西湘(せいしょう)バイパスのパーキングエリアからなら海が間近に見られることを思い出す。そこまでだけだとあまりに中途半端なので、箱根まで足を伸ばすことに。連休だけれど噴火の影響で人出は少ないかも知れない。
3月に東名と接続している圏央道が茅ヶ崎までつながった。正確には茅ヶ崎ジャンクションより先は、新湘南バイパスという有料道路を走って茅ヶ崎海岸インターまで走ることになる。今まで高速道路で湘南に行くには横浜横須賀道路の逗子インターで降りるルートしかなかった。逗子や葉山に行くなら便利だが、江ノ島やそれより西の鵠沼や茅ヶ崎が目的地なら、かなり離れたところに降りることになる。でも湘南の東と西に高速道路のインターチェンジができたのでアクセスは便利になった。しかしこれで、ますます湘南は混雑するだろう。
新グーグルマップはなぜか海老名ジャンクションと圏央道をつながず、その先の厚木インターを出たことになっている。茅ヶ崎からはしばらく一般道を走り、西湘バイパスから国道1号線で箱根に登った。箱根をグルッと回って芦ノ湖に降り、その後は芦ノ湖スカイライン〜箱根スカイラインを走り、長尾峠を401号線で御殿場に下って東名で帰るというルート。

出発は午前9時過ぎ。気温は30度ちょっと。今回から革パンもメッシュでクールベスト着用。目黒通りを環八に向かって走っていると、普段あまり取り締まりをしていないところでネズミ取り発見。先週は環七でもネズミ取りポイントが増えていたし、取り締まり地点の見直しをしているのかなあ。
東名に乗ると気温は33度くらいに。なぜ高速道路は一般道より気温が高いのか不思議。風通しはいいはずなのに。海老名ジャンクションから圏央道に入る。このルートの圏央道は初めて。まだあまり知られていないのか交通量は少なかった。新湘南バイパスを経由して茅ヶ崎海岸のインターで降りる。ゲートを出て数秒して気温が低いことに気付く。バイクの気温計を見ると28度。海風で涼しいような気がした。もっともバイクで走っているから風のことは余りわからないが。とにかく高速道路上とのあまりの温度差に驚いた。
新湘南バイパスはいずれ西湘バイパスまで延びるらしい。そうなるとほぼ同じルートと用途を担っている小田原厚木道路はどうなるんだろう。2本の高速道路を造るより湘南海岸沿いの134号線の渋滞をどうにかして欲しいね。
134号線を走っていると平塚の海岸がチラチラ見える。というか防風林に遮られてチラチラしか見えない。防風林から海岸へ出る小径に無理をすればバイクを駐められそうだったけれどやめておいた。残念ながら平塚の海岸には未だ出たことがない。
本来は西湘バイパスのパーキングエリアで海を眺めるつもりだったが、せっかく大磯を通るので以前も駐めたサーフショップの前で小休止。
防波堤をくぐると大磯メインと呼ばれるサーフポイント。
夏なので隣は海水浴場になっている。海水浴場としては北浜海岸という名前。
ビーチテニス。初めて見た。
海に浮かぶブイの向こう側がサーフィン禁止=海水浴場エリアだと思うが、
サーファーが数名浮いている。
波は腰くらいの高さ。天気もよくて楽しそう。
大磯漁港の先から国道1号線に入り、そのまま西湘バイパスに。私の知る限り関東エリアでは千葉の九十九里有料道路と並んで海がよく見える景色抜群の高速道路。走っているだけで気分がよくなってくる。
ただし、やたら飛ばすクルマやバイクも多い。この日も推定160キロくらいのスピードのバイクにぶち抜かれた。次のパーキングエリアにそのバイクも入ったのだが、ヘルメットを脱いだライダーを見てびっくり。たぶん75歳くらいの痩せこけたオジイチャン。足下もちょっと頼りなさげ。歳を取るとスピードの感覚がなくなるのか、 あるいはもう死ぬことなんて怖くない?(^^ゞ
西湘パーキングエリアに入る。
影になっているから本来のバイク駐車スペースに駐めたほうがよかったかも。
ご覧の通り、ここは海岸沿いのパーキングエリア。
西湘バイパスが海岸のすぐそばを通っていることがわかる。
先週は台風11号の高波で通行止めになった。
ベンチに座ってボケーッと海を眺めたいが、この季節は日よけがないので無理。
少しエメラルドブルーがかかったきれいな色の海。九十九里有料道路のパーキングエリアは海岸まで降りられるのに、西湘バイパスはフェンス越しなのが残念。でも海の日に海に出かけられてよかった。
ーーー続く
wassho at 23:01|Permalink│Comments(0)│
2015年06月28日
鵠沼海岸まで
6月20日のツーリングの最終回。
葉山しおさい公園から眺める海は見晴らしがよくなかったので、134号線を走ってどこかの海岸に降りることにした。といっても湘南海岸沿いでバイクを無料で駐められるところは限られている。最初の由比ヶ浜は道路がスムーズに流れていたのでスルー。稲村ヶ崎は入り口に少し無理やり駐めることになるが、自転車やスクーターがたくさんいたのでこれまたパス。
話は変わるが、最近江ノ電の鎌倉高校前駅がやたらブームになっているらしく、駅にも名所となっている坂道の踏切にも人が一杯いた。ここは駅が道路から少し高い位置にあるので海がよく見えるし、無人駅で自由に出入りできて昔から有名だったが、この日に見たプラットフォームはラッシュアワー並の混雑。ちなみに鎌倉高校前駅の裏手には墓地が広がっていることはあまり知られていない(^^ゞ
結局、江ノ島を超えて、いつもの鵠沼(くげぬま)に。
ここのバイク・自転車用の駐車場は広いので駐めやすい。
少し土手を登ると、
ウッドデッキのある場所に出た。
寝転がっているのはオッサンばかりじゃないか!
♪海は広いな大きいな〜
実は江ノ島には一度も行ったことがない。
サーフィンのスクールでもやっているのかと思ったが、
近づいてみるとライフセーバーの研修だった。
もうすぐ海開きである。
サーフィンできるような波ではなかったがサーファーは多数。
去年は30年ぶりにサーフィンに行った。増えた体重に対して友人から貸してもらったボードの浮力が足らずまったく波に乗れなかったが、プカプカ波待ちしているだけでも楽しかった。できたら今年も海に入りたいものだ。
その後は江ノ島まで戻って467号線で北上。1号線〜横浜新道〜第三京浜と乗り継いで午後5時半頃帰宅。走行125キロ。今回も距離は少なめ。梅雨が明けるまで長い距離はオアズケ。
おしまい
葉山しおさい公園から眺める海は見晴らしがよくなかったので、134号線を走ってどこかの海岸に降りることにした。といっても湘南海岸沿いでバイクを無料で駐められるところは限られている。最初の由比ヶ浜は道路がスムーズに流れていたのでスルー。稲村ヶ崎は入り口に少し無理やり駐めることになるが、自転車やスクーターがたくさんいたのでこれまたパス。
話は変わるが、最近江ノ電の鎌倉高校前駅がやたらブームになっているらしく、駅にも名所となっている坂道の踏切にも人が一杯いた。ここは駅が道路から少し高い位置にあるので海がよく見えるし、無人駅で自由に出入りできて昔から有名だったが、この日に見たプラットフォームはラッシュアワー並の混雑。ちなみに鎌倉高校前駅の裏手には墓地が広がっていることはあまり知られていない(^^ゞ
結局、江ノ島を超えて、いつもの鵠沼(くげぬま)に。
ここのバイク・自転車用の駐車場は広いので駐めやすい。
少し土手を登ると、
ウッドデッキのある場所に出た。
寝転がっているのはオッサンばかりじゃないか!
♪海は広いな大きいな〜
実は江ノ島には一度も行ったことがない。
サーフィンのスクールでもやっているのかと思ったが、
近づいてみるとライフセーバーの研修だった。
もうすぐ海開きである。
サーフィンできるような波ではなかったがサーファーは多数。
去年は30年ぶりにサーフィンに行った。増えた体重に対して友人から貸してもらったボードの浮力が足らずまったく波に乗れなかったが、プカプカ波待ちしているだけでも楽しかった。できたら今年も海に入りたいものだ。
その後は江ノ島まで戻って467号線で北上。1号線〜横浜新道〜第三京浜と乗り継いで午後5時半頃帰宅。走行125キロ。今回も距離は少なめ。梅雨が明けるまで長い距離はオアズケ。
おしまい
wassho at 11:50|Permalink│Comments(0)│
2015年06月27日
葉山しおさい公園
6月20日のツーリングの続き。
横須賀しょうぶ園を出た後は葉山に向かった。ショウブとアジサイで結構お腹一杯だったけれど、ここまで来て海を見ないで帰るのはもったいない。前回のツーリングは東京湾側だったので今回は湘南海岸へ。葉山公園から海岸に出てボケーッとしようと思ったが、今のシーズンは駐車場が有料なので(といっても110円だが)、どうせお金を払うのならと隣の葉山しおさい公園に行くことにした。
葉山しおさい公園の入り口。
何となく徒歩でしか入れないような雰囲気だったので今まで敬遠していた。
でも門をくぐった先に20台分程度の駐車場があって、バイクはその奥の自転車置き場に駐める。駐車料金は無料という設定だが300円の入園料は必要。
葉山しおさい公園は葉山御用邸・付属邸の跡地。付属邸というのは御用邸隣にあった明治貴族の別荘を買い上げて御用邸の一部としていたらしい。そして関東大震災で御用邸本邸が修理中の期間に、付属邸で静養中だった大正天皇が崩御。皇太子だった昭和天皇が付属邸に駆けつけ、この場所で践祚(せんそ)を行った。践祚とは天皇の地位を引き継ぐことで、その後に皇位継承を内外に示す儀式が即位の礼である。践祚は前天皇が亡くなった場所で行うものなのかな。
ともかく今は公園となっているこの地から昭和は始まった訳で、ここは昭和生まれの人間にとっては聖地なのである?
公園を奥に進んでいく。
最初にあらわれるのは葉山しおさい博物館。入館料は公園の入園料に含まれる。
クラシックなヨットの展示。
美しく典雅な雰囲気を醸し出していると「言われている」と他人まかせな表現である。
このヨットは天皇陛下から賜ったもの。天皇陛下とは昭和天皇のことかな?
1人乗りだけれど、天皇が操縦して海に出たの?
地下に降りていくと
海の博物館的な展示で葉山の海の生物を紹介している。
葉山にこんな大きなタカアシガニがいるとは。伊豆の西海岸とか沼津、つまり駿河湾の名物だから隣の相模湾にいてもそれほど不思議ではないが。残念ながらタカアシガニはまだ食べたことがない。
昭和天皇が海洋生物の研究をしていたことはよくニュースなんかでも見た。それにしても久しぶりに見る昭和天皇と皇后。あれからもう27年かあ。
葉山しおさい博物館を出て海の方に進むと日本庭園のエリア。
「湘南海岸と日本庭園」ーーーあまりイメージ的にしっくりこないのは私が湘南を海岸沿いしか知らないからかな。
きれいな庭をさらに奥に進むと、
噴井(ふけい)の滝というのがあった。庭として造られた滝だが、公園の中に川や水路はないから水は湧き出しているものなんだろうか?
水が落ちる途中に石を出っ張らせて、水が飛び散るようにしてあるのはなかなかのアイデア。落差は2.5メートルくらいの小さな滝だから、これがなかったらショボかったかもしれない。いつものように水しぶきを撮るためにシャッタースピードを上げて撮影したが、上げ方が足らなかったのか水しぶきがぶれてしまった。
滝の先は松林の中を抜けていく。
ここが一番海に近いところ。公園から海岸には出られない。
ベンチがあるのはいいとして、コンクリートの柱は何? 屋根が飛んだのかな? でも屋根を乗せるにしては高さが足りないような。ナゾ
海の家組み立て中。このあたりは一色海岸という。
その向こうに小さく見える白い壁が御用邸。昔は御用邸本邸と付属邸がつながっていたのかどうかは知らないが、今は間に住宅地がある。
少し御用邸側に進む。園内にはたくさんアジサイが咲いている。でも横須賀しょうぶ園で見てきたばかりなので感激うすし。
芝生の広場があった。気持ちのいい空間。
広場の片隅にある井戸。
何も書かれていなかったので、謂われのある井戸ではなさそう。
駐車場に戻る途中にあった潮見亭という休憩室。皇太子殿下ご成婚記念らしいが、皇太子夫妻がここを利用したかどうかは不明。またヨットの説明と同じく「〜とする説があります」と責任を持った書き方をしないのはこの公園の特徴なのか。1993年のことくらいしっかり調べて説明しろよと思う。
手前が六角堂で奥が茶室ということになっている。
でも茶室といっても中は食堂みたいな作りだった。
その茶室には人がいたので六角堂でしばらく休憩。
作りはまったくごく普通で、ご成婚記念の立派なものを期待すると拍子抜けする。ただトイレの男子便器は今まで見たことがないくらい大きなサイズだった。ここに来たら男性は是非トイレに行きましょう。
駐車場の手前に咲いていたユリの花。花は美しかったが、写真はピンぼけだったり、花にクモの巣が掛かっていたりしている。
葉山しおさい公園は約1.8ヘクタール(5500坪)。しかし半分以上を松林が占めているし、横須賀しょうぶ園を訪れた後だったので、それほど広い感じはしなかった。ここは御用邸の付属邸の跡地というだけで何か歴史的なものが残っている訳ではない。考えてみれば日本庭園と博物館という変わった構成の公園である。日本庭園はごく平凡な造りだし、博物館も夏休みの宿題のネタにはなるかな程度。
だから、わざわざ目指して来るような場所じゃない。葉山での暇つぶしになら周りとは少し違う雰囲気を味わえるといったところ。路地を挟んだ隣は神奈川県立美術館・葉山館なのでセットで見て回るのもいいかも。ただし公園は再入場不可だから駐車場を利用するなら美術館に駐める必要がある。
ーーー続く
横須賀しょうぶ園を出た後は葉山に向かった。ショウブとアジサイで結構お腹一杯だったけれど、ここまで来て海を見ないで帰るのはもったいない。前回のツーリングは東京湾側だったので今回は湘南海岸へ。葉山公園から海岸に出てボケーッとしようと思ったが、今のシーズンは駐車場が有料なので(といっても110円だが)、どうせお金を払うのならと隣の葉山しおさい公園に行くことにした。
葉山しおさい公園の入り口。
何となく徒歩でしか入れないような雰囲気だったので今まで敬遠していた。
でも門をくぐった先に20台分程度の駐車場があって、バイクはその奥の自転車置き場に駐める。駐車料金は無料という設定だが300円の入園料は必要。
葉山しおさい公園は葉山御用邸・付属邸の跡地。付属邸というのは御用邸隣にあった明治貴族の別荘を買い上げて御用邸の一部としていたらしい。そして関東大震災で御用邸本邸が修理中の期間に、付属邸で静養中だった大正天皇が崩御。皇太子だった昭和天皇が付属邸に駆けつけ、この場所で践祚(せんそ)を行った。践祚とは天皇の地位を引き継ぐことで、その後に皇位継承を内外に示す儀式が即位の礼である。践祚は前天皇が亡くなった場所で行うものなのかな。
ともかく今は公園となっているこの地から昭和は始まった訳で、ここは昭和生まれの人間にとっては聖地なのである?
公園を奥に進んでいく。
最初にあらわれるのは葉山しおさい博物館。入館料は公園の入園料に含まれる。
クラシックなヨットの展示。
美しく典雅な雰囲気を醸し出していると「言われている」と他人まかせな表現である。
このヨットは天皇陛下から賜ったもの。天皇陛下とは昭和天皇のことかな?
1人乗りだけれど、天皇が操縦して海に出たの?
地下に降りていくと
海の博物館的な展示で葉山の海の生物を紹介している。
葉山にこんな大きなタカアシガニがいるとは。伊豆の西海岸とか沼津、つまり駿河湾の名物だから隣の相模湾にいてもそれほど不思議ではないが。残念ながらタカアシガニはまだ食べたことがない。
昭和天皇が海洋生物の研究をしていたことはよくニュースなんかでも見た。それにしても久しぶりに見る昭和天皇と皇后。あれからもう27年かあ。
葉山しおさい博物館を出て海の方に進むと日本庭園のエリア。
「湘南海岸と日本庭園」ーーーあまりイメージ的にしっくりこないのは私が湘南を海岸沿いしか知らないからかな。
きれいな庭をさらに奥に進むと、
噴井(ふけい)の滝というのがあった。庭として造られた滝だが、公園の中に川や水路はないから水は湧き出しているものなんだろうか?
水が落ちる途中に石を出っ張らせて、水が飛び散るようにしてあるのはなかなかのアイデア。落差は2.5メートルくらいの小さな滝だから、これがなかったらショボかったかもしれない。いつものように水しぶきを撮るためにシャッタースピードを上げて撮影したが、上げ方が足らなかったのか水しぶきがぶれてしまった。
滝の先は松林の中を抜けていく。
ここが一番海に近いところ。公園から海岸には出られない。
ベンチがあるのはいいとして、コンクリートの柱は何? 屋根が飛んだのかな? でも屋根を乗せるにしては高さが足りないような。ナゾ
海の家組み立て中。このあたりは一色海岸という。
その向こうに小さく見える白い壁が御用邸。昔は御用邸本邸と付属邸がつながっていたのかどうかは知らないが、今は間に住宅地がある。
少し御用邸側に進む。園内にはたくさんアジサイが咲いている。でも横須賀しょうぶ園で見てきたばかりなので感激うすし。
芝生の広場があった。気持ちのいい空間。
広場の片隅にある井戸。
何も書かれていなかったので、謂われのある井戸ではなさそう。
駐車場に戻る途中にあった潮見亭という休憩室。皇太子殿下ご成婚記念らしいが、皇太子夫妻がここを利用したかどうかは不明。またヨットの説明と同じく「〜とする説があります」と責任を持った書き方をしないのはこの公園の特徴なのか。1993年のことくらいしっかり調べて説明しろよと思う。
手前が六角堂で奥が茶室ということになっている。
でも茶室といっても中は食堂みたいな作りだった。
その茶室には人がいたので六角堂でしばらく休憩。
作りはまったくごく普通で、ご成婚記念の立派なものを期待すると拍子抜けする。ただトイレの男子便器は今まで見たことがないくらい大きなサイズだった。ここに来たら男性は是非トイレに行きましょう。
駐車場の手前に咲いていたユリの花。花は美しかったが、写真はピンぼけだったり、花にクモの巣が掛かっていたりしている。
葉山しおさい公園は約1.8ヘクタール(5500坪)。しかし半分以上を松林が占めているし、横須賀しょうぶ園を訪れた後だったので、それほど広い感じはしなかった。ここは御用邸の付属邸の跡地というだけで何か歴史的なものが残っている訳ではない。考えてみれば日本庭園と博物館という変わった構成の公園である。日本庭園はごく平凡な造りだし、博物館も夏休みの宿題のネタにはなるかな程度。
だから、わざわざ目指して来るような場所じゃない。葉山での暇つぶしになら周りとは少し違う雰囲気を味わえるといったところ。路地を挟んだ隣は神奈川県立美術館・葉山館なのでセットで見て回るのもいいかも。ただし公園は再入場不可だから駐車場を利用するなら美術館に駐める必要がある。
ーーー続く
wassho at 15:03|Permalink│Comments(0)│
2014年05月28日
湘南海岸公園 鵠沼海岸
5月24日のツーリング後半。
花菜ガーデンでバラを見た後は湘南の海岸を散歩してきた。
県道62号線を南下すれば、途中で国道1号線をまたいで5〜6キロ程で湘南の海岸通りである国道134号線に出る。平塚市の西隣は大磯町で、62号線はごく短い区間だけ大磯町も通る。ココから大磯町と示す標識を見かけると、大磯を訪れてからまだ2週間しか経っていないのにやたら懐かしい気分。
ところで湘南は江ノ島を境に東西でまったく地形が違う。
江ノ島の東側、具体的には鎌倉、逗子、葉山そして三浦半島にいたるエリアは基本的に丘陵が海岸線近くまで伸びている。だから岩場の海岸も多いし、砂浜であっても幅(波打ち際までの距離の意味)が狭い。それに対して江ノ島の西側である藤沢、茅ヶ崎、平塚あたりは平野で砂浜の幅も広め。
航空写真で見たらわかりやすいかも。
江ノ島の西側は砂浜が広くて砂が多く、そして海と陸の高低差があまりないからだと思うが海岸沿いには切れ目なく防砂林が植えられている。一般的には防風林ということが多いかな。この地域の生活には欠かせないものだとは重々承知している。でもやっぱり道路から海岸が見えないのでつまらない。
この日は134号線に出ると、つまりは海岸沿いを走ると相当に風が強かった。平塚と茅ヶ崎の境目である相模川を渡る橋の上ではちょっとビビるレベル。橋の上にこそ防風林を植えてくれ〜!
そのまま東に進むと昔は単に茅ヶ崎海岸と呼ばれていたサザンビーチ、そして辻堂海岸と過ぎて江ノ島の少し手前からが鵠沼海岸(くげぬま)になる。江ノ島の一番手前が片瀬海岸。その片瀬海岸から鵠沼海岸の半分くらいが湘南海岸公園と呼ばれている。公園といっても海岸の利用に便利なように整備したとの意味であって、海岸周辺に公園としての敷地が別にあるわけではない。片瀬海岸には2004年に新江ノ島水族館ができてとても賑やかになった。
ちなみにここ藤沢市の湘南海岸公園とは別に、平塚市にも同じ名前の湘南海岸公園がある。藤沢市の公園は神奈川県立だが平塚は市立で規模はずいぶんと小さいみたい。しかし隣の隣の町でなぜ公園の名前を同じにするかなあ。もっと離れていたって問題だけど。
湘南海岸公園の西部駐車場。この公園には4つの大きな駐車場がある。そのうち西部と中部の駐車場の手前には駐輪場があってバイクも無料で駐められる。4つの駐車場はクルマ専用でバイクは入れない(と思う)。近くに住んでいるサーファーはスクーターや自転車にサーフボードを積んでやってくる。
ちょこちょこと坂を登っていくと、
これが鵠沼海岸。このビーチに足を踏み入れたのはウン十年ぶり。
写真をクリックして拡大すると、風が強くて砂浜に風紋ができているのがわかる。
江ノ島方向。
海の家を組み立て中。
茅ヶ崎方向。
ビーチの幅がとても広い。
海に入っているサーファーはそこそこいたけれど、風でできただけのクシャクシャ波だから乗れている人はいなかった。
サーフな光景。
鵠沼海岸は日本のサーフィン発祥の地。
ただし発祥の地とされる、あるいはそう主張している海岸はいくつもある。
これはいつものローアングル。
ブラブラと散歩。
自転車やスクーターには、こんなキャリアをつけてサーフボードを運ぶ。サーフボードはそれなりの面積があるので風がある時はよろけないのだろうか?
ビーチバレーのコート。
ビーチバレーが日本で最初におこなわれたのも鵠沼海岸とされている。
強風注意の電光掲示板。写真だとノボリが普通に見えるが実際は引きちぎれんばかりにはためいている。後ろの建物はサーフビレッジと呼ばれる施設。シャワーやロッカーなどの他に貸しホールや展示会場などがあるらしい。海辺にある公民館のようなものか? このあたりが湘南海岸公園の西詰めである。
東の江ノ島方向に歩く。
津波避難タワー。
こんなもののお世話にならないように願おう。
堤防上部の幅は全体的に広いが、公園の中央部分は特に広くなっている。
堤防の奥(陸側)には芝生スペースもかなりある。
ライフセーバーの人たち。ライフセーバーも日本での始まりは鵠沼海岸。とにかく鵠沼はビーチ文化の母ともいえるエリアである。
海岸のところどころにレスキューボードが置いてあった。
今の時期は予行演習中なのだろう。
片瀬海岸まで歩いてきた。つまり公園の東側。
写真中央から右側に伸びている背の低い建物群が新江ノ島水族館。
ここからだと江ノ島は目の前である。
長さ2キロの公園を一往復したから4キロの散歩。花菜ガーデンの分も入れたらこの日はよく歩いた。やはり海を見たり海辺を散歩すると、リラックスするというかリフレッシュできるというかストレスが抜けるというか、まあとにかく元気になる。私の場合、岩場より砂浜の海岸のほうがその効果は高いみたい。広い海面と同様に広い砂浜も心を解きほぐす作用があるのではないかと思っている。でも問題はずっと海岸にいられないこと(^^ゞ
予定ではこの後、新江ノ島水族館か江ノ島のどちらかを回るつもりだった。しかし花菜ガーデンで長居したので、そのまま帰るとする。腹八分目のほうが次のツーリングのモチベーションも上がってヨシ。
藤沢を抜けて戸塚から横浜新道〜第三京浜で午後5時頃に帰宅。走行130キロ。ガレージで久しぶりにバイクをフキフキしていたわる。リアフェンダーとかエンジンの下とかにはドロがへばりついているがそれは見なかったことにしよう。
今回のバイクでハイクは
春バラを
抱きしめたいが
トゲがある(^^ゞ
おしまい
花菜ガーデンでバラを見た後は湘南の海岸を散歩してきた。
県道62号線を南下すれば、途中で国道1号線をまたいで5〜6キロ程で湘南の海岸通りである国道134号線に出る。平塚市の西隣は大磯町で、62号線はごく短い区間だけ大磯町も通る。ココから大磯町と示す標識を見かけると、大磯を訪れてからまだ2週間しか経っていないのにやたら懐かしい気分。
ところで湘南は江ノ島を境に東西でまったく地形が違う。
江ノ島の東側、具体的には鎌倉、逗子、葉山そして三浦半島にいたるエリアは基本的に丘陵が海岸線近くまで伸びている。だから岩場の海岸も多いし、砂浜であっても幅(波打ち際までの距離の意味)が狭い。それに対して江ノ島の西側である藤沢、茅ヶ崎、平塚あたりは平野で砂浜の幅も広め。
航空写真で見たらわかりやすいかも。
江ノ島の西側は砂浜が広くて砂が多く、そして海と陸の高低差があまりないからだと思うが海岸沿いには切れ目なく防砂林が植えられている。一般的には防風林ということが多いかな。この地域の生活には欠かせないものだとは重々承知している。でもやっぱり道路から海岸が見えないのでつまらない。
この日は134号線に出ると、つまりは海岸沿いを走ると相当に風が強かった。平塚と茅ヶ崎の境目である相模川を渡る橋の上ではちょっとビビるレベル。橋の上にこそ防風林を植えてくれ〜!
そのまま東に進むと昔は単に茅ヶ崎海岸と呼ばれていたサザンビーチ、そして辻堂海岸と過ぎて江ノ島の少し手前からが鵠沼海岸(くげぬま)になる。江ノ島の一番手前が片瀬海岸。その片瀬海岸から鵠沼海岸の半分くらいが湘南海岸公園と呼ばれている。公園といっても海岸の利用に便利なように整備したとの意味であって、海岸周辺に公園としての敷地が別にあるわけではない。片瀬海岸には2004年に新江ノ島水族館ができてとても賑やかになった。
ちなみにここ藤沢市の湘南海岸公園とは別に、平塚市にも同じ名前の湘南海岸公園がある。藤沢市の公園は神奈川県立だが平塚は市立で規模はずいぶんと小さいみたい。しかし隣の隣の町でなぜ公園の名前を同じにするかなあ。もっと離れていたって問題だけど。
湘南海岸公園の西部駐車場。この公園には4つの大きな駐車場がある。そのうち西部と中部の駐車場の手前には駐輪場があってバイクも無料で駐められる。4つの駐車場はクルマ専用でバイクは入れない(と思う)。近くに住んでいるサーファーはスクーターや自転車にサーフボードを積んでやってくる。
ちょこちょこと坂を登っていくと、
これが鵠沼海岸。このビーチに足を踏み入れたのはウン十年ぶり。
写真をクリックして拡大すると、風が強くて砂浜に風紋ができているのがわかる。
江ノ島方向。
海の家を組み立て中。
茅ヶ崎方向。
ビーチの幅がとても広い。
海に入っているサーファーはそこそこいたけれど、風でできただけのクシャクシャ波だから乗れている人はいなかった。
サーフな光景。
鵠沼海岸は日本のサーフィン発祥の地。
ただし発祥の地とされる、あるいはそう主張している海岸はいくつもある。
これはいつものローアングル。
ブラブラと散歩。
自転車やスクーターには、こんなキャリアをつけてサーフボードを運ぶ。サーフボードはそれなりの面積があるので風がある時はよろけないのだろうか?
ビーチバレーのコート。
ビーチバレーが日本で最初におこなわれたのも鵠沼海岸とされている。
強風注意の電光掲示板。写真だとノボリが普通に見えるが実際は引きちぎれんばかりにはためいている。後ろの建物はサーフビレッジと呼ばれる施設。シャワーやロッカーなどの他に貸しホールや展示会場などがあるらしい。海辺にある公民館のようなものか? このあたりが湘南海岸公園の西詰めである。
東の江ノ島方向に歩く。
津波避難タワー。
こんなもののお世話にならないように願おう。
堤防上部の幅は全体的に広いが、公園の中央部分は特に広くなっている。
堤防の奥(陸側)には芝生スペースもかなりある。
ライフセーバーの人たち。ライフセーバーも日本での始まりは鵠沼海岸。とにかく鵠沼はビーチ文化の母ともいえるエリアである。
海岸のところどころにレスキューボードが置いてあった。
今の時期は予行演習中なのだろう。
片瀬海岸まで歩いてきた。つまり公園の東側。
写真中央から右側に伸びている背の低い建物群が新江ノ島水族館。
ここからだと江ノ島は目の前である。
長さ2キロの公園を一往復したから4キロの散歩。花菜ガーデンの分も入れたらこの日はよく歩いた。やはり海を見たり海辺を散歩すると、リラックスするというかリフレッシュできるというかストレスが抜けるというか、まあとにかく元気になる。私の場合、岩場より砂浜の海岸のほうがその効果は高いみたい。広い海面と同様に広い砂浜も心を解きほぐす作用があるのではないかと思っている。でも問題はずっと海岸にいられないこと(^^ゞ
予定ではこの後、新江ノ島水族館か江ノ島のどちらかを回るつもりだった。しかし花菜ガーデンで長居したので、そのまま帰るとする。腹八分目のほうが次のツーリングのモチベーションも上がってヨシ。
藤沢を抜けて戸塚から横浜新道〜第三京浜で午後5時頃に帰宅。走行130キロ。ガレージで久しぶりにバイクをフキフキしていたわる。リアフェンダーとかエンジンの下とかにはドロがへばりついているがそれは見なかったことにしよう。
今回のバイクでハイクは
春バラを
抱きしめたいが
トゲがある(^^ゞ
おしまい
wassho at 23:10|Permalink│Comments(0)│
2014年05月27日
花菜ガーデン その2
バラ園を一通り見終わる。
写真でもわかるように花菜ガーデンはまわりに高い建物がないのが素晴らしい。
園内をブラブラ歩いていくと「見晴らしデッキ」という名前の、少し小高い場所に作られた展望台がある。普通の展望台は高いところから下を眺めるものだが、これは周りの山を下から眺めるのが目的の変わった展望台。展望台の写真は撮り忘れた。
山には雲がかかっているが、デッキを造って眺める価値はある景色。新緑の季節感もあってどことなくすがすがしい。写真左側が丹沢山系。右側は頂上が雲で隠れている大山(おおやま)1252メートル。中腹にある大山寺は紅葉で有名でそのうち行きたいと思っている。
これはセンターフィールドと名付けられた、いわば中央芝生広場。
写真左奥がバラ園へ向かう道である。
センターフィールドと見晴らしデッキにつながる斜面にポピーが植えられていた。青い花が混じって植えられているのが珍しい。
もうちょっとアップで。
青い花はヤグルマギク。矢車草とも呼ぶが同じ名前で別の花もある。矢車とは鯉のぼりのポールの先端につける、矢を組み合わせた形の風車みたいなもの。あまりこの花と似ているとはいえないが。すでに花絨毯としての盛りは過ぎていたものの、青い花は少ないので見られただけ儲けもの。
ポピー=ひなげし。
花びらが散った後のポピーって、ちょっと不気味(^^ゞ
センターフィールドの一部ではバラの苗が販売されている。
テントを張っているのは園芸店で土や肥料、農薬なども売っていた。
恒例の?お値段チェック!
畳1枚くらいの花壇を作るなら7〜8万円近く必要かな。バラは基本的に種まきではなく接ぎ木で増やすから最初は苗を買うことになる。ところで枝を地面に植えることを接ぎ木と思っている人が多いみたい。それは挿し木で、接ぎ木とは別だから興味があったら検索してみて。
入場ゲート付近の建物で人が吸い込まれていくのは、
バラ展だった。しかも記念すべき?第1回。
要はいろんな種類のバラの室内展示。
このテーブルは日本大学の生物資源学部が出品。
こっちは藤沢バラ会という団体。
平塚の東隣が茅ヶ崎で、その東が藤沢である。
菊の展示会でよく見るような育て方もあった。
ここは室内なのでバラの香りが超濃厚。それぞれのバラは状態も完璧でキレイ。しかしまさに今、バラ園で山ほどバラを見てきたばかりなので、それほど感激しなかったというのが正直なところ。これがもし、ふらっと立ち寄ったデパートなどのイベント会場ででも開催されていたら興奮したかもしれない。市内で展示して花菜ガーデンに誘導するというやり方のほうが効果的のように思える。ただし、それぞれに品種が書かれたネームプレートが付いているから、バラの勉強をしたい人にはいいかも。
別の展示室ではバラとは関係なく盆栽の展示会。嫌いじゃないんだけれど、バラを見た後に盆栽を見ても気持ちの切り替えが追いつかず1分くらいで退出。ごめんね盆栽ちゃん。
その後、芝生広場の屋台で「湘南名物しらす丼」とやらを買って食べ、花菜ガーデンを出たのが午後1時前。今までバイクで訪れたバラ園は四カ所とも超有名どころ。まったくそれらに引けを取らないと断言できる。開放感は断トツだし湘南の海を見て帰ることもできるからお勧めのバラ園である。後で知ったのだが箱根のポーラ美術館の半券を持っていると100円引きの420円になる。しまった!と思ったが、半券なんて残していないし。次にポーラ美術館に行ったら大切に保管しておこう。
帰る時にはチケットを買う人の列がレンズに収まりらないほどに。駐車場待ちのクルマも道路に数十台。園内は広いから、それほど混雑感はないけれど来るならできるだけ早く来ましょう。
ーーー続く
写真でもわかるように花菜ガーデンはまわりに高い建物がないのが素晴らしい。
園内をブラブラ歩いていくと「見晴らしデッキ」という名前の、少し小高い場所に作られた展望台がある。普通の展望台は高いところから下を眺めるものだが、これは周りの山を下から眺めるのが目的の変わった展望台。展望台の写真は撮り忘れた。
山には雲がかかっているが、デッキを造って眺める価値はある景色。新緑の季節感もあってどことなくすがすがしい。写真左側が丹沢山系。右側は頂上が雲で隠れている大山(おおやま)1252メートル。中腹にある大山寺は紅葉で有名でそのうち行きたいと思っている。
これはセンターフィールドと名付けられた、いわば中央芝生広場。
写真左奥がバラ園へ向かう道である。
センターフィールドと見晴らしデッキにつながる斜面にポピーが植えられていた。青い花が混じって植えられているのが珍しい。
もうちょっとアップで。
青い花はヤグルマギク。矢車草とも呼ぶが同じ名前で別の花もある。矢車とは鯉のぼりのポールの先端につける、矢を組み合わせた形の風車みたいなもの。あまりこの花と似ているとはいえないが。すでに花絨毯としての盛りは過ぎていたものの、青い花は少ないので見られただけ儲けもの。
ポピー=ひなげし。
花びらが散った後のポピーって、ちょっと不気味(^^ゞ
センターフィールドの一部ではバラの苗が販売されている。
テントを張っているのは園芸店で土や肥料、農薬なども売っていた。
恒例の?お値段チェック!
畳1枚くらいの花壇を作るなら7〜8万円近く必要かな。バラは基本的に種まきではなく接ぎ木で増やすから最初は苗を買うことになる。ところで枝を地面に植えることを接ぎ木と思っている人が多いみたい。それは挿し木で、接ぎ木とは別だから興味があったら検索してみて。
入場ゲート付近の建物で人が吸い込まれていくのは、
バラ展だった。しかも記念すべき?第1回。
要はいろんな種類のバラの室内展示。
このテーブルは日本大学の生物資源学部が出品。
こっちは藤沢バラ会という団体。
平塚の東隣が茅ヶ崎で、その東が藤沢である。
菊の展示会でよく見るような育て方もあった。
ここは室内なのでバラの香りが超濃厚。それぞれのバラは状態も完璧でキレイ。しかしまさに今、バラ園で山ほどバラを見てきたばかりなので、それほど感激しなかったというのが正直なところ。これがもし、ふらっと立ち寄ったデパートなどのイベント会場ででも開催されていたら興奮したかもしれない。市内で展示して花菜ガーデンに誘導するというやり方のほうが効果的のように思える。ただし、それぞれに品種が書かれたネームプレートが付いているから、バラの勉強をしたい人にはいいかも。
別の展示室ではバラとは関係なく盆栽の展示会。嫌いじゃないんだけれど、バラを見た後に盆栽を見ても気持ちの切り替えが追いつかず1分くらいで退出。ごめんね盆栽ちゃん。
その後、芝生広場の屋台で「湘南名物しらす丼」とやらを買って食べ、花菜ガーデンを出たのが午後1時前。今までバイクで訪れたバラ園は四カ所とも超有名どころ。まったくそれらに引けを取らないと断言できる。開放感は断トツだし湘南の海を見て帰ることもできるからお勧めのバラ園である。後で知ったのだが箱根のポーラ美術館の半券を持っていると100円引きの420円になる。しまった!と思ったが、半券なんて残していないし。次にポーラ美術館に行ったら大切に保管しておこう。
帰る時にはチケットを買う人の列がレンズに収まりらないほどに。駐車場待ちのクルマも道路に数十台。園内は広いから、それほど混雑感はないけれど来るならできるだけ早く来ましょう。
ーーー続く
wassho at 00:06|Permalink│Comments(0)│
2014年05月24日
花菜ガーデン
飽きもせずに春と秋に見に出かけているバラ。
今までの記録は昨秋の神代植物園のエントリーにリンクを張ってある。今回はあまりモチベーションが高くなかったのだが、先日のツーリングで訪れた旧吉田茂邸でバラの香りを嗅いだとたんにスイッチが入った。パブロフのイヌか(^^ゞ
今回訪れたのは何となく話しに聞いたことがあった平塚市にある花菜ガーデン。「かな」と読む。正式名称は「神奈川県立 花と緑のふれあいセンター」という施設で、フラワーパークと田植えなどの体験学習ができるゾーンで構成されている。
地図は上側が往きのルート。東名で厚木まで行き、小田原厚木道路に乗り換えて平塚インターで降りれば10分ほどの場所に花菜ガーデンはある。平塚市の西隣は大磯町なので前回のツーリングの続きみたいなものである。帰りは海岸線を走って鵠沼(くげぬま)にある湘南海岸公園で海も見てきた。

午前8時発。
この日、東名はバイクが多かった。途中で10キロほどの事故渋滞。それでなんとスリヌケ渋滞も発生! 中央車線の左右両側をそれぞれ20台くらいのバイクが一丸となってスリヌケていく。私は集団の後方にいたが、ちょっと暴走族気分を味わえた(^^ゞ
9時過ぎに花菜ガーデン到着。
クルマの駐車場の隣にバスロータリーがありバイクはそこの駐輪場に駐める。無料だが見ての通り収容台数は少ない。私が駐めたのは駐輪場の横のスペース。写真を撮る位置まで歩いてくるうちに隣に自転車が1台駐まり、ここを出発する時には私のバイクの左側にズラーッと自転車やスクーターが並んでいたから特に問題はないみたい。
広々としたエントランス。
平塚のこのあたりは田んぼばかりなので土地は一杯ある。花菜ガーデンの広さは9.2ヘクタール。オープンしたのは2010年でまだ新しい。元は神奈川県の農業試験場だったらしい。
ちょっと写真では字が小さいが入園料は520円とリーズナブル。この窓口の兄ちゃんは1000円ー520円の計算がスッとできなかった。大丈夫か日本の教育?
チケットの半券があれば当日の出入りは自由。売店とかレストランはこのゲートの手前にあるから、逆にいえばいちいち半券を見せて再入場しなければならない。園内に入らず売店とかだけを利用しに来る人がそれほどいるとは思えず、やや疑問の建物配置設計。
左右にあるのは展示室などの建物。
バラ園に向かって歩いて行く。
遠くに山並みが見えて、空も広くていい感じ。
ちょっと小技な芝生の植え込み。
この先がバラゾーン。
花菜ガーデンのはバラ園は「バラの轍(わだち)」と名付けられた小径(こみち)に沿ってバラが植えられたエリアと、普通の花壇形式のものがある。その小径が他のバラ園にはない特徴。バラの庭を散歩しているみたいで楽しい。
ーーーが、なぜかその風景を撮り忘れる(>_<) 小径は狭くて人で一杯だったところが多く、写真を撮る気がしなかったのかもしれない。これは1枚だけ撮ってあった幅広の小径。
こちらはバラ花壇の風景。
ドッカーンとバラだらけの光景を満喫できる。
花壇は2つあって、後半ではバラを波形の柵に植えてあった。
平塚=湘南=波というのがそのココロらしい。
バラ園といえば飾り付け植えがお約束。
壁とか
屋根や柱とか
塔とか
そして欠かせないのがアーチ。
なぜかバラのアーチが大好き。
園内で色とりどりのバラを楽しむ。
風がかなりあったのでバラの香りが辺り一面に漂うということはなかったが、今回は香りを楽しみたかったので花に近づいてクンクン作戦でカバー。不思議なものでクンクンし続けていると鼻がバラの匂いに敏感になるのか、途中からは鼻を突っ込まなくても少し近づいただけで香りを感じるようになった。
バラ以外の花もたくさん咲いていた。
例によってデイジーかマーガレットかわからない。
わりと小振りのものが多かったのでデイジーかな。
この紫の花はハーブのセイジの一種だと思う。
他にも紫系統の花は何種類かあった。
こんな植物があるのかと思ったのがこのラムズイヤー。ラム=子羊、イヤー=耳で、子羊の耳のような感触がするというのが名前の由来。そんなもの触ったことないけど(^^ゞ
葉にも茎もツボミも、いわば身体すべてが細かな毛で覆われている。見た目通りのベルベッドのような手触りだった。(写真はクリックで大きくなる)
これはたぶんナデシコ。
紫色の花はクレマチス。他にも何色かあった。
クレマチスは人気のある花であるが、イマイチそのよさが私にはわからず。
手前の黄色い葉っぱは枯れているのではなく、こういう色みたい。
奥のフサフサしているのはスティパエンジェルヘアー。これも見た目の期待を裏切らない柔らかな手触り。
こういう細長い葉っぱの植物はたいていイネ科でグラスと呼ばれる。英語でグラスは草の総称でもあるからネーミングがややこしい。ちなみに植物のグラスはgrassで、ガラスのグラスはガラスもグラスもglassである。ガラスというのはオランダ語の発音らしい。
ごく薄い紫色。
珍しいバラとは思うが何となく地味。
こういう真ん中がツボミのようになっているのが好み。
高島屋の包装紙の影響のような気がする(^^ゞ
この色は珍しいと思う。
似た色の形違い。
何度も書くが真ん中が丸まっている形が好き。
2色模様のバラ。
ゴージャス三連発。
これは薄〜い茶色。
正直に言うと服に付いた醤油のシミを洗って薄くなったような色(/o\)
口直しにキレイどころのバラ。
マッシュルームみたいな形。
これでほとんど開花した状態。
白バラ。
デジカメのオードフォーカスをマルチではなく、フレキシブルスポットという一点だけでピントを合わせる方式に変えたら、以前はまったくだめだった白いバラでも、たまにはピントが合うようになった。
園内ではバラの説明をしてくれるツアーがある。私は参加していないが、ところどころでそのガイドの説明が聞こえてくる。それによると野生に近い初期の園芸種がオールドローズ、それを改良したのがモダンローズ。そしてオールドローズとモダンローズを掛け合わせてさらに改良を加えたのがイングリッシュローズという説明だった。具体的な形の違いではないようだから撮ってきた写真を見ても区別は付かないが。
ーーー続く。
今までの記録は昨秋の神代植物園のエントリーにリンクを張ってある。今回はあまりモチベーションが高くなかったのだが、先日のツーリングで訪れた旧吉田茂邸でバラの香りを嗅いだとたんにスイッチが入った。パブロフのイヌか(^^ゞ
今回訪れたのは何となく話しに聞いたことがあった平塚市にある花菜ガーデン。「かな」と読む。正式名称は「神奈川県立 花と緑のふれあいセンター」という施設で、フラワーパークと田植えなどの体験学習ができるゾーンで構成されている。
地図は上側が往きのルート。東名で厚木まで行き、小田原厚木道路に乗り換えて平塚インターで降りれば10分ほどの場所に花菜ガーデンはある。平塚市の西隣は大磯町なので前回のツーリングの続きみたいなものである。帰りは海岸線を走って鵠沼(くげぬま)にある湘南海岸公園で海も見てきた。

午前8時発。
この日、東名はバイクが多かった。途中で10キロほどの事故渋滞。それでなんとスリヌケ渋滞も発生! 中央車線の左右両側をそれぞれ20台くらいのバイクが一丸となってスリヌケていく。私は集団の後方にいたが、ちょっと暴走族気分を味わえた(^^ゞ
9時過ぎに花菜ガーデン到着。
クルマの駐車場の隣にバスロータリーがありバイクはそこの駐輪場に駐める。無料だが見ての通り収容台数は少ない。私が駐めたのは駐輪場の横のスペース。写真を撮る位置まで歩いてくるうちに隣に自転車が1台駐まり、ここを出発する時には私のバイクの左側にズラーッと自転車やスクーターが並んでいたから特に問題はないみたい。
広々としたエントランス。
平塚のこのあたりは田んぼばかりなので土地は一杯ある。花菜ガーデンの広さは9.2ヘクタール。オープンしたのは2010年でまだ新しい。元は神奈川県の農業試験場だったらしい。
ちょっと写真では字が小さいが入園料は520円とリーズナブル。この窓口の兄ちゃんは1000円ー520円の計算がスッとできなかった。大丈夫か日本の教育?
チケットの半券があれば当日の出入りは自由。売店とかレストランはこのゲートの手前にあるから、逆にいえばいちいち半券を見せて再入場しなければならない。園内に入らず売店とかだけを利用しに来る人がそれほどいるとは思えず、やや疑問の建物配置設計。
左右にあるのは展示室などの建物。
バラ園に向かって歩いて行く。
遠くに山並みが見えて、空も広くていい感じ。
ちょっと小技な芝生の植え込み。
この先がバラゾーン。
花菜ガーデンのはバラ園は「バラの轍(わだち)」と名付けられた小径(こみち)に沿ってバラが植えられたエリアと、普通の花壇形式のものがある。その小径が他のバラ園にはない特徴。バラの庭を散歩しているみたいで楽しい。
ーーーが、なぜかその風景を撮り忘れる(>_<) 小径は狭くて人で一杯だったところが多く、写真を撮る気がしなかったのかもしれない。これは1枚だけ撮ってあった幅広の小径。
こちらはバラ花壇の風景。
ドッカーンとバラだらけの光景を満喫できる。
花壇は2つあって、後半ではバラを波形の柵に植えてあった。
平塚=湘南=波というのがそのココロらしい。
バラ園といえば飾り付け植えがお約束。
壁とか
屋根や柱とか
塔とか
そして欠かせないのがアーチ。
なぜかバラのアーチが大好き。
園内で色とりどりのバラを楽しむ。
風がかなりあったのでバラの香りが辺り一面に漂うということはなかったが、今回は香りを楽しみたかったので花に近づいてクンクン作戦でカバー。不思議なものでクンクンし続けていると鼻がバラの匂いに敏感になるのか、途中からは鼻を突っ込まなくても少し近づいただけで香りを感じるようになった。
バラ以外の花もたくさん咲いていた。
例によってデイジーかマーガレットかわからない。
わりと小振りのものが多かったのでデイジーかな。
この紫の花はハーブのセイジの一種だと思う。
他にも紫系統の花は何種類かあった。
こんな植物があるのかと思ったのがこのラムズイヤー。ラム=子羊、イヤー=耳で、子羊の耳のような感触がするというのが名前の由来。そんなもの触ったことないけど(^^ゞ
葉にも茎もツボミも、いわば身体すべてが細かな毛で覆われている。見た目通りのベルベッドのような手触りだった。(写真はクリックで大きくなる)
これはたぶんナデシコ。
紫色の花はクレマチス。他にも何色かあった。
クレマチスは人気のある花であるが、イマイチそのよさが私にはわからず。
手前の黄色い葉っぱは枯れているのではなく、こういう色みたい。
奥のフサフサしているのはスティパエンジェルヘアー。これも見た目の期待を裏切らない柔らかな手触り。
こういう細長い葉っぱの植物はたいていイネ科でグラスと呼ばれる。英語でグラスは草の総称でもあるからネーミングがややこしい。ちなみに植物のグラスはgrassで、ガラスのグラスはガラスもグラスもglassである。ガラスというのはオランダ語の発音らしい。
ごく薄い紫色。
珍しいバラとは思うが何となく地味。
こういう真ん中がツボミのようになっているのが好み。
高島屋の包装紙の影響のような気がする(^^ゞ
この色は珍しいと思う。
似た色の形違い。
何度も書くが真ん中が丸まっている形が好き。
2色模様のバラ。
ゴージャス三連発。
これは薄〜い茶色。
正直に言うと服に付いた醤油のシミを洗って薄くなったような色(/o\)
口直しにキレイどころのバラ。
マッシュルームみたいな形。
これでほとんど開花した状態。
白バラ。
デジカメのオードフォーカスをマルチではなく、フレキシブルスポットという一点だけでピントを合わせる方式に変えたら、以前はまったくだめだった白いバラでも、たまにはピントが合うようになった。
園内ではバラの説明をしてくれるツアーがある。私は参加していないが、ところどころでそのガイドの説明が聞こえてくる。それによると野生に近い初期の園芸種がオールドローズ、それを改良したのがモダンローズ。そしてオールドローズとモダンローズを掛け合わせてさらに改良を加えたのがイングリッシュローズという説明だった。具体的な形の違いではないようだから撮ってきた写真を見ても区別は付かないが。
ーーー続く。
wassho at 23:58|Permalink│Comments(0)│
2014年05月16日
サーフ&ターフ 大磯 照ヶ崎海岸
5月10日(土)のツーリングの続き。
最後の目的地は海岸。大磯は長い海岸線があるものの、西湘バイパスに遮られて海岸に出にくい。昔からこのあたりを幾度となく通っていても、海は西湘バイパスの上から眺めるだけで海岸に足を踏み入れたことはなかった。大磯町の西側、吉田茂邸あたりの海岸は「こゆるぎの浜」。昔は小淘綾の浜と書いたらしい。東へ進んで大磯漁港の手前が照ヶ崎海岸。ただし、こゆるぎの浜と照ヶ崎海岸の境目がどこなのかはっきりしない。漁港を挟んで東側はなぜか北浜海岸と呼ばれている。さらに東に進むと平塚や茅ヶ崎の海岸につながる。今回の大磯は照ヶ崎海岸にした。
ところで大磯には立ち寄りたい場所がもうひとつあった。それは「新島襄終焉の地碑」。1875年(明治8年)に同志社英学校を開校した新島襄は、さらに1880年から大学設立の準備を始め、賛同者を募って全国を駆け回る。しかし1889年に群馬県で倒れ大磯で静養生活を送ることに。残念ながら病状は回復せずこの地で逝去。静養していた百足屋 ( むかでや ) という旅館跡地の一角に新島襄終焉の地碑が建てられている。
出かける前に調べたら、それは大磯漁港の近くで歩いて行けそうな距離だった。照ヶ崎海岸ではバイクを漁港の駐車場に止める予定だったから、そこに着いてから場所を確かめるつもりで細かく調べず出発。
それが大誤算。
このホームページには地碑の場所を示すグーグルマップが載っている。かしiPhoneでこのページを開くとグーグルマップが表示されないのである(>_<) 1号線沿いだったような気もするし、1号線から少し奥に入ったような気もするしと記憶も曖昧。漁港から1号線まではそこそこの登り坂だったせいもあって今回は断念。
京都は若王子の墓も途中で引き返し、NHKの大河ドラマ「八重の桜」は一度も見たことがなく、大磯でもこのていたらく。新島先生、どうかこんな私をお許しくださいm(_ _)m
後で調べたら新島襄終焉の地碑は1号線から照ヶ崎の海岸に降りる交差点にある。そこ通ってきたやん! それと先ほどのホームページのグーグルマップに場所を示すピンが立っているけれど、マップを拡大してみると地碑のある場所から少しずれていた。とにかく大磯町にはシステム的にも内容的にも、もっとしっかりホームページを作ってもらいたい。
大磯漁港。
広い駐車場はあるが、この辺に釣り人のスクーターがたくさん駐まっていたので便乗。
家族連れの釣り人多し。
OISOと書かれているのは灯台。
漁船。それほど大きな漁港ではない。
大磯漁港の西側にある防波堤。照ヶ崎海岸との境目になっている。
湘南方向の海を望む。湘南と聞くと葉山から茅ヶ崎あたりを思い浮かべる。
しかし湘南の言葉を最初に使ったのは大磯とされる。
目の前が海だが大磯町営プール。
防波堤を降りて照ヶ崎海岸に出る。
高架になっているのは西湘バイパスの続きのような形で伸びている国道1号線。このあたりは海岸沿いと、その内側に2本の1号線が平行して通っている。海岸沿いは自動車専用の国道。波の音があるからクルマの騒音は聞こえない。
この写真で見えている範囲あたりが照ヶ崎海岸で、その先がこゆるぎの浜なのかな? 大磯町の西隣の二宮町に入ると袖ヶ浦海岸と呼ばれる。ちなみに大磯ロングビーチは大磯プリンスホテルにあるプールを中心としたレジャー施設の名前で海岸名とは関係ない。
春先くらいまでなら写真の右の方に富士山が見える。
ところで照ヶ崎海岸は日本で最初に開設された海水浴場といわれている。まあでも日本で最初の海水浴場というのは全国各地に10カ所くらいある。例えばこことか、ここなんて世界最古と主張!
しかし考えてみれば人間は太古の昔から海で泳いだり水遊びをしてきたのである。海水浴場とは何かの定義にもよるが、古さを競ってもたいした意味はない。でも話のネタになるのはマーケティング的に重要なのも確か。私だって、日本最古の海水浴場2カ所目ゲットと実はよろこんでいる(^^ゞ
少し先まで歩いて。
逆光で釣り人がシルエットになっていい感じ。
ところでこの人はゴム製のオーバーオールのようなものを着て、つまりは完全防水スタイルで少し海の中まで入って釣りをしていた。それで今年の正月に葉山の海岸でこちらの人を見た時にも感じた疑問。広い海で2〜3メートル沖に出たところで、釣りの成果に関係あるの?
漁港との境目近くは少し岩場になっている。
海に来たらなぜかローアングルで撮りたくなる。
大磯はやや南東向きの地形なので、この海の先は南米のチリかペルーあたりか。
SURF & TURFはここで終了。
その後は1号線で平塚を抜け129号線で厚木インターから東名で帰ってきた。午後7時帰宅で走行は270キロ。海と山とで2倍リフレッシュできた気分。
おしまい
最後の目的地は海岸。大磯は長い海岸線があるものの、西湘バイパスに遮られて海岸に出にくい。昔からこのあたりを幾度となく通っていても、海は西湘バイパスの上から眺めるだけで海岸に足を踏み入れたことはなかった。大磯町の西側、吉田茂邸あたりの海岸は「こゆるぎの浜」。昔は小淘綾の浜と書いたらしい。東へ進んで大磯漁港の手前が照ヶ崎海岸。ただし、こゆるぎの浜と照ヶ崎海岸の境目がどこなのかはっきりしない。漁港を挟んで東側はなぜか北浜海岸と呼ばれている。さらに東に進むと平塚や茅ヶ崎の海岸につながる。今回の大磯は照ヶ崎海岸にした。
ところで大磯には立ち寄りたい場所がもうひとつあった。それは「新島襄終焉の地碑」。1875年(明治8年)に同志社英学校を開校した新島襄は、さらに1880年から大学設立の準備を始め、賛同者を募って全国を駆け回る。しかし1889年に群馬県で倒れ大磯で静養生活を送ることに。残念ながら病状は回復せずこの地で逝去。静養していた百足屋 ( むかでや ) という旅館跡地の一角に新島襄終焉の地碑が建てられている。
出かける前に調べたら、それは大磯漁港の近くで歩いて行けそうな距離だった。照ヶ崎海岸ではバイクを漁港の駐車場に止める予定だったから、そこに着いてから場所を確かめるつもりで細かく調べず出発。
それが大誤算。
このホームページには地碑の場所を示すグーグルマップが載っている。かしiPhoneでこのページを開くとグーグルマップが表示されないのである(>_<) 1号線沿いだったような気もするし、1号線から少し奥に入ったような気もするしと記憶も曖昧。漁港から1号線まではそこそこの登り坂だったせいもあって今回は断念。
京都は若王子の墓も途中で引き返し、NHKの大河ドラマ「八重の桜」は一度も見たことがなく、大磯でもこのていたらく。新島先生、どうかこんな私をお許しくださいm(_ _)m
後で調べたら新島襄終焉の地碑は1号線から照ヶ崎の海岸に降りる交差点にある。そこ通ってきたやん! それと先ほどのホームページのグーグルマップに場所を示すピンが立っているけれど、マップを拡大してみると地碑のある場所から少しずれていた。とにかく大磯町にはシステム的にも内容的にも、もっとしっかりホームページを作ってもらいたい。
大磯漁港。
広い駐車場はあるが、この辺に釣り人のスクーターがたくさん駐まっていたので便乗。
家族連れの釣り人多し。
OISOと書かれているのは灯台。
漁船。それほど大きな漁港ではない。
大磯漁港の西側にある防波堤。照ヶ崎海岸との境目になっている。
湘南方向の海を望む。湘南と聞くと葉山から茅ヶ崎あたりを思い浮かべる。
しかし湘南の言葉を最初に使ったのは大磯とされる。
目の前が海だが大磯町営プール。
防波堤を降りて照ヶ崎海岸に出る。
高架になっているのは西湘バイパスの続きのような形で伸びている国道1号線。このあたりは海岸沿いと、その内側に2本の1号線が平行して通っている。海岸沿いは自動車専用の国道。波の音があるからクルマの騒音は聞こえない。
この写真で見えている範囲あたりが照ヶ崎海岸で、その先がこゆるぎの浜なのかな? 大磯町の西隣の二宮町に入ると袖ヶ浦海岸と呼ばれる。ちなみに大磯ロングビーチは大磯プリンスホテルにあるプールを中心としたレジャー施設の名前で海岸名とは関係ない。
春先くらいまでなら写真の右の方に富士山が見える。
ところで照ヶ崎海岸は日本で最初に開設された海水浴場といわれている。まあでも日本で最初の海水浴場というのは全国各地に10カ所くらいある。例えばこことか、ここなんて世界最古と主張!
しかし考えてみれば人間は太古の昔から海で泳いだり水遊びをしてきたのである。海水浴場とは何かの定義にもよるが、古さを競ってもたいした意味はない。でも話のネタになるのはマーケティング的に重要なのも確か。私だって、日本最古の海水浴場2カ所目ゲットと実はよろこんでいる(^^ゞ
少し先まで歩いて。
逆光で釣り人がシルエットになっていい感じ。
ところでこの人はゴム製のオーバーオールのようなものを着て、つまりは完全防水スタイルで少し海の中まで入って釣りをしていた。それで今年の正月に葉山の海岸でこちらの人を見た時にも感じた疑問。広い海で2〜3メートル沖に出たところで、釣りの成果に関係あるの?
漁港との境目近くは少し岩場になっている。
海に来たらなぜかローアングルで撮りたくなる。
大磯はやや南東向きの地形なので、この海の先は南米のチリかペルーあたりか。
SURF & TURFはここで終了。
その後は1号線で平塚を抜け129号線で厚木インターから東名で帰ってきた。午後7時帰宅で走行は270キロ。海と山とで2倍リフレッシュできた気分。
おしまい
wassho at 23:13|Permalink│Comments(0)│
2014年05月15日
サーフ&ターフ 海岸に行く前に旧吉田茂邸
富士山スカイラインの東部分である県道23号線は、そのまま御殿場市内までつながっている。箱根こっちの標識に従って走れば国道138号線に出て、乙女峠経由で箱根の山に登っていく。何度か書いたが138号線は山中湖あたりでは旧鎌倉往還(往還とは街道の古い、あるいは格式のある呼び方 おうかん)と古式ゆかしい名前なのに、御殿場から箱根の区間では箱根裏街道という悪事を企んでいるような名前で呼ばれる。それと138号線が箱根裏街道であっても、箱根表街道はなく箱根街道という道路すらない。あるのは箱根旧街道(旧東海道の一部)のみ。
調べてみると138号線のルーツとなった道は江戸時代から箱根裏街道と呼ばれていたみたいである。やはり箱根といえば西側の芦ノ湖が表で、反対の東側を通っているから裏なのかなと想像する。はっきりとした名前の由来はわからなかった。
箱根でお気に入りはポーラ美術館である。現在モディリアーニ展を開催中で心ひかれる。でも9月15日までやっているので、夏に涼みがてら来ようかと立ち寄らず。138号線はあまり箱根らしさを感じるところがない。芦ノ湖くらい見て帰るかとも思ったが、何となくズルズルとそのまま箱根を通り過ぎてしまう。もっとも箱根を下る国道1号線は箱根駅伝で見慣れた景色であり、それなりに箱根気分は味わえた。
138号線は宮の下で国道1号線に変わる。宮の下といってもよほど箱根に詳しくなければピンとこないと思うが、あの冨士屋ホテルのあるところといったらイメージできる人が多いかもしれない。その後は大平台、塔ノ沢と箱根駅伝の中継でおなじみの名前の温泉街を抜けて箱根湯本の駅前を通る。1号線沿いの駅前商店街の人出はかなり多かった。
そのまま走れば小田原に出る。小田原の駅から2つ手前の風祭というあたりは、かまぼこの鈴廣(すずひろ)の本拠地。1号線沿いに大きな店舗やレストラン、かまぼこ博物館など5〜6軒が集まって建ち並び、まるでかまぼこのテーマパークのような賑わいを見せている。
鈴廣の全国的な知名度がどの程度かは知らないが、関東では高級かまぼことして名前が通っている。ちなみに鈴廣で一番値段が高いかまぼこは、正月向けに限定300セットだけ販売される「超特選蒲鉾 一(はじめ)」という商品。そのお値段、なんと紅白のかまぼこ2本セットで1万8000円! そんな高い金を払うならサーフ&ターフを何回か食べるほうがいいが、1切れパックがあったら話のネタに買うかも(^^ゞ 鈴廣でその次の価格は1本3500円くらい。そのレベルも食べたことがないなあ〜。
小田原の1号線は海より少し内側を走っており、ところどころでチラッとしか海は見えない。「国道1号線」といっても、このあたりは片側1車線のショボイ道路。そこそこ渋滞していた。小田原を抜けると大磯。大磯は市ではなく神奈川県中郡大磯町。それで大磯で最初に立ち寄ったのが大磯城山公園。じょうやま公園と読む。
クルマは有料だがバイク駐車料金は無料。
県立公園の入り口にしてはやたら格式が高そうな雰囲気なのは、
ここが明治時代に三井財閥当主が建てた別荘の跡地だから。
園内に別荘当時の写真パネルが多数ある。
小高い丘になっていてテクテク登っていく。
門構えもあちこちにある。
このあたりに本館があったらしい。
今は当時の建築に似せたデザインの展望台になっている。
相模湾が見渡せる。海岸線に見えるのは西湘バイパス(高速道路)。
写真中央の滑り台は大磯ロングビーチ(大磯プリンスホテルにある)のプール。
遠くの山並みは伊豆半島である。
こっちは展望台じゃなくて休憩所。
シランという花。
そんな花はーーーというようなオヤジギャグは書きません(^^ゞ
公園内の風景いろいろ。
古い蔵がギャラリーになっていた。
広さは約9ヘクタール。この日に見て回ったのは1/3くらいかな。特に見たいものがあったわけじゃない。この公園は旧吉田邸とパンフレットも共通で、セットみたいな存在なのでちょっと立ち寄ってみただけ。
城山公園の入り口にある旧吉田邸への案内。
これは国道1号線を東京に向いた写真。
城山公園はこの交差点を左折してすぐの所に入り口がある。
こちらは反対側の小田原方向。これがこのあたりの1号線の雰囲気。旧吉田邸の入り口は左側のフェンスが途切れているところ。だから城山公園とは1号線を挟んでほとんど隣り合っている。
旧吉田茂邸の入り口。
今気付いたが、柱の文字を見ると城山公園の一部として扱われているみたいだ。
吉田茂を知ったのは子供の頃に彼の国葬があったから。今に至るまで戦後唯一の国葬で盛んに報道されていた。しかし小学校低学年だったので記憶に残っているのは、スーツ姿でも羽織袴姿でも太い葉巻を咥えている姿のみ。国葬=偉い人という認識はあったと思うが、それよりも子供心に個性的な人だなあという印象が強かった。
吉田茂の家が大磯に残っており、ときどき公開されていることを知ったのはいつ頃のことか思い出せない。でも戦後政治の裏舞台でもあった場所でもあり、機会があったら見に行きたいなあとは思っていた。しかし残念ながら2009年に火災によって焼失。その代わりといってはなんだが、残った庭園などを整備し直して、昨年から公園として一般公開されたので敷地内には自由に入れるようになった。
前栽みたいな感じでバラ園があった。
何となく吉田茂とイメージが結びつかず意外な感じがしたが、パンフレットによると彼は大のバラ好きで日本バラ会の会長を引き受けていた時期もあるとのこと。へ〜私と趣味が合うじゃない、茂ちゃん(^^ゞ
そんなに広いバラ園ではないが、大輪のバラが多く濃厚な香りが漂っていた。広くないといっても個人の邸宅だと考えれば充分に広い。もっとも吉田茂が生きていた頃は、今は駐車場になっているところがバラ園で、ここの10倍程度の面積があったらしいから驚く。駐車場は1号線に面しているから大磯の人は吉田バラ園を道路から楽しめたのかな。邸宅の敷地全体は3万3000平米=約3.3ヘクタール=約1万坪である。
内門あるいは兜門と呼ばれる中門。
それを抜けると日本庭園。
日本庭園にフェニックスはおかしい気もするが、まあここは暖かい大磯だからいいか。
庭園の中心となっている池。
この木の密集具合が何となくすごい。
これは七賢堂。
元は大磯にあった伊藤博文邸にあったものらしい。明治時代の大磯には伊藤博文・山県有朋・大隈重信・西園寺公望・後藤象二郎・西周・大倉喜八郎・岩崎弥之助・陸奥宗光・原敬・安田善次郎など政財界の大物多数が自宅や別宅、別荘を建てている。その頃なら大磯まで足を伸ばさなくても、江ノ島あたりあるいは横須賀でも充分のんびりした別荘地らしい場所だったと思うが、大磯に何か特別の魅力があったのかな? ちなみに吉田茂は東京生まれで少年期に大磯で暮らしている。
日本庭園から離れて敷地の海側のほうは少し小高くなっている。そこにあった愛犬ポチの墓。これがイヌの墓であることは疑いがない。この墓の情報はネット検索でいくらでもヒットする。
よくわからないのがこれ。
ポチの墓の右に竹で組んだ柵が写っているが、正面以外の三方をその柵で囲まれて並んでいる墓石のようなものがある。
1948年(昭和23年)にできた「墓地、埋葬等に関する法律」で、墓は市町村長の許可を得た墓地以外に作ることは禁じられた。それまでは自宅に勝手に墓を作ってもよかったみたいである。話はそれるが、人が死んだら届け出ることは法律で決まっているが、遺体をどうするかは決まっていない。自宅に放置しておけば、つまり遺体の尊厳を傷つけるようなことをすれば死体遺棄罪になるはずだが、宗教上あるいは信念の問題として例えばミイラにすることは一応可能。
また火葬した遺骨は墓に入れなければならないという規定もない。火葬した遺骨であろうと土葬であろうと墓に入れる、あるいは土に埋める場合に許可を得た墓地以外は禁止ということが定められているだけである。この法律ができた頃に散骨というものは想定していなかったから、最近それが問題になっている。
話を戻すと、この墓石のようなものを見た時は、法律ができる前に自宅に作った墓なのかなと思った。吉田茂は1967年(昭和42年)没だから、これは彼の墓ではない。だいたい国葬で弔った人物の墓がこの程度であるはずもない。だからもっと祖先の墓か何かかと。まあ後で調べてみようくらいの気持ちだったが、ネットで検索してもまったくこの墓石のようなものの情報が上がってこないのである。ついでにわかったのは吉田茂の墓は東京の青山墓地にあること。しかしごく普通サイズの墓で驚いた。
わからないなら、もう少し調べようホトトギス。
1番左の石は風化したのか字が読めない。
左から2番目の石には「無縁法界」と書いてある。仏教用語で無差別平等の
世界の意味らしい。無という漢字の上は梵字?
左から3番目は「心月圓海清善女 霊」。これも頭に梵字のようなものがある。
「心月圓」「心月園」「海清善女」と検索してみるもヒットせず。
左から4番目は松の枝で「三界」しか読めない。三界も仏教用語で欲界・色界・
無色界=平たくいえばこの世のこと。
右から2番目は風化して「安」という文字しか判別できず。
1番右は文字が2行(以上)あるが写真に写っているのは1番左の行だけ。
「依法禅定と不明な文字が1つ」。これもネット検索で何も見つけられなかった。
でも法とか禅とか仏教っぽい雰囲気。
というわけで、どうも仏教の言葉が刻まれている模様。でもなんのため? それと「心月圓海清善女」は何となく響きが戒名っぽい。「霊」という文字がついているもの気になる。結局ナゾは解明できず。神奈川県立城山公園には、是非ともこの石の解説パネルを現地に建てて、ホームページでも教えて欲しい。ポチ以外のイヌの墓だったりして(^^ゞ
歩き進んでいくと吉田茂の銅像があった。真逆光だったので写真が飛んでいるが左手には葉巻を持っている。やっぱり葉巻は彼のトレードマーク。愛煙家なところも私と気が合うじゃん、茂ちゃん(^^ゞ
逆光を避けて横下から。
吉田茂について詳しいわけじゃない。知っているのは世間常識程度。総理大臣としてサンフランシスコ講和条約で第二次世界大戦の戦争状態を終了させ(いわゆる終戦とは別の手続き)、同時に日米安全保障条約も結んだ。それが戦後日本のリスタートだったことは間違いない。もっとも彼でなくても、その時に総理大臣だったらその役割が回ってきたとは思うが、それは歴史のイフ。正しい時に正しい場所にいるのも才能であり能力である。
結果として戦後の繁栄と平和を享受できたのだから、国葬も然るべしだったと思う。なんとなく最近はこの国の先行きもあやしいが。残念なのは孫の麻生太郎が、吉田茂の憎めないキャラクター以外は何も受け継いでいないことかな。
銅像付近から見える大磯の海。
今は西湘バイパスが遮っているが、それができる前は自宅から直接海岸に出られたらしい。
なお邸宅が建っていた場所へは近づけなかった。更地でも「ここにあったのか〜」と見せてくれればいいのに。復元計画があるみたいだが、レプリカじゃあまり興味がわかないかな。
ーーー続く。
調べてみると138号線のルーツとなった道は江戸時代から箱根裏街道と呼ばれていたみたいである。やはり箱根といえば西側の芦ノ湖が表で、反対の東側を通っているから裏なのかなと想像する。はっきりとした名前の由来はわからなかった。
箱根でお気に入りはポーラ美術館である。現在モディリアーニ展を開催中で心ひかれる。でも9月15日までやっているので、夏に涼みがてら来ようかと立ち寄らず。138号線はあまり箱根らしさを感じるところがない。芦ノ湖くらい見て帰るかとも思ったが、何となくズルズルとそのまま箱根を通り過ぎてしまう。もっとも箱根を下る国道1号線は箱根駅伝で見慣れた景色であり、それなりに箱根気分は味わえた。
138号線は宮の下で国道1号線に変わる。宮の下といってもよほど箱根に詳しくなければピンとこないと思うが、あの冨士屋ホテルのあるところといったらイメージできる人が多いかもしれない。その後は大平台、塔ノ沢と箱根駅伝の中継でおなじみの名前の温泉街を抜けて箱根湯本の駅前を通る。1号線沿いの駅前商店街の人出はかなり多かった。
そのまま走れば小田原に出る。小田原の駅から2つ手前の風祭というあたりは、かまぼこの鈴廣(すずひろ)の本拠地。1号線沿いに大きな店舗やレストラン、かまぼこ博物館など5〜6軒が集まって建ち並び、まるでかまぼこのテーマパークのような賑わいを見せている。
鈴廣の全国的な知名度がどの程度かは知らないが、関東では高級かまぼことして名前が通っている。ちなみに鈴廣で一番値段が高いかまぼこは、正月向けに限定300セットだけ販売される「超特選蒲鉾 一(はじめ)」という商品。そのお値段、なんと紅白のかまぼこ2本セットで1万8000円! そんな高い金を払うならサーフ&ターフを何回か食べるほうがいいが、1切れパックがあったら話のネタに買うかも(^^ゞ 鈴廣でその次の価格は1本3500円くらい。そのレベルも食べたことがないなあ〜。
小田原の1号線は海より少し内側を走っており、ところどころでチラッとしか海は見えない。「国道1号線」といっても、このあたりは片側1車線のショボイ道路。そこそこ渋滞していた。小田原を抜けると大磯。大磯は市ではなく神奈川県中郡大磯町。それで大磯で最初に立ち寄ったのが大磯城山公園。じょうやま公園と読む。
クルマは有料だがバイク駐車料金は無料。
県立公園の入り口にしてはやたら格式が高そうな雰囲気なのは、
ここが明治時代に三井財閥当主が建てた別荘の跡地だから。
園内に別荘当時の写真パネルが多数ある。
小高い丘になっていてテクテク登っていく。
門構えもあちこちにある。
このあたりに本館があったらしい。
今は当時の建築に似せたデザインの展望台になっている。
相模湾が見渡せる。海岸線に見えるのは西湘バイパス(高速道路)。
写真中央の滑り台は大磯ロングビーチ(大磯プリンスホテルにある)のプール。
遠くの山並みは伊豆半島である。
こっちは展望台じゃなくて休憩所。
シランという花。
そんな花はーーーというようなオヤジギャグは書きません(^^ゞ
公園内の風景いろいろ。
古い蔵がギャラリーになっていた。
広さは約9ヘクタール。この日に見て回ったのは1/3くらいかな。特に見たいものがあったわけじゃない。この公園は旧吉田邸とパンフレットも共通で、セットみたいな存在なのでちょっと立ち寄ってみただけ。
城山公園の入り口にある旧吉田邸への案内。
これは国道1号線を東京に向いた写真。
城山公園はこの交差点を左折してすぐの所に入り口がある。
こちらは反対側の小田原方向。これがこのあたりの1号線の雰囲気。旧吉田邸の入り口は左側のフェンスが途切れているところ。だから城山公園とは1号線を挟んでほとんど隣り合っている。
旧吉田茂邸の入り口。
今気付いたが、柱の文字を見ると城山公園の一部として扱われているみたいだ。
吉田茂を知ったのは子供の頃に彼の国葬があったから。今に至るまで戦後唯一の国葬で盛んに報道されていた。しかし小学校低学年だったので記憶に残っているのは、スーツ姿でも羽織袴姿でも太い葉巻を咥えている姿のみ。国葬=偉い人という認識はあったと思うが、それよりも子供心に個性的な人だなあという印象が強かった。
吉田茂の家が大磯に残っており、ときどき公開されていることを知ったのはいつ頃のことか思い出せない。でも戦後政治の裏舞台でもあった場所でもあり、機会があったら見に行きたいなあとは思っていた。しかし残念ながら2009年に火災によって焼失。その代わりといってはなんだが、残った庭園などを整備し直して、昨年から公園として一般公開されたので敷地内には自由に入れるようになった。
前栽みたいな感じでバラ園があった。
何となく吉田茂とイメージが結びつかず意外な感じがしたが、パンフレットによると彼は大のバラ好きで日本バラ会の会長を引き受けていた時期もあるとのこと。へ〜私と趣味が合うじゃない、茂ちゃん(^^ゞ
そんなに広いバラ園ではないが、大輪のバラが多く濃厚な香りが漂っていた。広くないといっても個人の邸宅だと考えれば充分に広い。もっとも吉田茂が生きていた頃は、今は駐車場になっているところがバラ園で、ここの10倍程度の面積があったらしいから驚く。駐車場は1号線に面しているから大磯の人は吉田バラ園を道路から楽しめたのかな。邸宅の敷地全体は3万3000平米=約3.3ヘクタール=約1万坪である。
内門あるいは兜門と呼ばれる中門。
それを抜けると日本庭園。
日本庭園にフェニックスはおかしい気もするが、まあここは暖かい大磯だからいいか。
庭園の中心となっている池。
この木の密集具合が何となくすごい。
これは七賢堂。
元は大磯にあった伊藤博文邸にあったものらしい。明治時代の大磯には伊藤博文・山県有朋・大隈重信・西園寺公望・後藤象二郎・西周・大倉喜八郎・岩崎弥之助・陸奥宗光・原敬・安田善次郎など政財界の大物多数が自宅や別宅、別荘を建てている。その頃なら大磯まで足を伸ばさなくても、江ノ島あたりあるいは横須賀でも充分のんびりした別荘地らしい場所だったと思うが、大磯に何か特別の魅力があったのかな? ちなみに吉田茂は東京生まれで少年期に大磯で暮らしている。
日本庭園から離れて敷地の海側のほうは少し小高くなっている。そこにあった愛犬ポチの墓。これがイヌの墓であることは疑いがない。この墓の情報はネット検索でいくらでもヒットする。
よくわからないのがこれ。
ポチの墓の右に竹で組んだ柵が写っているが、正面以外の三方をその柵で囲まれて並んでいる墓石のようなものがある。
1948年(昭和23年)にできた「墓地、埋葬等に関する法律」で、墓は市町村長の許可を得た墓地以外に作ることは禁じられた。それまでは自宅に勝手に墓を作ってもよかったみたいである。話はそれるが、人が死んだら届け出ることは法律で決まっているが、遺体をどうするかは決まっていない。自宅に放置しておけば、つまり遺体の尊厳を傷つけるようなことをすれば死体遺棄罪になるはずだが、宗教上あるいは信念の問題として例えばミイラにすることは一応可能。
また火葬した遺骨は墓に入れなければならないという規定もない。火葬した遺骨であろうと土葬であろうと墓に入れる、あるいは土に埋める場合に許可を得た墓地以外は禁止ということが定められているだけである。この法律ができた頃に散骨というものは想定していなかったから、最近それが問題になっている。
話を戻すと、この墓石のようなものを見た時は、法律ができる前に自宅に作った墓なのかなと思った。吉田茂は1967年(昭和42年)没だから、これは彼の墓ではない。だいたい国葬で弔った人物の墓がこの程度であるはずもない。だからもっと祖先の墓か何かかと。まあ後で調べてみようくらいの気持ちだったが、ネットで検索してもまったくこの墓石のようなものの情報が上がってこないのである。ついでにわかったのは吉田茂の墓は東京の青山墓地にあること。しかしごく普通サイズの墓で驚いた。
わからないなら、もう少し調べようホトトギス。
1番左の石は風化したのか字が読めない。
左から2番目の石には「無縁法界」と書いてある。仏教用語で無差別平等の
世界の意味らしい。無という漢字の上は梵字?
左から3番目は「心月圓海清善女 霊」。これも頭に梵字のようなものがある。
「心月圓」「心月園」「海清善女」と検索してみるもヒットせず。
左から4番目は松の枝で「三界」しか読めない。三界も仏教用語で欲界・色界・
無色界=平たくいえばこの世のこと。
右から2番目は風化して「安」という文字しか判別できず。
1番右は文字が2行(以上)あるが写真に写っているのは1番左の行だけ。
「依法禅定と不明な文字が1つ」。これもネット検索で何も見つけられなかった。
でも法とか禅とか仏教っぽい雰囲気。
というわけで、どうも仏教の言葉が刻まれている模様。でもなんのため? それと「心月圓海清善女」は何となく響きが戒名っぽい。「霊」という文字がついているもの気になる。結局ナゾは解明できず。神奈川県立城山公園には、是非ともこの石の解説パネルを現地に建てて、ホームページでも教えて欲しい。ポチ以外のイヌの墓だったりして(^^ゞ
歩き進んでいくと吉田茂の銅像があった。真逆光だったので写真が飛んでいるが左手には葉巻を持っている。やっぱり葉巻は彼のトレードマーク。愛煙家なところも私と気が合うじゃん、茂ちゃん(^^ゞ
逆光を避けて横下から。
吉田茂について詳しいわけじゃない。知っているのは世間常識程度。総理大臣としてサンフランシスコ講和条約で第二次世界大戦の戦争状態を終了させ(いわゆる終戦とは別の手続き)、同時に日米安全保障条約も結んだ。それが戦後日本のリスタートだったことは間違いない。もっとも彼でなくても、その時に総理大臣だったらその役割が回ってきたとは思うが、それは歴史のイフ。正しい時に正しい場所にいるのも才能であり能力である。
結果として戦後の繁栄と平和を享受できたのだから、国葬も然るべしだったと思う。なんとなく最近はこの国の先行きもあやしいが。残念なのは孫の麻生太郎が、吉田茂の憎めないキャラクター以外は何も受け継いでいないことかな。
銅像付近から見える大磯の海。
今は西湘バイパスが遮っているが、それができる前は自宅から直接海岸に出られたらしい。
なお邸宅が建っていた場所へは近づけなかった。更地でも「ここにあったのか〜」と見せてくれればいいのに。復元計画があるみたいだが、レプリカじゃあまり興味がわかないかな。
ーーー続く。
wassho at 07:11|Permalink│Comments(0)│
2014年01月01日
今年も元旦に葉山
小さい子供がいれば「いくちゅ?」と尋ねるのが「初めまして」に代わる挨拶のようなもの。それで幼い頃の記憶をたどると、ジイさんやバアさん達は満年齢よりも数え歳で年齢を表すことを好んでいたように思える。数え歳は今では滅多に使わないので念のために書いておくと、生まれた時が1歳で、誕生日ではなく1月1日ごとに年齢が1歳上がるというもの。だから大晦日に生まれた赤ちゃんは次の日に2歳となる。1日違いで1月1日に生まれた赤ちゃんは1歳だから、ずいぶんおおざっぱな年齢計算となるが、家族親戚一同全員が元旦に誕生日を迎えるようなものだから、昔のお正月は今よりもっとめでたいものだったのかもしれない。それはともかく謹賀新年あけましておめでとうございます。
東京はやたら暖かい元旦。というわけで昨日にバイクの走り納めをしたばかりなのに、本日は初乗りツーリング。 去年と同じくぶらっと湘南まで。正月風景をあちこちから中継するテレビの情報で、今日は湘南の海岸から富士山が見られないことはわかっていたものの、何となく年の初めに広い海を眺めてすがすがしい気分になろうかと。
去年の元旦は立石公園だったから今年は葉山の海岸に行くことにした。横浜横須賀道路を横須賀インターで降りて、少し走ってから県道27号線で西に向かえば葉山だが、曲がるところを間違え佐島のほうにでてしまった。地図では横須賀市の文字にかかっているルート。今年は迷い多き1年になるかな(^^ゞ ナビは走っている道路が何号線かを教えてくれるが、ここを走っている時は「道路走行中」としか表示しなかったからかなりローカルな道路。でも別に細くもないし、クネクネして楽しいルートだった。

本日はかなり風が強く高速道路上でも怖かった。それで海岸沿いの国道134号線に出てみると、海は大荒れで沖のほうまで白波。今年は迷いに加えて波乱のある1年になる予感?
葉山公園到着。
写真に風がうつらなくて残念。海岸の風の強さは道路の比じゃない。バイクで走っている時以上の風を感じる。どれくらい風が強いかというと、ポットに入れたコーヒーを持って出かけたが、それをコップに注ごうとしたらコーヒーが風に飛ばされてしまった!
海はこんな状態。
葉山公園より南の立石や長者ヶ崎のほうが、もっと波が大きかった。昨日と同じく何となく霞んだような天気。江ノ島もボンヤリとしか見えない。
荒れたところを少しアップで。
いつもなら波打ち際ギリギリでローアングルで撮る。でも本日はちょっとビビってやめておいた。正月から波にさらわれたらシャレにならないし。悔しいので砂をローアングルで撮ってみる。
初乗りサーファー。
公園は砂浜より一段高いところにある。そこでもコーヒーが飛ばされたが、砂浜に降りてみると風はさらに強い。砂が舞って顔に当たるので痛かった。
以前にも紹介したこの橋を渡ると葉山御用邸の前の海岸に出る。
バッシャーンと波が砕け散る。
防波堤が途切れたところに波待ちサーファー。
風で海が荒れているだけだから、乗れるような波は入っていなかった。
気合いの入った釣り人。
こんな荒れた海でも釣れるの?
少し海に突き出した場所がある。
以前に訪れた時は潮が引いていて、もっと先まで行けたが。
とにかく強風で、たまによろける位だった。しかし、そんな強風の中をブラブラ歩くというのも滅多にできない体験で、強風に身を任せるというのが意外におもしろい。写真の岬のようなところで風と戯れてしばらく遊ぶ。いい歳して正月早々何をやっている私! 駐車場に戻ってミラーで見ると、髪の毛がサリーちゃんのパパになっていた(^^ゞ

12時半出発で午後4時帰宅。走行120キロ。
新年らしさは微塵もなかったが楽しいお正月ツーリング。
今年は風まかせでいってみようか。
wassho at 22:30|Permalink│Comments(0)│
2013年09月27日
バイクで美術館巡り 3
中庭の横を抜けて海岸のほうに小径が延びている。
ここを下っていく。
展望台に向かう「下り」坂はめずらしい。
少し下から建物を眺める。
写っているのはレストラン。
一番下ったところにある東屋。
壁の手前にあるわずかなスペース。
これが展望台らしい。かなり誇大表現。
北側の逗子方向。
正面。
南側の長者ヶ崎方向。
ちなみに葉山は相模湾に着き出した三浦半島に位置しているから、正面の方向はアメリカではなく、相模湾を横切って小田原と熱海の中間あたりになる。広くて大きい海だが「♪いってみたいな、よその国」は難しいかも。砂浜が暗く写っているのは逆光気味だから。
展望台から海岸に降りる出入り口はなかった。
小径はまだ続いていたので先まで歩いて行くと
裏門のようなところがあり、隣の建物とのあいだに海につながる路地が。
この美術館の隣は「葉山しおさい公園」という日本庭園。元々は葉山御用邸の一部だったらしい。美術館の裏門と「しおさい公園」の裏門が向かい合っていた。なおこちらの公園は有料である。大人300円。
公園には入らず海岸に出る。砂浜を踏むのは3ヶ月ぶりくらいかな。見てのとおり海水浴客がかなりいる。この時の気温は31度くらいだったと思う。9月22日の写真だが、いわれなければ真夏の雰囲気。写真中央の白い壁が御用邸の壁。
そしてローアングルは忘れずに。
砂浜から美術館を振り返ったところ。壁の中央付近に白い服を着た人がいるが、あそこが美術館の展望台。
美術館と、しおさい公園の間の路地の入り口。よく見ると石垣の作り方が同じ。ということは美術館も昔は御用邸の一部だったのかな。
久々の海岸を楽しんで美術館に戻る。
飛びきりおしゃれな駐車場にたたずむBMW F800R。
美術館の建物はありきたりでつまらないけれど、バイクの駐車場だけは素晴らしい。クルマは有料だがバイクの駐車料金は無料。駐車場の入り口に遮断機が下りているが、その横をくぐり抜けて入る。
あまり欲張らずに今回のツーリングはここで終了して帰路に向かう。ところがナビが横浜横須賀道路に誘導せず国道16号に出てしまった。前にもそんなことがあったような気がする。BMWの純正ナビは葉山や逗子あたりの道をあまり知らないようだ。帰りは第三京浜のつもりだったが、しかたないので横浜横須賀道路をパスして往きと同じく首都高湾岸線で。
走行140キロ。バイクに美術と山と海でなかなか盛りだくさんな休日となった。
おしまい
ここを下っていく。
展望台に向かう「下り」坂はめずらしい。
少し下から建物を眺める。
写っているのはレストラン。
一番下ったところにある東屋。
壁の手前にあるわずかなスペース。
これが展望台らしい。かなり誇大表現。
北側の逗子方向。
正面。
南側の長者ヶ崎方向。
ちなみに葉山は相模湾に着き出した三浦半島に位置しているから、正面の方向はアメリカではなく、相模湾を横切って小田原と熱海の中間あたりになる。広くて大きい海だが「♪いってみたいな、よその国」は難しいかも。砂浜が暗く写っているのは逆光気味だから。
展望台から海岸に降りる出入り口はなかった。
小径はまだ続いていたので先まで歩いて行くと
裏門のようなところがあり、隣の建物とのあいだに海につながる路地が。
この美術館の隣は「葉山しおさい公園」という日本庭園。元々は葉山御用邸の一部だったらしい。美術館の裏門と「しおさい公園」の裏門が向かい合っていた。なおこちらの公園は有料である。大人300円。
公園には入らず海岸に出る。砂浜を踏むのは3ヶ月ぶりくらいかな。見てのとおり海水浴客がかなりいる。この時の気温は31度くらいだったと思う。9月22日の写真だが、いわれなければ真夏の雰囲気。写真中央の白い壁が御用邸の壁。
そしてローアングルは忘れずに。
砂浜から美術館を振り返ったところ。壁の中央付近に白い服を着た人がいるが、あそこが美術館の展望台。
美術館と、しおさい公園の間の路地の入り口。よく見ると石垣の作り方が同じ。ということは美術館も昔は御用邸の一部だったのかな。
久々の海岸を楽しんで美術館に戻る。
飛びきりおしゃれな駐車場にたたずむBMW F800R。
美術館の建物はありきたりでつまらないけれど、バイクの駐車場だけは素晴らしい。クルマは有料だがバイクの駐車料金は無料。駐車場の入り口に遮断機が下りているが、その横をくぐり抜けて入る。
あまり欲張らずに今回のツーリングはここで終了して帰路に向かう。ところがナビが横浜横須賀道路に誘導せず国道16号に出てしまった。前にもそんなことがあったような気がする。BMWの純正ナビは葉山や逗子あたりの道をあまり知らないようだ。帰りは第三京浜のつもりだったが、しかたないので横浜横須賀道路をパスして往きと同じく首都高湾岸線で。
走行140キロ。バイクに美術と山と海でなかなか盛りだくさんな休日となった。
おしまい
wassho at 08:05|Permalink│Comments(0)│
2013年09月26日
バイクで美術館巡り 2
観音崎・横須賀美術館裏の公園を少し探検した後に、次の目的地である神奈川県立近代美術館の葉山館に向かう。本館は鎌倉にある。横須賀美術館と同じく、葉山館も2003年にオープンした割と新しい美術館である。
観音崎から葉山へは三浦半島を縦断している県道27号が最短距離だが、のんびりと134号線で三浦海岸を眺めながらツーリング。海岸沿いを走った後、内陸部に入った134号線は26号線との交差点で北に進路を変えて湘南方面に向かう。ところで北向きに曲がったとたん私と逆方向、つまり南に向かう26号線の車線はビッシリと長蛇の列だった。ノロノロ運転じゃなくて、ほとんどクルマが動いていない。たぶん三崎に向かうマグロ渋滞かな。ちょうど正午頃だったけど、あんな渋滞じゃマグロを食べるのは夕ご飯になっちゃうよ(^^ゞ
その後、三浦半島の西海岸沿いに降りて、秋谷や長者ヶ崎など見慣れた湘南の海岸を横目に見て葉山に到着。葉山館は葉山御用邸の隣の隣くらいの場所にある。
神奈川県立近代美術館・葉山館
駐車場はあまり広くない。
出た! 宿敵インスタレーション(^^ゞ
「作品には手を触れないでください」と書いてある。どちらかといえば蹴っ飛ばしたい。やっぱりこれも「アート」として「購入」したものなんだろうな。私もモダンアートのアーティストになれば楽して稼げたかも。
エントランス。
建物はコンクリート(石張り)とガラスを組み合わせた、いわゆるシンプルでモダンなデザインという奴。どこへ行ってもこんなデザインばっかりだ。日本の建築家には個性とか創造性とかはないのか。あるいは発注側にセンスがなかったり無難志向だとこうなるのかな。とりあえず写真にでも撮っておかないと、次の日にはどんな建物だったか思い出せなくなる。
中庭。
シンプルで素敵ですね、何も考えずとも出来上がっちゃいますね(^^ゞ
左側の建物はレストランと売店。
横須賀美術館もここも売店はあまり充実していなかった。
この葉山館は常設展はなく企画展のみ。現在開催されているのは「戦争/美術 1940-1950」。副題に「モダニズムの連鎖と変容」という美術業界っぽい言葉が並ぶ。
まあ今回は見たい展示会だから来たのではなく、ツーリングの目的地というか余興として2つの美術館を選んだといういきさつ。つまり展示会の選り好みはしていない。しかし「戦争の悲惨さを描いた、暗かったり悲しかったりグロテスクな絵ばっかりだったらイヤだなあ」と現地に着いてから心配になる。
結論から言うと戦争をテーマとした展示会ではなく、いろんな画家の1940年から50年に描かれた作品を見て、戦中と戦後のその時代(真珠湾攻撃が1941年、終戦が1945年)が絵や画家に与えた影響を読み取りましょうというような趣旨らしい。結果的に戦争がらみの作品も含まれるけれど、その割合はタイトルからイメージするほど多くはなかった。
松本竣介 「建物」
特にヒネリもなく、線を引いて色を塗っただけのような絵。小学生でも描けそうなのだが不思議なオーラがあった。ところでこの絵の制作は1935年。この美術館はタイトルにはあまりこだわらないらしい。
松本竣介 「立てる像」
描かれているのは本人だから自画像ともいえる。「すくっと立つ」というのはこういうことかと思うリキミのなさ。松本竣介の作品は他にも5〜6点展示されていた。全体的に少し暗いというか重めの画風であるがなかなか気に入った。
ところでこの作品、本人が着ている上着はどうもGジャンっぽい。ブログに貼った写真ではわかりにくいと思うが、生地はジーンズっぽい色だったし、白いステッチやメタルの大きなボタンもGジャンのスタイルである。
この作品の制作は1942年で戦中。Gパンは戦後に進駐軍によってもたらされたと聞かされていたし、Gジャンなんてものはもっと後にできたものと思っていた。一般的には白州次郎がはじめてGパンを履いた日本人ということになっている。しかし、それも戦後の話。この絵のズボンがGパンかどうかは上着ほどハッキリは見て取れない。でもGジャンを着たならGパンも履いたでしょう。ということで松本竣介を初めてジーンズを着こなした日本人と称することにしよう。
藤田嗣治(つぐはる) 「ソロモン海域に於ける米兵の末路」
ここに貼り付けたものより実際の絵はもっと暗い。かなり大きな絵だが、近づいてみるまで何が書いてあるかわからなかった。いわゆる軍が戦争プロパガンダのために描かせた戦争画。でもそんな背景を抜きにして眺めれば、藤田嗣治の力量を感じさせる絵でもある。箱根で見た彼の作品とはまったく違う。でも描かれているのがあまり米兵には見えないのはナゼ?

ちなみに藤田嗣治の生涯を超簡単にまとめると
1913年にパリに渡り、1920年頃にはスーパースターとなる。
1935年頃日本に帰国。戦争画をたくさん描く。
戦後に戦争画を描いたことを批判され、パリに戻りフランス国籍を取得し永住。
となる。
内田巌(いわお) 「裸婦」
どこがよかったのか説明するのは難しいが、何となくよかった。

この内田巌は戦争画の件で藤田嗣治を批判した代表的人物。そんな二人の絵を同じ展示会で眺められるなんて平和で幸せである。
この展示会は1940年から50年に描かれた作品を見ていろいろ考えよう、感じようということである。でも本当は、単にその時代の絵を集めただけでテーマは後から考えたんじゃないかという気もする。だから唐突にこんな絵も展示されている↓↓↓
横山大観 「日本心神(富士山)」

この展示会の中で一番有名な画家の作品ではあるが、なんとなく浮いていた感は否めない。展示する必然性があったのか疑問。
朝井閑右衛門(かんうえもん) 「丘の上」
変態っぽくて素敵(^^ゞ
朝井閑右衛門は横須賀美術館でもたくさん展示されていた。大阪生まれだが横須賀や鎌倉に住んでいた時代が長いから、このあたりの地元の画家的存在なのだろう。どの絵もおもしろかった。絵に共通する作風はなく、好きな時に描きたいものを描いたという感じ。才能と技量が両立していないと、それは難しいはず。また「朝から閑(ひま)」だから閑右衛門と名乗ったらしく、シャレもわかる人だったようである。
内田巌(いわお) 「母の像」
今回、一番印象に残ったのがこの作品である。絵の善し悪しというよりも、こういう作品は日本人にしか描けない〜欧米に持っていったらウケルに違いないーーーという職業柄のさもしい発想から。畳の日本間に掛けられていたら遺影にしか見えなが、ヨーロッパの古い大邸宅の暖炉の上にでもあれば、そこだけ異空間になりそうである。

靉光(あいみつ) 「畠山雅介氏の像」
何となく名前も画風も中国っぽいが、本名は石村日郎(にちろう)という日本人の作品。目を引いたのは上の絵と同じような理由。眺めているうちにけっこう引き込まれる。繊細さの極地のような絵。それにしてもシャツがブカブカだ。
展示作品数はかなり多い。途中で述べたようにまとまりのない展示会で、逆にいえばいろんなタイプの絵を見られるから飽きない。人もあまりいないから、ゆったりと眺められる。それと横須賀美術館もそうだったが、展示室内が明るくて気持ちいい。なぜか都内の大型美術館はやたら薄暗いところが多いのである。湘南なんて行き飽きたという人も、たまにはどうぞ。
ーーー続く
観音崎から葉山へは三浦半島を縦断している県道27号が最短距離だが、のんびりと134号線で三浦海岸を眺めながらツーリング。海岸沿いを走った後、内陸部に入った134号線は26号線との交差点で北に進路を変えて湘南方面に向かう。ところで北向きに曲がったとたん私と逆方向、つまり南に向かう26号線の車線はビッシリと長蛇の列だった。ノロノロ運転じゃなくて、ほとんどクルマが動いていない。たぶん三崎に向かうマグロ渋滞かな。ちょうど正午頃だったけど、あんな渋滞じゃマグロを食べるのは夕ご飯になっちゃうよ(^^ゞ
その後、三浦半島の西海岸沿いに降りて、秋谷や長者ヶ崎など見慣れた湘南の海岸を横目に見て葉山に到着。葉山館は葉山御用邸の隣の隣くらいの場所にある。
神奈川県立近代美術館・葉山館
駐車場はあまり広くない。
出た! 宿敵インスタレーション(^^ゞ
「作品には手を触れないでください」と書いてある。どちらかといえば蹴っ飛ばしたい。やっぱりこれも「アート」として「購入」したものなんだろうな。私もモダンアートのアーティストになれば楽して稼げたかも。
エントランス。
建物はコンクリート(石張り)とガラスを組み合わせた、いわゆるシンプルでモダンなデザインという奴。どこへ行ってもこんなデザインばっかりだ。日本の建築家には個性とか創造性とかはないのか。あるいは発注側にセンスがなかったり無難志向だとこうなるのかな。とりあえず写真にでも撮っておかないと、次の日にはどんな建物だったか思い出せなくなる。
中庭。
シンプルで素敵ですね、何も考えずとも出来上がっちゃいますね(^^ゞ
左側の建物はレストランと売店。
横須賀美術館もここも売店はあまり充実していなかった。
この葉山館は常設展はなく企画展のみ。現在開催されているのは「戦争/美術 1940-1950」。副題に「モダニズムの連鎖と変容」という美術業界っぽい言葉が並ぶ。
まあ今回は見たい展示会だから来たのではなく、ツーリングの目的地というか余興として2つの美術館を選んだといういきさつ。つまり展示会の選り好みはしていない。しかし「戦争の悲惨さを描いた、暗かったり悲しかったりグロテスクな絵ばっかりだったらイヤだなあ」と現地に着いてから心配になる。
結論から言うと戦争をテーマとした展示会ではなく、いろんな画家の1940年から50年に描かれた作品を見て、戦中と戦後のその時代(真珠湾攻撃が1941年、終戦が1945年)が絵や画家に与えた影響を読み取りましょうというような趣旨らしい。結果的に戦争がらみの作品も含まれるけれど、その割合はタイトルからイメージするほど多くはなかった。
松本竣介 「建物」
特にヒネリもなく、線を引いて色を塗っただけのような絵。小学生でも描けそうなのだが不思議なオーラがあった。ところでこの絵の制作は1935年。この美術館はタイトルにはあまりこだわらないらしい。
松本竣介 「立てる像」
描かれているのは本人だから自画像ともいえる。「すくっと立つ」というのはこういうことかと思うリキミのなさ。松本竣介の作品は他にも5〜6点展示されていた。全体的に少し暗いというか重めの画風であるがなかなか気に入った。
ところでこの作品、本人が着ている上着はどうもGジャンっぽい。ブログに貼った写真ではわかりにくいと思うが、生地はジーンズっぽい色だったし、白いステッチやメタルの大きなボタンもGジャンのスタイルである。
この作品の制作は1942年で戦中。Gパンは戦後に進駐軍によってもたらされたと聞かされていたし、Gジャンなんてものはもっと後にできたものと思っていた。一般的には白州次郎がはじめてGパンを履いた日本人ということになっている。しかし、それも戦後の話。この絵のズボンがGパンかどうかは上着ほどハッキリは見て取れない。でもGジャンを着たならGパンも履いたでしょう。ということで松本竣介を初めてジーンズを着こなした日本人と称することにしよう。
藤田嗣治(つぐはる) 「ソロモン海域に於ける米兵の末路」
ここに貼り付けたものより実際の絵はもっと暗い。かなり大きな絵だが、近づいてみるまで何が書いてあるかわからなかった。いわゆる軍が戦争プロパガンダのために描かせた戦争画。でもそんな背景を抜きにして眺めれば、藤田嗣治の力量を感じさせる絵でもある。箱根で見た彼の作品とはまったく違う。でも描かれているのがあまり米兵には見えないのはナゼ?

ちなみに藤田嗣治の生涯を超簡単にまとめると
1913年にパリに渡り、1920年頃にはスーパースターとなる。
1935年頃日本に帰国。戦争画をたくさん描く。
戦後に戦争画を描いたことを批判され、パリに戻りフランス国籍を取得し永住。
となる。
内田巌(いわお) 「裸婦」
どこがよかったのか説明するのは難しいが、何となくよかった。

この内田巌は戦争画の件で藤田嗣治を批判した代表的人物。そんな二人の絵を同じ展示会で眺められるなんて平和で幸せである。
この展示会は1940年から50年に描かれた作品を見ていろいろ考えよう、感じようということである。でも本当は、単にその時代の絵を集めただけでテーマは後から考えたんじゃないかという気もする。だから唐突にこんな絵も展示されている↓↓↓
横山大観 「日本心神(富士山)」

この展示会の中で一番有名な画家の作品ではあるが、なんとなく浮いていた感は否めない。展示する必然性があったのか疑問。
朝井閑右衛門(かんうえもん) 「丘の上」
変態っぽくて素敵(^^ゞ
朝井閑右衛門は横須賀美術館でもたくさん展示されていた。大阪生まれだが横須賀や鎌倉に住んでいた時代が長いから、このあたりの地元の画家的存在なのだろう。どの絵もおもしろかった。絵に共通する作風はなく、好きな時に描きたいものを描いたという感じ。才能と技量が両立していないと、それは難しいはず。また「朝から閑(ひま)」だから閑右衛門と名乗ったらしく、シャレもわかる人だったようである。
内田巌(いわお) 「母の像」
今回、一番印象に残ったのがこの作品である。絵の善し悪しというよりも、こういう作品は日本人にしか描けない〜欧米に持っていったらウケルに違いないーーーという職業柄のさもしい発想から。畳の日本間に掛けられていたら遺影にしか見えなが、ヨーロッパの古い大邸宅の暖炉の上にでもあれば、そこだけ異空間になりそうである。

靉光(あいみつ) 「畠山雅介氏の像」
何となく名前も画風も中国っぽいが、本名は石村日郎(にちろう)という日本人の作品。目を引いたのは上の絵と同じような理由。眺めているうちにけっこう引き込まれる。繊細さの極地のような絵。それにしてもシャツがブカブカだ。
展示作品数はかなり多い。途中で述べたようにまとまりのない展示会で、逆にいえばいろんなタイプの絵を見られるから飽きない。人もあまりいないから、ゆったりと眺められる。それと横須賀美術館もそうだったが、展示室内が明るくて気持ちいい。なぜか都内の大型美術館はやたら薄暗いところが多いのである。湘南なんて行き飽きたという人も、たまにはどうぞ。
ーーー続く
wassho at 03:13|Permalink│Comments(0)│
2013年01月01日
元旦に湘南
何もしなくても新年はやってくるけれど
2013年の始まりは今しかないわけで
改めてのスタートの気持ちはやはり大切に
あけましておめでとうございます
今年は帰省せず東京でお正月。
朝起きたらあまりに天気が良かったので、元旦からどうよ?と躊躇しつつも気がつけばバイクウエアを着ていた(^^ゞ
冬晴れだから海越しに富士山が見えるかもと期待しつつ湘南へ。やってきたのは富士見の名所である立石公園。バイクで来るのはこれで二度目。道路はお正月でガラガラという感じはしなかったが、自宅から立石公園のある秋谷海岸まで1時間かからなかったから、やっぱりすいていたかな。出発はお昼すぎ。気温8度だが日差しがあるので寒さはまったく感じない。湘南に着いてからは10〜11度くらい。
横浜横須賀道路の衣笠インターで降りると、立石公園の少し手前まで国道134号線は内陸側を走って海はまったく見えない。それで、海岸線に出たとたんに富士山がドッカ〜ンと目の前に。こいつぁ春から縁起がいいわえーーーと歌舞伎役者気分。
写真の右側にあるのが立石という名前の岩。高さ12メートル、周囲30メートル。安藤広重の版画にもなっていることは以前にも紹介した。一番最初の写真はデジタルズームでかなり拡大して撮っているが、富士山の見た目の大きさはこの写真より一番目のほうが近い。つまり富士山はかなり大きく見える。
違う角度からの立石。
真ん中に駐車場があって海に向かって左側が砂浜、右側が公園になっている。
公園から富士山。
松と富士。お正月っぽいかな。
海岸は西向きなので日差しギラギラ。
水仙が咲いていた。
駐車場はこんな感じ。
どんどんクルマが来るが、皆さん滞在時間短めなので割と余裕。
砂浜から立石。
最初の立石は駐車場から撮ったもの。
見下ろすより同じ目線で撮ったほうがいい感じ。
ややローアングルから富士山。
本日の海は、やや荒れ気味。
油断しているとこうなる。
しばらくひなたぼっこをして過ごす。新年の抱負でも考えるべきところであるが、海と富士山の雄大な景色を眺めていると、頭がボーッとしたままで思考を拒否する(^^ゞ
立石公園のあたりから江ノ島方向への134号線は基本的に海沿いを走る。富士山を見ながらシーサイドツーリング。
ーーーのつもりだったが葉山と逗子を超え、鎌倉あたりで道路が渋滞し始めた。
それでとりあえずBMW F800Rを駐めた材木座海岸。
20代の頃、初めてウインドサーフィンをしたのがこの海岸。
スイングパノラマで横長に撮ったら、光の反射が写り込んじゃった。
写真では小さすぎて見えないがサーファーが約30名。日差しもあるし、気温より海水温のほうが高いから、それほど寒くないはず。
江ノ島方向へは渋滞が続いていたので、欲張らずにここでUターンして逗子インターから高速に乗って帰ることにした。帰りも1時間程度で明るいうちに帰宅。
富士山を眺め潮の香りをかぎ、それに良い天気に恵まれたツーリングで気分爽快。新年の滑り出しはなかなか好調。
今年もどうぞよろしく。

wassho at 20:15|Permalink│Comments(0)│
2012年09月29日
馬堀海岸〜観音崎〜佐島
始まりはそれほど暑くなく、お盆過ぎから猛暑っぽくなり、その残暑がずっと続いていた東京の夏。でも十日ほど前から突然秋になって涼しい日々。しかし予報によると、この29日だけ暑さが盛り返して最高32度の予想。
今年の夏は暑さ対策で海ツーリングを封印してきた。でも標高の高い場所は遠いし、やっぱり夏=海だし、せっかく夏が1日だけ戻ってきたのだから海でも眺めに行こうかと。真夏と違って湿度は高くなく、夕方になれば気温も早く下がるはず。というわけで三浦半島から湘南方面をグルッと回ってきた。
ルート案内するほどの場所でもないので、地図はバイクを停めた地点のみ。まずは第三京浜〜横浜新道〜横浜横須賀道路と高速を乗り継いで終点の馬堀海岸まで。

馬堀(まほり)海岸は2キロくらいの長さだと思うが、その前後の横須賀や観音崎と違って思いっきり南国風である。横須賀方面から走ってくると突然、宮崎にでもワープしたような錯覚に陥る。だだし道路を走っていて海は見えない。駐車場もないので、今まで海沿いのの壁の向こう側は見たことがなかった。
ここは駐車場がない。
バイクを適当なスペースに駐めて馬堀海岸探検。
南国風に感じるのはフェニックスがあるから。真冬の関東地方でも育つのだからかなり寒さに強いともいえるが、やはりこれがあると南国ムード漂うね。
壁を渡ると遊歩道があって、さらに一段低いところにも遊歩道があった。ナンのため? そして真ん中にある大きな石の下は海水が流れている。堤防になっているのは高い位置の遊歩道部分だけのようである。何か目的があるのだろうけれど、よく理解できない構造。
堤防への疑問(/_')/ソレハコッチニオイトイテ
ボケーッと海を眺める。
横須賀方向。
馬堀海岸は北向きなので、正面は千葉ではなく横浜か川崎だと思う。
観音崎方向。
3.11以降、この注意書きには敏感である(>_<)
これはふざけたり酔っぱらって落ちた人用かな?
釣りは禁止らしいが、
潜って捕ってはダメとは書いていなかった。何が捕れるのか興味があったが、泳いで向こうの方にいってしまったので成果は確認できず。
馬堀海岸から観音崎へは2キロほど。
バイクでここに来たのは今日で5回目くらいか。高速が渋滞していなければ自宅から1時間で来られる。自然の海岸線を眺められる一番近い場所だから気に入っている。
おなじみの海岸。山の上の白い塔は灯台ではなく、東京湾海上交通センターのレーダー。ここから東京湾を航行する船舶を管制している。
おなじみの謎の構造物。
どこでも必ずいるおなじみの釣り人。
いつも思うのだが、観音崎や三浦海岸当たりは潮の香りが強い。海岸によって強さが違う理由は何かあるのだろうか?
こっちが観音崎灯台。
公園の遊歩道を歩いていたら、思った以上に暑かったので登らなかった。
大きな船をNEX-5Nのデジタルズームで拡大して。空荷なのか、押したら倒れそうなくらい船が浮かび上がっている。ちなみに灯台もデジタルズーム。3倍程度までだったら、まあまあキレイに撮れる。
地面すれすれのローアングルで。調子に乗って波打ち際ギリギリまで近づいたら、カメラに波飛沫(しぶき)が掛かってしまった。
以前も通った洞窟トンネル。
このトンネルを抜けると公園の外に出る。
展望園地に行ってみることにする。
観音崎公園は70ヘクタール以上ある広大な敷地。今までは観音崎園地と呼ばれるエリアの海沿いしか歩いたことがない。
こんな坂を下っていく。
左手に大砲のようなものが見えた。
そんなに広いスペースじゃない。
観音崎園地から300メートルほど離れただけだから、見える海の景色も同じ。
先ほどの大砲。
黒船来港当時ではなく、明治時代の東京湾防衛用?で観音崎にはいくつもの砲台があったらしい。
28サンチ? センチなのかインチなのかどっち?
正解はセンチ。センチのフランス語読みがサンチらしい。
砲身のところにスリットが入っているので冷却用の二重構造の砲身かーーーと勝手に想像する。しかし、よく見るとこの大砲はオール木製! スリットではなく細長い板で丸い砲身を作るためだったのね(^^ゞ 地元のボランティアが製作したと解説版にあった。
暑かったので屋根付きのベンチで休憩。
代わり映えしないが海の写真。
展望園地からは海沿いの遊歩道ではなく、
公園の中を走っている車道を歩いて帰ってきた。
途中のトンネル。
心霊写真でも撮れるかと思ってシャッターを押してみたら、やたら明るく写ってしまった。実際のトンネルの中はもっと薄暗い。NEX-5Nはカメラマニアから高感度番長と呼ばれている。たぶんフラッシュを使わなくても暗い場所で撮れるという意味。フラッシュを使うのは好きじゃないから、それは私にとって好都合。でも暗いところは暗い感じで、つまり見た目どおりに写って欲しい。逆に明るい場所で暗く写ることがよくあるのも困りもの。
とりあえず本日の教訓:NEX-5Nは心霊スポット探検には向かない(^^ゞ
このかわいらしい灯台は
ガードレール代わり。なかなか洒落てる。
せっかくなので三浦半島を横切って湘南の海も見て帰ることにする。
何となくやってきたのが佐島という場所。
ここには佐島マリーナがある。逗子や葉山のマリーナに較べれば全国的な知名度は今ひとつな存在。湘南海岸を走るのは国道134号線だが、佐島のあたりでは少し山側に位置しており国道から佐島は見えない。
佐島マリーナの隣にはオモチャ・コレクターの北原照久氏の自宅がある。旧皇族の別邸で、家の中にボートを引き込める施設のある、たぶん日本で唯一の存在。彼が手放すときは私が買おうと思っている(^^ゞ
どんな家かは「北原 自宅」とかで検索すればいっぱい紹介されている。とりあえず概略はここで。佐島マリーナに行くにはその家の前を通る。当日はガーデンパーティーみたいなことをやっていた。門は開きっぱなしだったので、バイクに乗る格好じゃなければ潜り込めたかも。
写真を整理していて初めて気付いた。
ここから先は立ち入り禁止だったらしい(^^ゞ
佐島マリーナ。
ヨット。
クルーザー。
エアコンの室外機がついていた。そういえば長らく松方弘樹がマグロを釣っている番組を見ていない。以前はよく放送していて、けっこう好きだったのに。
マリーナの隣は漁港。
漁船はそれほど大きくないのに、漁港においてある網は巨大だった。絡まったら大変だろうなといらぬ心配をする。
やっぱり、どこにでも釣り人はいる。
佐島では漁港の堤防に遮られて海がよく見えなかったので、そのまま湘南海岸を江ノ島方向に走る。
写真は由比ヶ浜(ゆいがはま)。浜の奥の方は材木座海岸。遠くに見えるマンション群は逗子マリーナ。西武が開発したが、今はブライダル産業のリビエラグループの所有でリビエラ・逗子マリーナと呼ばれる。
台風17号接近で波が入っていると期待していたが、まだ遠すぎたみたい。
江ノ島を眺めて、その後は辻堂あたりで湘南海岸を離れて東京に戻ってきた。走行距離不明。ガレージでメーターを見てくるのを忘れた。まあ徘徊だから(^^ゞ 台風が過ぎ去ったら一気に気温が下がるのかな。というわけでもうすぐ10月だけれどサヨナラ2012年の夏なツーリングでした。
今年の夏は暑さ対策で海ツーリングを封印してきた。でも標高の高い場所は遠いし、やっぱり夏=海だし、せっかく夏が1日だけ戻ってきたのだから海でも眺めに行こうかと。真夏と違って湿度は高くなく、夕方になれば気温も早く下がるはず。というわけで三浦半島から湘南方面をグルッと回ってきた。
ルート案内するほどの場所でもないので、地図はバイクを停めた地点のみ。まずは第三京浜〜横浜新道〜横浜横須賀道路と高速を乗り継いで終点の馬堀海岸まで。

馬堀(まほり)海岸は2キロくらいの長さだと思うが、その前後の横須賀や観音崎と違って思いっきり南国風である。横須賀方面から走ってくると突然、宮崎にでもワープしたような錯覚に陥る。だだし道路を走っていて海は見えない。駐車場もないので、今まで海沿いのの壁の向こう側は見たことがなかった。
ここは駐車場がない。
バイクを適当なスペースに駐めて馬堀海岸探検。
南国風に感じるのはフェニックスがあるから。真冬の関東地方でも育つのだからかなり寒さに強いともいえるが、やはりこれがあると南国ムード漂うね。
壁を渡ると遊歩道があって、さらに一段低いところにも遊歩道があった。ナンのため? そして真ん中にある大きな石の下は海水が流れている。堤防になっているのは高い位置の遊歩道部分だけのようである。何か目的があるのだろうけれど、よく理解できない構造。
堤防への疑問(/_')/ソレハコッチニオイトイテ
ボケーッと海を眺める。
横須賀方向。
馬堀海岸は北向きなので、正面は千葉ではなく横浜か川崎だと思う。
観音崎方向。
3.11以降、この注意書きには敏感である(>_<)
これはふざけたり酔っぱらって落ちた人用かな?
釣りは禁止らしいが、
潜って捕ってはダメとは書いていなかった。何が捕れるのか興味があったが、泳いで向こうの方にいってしまったので成果は確認できず。
馬堀海岸から観音崎へは2キロほど。
バイクでここに来たのは今日で5回目くらいか。高速が渋滞していなければ自宅から1時間で来られる。自然の海岸線を眺められる一番近い場所だから気に入っている。
おなじみの海岸。山の上の白い塔は灯台ではなく、東京湾海上交通センターのレーダー。ここから東京湾を航行する船舶を管制している。
おなじみの謎の構造物。
どこでも必ずいるおなじみの釣り人。
いつも思うのだが、観音崎や三浦海岸当たりは潮の香りが強い。海岸によって強さが違う理由は何かあるのだろうか?
こっちが観音崎灯台。
公園の遊歩道を歩いていたら、思った以上に暑かったので登らなかった。
大きな船をNEX-5Nのデジタルズームで拡大して。空荷なのか、押したら倒れそうなくらい船が浮かび上がっている。ちなみに灯台もデジタルズーム。3倍程度までだったら、まあまあキレイに撮れる。
地面すれすれのローアングルで。調子に乗って波打ち際ギリギリまで近づいたら、カメラに波飛沫(しぶき)が掛かってしまった。
以前も通った洞窟トンネル。
このトンネルを抜けると公園の外に出る。
展望園地に行ってみることにする。
観音崎公園は70ヘクタール以上ある広大な敷地。今までは観音崎園地と呼ばれるエリアの海沿いしか歩いたことがない。
こんな坂を下っていく。
左手に大砲のようなものが見えた。
そんなに広いスペースじゃない。
観音崎園地から300メートルほど離れただけだから、見える海の景色も同じ。
先ほどの大砲。
黒船来港当時ではなく、明治時代の東京湾防衛用?で観音崎にはいくつもの砲台があったらしい。
28サンチ? センチなのかインチなのかどっち?
正解はセンチ。センチのフランス語読みがサンチらしい。
砲身のところにスリットが入っているので冷却用の二重構造の砲身かーーーと勝手に想像する。しかし、よく見るとこの大砲はオール木製! スリットではなく細長い板で丸い砲身を作るためだったのね(^^ゞ 地元のボランティアが製作したと解説版にあった。
暑かったので屋根付きのベンチで休憩。
代わり映えしないが海の写真。
展望園地からは海沿いの遊歩道ではなく、
公園の中を走っている車道を歩いて帰ってきた。
途中のトンネル。
心霊写真でも撮れるかと思ってシャッターを押してみたら、やたら明るく写ってしまった。実際のトンネルの中はもっと薄暗い。NEX-5Nはカメラマニアから高感度番長と呼ばれている。たぶんフラッシュを使わなくても暗い場所で撮れるという意味。フラッシュを使うのは好きじゃないから、それは私にとって好都合。でも暗いところは暗い感じで、つまり見た目どおりに写って欲しい。逆に明るい場所で暗く写ることがよくあるのも困りもの。
とりあえず本日の教訓:NEX-5Nは心霊スポット探検には向かない(^^ゞ
このかわいらしい灯台は
ガードレール代わり。なかなか洒落てる。
せっかくなので三浦半島を横切って湘南の海も見て帰ることにする。
何となくやってきたのが佐島という場所。
ここには佐島マリーナがある。逗子や葉山のマリーナに較べれば全国的な知名度は今ひとつな存在。湘南海岸を走るのは国道134号線だが、佐島のあたりでは少し山側に位置しており国道から佐島は見えない。
佐島マリーナの隣にはオモチャ・コレクターの北原照久氏の自宅がある。旧皇族の別邸で、家の中にボートを引き込める施設のある、たぶん日本で唯一の存在。彼が手放すときは私が買おうと思っている(^^ゞ
どんな家かは「北原 自宅」とかで検索すればいっぱい紹介されている。とりあえず概略はここで。佐島マリーナに行くにはその家の前を通る。当日はガーデンパーティーみたいなことをやっていた。門は開きっぱなしだったので、バイクに乗る格好じゃなければ潜り込めたかも。
写真を整理していて初めて気付いた。
ここから先は立ち入り禁止だったらしい(^^ゞ
佐島マリーナ。
ヨット。
クルーザー。
エアコンの室外機がついていた。そういえば長らく松方弘樹がマグロを釣っている番組を見ていない。以前はよく放送していて、けっこう好きだったのに。
マリーナの隣は漁港。
漁船はそれほど大きくないのに、漁港においてある網は巨大だった。絡まったら大変だろうなといらぬ心配をする。
やっぱり、どこにでも釣り人はいる。
佐島では漁港の堤防に遮られて海がよく見えなかったので、そのまま湘南海岸を江ノ島方向に走る。
写真は由比ヶ浜(ゆいがはま)。浜の奥の方は材木座海岸。遠くに見えるマンション群は逗子マリーナ。西武が開発したが、今はブライダル産業のリビエラグループの所有でリビエラ・逗子マリーナと呼ばれる。
台風17号接近で波が入っていると期待していたが、まだ遠すぎたみたい。
江ノ島を眺めて、その後は辻堂あたりで湘南海岸を離れて東京に戻ってきた。走行距離不明。ガレージでメーターを見てくるのを忘れた。まあ徘徊だから(^^ゞ 台風が過ぎ去ったら一気に気温が下がるのかな。というわけでもうすぐ10月だけれどサヨナラ2012年の夏なツーリングでした。
wassho at 17:04|Permalink│Comments(0)│
2012年01月29日
披露山公園 & 葉山公園
東京の明け方は気温0度。
天気予報も今日は冷え込むと言っている。
おまけに強風注意報発令中。
何もこんな日にバイクに乗らなくてもいいのに、
何となくふらふらっと。
去年の走り納めが12月23日だから、約1ヶ月ぶりに本年の走り始め。
今のバイクは1ヶ月くらいじゃ何ともないのか、エンジンはあっさり掛かった。出発は昼頃。バイクの温度計は6度を表示している。でもバイクを買った去年2月頃の経験から、寒さは大丈夫だろうと思っていた。それにウエア類も1年前より多少は強化してある。
上半身は
ヒートテックの下着+コーデュロイのシャツ+極薄ダウン+冬用のバイク・ジャケット
下半身は
普通の下着+バイク用のタイツ&ハイソックス+ユニクロの暖パン+新兵器の革のオーバーパンツ。それとツマ先用のウォーマー。
まあライディングウエアの話はまた改めて。
ただし手の指先だけは別。去年の走り納めの時も、そこだけが冷たかった。そこで普通のバイク・グローブの下につけるインナーグローブを用意した。outdoordesigns社という登山用品メーカーの製品。バイク用品メーカーより登山用品メーカーのほうが優れていると思っているのではなく、単にオフィスの近くに登山用品のショップがあるから、そこで買っただけ。
結論を言うとウエアは上下とも問題なし。本日は帰りに3度まで気温が下がったが、冷えてる感じはあっても寒さは特に感じず。しかし冬用のバイクグローブとインナーグローブで2重にした手袋だが、指先が冷たくならないのは気温5度まで。帰りに日が落ちて4度台になってからは、やっぱり指先が冷たく痛くなってきた。去年の走り納めの時は気温6〜7度で冷たくなったから、インナーグローブの効果はあるといえばあったが、暖かさを稼げたのは2度程度ということになる。
さて
何となく海を見たい気持ちはあっても、出発時に行き先は特に決めていなかった。指が冷たくなったり風がもっと強くなったら、さっさと帰れるようにあまり遠くに行くつもりもなかった。ガレージを出発して何となく国道1号線に出る。その時点で、とりあえず八景島の海浜公園に行くことにする。地図はいつものグーグルマップで海浜公園は0地点。

ところが横浜に近づくにつれて、気温も8度まで上がり風もたいしたことはなかったので、八景島はやめ1号線をまっすぐ進んで湘南まで行くことにした。藤沢の駅前を抜けて江ノ島に出る。地図の1地点。サーファーを眺めながら鎌倉方面へ走る。海岸沿いだけを走るのも芸がないので、何度か訪れたことのある見晴らしのいい公園に行くことにする。
披露山(ひろやま)公園。
地図の2地点。逗子にあるどちらかといえばマイナーな公園。
海岸沿いからは直接アクセスできず、ちょっと山側から遠回りして行かなければならない。久しぶりだったので道に迷う。
写真の真ん中に浮かんでいるのが江ノ島。その手前のマンション群が逗子マリーナ。一番手前の一戸建てが披露山庭園住宅という高級住宅地。
ここは日本のビバリーヒルズと呼ばれているらしい。
1区画500平米という基準があるらしく、ゆったりした作りの家が並ぶ。でも500平米=150坪程度じゃビバリーヒルズにはほど遠いけど。ユーミンや反町隆史・松嶋菜々子夫妻の家もあるという噂。
葉山側の風景。
そんな広い公園じゃない。
でも動物が何種類か飼われている。
サル
こんなサル山がある。
でも金網にピントが合ってしまって上手く撮影できず。
アヒルとカモ
金網にレンズを突っ込んで撮影。
サル山は、危険防止のために金網の手前に柵があって近づけないので、この作戦が使えず。
なんとかウサギ。
名前は忘れた(^^ゞ
これはモルモット。
名前は知っているけれど、見たのは初めてかも知れない。
クジャク
羽は広げてくれなかった。
他にもなんとかニワトリとか、セキセイインコとかがいた。
さて
山の上から眺める海もいいけれど、やっぱり波の音も聞きたくなって葉山御用邸の隣にある葉山公園に行くことにする。ここは公園の名前のついた交差点ががあるので迷わず行ける。地図の3地点。
松の並木。
なぜか昔から、海辺にある松の木を見るのが好きである。
海は広いな大きいな。
やっぱり向こう岸が見える東京湾じゃ満足できない。
海に注いでいる小さな川があって、それに架かっている橋。
御用邸側の海岸には、これを渡っていく。
御用邸の壁。意外と質素なブロック塀。
壁の上の鉄線は電気でも流れているんだろうか、もし流れているなら砂でもかけたらバチバチいうかな?などと考えるが、
おまわりさんが警戒中なのでやめておいた(^^ゞ
御用邸に面した海岸。
皇室のプライベートビーチではなく誰でも出入りできる。
岩場が海にせり出している。
海洋生物を研究していた昭和天皇は、ここで標本採取でもしたのかな?
岩場には鳥居もあった。
海側から見た御用邸。
本日は私のシルエットも盛大に写っている。
海側から御用邸の建物は見えない。ということは御用邸からも海はみえない。つまり御用邸とは海の眺められない海辺の別荘ということになる。なんかモッタイナイようなーーー。
少し日が落ちかけてきた。
夕焼け。
かなり暗く撮れているが、実際はもっと明るかった。
午後4時半くらいの撮影。
日が落ちるまで、まったり夕焼けを眺めていたかったが、帰りがどれだけ寒くなるのか不安だったので5時頃に出発。披露山公園に着いた3時頃は気温9度、葉山公園を出発するときは5度だった。途中で日が落ちるとすぐ4度まで下がった。ところで3.5度になるとバイクの温度計が点滅し始める。これはなんだろう。路面の凍結注意? 3.5度程度で凍結するのかなあ? あるいは単なる寒さ注意?
久しぶりのバイクだったので、運転を楽しみたかったのと高速道路だと指が冷たすぎると思い、16号線で横浜まで出て往きと同じく1号線で帰る。一般道の場合は信号待ちの時にエンジンを触って指を温めることもできる。もっと寒くなれば次はいつ乗れるかわからないので、バッテリーのことを考えてグリップヒーターは使わなかった。どうせ指先は温まらないし、指先以外は別に冷たくもないし。
2時間ほどで無事帰宅。走行約125キロ。
エンジンで指を温めながら、
次はどこへ行こうかと考えている自分がカワイイ(^^ゞ
おしまい
天気予報も今日は冷え込むと言っている。
おまけに強風注意報発令中。
何もこんな日にバイクに乗らなくてもいいのに、
何となくふらふらっと。
去年の走り納めが12月23日だから、約1ヶ月ぶりに本年の走り始め。
今のバイクは1ヶ月くらいじゃ何ともないのか、エンジンはあっさり掛かった。出発は昼頃。バイクの温度計は6度を表示している。でもバイクを買った去年2月頃の経験から、寒さは大丈夫だろうと思っていた。それにウエア類も1年前より多少は強化してある。
上半身は
ヒートテックの下着+コーデュロイのシャツ+極薄ダウン+冬用のバイク・ジャケット
下半身は
普通の下着+バイク用のタイツ&ハイソックス+ユニクロの暖パン+新兵器の革のオーバーパンツ。それとツマ先用のウォーマー。
まあライディングウエアの話はまた改めて。
ただし手の指先だけは別。去年の走り納めの時も、そこだけが冷たかった。そこで普通のバイク・グローブの下につけるインナーグローブを用意した。outdoordesigns社という登山用品メーカーの製品。バイク用品メーカーより登山用品メーカーのほうが優れていると思っているのではなく、単にオフィスの近くに登山用品のショップがあるから、そこで買っただけ。
結論を言うとウエアは上下とも問題なし。本日は帰りに3度まで気温が下がったが、冷えてる感じはあっても寒さは特に感じず。しかし冬用のバイクグローブとインナーグローブで2重にした手袋だが、指先が冷たくならないのは気温5度まで。帰りに日が落ちて4度台になってからは、やっぱり指先が冷たく痛くなってきた。去年の走り納めの時は気温6〜7度で冷たくなったから、インナーグローブの効果はあるといえばあったが、暖かさを稼げたのは2度程度ということになる。
さて
何となく海を見たい気持ちはあっても、出発時に行き先は特に決めていなかった。指が冷たくなったり風がもっと強くなったら、さっさと帰れるようにあまり遠くに行くつもりもなかった。ガレージを出発して何となく国道1号線に出る。その時点で、とりあえず八景島の海浜公園に行くことにする。地図はいつものグーグルマップで海浜公園は0地点。

ところが横浜に近づくにつれて、気温も8度まで上がり風もたいしたことはなかったので、八景島はやめ1号線をまっすぐ進んで湘南まで行くことにした。藤沢の駅前を抜けて江ノ島に出る。地図の1地点。サーファーを眺めながら鎌倉方面へ走る。海岸沿いだけを走るのも芸がないので、何度か訪れたことのある見晴らしのいい公園に行くことにする。
披露山(ひろやま)公園。
地図の2地点。逗子にあるどちらかといえばマイナーな公園。
海岸沿いからは直接アクセスできず、ちょっと山側から遠回りして行かなければならない。久しぶりだったので道に迷う。
写真の真ん中に浮かんでいるのが江ノ島。その手前のマンション群が逗子マリーナ。一番手前の一戸建てが披露山庭園住宅という高級住宅地。
ここは日本のビバリーヒルズと呼ばれているらしい。
1区画500平米という基準があるらしく、ゆったりした作りの家が並ぶ。でも500平米=150坪程度じゃビバリーヒルズにはほど遠いけど。ユーミンや反町隆史・松嶋菜々子夫妻の家もあるという噂。
葉山側の風景。
そんな広い公園じゃない。
でも動物が何種類か飼われている。
サル
こんなサル山がある。
でも金網にピントが合ってしまって上手く撮影できず。
アヒルとカモ
金網にレンズを突っ込んで撮影。
サル山は、危険防止のために金網の手前に柵があって近づけないので、この作戦が使えず。
なんとかウサギ。
名前は忘れた(^^ゞ
これはモルモット。
名前は知っているけれど、見たのは初めてかも知れない。
クジャク
羽は広げてくれなかった。
他にもなんとかニワトリとか、セキセイインコとかがいた。
さて
山の上から眺める海もいいけれど、やっぱり波の音も聞きたくなって葉山御用邸の隣にある葉山公園に行くことにする。ここは公園の名前のついた交差点ががあるので迷わず行ける。地図の3地点。
松の並木。
なぜか昔から、海辺にある松の木を見るのが好きである。
海は広いな大きいな。
やっぱり向こう岸が見える東京湾じゃ満足できない。
海に注いでいる小さな川があって、それに架かっている橋。
御用邸側の海岸には、これを渡っていく。
御用邸の壁。意外と質素なブロック塀。
壁の上の鉄線は電気でも流れているんだろうか、もし流れているなら砂でもかけたらバチバチいうかな?などと考えるが、
おまわりさんが警戒中なのでやめておいた(^^ゞ
御用邸に面した海岸。
皇室のプライベートビーチではなく誰でも出入りできる。
岩場が海にせり出している。
海洋生物を研究していた昭和天皇は、ここで標本採取でもしたのかな?
岩場には鳥居もあった。
海側から見た御用邸。
本日は私のシルエットも盛大に写っている。
海側から御用邸の建物は見えない。ということは御用邸からも海はみえない。つまり御用邸とは海の眺められない海辺の別荘ということになる。なんかモッタイナイようなーーー。
少し日が落ちかけてきた。
夕焼け。
かなり暗く撮れているが、実際はもっと明るかった。
午後4時半くらいの撮影。
日が落ちるまで、まったり夕焼けを眺めていたかったが、帰りがどれだけ寒くなるのか不安だったので5時頃に出発。披露山公園に着いた3時頃は気温9度、葉山公園を出発するときは5度だった。途中で日が落ちるとすぐ4度まで下がった。ところで3.5度になるとバイクの温度計が点滅し始める。これはなんだろう。路面の凍結注意? 3.5度程度で凍結するのかなあ? あるいは単なる寒さ注意?
久しぶりのバイクだったので、運転を楽しみたかったのと高速道路だと指が冷たすぎると思い、16号線で横浜まで出て往きと同じく1号線で帰る。一般道の場合は信号待ちの時にエンジンを触って指を温めることもできる。もっと寒くなれば次はいつ乗れるかわからないので、バッテリーのことを考えてグリップヒーターは使わなかった。どうせ指先は温まらないし、指先以外は別に冷たくもないし。
2時間ほどで無事帰宅。走行約125キロ。
エンジンで指を温めながら、
次はどこへ行こうかと考えている自分がカワイイ(^^ゞ
おしまい
wassho at 23:49|Permalink│Comments(0)│
2011年11月03日
湘南・立石公園まで徘徊
先週の土曜日はBMW F800Rに取り付けたスクリーンの効果を確かめるために、とりあえず東名高速に乗って厚木まで走ってみた。東京の入り口から厚木インターまでは35キロくらい。それで厚木に着いて、そのままUターンするのももったいないので以前にツーリングした宮ヶ瀬湖まで。本当は同じ宮ヶ瀬湖じゃなくて津久井湖に行きたかったのだが、道を知らなかったし、何となくナビを操作するのも面倒で、ついフラフラッと宮ヶ瀬湖に。

いつものグーグルマップ。
こういう地形を表示するモードがあることは最近知った。
A地点が厚木インター、B地点が宮ヶ瀬湖、C地点が津久井湖である。前回は国道246からヤビツ峠を抜ける超クネクネ道で宮ヶ瀬湖まで登ったけれど、先週は前回の下りに走った道を往復した。
文化の日の本日は、房総半島の海道・山道の予定だったが早起きできず。だったら富士山でも見に行こうかと東名にのるも、途中で気が変わって厚木で降り、そこから湘南の海岸をぶらっと走ってきた。A地点の厚木インターから南下して、途中で少し西に進んでD地点が大磯である。そこから海沿いを東へ走る。江ノ島を越えるまでは防風林に遮られてほとんど海は見えないが、潮の香りはするのでシーサイド気分は味わえる。
江ノ島を過ぎたら湘南の海岸を眺めながら走る。祝日なのに、そんなにクルマは混んでいなかった。それで立ち寄ったのが秋谷海岸にあるE地点の立石公園。別に目的地だったわけではなく、ここは無料駐車場があることを思い出したから。
これが安藤広重の版画にもなっているという立石(たていし)。
高さ12メートル胴回り30メートル。
ちなみに湘南は逗子あたりまでは砂浜だが、それより東の葉山あたりから岩などで多少ゴツゴツした地形になってくる。上の写真だけ見ていると湘南じゃなくて、どこか別の観光地のように見えなくもない。晴れて空気が澄んでいれば、この立石越しに富士山が見える。またここは夕日の名所としても有名。残念ながら本日はどんよりした曇り空。夕日待ちのアマチュアカメラマンが数名いたが、たぶん大した写真は撮れなかっただろう。
ちなみに広重の版画はこんな感じ。
富士山が描かれている。

公園の雰囲気。
ゴツゴツした岩肌。
でもすぐ隣は砂浜。
話は変わるが、バイクで遠出することはツーリングと呼ばれる。だから土曜日は宮ヶ瀬湖ツーリング、本日は湘南ツーリングということになる。しかし、もうこのくらいの距離だとツーリングというよりは、近所の徘徊と変わらない感覚になっているのが、我ながらちょっと怖い(^^ゞ
今年の2月に35年ぶりにバイクを買って、4月に宮ヶ瀬湖に初めて行ったときはちょっとした冒険だったのに。でもバイクは徘徊目的で買ったんだから、まあいいか。
あっ、スクリーンを取り付けたバイクの写真を撮るのを忘れた!

いつものグーグルマップ。
こういう地形を表示するモードがあることは最近知った。
A地点が厚木インター、B地点が宮ヶ瀬湖、C地点が津久井湖である。前回は国道246からヤビツ峠を抜ける超クネクネ道で宮ヶ瀬湖まで登ったけれど、先週は前回の下りに走った道を往復した。
文化の日の本日は、房総半島の海道・山道の予定だったが早起きできず。だったら富士山でも見に行こうかと東名にのるも、途中で気が変わって厚木で降り、そこから湘南の海岸をぶらっと走ってきた。A地点の厚木インターから南下して、途中で少し西に進んでD地点が大磯である。そこから海沿いを東へ走る。江ノ島を越えるまでは防風林に遮られてほとんど海は見えないが、潮の香りはするのでシーサイド気分は味わえる。
江ノ島を過ぎたら湘南の海岸を眺めながら走る。祝日なのに、そんなにクルマは混んでいなかった。それで立ち寄ったのが秋谷海岸にあるE地点の立石公園。別に目的地だったわけではなく、ここは無料駐車場があることを思い出したから。
これが安藤広重の版画にもなっているという立石(たていし)。
高さ12メートル胴回り30メートル。
ちなみに湘南は逗子あたりまでは砂浜だが、それより東の葉山あたりから岩などで多少ゴツゴツした地形になってくる。上の写真だけ見ていると湘南じゃなくて、どこか別の観光地のように見えなくもない。晴れて空気が澄んでいれば、この立石越しに富士山が見える。またここは夕日の名所としても有名。残念ながら本日はどんよりした曇り空。夕日待ちのアマチュアカメラマンが数名いたが、たぶん大した写真は撮れなかっただろう。
ちなみに広重の版画はこんな感じ。
富士山が描かれている。

公園の雰囲気。
ゴツゴツした岩肌。
でもすぐ隣は砂浜。
話は変わるが、バイクで遠出することはツーリングと呼ばれる。だから土曜日は宮ヶ瀬湖ツーリング、本日は湘南ツーリングということになる。しかし、もうこのくらいの距離だとツーリングというよりは、近所の徘徊と変わらない感覚になっているのが、我ながらちょっと怖い(^^ゞ
今年の2月に35年ぶりにバイクを買って、4月に宮ヶ瀬湖に初めて行ったときはちょっとした冒険だったのに。でもバイクは徘徊目的で買ったんだから、まあいいか。
あっ、スクリーンを取り付けたバイクの写真を撮るのを忘れた!
wassho at 23:29|Permalink│Comments(0)│
2011年04月03日
三浦半島を回って湘南へ
土曜日はまたまたバイクで海沿いを走ってきた。
前回、観音崎に行ったときガソリンスタンドは長蛇の列だったものの、その次の週にはガソリン不足は解消。今のところ東京で不足しているのはミネラルウォーターくらい。タマゴも牛乳もワカメももう大丈夫。
(地図はグーグルマップからの引用:クリックすると大きくなります)

地図の上、真ん中の「1」の第三京浜という高速道路(緑色)で三浦半島を目指す。第三京浜というのは東京と横浜を結んでいる高速道路。自宅から東京側の入り口までは10分くらい。
バイクでETCを使うのは初めて。きちんとゲートが開いてくれるか少し緊張する。20キロくらいでソロソロと近づきあっけなくクリア。ETCはクルマでももちろん便利だけれど、ポケットから財布を出し入れしなければいけないバイクには欠かせない。
バイクで高速道路というと、とても危険だと思っている人も多い。しかし対向車は来ないし交差点もないのだから、バカみたいに飛ばさなければ一般道よりは安全である。
ところでバイクにはいろいろなタイプがある。ボディがむき出しになっているか、カウルで覆われているかも大きなポイント。写真の青いバイクは、私のバイクと兄弟車種のBMW F800STでカウルのついたタイプ。白いバイクは私の買ったF800Rでカウルはなし。カウルのないロードバイクはネイキッドと呼ばれることもある。ネイキッド=nakedとは裸のとか、むき出しのという意味の英語である。(ロードバイクとは何かを説明すると長くなるので省略。単にバイクと読み替えてもらっても大丈夫)


カウルはなんのためにあるかというと「風よけ」である。カウルによってライダーに風が当たらないようにし、また空気抵抗も減らす。バイクに乗らない人は、カウルのついているバイクをレースタイプと思っているが、 F800ST(青いバイク)はツーリングタイプ=長距離向けのバイクである。レースタイプのバイクは同じようなカウルがついていても、ハンドルの位置がもっと低くて前傾姿勢で乗るようになっている。そんな姿勢じゃ長距離は走れないので、ツーリングタイプのハンドルは普通の位置にある。
今回、35年ぶりにバイクを買うとき、私はネイキッドのバイクを買うことに最初から決めていた。理由は単純で、カウルタイプは風が当たらないので高速では楽だけれど、それはスピードを出しすぎることにつながるから。自分の性格はよくわかっているのである(^^ゞ
というわけで風に苦労しながら、それとバイクにはまだまだ慣れていないので、周りのクルマの迷惑にならない程度に走行車線をチンタラ走って第三京浜から横浜新道を経由して、横浜横須賀道路に入り終点の馬堀海岸(2と書いてあるところ)まで約1時間。前回の一般道の時は約2時間だったから半分の時間に短縮できたことになる。そこから10分ほどで前回の目的地だった観音崎に(3)。
公園の入り口
前回と同じくのどかな風景
この建造物は何なんだろう?
観音崎は前回来たばかりなので、タバコ&オシッコ休憩のみ。本日の目的は、ここから三浦半島をできるだけ海沿いに走り、湘南まで行くことである。細い道路を選びながら沿岸沿いから離れないように走る。ときどき行き止まりになっているのでUターンすることも多数。こういうドライブはクルマでは大変だから、やはりバイクならではの楽しみ方。バイクでのUターンはけっこう難しいのだが、この日一日でいい練習になった。
たぶん(4)のあたりのはずだが、かなり長い海岸線に出る。ごらんのように砂浜である。前回も観音崎で久しぶりの潮の香りに満足したが、磯と砂浜では潮の香りが微妙に違う。ここは元サーファーの私にとっては懐かしい香り。さっさとバイクに飽きて、やっぱりサーフィンを始めようかと思ってみたりする。


(4)から海沿いに走っていくと、いくつかの海水浴場がある。まだ人も少なくのどかな風景。いい撮影ポイントではあるが、いちいちバイクを停めるのも面倒なので素通り。
できるだけ海岸沿いを走りながらも、ときどき丘を上がったり下がったりしながら走る。いかにも半島らしいのんびりとした畑の風景が続く。写真撮ってないけど(^^ゞ
(5)の三浦市。三浦市というより「まぐろの三崎」といったほうが有名。三崎に来たならマグロ丼でもと思うが、どの店も人が並んでいたし、あまりお腹もすいていなかったので、そのまま湘南に向けて北上する。
できるだけ海岸沿いを走っているので、小さな漁港もいくつか通り過ぎた。漁船とか網とか見ていると、何かすごく遠くまで旅行しているようなイメージがあって得した気分。航空写真で「三浦半島」と書いてあるところの上のコブのようなところまで海岸沿いを選んでクネクネと走る。そこから先は134号線でいわゆる湘南エリアを普通に走った。このあたりは今まで数え切れないくらい来ている。逗子市の下、134号線の標識が書かれているあたりが葉山。夏ほどじゃないけれど道路も混んでくる。
昔は江ノ島を境にして東側がウインドサーフィン、西側がサーフィンという区別もあったが、今はどのビーチでもウインドサーフィンとサーフィンは一緒にやっている感じ。なんていう名前か知らないけれど、長いボードに立ってオールで漕いでいるようなことをやっている人も多く見かけた。あんなの、おもしろいのかな?
地図を見ると134号線はずっと海岸線に沿っているように見える。しかし湘南は江ノ島を超えると、道路と海の間に防風林があって海は見えない。ただの直線の道がずっと続く。
(6)あたりでクルマが一杯止まっている空き地のようなところがあったので、海岸まで出る。釣り船の発着場らしい。空き地はところどころ砂地。バイクで砂の上を走るのは初めてだったが、それほど難しくもなかった。

ドッカーンと広い砂浜。
♪海は広いな〜大きいな〜と、
人がいたので心の中で唄う
(^^ゞ

波は膝から腰くらいの高さ。
ヘタクソばっかりだった。
私もここなら、
大きな顔してサーフィンが
できそうである。
あまり人が入らないように写真は撮っている。実際にはサーファー以外に、家族連れやカップルなどけっこう人はいる。いかにもベテランっぽいサーファーが休憩していたので声を掛ける。ここは西浜というところらしい。ほんの数分だったけれど、久しぶりにサーフィン談義ができて楽しかった。
バイクに戻ってさらに西に進み、相模川を越えて129号線を北上し、(7)のところにある厚木インターチェンジから東名高速に乗って帰宅。トータル200キロほどのバイクツーリング。楽しい1日でした。海の写真しかなくてゴメン
前回、観音崎に行ったときガソリンスタンドは長蛇の列だったものの、その次の週にはガソリン不足は解消。今のところ東京で不足しているのはミネラルウォーターくらい。タマゴも牛乳もワカメももう大丈夫。
(地図はグーグルマップからの引用:クリックすると大きくなります)

地図の上、真ん中の「1」の第三京浜という高速道路(緑色)で三浦半島を目指す。第三京浜というのは東京と横浜を結んでいる高速道路。自宅から東京側の入り口までは10分くらい。
バイクでETCを使うのは初めて。きちんとゲートが開いてくれるか少し緊張する。20キロくらいでソロソロと近づきあっけなくクリア。ETCはクルマでももちろん便利だけれど、ポケットから財布を出し入れしなければいけないバイクには欠かせない。
バイクで高速道路というと、とても危険だと思っている人も多い。しかし対向車は来ないし交差点もないのだから、バカみたいに飛ばさなければ一般道よりは安全である。
ところでバイクにはいろいろなタイプがある。ボディがむき出しになっているか、カウルで覆われているかも大きなポイント。写真の青いバイクは、私のバイクと兄弟車種のBMW F800STでカウルのついたタイプ。白いバイクは私の買ったF800Rでカウルはなし。カウルのないロードバイクはネイキッドと呼ばれることもある。ネイキッド=nakedとは裸のとか、むき出しのという意味の英語である。(ロードバイクとは何かを説明すると長くなるので省略。単にバイクと読み替えてもらっても大丈夫)


カウルはなんのためにあるかというと「風よけ」である。カウルによってライダーに風が当たらないようにし、また空気抵抗も減らす。バイクに乗らない人は、カウルのついているバイクをレースタイプと思っているが、 F800ST(青いバイク)はツーリングタイプ=長距離向けのバイクである。レースタイプのバイクは同じようなカウルがついていても、ハンドルの位置がもっと低くて前傾姿勢で乗るようになっている。そんな姿勢じゃ長距離は走れないので、ツーリングタイプのハンドルは普通の位置にある。
今回、35年ぶりにバイクを買うとき、私はネイキッドのバイクを買うことに最初から決めていた。理由は単純で、カウルタイプは風が当たらないので高速では楽だけれど、それはスピードを出しすぎることにつながるから。自分の性格はよくわかっているのである(^^ゞ
というわけで風に苦労しながら、それとバイクにはまだまだ慣れていないので、周りのクルマの迷惑にならない程度に走行車線をチンタラ走って第三京浜から横浜新道を経由して、横浜横須賀道路に入り終点の馬堀海岸(2と書いてあるところ)まで約1時間。前回の一般道の時は約2時間だったから半分の時間に短縮できたことになる。そこから10分ほどで前回の目的地だった観音崎に(3)。



観音崎は前回来たばかりなので、タバコ&オシッコ休憩のみ。本日の目的は、ここから三浦半島をできるだけ海沿いに走り、湘南まで行くことである。細い道路を選びながら沿岸沿いから離れないように走る。ときどき行き止まりになっているのでUターンすることも多数。こういうドライブはクルマでは大変だから、やはりバイクならではの楽しみ方。バイクでのUターンはけっこう難しいのだが、この日一日でいい練習になった。
たぶん(4)のあたりのはずだが、かなり長い海岸線に出る。ごらんのように砂浜である。前回も観音崎で久しぶりの潮の香りに満足したが、磯と砂浜では潮の香りが微妙に違う。ここは元サーファーの私にとっては懐かしい香り。さっさとバイクに飽きて、やっぱりサーフィンを始めようかと思ってみたりする。


(4)から海沿いに走っていくと、いくつかの海水浴場がある。まだ人も少なくのどかな風景。いい撮影ポイントではあるが、いちいちバイクを停めるのも面倒なので素通り。
できるだけ海岸沿いを走りながらも、ときどき丘を上がったり下がったりしながら走る。いかにも半島らしいのんびりとした畑の風景が続く。写真撮ってないけど(^^ゞ
(5)の三浦市。三浦市というより「まぐろの三崎」といったほうが有名。三崎に来たならマグロ丼でもと思うが、どの店も人が並んでいたし、あまりお腹もすいていなかったので、そのまま湘南に向けて北上する。
できるだけ海岸沿いを走っているので、小さな漁港もいくつか通り過ぎた。漁船とか網とか見ていると、何かすごく遠くまで旅行しているようなイメージがあって得した気分。航空写真で「三浦半島」と書いてあるところの上のコブのようなところまで海岸沿いを選んでクネクネと走る。そこから先は134号線でいわゆる湘南エリアを普通に走った。このあたりは今まで数え切れないくらい来ている。逗子市の下、134号線の標識が書かれているあたりが葉山。夏ほどじゃないけれど道路も混んでくる。
昔は江ノ島を境にして東側がウインドサーフィン、西側がサーフィンという区別もあったが、今はどのビーチでもウインドサーフィンとサーフィンは一緒にやっている感じ。なんていう名前か知らないけれど、長いボードに立ってオールで漕いでいるようなことをやっている人も多く見かけた。あんなの、おもしろいのかな?
地図を見ると134号線はずっと海岸線に沿っているように見える。しかし湘南は江ノ島を超えると、道路と海の間に防風林があって海は見えない。ただの直線の道がずっと続く。
(6)あたりでクルマが一杯止まっている空き地のようなところがあったので、海岸まで出る。釣り船の発着場らしい。空き地はところどころ砂地。バイクで砂の上を走るのは初めてだったが、それほど難しくもなかった。

ドッカーンと広い砂浜。
♪海は広いな〜大きいな〜と、
人がいたので心の中で唄う
(^^ゞ

波は膝から腰くらいの高さ。
ヘタクソばっかりだった。
私もここなら、
大きな顔してサーフィンが
できそうである。
あまり人が入らないように写真は撮っている。実際にはサーファー以外に、家族連れやカップルなどけっこう人はいる。いかにもベテランっぽいサーファーが休憩していたので声を掛ける。ここは西浜というところらしい。ほんの数分だったけれど、久しぶりにサーフィン談義ができて楽しかった。
バイクに戻ってさらに西に進み、相模川を越えて129号線を北上し、(7)のところにある厚木インターチェンジから東名高速に乗って帰宅。トータル200キロほどのバイクツーリング。楽しい1日でした。海の写真しかなくてゴメン
wassho at 23:50|Permalink│Comments(0)│