箱根

2017年07月08日

ピカソとシャガール 愛と平和の賛歌 その3

シャガールの絵はどこか幻想的。また大人向けメルヘン・ストーリーのワンシーンかと思わせるようなものが多い。独特の浮遊感があり、というかいろいろなものが宙に浮かんで描かれている。ドーンと迫ってくるようなものはないが、絵の周りの空間を和ませる不思議なオーラを放っている。

ぶっちゃけていうと対峙するように鑑賞する絵ではない。その雰囲気に浸って楽しむべき絵。若い頃はお気に入りの画家で、自宅にシャガールのポスターを貼ったりしていた。似たような絵が多いので、いつのまにか飽きたけど。

というわけで私はシャガールを軽い気持ちでに楽しみたいので、ブログでの紹介もいつもと少し違うスタイルで。展示順、年代順は無視して似たような絵のグループ分けをしてみた。



まずは【黙って見せられたらシャガールとはわからない】作品。どんな画家も最初の頃は全盛期、つまりその画家の代表的なイメージとは違う絵を描いているもの。しかしシャガールは先ほど書いた幻想的な作風を確立して、それを描き続けている時期にも違うタイプの絵を描いている。特に「毛皮襟の女」は意外感たっぷり。

「ランプのある静物」 1910〜1911年
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「山羊を抱く男」 1924〜1925年
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「二つの花束」「花と風景(静物)」 1925年
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「毛皮襟の女」 1934年
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次は展示順を参考にして【これがシャガールのキュビスムと分類されていました
】というグループ。シャガールにとってのキュビスムとは立体主義とはまったく関係なくて、絵は見た目どおりの構成で描かなくてもいいんだとヒントをもらった程度の関わりかと思う。それで空も飛ぶわけだが、そんな空想的な描き方は宗教画なら昔からあったわけで、それをキュビスムと結びつけるという企画構成はちょっと強引かなとも思う。

「町の上で、ヴィテブスク」 1915年
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「世界の外でどこへも」 1915〜1919年
 切り離された頭部に目がいくが、建物が画面左に縦に描かれているのがちょっと面白い。
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「誕生日」 1923年
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3番目は【少しダークで摩訶不思議なシャガールワールド】。何かメッセージが込められているのかもしれないが、解説でもしてもらわないと絵から読み取るのは不可能。不気味な絵ともいえるが、こういうのはハマると抜け出せなくなる。

「私と村」 1923〜1924年
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「青い顔の婚約者」 1932年(1960年改訂)
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そして【シャガールといえば浮遊感でしょ】なグループ。肩の力が抜けていく心地よさを感じたら、あなたもシャガールを買いましょう(^^ゞ

「女曲芸師」 1961年
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「サン=ポールの上の恋人たち」 1970〜1971年
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シャガールの絵はカップルや結婚をテーマにしたものがよく描かれるので「愛の画家」と呼ばれることもある。というわけで次のグループは特にヒネリもなく【愛の画家】。モデルとなっているのはシャガール自身と奥さんのベラ。モデルといっても似せて描かれているわけじゃないから設定というべきか。

「婚約者達」 1930年
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「恋人達とマーガレットの花」 1949〜1950年
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「画家と妻」 1969年
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ついでにシャガール家族の写真。これは1916年の撮影とされているのでシャガールは29歳、ベラが21歳頃。娘はイーダという名前。
family




最後の2枚の絵に共通性はなくて【展覧会で私がもっとも気に入った作品】。

「横たわる女、または緑色のスカートの女」 1930年
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具体的に気に入った理由は特にない。あえていえばシャガールの幻想的、空想的な要素がないところかな。ストレートに楽しくて美しい絵。


「赤い背景の花」 1970年
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画像で見ると良さが伝わらないかもしれないが、背景の赤がまさに燃えるような迫力で力強かった。脱力系が多いシャガールの中では少し異質。サイズも縦124.5センチ横113センチと大きく、私が気に入ったせいもあるけれど会場でひときわ存在感があった。



ところでこの展覧会はピカソとシャガールの組み合わせ。2つ前のエントリーではパンフレットに載っていた二人が仲良く写っている写真を紹介した。その写真をベースにこんなイラストが起こされて、美術館のショップで売られているマグカップやTシャツに使われている。
P&C


それだけを見ると二人は親友同士のようだが、それはあの写真が撮られた1951年まで。オマケでもう1枚。この撮影も同じく1951年。どう見てもとっても仲良し(^^ゞ
P&C Photo


しかしその年に美術雑誌編集者の昼食会に招かれた二人は、売り言葉に買い言葉のようなことになり、以後は絶交状態になる。詳しくは調べていないが「ピカソのジョークをシャガールが真に受けた」と「ピカソは本気でシャガールを非難した」という説があるみたい。いずれにせよシャガールがブチ切れて二人の関係は終わった。その因縁はまだ続いているようで、ポーラ美術館がシャガールの子孫にこの展覧会への協力を依頼したところ、最初は断られたという。

ところでシャガールは「愛の画家」だから、おおらかな人物をイメージしていたのだが、実は毒舌家として有名だったらしい。人は見かけによらないだけでなく、人は画風によらないなんだろうか。


展示されている作品のうちポーラ美術館自前のコレクションは、ピカソとシャガールとも7割以上にのぼる。それ自体はすごいことであるが、何度かここに来たことのある人にとって目新しい作品は少ないのが残念。でもピカソとシャガールを見較べながら観られるから(それに意味があるかについては疑問な点もあるが)意外と楽しめる。箱根に涼みに来るついでに訪れて損はない。


おしまい

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2017年07月07日

ピカソとシャガール 愛と平和の賛歌 その2

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展示はいくつかのコーナーに分かれ、それぞれのテーマに沿ったピカソとシャガールの作品がまとめられている。でも二人の比較や関連性にはあまり興味がないので、今回はピカソについて。

ピカソといえば反射的に思い浮かぶのは「泣く女」のようなバケモノ顔を描いた作品。しかし彼はしばしば作風が激変する画家で、プロとして活躍した20歳代初めから亡くなる91歳までのうちバケモノ顔を描いていたのは10年間ほど。全体では10種類前後の作風に分かれるとされ、それぞれ「青の時代」や「ばら色の時代」などナニナニの時代と名前がつけられている。



1901年から1904年までは「青の時代」。親友の画家が自殺したショックを引きづり、沈んだ青を基調に貧しい人たち、乞食や売春婦など社会的弱者を描いている。なぜ青なのかピカソは理由を語ることはなかったそうだが、黒じゃなくて青なところにピカソのセンスと、悲痛ではあっても前向きな気持ちが表れていると私は感じている。

「青い肩かけの女」 1902年
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「海辺の母子像」 1902年
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「青の時代」の後、立ち直った?ピカソは一転して明るい色調になり「バラ色の時代」と呼ばれる。残念ながら「バラ色の時代」の作品は展示されていなかった。ピカソ=バケモノ顔しか思い浮かばない人は、ネットでこの時代の作品を検索したらピカソのイメージが変わると思う。

その後「アフリカ彫刻の時代」を経て「キュビスムの時代」の時代へ。キュビスムは直訳すれば立体主義。その説明は難しいがモノをいろんな角度から見て、それを合成して絵という平面に落とし込んだもの。技法の探求としての意義は認めるが、だからドウヨというのが正直な気持ち。よってほとんど関心もなし。なお「キュビスムの時代」も年代によって3つか4つに細分化されている。


「裸婦」 1909年
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「男の胸像」 1909年
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「葡萄の帽子の女」 1913年
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キュビスムを10年ほど続けた後、ピカソは正反対とも言える「新古典主義の時代」に入る。やたらふくよかに描くのが特徴。

「母子像」 1921年
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「坐る女」 1921年
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次の2枚は年代的には「新古典主義の時代」に属するが、とてもモダンなイラストのような作品。ナニナニの時代というのは後から研究者が区切ったものだから、どこにも属さない作品もあって当然といえる。

「新聞とグラスとタバコの箱」 1921年
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「魚、瓶、コンポート皿(小さなキッチン)」 1922年
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そしていよいよバケモノ顔の「シュルレアリスムの時代」。シュルレアリスムとは超現実主義。シュルレアリスムについてダリ展をブログにした時に少し書いた。でもダリとピカソのシュルレアリスムはまったく違う。ダリの絵も奇想天外だが、何となくその絵を描いた気持ちみたいなものはわかる。でもピカソは無理(^^ゞ

ひとつにはキュビスム的な形の破壊が頭を混乱させるから。もうひとつは上手く表現できないが、ピカソが絵に込めた尋常ならざるパワー。それが私のキャパシティーを超えてしまって受け止められない。

でもしかしである。ピカソのバケモノ顔を初めて見たのはたぶん小学生の頃。その時はキチ○イという言葉しか思い浮かばなかった。それから気が遠くなるような年月が流れて、そして見慣れた。だから最初は拒絶反応だったピカソの絵も、いつの頃からかたまには見たくなるように。今風の言葉で表現するなら「キモ可愛い」。20世紀最大の芸術家といわれるピカソの絵が理解できないことに引け目を感じたこともあったが、今は妙な形で折り合いがついている。それにピカソはこんなふうに言っている。「人は鳥の声や花を素直に愛せるのに、なぜか芸術に限って理解したがる」。少々時間はかかったが、ピカソに追いつけてよかった。

ところでピカソが20世紀最大とか天才とか革命的などと評される理由はいろいろあるが、キュビスムの初期に描かれた「アビニヨンの娘たち」という作品がよく引き合いに出される。まるでヘタウマ絵。この作品は西洋絵画が築き上げてきた遠近法や陰影法をまったく無視している。それが革命的だったということらしい。エ〜ッ!それだったら遠近法なんてなかった日本には天才がゴロゴロしているんですけど(^^ゞ それはさておき、印象派の画家に浮世絵ファンが多いのもそういう理由なのかなと想像している。またこの遠近感を無視したキュビスムが後に抽象画に発展したともいわれる。ピカソが生まれたのは1881年(明治14年)。それまで世の中に抽象画というものがなかったと、初めて知った時はビックリした。


「黄色い背景の女」 1937年
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「花売り」 1937年
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「帽子の女」 1962年 ※年代的には「シュルレアリスムの時代」の作品では
             ないが内容的にここに並べた
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「シュルレアリスムの時代」の次が前回に書いた「ゲルニカの時代」。その後はいろんなタイプの絵を描くようになるので「晩年の時代」とひとくくりにされている。


「ろうそくのある静物」 1944年
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「草上の昼食」 1959年
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「母と子」 1960年
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「すいかを食べる男と山羊」 1967年
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ピカソは1万3500点の絵、10万点の版画、3万4000点の挿絵、300点の彫刻や陶器、合計約15万点を残している。15歳から91歳の76年間で割ると年に1974点。365日で割ると1日あたり5.4作品。版画は原画の枚数が不明だから差し引いて、5万点で計算しても1日あたり1.8作品!!!

結婚したのは2回だが合計9人ともいわれる夫人、愛人と次々に暮らしたピカソ(26人という説もあり)。含む29歳年下&40歳年下&52歳年下。しかも生涯で振られたのはたった1回!!!

残した遺産は7500億円!!!

ピカソの絵をキモ可愛いなんて言っていないで、これからは毎日拝もう(^^ゞ


ーーー続く

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2017年07月04日

ピカソとシャガール 愛と平和の賛歌

5月20日に箱根の山のホテルでツツジとシャクナゲを見た後に立ち寄った展覧会。バイクに乗るのと絵を鑑賞するのはまったく違う行為だが、その組み合わせが気に入って箱根に行く時はポーラ美術館でどんな展覧会が開かれているかを確認することが多い。擬音で例えればヴォーンと走ってシーンと眺めるといった感じ。

ところでこの展覧会、何ゆえピカソとシャガールの組み合わせ? 同世代の画家ではあるが共通点も、あるいは逆に対比すべきところもないように思う。ポーラ美術館の開館15周年記念展だから手持ちの作品を適当に組み合わせたレベルの企画ではないにしても、その意図は見終わった後でも理解できなかった。でも「天丼と蕎麦」のセット定食のように2つ楽しめたからよかった(^^ゞ


ピカソは1881年(明治14年)生まれで1973年没のスペイン人。1900年(明治33年)頃からパリで活躍する。シャガールは1887年(明治20年)生まれで1985年没のユダヤ系ロシア人。パリにやってきたのは1911年とされる。

展覧会のパンフレットには二人が仲良さそうにしている写真が使われている。
1写真

左がピカソで右がシャガール。これは1951年の撮影だからかなり晩年の頃。シャガールがパリにやってきた1911年に、ピカソはもう帝王的な地位を築いていたので、最初はシャガールにとって雲の上の存在だったんじゃないかな。ピカソは91歳、シャガールは97歳まで生きてどちらも長命の画家。


いつものようにエレベータを降りて展示室に向かう。
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開館15周年を示すディスプレイ。
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展示されている作品は約80点とやや少なめなものの充分に見応えはあった。それにポーラ美術館は都心の美術館と較べれば貸し切り状態といっていいほど空いている。つまりじっくり絵を眺められるから、これくらいでちょうどよかった気もする。

この展覧会の目玉、あるいは他の展覧会と違っているのはタペストリーの作品が展示されていること。タペストリーとは壁に掛ける絨毯みたいなもの。ゴブラン織りとも呼ばれる。インテリアとしてのタペストリーは馴染みがあるが、ピカソやシャガールといった巨匠クラスにタペストリーがあるとは知らなかった。解説によれば第2次世界大戦後のフランスではタペストリーの見直しが盛んになったとされる。

もちろんタペストリーは画家が織るのではなく専門の職人が制作する。この当時、一流レベルの職人は芸術家として扱われていたようだ。いってみればタペストリーは画家とタペストリー作家のコラボ作品。またタペストリーのための原画はカルトンと呼ばれる。そういえばゴヤの展覧会でカルトンを何点か見た。ゴヤはピカソ達より130年ほど前の画家。宮廷というものがあった時代はタペストリーが盛んで、それに回帰しようとしたのかもしれない。


「ミノタウロマキア」 1982年
    原画:ピカソ
    タペストリー:イヴェット・コキール=プランス
2ミノタウロマキア

画像で載せるとタペストリーなのか絵なのかはわからないね。絵の右側に描かれている牛の頭をした人間がギリシャ神話に登場するミノタウロス。海の神ポセイドンの呪いによって生まれた暴力と性欲の怪物。ピカソはミノタウロスをテーマとした作品を70点ほど残している。ミノタウロスに彼自身を投影していたともいわれる。ちなみにピカソは自他共に認める「肉食系画家」である(^^ゞ

タペストリーは1982年に制作されたが、原画は1935年に刷られた版画。それでこのミノタウロスはピカソ自身ではなく、迫り来る第2次世界大戦(1939年〜1945年)を象徴しているらしい。それはよくわからないとしても、何せ縦3.15メートル横4.5メートルのサイズなので、ミノタウロスの姿と相まって大迫力の作品である。だからといって何かビンビン感じるものはなかったのだがーーー


この展覧会の本当の目玉作品はあの有名な「ゲルニカ」のタペストリー。ただし「ゲルニカ」と「ミノタウロマキア」は入れ替え展示で、私が訪れた時はもう「ミノタウロマキア」になっていた。

話は変わるが私はゲルニカを見たことがあるーーーと思っていた時期がある。1980年代後半にニューヨーク近代美術館に行った時に確かにゲルニカを見た。それは強烈なインパクトで、その時の訪問で今でも明確に覚えているのはゲルニカとこの作品くらいである。しかしゲルニカがニューヨーク近代美術館のコレクションだったのは1939年から1981年までなのを後で知った。スペインに戻ったゲルニカは、それ以降どこにも貸し出されていない。私が見たのはレプリカあるいは写真展示だったのかなあ。我がアートライフ最大のナゾ

ニューヨーク近代美術館で「見た」ゲルニカに強烈なインパクトを受けたと書いた。しかしそれは素晴らしい作品と思ったり感動したのとはまったく違う。ひたすらひたすらナンジャコレ〜とビックリしただけ。ゲルニカのことはまったく知らなかったし、見てすぐわかったがピカソの作品だとも知らなかった。たまたま日本人の客がいて「スペイン内戦でゲルニカという街が爆撃を受けて廃墟となった情景」などと説明していたので描かれている内容は理解できた。しかし、そんなこととはまったく関係なくナンジャコレ〜だった。

ピカソはいろいろと画風が変遷するけれど、やはり彼をピカソたらしめているのはキュービスムやシュルレアリスム。特にバケモノ女のような絵。その美術史的な価値は理解できても、それのどこがいいのか未だちっともわからない。それでも展覧会に来るのは、たまには変わったものを見たいから。いわば目の気分転換。ゲルニカもその延長戦上にある。しかし世の中の人はゲルニカを見て、そこにピカソの愛や哀しみを感じ取って感動するらしい。考え過ぎじゃない?


展覧会では見なかったが参考までに画像を。ついでに原画のほうも。


タペストリーの「ゲルニカ」 1983年
タペストリー制作はジャクリーヌ・ド・ラ・ボーム=デュルバック
3ゲルニカ


オリジナルの「ゲルニカ」 1937年
4ゲルニカ





シャガールのタペストリーも展示されていた。

「平和」 2001年
    原画:シャガール
    タペストリー:イヴェット・コキール=プランス
5平和

こちらのオリジナルはシャガールが1964年に国連の講堂のために制作したステンドグラス。その時の下絵をベースに彼の死後にタペストリーにされたもの。縦4.1メートル横6.2メートルとかなり大きかった。きれいだったし、まさにシャガールの世界ではあったが、ステンドグラスだったらもっとよかったかも。シャガールはヨーロッパ各地の教会でステンドグラスを残しているしエルサレムでも制作している。いつかどこかで見てみたい。


ーーー続く

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2017年05月25日

湯遊び処・箱根の湯

タイトルは変えたが、5月20日に山のホテルへツツジとシャクナゲを見に行ったツーリングの続き。ポーラ美術館でピカソとシャガール展を鑑賞して、次は第3目的地の温泉。

箱根だから日帰り温泉もたくさんある。ネットで調べて選んだのが「箱根の湯」という施設。それほど口コミなどを読み込んだわけじゃなく何となく直感で。でもアタリだったと思う。

ポーラ美術館を出たのが午後1時頃。箱根裏街道という恐ろしい名前が付いている国道138号を進むと宮の下で国道1号に切り替わる。下の地図では往きに箱根に登った箱根新道沿いにあるように見えるが、実際には箱根新道と平行している旧東海道である県道732号沿いにある。ちなみに箱根の湯は箱根の温泉エリアでいうと箱根湯本。
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30分ほどで到着。それにしても「箱根の湯」とは大胆なネーミング(^^ゞ
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駐車場はそこそこ広くて、バイクは奥の方に指定エリアがある。駐車料金は無料。
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下駄箱にバイクブーツを何とか押し込んで入館。入場料は1050円。バスタオルと普通のタオルがセットの貸出料金が350円。フロントのカウンター脇にある券売機でチケットを買う。券売機とフロントの係員とは2メートルも離れていないのだから、直接チケットを売ればいいのにと思うが。下駄箱のキーはフロントに預け、それと交換にロッカーのキーを受け取るシステム。カウンターの中にいた男性は無愛想だったが、いろいろ説明してくれたオバチャンは親切だった。


館内は写真が撮れないため、箱根の湯のホームページから拝借。内風呂の他に露天風呂が2つと寝ながらつかる風呂があった。

バイブラ湯。バイブラという言葉は何語かも不明だが、床から気泡が出てくる泡風呂という意味だと思う。打たせ湯も併設されている。
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こちらの浴槽にはジェットバスがあった。
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寝湯は泡風呂でもある。浴槽は浅くて寝そべってはいる。
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内湯。
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けっこう広いのに、中にいたのは私を含めて最初は5名で最大でも8名とガラガラ。ジェットバス装置は2つしかなくバイブラ湯も泡が出ているのはごく一部のスペースでも、充分に独占することができた。というかほとんどの人は浴槽にゆったり浸かっているだけ。ジェットだ泡だと喜んでいるのは私だけみたい(^^ゞ


お湯はよかったと思う。わずかにぬめり気を感じるけれど、肌あたりはとてもサラッとしている。ここは基本的に源泉掛け流しで一部濾過装置併用という構造。お湯はとてもキレイでまた新鮮な温泉に感じた。ただし、この日は快晴でお湯への日当たりもよかったから余計に透明度を高く感じた可能性もある。温度は熱からず冷たからず。湯温計は41度だった。そういえば初めての日帰り温泉体験だった湯河原の「こごめの湯」はぬるかった。

浸かっては上がってベンチで休憩。それの繰り返し。まったりと至福のリラックスタイム。結局1時間位を温泉で過ごした。



無料休憩所。これもホームページからの拝借。寝転がっている人が多かった。なおこの施設は食べ物や飲み物の持ち込みができる。
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昔懐かしいコーヒー牛乳を売っていた。
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でもキャップは紙で牛乳栓抜き(知っている?)で開けるのではなく、プラスチック製のものを回して外す。
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午後3時頃に箱根の湯を出発。帰り際、愛想のいいオバチャンに「いつもこんなに空いているのか?」と尋ねると「今日は天気がいいから」という返事。天気がいいとあちこち観光する人が多いので、昼間は空いていて夕方から混み始めるらしい。なるほど。

午後5時過ぎに帰宅。走行205キロ。ツツジとシャクナゲ、ピカソとシャガール、そして温泉といろいろ楽しめたツーリングだった。しかし自宅で鏡を見てびっくり。露天風呂に1時間もいたせいか顔が真っ赤に日焼け(^^ゞ


おしまい

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2017年05月24日

箱根 山のホテルでツツジとシャクナゲ その3

天気も最高だったし、場所によっては富士山も視界に入りながらのツツジ鑑賞は実にいい気分。ずっと眺めていたい気持ちだったが、そうもいってられないので出入り口に向かう。そこでこんな看板を発見。
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次に訪れる予定のポーラ美術館入館料が200円引き\(^o^)/ ポーラ美術館は一度訪れるとスタンプカードをくれて、次回にそれを見せると200円引きになる。4回目のスタンプを押すと200円引きプラス5回目は無料になるという仕組み。今までそれで200円引きだったのだが、2回目にスタンプを押してから2年間という有効期限がある。それに引っかかって私のスタンプカードは期限切れ。チェッと思っていたのに捨てる神あれば拾う神あり。


庭園からはこのスロープを昇ってホテル館内に入る。
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リゾート気分なテラス。
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フロントはあまり大きくない。ここで美術館のチケットを購入。
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正面玄関より退出。ホテルは傾斜地に建っていて玄関やフロントがあるのは2階。
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2階と同じ平面の第1駐車場。駐まっていたクルマはけっこう庶民的。
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第2駐車場はホテル1階の高さ。バイクを駐めたのはさらに下の道路に面した場所。そこに向かって下っていくと芦ノ湖に突き出した桟橋が見えた。
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お店のようなものもあったので道路を渡ってさらに下ってみる。
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建物は山のホテルの別館だった。1階がカフェで2階が食器などを売っているらしい。
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遊歩道が元箱根方面へ続いている。ずっと湖畔沿いを歩けるのかな?
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山中湖や河口湖と違って芦ノ湖は、湖畔沿いをバイクやクルマで1週できる道路はない(たぶん)。グーグルマップを拡大すると細い道が表示されるが、おそらくはこんな遊歩道かハイカーが歩くような道。特に湖畔の西側がそうで、バイクで走れるのはいきなり尾根沿いの芦ノ湖スカイラインとなる。細い道も探検しようと思っているが、未舗装でUターンもできない道幅のところに入り込んだらやっかいなので保留中。


山のホテルを出たのは午前11時半頃。その頃にクルマの駐車場は一杯で、ホテル前の道路は狭くて駐車場入り待ちができないので、係員が元箱根にある公共の駐車場に駐めてここまで歩いてくるか、時間を改めて来て欲しいと説明していた。クルマで来る人は早めに来ましょう。バイクはまあ大丈夫かと思う。


元箱根まで戻り箱根マラソンのほうの国道1号を進む。ナビまかせなのだがポーラ美術館に向かう時は、いつも途中で裏道のような細いところを抜け、しかもすごく急な下り坂を走らされる。まあ美術館まではたどり着くからいいけれど。


ポーラ美術館到着。山のホテルからは30分ほどのクネクネツーリング。
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バイクは従業員駐車場の隅に駐めるので無料。
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美術館周りにたくさんあるツルツル木肌のヒメシャラはいつ見てもきれい。
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ピカソとシャガール展についてはツーリングとは別に、また日を改めて書く予定。
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ーーー続く

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2017年05月22日

箱根 山のホテルでツツジとシャクナゲ その2

しゃくなげ園を見に行く。
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ところで前回のエントリーに載せた園内の案内看板では「しゃくなげ庭園」である。けっこう不統一。ホテルのホームページの庭園散策マップでは「しゃくなげ園」となっている。ただし案内看板にあった「つつじ庭園」あるいは「つつじ園」という区分はホームページにはない。おそらく庭園とは基本的にツツジであり、ツツジ以外の場所には個別に名前をつけるという構成。ブランディングの仕事などやっているとこういうことが目についてノンビリ散策できない(^^ゞ

ちなみにこのブログでは植物の名前は基本的に片仮名表記にしている。何となく新聞などでも片仮名のようであるし、平仮名と続けた時にわかりやすいから。例えば

     いつつつじが咲く?
     いつツツジが咲く?

あしかがフラワーパークもそうだけれど施設の地名部分を平仮名にすることが多くなっている。さいたま市など自治体の名前にも使うことが平成の大合併で増えた。親しみやすい印象にするなど理由はわからなくもないが、文章の中では使いにくいから私はこのネーミング手法には反対。



話を戻して「しゃくなげ園」。
   やっぱり平仮名だと「」をつけたくなる。
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ここのシャクナゲは背の高いものが多く、低木の「つつじ園」の開放的な雰囲気と違って木々の下をくぐり歩いて花を眺める感じ。
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小振りのシャクナゲが多かった。
花はきれいだったのだが写真に撮るとパッとせず。センスのなさを痛感(/o\)
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だったら企画モノで勝負。シャクナゲの一生!
ところで「企画」に「モノ」をつけると、とたんに安直なイメージが生まれる(^^ゞ
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こいつは違う人生パターンみたい。
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ツツジのある場所からは芦ノ湖があまりよく見えないが、ここは少し高い位置にあるので湖面がよく見えた。
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つつじ園に戻って
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再びツツジを堪能。
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赤の手前にある濃いピンクのツツジと紫のツツジは他の色のツツジとは違い、まるで花びらが光を反射しているように鮮やかな発色だった。見つめていると目が痛いくらい。
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輝いているイメージが撮れているかな?
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ーーー続く

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2017年05月20日

箱根 山のホテルでツツジとシャクナゲ

何度かこのブログでも書いているが、3年前にあしかがフラワーパークへ藤を見に行った。そして藤も素晴らしかったが、ツツジの美しさに圧倒された。ツツジは道路の街路樹によく使われている。照り返しによる高温や乾燥に強く、また排気ガスの浄化作用にも優れているらしい。そんなわけでよく見かける花だが、頭の中では道路沿いの風景と一体化していて鑑賞する花という意識はまったくなかった。街路樹だから汚れていることも多く、それもツツジに気を留めなかった理由かもしれない。

しかし、あしかがフラワーパークでそんな印象も一変。それから毎年のようにツツジの名所に出かけている。またそんなことをしなくても、そこら中に咲いているわけで、汚れる前は大変にキレイだからツツジの季節になると道路を歩いているだけで楽しい。ほとんどの人は街路樹のツツジになんて以前の私と同じように目もくれないから、実にもったいないと思ったりしている。

芦ノ湖のほとりにある「山のホテル」にある庭園はツツジとシャクナゲで有名。ずっと訪れたかったが何かとタイミングが合わず。ようやく見頃の時期にツーリングできることになった。ただし庭園を見るだけでは時間が余る。そこで箱根周辺をあちこち走り回るがむしゃらコースも考えたが、結局はポーラ美術館で開催中の「ピカソとシャガール展」を見て、その後は温泉に浸かるというノンビリコースでツーリングしてきた。


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出発は午前7時半。往きのルートは東名を厚木インターで降りて小田原厚木道路に。ここは覆面パトカーが多いので常に緊張を強いられる。小田原厚木道路から箱根へは箱根新道で登った。クルマは多かったがそこそこのペースで快走。芦ノ湖の遊覧船発着場あたりに出て、そこからホテルまでは湖畔沿いに5分くらいの距離である。


山のホテル到着は9時半過ぎ。それにしてもヘンな名前のホテルである。箱根の山にあるから「山のホテル」という名前になったらしい。
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つつじ・しゃくなげフェア開催中で、ホテル前の道路沿いには係員がたくさんいる。バイクは道路に面したこの場所に駐めるように指示された。ホテルはもう少し上の方にあるのだが、文句を垂れるほどの距離じゃなかった。
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一段上の第2駐車場まで上がると庭園への案内看板。
この風景だけでも期待が高まってくる。
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壁沿いに進んで、この角を曲がると、
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声を上げずにはいられない光景が飛び込んでくる。
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全体のレイアウトはこんな感じ。
ホテルの庭園のほとんどがツツジとシャクナゲで占められていることがわかる。
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山のホテルのツツジの特徴は丸く刈られていること。そういえば同じく丸いツツジで有名な塩船観音寺には見頃が終わってから訪れて悲しい思いをした(^^ゞ
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この日は富士山もよく見えた。
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それでは丸ツツジのボンボンをお楽しみあれ。
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ここはツツジ園とシャクナゲ園の中間にある広場。
シャクナゲは写真右側のもう一段高いところにある。
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白い藤。ほのかに甘い香りがしていた。
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ツツジ園の下にある売店コーナー。
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花が売られていたのはシャクナゲだけ。
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ツツジ園の隣にあるチャペル。
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チャペル前庭にドーム。
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周りにはバラが植えられている。そろそろ春バラが見頃のシーズンだが、標高の高い箱根ではまだツボミもなし。
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なおチャペルの中はショボかった(^^ゞ
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ーーー続く

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2015年07月25日

西湘〜箱根をブラブラ その3

ツーリングの流儀は人さまざま。私の場合は「どこかへ行って」「何かをする」という組み合わせが多くて、後者に重きを置いている。最近は花を見に行くことが多いかな。その前は滝巡りをよくした。今回は「何かをする」というイベントがないツーリング。いままでも「どこかへ行く」だけのツーリングはあったけれど、それは目的地が(少なくともバイクでは)訪れたことがない場所やルートに限られる。西湘や箱根は何度も来ているから、それにも当てはまらない私にとっては珍しいパターン。

35年振りにバイクを買ったのが4年半ほど前。無理なく日帰りでツーリングできるところはあらかた出かけたので、プランがネタ切れ気味。そろそろ泊まりでのツーリングにステップアップする時期かな。


この日は天気がよくて芦ノ湖がキレイだった。それで芦ノ湖を上から眺められる芦ノ湖スカイライン〜箱根スカイラインに登ることに。

箱根の地形的成り立ちを超簡単に説明すると

   富士山のような大きな山があった
   それは火山で噴火を続けた
   長い噴火によって山の内部が空洞化し山頂から陥没した

いわば陥没した、そのクレーター部分が現在の箱根。そして陥没せずに残ったクレーターの縁が、外輪山と呼ばれる箱根を取り囲む山々である。芦ノ湖スカイラインは芦ノ湖の西側にある外輪山の尾根を走っている。
M3



外輪山の尾根にある芦ノ湖スカイラインだが、実は道路から芦ノ湖はほとんど見えない。
ここは南側から芦ノ湖スカイラインに入って最初にある休憩所。レストランのある方に進むと、
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芦ノ湖が見渡せる。以前に来た時はかなりガスっていて湖面がはっきり見えなかったからリベンジ成就。もっともここは南北に縦長な芦ノ湖の南から1/3位の位置なので、湖面のすべては見えない。
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山羊(ヤギ)が放し飼いにされていた。大型犬くらいの大きさ。まだ子供の山羊なのか、これくらいのサイズの品種なのかはわからず。
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歩いては草を食べ、歩いては草を食べ。同じ草なんだから、一箇所に立ち止まってそこの草を食べればいいのにと思うのは人間の感覚なのかも。ちなみに山羊は紙を食べるというが、普通の紙はいろんな薬品や添加物を加えて作られており、消化できないので食べさせてはいけないそうである。昔ながらの製法の和紙とかならいいらしい。
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レストランから少し高いところにパノラマ絶景という看板が立っていたので登ってみた。
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久し振りにカメラをパノラマモードにして撮ってみる。ここまで登っても芦ノ湖の見え方は変わらないのだが、尾根全体を見渡せるので開放感は抜群。
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まだ先があった。
この登りはちょっときつかった。
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山頂到着。
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さらに開放感アップ。
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少し霞んでいるが、遠くに見える海は伊豆半島西側の付け根あたり。
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中腹部分に遊歩道みたいなものがあった。
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行ってみる。
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山頂部分を見上げるとかなり高いことがわかる。
そりゃきつかったわけだ。
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このあたりが一番西側に張り出している部分
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ーーーだと思ったら、さらに外側に普通に舗装された道があった。ちなみにこの道はレストランのところまで続いている。パノラマ絶景の看板のところまで行くだけなら、こちらのほうが勾配が緩やか。
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箱根名物と書いてあったトロロ蕎麦。トロロはまあまあだったけれど、肝心の蕎麦が低レベルで残念。1180円の観光地料金なのは仕方ないか。
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お店を出たらまた山羊がいた。
山羊って意外と可愛くて気に入った。
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三国峠の眺望ポイントを通りかかった時に、雲の切れ目から富士山が見えていた。
しかしバイクを停める位置を何度かやり直しているうちに、ほとんど富士山が隠れてしまいーーー(/o\)
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この後は芦ノ湖スカイライン〜箱根スカイライン〜401号線の長尾峠をノンストップで走り抜け、御殿場インターから東名へ。帰宅は午後5時で走行235キロ。

風呂をセットしておいたので、玄関を入って10秒後にザブーンといきたかったのに、汗で濡れたピチピチの速乾性シャツが変にヨジれてなかなか脱げない(>_<) でもシャツを脱ぐのにもう一汗かいたから、余計にいい湯になった。


おしまい

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2015年07月24日

西湘〜箱根をブラブラ その2

箱根にさしかかったところでガソリンを入れる。セルフサービス式なのだが、お金を最初に投入するのではなく、給油後に出てくる「何リッター入れた」というレシートを事務所に持っていって精算する方式。そういうのは初めて。話は変わるが自宅から少し離れたところにあるセルフ式のスタンドは、先にお金を入れるまでは普通のセルフ式でも、1000円以上のお釣りはプリペイドカードで出てくる。現金でお釣りが欲しければ事務所で換金できるが実に面倒。顧客囲い込みのつもりなんだろうが私は二度と利用しない。


小田原から箱根に上がるには

  箱根駅伝のコースでもある国道1号線
  そのバイパスとして造られた箱根新道(道路番号としてはこれも1号線)
  有料道路のターンパイク
  旧東海道と呼ばれる県道732号線(江戸時代の東海道とは別みたい)

の4つがある。これ以外にも林道レベルのルートがあるらしいのだが、まだ調べるに至らず。この日は1号線を選んだ。


ご存じのように箱根では現在、一部で噴火の兆候が見られ立ち入り禁止の区域がある。最近はその報道も下火になってきたが、少し前は観光客が減ったというニュースをよく見た。だから道路も空いているだろうと考えていたのに、箱根湯本の駅前でいきなり渋滞(/o\) でも駅前を過ぎれば渋滞はなくなった。

しかし今度は反対車線の下り方向がミッチリとほとんど停滞に近い渋滞。それが延々と宮の下(かなり山頂に近いエリア)まで続いていた。時刻はまだ午前11時半頃。泊まりで朝ご飯を食べて、もう一度温泉に入ってから帰る人たちなのかな。たぶん麓に降りるまで2時間近くかかると思う。他人事ながらヤレヤレな気分。


小涌谷(こわくだに)で1号線から離れて県道733号線に入る。ポーラ美術館の前を通っている道路で、どちらかといえば裏道的でのんびりしたイメージ。ところどころで別荘も見え、適度にクネクネしていて楽しい道。夏の箱根ツーリングの定番となっているポーラ美術館はセザンヌ展を開催中。今はセザンヌがあまり好みでないので(私は周期的に趣味が変わる)今回は訪れず。


地図を赤く塗ったあたりが立ち入り禁止区域で大体直径1キロ。中心は大湧谷(おおわくだに)で、もともと温泉の蒸気が噴き出している地獄谷的な風景が名物なところ。733号線より内側の734号線は立ち入り禁止区域を通るので、該当部分は現在通行止めになっている。でも禁止区域の中に入って大湧谷に行くのでなければ、別に蒸気が見えたり硫黄の匂いがするわけでもなく、箱根はまったくいつも通りの箱根である。
M2



予定にはなかったが、仙石原を通りかかったらグリーンのススキがあまりにキレイだったので、思わずBMW F800Rを停めて記念撮影。
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その後は芦ノ湖の湖畔沿いを走り、といっても湖はほとんど見えない区間のほうが多いのだが、そして山のホテルや箱根神社の前を通り過ぎて、いつもの遊覧船乗り場でバイクを降りる。ここより少し手前の恩賜公園に行ってみたかったが、有料駐車場しか見あたらなかったので、だったら別にいいかと。
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今まで気付かなかったが、芦ノ湖には大きな鯉が泳いでいた。これで60センチくらい。写真をクリックして拡大すると小さな魚も写っている。ワカサギ?
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小さな桟橋。
例によって先端まで行き、
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右見て、
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左見て、
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振り返る。
子供たちは魚取りというか、魚の追い込みに夢中。
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夏らしい雲。
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少し変わった雲。
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ごく普通の雲。
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雲の流れは速く、到着した時には雲に隠れていた富士山が顔を見せた。
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気温は31度くらいだった。日差しもきつくて暑かったが、木陰に入るととても涼しく感じた。ところで写真を撮っている方角は多少違うが、同じ場所で撮っているのに、どうしてこんなに空の色が違って写るの?
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芦ノ湖はそれなりに賑やかだったが、連休ということを考えるとやはり人出は少なかったかな。火山活動は立ち入り禁止区域に入らない限りたいしたことはないとは思うけれど、昨年9月の御嶽山の噴火もまだ目に焼き付いているわけで。しばらく箱根を敬遠する人がいるのは仕方がないことだろう。まあ自然には勝てない。


ーーー続く

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2014年11月21日

椿ライン〜芦ノ湖

真鶴でアマルフィを探した後は湯河原方向へ向かう。135号線は伊豆に向かうクルマで混雑。途中で75号線に右折すると湯河原駅の前を通り、その先が湯河原のメインストリート。だんだんと坂を上がるにつれて旅館が建ち並んで温泉街の雰囲気になってくる。道路沿いに川も流れていていい感じ。しかし、かなり以前だが湯河原には3回くらい泊まりに来ているのに街並みに見覚えがなかった。きっと夜に着いて宴会して二日酔いで帰るというパターンばかりだったからだ。


湯河原から箱根に抜けるには75号線の先にある湯河原パークウエイという有料道路か、椿ラインと呼ばれる道路を使うことになる。椿ラインは75号線の延長なのだが、東京近郊では一二を争うクネクネ道である。走り屋飛ばし屋が多いことで有名で事故も多い。この日も椿ラインに入ってしばらくしたところで、クルマとバイクが絡む事故があったようで警察が現場検証していた。ライダーは現場をウロウロしていたから大きな事故ではなかったみたい。
地図3



ところでバイクでは海や峠道に行くことが多い。
それでこの3年半でわかったことは、

  どこのへんぴな海に行っても必ず釣り人がいる。
  どこの急峻な峠道に行っても必ず自転車でツーリングしている人がいる。

ということ。自転車で峠道を上りきる達成感は格別なんだろうけれど、私はちょっと無理かなあ。もちろん椿ラインにも自転車で上っている人はたくさんいた。意外だったのは歩いている人もチラホラいたこと。登山・ハイキング姿ではなく普通のスタイルの観光客。まさか箱根まで歩いて行くとは思えないから、どこを目指して歩いているのか気掛かり。


椿ラインを1/3位走ったところにある休憩所。海に浮かんでいるのは初島で、その向こうの山並みは川奈あたりだと思う。この日は湯河原から箱根へ、つまり上り方向に椿ラインを走ったから海はほとんど見えなかったが、下りなら景色のいい道路なのかも知れない。
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奥にある建物の1階はトイレだが、
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2階はベンチでもテーブルでもない謎の板が並ぶ不思議な構造。
しかも朽ち果て感あり。
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2階から見た休憩所。ライダー談笑中。
この休憩所はヘアピンカーブを曲がったところにあらわれてビックリした。
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しばらく休憩してから箱根に向かう。このあたりは温暖な気候の場所だし、椿ラインは基本的に南斜面だから、まだ落ち葉は思ったほど積もっていなかった。


椿ラインの終点は箱根ターンパイクの終点でもある大観山。この日はドライブインには向かわずに、そのまま芦ノ湖まで降りる。


途中の展望台で富士山の写真を撮っている人がたくさんいたので、
つられて立ち寄り。
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逆光でシルエットでしか見えないのだが、富士山の冠雪がなくなっていたような。展望台の前にある木は芦ノ湖を写すのに邪魔だから移動させて欲しいな。
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ところで椿ラインを走っている時もそうだったけれど、走っている向きによっては西日が眩しくて視界が遮られるというか失われる。クネクネ道をところどころ当てずっぽうで走らなければならないから気を遣う。ヘルメットに内蔵されているサンバイザーを降ろしても効果なし。この季節は午後3時を回ったら帰路についているべしということかな。



何度も見ている芦ノ湖であるが、せっかく箱根に来たのだから見物。
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バイクを停めたのは芦ノ湖東湖畔の遊覧船乗り場。
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箱根駅伝の往路ゴール地点といった方がわかりやすいかも。
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こんな駅伝ミュージアムがあるとは知らなかった。
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駒ヶ岳の南斜面。山頂にあるのはロープウエーの駅。
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ボート置き場。
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海賊船が戻ってきた。この船はカニ歩きのように横にも進める。目の前でUターンしてから平行移動するように接岸していた。
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芦ノ湖出発は午後4時くらい。帰りのルートは御殿場に降りて東名で帰るか、小田原に降りて小田原厚木道路&東名で帰るかをまず決めなければならない。御殿場経由は先日の山中湖紅葉ツーリングと同じになるから小田原に降りることにした。小田原に降りるには箱根新道と旧道がある。なぜか名称はどちらも国道1号線。遊覧船乗り場から新道方向はとても渋滞していたので、旧道方向に向けて出発した。

これが大失敗。スムースに走れたのは最初だけで小涌谷あたりで渋滞し始め、宮の下手前からはなんと停滞! ニッチもサッチも進まない。道も狭いしところどころに観光バスもいるからスリ抜けもままならない。諦めて停滞につきあうことに。生まれて初めてバイクに跨ってタバコを吸った(^^ゞ どこかで道路工事をしていたわけでもなく自然渋滞。結局、箱根湯本まで降りてくるのに1時間半ほどかかった。たぶん普段は30分かからないはず。箱根に着いた時は8度くらいあった気温も日が落ちてからは6度まで下がり寒かった。


思わぬ大渋滞で帰宅は午後8時半。走行245キロ。
海と山、快走路に停滞と変化に富んだ1日であった。


おしまい

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2014年11月09日

山中湖の紅葉 番外編

11月3日文化の日バイクツーリングの続き。


当初の予定では山中湖で紅葉を見てから箱根のあるところへ行くつもりだった。旭日丘湖畔緑地公園を後にしたのが午後1時半頃。まだ時間的な余裕は充分ある。そのつもりで御殿場の方面に向かい、途中でラーメンを食べて2時半。すると何となく「今日はもういいかあ」という気になってきた。出かける時に「三連休最終日なので夕方から高速道路はかなり渋滞する」といっていたのが頭にあったのかも知れない。でもまだ2時半。すぐそばの御殿場インターから高速に乗って帰るだけではちょっともったいないような気もした。

iPhoneでグーグルマップを見てみると箱根に向かう道でまだ走っていない道路を発見。下の地図の401号線がそれで、御殿場から箱根へ続く箱根裏街道(国道138号)から別れて長尾峠まで登っている。そこから736号で乙女峠に向かって、138号で分岐点に戻れば15キロほどの周回コース。御殿場インターから往復で25キロくらいで腹ごなしにはちょうどいい距離。
ちず2

地図でもわかるようにかなりクネクネしている。401号の道幅はやや狭といったところだが、道路の両サイドに落ち葉がたくさん積もっていて、場所によってはバイクだと道路幅の7割くらいしか使えないので実質的には狭い。もう少し暖かいシーズン向けのルートかな。景色はまさに山の中を走る峠道でまったく冴えない。途中で「しるこや」というお店があって、その隣が展望台のようになっていた。そこがお店の敷地かどうかはわからないが、長尾峠に出るまで眺望が開けているのはたぶんそこしかない。今回はスルー。

長尾峠からまっすぐ進めば箱根スカイライン〜芦ノ湖スカイラインへと続いている。そちらには行かずに今回は736号線で乙女峠まで下る。ちなみに長尾峠は静岡と神奈川の県境なので401号は静岡県道、736号は神奈川県道である。国道138号線の乙女トンネルが完成する1964年(昭和39年)までは、401号&736号が国道138号線で、現在は旧138号線ということになる。

736号線は以前にも走ったが林道レベルの道幅。これが乙女トンネルができるまで箱根に行くメイン道路だったとは信じがたい。ただしこちらは南側に山がないのでところどころ芦ノ湖が見えて景色はいい。

左下の枝にピントが引っ張られたのかボヤーッとなってしまった芦ノ湖。
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少し道幅が広くなったところにバイクを停めた。標識のあるところの道幅がとても狭いのがわかってもらえると思う。
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正面から写真を撮るのは久しぶりかな。BMW F800Rはサイズの違うヘッドライトが個性的だったのに、もうすぐマイナーチェンジで1灯式のヘッドライトになるらしい。


138号線にでて御殿場インターに向かっている時に、401号線ですれ違ったバイクとまたすれ違った。この周回コースを何度も回っているのかな。落ち葉のないシーズンならそれもいいかもしれない。その後は御殿場からブォーンと東名に乗って午後5時半に帰宅。走行255キロだが、もう5時を回ると暗くなっている。そこそこの距離のツーリングに行けるのはあと数回だろうな。


おしまい

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2014年08月02日

大観山 〜 ポーラ美術館

涼しいところでも行こうかと箱根まで。実は昼間の箱根はそれほど涼しくなし、本当に涼しいのがいいのなら自宅でゴロゴロしていればいい。でも涼しいところへ出かけるというのが私の場合、暑い夏を乗り切る原動力になっているような気がする。ヘンタイかな(^^ゞ


東京から箱根に行くには北側の御殿場から入るのと南側の小田原からのルートがある。小田原から箱根へはさらに「箱根駅伝で有名な国道1号線」「箱根新道(違う道なのにこれも国道1号線)」「旧東海道である県道732号線」「有料道路の箱根ターンパイク」の4つに別れる。

今回はターンパイクを使った。有料道路(バイクだと520円)なので今まで避けていたが、ターンパイクの終点である大観山が標高1000メートル超で涼しいそうなのと(ちなみに芦ノ湖は標高723メートル)、今までトーヨータイヤ・ターンパイクだったのがマツダ・ターンパイクと名前が変わったから。まっ一種の初物食い。もっとも名前が変わったのは前日の8月1日。ポーラ美術館で4月から開催されているモディリアーニ展もは、箱根に行くなら暑くなってからと決めていたのでようやくの訪問といったところ。展示会については別のエントリーで書く予定。


往きは東名で厚木インターまで行き、そこからは小田原厚木道路。大観山からは箱根を北上してポーラ美術館に立ち寄り、その後は御殿場から東名で帰ってくるのが全体ルート。
地図1

先週にツーリングした足柄城跡も箱根エリアなので二週続けて箱根に行ったことになる。その時は足柄城跡の後に丹沢湖を訪れ、その上流を県道76号線で遡った。76号線にはたくさんのオートキャンプ場があることはブログにも書いた。その1つで8月1日の大雨による増水で親子4人が流され3人が亡くなるという事故があり、こちらではかなりニュースで取り上げられていた。この目で楽しそうにキャンプしているのを見てきた場所で、しかも訪れた直後にそんな事件が起きるとショックである。合掌


出発は正午と遅め。気温は33度。東名では37.5度まで上昇した。ゲエ〜(>_<)となるところだが、今回はとある工夫をすることでかなり涼しく走れた。その話はいずれ。ところで小田原厚木道路の終点近くになると「トーヨータイヤ・ターンパイクこっち」の看板がたくさんあったはずなのにすべて撤去されていた。マツダ・ターンパイクと書き換えるのが間に合わなかったのかな。

箱根ターンパイクは昭和40年代からある古参の有料観光道路。経営しているのは民間会社だが、2007年にネーミングライツによってトーヨータイヤ・ターンパイクという道路名になった。ネーミングライツというのは名前をつける権利を売ること。有名なところだと東京都調布市にある味の素スタジアム。都立の施設だが味の素が命名権を購入して味の素スタジアムと呼ばれている。いいアイデアであるが、ちょこちょこ名前が変わると覚えにくいのも事実。神戸にある球場は2003年からヤフーBBスタジアム→スカイマークスタジアム→ほっともっとフィールド神戸と3回も名前が変わっている。今回のマツダ・ターンパイクは何年続くかな。


バイクでターンパイクを走ったことはないもののクルマではよく使っていた。それでも10年ぶりくらいかな。入り口付近の様子は昔と変わらず。ただしETCは使えない。わりと緩めのワインディングロードなので、つまり高速コーナー中心だからバイクでかっ飛ばすのは私の腕前では無理。のんびりと駆け上がっていく。全長は15キロくらい。


終点近くの11.5キロ地点にある白銀展望台。
標高は995メートル。ターンパイクに入った時は33度くらいだったが、登り初めてすぐに気温が下がり初め、ここや頂上の大観山についた時は28.5度だった。
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望遠鏡を使わなくても熱海の沖にある初島が見えた。
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頂上のドライブイン到着。
改修中だった。
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標高1011メートル。
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海側は快晴で湘南の海岸が見渡せる。
(クリックで拡大しないとわかりづらいかも)
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しかし反対方向の芦ノ湖側は雲が厚い。
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晴れていたら上の写真の右側あたりに富士山が見えたはず。
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大観山は「たいかんざん」と読む。有名な日本画家である横山大観が、この山から見える富士山を好んで書いたところから名付けられたということだが、横山大観は明治生まれの人。その前はなんと呼ばれていたのだろう。まさか横山大観がネーミングライツで(^^ゞ



ドライブインから芦ノ湖側に渡る歩道橋。
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駐車場はドライブインを取り囲むようにいくつかあるが、写真にある駐車場は「本日、貸し切り」という表示が出ていた。
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何をやっているかと見に行くとエクシーガというスバルのミニバンばかり。オーナークラブの集会のよう。でも特にイベントらしい催しはなく、集まって談笑するのが目的みたい。全部で100台くらいのエクシーガが集まっていたかな。
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ちょっと地味な痛車発見。
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以上、マツダ・ターンパイクで開かれていたスバルのイベントでした(^^ゞ


ドライブインもトーヨータイヤ・スカイラウンジだったのがマツダに名前が変わっている。でもこのMAZDAの文字。社名のロゴとはずいぶん書体が違う。こういうのはしっかり統一しておかないと訴求効果が半減するものなのに。ちなみにマツダのホームページをザッと見たところではターンパイクの情報はなかった。それもナンダカナアな感じ。
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ドライブイン内部。
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ブラブラしていたら急にガスってきた。
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先ほどの歩道橋の写真と見較べてみて。
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芦ノ湖もまったく見えなくなる。
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雲とか霧のことを山ではガスという。雲や霧は水で、ガスは気体。全然違うのになぜそう呼ぶのか不思議。英語でも通じるのかは調べていない。それでガスが出てきてから急に寒くなってきた。この後に出発した時のバイクの気温計は何と23度! オオ寒っ! やっぱり山の天気は変わりやすい。


この様子だと芦ノ湖のあたりは雨かと心配しながら大観山を後にする。結果的には雨もなくガスで視界が悪いこともなく、ただ涼しいだけの快適なライディング。芦ノ湖まで降りると気温計は28度くらい。
地図2


ポーラ美術館に行くには小涌谷の手前で県道733号線に入る。この道はところどころいかにも別荘地というような場所を通る。箱根に来たという実感があって好みのルート。




午後3時過ぎポーラ美術館到着。
ご覧の通り再びの快晴。
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1時間半ほどモディリアーニ展を楽しんだ後、乙女峠経由で御殿場に下って東名で帰宅。乙女峠では富士山に掛かっていた雲が取れてその姿を眺めることができた。残念ながら写真は撮らず。

今回の箱根は予想以上に涼しくてラッキー。もっとも帰りの東名で時々バイクの気温計は38度を指していたし、涼しいところから降りてきたギャップでかなり暑く感じた。涼しかったという記憶だけを残すようにしましょう(^^ゞ

午後7時半頃帰宅で走行215キロ。
もっと涼しいところは遠いので、どうしようかと思案中。

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2014年05月15日

サーフ&ターフ 海岸に行く前に旧吉田茂邸

富士山スカイラインの東部分である県道23号線は、そのまま御殿場市内までつながっている。箱根こっちの標識に従って走れば国道138号線に出て、乙女峠経由で箱根の山に登っていく。何度か書いたが138号線は山中湖あたりでは旧鎌倉往還(往還とは街道の古い、あるいは格式のある呼び方 おうかん)と古式ゆかしい名前なのに、御殿場から箱根の区間では箱根裏街道という悪事を企んでいるような名前で呼ばれる。それと138号線が箱根裏街道であっても、箱根表街道はなく箱根街道という道路すらない。あるのは箱根旧街道(旧東海道の一部)のみ。

調べてみると138号線のルーツとなった道は江戸時代から箱根裏街道と呼ばれていたみたいである。やはり箱根といえば西側の芦ノ湖が表で、反対の東側を通っているから裏なのかなと想像する。はっきりとした名前の由来はわからなかった。

箱根でお気に入りはポーラ美術館である。現在モディリアーニ展を開催中で心ひかれる。でも9月15日までやっているので、夏に涼みがてら来ようかと立ち寄らず。138号線はあまり箱根らしさを感じるところがない。芦ノ湖くらい見て帰るかとも思ったが、何となくズルズルとそのまま箱根を通り過ぎてしまう。もっとも箱根を下る国道1号線は箱根駅伝で見慣れた景色であり、それなりに箱根気分は味わえた。



138号線は宮の下で国道1号線に変わる。宮の下といってもよほど箱根に詳しくなければピンとこないと思うが、あの冨士屋ホテルのあるところといったらイメージできる人が多いかもしれない。その後は大平台、塔ノ沢と箱根駅伝の中継でおなじみの名前の温泉街を抜けて箱根湯本の駅前を通る。1号線沿いの駅前商店街の人出はかなり多かった。

そのまま走れば小田原に出る。小田原の駅から2つ手前の風祭というあたりは、かまぼこの鈴廣(すずひろ)の本拠地。1号線沿いに大きな店舗やレストラン、かまぼこ博物館など5〜6軒が集まって建ち並び、まるでかまぼこのテーマパークのような賑わいを見せている。

鈴廣の全国的な知名度がどの程度かは知らないが、関東では高級かまぼことして名前が通っている。ちなみに鈴廣で一番値段が高いかまぼこは、正月向けに限定300セットだけ販売される「超特選蒲鉾 一(はじめ)」という商品。そのお値段、なんと紅白のかまぼこ2本セットで1万8000円! そんな高い金を払うならサーフ&ターフを何回か食べるほうがいいが、1切れパックがあったら話のネタに買うかも(^^ゞ 鈴廣でその次の価格は1本3500円くらい。そのレベルも食べたことがないなあ〜。


小田原の1号線は海より少し内側を走っており、ところどころでチラッとしか海は見えない。「国道1号線」といっても、このあたりは片側1車線のショボイ道路。そこそこ渋滞していた。小田原を抜けると大磯。大磯は市ではなく神奈川県中郡大磯町。それで大磯で最初に立ち寄ったのが大磯城山公園。じょうやま公園と読む。
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クルマは有料だがバイク駐車料金は無料。
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県立公園の入り口にしてはやたら格式が高そうな雰囲気なのは、
ここが明治時代に三井財閥当主が建てた別荘の跡地だから。
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園内に別荘当時の写真パネルが多数ある。
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小高い丘になっていてテクテク登っていく。
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門構えもあちこちにある。
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このあたりに本館があったらしい。
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今は当時の建築に似せたデザインの展望台になっている。
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相模湾が見渡せる。海岸線に見えるのは西湘バイパス(高速道路)。
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写真中央の滑り台は大磯ロングビーチ(大磯プリンスホテルにある)のプール。
遠くの山並みは伊豆半島である。
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こっちは展望台じゃなくて休憩所。
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シランという花。
そんな花はーーーというようなオヤジギャグは書きません(^^ゞ
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公園内の風景いろいろ。
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古い蔵がギャラリーになっていた。
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広さは約9ヘクタール。この日に見て回ったのは1/3くらいかな。特に見たいものがあったわけじゃない。この公園は旧吉田邸とパンフレットも共通で、セットみたいな存在なのでちょっと立ち寄ってみただけ。



城山公園の入り口にある旧吉田邸への案内。
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これは国道1号線を東京に向いた写真。
城山公園はこの交差点を左折してすぐの所に入り口がある。
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こちらは反対側の小田原方向。これがこのあたりの1号線の雰囲気。旧吉田邸の入り口は左側のフェンスが途切れているところ。だから城山公園とは1号線を挟んでほとんど隣り合っている。
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旧吉田茂邸の入り口。
今気付いたが、柱の文字を見ると城山公園の一部として扱われているみたいだ。
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吉田茂を知ったのは子供の頃に彼の国葬があったから。今に至るまで戦後唯一の国葬で盛んに報道されていた。しかし小学校低学年だったので記憶に残っているのは、スーツ姿でも羽織袴姿でも太い葉巻を咥えている姿のみ。国葬=偉い人という認識はあったと思うが、それよりも子供心に個性的な人だなあという印象が強かった。

吉田茂の家が大磯に残っており、ときどき公開されていることを知ったのはいつ頃のことか思い出せない。でも戦後政治の裏舞台でもあった場所でもあり、機会があったら見に行きたいなあとは思っていた。しかし残念ながら2009年に火災によって焼失。その代わりといってはなんだが、残った庭園などを整備し直して、昨年から公園として一般公開されたので敷地内には自由に入れるようになった。


前栽みたいな感じでバラ園があった。
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何となく吉田茂とイメージが結びつかず意外な感じがしたが、パンフレットによると彼は大のバラ好きで日本バラ会の会長を引き受けていた時期もあるとのこと。へ〜私と趣味が合うじゃない、茂ちゃん(^^ゞ
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そんなに広いバラ園ではないが、大輪のバラが多く濃厚な香りが漂っていた。広くないといっても個人の邸宅だと考えれば充分に広い。もっとも吉田茂が生きていた頃は、今は駐車場になっているところがバラ園で、ここの10倍程度の面積があったらしいから驚く。駐車場は1号線に面しているから大磯の人は吉田バラ園を道路から楽しめたのかな。邸宅の敷地全体は3万3000平米=約3.3ヘクタール=約1万坪である。



内門あるいは兜門と呼ばれる中門。
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それを抜けると日本庭園。
日本庭園にフェニックスはおかしい気もするが、まあここは暖かい大磯だからいいか。
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庭園の中心となっている池。
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この木の密集具合が何となくすごい。
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これは七賢堂。
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元は大磯にあった伊藤博文邸にあったものらしい。明治時代の大磯には伊藤博文・山県有朋・大隈重信・西園寺公望・後藤象二郎・西周・大倉喜八郎・岩崎弥之助・陸奥宗光・原敬・安田善次郎など政財界の大物多数が自宅や別宅、別荘を建てている。その頃なら大磯まで足を伸ばさなくても、江ノ島あたりあるいは横須賀でも充分のんびりした別荘地らしい場所だったと思うが、大磯に何か特別の魅力があったのかな? ちなみに吉田茂は東京生まれで少年期に大磯で暮らしている。



日本庭園から離れて敷地の海側のほうは少し小高くなっている。そこにあった愛犬ポチの墓。これがイヌの墓であることは疑いがない。この墓の情報はネット検索でいくらでもヒットする。
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よくわからないのがこれ。
ポチの墓の右に竹で組んだ柵が写っているが、正面以外の三方をその柵で囲まれて並んでいる墓石のようなものがある。
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1948年(昭和23年)にできた「墓地、埋葬等に関する法律」で、墓は市町村長の許可を得た墓地以外に作ることは禁じられた。それまでは自宅に勝手に墓を作ってもよかったみたいである。話はそれるが、人が死んだら届け出ることは法律で決まっているが、遺体をどうするかは決まっていない。自宅に放置しておけば、つまり遺体の尊厳を傷つけるようなことをすれば死体遺棄罪になるはずだが、宗教上あるいは信念の問題として例えばミイラにすることは一応可能。

また火葬した遺骨は墓に入れなければならないという規定もない。火葬した遺骨であろうと土葬であろうと墓に入れる、あるいは土に埋める場合に許可を得た墓地以外は禁止ということが定められているだけである。この法律ができた頃に散骨というものは想定していなかったから、最近それが問題になっている。

話を戻すと、この墓石のようなものを見た時は、法律ができる前に自宅に作った墓なのかなと思った。吉田茂は1967年(昭和42年)没だから、これは彼の墓ではない。だいたい国葬で弔った人物の墓がこの程度であるはずもない。だからもっと祖先の墓か何かかと。まあ後で調べてみようくらいの気持ちだったが、ネットで検索してもまったくこの墓石のようなものの情報が上がってこないのである。ついでにわかったのは吉田茂の墓は東京の青山墓地にあること。しかしごく普通サイズの墓で驚いた。


わからないなら、もう少し調べようホトトギス。

   1番左の石は風化したのか字が読めない。

   左から2番目の石には「無縁法界」と書いてある。仏教用語で無差別平等の
   世界の意味らしい。無という漢字の上は梵字? 

   左から3番目は「心月圓海清善女 霊」。これも頭に梵字のようなものがある。
  「心月圓」「心月園」「海清善女」と検索してみるもヒットせず。

   左から4番目は松の枝で「三界」しか読めない。三界も仏教用語で欲界・色界・
   無色界=平たくいえばこの世のこと。

   右から2番目は風化して「安」という文字しか判別できず。

   1番右は文字が2行(以上)あるが写真に写っているのは1番左の行だけ。
  「依法禅定と不明な文字が1つ」。これもネット検索で何も見つけられなかった。
   でも法とか禅とか仏教っぽい雰囲気。

というわけで、どうも仏教の言葉が刻まれている模様。でもなんのため? それと「心月圓海清善女」は何となく響きが戒名っぽい。「霊」という文字がついているもの気になる。結局ナゾは解明できず。神奈川県立城山公園には、是非ともこの石の解説パネルを現地に建てて、ホームページでも教えて欲しい。ポチ以外のイヌの墓だったりして(^^ゞ


歩き進んでいくと吉田茂の銅像があった。真逆光だったので写真が飛んでいるが左手には葉巻を持っている。やっぱり葉巻は彼のトレードマーク。愛煙家なところも私と気が合うじゃん、茂ちゃん(^^ゞ
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逆光を避けて横下から。
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吉田茂について詳しいわけじゃない。知っているのは世間常識程度。総理大臣としてサンフランシスコ講和条約で第二次世界大戦の戦争状態を終了させ(いわゆる終戦とは別の手続き)、同時に日米安全保障条約も結んだ。それが戦後日本のリスタートだったことは間違いない。もっとも彼でなくても、その時に総理大臣だったらその役割が回ってきたとは思うが、それは歴史のイフ。正しい時に正しい場所にいるのも才能であり能力である。

結果として戦後の繁栄と平和を享受できたのだから、国葬も然るべしだったと思う。なんとなく最近はこの国の先行きもあやしいが。残念なのは孫の麻生太郎が、吉田茂の憎めないキャラクター以外は何も受け継いでいないことかな。


銅像付近から見える大磯の海。
今は西湘バイパスが遮っているが、それができる前は自宅から直接海岸に出られたらしい。
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なお邸宅が建っていた場所へは近づけなかった。更地でも「ここにあったのか〜」と見せてくれればいいのに。復元計画があるみたいだが、レプリカじゃあまり興味がわかないかな。


ーーー続く。

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2013年11月07日

ポーラ美術館のガラス工芸展と藤田嗣治の新コレクション

書くのが少し後になってしまったが10月27日に出かけた箱根・仙石原ツーリングのパート4で、ポーラ美術館のモネ展パート2である。


さて
モネ展と同時に開催されているのが「ガラス工芸名作選」という展示会。ポーラ美術館はガラス工芸品のコレクションにも力を入れているみたい。


「草花文耳付花器」 エミール・ガレ
草花文耳付花器

「風景文花器」 エミール・ガレ
風景文花器

「アザミ文花器」 エミール・ガレ
アザミ文花器



「葡萄とカタツムリ文花器」 ドーム兄弟
葡萄とカタツムリ文花器


「蜻蛉文ランプ」 ルイス・C・ティファニー
蜻蛉文ランプ




エミール・ガレの名前くらいは知っているし、作品もいくつか見たことはある。でもこの分野にほとんど知識はなく、今まで関心もなかった。ちなみにルイス・C・ティファニーとは、あのティファニーの二代目だそうである。展示は全部で50点以上はあったと思う。一部はモネ展の中でも並べられていた。


これらは1900年前後(明治の中頃)に作られたアール・ヌーヴォー様式。アール・ヌーヴォーはフランス語なので英語に置き換えればArt New。つまり新しい芸術という意味。何に対して新しいのかはよく知らないが、とにかく柔らかくて優雅な曲線と、花とか昆虫が模様としてよく使われているのが特徴。ついでに日本人的にはよく似た言葉でこんがらがるのがアール・デコ。デコはデコレーションの略だから直訳すれば装飾芸術。アール・ヌーボーより30年くらい後に流行した様式。どちらかといえば直線的、幾何学的な形が多くてちょっと派手で前衛的。もちろん今の視点で見ればヌーボーもデコもどちらもレトロな感じを受けるが。


この時代のガラス作品をまとめてみたのは初めてである。

感想その1
なかなかエエヤン!
理屈抜きにキレイだし、壺とか茶碗とか陶器の骨董品のようなコムツカシさはない。それでいて100年ほど経ったヴィンテージ感も趣として感じる。こんなものが自宅に飾ってあれば楽しいと思う。


感想その2
こういうものって、どうして日本で発達しなかったんだろう。
なんとなく残念。



もうひとつモネ展と同時に開催されていたのが、ポーラ美術館が最近コレクションに加えた藤田嗣治(つぐはる)の3作品。同館の藤田コレクションは国内では一番大きいといわれている。


「グロテスク」

あまりグロテスクな雰囲気はしない。じっくり眺めたくなる絵でもないが、Tシャツにでも刷ればおもしろそう。ある意味ポップな印象。
グロテスク



「シレーヌ」

シレーヌはギリシャ神話に出てくる海の怪物で、美しい歌声で船員を惑わし船を難破させる。まあ悪役キャラだったのだが、いつのまにか人魚の意味になってロマンティックなニュアンスに今はなっている。藤田嗣治の描いたのは怖い方のシレーヌかな。歌い出すと口裂け女になりそう。
シレーヌ


この2作品は藤田嗣治の晩年の作品で、一般公開されるのは今回が初めてとのこと。



「キュビスム風静物」

上の2作品とは逆に、これはまだ藤田嗣治が無名だった初期の作品。彼がパリに渡ったのは、ピカソがキュビスムという描き方で一世を風靡していた時期に重なる。タイトルにキュビスム風と「ふう」を付けているから、キュビスム勉強中ということだろう。
キュビスム風静物


キュビスムはフランス語読み。英語読みだとキュビズム、あるいはキュービズムとなる。英語のスペルはCubismで、これはCube(立方体)とism(主義)の合成語で直訳すれば立方体主義。簡略化して立体主義とか立体派ともいう。キュビスムは20世紀で最も重要なトレンドだったといわれる。

ーーーなのであるが、これがやたら難解なのである。 
私なりに噛み砕いて解説すると(信憑性35%くらいかな)、

1)
物体はいくつかの要素やパーツに分解することができる。例えば顔なら、目や鼻や口など。

2)
また物体は視点を変えれば違う形に見える。たとえば正面の顔と横顔の形はまったく違うが、どちらも同じ顔である。

3)
なんてことをウニウニと考え、分解した要素やパーツを抽象化したり、デフォルメ(変形)したりする。またいくつかの視点から物体を眺めると違う形に見えるが、絵という二次元表現の1枚に落とし込むには、最後にそれらを無理やり統合しなければならない。


それで出来上がるのがこんな絵。
これはピカソの「泣く女」という作品でキュビスムだけじゃなく、さらにシュルレアリスム(超現実主義)も入っている。※今回の展示会とは関係ない
泣く女


私はキュビズムが苦手だし好きじゃない。描くという行為のひとつの方向として、こういう考え方もあることは認めるとして、私が絵に求めているものとはずいぶん違う。とりあえず藤田嗣治が、こっちの趣味に走ってくれなくてよかった。


ーーーおしまい。

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2013年10月29日

ポーラ美術館の遊歩道

モネ展のことはまた別に書くとして、展示会を見終わった後の話を先に。


美術館を出て駐車場の方に歩いて行くと、壁にこんな表示を見つけた。
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ポーラ美術館は山の中にあって建物のすぐ後ろには森が広がっている。だから遊歩道があってもおかしくない。でも広大な森を延々歩かされても帰りが遅くなって困る。そこで駐車場に入るクルマを誘導しているガードマンに尋ねてみると、それほどの距離はなくちょっと遠回りして駐車場まで行く程度みたいだったので歩いてみることに。前にも書いたがポーラ美術館のガードマンは教育が行き届いているのか、元々優秀な人を採用しているのか、とにかく礼儀正しく質問に対する受け答えも的確である。


敷地はとっても広いのに、遊歩道はなぜか建物の横の細い通路から始まる。
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それなりにデザインに気を遣った建物だから、それを見せたいのかな?
でも私は、この手のありきたりの現代建築には批判的。
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建物の横を抜けると森の中に遊歩道が延びている。
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遊歩道沿いにあった彫刻。
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作品の説明はなかったがヘンリームーアっぽい。箱根といえばヘンリームーアが有名
だから、そう見えるのかもしれないが。そういえば昔はよく見た「彫刻の森美術館」のコマーシャルが最近は流れていないようなーーー。



これはヒメシャラという木。
実はこの遊歩道を歩いてみようと思ったのは、美術館の前にもヒメシャラが何本か生えていて興味を持ったから。名前は聞いたことがあるが、少なくともこんな大きな木を見たのは初めてだと思う。
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見てわかるように、まるで樹皮を剥いだような表面をしている。触ると割とツルッとした感じ。表面のアップ写真を撮ってくるのを忘れた(/o\) 普通の木とはまったく違う明るい色なので、森の中でもとても目立つ。
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こちらは樹齢300年の寿命をまっとうしたブナの木。
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解説はこちらで。
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自然にこうなったのか、間引いて整備したのかはわからないが、広々としてとても気持ちのいい森である。写真に撮ると、ただ木が生えているだけの当たり前の景色にしか見えないのが残念。実際にはスコーンと開放感がある空間である。うっそうと暗くないのもいい。
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遊歩道の中頃にあった案内板。
よく読むとマムシが出るらしい(>_<)
もっと最初に教えてよ!
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森の中のアップダウンは緩やかで疲れることはない。遊歩道に敷かれている材木の道は歩きやすいが、模様や濃淡に紛れて段差に気付きにくいのが難点。森の木を眺めて視線が上を向いているせいもあるが、3回くらい段差につまずいた。
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小さな可愛い彫刻。
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散策コースの終わりは小川に沿っている。
森の中が静かなので、水が流れている音はかなり遠くから聞こえる。
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駐車場の前の道路に出てお散歩は終了。
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所要時間はスタスタ歩いて20分くらい。とても美しい散策コースというか、さすがポーラ美術館は森までオシャレ?である。美術館を訪れたら是非歩いてみるべきである。ヒメシャラを眺めるのも楽しい。



その後は138号線で乙女峠を抜けて御殿場から東名という、まったくヒネリのない道順で帰ってきた。今回のルートのほとんどは高速道路が占めたが、箱根は景色が変化に富んでいるので、現地での距離の割にはバイクを楽しめた感じ。走行230キロ。暖かめの秋が長く続きますように。


おしまい

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2013年10月27日

箱根・仙石原のススキ

巾着田に彼岸花を見に行ったのが9月28日だから1ヶ月ぶりのバイク。あれから横濱ジャズプロムナードに見に行った週末以外は、雨とか台風だったように思う。本日は台風一過の晴天予報だったので久しぶりにブォーンと。1ヶ月も乗らないと自分がバイクを持っていることを忘れてしまいそうである(>_<) 


今回の目的地は2つ。1つは箱根でススキを見ること。これは前から見たかった。でも、せっかく箱根まで行くのにススキを見て帰ってくるだけじゃもったいない。あれこれ調べたら以前にも訪れたポーラ美術館で、クロード・モネのよさげな展覧会をやっていたのでそれを観てくることに。

地図1

東京から箱根に行くには北側の御殿場から入るルートと、南側の小田原から入るルートがある。そして小田原から箱根に登るには国道1号線、箱根新道、箱根ターンパイク(有料道路)の3つが代表的。でも今回は東海道の旧街道である神奈川県道732号線を使った。旧東海道といっても江戸時代のルートとは少し違うみたい。江戸時代のルートの一部は箱根旧街道として石畳の道が保存されている。


午前8時過ぎ出発。気温は17.5度。そういえば前回の巾着田ツーリングの時はメッシュの革ジャケット革パンツだったことを思い出す。ルートは単純。東名で厚木まで行き、そこから小田原厚木道路に乗り換える。小田原厚木道路はクルマでもよく走ったが、ほとんど毎回といっていいほど覆面パトカーに捕まっているクルマを見る。例によって本日も発見。ここを走る時は慎重に。


旧東海道を走るには小田原から少しだけ国道1号を進み、三枚橋という交差点で左折する。その後はほぼ箱根新道に沿って道が続いている。箱根新道が旧東海道沿いに作られたというべきかな。

予想していたけれど旧東海道といっても、江戸時代を感じさせるものは何もなく、ただの細い県道。前半は温泉街を抜けていき後半は山道となる。途中で箱根旧街道の入り口の前を通った。バイクを駐める場所もなかったし、昨日までの雨でぬかるんでいるだろうと思い今回は素通りする。

旧東海道を2/3ほど上ったところで、七曲がりと呼ばれるヘアピンの連続する場所がある。ここはちょっと難所。クルマが前にいてゆっくり走ったが、クルマがいなくても同じくらいのペースだったかもしれない。最後に「お玉ヶ池」という何やらオソロシイ伝説がある池の横を通って、旧東海道は国道1号線に接続する。けっこうアッケナイ。なおバイクは降りなかったがお玉ヶ池はきれいな池だった。

地図2

その後は県道75号線で芦ノ湖沿いを北上する。芦ノ湖沿いといっても道路はやや湖畔から離れて、しかも高い場所を走っているので芦ノ湖はたまにチラッと見える程度。

芦ノ湖の北岸近くで75号線は湖畔に接近する。
予定外ではあるが、せっかくなので芦ノ湖散策。

こんな道の先にある、
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無料駐車場。
奥に見える建物は箱根ロープウエイの桃源台駅。火山ガスが吹き出している大湧谷(おおわくだに)に向かっている。
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少し道路を戻って芦ノ湖の湖畔に出る。
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モーターボートで芦ノ湖一周は7500円。
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遠くに見えた遊覧船。
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そこそこ水もきれい。
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駐車場にあった案内看板。
案内に興味があったわけではなく、
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目を引いたのは局番が4の一桁。
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箱根だけなら一桁でも足りるのかとその時は納得したが、これはかなり古い看板がそのままになっている模様。箱根ロープウエイの電話番号が4-8439となっているが、そんなわけはないと調べたら現在の電話番号は0460-84-8439だった。



75号線をそのまま進むと仙石原(せんごくはら)にでる。

駐車場到着。
ここは公営で無料。ただし舗装なし。案内看板はしっかり出ているので迷うことはない。ここ以外に数カ所ある。革ジャンがずり落ちかけているのは、写真を見て気がついた(^^ゞ
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ススキの場所まではちょっと距離がある。
ちなみに仙石原というのは、このあたり全体の地名。
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プラプラ歩いていたら、あまり距離は気にならなかった。
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少し秋の色になった葉っぱ。
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なぜか先っちょを切られている木。
これ以上伸びないため?
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道路の外側から見たススキの草原。
日の当たり方によって写真ではずいぶん色が違って見える。
実際のイメージは上の写真の方が近い。
(パソコンのモニターによって色の出方は様々であるが)
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草原の中に入る。
ススキの持ち帰りは禁止。
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草原は斜面になっており、真ん中に道が一本通っている。
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上の写真のように歩きやすそうなのは最初だけで、
しばらく登ると大きな石だらけ。
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これは石が落下するのを防ぐためと思われる。
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なぜか片側にだけコンクリートの土手のようなものがある。できるだけそこを歩いたが、観光地なんだから道全体を舗装すべきだと思う。
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ススキの絨毯!
これが見たかったのよ。
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もうしばらくすると、今はミドリ色の茎の部分も穂と同じ色になる。そうなると、いわゆる黄金色のススキ。でも私は茎がミドリの時の方がコントラストがあって好き。


道に対して太陽は横から射していて、上の写真のススキは逆光側にある。
ススキは逆光の方が穂がキラキラ光ってキレイ。

こちらは順光(太陽を背にした位置)側のススキ。
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アップで撮影。
本当はもっとキラキラ輝いているが、なかなか見た目とおりには写ってくれない。
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いつものように下から青空も忘れずに。
もっともススキの場合は背が高いので、パシャパシャ撮っていれば勝手に青空も入る。
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ちなみにススキは稲の仲間。
また茅葺き(かやぶき)屋根の茅とはススキのことである。ただし茅葺きとは総称的な名前でススキ以外の植物も使われる。

人のたむろしている場所が、
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終点でした。
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横にそれる獣道もあったが探検せず。
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一番上から。ススキを見るなんて風流なイメージだけれど、仙石原のススキ見物はかなりの運動量になる。
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たまに太陽が雲に隠れるが、基本的に晴天。
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芦ノ湖周辺に入ってバイクの気温計は15度くらいだったが、ここではコーデュロイシャツ+スエットシャツの組み合わせでは暑かった。なおススキ見物は上がって下って45分くらい。





仙石原を後にして向かったのがポーラ美術館。
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前回の訪問(2011年の8月)ではおしゃれなトイレを紹介したが、ポーラ美術館はバス停もアートしている。
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前回と同じく、バイクのために無料で用意されている従業員駐車場の一角に留める。この区画に駐まっているクルマはほとんど湘南ナンバー。箱根で登録されているクルマが湘南ナンバーなのは何となく違和感がある。
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クロード・モネの展覧会開催中。
前回見たのは藤田嗣治(つぐはる)だった。
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ーーー続く

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2011年08月18日

三国峠〜山中湖

箱根を後にして山中湖へ向かう。
地図4


A地点がポーラ美術館。
そこから「箱根裏街道」の138号線を北西に走って乙女峠を抜ける。地図で富士屋ホテルと書いてある上のクネクネとしたところが乙女峠。ここは御殿場から箱根に至る幹線道路でもあるので道幅はそこそこ広い。

東名高速の御殿場インターチェンジをくぐって国道246でB地点まで。C地点が冨士スピードウエイ。このあたりはのどかな田舎風景。147号線から730号線が三国峠を越えて山中湖へ至る道である。

三国峠というのは3つの国(地域)が隣接している峠のことで、三国とか三国峠という地名は日本のそこら中にある。地図で下の方の芦ノ湖スカイラインにも三国山があるが、あのあたりも三国峠と呼ばれている。でも、こんなに近くに三国山が2つもあったらややこしいだろうな。

山中湖の三国峠は、こんな感じの道や景色が続く。
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ちょっと道幅が狭いけれどクネクネが楽しい道。昔はクルマ好きがよく走っていたが、本日は夏休みだというのにガラガラ。若者のクルマ離れとやらを実感する。そういえば芦ノ湖スカイラインでかっ飛ばしているクルマが何台かいたが、ドライバーはみんなオッサンだった。

地図で730と書いてあるちょっとしたあたりに展望台がある。ここは山中湖越しに富士山、そしてその右側に遠く南アルプスも見える絶景ポイント。アマチュアカメラマンが集まる場所としても有名である。

でもまあ本日は雲多く(/o\)
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晴れていたらこんな感じということで。
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山中湖を反時計回りに1周する。バイクだと30分ほどである。
写真を撮ったのはE地点あたり。条件がよければ、湖面に映る逆さ冨士が見られるところ。写真をクリックして大きくすれば、富士の裾野がかすかに写っているのがわかるはず。とにかくこの日は晴れているのに、やたら空に雲の多い日だった。
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山中湖湖畔、特に南側はけっこう賑やかな観光地である。観光地を毛嫌いする人も多いが、普段気疲れする仕事をしているせいか、私は観光地で人々が楽しそうにしている姿を見るのが好きである。もちろんあまり人が多いとイヤになるけれど。


ーーー続く

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芦ノ湖スカイライン〜ポーラ美術館

写真で見ると箱屋というのが山間(やまあい)に開けた街だというのがよくわかる。
地図3


写真のPからQまで山の尾根の上を走っているのが芦ノ湖スカイラインという観光道路。グーグルマップはなぜかこの道路がルート検索の対象外となる。従って地図上に色をつけることもできない。またQからA地点の長尾峠と書かれているところまでの道路が芦ノ湖スカイラインとつながっている箱根スカイラインという観光道路。こちらも同じくグーグルマップの検索対象外。誰かグーグルに不具合の報告をしておいてくれないかな。


250円を払って芦ノ湖スカイラインを走る。ETCではなく普通の料金所なので、バイクだと財布の出し入れが面倒。

稜線の上を走っているのでまさにスカイライン。空が開けて開放的。カーブのきつさも適度で楽しかった。ただ所々でガスが出ており、そこに突入すると突然視界が10メートルくらいになって焦る。ガスが出ているところでは路面も濡れている。

いい道路なんだけれどPからQまではあっという間。後で調べたら10キロほどだった。まだ時間も早いし、クルマもあまり走っていないし、せっかく250円払ったしーーーというわけでQからPまで引き返し芦ノ湖スカイラインを1往復半走った(^^ゞ


ここは芦ノ湖スカイラインというよりは、正確には芦ノ湖の近くのスカイラインというべきで、道路から芦ノ湖は全く見えない。でも途中の休憩所は少し芦ノ湖側にせり出していているので湖が見える。ただしガスがかかっているので残念な風景。
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こちらは芦ノ湖と反対側の駿河湾を見渡せるはずの展望エリア。路肩が広くなって車が止められるようになっている。でも、ごらんの通り空は真っ白で何も見えなかった。

ところで自分のバイクを撮ったものは親バカ写真と呼ばれるらしい。それじゃ恥ずかしいので遠くから撮ったBMW F800R。
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霧が立ちこめているのがわかるかな?
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箱根スカイラインも走る。
こちらは約5キロ。
なのに料金は同じ250円で納得がいかない。だいたい道路としては1本なのに、区間を分けて別々に料金を取ること自体がムカツク。


でもまあ道路は素晴らしい。
晴れていれば富士山を眺めながら走れる。
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途中の展望公園。
残念な景色は同じ。
標高1000メートルということは霧とかガスが出ているというより、雲の中にいると表現するほうが正しいのかもしれない。
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箱根スカイラインが終わったら、長尾峠を736号線で下っていく。この道路はかなり細めの田舎道。夏だからガードレールを越えて草が伸びているが、それがない季節なら箱根のゴルフ場や街を眼下に眺めながら走れるかもしれない。

降りていくと138号線につながる。138号線にはなぜか「箱根裏街道」という恐ろしいネーミングが(^^ゞ。裏街道を仙石原の交差点で右折すると、桃源台まで下って、その後は芦ノ湖の東側を走る75号線になる。この75号線がもっとも箱根らしさを感じられるルートだと思う。適度に田舎っぽく、適度にリゾート観光地としての洗練さもある。ただし湖岸を走っても75号線から芦ノ湖はチラ見できる程度なのが残念。

お昼近くになってきたのでクルマも増えてきた。もっとも渋滞というほどではなく、常に7〜8台が私の前を走っている程度。気温は29度だがバイクで走っている限り暑さは全く感じない。


地図のB地点には意味はない。グーグルマップは所々に印をつけないと、上手く線を引けない。

B地点から朝に通った道を小涌谷まで引き返して、そこから強羅(ごうら)を抜けてC地点がポーラ美術館。

従業員の教育が行き届いている美術館で、駐車場の案内係のオッサンまで親切で感じがよかった。ちなみにバイクは駐車料金を取られない。一般のクルマの駐車場の下にある、(たぶん)従業員用の駐車場の一角に留める。4台分ほどのスペースが確保してあった。

屋根付きになっているのでシートが熱くならずにすむ。この上にある客用の駐車場が青空で、従業員用が屋根付きなのはドウヨ?とも思うが、美術館を訪れる客はそんなに長時間車を止めておくわけでもないから、このほうが合理的なのかもしれない。

写真が黄色く光っているのは心霊写真ではなく(^^ゞ、屋根付きだったので暗くてフラッシュが光ってしまって、黄色の反射板シートに当たったから。よく見るとヘルメットの一部が光っているのも、あそこが白い反射素材でできているからである。
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化粧品メーカーの美術館らしくオッシャレ〜な建物である。
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トイレまでオシャレである。
なんか盗撮している気分(^^ゞ
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展覧会については、いずれ別のエントリーで。

ところで美術展というのは、いうまでもなく静かに絵画を鑑賞するところ。展示室はもちろんシーンと静まりかえっている。しかし私はついさっきまでブォーンと爆音を響かせながら箱根の山道を走っていたのである。あまりの環境の違いに最初は何か夢を見ているような錯覚におそわれた。でも美術館とバイク、つまりこの静と動の対比は1日を2倍以上楽しんだ感じがして病みつきになりそうである。


ちょうど昼時になったので、美術館のレストランでランチにした。
レストランもいい感じである。
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テーブルにおいてある角砂糖までアートっぽい?
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頼んだのは1日10食限定らしい、豚肉をマンゴーのなんとかソースでソテーしたとかいうこの料理。野菜もたっぷりで見た目にも鮮やか。でもウエイターが「はい、豚丼です」といって持ってきたのにはちょっと興ざめ。おいしかったけれど、あまりマンゴーの味はしなかった。
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お吸い物に2つ浮かんでいる白いものはお麩(ふ)とかではなく野菜。ネギの輪の中が空っぽではなくガリガリとした食感の中身が詰まっているようなもの。初めて食べた。これは何か尋ねようと思っていたのに、帰り際に携帯が鳴って、慌てて支払いを済ませたので聞き忘れたのが心残り。


ーーー続く

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2011年08月17日

駅伝と美術館

35年ぶりにバイクを買ったときから、箱根駅伝のルートをバイクで走りたいと思っていたし、先日、バイクで地方の美術館巡りというアイデアを思いついた。

というわけで16日に箱根のポーラ美術館で開催されている藤田嗣治(つぐはる)展と箱根ツーリングをかねてバイクで出かけてきた。


もっとも箱根駅伝は東京の大手町から箱根の芦ノ湖を往復するレース。でも都心部分を走ってもつまらないし、茅ヶ崎の手前から湘南の海岸沿いを走るコースも今は暑い。というわけで小田原城から芦ノ湖までの往路の5区のみをなぞることに。もっともクルマでは何回も走ったことがある。でも屋根のないバイクなら、より雰囲気を味わえるかなと思って。


午前5時に出発のはずがついグズグズと5時45分に。この時点で気温はすでに29度(>_<) ガレージでごちゃごちゃ準備しているだけで汗びっしょりになって、先が思いやられる。


東京方面から箱根に行くには、大きく御殿場から南に降りるルートと、小田原から西へ箱根の山を登るルートがある。もちろん今回は後者を走る。小田原からの山登りルートも3つあって、箱根駅伝のコースは国道1号線を使う。他には先月から無料になった箱根新道という元有料道路と、ターンパイクという有料道路。箱根新道は単なる国道1号線のバイパスだが、ターンパイクは観光道路である。


地図1

自宅からは東名高速でまずB地点の厚木まで行く。そこからは小田原厚木道路(通称オダアツ)という有料道路を走る。わざわざ有料道路と書いたのはオダアツは高速道路ではなく自動車専用道路だかから。制限速度は70キロ。以前は白バイや覆面パトカーがいっぱいて、獲物をゲットしている光景をよく見たけれど、今はどうなんだろう。今回は午前6時台だったので、あまり気にせずに。


C地点が今回の第1目的地の小田原城。オダアツの終点の1つ手前のインターチェンジで降りて向かう。標識は一杯あるから迷うことはないが、お城の周りをグルグル回ったのに、駅伝の中継地点がどこだったかよく思い出せず。来年の正月の中継でよく確認しなければ。

小田原城は新幹線から見えるのと同じでこぢんまりとした印象。もっとも現代建築を見慣れた眼には、どんなお城も小さく見えるのかもしれない。でも敷地は意外と広くて散策には良さそう。バイクを止める場所もなかったので写真も撮らずに後にする。


ここまで渋滞もなかったので、汗はほとんどかかなかった。オダアツの中間くらいから気温は28度くらいに下がった。やっぱり地面が多い場所だからかな?



箱根駅伝と同じ国道1号線で箱根にあがっていく。地図を見れば塔ノ沢(とうのさわ)、大平台(おおひらだい)、宮ノ下、小涌谷(こわきだに)と箱根駅伝の中継でおなじみの地名が並ぶ。当たり前か(^^ゞ。

地図2


さて、その勾配の度合いは。

結論から言うと、ごく一部の区間を除いてはびっくりするほどではない。私もジョギングを再開して半年ほどすれば走れそうである。ただし2〜3キロなら。箱根駅伝でこの区間は23.4キロもある。もし神様が30歳若返らせてくれても、この区間を走り抜くのは私には絶対無理と確信。


へっぽこランナー(だった)の私がいうのも気が引けるが、マラソンや駅伝とかの長距離レースは、相手との競争だが自分との戦いでもある。簡単にいえば、くじけやすい、心が折れやすいメンタルなスポーツ。私なんか「ああ今日はもうダメ」と思ってから3歩で脚が止まる(^^ゞ

何をいいたいかというと、この区間で抜かれたらショックが大きいだろうということ。ここ数年の箱根駅伝5区では山の神や、新山の神と呼ばれる選手がごぼう抜きを演じている。その走りはもちろん素晴らしいが、あれは抜き去ることで相手にダメージを与えているようにも思える。「神」以外の選手が遅いから5区を遅れてスタートして前を走る他校の走者を抜くわけだけれど、最初からデッドヒートならひょっとしてーーーという気がしなくもない。


駅伝コースはずっと西向きに登ってきて、宮ノ下というところで左折する。左折してしばらくは「これが天下の国道1号線か?」と疑うくらい道路が狭い。あのバスみたいな中継車でよくこんなところを走れるなと思う。これも来年の放送でよく観察してみよう。



B地点。
蛇骨橋(じゃこつばし)というところ。
ようやくバイクを止めて休憩できるスペースを発見。
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バイクのバッグの上にくくりつけてある青と黄緑のものは、ペットボトルの断熱カバー。今回は緑茶を凍らせて持ってきた。断熱カバーに入れると中身すべてが溶けるまで普通は半日くらいかかる。でもバイクで走って風がよく当たるせいか、冷蔵庫から取り出して2時間もたっていないこの時点で、1/3位が溶けていたのはちょっと想定外。ちなみに箱根の山に入ってからも気温は27〜28度とそれほど下がっていないが、日が当たっていないところだとヒャーっと冷気を感じる。


蛇骨橋なんで下に小さな川がある。
蛇骨川とそのまんまの名前。
蛇が多いんだろうか、だったらイヤだな。
後で調べたら、この川沿いに蛍の名所があるらしい。
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道沿いに国道1号線、つまり東海道を走っていけば芦ノ湖にたどり着く。箱根駅伝の中継で見慣れた光景の中を走るのは何か不思議な感じ。途中、所々でかすかに硫黄の匂いがした気がする。


C地点が駅伝前半のゴールである遊覧船乗り場。
ここまで約2時間。距離は自宅からちょうど100キロだった。
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残念ながら曇りというか霧が出ているというか芦ノ湖の景色はあまりよろしくない。ところでこういう状況の時「ガスが出ている」とよくいうけれど、英語のgasに霧という意味はない(たぶん)。霧ならfogで、靄(もや)や霞(かすみ)ならmistである。いつのまにこんな和製英語ができたんだろう。


山の天気は変わりやすいという通り、数分後には視界が開けたりもする。本日の芦ノ湖の天候は「晴れ、めまぐるしくガス」といったところ。気温は27度でそれほど低くはない。でもバイク用の革ジャン(夏用で無数の穴あき)で15分ほどぶらついても、脱ぎたいと思わなかったから体感的にはもっと涼しかったように思う。
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ーーー続く

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