阿波踊り
2024年03月31日
花の咲いていないサクラ祭りをハシゴした本日の最高気温は28.1度!
もちろんまだ夏ではないし、それどころか4月にすらなっていない本日は3月31日。
なのに東京の最高気温は7月上旬並みの28.1度を記録!!!
3月の気温としては2013年3月10日の25.3度を上回って大幅に記録更新。
数日前まで外出時にはダウンジャケットを着ていたのにーーー
画像はhttps://news.biglobe.ne.jp/domestic/0331/wth_240331_0869691025.htmlから引用
なお2013年のときには、煙霧(えんむ)の現象が起き、また最高気温記録の2時間後には10度も気温が下がったことなどを当時のブログに書いている。煙霧については今のところあれが最初で最後の体験。
https://wassho.livedoor.blog/archives/52947036.html
話は変わってサクラ。
気象庁による東京での開花宣言はわずか2日前の3月29日。
これは昨年の3月14日と較べると15日つまり半月も遅い。
もっとも昨年は観測史上1位タイの早さで、平年の開花日は3月24日。
なお平年(値)とは過去30年間の平均値。
※ただしその期間の設定は10年単位となる。話が長くなるので説明は省略。現在、平年値として適用されているのは1991年から2020年までの平均値。
その平年の開花日3月24日と較べると5日遅れだから少し遅い程度とも思えそうだが、実は観測史上1位タイの3月14日を記録したのは2020年と021年と昨年2023年であり、また2022年も3月16日だった。過去30年まで記憶はしていないから、東京でのサクラ開花は3月中頃なのがここ最近の肌感覚。
だから今年のサクラは異常に遅く感じる。
データとしては2012年の3月31日開花以来となる12年ぶりの遅さとなっている。
満開になるのは開花から約1週間掛かるので次の週末4月5日あたりか。
どうしてこんなに遅くなったのかな。
今シーズンの冬はあまり寒くなかったものの、逆に3月になって気温があまり上がらなかった。グラフは東京の2〜3月の平均気温を今年と昨年で較べた結果。見事にグラフの上下位置が2月と3月で入れ替わっている。もちろん、それが影響したかどうかはサクラに尋ねてみないとわからないが(^^ゞ
ところでサクラについては
昔は入学式に咲いているイメージだったのに、
それがいつの間にか卒業式を象徴する言葉になり、
さらに最近は卒業式に「舞い散る」風景が定番と
なってきている。いつ頃に咲くのがいいのか悪いのかよくわからないとしても、とりあえず今年の新入生はサクラに出迎えてもらえそうである。
さてサクラが咲けば開かれるのがサクラ祭り。
何かと準備があるから、開花が遅いからといってスケジュールは動かせない。東京ではほとんどがこの土日、3月30日から31日に開催された。ただし29日に開花したばかりなので、まだ一分咲き程度。だから花見ではなく枝見になってしまう。
それにもともと色がほぼ真っ白なソメイヨシノにはあまり興味がないし、来週にしだれ桜をどこかに見に行く予定で、この週末のサクラ祭りに出かけるつもりはなかった。しかしサクラの咲いていないサクラ祭りなんて、なかなか経験できる機会はないと気が変わる(^^ゞ
それで散歩圏内の2カ所でサクラ祭りをハシゴ。
まず向かったのはかむろ坂。
ここは私の定番お花見散歩コースで、今までもブログに書いている。
場所等はそちらの記事に。
かむろ坂で陽光桜
https://wassho.livedoor.blog/archives/53450137.html
かむろ坂でサクラの通り抜け
https://wassho.livedoor.blog/archives/53384671.html
かむろ坂の西の端。
ここから山手通りに向かって緩やかに下っていく。
このあたりに植えられているのは陽光桜で、ソメイヨシノより少し早く咲く。
つまり今が盛りの満開。
ただしここまで陽光桜を見に来る人はあまりいなくて少しかわいそう。
咲き始めはこんな色で、
時間が経つとピンクが濃くなり、また花びらが落ちると萼(がく:花びらを支える部分)が赤なので全体的により色濃く見える。
赤い萼を道路を挟んだピンクの花びらに重ねて。
陽光桜の並木は500メートルほど続き、
この小山台一丁目の交差点で終了。
その先からはソメイヨシノのエリア。
一分咲き。
三分咲き。
未開花(/o\)
半袖・短パンにビーサンのオッサンとすれ違う。
今日はこんな服装で充分なくらい暑かった。
繰り返し書くがまだ3月31日。
かむろ坂上からは歩行者天国になっている。
ここのサクラは何度も見ているものの、サクラ祭りの日に来たのは初めて。
何をしているのかと思ったら、
ペンキ塗りの体験コーナーだった。
この子たちの何倍も生きているけど、こんなにたくさんペンキを塗ったことはないな。
会場周辺のサクラは見事に開花せず(>_<)
それでもこの賑わい。
日本人はサクラが好きだけれど、サクラにかこつけて出かけたがる民族でもある。
テントの色でわかるように、いわゆるテキヤの屋台ではなく、出展しているのはこの先にある東急目黒線・不動前駅周辺のお店が中心のようだ。
この姿はもしやーーー
それにしても「某」って?
「なにがし」と読ませるみたい。
タイミングよく阿波踊りが始まった。
この姿勢はつらいはず。
まさかこんなところで阿波踊りが見られるとは思っていなかった。器楽隊も3メートルと離れていなかったのでド迫力の大音響。高円寺の阿波踊りを見たのは2017年。今年の夏は久しぶりにまた見に行こうかな。
「某」が坂の上に行ってしまった。
それにしても誰もサクラを見上げていない(^^ゞ
このメインの場所ではサクラがほとんど咲いていなかったものの、前半に陽光桜を見たせいもあってサクラ祭りの気分は充分に味わえた。地元商店が主催のアットホームな雰囲気もよし。気温的には夏祭りだったが阿波踊りにはそれもよかったかな。訪れてはいないが昨年はイベント当日が雨だったと記憶している。雨が降ったり、天気がいいのにサクラが咲いていなかったりと主催者の皆さんには何かとご苦労様である。
坂を下る。
ここはもう山手通りまで150メートルほどのところ。
左右に走っているのが山手通り。
かむろ坂下の標識の下に見えている路地に入ると目黒川にぶつかる。
ーーー続く
なのに東京の最高気温は7月上旬並みの28.1度を記録!!!
3月の気温としては2013年3月10日の25.3度を上回って大幅に記録更新。
数日前まで外出時にはダウンジャケットを着ていたのにーーー
画像はhttps://news.biglobe.ne.jp/domestic/0331/wth_240331_0869691025.htmlから引用
なお2013年のときには、煙霧(えんむ)の現象が起き、また最高気温記録の2時間後には10度も気温が下がったことなどを当時のブログに書いている。煙霧については今のところあれが最初で最後の体験。
https://wassho.livedoor.blog/archives/52947036.html
話は変わってサクラ。
気象庁による東京での開花宣言はわずか2日前の3月29日。
これは昨年の3月14日と較べると15日つまり半月も遅い。
もっとも昨年は観測史上1位タイの早さで、平年の開花日は3月24日。
なお平年(値)とは過去30年間の平均値。
※ただしその期間の設定は10年単位となる。話が長くなるので説明は省略。現在、平年値として適用されているのは1991年から2020年までの平均値。
その平年の開花日3月24日と較べると5日遅れだから少し遅い程度とも思えそうだが、実は観測史上1位タイの3月14日を記録したのは2020年と021年と昨年2023年であり、また2022年も3月16日だった。過去30年まで記憶はしていないから、東京でのサクラ開花は3月中頃なのがここ最近の肌感覚。
だから今年のサクラは異常に遅く感じる。
データとしては2012年の3月31日開花以来となる12年ぶりの遅さとなっている。
満開になるのは開花から約1週間掛かるので次の週末4月5日あたりか。
どうしてこんなに遅くなったのかな。
今シーズンの冬はあまり寒くなかったものの、逆に3月になって気温があまり上がらなかった。グラフは東京の2〜3月の平均気温を今年と昨年で較べた結果。見事にグラフの上下位置が2月と3月で入れ替わっている。もちろん、それが影響したかどうかはサクラに尋ねてみないとわからないが(^^ゞ
ところでサクラについては
昔は入学式に咲いているイメージだったのに、
それがいつの間にか卒業式を象徴する言葉になり、
さらに最近は卒業式に「舞い散る」風景が定番と
なってきている。いつ頃に咲くのがいいのか悪いのかよくわからないとしても、とりあえず今年の新入生はサクラに出迎えてもらえそうである。
さてサクラが咲けば開かれるのがサクラ祭り。
何かと準備があるから、開花が遅いからといってスケジュールは動かせない。東京ではほとんどがこの土日、3月30日から31日に開催された。ただし29日に開花したばかりなので、まだ一分咲き程度。だから花見ではなく枝見になってしまう。
それにもともと色がほぼ真っ白なソメイヨシノにはあまり興味がないし、来週にしだれ桜をどこかに見に行く予定で、この週末のサクラ祭りに出かけるつもりはなかった。しかしサクラの咲いていないサクラ祭りなんて、なかなか経験できる機会はないと気が変わる(^^ゞ
それで散歩圏内の2カ所でサクラ祭りをハシゴ。
まず向かったのはかむろ坂。
ここは私の定番お花見散歩コースで、今までもブログに書いている。
場所等はそちらの記事に。
かむろ坂で陽光桜
https://wassho.livedoor.blog/archives/53450137.html
かむろ坂でサクラの通り抜け
https://wassho.livedoor.blog/archives/53384671.html
かむろ坂の西の端。
ここから山手通りに向かって緩やかに下っていく。
このあたりに植えられているのは陽光桜で、ソメイヨシノより少し早く咲く。
つまり今が盛りの満開。
ただしここまで陽光桜を見に来る人はあまりいなくて少しかわいそう。
咲き始めはこんな色で、
時間が経つとピンクが濃くなり、また花びらが落ちると萼(がく:花びらを支える部分)が赤なので全体的により色濃く見える。
赤い萼を道路を挟んだピンクの花びらに重ねて。
陽光桜の並木は500メートルほど続き、
この小山台一丁目の交差点で終了。
その先からはソメイヨシノのエリア。
一分咲き。
三分咲き。
未開花(/o\)
半袖・短パンにビーサンのオッサンとすれ違う。
今日はこんな服装で充分なくらい暑かった。
繰り返し書くがまだ3月31日。
かむろ坂上からは歩行者天国になっている。
ここのサクラは何度も見ているものの、サクラ祭りの日に来たのは初めて。
何をしているのかと思ったら、
ペンキ塗りの体験コーナーだった。
この子たちの何倍も生きているけど、こんなにたくさんペンキを塗ったことはないな。
会場周辺のサクラは見事に開花せず(>_<)
それでもこの賑わい。
日本人はサクラが好きだけれど、サクラにかこつけて出かけたがる民族でもある。
テントの色でわかるように、いわゆるテキヤの屋台ではなく、出展しているのはこの先にある東急目黒線・不動前駅周辺のお店が中心のようだ。
この姿はもしやーーー
それにしても「某」って?
「なにがし」と読ませるみたい。
タイミングよく阿波踊りが始まった。
この姿勢はつらいはず。
まさかこんなところで阿波踊りが見られるとは思っていなかった。器楽隊も3メートルと離れていなかったのでド迫力の大音響。高円寺の阿波踊りを見たのは2017年。今年の夏は久しぶりにまた見に行こうかな。
「某」が坂の上に行ってしまった。
それにしても誰もサクラを見上げていない(^^ゞ
このメインの場所ではサクラがほとんど咲いていなかったものの、前半に陽光桜を見たせいもあってサクラ祭りの気分は充分に味わえた。地元商店が主催のアットホームな雰囲気もよし。気温的には夏祭りだったが阿波踊りにはそれもよかったかな。訪れてはいないが昨年はイベント当日が雨だったと記憶している。雨が降ったり、天気がいいのにサクラが咲いていなかったりと主催者の皆さんには何かとご苦労様である。
坂を下る。
ここはもう山手通りまで150メートルほどのところ。
左右に走っているのが山手通り。
かむろ坂下の標識の下に見えている路地に入ると目黒川にぶつかる。
ーーー続く
wassho at 22:33|Permalink│Comments(0)│
2017年09月01日
高円寺の阿波おどり(5)
高円寺の阿波おどりは文句なく楽しかったし素晴らしかった。それは阿波おどり自体の魅力もさることながら、踊り手と観客の距離が近くて「見る阿呆」でもまるで一緒に踊っているようなライブ感を味わえたからだろう。商店街ではもう一歩前に出たら太鼓のバチが当たるんじゃないかという距離だし、高円寺駅〜新高円寺駅のメインストリートでも三歩前に出たらという近さである。
ただしそれは会場が狭いということで大混雑と引き替えでもある。私は身長が高いので人垣があっても割と見渡すことができるが、場所によっては小柄な人や子供なら他人の頭や背中しか見えないだろう。それじゃおもしろさ半減。
このお祭りがますます発展して欲しいと思う。しかし現在100万人の観客規模を同じコースで125万人に増やすことはおそらく不可能と思う。私が都知事ならメインストリートの東側500メートルに平行している環状七号線を閉鎖してコースにするのを許可するけれど、都知事になるつもりはないし(^^ゞ それに広い道路を使うということは観客との近さを失うことでもある。あちこちで観客が顔なじみの踊り手に声援を送る光景を見た。そんなローカルな味わいもこのお祭りの魅力で、それは引き継いで欲しい。
高円寺の皆さん、いろいろ知恵を絞ってガンバッテちょうだい。
純情演舞場で見ていた場所は、最近よくある海鮮バーベキュー居酒屋の入口付近。阿波おどり終了のアナウンスが流れて地面から立ち上がり、一緒にいたS君と「この店でいいか」と180度身体を反転させて入店。それから2〜3分でお店は満席になったから、高円寺の阿波おどりの後に一杯やりたければ即断即決が大事かも。
ちなみにS君とは知り合って40年近くになる。しかし飲み友達だったので、阿波おどりの最初のエントリーで書いた「企画付き飲み会」で、5年前にプロ野球を見に行った時に「初めて昼間に会った」という不思議な関係。
2時間ほど飲み食いして新高円寺の駅を目指す。しばらくして道が入り組んできたので居酒屋の店先にいた兄チャンに「新高円寺はこの方向?」と尋ねると「反対っすよ、全然遠いっすよ」といわれる。でも今から考えると違う方向を教えられた気がする。そういえば彼はやたら元気で、すっかり出来上がっていたし。
いつのまにかアーケードの中に入る。店の外まで人が溢れている!
線路沿いもこの混雑。
飲み直したくなってきた(^^ゞ
高円寺の阿波おどりと浅草のサンバは東京の夏の2大イベント。次はもう少しマイナーなものにも目を向けようか。それとやっぱり本場である徳島で一度は阿波おどりを見たいかな。
おしまい
ただしそれは会場が狭いということで大混雑と引き替えでもある。私は身長が高いので人垣があっても割と見渡すことができるが、場所によっては小柄な人や子供なら他人の頭や背中しか見えないだろう。それじゃおもしろさ半減。
このお祭りがますます発展して欲しいと思う。しかし現在100万人の観客規模を同じコースで125万人に増やすことはおそらく不可能と思う。私が都知事ならメインストリートの東側500メートルに平行している環状七号線を閉鎖してコースにするのを許可するけれど、都知事になるつもりはないし(^^ゞ それに広い道路を使うということは観客との近さを失うことでもある。あちこちで観客が顔なじみの踊り手に声援を送る光景を見た。そんなローカルな味わいもこのお祭りの魅力で、それは引き継いで欲しい。
高円寺の皆さん、いろいろ知恵を絞ってガンバッテちょうだい。
純情演舞場で見ていた場所は、最近よくある海鮮バーベキュー居酒屋の入口付近。阿波おどり終了のアナウンスが流れて地面から立ち上がり、一緒にいたS君と「この店でいいか」と180度身体を反転させて入店。それから2〜3分でお店は満席になったから、高円寺の阿波おどりの後に一杯やりたければ即断即決が大事かも。
ちなみにS君とは知り合って40年近くになる。しかし飲み友達だったので、阿波おどりの最初のエントリーで書いた「企画付き飲み会」で、5年前にプロ野球を見に行った時に「初めて昼間に会った」という不思議な関係。
2時間ほど飲み食いして新高円寺の駅を目指す。しばらくして道が入り組んできたので居酒屋の店先にいた兄チャンに「新高円寺はこの方向?」と尋ねると「反対っすよ、全然遠いっすよ」といわれる。でも今から考えると違う方向を教えられた気がする。そういえば彼はやたら元気で、すっかり出来上がっていたし。
いつのまにかアーケードの中に入る。店の外まで人が溢れている!
線路沿いもこの混雑。
飲み直したくなってきた(^^ゞ
高円寺の阿波おどりと浅草のサンバは東京の夏の2大イベント。次はもう少しマイナーなものにも目を向けようか。それとやっぱり本場である徳島で一度は阿波おどりを見たいかな。
おしまい
wassho at 08:27|Permalink│Comments(0)│
2017年08月30日
高円寺の阿波おどり(4)
あづま通り商店街から曲がった場所は、純情演舞場へ向かうのに道路1本分北側だったみたいだけれど、それほど迷うことなく到着。演舞場となっていたのは高円寺庚申通り商店街というところ。
写真の右側に進んだところがスタート地点。阿波おどりは隊列の最後尾に鳴り物(音楽隊)が続く。それで彼らは前方がつかえているので、まだこの場所で待機という光景。
鳴り物が歩き出したので、それに続いて演舞場に入る。ここなど商店街に設けられた演舞場は通路が狭くて、踊り手と接するばかりだとは聞いていたがまさにその通りだった。写真右の青いチェックのシャツを着たおじいさんが、この後に移動したのでそこに陣取って見学することにした。
おじいさんの足元にある白いテープがスタート地点の印。つまり桃園演舞場に続いて、またスタート地点からの見物となってしまった。本当はもう少し先で隊列が迫ってくる様子を正面寄りの角度で眺めたかった。しかし、おじいさんがいなくなって「あっ、場所空いた」とつい反射的にその場所へ。 ネットでいろいろな動画を見ると、踊りは後半につれて盛り上がるみたいだ。今回は阿波おどり見物まったくの初心者だったけれど、今後にこの経験を生かそう。
「北浦和阿呆連」。
始まる前なのに、もう構えている姿が可愛らしい。
クラシックの音楽祭であるラ・フォル・ジュルネ・オで初めて阿波おどりを見て、着物に網笠を被る女踊りはある一定以上の年齢が、それより若い女性(だいたいアラサーあたりが分岐点)はハッピを着て踊るものだと思っていた。しかし今回いろいろな連の踊りを見て、特にそんな決まりやしきたりはないみたいだ。子供はハッピの連が多いように思うが、この北浦和阿呆連は小学生と思われる女踊りも。
お姉様達は着物の色が違っても、踊り方は同じだったような気がする。
「騒連中」。
「炎士」(えんじ)
男性も女性も腰に何かぶら下げている。ハンマーのような形のものは鉦(かね)を叩くもの。木の箱にはスマホが入っているのかな?
50人から100人はいるサンバのバテリア(打楽器隊)と較べると、阿波おどりの鳴り物は多くて30人ほどだから、音量ではかなわない。しかし、こんな手を伸ばせば届くようなところで太鼓を叩かれると話は別。強烈なビートに脳みそが揺れて快感(^^ゞ
しかし鉦(かね)を目の前で打ち鳴らされると鼓膜が破れそうになる。阿波おどりは午後5時から8時まで。演舞場から次の演舞場へ移動する時間があるから実質的に踊っているのは2時間くらいかな。鉦担当の人は耳栓もしていないが、大丈夫なのかと他人事ながら気になる。
「びっくり連」。
少し年長のオジョウちゃんが指導するもボクちゃんは自由気まま(^^ゞ
立っているのも疲れたので、その場にしゃがみ込む。
というわけでここからはローアングル。
「美遊ひよこ連」は先頭の3名がひと踊りしてから隊列がスタートする。
小さなひよこ。
思春期のひよこ。
お約束のひよこ(^^ゞ
こちらは徳島からやって来た連。
阿波おどりが好きで駆けつけるのか、あるいは招待チームみたいな位置づけなんだろうか。連の名前は舞女流華とかいてマジョルカと読む。ヤンキーかっ(^^ゞ
しかし踊りは細かな動きが多く入っていて、さすが本場の徳島はひと味違うと感心。
ジ様もかくしゃくと。
「郵便局連」。
「胡蝶連」。
「久米川連」。またしても目の前で鉦が(>_<)
華純連(かすみれん)。鳴り物は後ろからスタートするのが一般的だが、スタート位置のサイドに並ぶ連もある。そうすると踊り手がよく見えない。でも後ろ姿を眺めるのも楽しい。
提灯ではなく毛槍の「葵新連」。
企業連の「コムシスグループ連」。
ノリノリの宴会部長参上!
目があうと近寄ってくる(^^ゞ
「かせい連」。
「ドコソコ連、スタートしてください」というような進行係のアナウンスが聞こえてくるのだが、このかせい連が踊り出してしばらくすると「お疲れ様でした」という声が響いて演舞場は拍手に包まれた。踊りが終わったというより終了時刻の午後8時になったからのような気がする。
それぞれの連は定められた演舞場からスタートして、すべての演舞場を順番に回ると最初のエントリーで書いたのは、私の勘違いだったようだ。パンフレットを見ると「かせい連」は後ふたつ踊っていない演舞場があるから、やはり時間で区切っているのかと思う。
ーーー続く
写真の右側に進んだところがスタート地点。阿波おどりは隊列の最後尾に鳴り物(音楽隊)が続く。それで彼らは前方がつかえているので、まだこの場所で待機という光景。
鳴り物が歩き出したので、それに続いて演舞場に入る。ここなど商店街に設けられた演舞場は通路が狭くて、踊り手と接するばかりだとは聞いていたがまさにその通りだった。写真右の青いチェックのシャツを着たおじいさんが、この後に移動したのでそこに陣取って見学することにした。
おじいさんの足元にある白いテープがスタート地点の印。つまり桃園演舞場に続いて、またスタート地点からの見物となってしまった。本当はもう少し先で隊列が迫ってくる様子を正面寄りの角度で眺めたかった。しかし、おじいさんがいなくなって「あっ、場所空いた」とつい反射的にその場所へ。 ネットでいろいろな動画を見ると、踊りは後半につれて盛り上がるみたいだ。今回は阿波おどり見物まったくの初心者だったけれど、今後にこの経験を生かそう。
「北浦和阿呆連」。
始まる前なのに、もう構えている姿が可愛らしい。
クラシックの音楽祭であるラ・フォル・ジュルネ・オで初めて阿波おどりを見て、着物に網笠を被る女踊りはある一定以上の年齢が、それより若い女性(だいたいアラサーあたりが分岐点)はハッピを着て踊るものだと思っていた。しかし今回いろいろな連の踊りを見て、特にそんな決まりやしきたりはないみたいだ。子供はハッピの連が多いように思うが、この北浦和阿呆連は小学生と思われる女踊りも。
お姉様達は着物の色が違っても、踊り方は同じだったような気がする。
「騒連中」。
「炎士」(えんじ)
男性も女性も腰に何かぶら下げている。ハンマーのような形のものは鉦(かね)を叩くもの。木の箱にはスマホが入っているのかな?
50人から100人はいるサンバのバテリア(打楽器隊)と較べると、阿波おどりの鳴り物は多くて30人ほどだから、音量ではかなわない。しかし、こんな手を伸ばせば届くようなところで太鼓を叩かれると話は別。強烈なビートに脳みそが揺れて快感(^^ゞ
しかし鉦(かね)を目の前で打ち鳴らされると鼓膜が破れそうになる。阿波おどりは午後5時から8時まで。演舞場から次の演舞場へ移動する時間があるから実質的に踊っているのは2時間くらいかな。鉦担当の人は耳栓もしていないが、大丈夫なのかと他人事ながら気になる。
「びっくり連」。
少し年長のオジョウちゃんが指導するもボクちゃんは自由気まま(^^ゞ
立っているのも疲れたので、その場にしゃがみ込む。
というわけでここからはローアングル。
「美遊ひよこ連」は先頭の3名がひと踊りしてから隊列がスタートする。
小さなひよこ。
思春期のひよこ。
お約束のひよこ(^^ゞ
こちらは徳島からやって来た連。
阿波おどりが好きで駆けつけるのか、あるいは招待チームみたいな位置づけなんだろうか。連の名前は舞女流華とかいてマジョルカと読む。ヤンキーかっ(^^ゞ
しかし踊りは細かな動きが多く入っていて、さすが本場の徳島はひと味違うと感心。
ジ様もかくしゃくと。
「郵便局連」。
「胡蝶連」。
「久米川連」。またしても目の前で鉦が(>_<)
華純連(かすみれん)。鳴り物は後ろからスタートするのが一般的だが、スタート位置のサイドに並ぶ連もある。そうすると踊り手がよく見えない。でも後ろ姿を眺めるのも楽しい。
提灯ではなく毛槍の「葵新連」。
企業連の「コムシスグループ連」。
ノリノリの宴会部長参上!
目があうと近寄ってくる(^^ゞ
「かせい連」。
「ドコソコ連、スタートしてください」というような進行係のアナウンスが聞こえてくるのだが、このかせい連が踊り出してしばらくすると「お疲れ様でした」という声が響いて演舞場は拍手に包まれた。踊りが終わったというより終了時刻の午後8時になったからのような気がする。
それぞれの連は定められた演舞場からスタートして、すべての演舞場を順番に回ると最初のエントリーで書いたのは、私の勘違いだったようだ。パンフレットを見ると「かせい連」は後ふたつ踊っていない演舞場があるから、やはり時間で区切っているのかと思う。
ーーー続く
wassho at 21:20|Permalink│Comments(0)│
2017年08月29日
高円寺の阿波おどり(3)
屋台村があると聞いていたのでやって来た中央公園。高円寺駅の東南にあることはわかっていたが、土地勘のないエリアなので少し遠回りしたかも。ところどころに立っているお巡りさんに尋ねてたどり着いた。缶ビール片手に話しかけても親切にしてもらえるのがお祭りのいいところ。
思っていたより小さな公園で、ご覧のように大勢の人々で賑わっていた。
すだちビール。すだちで造ったビールではなく、ビールにすだちを絞って飲むみたい。ずいぶん昔に流行ったライムを入れるコロナビールみたいなものか。
「インスタでめっちゃ大人気」と書かれている電球ソーダ。この写真にも小さく写っているが、電球ソーダってこんな飲み物ね。最近やたらよく聞く「インスタ映え」という言葉。ひょっとしたら今年の流行語大賞になるかも。
何か少しつまみたかったが屋台のバラエティに乏しかったのでパス。すだちビールは少し興味があったものの行列に並ぶのが面倒で。
中央公園から高円寺駅方向、つまり中央演舞場へ向かう道路は人で一杯。
上の写真の道をまっすぐ西に進めば中央演舞場となっている道路に出るはずなのだが、なぜか通行止めになっていて、いったん南下させられる。
しばらくすると進んでは止まるを繰り返すようになる。こんなに混雑しているところを歩いたのは久し振り。
ようやく中央演舞場に出る。先ほどまでの桃園演舞場と較べたら人が5倍くらい多い感じ。
人垣の後ろからだから、あまりよく見えない。
もう少し高円寺側に歩くと、ビルの横に1メートルくらいの出っ張りがあったので、そこによじ登って見物。
高円寺駅の北側にある「ひがし演舞場」へ移動することにする。しかし駅のガード下は出番待ちの踊り手もたくさんいてほとんど身動きが取れない。
DJポリスも出動! でも気の利いたことは何も言っていなかった。
子供の踊り手の後ろについて、ようやくガード下を脱出。
ひがし演舞場も人が多くて踊っているところがほとんど見えなかった。これは腕を伸ばしてカメラを高く掲げて撮影したもの。
このあたりの混雑度合いはこんな感じ。
ひがし演舞場は諦めて商店街の中をパレードするという純情演舞場に向かうことにする。純情演舞場はひがし演舞場の西に平行している。でも混雑していて進めず、人の流れについて行くとひがし演舞場の東側に平行している通りに出た。
あづま通り商店街というところ。もうこれくらいの人混みでは驚かず。
路上ライブをやっていた。
ずいぶんと長い商店街。高円寺には駅周辺に何と14もの商店街があるらしい。
かなり北上したので、そろそろ西へ曲がらないといけない。でもそんな人の流れはなく。どうやらここは純情演舞場への迂回路ではなく、人々はあづま通り商店街を通って高円寺駅方面にアクセスしているみたいだ。
適当な角を曲がるといきなり寂しい雰囲気。でも遠くに照明が見えているので進むことにした。
ーーー続く
思っていたより小さな公園で、ご覧のように大勢の人々で賑わっていた。
すだちビール。すだちで造ったビールではなく、ビールにすだちを絞って飲むみたい。ずいぶん昔に流行ったライムを入れるコロナビールみたいなものか。
「インスタでめっちゃ大人気」と書かれている電球ソーダ。この写真にも小さく写っているが、電球ソーダってこんな飲み物ね。最近やたらよく聞く「インスタ映え」という言葉。ひょっとしたら今年の流行語大賞になるかも。
何か少しつまみたかったが屋台のバラエティに乏しかったのでパス。すだちビールは少し興味があったものの行列に並ぶのが面倒で。
中央公園から高円寺駅方向、つまり中央演舞場へ向かう道路は人で一杯。
上の写真の道をまっすぐ西に進めば中央演舞場となっている道路に出るはずなのだが、なぜか通行止めになっていて、いったん南下させられる。
しばらくすると進んでは止まるを繰り返すようになる。こんなに混雑しているところを歩いたのは久し振り。
ようやく中央演舞場に出る。先ほどまでの桃園演舞場と較べたら人が5倍くらい多い感じ。
人垣の後ろからだから、あまりよく見えない。
もう少し高円寺側に歩くと、ビルの横に1メートルくらいの出っ張りがあったので、そこによじ登って見物。
高円寺駅の北側にある「ひがし演舞場」へ移動することにする。しかし駅のガード下は出番待ちの踊り手もたくさんいてほとんど身動きが取れない。
DJポリスも出動! でも気の利いたことは何も言っていなかった。
子供の踊り手の後ろについて、ようやくガード下を脱出。
ひがし演舞場も人が多くて踊っているところがほとんど見えなかった。これは腕を伸ばしてカメラを高く掲げて撮影したもの。
このあたりの混雑度合いはこんな感じ。
ひがし演舞場は諦めて商店街の中をパレードするという純情演舞場に向かうことにする。純情演舞場はひがし演舞場の西に平行している。でも混雑していて進めず、人の流れについて行くとひがし演舞場の東側に平行している通りに出た。
あづま通り商店街というところ。もうこれくらいの人混みでは驚かず。
路上ライブをやっていた。
ずいぶんと長い商店街。高円寺には駅周辺に何と14もの商店街があるらしい。
かなり北上したので、そろそろ西へ曲がらないといけない。でもそんな人の流れはなく。どうやらここは純情演舞場への迂回路ではなく、人々はあづま通り商店街を通って高円寺駅方面にアクセスしているみたいだ。
適当な角を曲がるといきなり寂しい雰囲気。でも遠くに照明が見えているので進むことにした。
ーーー続く
wassho at 21:42|Permalink│Comments(0)│
2017年08月28日
高円寺の阿波おどり(2)
2番手は「藤連」。この連も小さな子供が先頭。
当たり前だけれど写真だから動きは撮れない。それでも踊っているように撮れることもあれば、そうでないこともある。これなんかは魔法をかけて時間が止まったようになってしまった。
これだと歩いているように見えるから不思議。
「希望連」。先頭は男女のペア。隊列の構成はいろんなパターンがあるみたいだ。
この連は身体や精神に障害のある人を積極的にメンバーにしているようだった。薄いオレンジの着物を着ている人たちは目が見えていないようで、オレンジ色のハッピを着た人がサポートしている。
なんとなく南米の民族衣装風。よく見ると柄は和風かな。
「晃妙連」。提灯よりも後ろの建物に注目。この沿道に住んでいると阿波おどりをベランダから楽しめる。
「舞蝶連」。この日に見た中で一番印象に残るパフォーマンスだった。
先頭は女踊りでスタート前に一礼。着物も黒だし、とても伝統的な阿波おどりをするのかと思っているとーーー。
その動きは前に進むだけじゃなく横にもステップしてアグレッシブ。
こんな低い姿勢にもなる。
彼女たちの踊りに見とれていると、子供達が前方へ駆け抜けた。
そしてお姉様達はこんな可愛いポーズも。
締めの踊りも上手だったが、前方を観ている人が多くてお気の毒(^^ゞ
「しらいし連」。衣装が白ベースで爽やかなイメージ。
「みたか銀座連」。提灯を掲げているのは何となく味のあるお兄さん。とっても似ているから双子かな?
「でんわ連」はNTT東日本の企業連。
ここまでで約30分。昨日のエントリーに書いたように私のすぐ前は地面に敷いたシートに座っている人がいるし、後ろには三重の人垣ができている。だから、ほとんど身動きできず姿勢的に辛くなってきた。それとビールも飲みたくなってきたので場所を変えることに。
高円寺駅方向へ移動しながら見た「本家大名連」。名前に何か由来があるのだろうか?
フェイスペイントをした人が目立っていた出番待機中の「だむだん連」。
中央演舞場は相変わらずの大混雑。今まで見てきた桃園演舞場は南へ向かってパレードするが、中央演舞場は北に向かう進行。だからここは最後尾。
ーーー続く
当たり前だけれど写真だから動きは撮れない。それでも踊っているように撮れることもあれば、そうでないこともある。これなんかは魔法をかけて時間が止まったようになってしまった。
これだと歩いているように見えるから不思議。
「希望連」。先頭は男女のペア。隊列の構成はいろんなパターンがあるみたいだ。
この連は身体や精神に障害のある人を積極的にメンバーにしているようだった。薄いオレンジの着物を着ている人たちは目が見えていないようで、オレンジ色のハッピを着た人がサポートしている。
なんとなく南米の民族衣装風。よく見ると柄は和風かな。
「晃妙連」。提灯よりも後ろの建物に注目。この沿道に住んでいると阿波おどりをベランダから楽しめる。
「舞蝶連」。この日に見た中で一番印象に残るパフォーマンスだった。
先頭は女踊りでスタート前に一礼。着物も黒だし、とても伝統的な阿波おどりをするのかと思っているとーーー。
その動きは前に進むだけじゃなく横にもステップしてアグレッシブ。
こんな低い姿勢にもなる。
彼女たちの踊りに見とれていると、子供達が前方へ駆け抜けた。
そしてお姉様達はこんな可愛いポーズも。
締めの踊りも上手だったが、前方を観ている人が多くてお気の毒(^^ゞ
「しらいし連」。衣装が白ベースで爽やかなイメージ。
「みたか銀座連」。提灯を掲げているのは何となく味のあるお兄さん。とっても似ているから双子かな?
「でんわ連」はNTT東日本の企業連。
ここまでで約30分。昨日のエントリーに書いたように私のすぐ前は地面に敷いたシートに座っている人がいるし、後ろには三重の人垣ができている。だから、ほとんど身動きできず姿勢的に辛くなってきた。それとビールも飲みたくなってきたので場所を変えることに。
高円寺駅方向へ移動しながら見た「本家大名連」。名前に何か由来があるのだろうか?
フェイスペイントをした人が目立っていた出番待機中の「だむだん連」。
中央演舞場は相変わらずの大混雑。今まで見てきた桃園演舞場は南へ向かってパレードするが、中央演舞場は北に向かう進行。だからここは最後尾。
ーーー続く
wassho at 23:49|Permalink│Comments(0)│
2017年08月26日
高円寺の阿波おどり
古くからの友人と、ただ集まって飲むだけじゃなく少しイベント性のあることをしようと始めた企画付き飲み会。お台場で実物大のガンダムを見て大江戸温泉に浸かったのが最初で、今までにプロ野球、競馬、マジックバー、浅草の三社祭、横濱ジャズプロムナード、浅草サンバカーニバル、牡蠣小屋などに出かけてきた。そして今回は高円寺の阿波踊り。(高円寺は寺の名前じゃなく地名ね)
阿波踊りは意外と全国に普及しており、特に関東では20数カ所の地域で開催されている。その中で高円寺はもっとも歴史が古く規模も大きい。60年前の1957年(昭和32年)に商店街の催し物として始まり、現在は2日間の開催期間中に100万人が訪れるといわれている。
本場の徳島で阿波踊りが始まったのは江戸時代初期とされる。県内から60万人、県外から60万人の合計120万人規模。元々の人口が違うから観客数では高円寺とそう変わらないが、参加する踊り手の人数は高円寺の1万人に対して徳島は10万人。さすが本場である。
東京での高円寺の位置関係。文字は駅名。
最初に東京メトロ(地下鉄)丸ノ内線の新高円寺駅近くにある友人の店に立ち寄る。お店ができてもう何年も経つが顔を出したのは初めて。だって普段は高円寺に来る用事がないんだもん(^^ゞ ちなみに本日は生まれて初めての高円寺探訪でもある。
JR中央線の高円寺駅と丸ノ内線の新高円寺駅を結ぶ道路が閉鎖されて、阿波踊り会場のメインストリートとなる。
高円寺駅方向へ向かって北上する。時刻は午後4時15分。阿波踊りの開始は5時からで、このあたりは会場の一番端なので、まだそれほど混雑していない。
ところどころで阿波踊りの踊り手の姿を見かけるが数はそれほど多くない。
道幅は片側1車線で、写真で見るより実際はもっと狭く感じる。
4時半を回ると踊り手の人があちこちから現れだした。
今までどこにいたんだろう?
4時45分。踊り手が道路を埋め尽くす。何となくワクワク。
会場図。
阿波踊りでパレードする8つのエリアが演舞場で、阿波踊りのチームが連と呼ばれる。それぞれの連は定められた演舞場からスタートして、順番にすべての演舞場で踊りを披露して終了となる。例えば中央演舞場からスタートした連はルック第2演舞場がフィニッシュ。
案内図ではどれも同じ広さのようだが、右側の「ひがし」「中央」「桃園」「みなみ」の演舞場が先ほど写真で紹介した2車線の道路なのに対して、左側の各演舞場は商店街の通路なのでかなり狭い。その分、カブリツキのド迫力を楽しめるとは事前にネットで調べた情報であったが、車道も浅草のサンバカーニバルと較べたらかなり狭い。いずれにせよ高円寺の阿波踊りは踊り手と観客の距離が近いパレードだといえる。
案内図に記されている連を数えたら85。地元の高円寺阿波おどり連協会に所属する連が31、徳島から参加している連が4、一般参加連と呼ばれる連が50。一般参加の意味がよくわからないが、地元と徳島以外という分類なのかもしれない。そのほとんどが東京または首都圏を拠点とする連だが、東京高円寺阿波おどり振興協会のホームページを見ると山形や福島から来ている連もあった。ところでいろいろ調べていると阿波踊りは「阿波おどり」と書く習わしのようなので、以降は阿波おどりで統一する。
中央演舞場は審査の行われるメインの会場で混雑していたので、桃園演舞場のスタート地点に陣取って見物を開始することにした。シートを敷いている人のすぐ後ろから立ち見。
最初は「ひょっとこ連」。
先頭は子供達。踊り始める前にしゃがんでポーズを決める。
立ち上がって、いよいよ阿波おどりがスタート!
ハッピダンサーズ。
網笠に着物姿のお姉様たち。女踊りと呼ばれる。やっぱり阿波おどりの花形。
男性陣は男踊りと呼ばれる。
阿波おどりは後ろ姿もいい。
踊り手最後尾は締め役の重鎮?
音楽隊は鳴り物と呼ばれる。三味線に笛に大太鼓。
そして阿波おどり独特のリズムをリードするのが鉦(かね)。あまり見かけない漢字。鉦の後ろにいるのが締太鼓と呼ばれる中太鼓。
ーーー続く
阿波踊りは意外と全国に普及しており、特に関東では20数カ所の地域で開催されている。その中で高円寺はもっとも歴史が古く規模も大きい。60年前の1957年(昭和32年)に商店街の催し物として始まり、現在は2日間の開催期間中に100万人が訪れるといわれている。
本場の徳島で阿波踊りが始まったのは江戸時代初期とされる。県内から60万人、県外から60万人の合計120万人規模。元々の人口が違うから観客数では高円寺とそう変わらないが、参加する踊り手の人数は高円寺の1万人に対して徳島は10万人。さすが本場である。
東京での高円寺の位置関係。文字は駅名。
最初に東京メトロ(地下鉄)丸ノ内線の新高円寺駅近くにある友人の店に立ち寄る。お店ができてもう何年も経つが顔を出したのは初めて。だって普段は高円寺に来る用事がないんだもん(^^ゞ ちなみに本日は生まれて初めての高円寺探訪でもある。
JR中央線の高円寺駅と丸ノ内線の新高円寺駅を結ぶ道路が閉鎖されて、阿波踊り会場のメインストリートとなる。
高円寺駅方向へ向かって北上する。時刻は午後4時15分。阿波踊りの開始は5時からで、このあたりは会場の一番端なので、まだそれほど混雑していない。
ところどころで阿波踊りの踊り手の姿を見かけるが数はそれほど多くない。
道幅は片側1車線で、写真で見るより実際はもっと狭く感じる。
4時半を回ると踊り手の人があちこちから現れだした。
今までどこにいたんだろう?
4時45分。踊り手が道路を埋め尽くす。何となくワクワク。
会場図。
阿波踊りでパレードする8つのエリアが演舞場で、阿波踊りのチームが連と呼ばれる。それぞれの連は定められた演舞場からスタートして、順番にすべての演舞場で踊りを披露して終了となる。例えば中央演舞場からスタートした連はルック第2演舞場がフィニッシュ。
案内図ではどれも同じ広さのようだが、右側の「ひがし」「中央」「桃園」「みなみ」の演舞場が先ほど写真で紹介した2車線の道路なのに対して、左側の各演舞場は商店街の通路なのでかなり狭い。その分、カブリツキのド迫力を楽しめるとは事前にネットで調べた情報であったが、車道も浅草のサンバカーニバルと較べたらかなり狭い。いずれにせよ高円寺の阿波踊りは踊り手と観客の距離が近いパレードだといえる。
案内図に記されている連を数えたら85。地元の高円寺阿波おどり連協会に所属する連が31、徳島から参加している連が4、一般参加連と呼ばれる連が50。一般参加の意味がよくわからないが、地元と徳島以外という分類なのかもしれない。そのほとんどが東京または首都圏を拠点とする連だが、東京高円寺阿波おどり振興協会のホームページを見ると山形や福島から来ている連もあった。ところでいろいろ調べていると阿波踊りは「阿波おどり」と書く習わしのようなので、以降は阿波おどりで統一する。
中央演舞場は審査の行われるメインの会場で混雑していたので、桃園演舞場のスタート地点に陣取って見物を開始することにした。シートを敷いている人のすぐ後ろから立ち見。
最初は「ひょっとこ連」。
先頭は子供達。踊り始める前にしゃがんでポーズを決める。
立ち上がって、いよいよ阿波おどりがスタート!
ハッピダンサーズ。
網笠に着物姿のお姉様たち。女踊りと呼ばれる。やっぱり阿波おどりの花形。
男性陣は男踊りと呼ばれる。
阿波おどりは後ろ姿もいい。
踊り手最後尾は締め役の重鎮?
音楽隊は鳴り物と呼ばれる。三味線に笛に大太鼓。
そして阿波おどり独特のリズムをリードするのが鉦(かね)。あまり見かけない漢字。鉦の後ろにいるのが締太鼓と呼ばれる中太鼓。
ーーー続く
wassho at 22:46|Permalink│Comments(0)│
2017年05月14日
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2017(5)阿波踊り!
今年のラ・フォル・ジュルネのテーマは「ラ・ダンス 舞曲の祭典」。というわけで本場の徳島から阿波踊りのチームが来演。まさかクラシックの音楽祭で阿波踊りが見られるとは。そういえば昨年は和太鼓のコンサートを聴いた。そんな間口の広いところもラ・フォル・ジュルネの魅力のひとつ。
会場は地下のEホール。有料コンサートのチケットかその半券を持っていれば入場できる。Eホールでのイベントやコンサートはすべてその方式で、いわば半無料での開催。午後8時40分からのスタートだったが、屋台でチキンを頬張っている時にメールが来たりして20分ほど遅刻。座席には座れず後ろで立ち見になってしまった。
私が来た時にはひと踊り終わった後のようでリーダーと思われる男性が解説中。
阿波踊りでは「連(れん)」というこのチームの名前は娯茶平(ごちゃへい)。「娯茶平流」「のんき流」「阿呆流」と阿波踊りには3つの流派があるらしい。彼は今まで天皇の前で4回も踊りを披露したそうで、その度に宮内庁から有名なフレーズである「踊るアホウに見るアホウ」は禁句といわれるらしい。見ているのが天皇だからというオチ。ネタかな?
話が終わると皆さんご一緒にと♪♪エライヤッチャ、エライヤッチャが始まる。けっこうな人数が輪に加わって踊り出した。みんな楽しそうである。
これはたまたまブレて撮れてしまった写真。でも踊りの動きが表現されている気もする。デジカメにはブレ防止の機能が付いているが、わざとブレさせるという仕組みがあってもいいかも。
着物のオネエさん。
ハッピ姿のオジョウさん。
リーダーが踊りの上手かった人をステージに上げて表彰。ちなみに踊っていたのは10分ほどだったと思うが、リーダーによると素人がそれ以上踊り続けると、次の日には腕が上がらなくなるらしい。
この娯茶平(ごちゃへい)は海外から招聘されることが多く、この次の週にはポーランドに遠征とのこと。それでポーランドで踊る演目を披露してくれた。阿波踊りってリズムに合わせて練り歩くだけだと思っていたので、踊り方に演出や構成があると知ってビックリ。
(写真はデジタルズームで数倍に拡大して撮影したので画質が荒い)
男性ダンサーズ。この姿勢で踊り続けるのは相当辛いと思うが。しかもスリ足(>_<)
着物ダンサーズ。着物の女性は特に腰を落とした踊り方はしない。
ハッピダンサーズ。こちらは低く構えている。同じ女性でも年齢によって身体への負担を変えているのかな。
男性と女性でこれだけ頭の位置が違う。
ハッピダンサーズのオジョウさんは太ももが逞しい(^^ゞ
最後にリーダーも踊り出し始めた。さすが別格のオーラが漂う。
阿波踊りは前から見たかったので念願かなってラッキー。思っていた以上に見ているだけで楽しくなってくる踊りだった。それと手と足がバラバラに動いているだけの単調な踊りなのに、まったく見飽きないのが不思議。機会があったら参加もしてみたいけれど、あの低くかがんだ姿勢に耐えられるかは心配。東京では高円寺(お寺じゃなくて杉並区の地名)で開かれる阿波踊り大会が有名。一昨年は浅草でサンバを見たから、今年の夏は阿波踊りを見に行ってみようかな。
というわけで3つのコンサートと阿波踊りを見て東京国際フォーラムを後にする。ところでラ・フォル・ジュルネから自宅へは、いつもクラシック音楽の余韻に浸りながら帰るのだが、今年は頭の中が阿波踊りのリズム占拠された(^^ゞ
おしまい
会場は地下のEホール。有料コンサートのチケットかその半券を持っていれば入場できる。Eホールでのイベントやコンサートはすべてその方式で、いわば半無料での開催。午後8時40分からのスタートだったが、屋台でチキンを頬張っている時にメールが来たりして20分ほど遅刻。座席には座れず後ろで立ち見になってしまった。
私が来た時にはひと踊り終わった後のようでリーダーと思われる男性が解説中。
阿波踊りでは「連(れん)」というこのチームの名前は娯茶平(ごちゃへい)。「娯茶平流」「のんき流」「阿呆流」と阿波踊りには3つの流派があるらしい。彼は今まで天皇の前で4回も踊りを披露したそうで、その度に宮内庁から有名なフレーズである「踊るアホウに見るアホウ」は禁句といわれるらしい。見ているのが天皇だからというオチ。ネタかな?
話が終わると皆さんご一緒にと♪♪エライヤッチャ、エライヤッチャが始まる。けっこうな人数が輪に加わって踊り出した。みんな楽しそうである。
これはたまたまブレて撮れてしまった写真。でも踊りの動きが表現されている気もする。デジカメにはブレ防止の機能が付いているが、わざとブレさせるという仕組みがあってもいいかも。
着物のオネエさん。
ハッピ姿のオジョウさん。
リーダーが踊りの上手かった人をステージに上げて表彰。ちなみに踊っていたのは10分ほどだったと思うが、リーダーによると素人がそれ以上踊り続けると、次の日には腕が上がらなくなるらしい。
この娯茶平(ごちゃへい)は海外から招聘されることが多く、この次の週にはポーランドに遠征とのこと。それでポーランドで踊る演目を披露してくれた。阿波踊りってリズムに合わせて練り歩くだけだと思っていたので、踊り方に演出や構成があると知ってビックリ。
(写真はデジタルズームで数倍に拡大して撮影したので画質が荒い)
男性ダンサーズ。この姿勢で踊り続けるのは相当辛いと思うが。しかもスリ足(>_<)
着物ダンサーズ。着物の女性は特に腰を落とした踊り方はしない。
ハッピダンサーズ。こちらは低く構えている。同じ女性でも年齢によって身体への負担を変えているのかな。
男性と女性でこれだけ頭の位置が違う。
ハッピダンサーズのオジョウさんは太ももが逞しい(^^ゞ
最後にリーダーも踊り出し始めた。さすが別格のオーラが漂う。
阿波踊りは前から見たかったので念願かなってラッキー。思っていた以上に見ているだけで楽しくなってくる踊りだった。それと手と足がバラバラに動いているだけの単調な踊りなのに、まったく見飽きないのが不思議。機会があったら参加もしてみたいけれど、あの低くかがんだ姿勢に耐えられるかは心配。東京では高円寺(お寺じゃなくて杉並区の地名)で開かれる阿波踊り大会が有名。一昨年は浅草でサンバを見たから、今年の夏は阿波踊りを見に行ってみようかな。
というわけで3つのコンサートと阿波踊りを見て東京国際フォーラムを後にする。ところでラ・フォル・ジュルネから自宅へは、いつもクラシック音楽の余韻に浸りながら帰るのだが、今年は頭の中が阿波踊りのリズム占拠された(^^ゞ
おしまい
wassho at 22:05|Permalink│Comments(0)│